絢の軌跡Ⅱ   作:ゆーゆ

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12月7日 3つの再会

南下するにつれて、鬱蒼と生茂っていた木々が減り、前方から風を感じ始める。

窓枠から差し込むように、枝の隙間を縫いながら頭上を照らす陽の光が暖かい。

 

「アヤ。もうすぐ森を抜ける」

「うん」

 

胸の高鳴りが抑えられない。自然と歩調が早まっていく。

無心になってレイアの背中を見詰め続けても、知らぬ間に顔がにやけてくる。

既に前方には、午後の日差しに晒された一帯があった。光を遮る木々の枝も、葉も無い。

 

ハッキリと覚えている。私はこの場所を、知っている。来たことがある。

馬車の中から顔を覗かせたモリゼーさんが、歓喜に満ちた声でいの一番に言った。

 

「はー。漸くここまで来れたわね」

 

12月7日、午後13時半。ヴェスティア大森林南端部。

早朝にルナリアの里へ別れを告げた私達はレイアに導かれ、無事に森抜けを果たしていた。

過酷な道のりではあったが、それでも私が考えていた以上に早く抜けることができた。

 

全てレイアのおかげだった。

道案内は勿論、彼女の槍術はガイウスにも引けを取らず、遭遇した魔獣は問題にならなかった。

鬼気迫る形相で雄叫びを上げる様は、レイア達が狩猟民族であることを思い起こさせた。

 

「あたし達はいつも、ここから南に真っ直ぐ下って、ケルディックへ行く」

「私もこの辺に来たことがあるよ。8月ぐらいにね」

 

ケルディック北部の森と平原の狭間。東西を抜ける街道から外れた一帯。

勿論整備された道はどこにも無く、この辺りは平時なら人が通ることはまずない。

夏祭りの際、どうせならケルディック周辺を歩き回ってみようと、ガイウスと一緒に近くを探索したことがあった。この場所もその1つだ。

 

街道の何処で検問が張られているか分からない以上、これは好都合だった。

既に視界には、ケルディックの街並みが映っている。20分と掛からない道のりだろう。

 

「ありがとうレイア。すごく助かったよ」

「力になれてあたしも嬉しい。アヤ、今日はここでお別れだ」

「・・・・・・そう、だね」

 

当初話していた通り、レイアは私達が森を抜けるための道案内役にすぎない。

彼女にはこれからやるべきことがある。サルの移動に合わせた、移住の準備だ。

今は12月の上旬。更に冷え込みが強まるに釣れて、サル達はその住処を変える。

レイア達もそう。昨晩の話にあったように、今後の季節変動に備えなければならない。

 

言葉を詰まらせていると、私の心境を察したのか、レイアは私の手を取りながら言った。

 

「あたしは森を離れるわけにはいかない。だからアヤが森に来てくれ。そうすればまた会える」

「うん・・・・・・分かった、そうする。絶対に会いに行くよ」

「ラン、アヤのことは頼んだぞ」

『任せるがいい』

 

レイアの目には、少しの曇りも迷いもない。

当たり前のように、再会できると信じ切っている。今日という別れが問題にならない程に。

 

誰の言葉だったか。

人は全ての物事に対し、何らかの意味合いを求め続ける生き物だそうだ。

誰かとの出会いや別れについてもそう。私達の出会いにも、きっと何か意味がある。

ルナリアとドライケルス帝の邂逅に端を発した何かがある。そう思えてならない。

 

「モリゼーも、またヘンテコな野菜を持って来てくれ。それまでにミラを貯めておく」

「お安い御用よ。元気でね、レイアちゃん」

「ああ。森と女神の導きを。2人共、またな!」

 

後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、南に向かって歩を進め出す。

 

漸くここまで来れた。見知った風景が、眼前にある。

たったそれだけのことが、今の私にとって身悶えしてしまいそうな程に、嬉しくて堪らない。

大穀倉地帯を撫でる風の匂い。初めての実習に、夏の想い出。何もかもが懐かしい。

 

