TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~   作:四季の夢

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テイルズでバルバトスに泣かされた人は私だけではない筈……。

遅くなりました(;´・ω・)


第九話:思惑

  

 現在、セントビナー【市街】

 

 駐在基地から出た後、一行はジェイドが神託の盾が気になると言い、気付かれない様に城門の前の検問の様子を確認していた。

 すると、その検問していた場所には一般兵とは比べられない存在感を醸し出す四人の姿があった。

 そう、タルタロスでそれぞれが接触した六神将、その内の四人である『黒獅子』・『烈風』・『魔弾』・『妖獣』が集結していた。

 そんな四人の会話をメンバー達はバレない様に黙って聞き始めた。

 

▼▼▼

 

「結局、導師守護役の目撃情報はどうしたのさ?」

 

「兵士は見たと言っていたが、マルクト軍は機密と言い張り、情報開示には消極的な様だ」

 

 シンクの問いにリグレットが応えた。

 どうやら、六神将ですら詳細を掴めていない所を見ると、アニスは無事にカイツールへと向かえている様だ。

 

「ならば! 俺が今すぐにでもカイツール周辺に向かおう! 元を言えば、俺が死霊使いに後れを取った事にある!」

 

 そう言ったのはラルゴだ。

 ラルゴは己の責任を感じており、そう力強く言って力を入れた瞬間、ジェイドに刺された場所に激痛が走る。

 

「グゥッ……!」

 

「ラルゴ……怪我、大丈夫……?」

 

 アリエッタが心配してラルゴへ声を掛けた。

 ラルゴはそれに対して頷くが、額の汗などを見る限り、無理をしているのは明らかだ。その様子を見たシンクが呆れた感じにラルゴへ言った。

 

「アンタはまだ傷が癒えてないだろ。まずは傷を癒してから言ってよ、そう言う事は」

 

「むう……面目ない!」

 

 ラルゴはシンクに頭を下げながら、懐から取り出したライフボトルを飲んで傷を癒し始める。それで多少は楽になったらしく、顔色も戻り始めていた。

 そして、これからの事をどうするかと思い、リグレットはシンクとへ聞いた。

 

「シンク、これからどうする?」

 

「……仕方ない。これ以上はマルクトとの外交問題になりそうだ。――第一師団は撤退だ!」

 

 シンクの号令に、周囲にいた兵士達は周りに伝える為に散開して行った。

 これ以上はマルクトを刺激しかねず、ダアトとマルクトの間で戦争など起きても得はない。

 そんなシンクの考えは察していたものの、リグレットは少し意外そうだった。

 

「良いのか、シンク?」

 

「外交問題は面倒だからね。……まあ、本音を言えばここらでアニスを捕えたかったよ。カイツールに連中が到着すると厄介だからさ」

 

「キムラスカ領だからか? だが、それだけならば条件は今と同じであろう!」

 

 シンクの言葉に納得が出来ないと言った感じのラルゴ。本当にそんな理由ならば、今にもカイツール周辺に行きそうな勢いだ。

 しかし、そんなラルゴの態度にシンクは、落ち着いてくれと言った感じに訳を説明した。

 

「僕だってそれだけならばカイツールの前後で仕掛けるさ。――けど、カイツール軍港に『光焔騎士団』の連中が待機してるらしい」

 

「光焔騎士団……?」

 

 聞いた事がないのか、アリエッタは頭を捻らせる。しかし、ラルゴはその言葉に信じられないと言った様に声をあげた。

 

「あの焔帝の専属騎士団ではないか! カイツール周辺はアルマンダイン伯爵の指揮下だ、なのに何故バチカルでもない場所に連中がいる!」

 

「どうやら、つい最近まで焔帝はカイツールに任務として来ていたみたいだよ。撤退する際に少し騎士を残していったんだろうね」

 

「光焔騎士団と白光騎士団、連中の練度は高い。――なるほど、焔帝達と合流すれば連中が護衛につくだろう」

 

 一般兵よりも遥かに練度が高く、ファブレ公爵とフレア同様にマルクトに脅威と感じられている存在、それが両騎士団だ。

 彼等の指揮下は国と独立しており、ファブレ公爵・フレアの命令にしか動かず、彼等の危機には独自に動く程に優秀なエリート騎士。 

 六神将と言えど只でさえ、焔帝・死霊使い・導師と言う厄介な者がいる中では、光焔騎士団は相手にするのには骨が折れると言える。

 リグレットもシンクの言葉に状況を察し、ラルゴは自分がジェイドに遅れを取った事を再度悔やんだ。

 

「クッ! やはり、俺が死霊使いを抑えておけば……!」

 

 そうラルゴが呟いた時だった。

 彼等の上空から突如、自分以外の者を小馬鹿にした様な笑い声が降り注がれた。

 

「ハ~ハッハッ! 気にする事はありませんよ。あの『陰険根暗眼鏡』のジェイドと渡り合えるのは、この神託の盾六神将『薔薇』のディスト様だけなのですから!」

 

 そう言いながら下りて来たのは、一言で言えば重役が座る様な”豪華”で”高級感”が”嫌味”な程に象徴されている椅子であった。

 更にそう言えば、座っている人物も普通ではない。白髪・禍々しい瞳・薄気味悪い笑顔・派手な服装、これからを備え、空飛ぶ椅子に座る男こそ六神将最後の一人……。

 

「『薔薇』じゃなくて『死神』でしょ?」

 

「誰が死神ですか!? 薔薇です! バ・ラ! 全く、あなた方がこの私の頭脳や美貌に嫉妬するのは分かります。……ですが、これ以上の私への侮辱はどうなるか――!」

 

 ドスの利いた口調で、他の六神将達にそう言い放ちながらディストは彼等の方を向くと、そこには既に誰もいなかった。

 よく見ると、少し離れた所にシンク達の後姿があった。

 

「……」

 

 虚しく吹く風の音だけが、ディストの耳に届くのだった。

 

▼▼▼

 

「あの様子を見る限り、アニスは無事にカイツールに向かえた様ですね」

 

 ジェイドは先程まで居た六神将よりも、アニスが無事に向かっている事に安心していた。

 何かあれば、真っ先に情報が行く六神将も本当に知らない様子で確信を得られたジェイドだが、ガイは六神将達が本気で狙っている事に冷や汗を流す。

 

「しかし、本当に六神将が俺達を追っているんだな。『鮮血』だけがいなかったが……『黒獅子』・『魔弾』・『烈風』・『妖獣』・『死神』。あれだけの六神将が集結した姿なんて初めて見た」

 

 おそらく、それは大変珍しい光景であったのは間違いない。同時にセントビナーから彼等が去った事で、今だけは安心できるとも言える。

 そんなガイの言葉を聞いていたルークは、ふっとある事を思い出してティアへ聞いた。

 

「そういや、ティア。お前、あのリグレット……とか言う女と話してたよな? 知り合いなのか?」

 

「……ええ、私に戦い方を教えてくれたのがリグレット教官よ」

 僅かに言い淀んだティアだったが、リグレットとの関係を説明した。

 師弟とまで言えるかどうかは分からないが、少なくともティアの戦闘スタイルの基盤を築いたのはリグレットなのは間違いない。

 そんなリグレットを余程に信頼していたらしく、そう言い終えた時のティアの表情は暗く、空気が重くなったのを感じたフレアは話を戻した。

 

「……話を戻すぞ。俺達はこれから宿に向かうが、ルーク、お前はどうする? 少し街でも見て来るか?」

 

「えっ? 良いのか、兄上!」

 

 自由に見て回りたかったのか、ルークは嬉しそうに応えた。

 そんなルークにフレアは頷き、ジェイドも同じ様に頷く。

 

「私も別に構いませんよ。――ですが、流石に一人では危険なので付き添いがいなければ行けませんよ」

 

 ジェイドからの許可にもあり、ルークは誰を連れて行くか考え始めた。

 イオンは表情からして休ませてあげたいから無理、ジェイドは論外、兄のフレアも迷惑を掛けていると感じており付き添いからは外す。

 そうなると、残りはティアとガイだが、ティアは口うるさそうと思ってルークはガイを誘う事にした。

 

「なあ、ガイ。一緒に来てくれよ、一人じゃ駄目だって言うしよ」

 

「ああ、分かった。俺は別に構わないからな」

 

