TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~   作:四季の夢

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テイルズ・OROCHI。……存在したらどんな話になっただろうか?


第十話:哀しき妖獣

 

現在、キムラスカ領【カイツール軍港】

 

 【カイツール軍港】

 それは国境に最も近いキムラスカの軍用基地が存在する港。

 歴戦の軍人であり、ファブレ公爵ともつながりの強いアルマンダイン伯爵が管理している場所でもある。

 キムラスカからしても要とも言える場所だが、そのカイツール軍港はたった今、危機に陥っていた。

 マルクトでもない脅威、それは大量の魔物の群れであった。

 

『ガルルルッ……!』

 

 成獣ライガを先頭にし、幼体のライガル等がカイツール軍港の入口に集結して威圧的に喉を鳴らして牙も剥き出した。

 それを迎え撃つ様にキムラスカ兵、残留していた残りの光焔騎士達が槍を構えて魔物の群れと対峙する。

 

「ホーリーボトルをもっと持ってこい!!」

 

「ダークボトルは遠くに投げるんだ!!」

 

 兵士達は自分達と魔物との間にホーリーボトルを投げ入れ、瓶が割れると同時に中身が放出されて魔物を寄せ付けない聖域が生まれた。

 ダークボトルは遠くに投げる事で少しでも魔物の注意を別に向けさせ数を減らそうとするが、ライガルだけが反応してライガは動こうとしない。

 そんな膠着状態が続く中、責任者であるアルマンダイン伯爵も兵士の指揮を取っていた。

 

「譜術士隊も構えよ! ――光焔騎士よ、そなたらの力も使わせてもらうぞ!」

 

「お任せ下さい!」

 

 フレアの為にしか動かない光焔騎士団だが、目の前の危機に目を背ける様な事はしない。

 光焔騎士達の愚行はフレアの顔へ泥を塗るに等しい。

 それを光焔騎士に分からない者はおらず、フレアがおらずとも命を賭ける覚悟をしているのだ。

 

「良し! 皆、少しずつだが押し返すぞ!」

 

 アルマンダイン伯爵の号令が響き、入口を固めている兵士達の槍の持つ手に力が入る。

 そして、皆が少しずつ隊列を乱す事無く槍を前に出して魔物に威圧を与えた。

 後方からはホーリーボトルが投げ入れられ、徐々に領域も広がって行く。

 

「良し! 良いぞ! このまま押すのだ!」

 

 アルマンダイン伯爵が更にそう命令した時だ、伯爵と兵士達の真上に空を覆う影に気付く。

 そう、それは空の魔物グリフォンだった。

 グリフォンの数は少なくとも五匹は存在し、ホーリーボトルの効果が及ばない空から一気に軍港内に侵入を許してしまう。

 

「空から来てるぞ!!」

 

「譜術士なにをしている! 撃て!!」

 

 周りの声に言われ、慌てて譜術を放つ譜術士達だが、グリフォン達はまるで後ろが見えている様に全て躱して行き、港に停泊されている一隻の船へ向かって行く。

 

「あの船は連絡船か……!」

 

 アルマンダイン伯爵が気付くが時既に遅く、グリフォン達は一斉に風を起こして船の機関部へ一斉に攻撃を放つ。

 その直後に小さな爆発が誘爆の様に生まれ、船から整備兵らしき者達が一斉に降り出して来る。

 

「急げ! すぐに避難しろ!」

 

 船の誘爆を恐れて脱出する整備兵達だが、その中のリーダーらしき者をグリフォンが狙いを付け、その者に目掛けて急降下する。

 

「なっ! ぐわぁぁぁぁぁッ!!? は、離せッ!!」

 

 グリフォンは両足で整備兵の肩を掴むとそのまま上昇し、何処かへ飛び去ってしまう。

 

「隊長!?」

 

「グリフォンを落とせ!」

 

「出来るか! あの高さから落ちたら死ぬぞ!?」

 

 人質とも言える状況に手も足を出せない兵士だが、まだ事態は始まったばかりであった。

 入口に一匹のライガが若干ホーリーボトルの弱まった場所を捉え、一気に飛び越えたのだ。

 

「しまっ――ぐわッ!?」

 

「と、止めろぉぉぉ!!」

 

 ライガは入口を固めていた兵士二人を吹き飛ばして隊列に穴を空け、更にそこへ二匹のライガの侵入を許してしまう。

 そしてライガ達は一気に軍港の中央をへ走ると、その遠目で見た時には気付かない大きさに後方にいた兵が恐怖で膝を付いてしまった。

 

「あ、あぁ……!」

 

 戦いなれてない兵士なのだろう、身体が震えあがって全く動けない。

 しかし、ライガにそんなことは関係なく、一匹のライガが飛び掛かった。

 

『――ッ!』

 

「ああぁぁぁぁッ!!?」

 

「させん!!」

 

 ライガが飛び掛かった瞬間、アルマンダイン伯爵と光焔騎士が剣を持ってライガへ向かって飛び出し、ライガの横腹へ突き刺した。

 しかし、このライガの毛は固いらしく、突き刺したと思った剣は刺さってはいなかったが、その衝撃にライガは吹き飛びながら身体を回して着地する。

 そして、その様子を見ていた二匹のライガは最初の一匹の左右に並んで陣形の様な形を取ったが、その陣形は魔物の知識とは思えない程に見事であった。

 

「ただのライガではないのか……!」

 

「クッ! これ以上はフレア様の顔に泥は塗らせん!」

 

 アルマンダインにも光焔騎士にもそれぞれの誇りがある。

 突然出て来た魔物にこれ以上の好き勝手は決してさせてはならない。

 そして、アルマンダインは一旦、隊列を整えさせようと考えた時だった。

 

『ガッ!!?』

 

 突如、入口にいる魔物の群れを突破して軍港内に馬車が次々となだれ込み、馬車が停車すると中からフレアを始めヴァンやルーク達、そして光焔騎士が素早く降りた。

 そして、フレアは急いでアルマンダインの下へと駆け寄った。

 

「アルマンダイン伯爵!」 

 

「フ、フレア様! よくぞご無事で……!」

 

 フレアとルークの情報はやはりアルマンダインにも届いており、フレアの姿にアルマンダインは安心する様に一息ついた。

 

「心配を掛けた。――しかし、これは何の騒ぎだ?」

 

「魔物です……突如、魔物がこの軍港に攻撃を仕掛けて来たのです……!」

 

 長年この地を治めて来たアルマンダインにとってもこの異常事態は初めての事。

 通常の魔物が村や街を襲うこと事態が稀なのだ、ダークボトルが漏れている訳でもなく、原因が全く掴めていない。

 しかし、そんな中で一人、この事態に何か思う人物がいた。

 

「……う~ん」

 

「ん? どうしたんだいアニス?」

 

 ガイはアニスが軍港内のライガ、そして入口で交戦している魔物達を頻繁に見ては唸っている事に気付き、気になってアニスに問いかけると、アニスは何か思い出そうとする様に腕を組んだ。

 

「な~んかこの魔物達に見覚えがある様な……いや、絶対にある様な気がして……」

 

「見覚え……?」

 

 アニスの言葉にガイは目の前の三匹のライガを見詰めた。

 三匹のライガにはこれと言った特徴もなく、全部が同じに見えてしまう。

 

「見覚えと言われても、全部が同じに見えるな……」

 

「う~ん……でも、絶対に覚えがあるんだよね……」

 