同時に―――寂しさを覚えた。

アルスターにヴェスティア大森林、ルナリアの里。

たくさんの初めてが、背中を押してくれた。だから私は、今ここにいる。

 

「それと、ガイウスにもよろしく言っておいてくれ!」

「言わないから!」

「よろしくなー!」

「言わなーい!」

「よーろーしーくーなー!!」

「言ーわーなーいー!!」

「何やってるの、2人共・・・・・・」

 

再会があるとするなら、少なくともこの旅路の先。

皆の気持ちに応えるには、この旅の目的を果たすしかない。

仲間達との再会を果たしてから、皆にありがとうを言いに行こう。

―――ガイウスは置いて。

 

___________________________________

 

午後15時半、交易町ケルディックの西端。

西の街道へ続く木製門から、徒歩で約5分程離れた場所に停められた、モリゼーさんの馬車。

私はその車内で身を潜めながら、街中へ向かったモリゼーさんの帰りを待っていた。

 

―――私が街の様子を調べてくるから、アヤちゃんはここで待っててね。

 

ケルディックは主要各都市と同様に、貴族連合の占領下にある。

直接の被害は無く、戦火が及んでいるわけではないそうだが、それでも私にとっては近寄り難い。

私と一度対峙したクロイツェン領邦軍が幅を利かせている以上、下手に動けない。

それに事情に詳しいモリゼーさんにとっても、ケルディックは約1ヶ月振り。

様子が変わっている可能性も考えられたことから、私は待機を命じられていた。

 

「そういえば、ランも来たことがあるっけ。ほら、初めて森で・・・・・・ラン?」

 

ランに視線を移すと、その視線は馬車の外、ここから北西の方角に向いていた。

私の声も、耳に入っていないようだ。

 

「ねえ、どうかしたの?」

『フム。やはり霊脈の繋がりが乱れていた原因は、幻獣の存在にあったようだ』

「えっ・・・・・・ほ、本当に幻獣がいるの?ルナリア自然公園に?」

『風属性の巨大な霊力を感じる。周囲の森も、上位属性が働いているな』

 

ランがそう言うなら、もう憶測の話ではない。

帝国に来てから、2体目の幻獣。この3日間だけでも2体だ。

帝国全土で見れば、他の個体が出没している可能性もある。一体どういうことなのだろう。

クロスベルでは、プロレマ草と呼ばれる謎めいた植物が媒介となっていた。

この地にも、幻獣を呼び寄せる何かがある筈だ。まさかとは思うが、内戦が影響しているのだろうか。

 

「アヤちゃん、お待たせ」

「あっ、モリゼーさん。どうでしたか?」

 

振り返ると、車内を覗き込むモリゼーさんの顔があった。

彼女がケルディックに向かってから、もう1時間以上が経過していた。

街の様子を調べるだけだというのに、随分と時間が掛かったように思える。

 

「遅くなってごめんね。おかげで大体のことは把握できたわ」

 

モリゼーさんは馬車へ乗り込むと、ランの喉元を撫でながら掻い摘んで話してくれた。

 

ケルディックは1ヶ月前と同様、領邦軍の監視下にあった。

駅に設置されていた鉄道憲兵隊の詰所にも、領邦軍が居座ってしまっている。

ピリピリと張り詰めた空気はあるものの、戦場が近辺にあるわけではない。

内戦の緊張感というよりは、住民の不満や居心地の悪さが蔓延している状況にあった。

 

「と言っても、街中には領邦軍の兵士がたくさん巡回してるから、アヤちゃんは下手に出歩かない方がいいわね」

「うーん・・・・・・じゃあ、街には入らない方がいいですか?」

「ううん、このまま馬車の中にいてよ。私が馬を引くわ」

 