 ルークの頼みにガイは頷いた時だった。ティアが二人に近付いた。

 

「ルーク、私も一緒に行くわ。どうも、あなたは側で見ておかないと不安で仕方ないもの」

 

「ハァッ!? 良いって別に来なくて……お前がいたらどうせ、また口煩く言うんだろ?」

 

 只でさえ、親しい者からのお叱りの言葉や助言をまともに受け取らないルークからすれば、フレアやヴァンとは違うティアの言葉をまともに受け取る訳がない。

 寧ろ鬱陶しく、自分への悪口に近い感じにしか捉えられない。しかし、それはティアは察しており、分かっていながらも引きさがる気はなかった。

 

「あなたが何かするから言っているのよ。――それに、私はあなたのお兄さんからも護衛を言われているもの。断っても着いて行くわ」

 

「……わ~ったよ。――うぜぇな」

 

 また何か言われる、そう思うと面倒に思うルーク。自分では普通にしているつもりなのに、何故か叱られる。ルーク自身からすれば訳が分からずイラつくだけだった。

 

「大丈夫ですの、ご主人様! ミュウもいるですの!」

 

「うっせえな! ブタザル! お前は黙ってろ!」

 

「ルーク! ミュウが可哀想でしょ!」

 

 ルークの声にミュウは落ち込み、それを見てまたティアが叱る。人を選ぶとも言えるルークが感情を相手に出すのは珍しく、そんな光景をガイが楽しそうに見ていた時だった。

 フレアがガイを呼んだ。

 

「ガイ、ガルドはお前に持たせておくぞ。何かあれば、お前の判断で使ってくれ」

 

「分かりました」

 

 ガルドが入れられた簡易的な財布をフレアから手渡され、ガイがそれを受け取った瞬間、フレアは自分達にしか聞こえない様にガイへ囁いた。

 

「……ティア・グランツから目を離すな」

 

「?……侵入者だからですか? ですが、彼女はルークに親身に色々と教えてくれている。少しは信用しても良いのでは?」

 

 フレアの性格上、表面で笑顔であろうがティアを本気で信用していないとはガイも分かっていた。

 だが、フレアが結果を出す人間は認める性格なのも知っており、ルークに色々と教えているティアを全く信用しないのは少し違和感があったのだ。

 しかし、そんなガイの言葉にフレアは鼻で笑った。

 

「フッ……あの女は使えそうだから生かしているだけだ。それ以外の期待等には興味がない。――言う事を聞かない駒で、お前はチェスがしたいのか?」

 

「……ああ、そう言う事ですか。――分かりました」

 

 ガイはそう聞いて理解した。フレアがティアに最も期待している事があり、それ以外の事はどうでも良いのだと。

 それはルークにも言えた事であり、ティアがフレアにとって不都合な事をルークに教えないか、その監視を自分にさせたいのだとガイは分かり頷き、その頷きを見てフレアは自然にその場を離れた。

 

「では頼むぞ、ガイ。俺とカーティス大佐は、イオン様を連れて街の宿に言っている。話も通しておくぞ」

 

「……では、行きましょうか。御二人共?」

 

「ええ、ルーク達は楽しんできてください」

 

そう言ってフレア達は宿屋へと向かい、その場に残ったルーク達も辺りを散歩するのだった。

 

▼▼▼

 

 現在、セントビナー【商店街】

 

 セントビナーの商店街は、既にピークは過ぎているらしく鬱陶しいとは思わない程度に空いていた。

 アイテム・食料・雑貨、本、色々な物が店頭に並べられており、ルークはその全てが珍しく新鮮なものであった。

 

「すげぇ……エンゲーブよりも色んな物があるぜ」

 

「そりゃあ、エンゲーブよりは都会だからな。食料意外にも色々とあるさ」

 

 ガイがルークへそう説明してくれたが、ルークの意識は周りの露店などに意識を持っていかれており、流し流しでしか聞こえていない。

 そんなルークへ、ティアが話し掛けた。

 

「ところで、ルーク。あなた、見てみたい所とかないの? ずっと屋敷の中しか知らなかったんだもの、良い機会と思って色々と見て回った方が良いわ」

 

 ルークの常識は屋敷の中で止まっている。おそらく、無事に屋敷に送る事ができ、自分の罪を清算させてもらったとしてもルークと会う事は二度とないだろう。

 兄であるヴァンへもそうだが、実の兄のフレアに対してもルークは信用し過ぎている。

 ティアは、そんなルークが嘗ての自分と重なって見える事が度々あり、どうしても放っておけないのだ。

 勿論、別の意味で心配していると言うのもあるが、ルークがそんな事をティアが考えていると分かる筈もなく、辺りを適当に見ながら応える。

 

「そう言われてもよ。全部が全部、色々とあり過ぎて……ん?」

 

 辺りを見回していたルークの目にある一冊の本が目に止まった。その本が置いてある店は古本屋らしく、色々な本が並べられていた。

 普通ならば、そんなボロそうな店には見向きもしないルークだが、その本が気になって店へと行き、ティアとガイも後に続いて店の前に行くが、店主である高齢そうな男性は眠っていてルーク達に気付いていない。

 そんな雰囲気も好きなのか、ガイは店頭に並べられた一冊の古本を手に取って捲り始めた。

 

「へぇ……こりゃあ凄い! だいぶ昔の奥義書だぞ。品質も良いし……流派も俺のに合うな」

 

「随分と古い譜術の本ね……でも、分かりやすく記されているし、掘り出し物だわこれは」

 

 それぞれが気に入った古本を見つけられたらしく、ガイとティアは自分の持つ本を買おうとするが、店主は未だに眠っている。

 どうするかと、二人は少し困っていると、店主の隣に籠とメモが置いてある事に気付く。

 メモにはこう書かれていた。

 

『一冊300ガルド。籠にガルドを入れたら、ご自由にどうぞ』

 

「信用……しているのかしら?」

 

「ハハ……まあ、そう言う事だろうな」

 

 そう言ってそれぞれガルドを籠に二人は入れると、その隣でルークが一冊の本を手に持ってジッと眺めていた事に気付く。

 

「どうしたの、ルーク?」

 

「いや、なんか変わった本があるなぁって……」

 

 ティアとガイは、ルークが持っている本を覗き込むと、その本は表紙は全体的に黒い革が使われているが、その周りは綺麗に赤で装飾された物だった。

 周りとは異質な雰囲気を醸し出す本だから、ルークは意識を向けたのだろう。屋敷にもない変わった本なのだが、ティアとガイはその本に見覚えがあった。

 

「『赤の裁き』ね。懐かしいわ……」

 

「小さい頃、よく読んだぞこれ」

 

「二人共、この本知ってんのか?」

 

 懐かしむ様な二人の声に頭を捻るルーク。

 屋敷にある書庫の本を流し読みとは言え、大量にある本の中でもなかった目の前の本を何故にティアとガイが知っているのか気になった。

 そんなルークに教える為、ティアはルークから本を受け取ると数ページめくり始めた。

 

「古い本なんだけど、結構有名な本よ。――赤き大いなる力を、人間が己の欲の為に使った結果、その力によって滅ぼされたって内容よ」

 

「まあ、要約すると悪い事したら、その報いが来るって子供に教える為の本だな。――昔はよく読んでもらったもんさ」

 

「……ふ~ん。まあ、どうでも良いや。――ところで、作者って誰だよ? 有名な奴なら買ってやっても良いし」

 

 今にも飽きそうな声がティアとガイに届くが、二人は少し困った表情を浮かべた。

 

「それが分からないのよ。数は多く複製されているのだけれど、作者の名前がどこにもないの」

 

「本マニアの間では、原本にだけ書かれていると言われてるんだ。音素を調整しながら保管しとけば、そんな劣化もしないし未だに何処かにあるかもな」

 

「ふ~ん」

 

 自分の思った様な答えではなかった為、すぐに興味無さげに返答したルークはペラペラとめくりながら挿絵を眺めていた。

 手書きと思える様な絵だが、いかんせん絵のタッチが古臭くてルークの趣味には合わない。

 変な機械、透明な瓶に入れられた怪物の様な何か、天を貫く柱が国を滅ぼす。

 

(何を書きたいのか分かんねえな。――でも、まあ本なら父上も好きだし買っとくか)

 