 アニスが悩みながら自分の頭を軽く叩いた時だった、一同の上空が突如、曇りの様に薄暗くなる。

 

「雨雲でしょうか……?」

 

「いえ、空気は特に湿ってはいない様です」

 

 イオンの言葉にジェイドは空気が先程と何も変わっていない事を伝えた。

 海の方も特に荒れてはおらず、寧ろ穏やかで晴天だ。

 ならば、この薄暗さはなんだと言う事になるのだが、そんな時にライガ達に動きがあった。

 

『ガアァァァァァッ!!』

 

 一匹のライガが巨大な咆哮を放つと、周りと入口の魔物達が一斉に逃げるように撤退し始めた。

 怪我を負った兵士さえ無視し、撤退する事を重要としている様だ。

 

「な、なんだ……ライガ達が一斉に逃げやがった」

 

「……うむ、妙だな」

 

 ルークの言葉にヴァンが同意する。

 賢い方とは言え、ライガは血の気が多く、こんな人間顔負けの撤退をするとは思えなかった。

 奇妙な魔物の襲撃と動き、そんな奇妙な出来事を体験した一同だったが、ティアが空から落ちて来る”何か”に気付いた。

 

「これは……鳥の羽?」

 

 不意に落ちて来る羽をティアは掴んだが、その形は間違いなく鳥の羽の形をしていた。

 色は青く、一見綺麗でロマンチックなのだろうが、いかんせんその羽は大きかった。

 一般の兵士が持っている剣よりも羽は若干大きく、明らかに普通ではない。

 すると、ティアの掴んだ羽を見ていたアニスは、また何か思い出しそうになる。

 

「青い羽……青い羽……? それとライガ……ライガ……魔物……青い羽……青い鳥……”フレスベルグ”?」

 

 不意に出て来た大型の鳥型魔物の名前。

 その瞬間、アニスの中のつまりが全て吐き出された。

 

「ああぁぁぁぁッ!! 思い出したッ!!――”根暗ッタ”!!」

 

 アニスがそう叫びながら上空を見上げ、その場にいた者達もつられて上空を見上げると、一同の目に写ったのは影、鳥型の巨大な影だ。

 この薄暗さの原因、それは大の大人一人を丸呑みに出来そうな程に巨大な空の魔物『フレスベルグ』だったのだ。

 そして、そんなフレスベルグの背中から一人の少女がひょっこりと顔を出した。

 その正体、それは六神将・妖獣のアリエッタだった。

 アリエッタは何やら怒った表情を浮かべてアニスを睨んだ。

 

「アリエッタ根暗じゃないもん! アニスのペタンコ!!」

 

「あんたに言われたくないわよ!!?」

 

 空と地面から低レベルな言い争いをして始めるアニスとアリエッタ。

 そんな事態に一人の陰険眼鏡が立ち上がる。

 

「まあまあ、アニス。少し落ち着きなさい、どちらも本当の事なのですから」

 

「大佐は黙ってて下さい!」

 

 止める処か煽っている様にしか見えないジェイドにアニスが怒りの声を放った。

 すると、ジェイドはショックを受けた様にその場に膝を付いた。

 

「酷いですね……私はあなた達の為に日夜神経を削っていると言うのに。――ゴホッ! ゴホッ!……あっ血が」

 

(それで死んでくれるならばどれだけ楽か……)

 

(この人は全く……)

 

 ジェイドの小芝居に思わずフレアとガイはため息を吐いてしまうが、そんな馬鹿な事に付きあっている場合ではない。

 アルマンダインは実行犯が六神将と知り、驚きを隠せなかった。

 

「妖獣のアリエッタだと……! 何故、神託の盾がこんな真似を!?」

 

「アリエッタ! これは何の真似だ! 私はこんな命令を下した覚えはないぞ!」

 

 アルマンダインの困惑、そして勿論この事態にヴァンが黙っている事はなく、ヴァンは上空のアリエッタへ真意を問い詰めた。

 すると、ヴァンの姿に気付いたアリエッタは叱られた子供の様に身体をビクリと震わせる。

 

「ご、ごめんなさい総長……でも、アッシュに頼まれて……」

 

「アッシュだと!?」

 

 黒幕の正体にヴァンの表情が崩れる。

 国境で襲撃したアッシュが、まさか既にカイツール軍港をも襲撃を企てていた事に言葉を失う。

 

(おのれ、燃えカス……ここまで妨害すると言う事は『アグゼリュス』……そしてその先に繋がる全てを計画を潰す気か)

 

 フレアがアッシュの目的の目星を既に付けた時だった。

 全員の意識は上空のアリエッタに向けられており、僅かな一瞬の隙が生まれてしまい、アリエッタはその瞬間を見逃さなかった。

 

「今!……です」

 

 アリエッタがそう言い放った瞬間、一同の間を巨大な何かが突風と共に過ぎ去って行った。

 

「クッ! アニス、イオン様を!」

 

「分かってますって!」

 

 ジェイドはアリエッタのイオンを狙う為の攻撃だと思い、咄嗟にアニスに警戒する様に言い、アニスもイオンの傍で警戒を強め突風が止むまで待った。

 だが、突風が消えてもイオンは無事、ただのアリエッタの威嚇行為だったのだろうか。

 しかし、これは威嚇行為なんかではなかった。

 

「オラァッ!! 放しやがれ!!」

 

 聞き覚えのあるルークの怒鳴り声がカイツール軍港に木霊する。

 何故か、上空から……。

 

「しまった! ルーク!?」

 

 フレアがすぐに上空に顔を向けると、先程までいなかった一匹のグリフォンが暴れるルークの両肩を掴みながら飛んでいた。

 

「しまった! 狙いはルークだったのか!」

 

「ルーク!」

 

「ご、ご主人様!?」

 

 ガイとティア、そしてルークが誘拐された際に落ちたミュウがが心配してルークへ叫ぶが、当のルークはすぐ傍にいるアリエッタへ猛抗議していた。

 

「こらぁ! 下ろせ! 下ろさねえとヒデェぞ!!」

 

 チンピラの様に空で暴れるルーク、そんなルークにアリエッタは面倒そうに見詰めた。

 

「その子、短気だから暴れ続けたら多分落とす……です」

 

「うっ……」

 

 アリエッタの言葉に恐る恐るルークは自分を掴んでいるグリフォンへ目をやる。

 魔物の感情が分かる訳ではないが、ルークは飛びながら自分を見詰めているグリフォンの機嫌が悪い事を察した。

 アリエッタの言う通り、これ以上暴れたら本当に落とすだろう。

 ルークは渋々だが、口を閉じた。

 

「アリエッタ! アッシュの目的は何なんですか!」

 

 イオンがアリエッタへそう言うと、アリエッタは静かに口を開く。

 

「……アッシュからの伝言です。『コーラル城』にイオン様を連れて来い。じゃないと、二人の人質を殺す……です」

 

 それだけ言うと、アリエッタはそのままルークを連れてそのまま飛び立って行ってしまった。

 

「……コーラル城か」

 

 そんなアリエッタ達の後姿を見送りながら、フレアはアリエッタが言ったコーラル城の事を思い出す。

 『コーラル城』とは、言うまでもなく巨大な城であると同時にファブレ家の別荘であった場所。

 しかし、かつての戦争でマルクトの進攻が国境に近付いた事でやむ無く破棄、今では誰も使用しておらず完全に廃墟となっている。 

 

「コーラル城は今やただの廃墟、そんな場所に導師イオンを連れて来いと言う事は……」

 

「まあ、十中八九……罠でしょう」

 