モリゼーさんはぴょんと外へ飛び出すと、馬の手綱を取った。

手綱の持ち方や扱い方は一通り教えてある。不安はあるが、短時間なら問題ないだろう。

 

「まずは風見亭に行きましょ。会わせたい人がいるの」

「風見亭、ですか?」

 

私が聞き返すと、モリゼーさんはウィンクで応えた後、馬を引き始めた。

 

_________________________________

 

ケルディックに入った途端、違和感を抱いた。

静かすぎた。毎週開かれている大市を抜きにしても、街の賑やかな喧騒が耳に入ってこない。

モリゼーさんに言われなければ、街中に入ったことにさえ気付かなかった。

確かにこれは異常だ。ここが本当にあのケルディックなのだろうか。

 

「うわー・・・・・・領邦軍の兵士、たくさんいるね」

『この街はまだ記憶に新しいが、随分と様変わりしたようだな』

 

周囲に気を払いながら、馬車の中から辺りを見回す。

モリゼーさんが言ったように、そこやかしこに領邦軍の姿が見受けられた。

詰所には装甲車まで配備されていた。あんな物が街中にあれば、確かに窮屈極まりない。

 

こんな状態では、私が街中を出歩くことは叶わない。

手配犯の顔を覚えている兵士がいたら、その場でひっ捕らえられてしまう。

身震いしながら馬車の中で身を縮めていると、前方から男性の声が聞こえてきた。

 

「むっ。おいお前、見ない顔だな」

「え、私ですか?」

 

モリゼーさんと馬の脚が止まる。

一気に緊張感が増した。無駄と分かっていても、息が止まってしまう。

私は気付かれないように車内の奥へ静かに身を寄せ、事の成り行きを見守った。

 

「この町の住民か?名前と住所、職業を聞かせて貰おう」

「はい。いいですよ」

 

男性の身なりから察するに、間違いなく領邦軍の兵士だ。事情聴取、だろうか。

モリゼーさんは慣れた手付きで数枚の書類を取り出し、臆することなく答え始めた。

 

「モリゼー・シフォン、これでも商人なんですよ。東のアパルトメントに住んでます。仕事で1ヶ月程留守にしていたので、見慣れない顔なのかと。これ住民票と、許可証一式です」

「・・・・・・確認する」

 

初めて耳にしたモリゼーさんの姓を頭に入れつつ、様子を窺う。

彼女はこういったやり取りに慣れているのだろうか。顔には余裕そうな笑みが浮かんでいた。

 

「それで、この馬車はお前の物か?中に何を積んでいる」

 

兵士は馬車を一瞥すると、馬車の出入り口に向かって近付いて来る。

思わずドキリとしたが、モリゼーさんが割って入るように出入り口の前に立った。

すると近くに置かれていた麻袋に手を伸ばし、それを兵士の前に差し出した。

 

「商品を積んでるんですよ。これよかったらどうぞ、差し入れです」

「むっ・・・・・・フン、受け取ってやる」

「馬車の所持証明書もありますけど、見せた方がいいですか?」

「ああ。念の為だ」

 

後ろ手にVサインを送ってくるモリゼーさん。

何て頼もしい。商売は騙し合いだと言っていたが、その中で培った度胸と対応力なのだろう。

 

「でも、何かあったんですか?所持証明書の提示を求められたのは初めてですよ」

 

モリゼーさんが問うと、兵士は証明書に視線を落としながら説明した。

 

昨今問題視され始めているのが、野盗による馬車や導力車の強奪だった。

物流が滞っている今現在、馬や導力車は貴重な移動手段。

街道でそれらに乗る民間人が襲われるケースが、最近になって急増しているのだそうだ。

 

「先日も東の街道で若い男女が襲撃に合い、馬を奪われる騒動があってな」

「そんなことが・・・・・・怖いですね」

「その犯人もまだ捕まっていない。お前も不用意に出歩く真似は控えるんだな」

 