 ルークは怠そうに本で肩を叩きながらガイの方を向き、お金を頼む事にした。

 

「なあ、ガイ。これ買うから金頼むわ」

 

「ああ、分かった」

 

 そう言ってガイがお金を入れるのを確認すると、ルークは自分の物となった本を再び見始め、本の裏面をめくった時だった。

 ルークはそこに、人物の名前が記されている事に気付く。

 

(ユリア……ジュエ? ――どっかで聞いた様な……)

 

 作者らしきそれは聞き覚えのある人名だったが、興味ない事は本当に本気が出せないルークは思い出す事が出来なかった。

 それどころか、ルークはティアとガイに作者不明と言われていた事を思い出し、ちゃんと教えなかった事に怒りを覚えて二人の方を振り向いた。

 

「おい! ここに作者の名前あんじゃんかよ!」

 

 そう言ってルークの声が辺りに響くが、そこには二人の姿はなかった。――と言うよりも、ルークがいるこの場所自体、別の所だった。

 実は僅かなあの時間の間、人混みに流されてティア達とついでにミュウともはぐれてしまったのだが……。

 

「なんだよ、ティアもガイも! 迷子になりやがったのかよ!」

 

 あくまで自分が迷子になったとは言わないのは流石と言うべきか、ルークはいない二人に怒りを現し、地面の石を蹴る等して鬱憤を発散する。

 しかし、その姿は遠目に見ればチンピラとしか見れず、周りの人がルークを避けていた時だった。そんなルークに気付いた一人の老人がいた。

 

「む? 確か、あの少年はジェイド坊と一緒にいた……」

 

 挙動不審とも思われる動きをしていたルーク、彼を見つけたのは先程、ジェイドと話していた老マクガヴァンその人であった。

 

▼▼▼

 

「ほっほっ! それは大変じゃな」

 

「だろ! 散々、俺に言っといて自分達が迷子になってんだ。ったく……」

 

 ルークはそう愚痴りながら、先程老マクガヴァンに買って貰ったジュースを己の口に流し込んだ。

 老マクガヴァンに見つけてもらい、ベンチで共に腰を掛けているルーク。そんな彼の言葉を老マクガヴァンは、嫌な顔一つせずに笑いながら話を聞き続けていた。

 

「そうじゃな。……まあ、そういう時はあまり動かん方が良いぞ」

 

「……だろうな。迷子になったのはティア達だけだし、俺が動く理由はねえな」

 

 見知らぬ土地、更に言えば敵国の中にいるにも関わらず、ルークに不安という感情は存在しなかった。

 無知と言う者は時に人を大きく見せてしまう。勿論、それをルークが気付いている訳はない。

 

「そういえば、お主の名前を聞いとらんかったな」

 

「ん? ……そうだっけ? まあ、良いや。ルークだ。ルーク・フォ――」

 

「いや、名前だけで良い。……そこから先は言わんように言われんかったか?」

 

 ティア達の忠告をすっかり忘れていたルークは、危うく言ってはならないフルネームを喋る寸前で老マクガヴァンが止めた。

 静かな口調ではあったが、そこには確かに叱る様な厳しい雰囲気が混ぜられていた。

 迂闊じゃぞ――そう言われている様にルークですら感じてしまい、ルークは思わず息を呑んだ。

 

「さ、先に聞いたのは……い、いや、なんでもねえ」

 

 先に聞いたのはそっちだろう。ルークは老マクガヴァンにそう言い返そうとした。

 だが、雰囲気で呑まれた後で言うほどにの根性はなく、そこから先は呑み込み、気まずい為に話題を変えようと考えた。

 

「と、ところで爺さんは――」

 

「のう、ルーク。……お主は兄の事が好きか?」

 

 ルークの言葉は老マクガヴァンの言葉に掻き消されてしまった。

 丁度、言葉が重なってルークは少し不満そうだったが、兄の話題だったのが幸いし、ルークは気分を良くしながら頷いた。

 

「当たり前だろ? 爺さんは知らねえと思うけど、兄上は本当にスゲェんだぜ。強いしカッコイイし、周りから認められてるんだ」

 

 それからルークは兄フレアから聞いた話を喋り続けた。

 魔物討伐・盗賊団壊滅・友軍の援軍、物語の様な武勇伝だが全てフレアの実績であり、ルークはそれを自分の事の様に話し続けた。

 老マクガヴァンもその全てをちゃんと聞いてくれている。時折の相づちをし、やがてルークが話終えると老マクガヴァンは立ち上がってベンチから降りた。

 

「のう、ルークよ。もし、もしじゃぞ……お主の兄が助けを求めておったら、お主はどうする?」

 

「はぁ? 決まってんだろ、助けるに決まってるぜ。……兄上は俺を何度も助けてくれた。もし、兄上が困ってんなら今度は俺が助ける番だ。――兄上は、俺の憧れだからな」

 

 最後の方は小さく言ったが、それもちゃんと老マクガヴァンの耳へと届いていた。 

 そして、そのルークの言葉と表情を見て、老マクガヴァンは満足そうな表情を浮かべると、自分のポケットから一つの青い宝石を取り出した。

 手の平に小さく入る青い小さな宝石、それを老マクガヴァンはルークへと手渡した。

 

「えっ? なんだよこの石……いや、宝石か?」

 

「この宝石は”サファイア”じゃ」

 

「あぁ? サファイアなら屋敷にも沢山あるぜ」

 

 老マクガヴァンの言葉を聞いてルークは、期待外れの様に肩を落とした。

 突然、見せるのだから何か凄い物だと思ったのだが、屋敷に幾つもあるただのサファイア。宝石に興味もないルークにとっては何の価値もない。

 だが、老マクガヴァンはその言葉に首を横へ振った。

 

「いや、このサファイアは普通のサファイアではないのじゃよ。……本当に価値を知っている者からすれば、喉から手が出る程に手に入れたい代物じゃぞ」

 

「このサファイアが……?」

 

 信じられない、そんな表情を浮かべながらルークはそのサファイアを受け取り、まじまじと眺めた。

 上、下、左右、良く見れば加工がされておらず、形もどこか自然体と言えば良いのか、少なくとも貴族が買う様な物ではないと思わざる得ない。

 ただ、一つ気になる事はあった。そのサファイアをよく見ると中に水が入っている様に潤んだ輝きを放っていたのだ。

 

「ルークよ、それをお主にやろう」

 

 いつの間にか真剣にサファイアを観察していたルークに、老マクガヴァンが唐突にそう言うと、ルークは少し表情を嫌そうにした。

 

「いや、いらねって。確かにちょっと珍しいなとは思ったけどよ。これ、加工されてねえじゃん。そんな不良品いらねっつうの」

 

「……兄の為になるのじゃぞ」

 

「えっ……?」

 

 その言葉に、ルークの表情が変わった。

 何処か柔らかい雰囲気の老マクガヴァンだったが、今は鋭利な刃物の様に鋭い物だった。世間知らずのルークでさえ、直感的に感じられる程に。

 

「このサファイアは、本当ならばジェイド坊に渡すつもりじゃった。――しかし、ルークよ。お主の話を聞き、これはお主に渡した方が良いと判断した」

 

「ま、待てよ爺さん! なんでそれに兄上が関係あんだよ! これはただのサファイアだ――」

 

「ルークよ」

 

 静かながら、力強く鉛の様に重い言葉がルークの言葉を中断させ、ルークはそのまま老マクガヴァンの小さな眼を見詰める事となってしまった。

 

「このサファイアはいつか、必ずフレアを助ける時に役立つ筈じゃ。……あとは、どう選択するか決めるのはお主じゃぞ」

 

「……チッ! わ~ったよ! 兄上の為だ、貰ってやるけどよ。本当なんだよな!」

 

 ルークが問い詰める様にベンチから立ち上がった時だった。

 遠くから、此方へ呼びかける声がルークの耳に届いた。

 

「ルーク!」

 

「やっと見つけたぞ!」

 

 声の主、ティアとガイが遠くから走って来ていた。

 すっとルークを探していたのか、二人の呼吸が乱れているのが分かる。

 

「お迎えの様じゃな。では、そろそろ儂も帰る事にしようかの」

 

「あっ! おい! 話はまだ終わってねえぞ!」

 

 ルークは勝手に帰ろうとする老マクガヴァンを呼び止める。まだ、何も聞いてないからだ。

 だが、老マクガヴァンは足を止める事はなかった。

 