 フレアとジェイドは六神将がコーラル城で何かしら仕掛けてくるのを察していた。

 ここまでしといてノープランな筈がなく、少なくとも人質と言いながら自分達だけに被害が出る様な作戦を仕掛けて来る可能性が高い。

 そして、そんなアリエッタの後姿を見ながらアルマンダインは怒りを隠せなかった。

 

「ル、ルーク様!? おのれ、マルクトのみならずダアトまで……一度ならず二度までもルーク様を辱しめるとは!!」

 

 嘗て、アルマンダインはルークが誘拐された誕生会に来ていたが、その時にルークは誘拐され、今度は自分の治める地でまんまと誘拐された。

 これ以上の屈辱とショックがあるだろうか。

 そして、アルマンダインの怒りはそのままヴァンへと向けられる。

 

「ヴァン! 貴様、これはどう言うつもりだ! 王族誘拐など、国際問題の騒ぎではないぞ!!」

 

「……」

 

 アルマンダインの言葉にヴァンは言葉を出さなかった。

 何を言ってもこの場を治める言葉がないからだ。

 すると、二人の間にイオンが入った。

 

「待って下さい、アルマンダイン伯爵! 僕がコーラル城へ言って人質を解放してもらいます!」

 

「イ、イオン様!?」

 

 イオンの言葉にアニスの顔色が一気に真っ青に変わる。

 導師守護役が導師を危険な場所へ行かせる訳には行かない。

 なんとか止めようとするが、それよりも先にアルマンダインがイオンの存在に気付いた。

 

「導師イオン!?……な、何故ここ……いや、確かに妖獣はそう言っていたか」

 

 先程のゴタゴタの中でイオンの存在に気付いてなかったアルマンダインだが、認識するとその表情が険しく変わる。

 

「導師イオン、ご説明を願えますかな?」

 

「説明ならば俺がしようアルマンダイン伯爵」

 

「フ、フレア様……!」

 

 まさかフレアが口をここで挟むとは思っていなかったアルマンダインは驚き、フレアはそんな様子を認識しながら口を開いた。

 

「ダアトから導師イオン、そしてマルクトからはジェイド・カーティス大佐、彼等は和平の為に訪れているのだ」

 

「……もう少し、配慮して欲しかったのですが?」

 

「フッ、下手に隠すよりはマシだと思うが?」

 

 ジェイドも自分の名の大きさを自覚しており、少しは名を隠してほしかったが、フレアは堂々とするべきだと言わんばかりに言い返す。

 そして案の定、ジェイドの名前を聞いたアルマンダインの表情が変わった。

 

「ジェイド・カーティス!?――貴殿がピオニー皇帝の懐刀・死霊使いジェイド大佐か……!」

 

「……ご挨拶をせず申し訳ありません。我が主、ピオニー・ウパラ・マルクト九世皇帝の命の下、和平の親書を持って参りました」

 

「うむ……」

 

 ジェイド程の男がそう言って来ているのだ。

 アルマンダインが和平の話を信じるのに時間は掛からなかったが、ジェイド達を見ても使節団と思われるのはジェイドとイオン、そしてアニスとティア位であった。

 

「……随分と貧相な使節団ですな?」

 

 いくら互いに緊迫しているとはいえ、まるでお忍び旅行の様な人数にアルマンダインは不快感を隠す気もなれなかった。

 和平ならば重要な任、しかしこの人数ではまるでキムラスカ側が嘗められている様に思えても仕方ない。

 

「ここまで来るまでに幾つかの妨害に遭いまして……」

 

「それについては俺が保証しよう。彼等は別に我々を格下に見ている訳ではないのだアルマンダイン」

 

「フレア様がそこまで仰るならば……」

 

 基本的に実力もあり温厚な事で有名なアルマンダイン伯爵だが、それは身内、つまりはキムラスカの者のみに限定する。

 他国には敵国の可能性がある限り、容赦は決してせず厳しい態度で示すのだ。

 それは導師イオンとて例外ではなく、何かあればアルマンダインは国の為に鬼とあるだろう。

 

「それと、その事で至急本国に鳩を飛ばしてもらいたい。 内容が内容だ、事前に伝えた方が良いだろう」

 

「かしこまりました、すぐに飛ばせば本国に到着なさる前には伝えっている筈です。――しかし、ルーク様と人質が……」

 

「人質?……ルーク以外にもいるのか?」

 

 そう返答するフレアにアルマンダインはフレア達が来るまでに事を説明した。

 整備兵の体調の誘拐と船の破壊、事態は少し複雑化しており、誘拐された隊長の部下達がイオンへ頭を下げた。

 

「お願い致します! 隊長を救って下さい!!」

 

「隊長はバチカルに家族を残しています!」

 

「それに隊長はダアトに寄付もして、いつも我々の旅の安全を願っている方なのです! そんな隊長を見捨てないで下さい!」

 

 藁にもすがる様な整備兵達に、イオンは助けたいと言う気持ちが強くなっていたが、そう簡単に良いとは言わせてもらえなかった。

 

「お待ちください、イオン様。アリエッタ討伐と人質の救出は私が行きましょう」

 

 そう言ったのはヴァンだ。

 導師の身の安全と己の責任の取り方はこれしかなく、ヴァンがそう名乗り出たが異議を唱えたのは意外にもアルマンダインであった。

 

「黙れ! この状況で貴様を信用できるものか!」 

 

「私を信用して下さらないのですか……?」

 

「部下である六神将に良いようにされ、更に他の六神将も背後に絡んでいると言うではないか! そんな状況下で貴様の何を信じる!!」

 

 死者が出ていないが兵士の怪我人は多く、しかもルークをも人質として誘拐されている。

 こうなれば少なくとも、アルマンダインからしてヴァンとイオンへ対する信用は既に低くなっていた。

 

「ならば俺が行こう、幸運にも光焔騎士団も揃っている。――なにより、弟と民を見捨てられんよ」

 

「おっとフレア様、俺も同行させて貰いますよ?」

 

「私も同行させて頂きます!」

 

「ミュウも行くのですの!」

 

 フレアの言葉を聞き、ガイとティア、そしてミュウも同行に志願する。

 その様子にイオンはジェイドを見詰めた。

 

「ジェイド……お願いします」

 

「……分かりました。言っても聞かないのでしょう? それならば、私とアニスは命懸けであなたを御守りするだけです」

 

「……はぅ、もう根暗ッタとアッシュのせいでロクな事がないよう」

 

 ジェイドの言葉にアニスも諦めた様に顔を落とし、そのメンバーにアルマンダインも納得せざる得ない。

 

「分かりました。では、私は本国への書状と鳩を準備致します。――それとヴァン、貴様に色々と話がある。残ってもらうぞ?」

 

「……かしこまりました。アニス、イオン様を頼むぞ」

 

「はいは~い! 任せといて総長!」

 

 アニスの返事にヴァンは頷くと、今度はティアの方を向く。

 

「ティア、お前もルークの事を頼んだぞ」

 

「……えぇ」

 

 やはり二人の会話は何処か暗いと言うよりも溝が深く、二人の会話は最低限なやり取りで終わってしまう。

 そんな二人に助け船と言えるか分からないが、フレアが出発の用意を促した。

 

「コーラル城へは先程の馬車で移動する。光焔騎士団の者に準備させ、出来たらすぐに向かう事にするぞ?」

 

「私は構いませんよ」

 

 ジェイドが代表の様に答え、他のメンバーも頷くと、準備出来次第でフレア達はコーラル城へと向かった。

 