兵士は麻袋から果物を1つ取り出すと、それを齧りながら去って行った。

やっと終わってくれたか。車内を覗かれた時は冷や汗物だったが、何とか切り抜けられたようだ。

そう思いホッと胸を撫で下ろしていると、怒気を孕んだ声でモリゼーさんが言った。

 

「何が『出歩くな』よ。私に構ってる暇があったらさっさと犯人を捕まろって話だわ」

「あ、あはは。モリゼーさん、助かりま―――」

「ていうか貴重な商品を譲ってやったことにありがとうの一言もないわけ?何を偉そうに。冗談じゃないわよあの○○野郎」

「・・・・・・」

 

聞こえていないようだ。それに、この人は本当にモリゼーさんだろうか。

商品や商売事が絡むと、がらりと人が変わる。普段おっとりしている分、そのギャップが凄い。

 

「モリゼーさーん。おーい」

「っとと。アヤちゃん、平気だった?」

「はい、おかげ様で。早いところ風見亭に行きましょう」

 

モリゼーさんが再び手綱を引き、馬の脚が動き始める。

風見亭に着くまで、モリゼーさんはぶつぶつと呟きながら、ドス黒い何かを発し続けていた。

 

_________________________________

 

馬車を風見亭の裏口に停め、隠れるように正面から屋内へ入る。

店内に領邦軍の姿が無いことは、既にモリゼーさんが先行して確かめてくれていた。

とはいえ、流石に不安はある。私が手配犯であることに変わりはない。

私はモリゼーさんの背中にピタリとくっつきながら、恐る恐る店内に足を踏み入れた。

 

「あはは。弱気なアヤちゃんって、何だか新鮮ね」

「からかわないで下さい・・・・・・本当に、大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ、ほらほら」

 

モリゼーさんが私の後ろに回り込み、背中を押してくる。

店内に視線を向けると、懐かしさを覚えると同時に、やはり違和感があった。

客が異常に少ない。書き入れ時ではないにしろ、たったの3人しか見当たらない。

テーブル席に2人、カウンターに1人。そしてその向かい側に、この風見亭の主。

 

「おやまぁ。驚いたよ、本当にアヤちゃんじゃないか。久方振りだね」

「マゴットさん・・・・・・」

 

風見亭の女将、マゴットさん。この人と会うのは、8月の夏祭り以来。

厨房から漂ってくる、卵とバターが焼ける匂い。あのオムレツの味が鮮明に思い出された。

2階には寝具を抱えてよいしょよいしょと歩く、ルイセさんの姿もあった。

 

見知った顔を見ただけだというのに、目頭が熱くなってくる。

3日間、ずっと見慣れない土地を渡り歩いてきた。私を知る人間は誰もいなかった。

やっとだ。漸くこの感覚を味わうことができた。待ち望んでいた再会の1つ目が今、ここにある。

 

「お久しぶりです、マゴットさん」

「モリゼーから聞いたよ。この子と一緒に旅をしてるんだって?」

「とても助けられてますよ。マゴットさん、また会えて嬉しいです」

「あたしもさ。それに、ほら」

 

マゴットさんは、カウンターに座る1人の客の頭を、ポンポンと叩いた。

見れば、紺色の衣装を身に纏った、小柄な女性がいた。

教会のシスター、だろうか。この街の教会を訪ねたことは何度かあるが、こんな女性は―――

 

「―――も、もしかして」

「フフ、覚えていてくれましたか」

 

女性は頭に被っていたフードを下ろし、その顔を私に向けた。

特別親しかったわけでは、クラスやクラブが同じだったわけでもない。

それでも同じ学び舎で半年間、たくさんの時間を共有してきた。忘れるわけが、ない。

 

「《Ⅴ組》のロジーヌです。アヤさん、ご無事で何よりっ・・・・・・あ、アヤさん?」

 

唐突に訪れた、2つ目の再会。1人目の士官学院生で同級生。もう、限界だった。

涙で顔をくしゃくしゃにしながら、私はロジーヌの両手を握っていた。

 