「では、頑張るんじゃぞ~」

 

 そう言って、老マクガヴァンは町の中へと消えて行ってしまった。

 残されたのはルークと、迎えのティアとガイだけだった。

 

▼▼▼

 

 現在、セントビナー【宿屋】

 

 あの後、ティアに説教されながら宿屋へと戻ったルーク達は、フレア達と合流する事が出来た。

 イオンは既に別室で眠っており、ジェイドも万が一の為に傍にいる。そんな中、ルークはと言うと……。

 

「あ~めんどい、怠い、早く帰りてぇ~」

 

 ルークはベッドの上で土足のまま横になり、今の状況に不満そうにぼやいていた。

 疲れる毎日、神託の盾の襲撃、不味い食事と固いベッド。屋敷の中ではまずありえなかった環境は、ルークにとってはストレスでしかなかった。

 憧れの外の世界だが、理想と現実が違うとこんなものである。

 

「ルーク、行儀が悪いぞ」

 

「そうよ、靴を脱がないとベッドが汚れるわ」

 

 フレアとティアが目の前でバタバタしているルークを注意するが、今までの不満が蓄積されており、ルークは枕へ顔を埋めた。

 

「だって退屈だし……ベッドは固いし、メシはブウサギだし……」

 

「本当にブウサギが嫌いだな……」

 

 ルークのブウサギ嫌いを知っているガイは苦笑した。

 ガイは別にブウサギが嫌いと言う訳ではないが、ルークからすれば豚なのか、ウサギなのか、良く分からないあやふやな食感や風味が嫌いだと言う。

 

「我儘言わないの! 野宿なら野宿で文句言うでしょ!」

 

「野宿も嫌だけど、ここの宿屋も嫌なんだよ……ったりいな。俺、もう今日は動かねえぞ……」

 

 枕に顔を埋めたまま話し続けるルーク。その様子にティアは呆れた様に額を抑えながら溜息を吐いた。

 すると、そんなルークにフレアが声をかける。

 

「そうか、それは残念だ。折角、お前の稽古に付き合ってやろうと、宿の主人から中庭を借りたのだが」

 

 フレアがそう言った瞬間、ルークは一瞬でバッと頭を上げると剣を持ってベッドから飛びあがると、素早くフレアの前で止まった。

 

「本当か兄上!?」

 

「ああ、この所は忙しく、お前の相手をしてあげられなかったからな。こんな時だが、お前が良ければ相手をしよう」

 

 余程に嬉しいらしく、フレアのその言葉にルークの瞳は輝いていた。

 

「よっしゃあ! だったら早く行こうぜ兄上! 今日こそ兄上を驚かしてやる!」

 

「それは俺も楽しみだな」

 

 ルークとフレアは部屋を出て中庭へと向かった。

 その様子をティアはまたも呆れた様に見ていたのだった。

 

「もう……調子が良いのね」

 

「ハハ、まあそれがルークさ。……なんだかんだで、フレア様に構って欲しかったのかもな」

 

「?……屋敷で二人は一緒に暮らしているんじゃないの?」

 

 ルークが屋敷でどんな生活をしていたのかは予測できるが、フレアの事は知らず、ティアはフレアがルークと一緒に生活しているのに構ってあげられてないと言う言葉が意外だった。

 その言葉に、ガイはその事を察して首を横へと振る。

 

「いや、フレア様は両親に甘えない様に公爵邸を出て、自分で建てた屋敷に住んでるのさ。それに、あの人は多忙だからバチカルにいない事も多いんだよ。……だから、こんな状況じゃなかったら、こんなに長く一緒にフレア様といられる事はルークにとって嬉しい事なんだ」

 

 ルークにとって戦いの憧れはヴァンだが、一人の人間としての憧れは兄フレアなのだ。

 物心ついた時に見た兄の背中、自分よりも年上の人間達から頭を下げられ、堂々としている兄の姿は、ルークからしても格好良い姿だったのだ。

 

「そう、でも……もう少しルークをなんとか出来なかったのかしら。いくら第七音素を使えるからって、10年以上も屋敷に閉じ込めておくなんて……」

 

「……そうか、君は知らないのか。ルークは昔、マルクトに誘拐された事があるんだ」

 

「誘拐……?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ティアはエンゲーブでフレアが言った言葉を思い出した。

 誘拐の言葉。ルークが嘗て誘拐されたと言う事実。軟禁されて来たもう一つの理由。

 

「それが余程のショックだったんだろうな。……発見された時のアイツは自分の名前は疎か、歩き方や言葉すら全ての記憶を失っていたんだ」

 

「えっ……記憶喪失ってそこまで酷い物なの?」

 

「医者の話では過剰なストレスが原因らしい。全ての記憶の喪失、原因不明の頭痛、アイツは他人が思っているよりも中々に苛酷な状況を体験しているんだ」

 

 そう言うと、ガイは不意に部屋の窓から外を眺め始め、ティアもガイとの距離感に注意しながら窓の外を見ると、そこでは中庭で稽古するルークとフレアの姿があった。

 ルークが突っ込むが、フレアはそれを受け流してルークは地面に転がってしまう。

 まだ甘いな、そんな感じの笑みでルークをフレアは見下ろし、ルークは悔しそうに兄を見上げた。 

 しかし、ルークの表情は満面の笑みであった。ガイから聞いた様な過酷を味わったとは思えない程に。

 

「そんな経験をして、何故ルークはあんな顔が出来るの……?」

 

「ああ、それは本人がその事を全く気にしてないからだ」

 

 ティアの疑問に答える様に、ガイはその答えを話し続けた。

 

「皆、最初はルークの記憶を戻そうとあらゆる手を使ったよ。……だけど、それはルークにとっては苦痛でしかなかった。そして、そんな時にアイツが言った言葉が――”過去なんていらない”だったんだ」

 

「……ルークは自分の記憶を取り戻したくなかったの?」

 

「ああ、昔は昔、今は今。……過去に縛られたくない、アイツはそう言って俺を救ってくれたんだ」

 

 そう言ったガイの表情は、何処か重荷が下ろせたように爽やかなものであった。

 ティアはそんなガイが少し気になり、ガイへ聞いた。

 

「あなたって、ファブレ家の使用人というよりもルーク個人に従ってる様に見えるわね」

 

「まあ、ある意味正解だ。――教育係なのもあるが、ここだけの話、俺は旦那様よりルークの方が遥かに大事だ」

 

 迷いのないガイの言葉。

 ファブレ公爵よりもルークを大事にガイが思っているのは本心だろう。

 ティアは、ガイもまた自分の知らないルークとの繋がりがあるのだと思いながら、窓からフレアとルークの二人を眺め続けた。

 

▼▼▼

 

 現在、フーブラス川

 

 翌日、早朝からルーク達も老マクガヴァンへ言った通りセントビナーを発ち、ガイの案内の下、フーブラス川へと向かった。

 早朝と言う事で肌寒さとルークの愚痴が多かったが、神託の盾の襲撃がなかったのが救いであった。

 そして、ルーク達は川の浅い所から向こうへと渡って行き、広い草原に出た時であった。

 フレアは不意に身に覚えのある頭痛と同時に、聞き覚えのある声を聞く。

 

『フレア……フレア……我ガ半身……!』

 

(イフリート……? なんだ、何故今になって交信してきた?)

 

 交信を全くしない訳ではなく、フレアも色々と疑問もあってイフリートへ交信を図っていた。

 しかし、本来ならば出来る筈の交信が今回に限っては全くできず、フレアも疑問に思っていたのだ。

 

『ローレライの力……全テヲ壊ス力によリ……我とフレアに乱れを生ミ出した』

 

 要約するば、第七音素の超振動の影響によって交信が出来なかった様だ。

 本調子ではないらしく、今も若干の聞き取りずらさがある。

 

(何か用か?)

 

 いくら同位体とはいえ、イフリート程の存在が世間話の為に連絡を寄越す訳がない。

 交信してきた以上、何かしらの意味がある。

 

『”穢れシ音素”……我ガ半身の近クに現れン……!』

 

(”穢れし音素”……?)