▼▼▼

 

 現在、コーラル城

 

 それはとても大きく、かつデザインが優れた城であった。

 今では廃墟だが、それでも嘗ての偉大さは残っており、コーラル城にたどり着いたアニスはその凄さに呆気になっていた。

 そう、何度も言うがこの規模の城で”別荘”なのだ。

 

「……この城が別荘……城が別荘……」

 

 まるでうわ言の様に呟き続けるアニス。

 ファブレ家と己の財力と価値観の違いにようやく気付いたのだ。

 

「別にそう畏まる事はない。今はただの廃墟であり、それ以上でもそれ以下でもない」

 

(やっぱり、貴族って変……)

 

 何とも思っていない様な口調のフレアに、ティアはやはり貴族は何処かおかしいのだと心の中で思っていると、荷物などを下ろしていた光焔騎士が近付いてきた。

 

「フレア様! 物資の準備完了致しました! 何かありましたらお伝えください!」

 

 光焔騎士団もルークの救出との事で気合が入っており、中庭に物資を下ろして簡易なアイテムショップの出来上がりだ。

 アルマンダインも基地のアイテムを可能な範囲で提供し、同行できない分の協力を行ってくれている。

 そして他の者達も既に露払いと言って魔物の住処となっていた玄関ホールを制圧し、前線基地の様に騎士達が警備を固め、やがて一人の光焔騎士が一同の下へ走って来た。

 

「フレア様! 皆さま! 一階はほぼ制圧し安全を確保致しました!」

 

「ご苦労。……変わりはないか?」

 

「ハッ! 悪戯好きのゴースト系の魔物のがまだ生息しておりますが、そちらは害さえ与えなければ基本的にはこちらを遊び相手にしか思わず何もして来ないでしょう。――ですが……」

 

「……どうした?」

 

 言葉を呑み込む光焔騎士の様子にフレアが聞き返すと、光焔騎士はコーラル城の見取り図を取り出して説明し始めた。

 

「……実はここから先なのですが、廃墟だった割には綺麗に手入れがされており、明らかに人の手が入って下りました」

 

 光焔騎士が差したのは大きな渡り廊下だった。

 城の別のフロアへ向かう為の廊下だが、明らかに不自然であり、そこから先は敵陣だと分かる。

 

「人の手……つまりは六神将達の者と思って宜しいでしょう。ルークも人質も恐らくはその先ですね」

 

「だが、別荘とはいえここはファブレ公爵の所有だったものだ。一部入り組んでて、内部に詳しくない者は迷うかも知れないな」

 

 ジェイドの考えにガイが捕捉し、別荘だからと甘く見ない様に注意する。

 

「その為に俺とガイがいる。――ここから先は俺達で行く、光焔騎士達は現状の警備。だが、単独行動は絶対にするな!」

 

「ハッ!」

 

 光焔騎士がピシッと背筋を伸ばして同意し、フレアも頷き返すと次の問題に移った。

 

「次は隊列だが……」

 

「少なくとも内部に詳しいフレア様と俺は前衛で決まりだが……敵の狙いはイオン様だからな」

 

「イオン様の守りも手薄には出来ないわ……」

 

 ガイとティアがフレアの言葉にそれぞれの考えを出すが、やはり少し慎重になってしまう中、ジェイドが意見を出した。

 

「ならば、フレアとガイが前衛……ティアが中衛、そしてアニスと私がイオン様を挟む形にします。アニスも見た目はこんなんですが、彼女は優秀な人形士ですから大丈夫でしょう」

 

「大佐ひどーい!」

 

 ジェイドの言葉に相変わらずの猫被りのアニスだが、フレア同様にジェイドも実力のない者へは相手にもしない性格だ。

 実際に口にすると言う事は、アニスの実力は少なくともジェイドが認める域に入っていると言う事だ。

 

「すいません、皆さん……僕のせいでこんな事に……」

 

「まあ、そう深く考えなさんな。起こってしまった以上はどうしようもない、皆で解決すれば良いんだ」

 

「ガイの言う通りだ。あなたが責任を感じても解決はしません。……解決のために行動しなくては」

 

 フレアはそう言うとグミ等が入った袋をそれぞれへ渡し、イオンの分はアニスが受け取った。

 

「……ルークともう一人の人質の方は大丈夫でしょうか」

 

「恐らく心配はないでしょう。目的がある以上、人質は大事な取引材料……自分達の切り札を自ら捨てる程、向こうも馬鹿ではないと思いますよ?」

 

 イオンの不安にジェイドは眼鏡を上げながら言った。

 今は自分達の戦力も整っている中で、下手に人質を殺せばどうなるかは分かり切っている筈だ。

 今回に限ってはアルマンダイン伯爵も目撃しており、二人に何かあればキムラスカとダアトの国際問題へ突入を果たす。

 ジェイドからすれば、その方がモースを黙らせることが出来る為、そっちも悪くないと思っているのは内緒。

 

「本当に大丈夫かなぁ……」

 

 そんな中でティアだけが心配そうに呟いていた。

 短い付き合いだが、ルークの事はそれなりに理解している。

 敵を刺激しなければ良いが、あの性格からして大人しくするとは思えない。

 寧ろ、確実に喧嘩を売る様な暴言を吐きまくっているだろう。

 

「考えれば考える程、不安になって来たわ……」

 

 嫌な予感があり過ぎて思わずティアは目眩を覚えてしまう。

 そんな溜息を吐きながらクラクラしているティアに気付き、フレアは声を掛けた。

 

「どうした、ティア?」

 

「あっ、えっ!? い、いえ! なんでもありません!」

 

「……ならば良いが」

 

 明らかになんでもない訳がないが、下らない事に時間を掛けている暇は彼等には無い。

 

「……では行くぞ」

 

 フレア達は静かにコーラル城へと足を踏み入れた。

 

▼▼▼

 

 現在、コーラル城【内部】

 

 フレア達は先程、光焔騎士が話してくれた人の手が入ったと思われる渡り廊下へと来ていた。

 確かに廃墟となっていた筈のコーラル城にしては明らかに綺麗すぎる。

 誰かが確実にここを何らかの事にしようしていたとしか思えなかった。

 

「ほえ~それにしても、やっぱ中も凄いですね~」

 

「そうですね……廃墟となったとはいえ、作りも丈夫で落ち着く雰囲気ですね」

 

 アニスとイオンは内部を見ながら素直に感心し、その意見にはフレアも賛成であった。

 

「えぇ、父上も此処を放棄するのに躊躇いがあった程です。――しかし、やはり国境からも近く、間者が入り込む可能性も捨てきれず、已む無くして放棄しました」

 

「別にこの様な城を落とす話は一切なかったのですがね……」

 

 余計な事を言わなければ良いのだが、フレアの言葉にジェイドが余計な一言を発すると、フレアは無視する様に沈黙で返した。

 しかし、その纏う雰囲気が微かに鋭くなり、一瞬だが空気が変わった様な気がし一同は苦笑するしかなかった。

 

「そ、そういえば!――誘拐されたルークが見つかったのもこのコーラル城だったな」

 

「……そうだったな。皮肉なものだ」

 

 空気を変えようよとガイがルークの誘拐の時の事を思い出し、それを聞いたフレアも頷いた。

 しかし、思い出したくないのかフレアの反応は少し冷たく、その様子にティアが違和感を覚えた時であった。

 イオンの傍を歩いていたアニスが壁に置かれている大きな石像を見て足を止めた。

 