何て暖かな手なんだろう。ミリアムのように小さな手が、大変に心強く感じられた。

ケルディックに来て本当に良かった。私は着実に前へ進めている。この再会は、その一歩だ。

 

「アヤさん・・・・・・クロスベルから、無事に帰って来れたのですね。またお会いできて嬉しいです」

「えっ・・・・・・ど、どうしてそのことを」

「フフ、私は多くを知りません。ですがアヤさんについて、ある程度のことは把握しています。私もずっと心配していたんですよ」

 

ロジーヌは言いながら私の手を握り返し、にっこりと笑った。

教会のシスター服も相まって―――私には、彼女の笑顔の背後に、後光が感じられた。

 

_________________________________

 

10月30日。

トールズ士官学院が貴族連合の襲撃にあった、あの日。

ロジーヌは同じ《Ⅴ組》のベッキーと共に東部へと落ち延び、この街に身を潜めていた。

現在は教会の下でお世話になっており、彼女自身もシスターとして身を尽くしていた。

 

逃げ果せた当初は領邦軍の厳重な監視下にあったそうだが、最近はその目も緩みつつある。

士官候補生とはいえ、下手な動きさえ見せなければ、特に見咎められることもないそうだ。

 

「ベッキーさんはご実家に身を寄せています。少々気落ちしていますが、彼女も息災です」

「そうだったんだ・・・・・・」

 

午後16時過ぎの風見亭、その2階。

私はマゴットさんの厚意で宿部屋を借り、ロジーヌとモリゼーさんの3人で話し込んでいた。

1階の飲食スペースと同じく、内戦の影響で宿部屋を借りる人間も減っているのだろう。

今部屋を使っているのも私達3人だけ。おかげで気を張ることなく、安心して話すことができた。

 

話に聞く限り、ケルディックにいる士官学院生は2人。ロジーヌとベッキーだ。

私が願っていた通り、2人は今もケルディックに留まってくれていた。

 

「おそらくですが、私達以外の士官学院生も同じような立場にあると思います。各地で身動きが取れず、困り果てているのではないでしょうか」

「でも無事でいる可能性が高いってことが知れて良かったよ。私達《Ⅶ組》みたいに、執拗に追われてるってわけでもなさそうだしさ」

 

ロジーヌとベッキーが無事でいることが、何よりの証拠だ。

監視下に置いてさえいればいい、程度のスタンスで目を光らせているのだろう。

《Ⅶ組》はともかくとして、こうして同級生の声を聞けただけでも大収穫だ。

 

「それで、ロジーヌ。さっきの話なんだけど」

「はい」

 

コホンと咳払いをしてから、ロジーヌは私の目を見ながら言った。

 

「リィンさん達がこの街に来たのは、今から6日前のことです」

「っ・・・・・・う、うん」

 

落ち着け。喜ぶにしても肩を落とすにしても、全ては話を聞いてからだ。

そう言い聞かせながら、私はロジーヌの声に耳を傾けた。

 

12月1日の午後。

大市へ買い出しに向かっていたロジーヌは、唐突にリィンとの再会を果たしていた。

同行していた金髪の遊撃士と黒猫は、出で立ちから考えてトヴァルさんとセリーヌのことだろう。

リィンも私と同様に、《Ⅶ組》の仲間を探し求め、ケルディックを訪れていた。

 

その翌日、12月2日の夕刻。

教会の表通りを箒で掃いていたロジーヌの下に、再びリィンが姿を見せた。

リィンの表情には満面の笑みが浮かんでいた。それもその筈―――彼は、目的を果たせたのだ。

 

「マキアスさんにエリオットさん、フィーさん・・・・・・私も知らなかったのですが、3人共この近辺に潜伏していたのだそうです。リィンさん共々、とっても嬉しそうに話していましたよ」

「そっか・・・・・・痛たたたっ!?」

 