 

 謎の言葉をイフリートから聞かされ、フレアがその意味を考えようとした時であった。

 フレア達の視界と身体が大きく揺れ動く。

 

「地震か……!?」 

 

「いけません! イオン様は下がって!」

 

「ルークもよ! 下がって!」

 

 ガイが原因に気付き、ジェイドとティアがそれぞれイオンとルークを下がらせる。

 しかし、揺れは一向に収まらず地面から亀裂が入り、その亀裂から毒々しい色のガスが噴出した。

 

「”瘴気”……! いかん! 皆、口を塞げ!」

 

 フレアはすぐに毒々しいガスの正体である”瘴気”に気付き、全員に指示を出しながら自分も口を塞ぐ。

 老マクガヴァンからも伝えられていた瘴気、少量では何にも害にはならないが、大量に吸えば命の保証は出来ない。

 しかし、今この場には身体の弱いイオンもいる。

 故にジェイドはすぐに全員に指示を出した。

 

「走りなさい!」

 

 まだ大量に噴出している訳ではない。

 ジェイドは最悪の事態になるよりも先にここを離れるように言い、皆にそう言うと自分はイオンを抱えて走り出す。

 その後をフレア達も追う様に走り出した。

 

「な、なんなんだよこのガスは!?」

 

「これが瘴気よ! 少量じゃ害は無いけど、だからって吸って良い物でもないから出来るだけ吸わない様にして!」

 

 ルークへ、そう伝えるティア。

 こんな身体に悪そうなガス、ルークとて好んで吸おうとは思わず、走りながらもティアに頷く中、ようやくこの場所の出口と思われる場所へ近付いた時であった。

 メンバーを先程よりも大きな揺れが襲い、地面から先程とは比べ物にならない量の瘴気が噴出し、皆は足を止めざるを得なかった。

 

「これは……!」

 

「なんて事だ……!」

 

 フレアもジェイドも、まさかこれ程の瘴気が噴出するとは思ってもおらず、表情の余裕も既になかった。

 

「ど、どうしましょう……」

 

「みゅ、みゅ~、瘴気が沢山ですの! 動けないですの!」

 

「とりあえずバラバラになるな!」

 

 ガイはこの状況で離れてしまう事を恐れ、全員を集めるが根本的な解決になっていない。

 

「もう駄目なのかよ!?」

 

 どうしようもない状況にルークが声をあげた時であった。

 そんな様子を見ていたティアが意を決した様に頷くと、静かに譜歌を歌いだした。

 

「”堅固たる護り手の調べ”――クロア リュオ ズェ トゥエ リュオ レィ ネゥ リュオ ズェ 」

 

「こんな時に譜歌を歌ってどうするのです!」

 

 ジェイドがティアへ声をあげた。

 大量の瘴気が噴出している中での譜歌など、それは自殺行為でしかない。

 しかし、フレアだけはこの譜歌の意味に気付く。

 

(これは……!――『ユリアの譜歌』か!)

 

 フレアが気付くと同時であった。

 ティアを中心とし生まれる蒼白く光る聖なる領域、それはこの場にいる者達を守護し瘴気の侵入を一切許さない。

 

「な、なんだこれ……?」

 

「ただの譜歌でこんな現象は普通、起きませんよ……」

 

 呼吸が楽になるのを感じながらも、ジェイドは通常では起こり得ない状況に困惑を隠せなかった。

 そして、瘴気もやがて収まりを見せ噴出はなくなった。

 それと同じ様にティアの譜歌も終わり、領域も消えるとルークがティアへ駆け寄った。

 

「なんだよ今の! 今の変なのはなんなんだよ!?」

 

「一時的な防護壁。少ししか維持できないから、ここを早く去りましょう」

 

「ユリアの譜歌……でしたね」

 

 さっきのティアの譜歌に対しイオンがそう呟き、ジェイドも眼鏡を上げた。

 

「特殊な力を持つと言われるユリアの譜歌……ですか。噂には聞いていましたが、ユリアの譜歌は複雑な暗号化がされていて誰も解読出来なかった筈では?」

 

「詮索は後だ! ここを離れるぞ!」

 

 ガイが皆の意識がティアの譜歌に向かっているのを無理矢理に中断させ、全員を現実に戻した。

 それに伴い、ルーク達もまだ自分達が危険地帯にいる事を自覚し、駆け足でこの場を後にする。

 そして、ティアも皆を追う様に少し走った刹那――ティアは”貫かれた”

 

「――えっ」

 

 ティアは”赤く巨大な腕”に貫かれ、自分の物と思われる血液を浴びる。

 何が起こったのかも本当は分かっていない。

 身体から血の気が失せて悪寒が襲う。

 

『許サヌ……! 許さン……! ユリアの……血筋……我ガ手で……!』

 

 何者かの声が聞こえた気がしたが、そんな事はもう関係ない。

 ティア・グランツの意識は静かに深淵に沈んでい――。

 

「おい、ティア!」

 

「ッ!?――ル、ルーク……?」

 

 我に返ったティアの目の前にいたのはルークであった。

 何事も無かったかの様に自分を見ているルークに、ティアは不安そうにゆっくりと自分の身体を確認する。

 確認した体には、どこにも貫かれた後はなく、先程と変わらない光景だった。

 一体、今のはなんだったのか、そう考えながら少し放心状態のティアの手をルークは掴んだ。

 

「なにしてんだ! 早く行くぜ! また変なガスが出て服に匂いが付いたら嫌だからな!」

 

「……えぇ、ごめんなさい」

 

 そう会話しながら二人は皆の後を追った。

 しかし、二人は気付いていない。

 二人より少し離れた場所を走っているフレア、彼が左手を苦しそうに強く握りしめていた事に。

 

(落ち着けイフリート。――まだだ、まだ”その時”ではない)

 

 今にも溢れそうになる第五音素を抑止ながら、段々と落ち着きを取り戻して行くフレア。

 それぞれの思惑を持ちながら、メンバー達はカイツールへと向かうのだった。

 

▼▼▼

 

 現在、国境の砦カイツール【マルクト方面検問所】

 

 『カイツール』そこは両国が直接面している国境の砦。

 両国を行き交う商人や旅人の殆どが通る代表的な国境である。

 しかし、国境故に一度開戦すれば最初の戦場ともなる場所でもある事を意味する。

 そんなカイツールにフレア達が到着すると、到着早々に意外な光景を目の当たりにした。

 それは、国境の警備兵と一人の少女が何やら揉めている光景だった。

 

「お願いしますぅ~。アニスちゃん、ここを通らなきゃ行けないんですぅ~」 

 

 揉めている少女の方、それはタルタロス襲撃の際に分かれてしまったアニスであった。

 旅券を持っていないからか、アニスは身体をクネクネと動かしながら猫撫で声で兵士に国境を通してもらう様に頼んでいた。

 だが、そんな事で通す程、マルクトの兵士は愚かではない。

 そんなアニスにしっかりと首を振って拒否の姿勢を示す。

 

「申し訳ありませんが、旅券をご提示されなければお通し出来ません」

 

「絶対にぃ~?」

 

「絶対です」

 

 両国の緊張が高い今、旅券があっても通せない者もいる。

 そんな者もいる中で旅券がない者は論外。

 兵士の固い口調にアニスは肩を落とし、兵士と国境に背を向けて戻り始めた。

 

「……っと、見せかけて!」

 

 身体を素早く反転し、アニスは一気に掛け出して国境突破を図った。

 

 ――シャキンッ!