「うわッ! でっかい石像……!」

 

 大の大人よりも若干大きい石像だったが、その質量と姿に圧倒されそうになるが、アニスの目はガルドになっていた。

 明らかに金目の物と判断している様だ。

 しかし、フレアはアニスの言葉に前を見ながら首を振る。

 

「それはあり得ない。父上は鎧や武器は好きだが、石像の類は嫌いなのだ。この城には飾ってすらいなかった」

 

「ですが、これは……」

 

 どこからどう見ても石像だ。

 イオンはフレアの言葉に疑問を持ちながら見上げ、イオンと石像の目があったその時、石像の瞳が光るのに気付き、ジェイドがイオンとアニスの身体を自分の方へ引っ張った。

 

「離れなさい!!」

 

 ジェイドの言葉にフレア、ガイ、ティア、そしてティアに乗っているミュウが石像へ距離を取った。

 その直後、質量ある重い攻撃が廊下に響き渡る。

 そう、石像が己の巨大な剛腕をアニス達を振り下ろしたのだ。

 

「罠か……」

 

 少しは驚く所だが、フレアからすればこの位の事は想像の範囲内。 

 寧ろ、この位なければそっちの方が驚きだ。

 

「イオン様!?」

 

「旦那、いま助けるぞ!」

 

「いえ、大丈夫ですよ……」

 

 ティアとガイの加勢にジェイドは、特に問題ない様に返答する。

 石像の後姿でジェイド達の様子は見えないが、ジェイドには何か考えがるのだろう。

 フレア達がそう思う事にした時だった。

 突如、石像は強い勢いで壁にめり込み、そのまま亀裂が入り砕けた。

 同時に、フレア達が見たのは石像を殴り壊す謎の腕の様な物。

 何かが石像を殴り壊したのだ。

 

「な、なんだ……?」

 

「みゅ、みゅう……!」

 

 ガイとミュウが静かに目を細めると、暗闇から出て来たのはこの世の物とは思えない”化け物”が経っていた。

 石像とはいえ、動いている物を破壊したのに不気味と歯をむき出した笑み、鬼の様な角も二つある。

 こんなモノがオールドラントに生息していたのか、フレア達は思わず息を呑んだその時。

 

「よ~し! 終わったよ!」

 

 そう言いながら化物の頭から顔を出したのはアニスであり、アニスが下りると化物は縮み、それをアニスは当たり前の様に背負う。

 そんな光景にフレア達は呆気になっていた。

 

「ほぇ? どうしたの皆?」

 

 一体何を驚いているのか分からず、アニスは首を傾げ、その後方から何事も無かったようにイオンとジェイドが顔を出す。

 

「おや、どうかしましたか?」

 

 まるで他人事の様にあっけらかんにジェイドがフレア達へ言うと、ガイが口を開いた。

 

「どうかしたって……アニス、その化物はなんだ!?」

 

「化物……?――ああ、『トクナガ』のこと?」

 

「トクナガ……?」

 

 聞き覚えのない奇妙な言葉にフレアも疑問に思った。

 トクナガ、それは一体どのような生体の化物なのだろう。

 戦場に生きて来たフレアも、その好奇心には何故か逆らえない。

 

「これこれ! この”人形”のこと! 可愛いでしょう!」

 

 アニスは回る様に後ろを向くと、先程の奇妙な笑みを浮かべたトクナガがフレア達をジッと見つめる。

 ボタンで出来た瞳、三日月の様な恐ろしい笑み、そして角だと思ったのは恐らくは耳なのだろう。

 

「人形士の割に肝心の人形がないと思っていたが……まさか、その奇妙なリュックは人形だったとは」

 

「……絶対、夢に出て来るぞ」

 

 フレアもガイも、トクナガの姿に少し引いていた。

 これならば、まだライガのぬいぐるみの方が可愛いと思う。

 別に二人がぬいぐるみに詳しい訳はないが、これが可愛いとは思えず、寧ろ怖い。

 巨大な石像をやすやすと破壊する可愛い人形があって堪るかとすら思っている。

 

「僕は可愛いと思いますけど……」

 

「ですよね?――まあ、デザインに関しては作ったのがあのディ――」

 

 アニスがそこまで言った時だった。

 廊下の奥から何やら鈍い音が響き渡る。

 

 ヴゥゥゥン――!

 

「音機関の音か……?」

 

 何故、今の音で分かるのか全員が疑問の目でガイを見るが、ガイはそれに気付かずに目を輝かせながら音のある方へ行ってしまう。

 フレア達もその後を追うが、ティアだけがその場に立っていた。

 

「ティアさん、どうしたんですの?」

 

「えっ……ご、ごめんなさい。すぐに追うわ」

 

 そう言ってティアも皆の後を追って行く。

 

(トクナガが可愛いって思った私って……やっぱり普通じゃないのかしら?)

 

 ティア・グランツ、彼女はまだ16才。

 まだまだ色々と気にする年頃の女の子であった。

 

▼▼▼

 

「ここからだ……」

 

 音機関の音に反応していたガイは、やがてとある壁の前で止まった。

 しかしそこは普通の壁ではなく、何やら赤や青の色が付いた球体が填められていた。

 すると、フレアは壁に近付くと手慣れた手つきで球の配置を替え始める。

 

「……ここは隠し通路の扉だ。地下の広場に続いていて、幼い頃によく出入りしたものだ」

 

 昔を思い出す様に呟きながらフレアが球を動かし始めると、球から溢れる光が混ざり合い別の色へ変化し、扉の周りを取り囲むと扉は静かに開いた。

 

「ここから先は更に警戒する必要がありそうだ……」

 

「同意見です……」

 

 フレアとジェイドがこの先から感じる何かの気配を感じ取り、皆に聞こえるように互いに呟いた。

 戦場ほどではないが、肌がピリピリする様な空気を感じる。

 恐らく、この先にはアリエッタ以外の六神将がいるのだろう。

 そうでなくてはこの空気の説明がつかない。

 

「……みんな気を付けてくれ、結構暗いぞ?」

 

 先導するガイが暗さに注意しながら先に進むと、やがてフレアの言う通り広い空間に出た。

 昔はかなり整えられていたのであろうが、今は所々に瓦礫が散乱している。

 しかし、一同が目を奪われているのはそんな物ではない。

 

「なに、これ……!」

 

 ティアは思わず声が漏れてしまう。 

 一同の目に止まったのは、明らかに場違いな巨大な音機関だった。

 遠めだが、それは明らかに整備されている様に綺麗な状態であり、何者かが頻繁に使用している事が分かる。

 

「これも、ファブレ家に物なんですか?」

 

「……いや、こんな物は知らん。六神将共が持ち込んだ……と考えるべきだな」

 

 ティアからの問いに若干の間を空けてフレアは答えたが、ティアはそれを特には気にせずそれ以上の追及はしなかった。

 

「なんの音機関なんだろうなぁ!」

 

 実は意外に音機関マニアのガイ。

 そんな彼にとって未知の音機関はまさに宝に等しい価値を持つ。

 しかし、ガイが目を輝かせながら音機関を見詰める隣では、ジェイドが目を大きく開いて音機関を見詰めていた。

 

「まさか……そんな馬鹿な……!」

 

 珍しく動揺しており、ジェイドの表情にも曇りが見える。

 

「大佐、この音機関のこと知ってるんですか?」 

 

「……今はまだ、判断できません」

 