聞きに徹していると、突然両の頬を摘ままれた。

見れば、モリゼーさんが私の背後に回り、両手で左右に私の頬を引っ張っていた。

 

「も、もう。急に何ですか」

「あはは。『夢じゃないよね』って、頬を引っ張って確認する場面かなーと思ってね」

 

モリゼーさんは少しも悪びれること無く、笑った。

すると私の頭に右手を乗せ、優しい手付きで撫でながら言った。

 

「よかったわね、無事でいてくれて。ああは言ったけど、ずっと不安だったのよね」

「・・・・・・ありがとう、ございます」

 

指名手配犯として追われている以上、今も生き延びている可能性が高い。

理屈は分かるが、可能性の話だった。ここに来て漸く、確信が持てた。無事でいてくれた。

どうしてトヴァルさんまで行動を共にしているのか。疑問はあるが、今は考えなくていい。

確認できたのはたったの4人。それでも、全員が無事でいるという希望を抱くには十分だ。

 

(本当に・・・・・・無事でいてくれたんだ)

 

実感が沸いてこない。先程泣き腫らしたせいか、涙も出ない。

モリゼーさんが言ったように、夢見の最中のような感覚だった。

今はまだ、それでいいと思える。もし再会が叶えば、嗚咽交じりで泣くに違いない。

全部取っておけばいい。もう目と鼻の先だ。もうすぐ、皆に会える。

 

「それで、リィン達は今ここにはいないんだよね。どこに向かったのか、知ってる?」

「東へ行くと言っていました。すみません、それ以上は私も・・・・・・」

 

リィン達は既に、このケルディックにはいない。

ロジーヌ曰く、発ったのは12月3日。他の仲間を探すために、東に向かったのだろうか。

 

東となれば、行先は限られてくる。

東部に大きな街や都市は無い。大陸横断鉄道沿いの一帯は、開発が進んでいない。

東端のガレリア要塞だろうか。どこへ向かうにしろ、やはりあの双龍橋を通る必要がある。

 

「随分と思い切ったことをするのね、その子達。アヤちゃんと同じ立場なら、橋に近付くだけでも危険だと思うけど」

「まあ、そうと決まったわけじゃないですから」

 

自分で言いつつ、不思議とその姿を鮮明に思い描くことができた。

何故危険な東を選んだのかは分からないが、向かった以上明確な目的がある筈だ。

道は自分自身で切り拓く。リィンならきっと、全てを承知の上で飛び込んでいくに違いない。

 

「ガレリア要塞、か・・・・・・ねえラン。一応聞いておくけど、東の方角に転移することは可能?」

 

部屋の隅にいたランに問い掛けると、ランは耳をぴくりと動かしながら言った。

 

『鋼鉄の要塞付近ならば可能だ。幻獣が居座っていなければの話だがな』

「そっか。責めるわけじゃないけど、少し考え物だね」

 

また見ず知らずの地に放り出されるのだけは勘弁願いたい。

東部には未開発の地が広がっている。精霊の道は選択肢の1つに留めておいた方がいい。

 

さて、これからどうすべきか。

リィン達の行方を追うにしても、迂闊には動けない。

考え込んでいると、ロジーヌが首を傾げながら口を開いた。

 

「聖獣の力を借りた転移・・・・・・もしかして、精霊の道のことですか?」

「あ、うん。一度は助けられたんだけど、前回は見事に・・・・・・へ?」

「え?」

「あ、ああっ!?あれ、でも・・・・・・え、何で?ええっ!?」

 

たった数秒の間に、私の思考回路はショートしてしまった。

 

ロジーヌの前で、ランと会話を交わしてしまった。

かと思えば、今彼女は精霊の道と言った。聖獣とも言った。確かに言った。

そもそも驚いてすらいない。当たり前のように受け入れられては、こちらが混乱してしまう。

そんな可愛く首を傾げている場合ではないだろうに。

 