 

「あうっ!!?」

 

 しかし、あまりにも怪しい事をしていたのか、アニスの行動は国境兵にはお見通しであった様だ。

 先程の兵を含めた国境兵がアニスの前に剣を向けており、目の前に出現する剣にアニスも冷や汗を流す。

 

「い、いやぁ~ん! 冗談ですよぉ~!」

 

 絶対に嘘だ。

 か弱そうに言うアニスだったが、か弱い少女が国境突破などするものか。

 国境兵はそんなアニスの後ろ姿に溜息を吐き、アニスも悲しそうな表情で砦の入口へ向かう。

 

「――月夜ばかりと思うなよ」

 

 一瞬、アニスの顔がドス黒く歪み、物騒な言葉が聞こえた様な気がしたが、自分達に近付いて来るアニスにジェイドが近付いた。

 

「アニ~ス、素が出ていますよ?」

 

「ほえ?……た、大佐!?」

 

 気付いていなかったらしく、アニスはジェイドの存在を皮切りにルークやフレア達の存在も認識すると、真っ先にフレアとルークの下へ向かった。

 

「フレア様ぁ~ルーク様ぁ~アニスちゃん、怖かったですぅ~!」

 

「そうか、ご苦労」

 

「まあ、頑張ったんじゃね?」

 

 いつもの調子の様子に二人は特に心配する必要はないと判断し、それしか言わなかった。

 すると、当のアニスはガイの存在に気付く。

 

「ほえ? どちら様ですか?」

 

「俺はガイ・セシル、ファブレ家の使用人さ」

 

「……」

 

 その言葉に考え事をする様な仕草でアニスはガイを見詰めた。

 その眼差しは明らかに品定めであり、やがてアニスも口を開く。

 

「よろしくね、ガイ! 私はアニス・タトリン、アニスちゃんって呼んでね!」

 

 アニスはどちらかと言えば好印象になる様な自己紹介をした。

 外見良し、しかもファブレ家の使用人ならば賃金も良いと即座に判断し、保険代わりにガイにも媚びを売るつもりの様だ。

 

「そんな事よりもアニス、親書の方は大丈夫なのですか?」

 

「ぶぅ~! 大佐、私の事も心配してくださいよ!」

 

 自分よりも親書の方が大事と聞こえる様なジェイドにアニスは抗議しながらも、背中に背負っている人形『トクナガ』の口に手を突っ込み、親書を取り出してジェイドへ渡す。

 

「いえいえ、流石はアニスです。こうやって親書も守ってくれたのですから」

 

「そうですね、アニスは凄いですよ。タルタロスから落とされた時も『野郎! テメェ、ぶっ殺す!』って元気に言ってましたから」

 

「すいません、イオン様はちょ~と黙っててくれますか?」

 

 導師守護役なのにそれは良いのか分からないが、イオン自身は意味を分かって言っていない故にアニスの評判を下げている事に気付いていない。 

 まあ、既にアニスが猫を被っている事はフレア達にもバレてはいるのだが……。

 

「女性って怖い……」

 

 ガイの呟きだけが、その場に残された。

 

「まあ、親書も無事だったんだ。早くキムラスカに帰ろうぜ……」

 

 これ以上の面倒は絶対にごめんのルーク、すぐにでもキムラスカに帰りたく国境を指さした。

 しかし、事態はそんな簡単ではない。

 

「駄目よ、ルーク。私達は旅券を持ってないのよ?」

 

「ガイ、手筈はどうなっている?」

 

 ティアがルークに説明している間にガイへ、自分達の旅券の準備がどうなっているか尋ねるフレア。

 それに対し、ガイは困った表情を浮かべていた。

 

「申し訳ありません、ここでヴァン謡将と待ち合わせの筈なんですが……」

 

 どうやら旅券をガイは持っていないらしく、ここで待ち合わせの予定のヴァンが来ない限りどうにもならない様だ。

 

「困りましたね、我々の旅券は私が持っているのですが……」

 

「なんで困んだよ? 俺と兄上は国へ帰るだけじゃねえか! ちょっくら行って来るぜ!」

 

 何も考えていないルークはそう言って国境兵の所へ走って行くが、そんな事がまかり通る筈がない。

 慌ててフレアとティアが止めに入る。

 

「待てルーク!」

 

「ルーク!? そんな簡単な事じゃないのよ!」

 

 しかし、既に二人の言葉はルークの耳には届かず、ルークはいつもの感じに国境兵へ向かってこう言った。

 

「おーい! そこのおっさん達!」

 

 手を振りながら国境兵へ呑気に声を掛けるルーク。

 そんなルークの姿に国境兵も気付き、先程のアニスの一件もあってか”また変なのが来た”と思い、全員が溜息を吐いたその時だ。

 警備兵達の真上に巨大な氷塊が降り注ぐ。

 

「ぐわぁぁぁっ!!?」

 

「がはっ! な、なにが……!」

 

「な、なんだよ……!」

 

 ルークは突然の事に思わず尻餅を付いた。

 そして直撃は免れたが、その衝撃波に警備兵達は吹き飛ばされてしまうが無傷とは言えず、苦しそうに氷塊の発生源と思われる空を見上げる。

 そこには、国境の屋根に佇む”赤い少年”が警備兵とルークを見下ろしていた。

 

「どこまでも情けねえ野郎だ。お守りがいなきゃまともに戦えねえのか!!」

 

 赤い少年は自分が攻撃した警備兵には目もくれず、攻撃を受けてもいないのに尻餅を付くルークへ怒鳴り散らした。

 そんな事態に他のメンバー達も気付き、その赤い少年の姿を捉えたフレアが正体に気付いた。

 

「鮮血のアッシュ……!」

 

「まさか国境で襲撃するとは……」

 

 襲撃を予想していたがそれは国境の前後。

 まさか国境で直接襲撃するとはジェイドでも予想外であったらしく、倒れる自国の兵もあって若干表情を強張らせた。

 

「な、お前は……!?」

 

 ルークもようやく襲撃犯に気付きアッシュと目が合うと、アッシュは胸糞悪そうに舌打ちを鳴らす。

 

「チッ! テメェは知る必要はねえよ、なあ?――おぼっちゃん!」

 

 剣を抜き、アッシュはルーク目掛けて剣を振り下ろしながら飛び降りた。

 突然の事に頭が付いていけないルーク。

 何故、自分が攻撃されるのか?

 自分が悪い事でもしたのか?

 ルークはパニックに陥り、剣を抜く事も出来ずアッシュの攻撃に思わず目を瞑った。

 

「剣を抜くんだルーク!!」

 

 ガイがルークへ叫ぶが、ルークの脳がそれを認識するよりも先にアッシュの剣の方が早い。

 

「死ね! この”出来損ない”!!」

 

「うわぁぁぁぁッ!?」

 

 剣を抜くよりも叫んでしまうルークに、アッシュの剣が迫った時であった。

 二つの”人影”がキムラスカ側から迫り、それぞれ剣と槍でルークを守る様にアッシュの剣を受け止める。 

 アッシュも、その受け止めた者を見て目を開いた。

 

「テメェ等は……!」

 

(な、なんなんだ……?)

 

 様子がおかしいと気付き、ルークは恐る恐る目を開くと目の前には自分を守る様にアッシュの剣を防いでいる二つの背中があった。

 その二人の姿、それは一言で言えば鎧騎士。

 殆どが”白銀”、模様が炎の様なデザインの”赤”、そして周りは”金色”で覆われている鎧騎士。

 デザインからしてマルクト兵ではなく、ルークですらすぐにキムラスカ兵と認識する程だ。

 すると、二人の内の一人が背を向けたままの状態ながらルークの様子に気付いた。

 

「ご無事ですか、ルーク様……」

 

「えっ……あ、ああ。でも、お前等誰だ……?」

 

 自分を心配しているのは分かるが、今のルークには正体不明の存在は不安要素でしかない。

 しかし、それを見ていたガイはすぐに気付いた。

 

「あれは……」

 

 そう呟くと、ガイの視線はフレアへ向けられ、フレアは応える様に頷いた。

 

「ああ……良く来てくれた、我が”光焔騎士”達よ」

 

「光焔騎士……!?」

 

 フレアの言葉にティアが驚いた。

 光焔騎士は精鋭中の精鋭、それがマルクト領にいると誰が思うだろうか。

 勿論、その考えはアッシュも同じだ。

 

「畜生……!」

 

 アッシュは後方に距離を取った。

 しかし、その直後にキムラスカ側から更に六人の光焔騎士が現れアッシュを取り囲んだ。

 それぞれが独自の戦闘スタイルを持つ光焔騎士。

 ロッドと盾・剣と短剣・刃の付いた盾等、それぞれが違う武装をし連携によって敵を蹂躙する者達がアッシュへ距離を詰め始めた時だ。

 騒ぎを聞きつけた詰所からマルクト兵が現れ、目の前の様子に驚愕する。

 

「なんだこれは!?」

 

「貴様等キムラスカ兵か! これは侵略行為だぞ!?」

 

 そう思うのも無理は無いかも知れない。

 マルクト兵が一人の光焔騎士に詰め寄ろうとすると、光焔騎士は素早く紙の束をマルクト兵の前を突き付け、それを見たマルクト兵は目を疑った。

 