 アニスの言葉にジェイドはそう答えるが、何処か誤魔化した感じはフレアには通じなかった。

 

(知らぬはずがなかろう……死霊使い、これはお前が”生み出した”のだからな……)

 

 そうフレアはこの音機関の正体を実は知っていた。

 何故、ここに存在し何に使われたのかも全て。

 ただ、この城の何処にあるのかは知らなかったが、彼にしては結果が全て。

 この音機関がどこにあろうが関係なく、コーラル城にある、ただそれだけで十分。

 目の前の音機関に意識を囚われているジェイドがフレアの思惑に気付く訳もなく、フレアだけが第三者の様な立場で場を静観していた時だ。 

 フレア達がいる階段の下、更に言えば謎の音機関の傍から話し声が聞こえ、皆は階段の影に隠れて静かに下を見下ろした。

 

「では、私は先に引かせてもらいますよ? 連中もこの城を囲んでいる様ですし、もうやる事もありませんからね」

 

 そう気分良さげに言っているのディストだ、その他にもアリエッタとシンク、そして人質の整備兵と音機関の上に寝かされているルークの姿あった。

 

「では、シンク! ディスクを頼みましたよ!」

 

「分かってるよ……」

 

 椅子に乗って上に飛びながらシンクへ何やら言い、そのまま別の地上への穴からディストは出て行き、シンクはそれを不快そうに見送る。

 

「この人達どうする……ですか?」

 

「別にどうもしなくても良いんじゃない? まあ、上のバルコニーにでも連れてけば? そろそろ奴等も来るだろうからさ」

 

 その言葉にアリエッタは気絶している整備兵をライガへ乗せ、移動しようとすると、端末を操作していたシンクがルークを指さした。

 

「ああ、ついでにコイツも連れてってよ。邪魔で目障りだからさ……」

 

「分かった……です」

 

 アリエッタはライガに気を失ったルークも乗せると、そのままフレア達とは逆の扉へと入って行く。

 これで残っているのはシンクのみ、シンクは端末の操作を終えると一枚のディスクを取り出して懐の中にしまい、自分も撤退しようとした時であった。

 シンクが一人になったその時を狙い、ジェイドとガイがシンク目掛けて飛び出した。

 

「――ッ!」

 

 シンクも二人に気付き、後方へ飛んで回避するが躱せたのは最初のジェイドの攻撃のみ、二撃目であるガイの攻撃は避けれずガイの刀がシンクの仮面を弾いた。

 

「――チッ!」

 

 カラン、と音を発しながら地面に転がる仮面。

 そして、それによって露わになるシンクの素顔にジェイドとガイは言葉を失った。

 

「ッ!?――あなたは……!」

 

「その顔……!」

 

「……フンッ!」

 

 素顔を見られた事にシンクはイラついた感じを隠さず、乱暴に近くに転がった仮面を付け直した。

 そして、そんなやり取りの中、今度はフレア達が動いた。

 

「ガイ! 死霊使い! 俺達はアリエッタの後を追う! 烈風は任せたぞ!」

 

 自分達がアリエッタの後を追う様にフレアが二人へ言い、シンクはそんなフレア達には見向きもしないで見逃す。

 シンクの標的は自分へ攻撃した目の前の二人になっているからだ。

 そんなシンクの敵意を感じ、ガイが身構えるとジェイドがそれを止める。

 

「ガイ、あなたは皆と共にアリエッタの下へ向かって下さい。――烈風シンクの相手は私がしましょう」

 

「……良いのか、旦那?」

 

「親友が心配なのでしょう?」

 

 ジェイドの言葉にガイは『ああ……』と言って小さく頷くと階段の方へ向かって行く。

 

「じゃあ、ここは任せるぞ!」

 

「ええ、任せて下さい……」

 

 ジェイドは体内の音素と同化させていた槍を出現させながらガイを見送り、そのまま視線をシンクへと合わせる。

 

「なんだ死霊使い、あんたが相手か……僕はあのガイって奴が良かったんだけどね」 

 

「まあ、そう言わないで下さい。そちらにはなくとも、こちらにはあるのですから……」

 

 そう言って眼鏡を指で上げるジェイド、あからさまな余裕だが、それはシンクも同じだ。

 

「なにさ聞きたい事って?」

 

「参謀総長ならば言わなくても察していると思いますが……」

 

 ジェイドはそう言うと、目の前の音機関を見上げた。

 その瞳に宿るのは後悔や怒り、同時に悲しみが宿っている。

 決して表に感情を出さないジェイド、しかし瞳は心を写す。

 その瞳に宿っている感情は間違いなくジェイドの本心であり、ジェイドの視線は再びシンクへと戻された。

 

「……単刀直入、あなたは”どちら”なのですか?」

 

「……」

 

 シンクの中から何かが生まれた。

 氷の様に冷たい純粋な殺意、誰もが持ちし他の雑念が一切ない程に純粋。

 雰囲気も変わり、周囲の空気も一変する。

 音も無い戦いの空気、二人共何度も体験した空気だ。

 

「死霊使いなら言わなくても察していると思うけどね……」

 

「おや、気が合いましたね……」

 

 両者、互いに歪んだ笑みを浮かべていた。

 泣く子も気絶する程に冷めた笑みを。

 そして、その笑みが戦闘の始まりを知らせ、死霊使いと烈風の戦いは始まった。

 

▼▼▼

 

 現在、コーラル城【バルコニー】

 

 フレア達、そして合流したガイはアリエッタへ追い付いた。

 しかし、アリエッタの隣にもライガとフレスベルグがおり、ルークと整備兵を見ており簡単に済む話ではない。

 見た目は幼いが、アリエッタ、彼女も能力を認められた六神将。

 油断すれば死ぬのは自分達なのは皆が察しており、戦いを望んでいないイオンはアリエッタへ説得を試みる。

 

「アリエッタ! もうこんな事は止めて下さい! あなたにはこんな事をする理由はない筈です!」

 

「……イオン様」

 

 イオンの言葉にアリエッタは顔を下に向け考える。

 戦わないで済むならばそれで越したことは無い、しかし……。

 

「ちょっと、アリエッタ! とっとと私のルーク様を返しなさいよ!!」

 

「ムッ!……ふん!」

 

 仲が悪いのは皆も察していたが、残念ながらアニスは空気を読まずに己に従ってアリエッタへ食って掛かり、それに対してアリエッタも案の定、機嫌を悪くする。

 

「もう! アニス! 少し落ち着いて、あっちにはルーク以外にも人質がいるのよ!?」

 

「君は導師守護役だ、時には己の感情を抑えなくてはならない。――あまり、導師に恥を掻かせるな」

 

「うっ……ご、ごめんなさい」

 

「……はは」

 

 ティアとフレアに注意され、アニスは冷や汗を掻き、ガイはそれを見て苦笑する。

 しかし、こうなっては面倒なのはアリエッタだ。

 

「ふん!――べぇーだ!」

 

「なッ!? ちょっと、あんた立場――!」

 

「抑えて、アニス!?」

 

「アニス、落ち着いて下さい!?」

 

 アリエッタの仕返しに言った傍から頭に血が昇るアニス、そのアニスをティアとイオンが必死に抑える。

 フレアはその間にアリエッタへ交渉し始めた。

 

「妖獣のアリエッタ……これ以上、罪を重ねるな。人質を解放してくれ、君は導師の事でアッシュに利用されているだけだ」

 

「で、でも……」

 

 アリエッタは再び顔を下に向けて考え始める。

 その様子にアニスは違和感を覚えた。

 