まるで理解できない事態に戸惑っていると、ロジーヌはくすくすと笑いながら切り出した。

 

「私に特別な何かがあるわけではありません。立場上、知ることができるというだけなんです」

『おぬしには言っていなかったが、私の正体に思い至った人間が、あの学び舎には複数人いた。この者はその1人だ』

「待って待って、お願いだから待って。私にも分かるように説明して」

 

私が説明を求めると、ランは床に蹲った状態のまま語り始めた。

 

最初にランが唯の小鳥ではないことに気付いたのが、身近にいたエマ。

彼女については、私も薄々感づいてはいた。思い当たる点がいくつもあった。

考えてみれば、エマは私よりも先に、ランの力に触れていた筈だ。

 

レグラムで壊れかけた私の身体を癒してくれたのは、間違いなくエマだ。

あの時ランが言った『あの娘』の答えは、彼女に他ならない。

私は昨日ランの霊力を借りて、瀕死のレイアを救った。

エマも同じ手段を以って、私に治療を施したのだろう。ランが縮んでいたのは、その影響だ。

当初は何も分からなかったが、今なら全てを1本の線で繋げることができる。

 

私の推測を、ランは肯定した。

そして、ランを知る2人目の人間―――ロジーヌもまた、エマの不思議な力の存在を知っていた。

 

「え、エマのことまで・・・・・・ロジーヌって、何者?」

「今はまだ、何も言えません。ですが分かって下さい。私は皆さんの敵ではありません。それだけは、この場で誓います」

「・・・・・・それは分かってるよ。そういえば、私がクロスベルにいたことも知ってたっけ」

「あれは見ていただけです。10月28日の朝、私もあの場にいましたから」

 

10月28日。私がトリスタを発った日付だ。

聞けば聞いた数だけ、疑問が増えていく。説明を求めたのに、分からないことだらけだ。

敵意がないことは重々理解しているが、ある意味でエマ以上に背景が窺い知れない。

 

「ごめんなさい。あなたにある程度の事情を明かして、手助けをする許可は頂いていますが・・・・・・これ以上は、ちょっと」

「謝らないでよ。ロジーヌにも、きっと色々あるんだよね」

 

許可を頂いている、か。その表現1つとっても、分かることがある。

察するにロジーヌの言動は、何者かによる指示の下で選ばれている。

その何者かが、ランの正体を知る3人目の人間。立場的には、ロジーヌの上なのだろう。

 

ともあれ、これ以上追及しても仕方ない。

敵意や悪気が無い以上、深追いして彼女を困らせるような真似もしたくはない。

そう考えていると、今まで口を閉ざしていたモリゼーさんが、割って入るように言った。

 

「ねえロジーヌちゃん。あの男の子のことも、アヤちゃんに言っておいた方がいいんじゃない?」

「・・・・・・そうですね」

「男の子?」

「アヤさん。今後どこへ向かうにせよ、その前に一度、会って頂きたい人がいます」

 

ロジーヌは言いながら立ち上がり、その表情を変えた。

突然、周囲の空気が重くなった気がした。どういうわけか、モリゼーさんの顔も歪んでいた。

一体誰のことを言っているのだろう。私が聞くより前に、ロジーヌが沈痛な面持ちで言った。

 

「実はもう1人、この街には士官学院生がいるんです」

 

___________________________________

 

ロジーヌに連れられて案内されたのは、街の東部にあるケルディック礼拝堂。

東に続く街道の手前にひっそりと佇む、彼女が身を寄せる教会だった。

 

この街に滞在する、3人目の士官学院生。ロジーヌはそう言った。

本来なら嬉しさに胸を弾ませるところなのだが、ロジーヌとモリゼーさんの意味深な言動が、それを許してはくれなかった。

 

「こちらです」

「・・・・・・うん」

 