「これは……! キムラスカ”王族”の印!?」

 

 光焔騎士が提示した物、それは王族の印が記されている旅券、これ以上にない程に正当で力のある旅券だ。

 敵国のマルクトと言えど、これを無下にする事はまず出来ず、マルクト兵が息を呑んでいるのを確認すると光焔騎士達はアッシュへと意識を完全に向けた。

 

「信託の盾六神将・鮮血のアッシュとお見受けする! この場を引くならば良し!」

 

「引かぬならば我等光焔騎士が相手となろう!」

 

 武器を構え、それぞれの戦闘スタイルでアッシュへ挑もうとする光焔騎士達に、アッシュも警戒の表情を隠せない。

 

「……クソが! 焔帝の犬どもが……!」

 

 今にも噛み付くかの様な威圧的な態度のアッシュだが、光焔騎士の練度は知っている。

 油断すれば致命傷を負いかねず、更に後方にはフレアとジェイドが控えており自分に勝ち目がないのは察していた。

 だが、アッシュはどうしても引く事は出来ない理由があり、ここでルークを殺せれば良しと言う想いが勝った。

 

「鮮血のアッシュ! いくらあなたと言えど、この状況に勝ち目はないでしょう。――引きなさい!」 

 

「かの死霊使い殿からの御言葉とはな……良いぜ、引いてやる。――土産は貰うがな!」

 

 ジェイドの言葉を小馬鹿にした様に頷いたと思いきや、アッシュはそのままルークの下へ剣を構えて掛け出した。

 土産、それはルークの命。

 ルークを守るために光焔騎士は構え、アッシュと光焔騎士がぶつかろうとしたその時であった。

 

「やめろアッシュ! 私がいつその様な命令をした!!」

 

 辺りを一喝する言葉に全員の動きが停止し、アッシュはその声の主を知っていた。

 

「ヴァン・グランツ……総長……!」

 

 神託の盾騎士団・総長ヴァン・グランツ。

 彼がキムラスカ側から静かに歩いて来ており、ヴァンの眼光がアッシュを捉える。

 

「まだやるならば、今度は私が相手になるぞ」

 

「……チッ!」

 

 ヴァンの言葉にアッシュは舌打ちをすると、指笛を吹いた。

 すると空から鳥型の魔物が現れてアッシュの手を掴み、アッシュはそのまま空へと消えて行き、この場の戦いは終息した。

 

「ヴァン師匠!」

 

「なんだルーク、その姿は? あまりにも無様だぞ?」

 

 起き上ってヴァンの下へ向かおうとするルーク、その姿にヴァンはおかしそうに笑っていた。

 

「久々にあったのにヒデェ……!」

 

 ルークもそれに言い返すが、その表情には安心したと顔に書かれており、ヴァンの言葉は強ち間違ってはいない。

 そして、ルークの無事を確認した光焔騎士達は、イオン達と共にいたフレアの下へ掛け出し、フレアの前で膝を付いた。

 

「フレア様! お迎えが遅くなり、誠に申し訳ございません!」

 

 光焔騎士達はフレアへ頭を下げて謝罪すると、ここまでの経緯を説明し始めた。

 自分達はフレアの剣と盾、にも関わらず賊の侵入によってフレアが行方不明となった、その報は光焔騎士団に衝撃を与えた。

 しかし、幸運な事にマルクト方面に飛ばされた事は判明しており、マルクトに一番近いカイツール軍港にいる光焔騎士にはも連絡された。

 だが、そう簡単にマルクト領には行けず、インゴベルト陛下の御言葉の下、ヴァンと合流して現在に至ったとの事。

 余程、急いでいたのか全員の鎧は汚れており、フレアは光焔騎士の言葉に首を横へ振った。 

 

「いや、心配を掛けたのはこちらだ。余計な手間を取らせて済まなかった」

 

「そんなフレア様……!」

 

 その様な御言葉を頂く訳には行かない。

 そんな勢いでフレアへ更に騎士達は頭を下げた時、また新たな問題が起こった。

 

「ヴァン! 覚悟!!」

 

 ルークとの会話の最中で生まれたヴァンの僅かな隙を突き、ティアがヴァンへ投げナイフを放ったのだ。

 ヴァンも咄嗟に剣を抜いて弾いたが、ティアは再び攻撃を仕掛けようとするのを見てヴァンはすぐに説得する。

 

「待て、ティア! お前は大きな誤解をしている!」

 

「何が誤解よ! 六神将に指示して戦争を起こさせようとしているのは兄さんでしょ!」

 

 和平交渉の為にバチカルへ向かっているイオン達、それを直接妨害しているのはヴァンの直属の部下である六神将達だ。

 これにヴァンが関わっていない方がおかしく、ティアは再び身構えた時だ。

 それを見ていたイオンが間へ入る。

 

「待ちなさい! ここで争いはしないで下さい! ここは国境ですよ!」

 

 ただでさえ争いが起こったばかり、再び争いを起こす事をイオンは良しとはしなかった。

 

「で、ですが……」

 

「話の続きはキムラスカの国境に行くまでの道でしましょう。少し距離があるので丁度良い筈です」

 

 今の争いの中で怪我した兵士を運んでいた兵士の一人にジェイドは旅券を見せており、ちゃっかり手続きをしていた。

 どの道、これ以上の問題を起こせば本当に向こうは黙っていない。

 ティアは渋々だが納得するしかなかった。

 

▼▼▼

 

 現在、国境道

 

 フレア達はキムラスカの国境までの道を歩いており、光焔騎士の護衛の下、その間にそれぞれの情報等を合わせていた。

 和平交渉の使者について、それは導師イオンの独断である事。

 その旅路に六神将から襲撃が起こった事。

 その他にも話を聞いて行く中、ヴァンは納得した様に頷く。

 

「成る程、そんな事が。……しかし、私は六神将が動いている事すら知らなかったのだ。私に届いた報は導師失踪のみ」

 

「なんで師匠が知らないんだよ? 六神将は師匠の部下なんだよな?」

 

「それは単純に私が大詠師派ではないからだ。大詠師派である六神将達にとっては寧ろ、派閥の違う私は邪魔な存在であろう」

 

 派閥の違いでそこまでになるのかと疑問だが、実際にローレライ教団の派閥争いは水面下と言え激化している。

 その為、ヴァンが聞いてなくとも大詠師から直接の指令が出ていれば六神将達は独自に動き出す。

 

「裏で大詠師モースが暗躍していると……?」

 

「ええ、フレア様もご存じかと思われますが、今やモース様の権力はかなりの物へとなっております」

 

 フレアからの問いにヴァンは申し訳なさそうに言うが、その会話はまるで決まっていた台詞を言っている様にも思える。

 すると、それに納得できない者がいた、勿論ティアだ。

 

「じゃあ、兄さん自身は無関係だとでも!」

 

「……情けない話だがな」

 

「……ッ!」

 

 ティアは怒りで声が出そうになったが、それ以上は特に出なかった。

 本当にすまないと言った表情のヴァンを見て、言う気も失せた。

 

「まあ、そう言うなって。実の兄貴を信じられねえのかよ?」

 

「……あなたとは違うわ」

 

 能天気ないつものルークの言葉を今のティアでは返す事は出来なかった。

 

▼▼▼

 

 現在、キムラスカの国境

 

 それは皆がキムラスカの国境に入った時であった。

 ドドドッと、地鳴りと共にフレア達を取り囲む一団があった。

 

「フレア様~!!」

 

「ご無事ですか!!」

 

 それは、マルクトへ行けずキムラスカの国境で待っていた残りの光焔騎士であった。

 最初の数と合わせて二十はおり、全員がフレア達の帰還に喜んでいた。

 知らない者が見れば光焔騎士は暇だと誤解されるぐらいに。

 

「ティア、兄上って本当にすげぇんだな……」

 

「まあ、凄いと言えば……凄いわね」

 

「フレアは人望があるんですね」

 

 悪気あるかないかは関係なくとも、少なくともフレアは若干恥ずかしそうに顔を赤くしている。

 しかし、こんな呑気な事をしている場合ではない。

 また、いつ六神将が襲撃してくるか分からないのだ、素早い移動が必要であり、フレアは光焔騎士達の歓声を制止させた。

 

「皆、気持ちは嬉しいが事態は深刻である。よく聞いて貰いたい」

 