「なんか……フレア様に少し素直な様な?」

 

 今のアリエッタならばアニス程ではないとは言え、イオン以外にまともに会話するとは思えない。

 だがフレアに対する口調は普通よりも大人しく、どこかちゃんと聞いている節があり、はっきり言って素直。

 すると、ガイがある事を思い出した。

 

「……そう言えば、タルタロスで言っていたな。フレア様が彼女の母親を見逃したって」

 

「フレア様がアリエッタの母親を……?――まあ、それなら納得」

 

 肉親を助けたとなればアリエッタも素直にはなるだろう。

 その理由にアニスが納得していると、ティアが気付いた。

 

「ちょっと待って! ”見逃した?”……普通、助けたなら見逃したなんて言わないわ」

 

「確かにそうだ……つまり、彼女の母親が”何か”して、それをフレア様が見逃したのか……?」

 

 ガイも違和感に気付くが、当のフレアは相変わらず心当たりはなかった。

 賊ならば基本的に見逃す事はない。

 それ以外で見逃す様な場面に出会った事はない。

 すると、話の一部始終を聞いていたアリエッタが口を開く。

 

「ママ達、お家を燃やされて……新しいにお家に移った時、そこの人と戦った……です。――でも、その人はママもアリエッタの弟と妹を見逃してくれた……です」

 

「……待て、まさか君の母親は……!」

 

 ようやくフレアの中で全てが繋がった。

 今までの記憶も嘘ではなく、フレアがアリエッタの母親を見逃した記憶はない……しかし、それが”人間”だった場合だ。

 つい最近、フレアはアリエッタの言葉通りのモノと対峙し、文字通り見逃していたいた。

 そう、その正体こそ……。

 

「チーグルの森の”ライガクイーン”か……!」

 

「……けれど、ライガクイーンは魔物よ! 彼女は……!」

 

 ティアはアリエッタを見るが彼女はどう見ても人間、ライガクイーンが生んだ筈がない。

 しかし、その疑問にイオンが思い出した様に話し出した。

 

「……確か、アリエッタは幼い頃に魔物に育てられたんです。おそらく、その魔物がライガだったのでしょう」

 

「成る程……彼女が魔物の心を理解出来るのは、やはりそう言う事か」

 

 人間を襲う魔物の代名詞とされるライガ、そのライガが赤ん坊だったアリエッタを育てたと言う事にフレアは疑問を持たず、彼女の能力の理由が知れただけで満足だった。

 そしてフレアは『興味深い……』と小さく呟いたが、ティアに聞かれていた。

 

(何故、この人はこんなに冷静なの……? 目の前に魔物に見張られている弟がいるのに……)

 

 縛られてはいないが、ルークは気を失っているらしく動かない。

 時折、微かに動く事で気絶しているだけだと分かるが、アリエッタが一つ命令を下せば魔物のはルークに牙を向くだろう。

 安全とは言い切れない状況にも関わらず、冷静すぎるフレアにティアが違和感を感じていると、フレアが再びアリエッタへ語り掛けた。

 

「ならば、俺と導師に免じて投降してもらいたい。……今、君に戦う理由は無い筈だ」

 

「……それでも、アニスとそこのチーグルは許さない!! アニスはイオン様を奪った! そこのチーグルはママ達を苦しめた! 絶対に許さない!」

 

 アリエッタの中のスイッチが入ったらしく、アリエッタの態度は豹変してアニスとミュウへ完全な敵意を放つ。

 その敵意はやがて殺気へと変わり、その威圧感も含めてもライガクイーンを彷彿させる物で彼女がライガに育てられた事を証明していた。

 

「なんて殺気だ……! 妖獣のアリエッタ……正直、嘗めていた」

 

「もう! これだから根暗ッタは面倒なのよ!?」

 

 アリエッタの威圧にガイは構え、ミュウもイオンの腕の中で震えていたがアニスは慣れているらしくトクナガを巨大化させて戦闘準備を整える。

 それを合図に人質を見張っていたライガとフレスベルグ、彼等もアリエッタの前に出て牙と爪を光らせる。

 

「グルル……! 絶対に許さない……!」

 

 アリエッタも既に瞳は血走り、彼女の二つ名である妖獣が目を覚ましていた。

 もう説得は通じない。

 

「アリエッタ、落ち着いて! こちらは戦う気はないわ!」

 

「無駄だ……落ち着かせる為にも戦え」

 

 ティアにそう言いながらフレアもフランベルジュを抜き、既に戦う準備に入っていた。

 

「フレア! アリエッタを殺さないで下さい!」

 

「ご安心を……あくまでも落ち着かせる為です。殺しは致しません」

 

 アリエッタの力をフレアは手中に収めたい。

 故に殺す様な真似をしなければ、彼女は親友の唯一の忘れ形見でもある。

 殺す様な真似はせず、イオンもそれに安心した時だ。 

 戦いの開始を知らせるかの如く、ライガの咆哮が轟く。

 

『ガアァァァァァッ!!』

 

「来るぞッ!!」

 

 ガイが叫び、四人は一斉に飛び出した。

 フレアとティアはフレスベルグへ、ガイとアニスはライガへと向かっていき、フレアは素早く攻撃を仕掛ける。

 

「駆けろ爆炎――フレイムドライブ!」

 

 フレアから放たれたのは幾つもの火球、その火球はフレスベルグへ向かって行くが、フレスベルグは空中で停止し、その巨大な翼で強風を発生させた。

 その結果、フレイムドライブは強風に煽られ地面へ落下し、やがて鎮火する。

 

(ほう、流石は空の上級魔物。相性とは言え、俺の譜術を防ぐとは……)

 

 フレアは純粋に感心し、それはそのままフレスベルグすら手懐けるアリエッタの能力を再評価させ、それと同時にそれを秘密にしていた親友の姿を思い出させた。

 

(どうりでお前が俺に会わせなかった訳だ……これ程の特殊な力、間違いなく利用していた)

 

 親友である故にフレアの性格を熟知し、アリエッタを利用させない為にイオンはフレアに彼女を会せなかったが、今では彼女はヴァンに利用されている。

 どの道、遅かれ早かれの問題なのだ。

 

「ノクターナルライト!」

 

 そしてティアもフレアの援護の為、ナイフをフレスベルグへと投げるが、ナイフは巨大な羽に遮られ本体までにダメージは通らない。

 フレアとティアが多少の苦戦を覚悟する中、アニスとガイもライガとの戦いを繰り広げていた。

 

「このぉ!!」

 

『ガアァッ!!』

 

 トクナガとライガが交差し、両者の攻撃がぶつかり合う音が辺りに響く。

 そして、その後に着地したライガへガイも攻撃を仕掛ける。

 

「魔神剣!」

 

 刀から放たれた斬撃はそのままの勢いでライガへ向かって行き、ライガの胴へ直撃したが若干動きが鈍った程度で手応えは感じなかった。

 

「やっぱしこの程度じゃ駄目か……!」

 

 ガイはそう言うと刀を構え直し、再び攻撃を仕掛けようとした時だった。

 そんなガイに妖獣の猛攻が仕掛けられる。

 

「歪められし扉を開け――ネガティブゲイト!」

 

「なッ!?」

 

 アリエッタがライガへ気を取られていたガイへ第一音素のエネルギー体を放った。

 ガイは咄嗟に回避を試み、なんとか躱す事が出来たがネガティブゲイトの発生場所の地面は完全に抉られており、その破壊力にガイは苦笑いを隠せない。

 