正面玄関を通り、左手にある扉をロジーヌが開く。

彼女に続いて小部屋に入ると、ベッドの上に横たわりながら、瞼を閉じる男性がいた。

 

(え―――)

 

それが誰かは、その特徴的な外見を見ただけで、すぐに分かった。

堀の深い顔立ちと、日焼けした肌。馬毛を思わせる、薄茶色の頭髪。

放課後に過ごしてきた掛け替えのない時間は、この人の導きが無かったら、叶わなかった。

 

「ランベルト、先輩・・・・・・せ、先輩!?」

「安心して下さい、アヤさん」

 

思わず声を荒げて近寄ろうとした矢先に、ロジーヌが小声でそれを制止した。

 

「今は眠っているだけです、大事ありません。無理に起こさない方がいいと思います」

「眠って・・・・・・はぁ。お、驚かさないでよ」

 

一瞬にして、全身が冷や汗に塗れてしまった。

思わせぶりなロジーヌとモリゼーさんの態度から、最悪の可能性を考えてしまった。

よくよく見れば、ランベルト先輩はすやすやと静かな寝息を立てていた。

頭部には包帯が巻かれ、額に外傷を負っていることが窺えたが、ロジーヌが言うように大事はないと見える。

 

しかしだとしても、何故ランベルト先輩がこんな所にいるのだろう。

貴族生徒のほとんどはトリスタにいるという話だったが、先輩は違ったのだろうか。

それに軽傷とはいえ、頭部の傷も気に掛かる。

 

「ロジーヌ、何があったの?どうしてランベルト先輩がここにいるの?」

「はい・・・・・・私も2人については、人伝に聞いただけですので、詳細は分からないんです」

「2人?2人って、一体誰のことを―――」

 

私が聞き返すのを遮るように、ロジーヌは右手を差し出してくる。

その上には、見覚えのある髪留めが置かれていた。

私が胸を張って大親友と呼べる女性の、宝物だった。

 

_________________________________

 

12月6日、午後15時過ぎ。

私達がルナリアの里を訪れていた頃、事は起きていた。

 

『東の街道に、若い男性が頭から血を流して倒れている』

 

第一報の30分後、件の男性が礼拝堂の一室へと運ばれてきた。

整った医療設備が無いこの街では、重い疾患や外傷の治療は教会を頼るしか手立てがない。

 

男性の顔を見た途端、ロジーヌは愕然とした。

どうしてこの人が、何故こんな所に。一体何があったのか。

幸いにも、運ばれた直後、ランベルト先輩の意識はあった。

先輩は途切れ途切れに声を振り絞りながら、自らが直面した出来事をロジーヌへ伝えた。

 

ポーラと行動を共にしていたこと。

馬術部で面倒を見ていた馬を連れながら、各地を渡り歩いていたこと。

突然複数人の何者かに襲われ、馬を奪われてしまったこと。

気付いた時には―――ポーラの姿までもが、消え去っていたこと。

 

「そ、そんな・・・・・・じゃあ、ポーラは」

「考えたくはありませんが、おそらくは」

 

街中で領邦軍の兵士が言っていた、野盗に馬を奪われた若い男女。

あれがランベルト先輩と、ポーラだった。そういうことなのだろう。

 

状況は理解できた。

ランベルト先輩が無事なことも、ポーラが行方知れずなことも。

考えている暇は無い。私が今すべきことは―――1つしかない。

 

「・・・・・・やっぱり、行くのですね」

 

ロジーヌから受け取った髪留めを手に、立ち上がる。

この髪留めには、親友達の大切な想いが込められている。それだけの時を過ごしてきた。

《Ⅶ組》の皆と共有してきた日々。それに負けないぐらい、輝いていた放課後の一時。

 

「当たり前でしょ。理由なんて、必要ないよ」

 

こんな状況だ、領邦軍は頼りにできない。他人任せになどしてはいられない。

この手で、絶対に取り戻してみせる。そう心に決め、私は礼拝堂を後にした。


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