 フレアはこれまでの事を光焔騎士達へ伝え始めた。

 先程までムクドリの様に騒がしかった騎士達も今は真剣そのものであり、全員が整列して聞いていた。

 

「以上の事より、導師イオン達をバチカルへ守り通さなければならん! 仇敵と思うかも知れんが、頼む……」

 

「フレア様の意志は我等の意志! ご命令下さい!」

 

「流石は我が騎士達だ。――カイツール軍港にすぐに向かうぞ!」

 

 光焔騎士達はその言葉に頷いた時であった。

 巨大な馬車が五台もメンバー達の前へ姿を現した。

 

「フレア様! こんな事もあろうと馬車を御用意しておりました!」

 

「す、凄い行動力……」

 

 あまりの準備にアニスもドン引きである。

 

「いえいえ、これは十分助かりますよ。お礼を言った方が宜しいでしょうか?」

 

「フッ……バチカルについてから受け取ろう」

 

 相変わらず今一ジェイドの本心は掴めないが、この言葉は本当に感謝しているらしく、フレアもジェイドと同じ様な笑みで返す。

 そして、光焔騎士の案内の下、それぞれが馬車に乗り込んで行くとヴァンが別の馬車へ向かうのにルークは気付いた。

 

「師匠! 師匠はこっちに乗んないんですか!?」

 

「私がいては雰囲気を乱しかねん。……ティア、ルークの面倒を頼むぞ」

 

「……言われなくても、そのつもりよ」

 

 まだ溝があるらしく、ヴァンの言葉にティアは反抗的であった。

 

「なら、俺もそちらの馬車にしよう」

 

「兄上も!?」

 

 ヴァンに続きフレアも別の馬車に乗ると聞き、ルークは落胆の色を隠せない。

 そんな弟の姿にフレアは小さな笑みで返す。

 

「そう残念がるな。俺達がいなくなった後、なにか変わりがないか聞くだけだ」

 

「そうじゃなくて……兄上も師匠もいないんじゃつまんないんだよ」

 

 ようやく落ち着いて兄や師匠と話せる機会なのだ。

 ルークからすれば楽しみを先送りされた様なもの。

 

「それならば軍港まで時間がある。ティアから色々と教えてもらえ」

 

「ええぇッ!! やだよめんどい!」

 

 剣術以外の勉強は本当に嫌いなルーク。

 その放たれた言葉にもその感情が混じり、聞いた者はルークがどれ程に勉強が嫌いなのか分かってしまう程。 

 

「でも、いい機会も知れないわ。ルーク、あなた一般的な事を知らな過ぎるんだもの……時間はないけど、音素だけなら一般的な知識を教えられるわ」

 

「いらねえって! 兄上の仕事の話の方が良い!」

 

 気難しい文字だけの学より、ハラハラドキドキした冒険の方が面白い。

 それが実際にあった出来事ならば尚更だ。

 

「もう、恥をかくのはあなたよ?」

 

「そんな知識が必要ない生き方するから良いんだよ!」

 

 ルークはそう言い放った。

 堂々としており、寧ろここまでくれば清々しい。

 そんな態度にティアは小さく息を吐いた。

 

「……全くもう、もうそんなに一緒にはいられないんだから。教えてあげたくても教えられなくなるのよ?」

 

「はぁ? なんでだよ?」

 

「忘れたの? 私は襲撃者、あなたを屋敷に帰すまでしかいられないわ。騎士団の仕事もあるし、立場からしても会う事はないわ」

 

 ティアのその言葉がルークの頭を冷やした。

 数日だけだが、いつの間にか自分の傍にティアがいるのは当たり前に感じ始めていた。

 良い気分だったかどうかはこの際抜きにしても、他人の中で本気で自分に何か教えてくれたのはティアだけだったのをルークは思いだす。

 更にもう会えないと言う、ルークは溜息を吐くとティアへ近付いた。

 

「……やる」

 

「えっ?」

 

「……教えられてやるって言ってんだよ!」

 

 顔を真っ赤にしてティアへそう叫ぶようにルークは言った。

 一旦は散々断った中でのこの発言はかなり恥ずかしいらしく、そんな真っ赤な顔にティアは思わず笑ってしまう。

 

「フフッ……!」

 

「なっ!? なに笑ってんだよ! こっちは真剣に言ってやってんのに!?」

 

「ごめんなさい……だって、あなた顔を真っ赤にしてるんだもの……!」

 

 それはティアじゃなくとも笑っていただろう。

 ルークの文句に付きあいながらも、ティアはルークと共に馬車の中へと入り、フレアもヴァンと共に別の馬車へと入った。

 

「それでは出発致します」

 

「頼む」

 

 フレアが応えると光焔騎士達は馬車を出発させ、フレアは自分の乗る馬車の窓を閉めて防音状態にする。

 これで室内にいるのはフレアとヴァンの二人だけ。

 同時に二人の素顔が曝け出す瞬間だ。

 

「ここまでくれば寧ろ見事だなヴァン。レプリカ導師の独断、ティア・グランツの襲撃、更に言えば”燃えカス”も不穏な動きをしている」

 

「……否定致しません。――ですが、レプリカ導師に関しては特に問題はございません。寧ろ、セフィロトの封印を解くのには好都合でした」

 

 そう返答するヴァンの表情は、先程までルークに見せていた笑顔は微塵も存在していなかった。

 氷の様に冷たい表情。

 平然として他者の命を奪うのにも躊躇しないだろう。 

 それ程までにヴァンの表情は恐ろしかったが、そんなヴァンに対してフレアは特に感情を乱してはいない。

 寧ろ、言い訳を聞いてやると言った風に余裕を持っていた。

 

「しかし、どの道アクゼリュスの封印を解かなければ行動は出来ん。――プラネットストーム・パッセージリング、そしてセフィロト、やる事は山積みだ」

 

「それについては時が解決してくれるでしょう。――どちらにしよ、アクゼリュスへ向かう事は決まっている事なのですから」

 

 確信した様に微笑むヴァンにフレアは『ほう……』と言って返答し、ヴァンは話を続けた。

 

「また、ティアとアッシュに関しても同じ事です。特別な存在とは言え、二人が多少の反抗した所で”計画”に支障はありません。――それが”オリジナル”であろうと、力を本当に使うべき場所を誤れば被害を被るのはアッシュ自身なのですから」

 

「だが、完全に無視は出来ん。アッシュは貴様がなんとかしろ、ティア・グランツは丁度ルークのお守りで自らの動きを制限している。――目的があるにしては、あまり賢くないな」

 

 フレアは只でさえ大変で世間知らずのルーク、そのお守りをティアが自ら行っている事を思い出し小馬鹿にする様に小さく笑う。

 目的がある以上、そんな自らの行動を縛る様な真似をしてどうする?

 少なくともフレアは絶対にしない。

 

「……あの子は優しい子でした。恐らく、外見の割に何も知らない哀れなレプリカを可哀想だと感じたのでしょう」

 

 そう言うヴァンの表情は最初の時と全く変わっていなかった。

 まるで人形、感情など無い様に思えてしまい、それが更に彼への恐怖を増幅させる。

 

「……まあ良い、こちらは計画と”探し物”の邪魔にならなければそれで良い」

 

「……『魔剣・フランベルジュ』の対となる『魔剣・ヴォーパルソード』。そして、古の大戦でイフリートが起こした真なる厄災を唯一記した書物『赤の裁き』の原本ですか?」

 

 ヴァンの問いにフレアは頷いた。

 

「……ああ、既に魔剣は老マクガヴァンの手にはない。『赤の裁き』もくだらん複製品のせいで見つからん。――この二つは確実に処分せねばならん。――ユリアめ、どこまでも目障りな」

 

 フレアの身体から憎しみが混じる怒気が放たれた。

 ヴァンも平常心を装っているが、フレアではなく”焔帝”としてのフレアを知っている為、この時には余計な事は言わない様にしている。

 そんな時だ、突如運転手が叫んだ。

 

「なっ! なんだあれは!?」

 

「……!」

 

 任務中の光焔騎士が動揺するのは珍しい。

 フレアとヴァンはすぐに窓を開けて前方を見ると、そこにあった光景は……。

 

「カイツール軍港が……!」

 

 目的地、カイツール軍港に群がる大量の魔物の群れであった。

 

End

 


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