「な、なんて破壊力だ……妖獣のアリエッタ、これ程までの譜術士でもあるのか……!」

 

「根暗でも元は導師守護役だもん……これでもまだまだ本気じゃないよ」

 

 こんな状況にさえ慣れているのか、アニスは飽き飽きした表情で言い、ガイもそんな彼女の言葉に何かを察した。

 

「アニスも大変なんだな……」

 

「本当だよ。……別に導師守護役を外されたのも私が原因じゃないのに目の敵にされてるし」

 

 よっぽどの事をされているのか、そういうアニスの言葉には負の感情しか読み取れない。

 アニスからすれば完全にとばっちりであり、アリエッタの対応の方が遥かに面倒くさいのだ。

 そんな風にガイとアニスが会話しながら戦っている頃、その後方ではフレア・ティアとフレスベルグの攻防は続いていた。

 相変わらず空中を飛びまわるフレスベルグに、フレアは高く飛んで足に力を入れる。

 

「飛燕連脚――!」

 

 空中で回し蹴りの様な形でフレスベルグへ攻撃するフレアはそのまま、一撃二撃と勢いを強めた蹴りをフレスベルグへ放ち、フレスベルグはその身体に鈍い音が響かせながら地面へ蹴り落とされそうになる。

 だが、フレスベルグとてそれでは沈まず、地面すれすれで再び上空に舞い戻って行く。

 

「まるで空全てが奴の庭だな……恐れ入る」

 

「くっ……あの高さじゃ譜歌も届かない……!」

 

 譜歌が通じない事に歯痒い思いをするティア。

 第五音素・譜歌、この二つを封じられた今、二人の勝ち目は薄くなってしまう。

 

「第五音素も譜歌も、その子には通じない……です! これで勝ち目はない……です!」

 

 事前に情報は得ていたのだろう。

 確実にそれぞれに相性の良い魔物がフレア達に対処している。

 文字通り、勝利を確信した様な口調でアリエッタは言うが……それを聞いたフレアは笑みを浮かべていた。

 

「フッ……俺は第五音素しか能がないと思われているのか。――嘗められたものだ」

 

 フレアが手を翳すと、そこに出現するのは黒い譜陣と黒き音素だった。

 それは闇の音素、第一音素であり、フレアはそのまま手を空のフレスベルグへ向けた。

 

「抗えぬ闇の重圧――エアプレッシャー!」

 

『……グエッ!?』

 

 身体全体に振りかかる凄まじき圧、その正体は第一音素によって生み出された異常な重力。

 フレスベルグはやがて飛ぶ事が叶わず、そのまま地面に叩き落とされるかの様に沈み、地面にめり込むとフレアは譜術を止めてフレスベルグの傍に寄った。

 

『グ、グエェ~』

 

「こちらの方が可愛げがある……」

 

 フレスベルグは泡を吹きながら気絶しており、その光景にティアも息を呑んだ。

 

(第五音素もそうだったけど……この人、他の音素も使いこなしてる。これが……キムラスカの焔帝!)

 

 第五音素だけの一発屋ではなく、他の音素も使いこなしてこそ焔帝であり、その強さだ。

 どおりであのジェイドと対等以上の会話をしている筈だ、今の封印術を掛けられたジェイドでは間違いなく勝てないからだ。

 キムラスカの焔帝、それは自分が思っている以上に危険な男なのではないか、ティアはそう思った。 

 

(けど、今はアリエッタ……これで戦いは有利になった筈)

 

 頭を切り替え、ティアがアリエッタの方を見ると、ティアの視線に写ったのは怒気の瞳でこちらを見るアリエッタだった。

 

「よくも……よくも……アリエッタのお友達を傷付けた!! 絶対に許さないんだから!!」

 

 突如、アリエッタから解放される凄まじい音素。

 コーラル城が揺れる中、アリエッタは巨大な譜陣を展開し音素を安定させ始め、その光景を見たアニスの表情も変わる。

 

「なっ!? アリエッタあんた! なんてもの使おうとしてんのよ!? それ総長にも止められてる譜術でしょうが!?」

 

 やはり知っていたらしく、どうやらかなりヤバイ譜術の様だ。

 現に戦っていたライガも戦闘を中断し、気絶しているフレスベルグを素早く背負ってその場を離れ始めた。

 

「……ガイ様、華麗にピンチ……かな?」

 

 流石はガイと言うべきか、目の前の状況にもそんな事を言っているがちゃんと考えてはいるらしく、素早くイオンを守るためにアニスと共に下がった。

 

(情緒は不安定だが……あれ程の譜術を扱えるか。……本当に良い拾いモノをしていてくれたなイオン)

 

 フレアはアリエッタの様子に特に慌てず冷静のままで、それどころか目線は価値を定めているかの様に頭でアリエッタの能力を確認していた。

 しかし、そんな事をしている間にもアリエッタは詠唱に入っていた。

 

「始まりの刻を再び刻め――!」

 

「ヤバッ! マジで詠唱してるし……!?」

 

 もう後戻りは出来ない、完全に詠唱状態に入っている事にアニスの胃にもダメージが入る。

 そんな状況だ、流石のフレアも黙ってくらってやる程のお人よしではない。

 

「ガイ、皆を下がらせろ……」

 

「フレア様がお止に?」

 

 フレアが行かなければガイが動いていたのだろう。

 フレアの言葉にガイは構えていた刀を鞘に戻し、フレアはその言葉に頷いた。

 

「ああ……流石に止めない訳には行かぬだろう」

 

 そう言って皆から距離を取りながら『少々、耳障りでもあるからな……』言ったフレアの呟きだけは誰にも聞からなかった。

 そして、距離を一定範囲取ると、発火したかのようにフランベルジュに第五音素が溢れだした。

 それはチーグルの森の時よりも強大であり、フレアも意識を研ぎ澄ます。

 

「我が焔、ここに極めし――」

 

 フレアの放つ焔はフランベルジュへと集まり、螺旋を描くように蠢いていた。

 そして、アリエッタはそんなフレアに気付く事もなく遂に譜術を放ち、フレアも同時に放った。

 

「これで倒れて!――『ビッグバンッ!!』」

 

「――秘奥義・『魔王”極”炎波!!』」 

 

 アリエッタが放った巨大な音素のエネルギー体を禍々しい炎が呑み込み、フレアは攻撃の軌道を上に向け、ビッグバンを呑み込んだ炎は上空へ昇り、やがて大きな爆発を生んだ。

 

「――焔帝の名、伊達では名乗れんよ」

 

「……そ、そんな……!」

 

 今のが彼女の全力であったのだろう。

 自分の譜術が消滅した空をアリエッタが震えながら見詰めた時であった。

 

「――ったく、屋敷のメイドの目覚ましが恋しく感じたの始めたぜ……!」

 

 機嫌悪そうな声、アリエッタがハッとなってその場所を向くと、いたのは気絶してい筈のルークだった。

 先程の爆音で目を覚ましたのか、どちらにしろ黙らせようとしたが魔物では間に合わず、その隙にルークはアリエッタの懐に飛び込んで手を翳す。

 

「烈破掌!」

 

 ルークの掌から音素が小さく弾け、アリエッタはそれをモロに当たり、そのまま小さく『きゃっ!』と叫びながら吹き飛ばされた。

 

「イ、イオン様……う、うぅ~ん……!」

 

 最後にイオンの名を呼ぶが、そのままアリエッタは目を回しながら気を失って行くのだった。

 

 

 

 

End


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