絢の軌跡Ⅱ   作:ゆーゆ

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12月6日 森と女神の導きを

完全に意識を失っていたわけではなかった。

視界や聴覚がひどく不明瞭ではあったが、皆の声色が変わったことは認識していた。

男性の痛々しい、何かに縋りつくような声は、良い意味で震えていた。歓喜に満ちていた。

 

間に合った。そう考えて気を緩めた途端、途方もない眠気と気怠さを感じた。

おやすみ、と何とか一言だけ捻り出すと、ランとモリゼーさんの声が聞こえた。

それが最後だった。力の代償を払うべく、私は深い微睡みの中へ落ちて行った。

 

「ん・・・・・・」

 

目を覚ました時、私はきっと混乱するだろうとは思っていた。

この里は一体何なのか。どうしてノルドと同じ匂いを感じるのか。

疑問符を浮かべながら意識が途絶え、何も分からないまま瞼が開く。

 

「アヤ?」

「・・・・・・えと、その」

 

覚悟はしていた。だというのに、眼前の光景がまるで理解できない。

顔があった。女性の顔だ。瑞々しく健康そうな褐色の肌と、大きく見開いた翡翠色の瞳。

垂れ下がった黒髪が私の頬を撫で、くすぐったい痒みを感じさせた。

 

「アヤ?」

「あ、うん・・・・・・アヤ」

 

再度名を呼ばれ、頷きで応える。

次第に意識が明瞭になっていき、思考が平常運転を始めてくれた。

この人はあの時、深手を負っていた女性だ。見れば、左肩と右腕に布が巻かれていた。

無事でいてくれたか。ホッと胸を撫で下ろしていると、女性の顔が一気に遠のいていく。

 

「父さん、起きた!アヤが起きた!」

「わわっ」

 

女性は嬉々として声を荒げながら、外に出て行ってしまった。

思わず顔を顰めた。余り大きな声で叫ばないで欲しい。

私が置かれた状況も段々と理解し始めていたが、未だに軽度の頭痛に苛まれていた。

 

「ふう。よいしょっと」

 

半身を起こしながら、腰元のホルダーを右手で探る。

装備品は一式身に着けている。剣も傍にあった。

ARCUSを確認すると、現時刻は12月6日の午後19時過ぎ。あの騒動から約4時間が経過していた。

一瞬ヒヤリとしたが、間違いなく12月6日だ。丸1日眠っていたわけではない。

 

意識を失った後、あの場にいた誰かの手でテントへと運び込まれた。そんなところだろう。

今はその4時間後。一か八かに近い手段を取ったが、あの様子なら女性も大事無かったようだ。

 

「ここは・・・・・・テントの中、だよね」

 

被っていた布を畳み、静かに両の足で地面を踏み締めながら、頭上を見上げる。

葉が付いた枝で作られた枠組みを、何枚かの布で被っているのだろう。

外からはこじんまりとしたテントに思えたが、こうして見れば中は広々としている。

隙間無く布が張り巡らされているおかげか、この季節の夜にしては肌寒さを感じない。

 

テントの中には生活用具の他に、狩りに使うであろう槍や弓の類が置かれていた。

加えて、頭上に垂れ下がっていた光源。どう見ても導力灯だ。

よくよく見れば、導力式の道具がちらほらと目に付いた。これには少々驚かされた。

 

(・・・・・・壁画?)

 

そんな中で目に止まったのが、端に置かれていた大判の皮紙。

動物の皮で作られた物だろう。似たような物をノルドで作ったことがある。

紙上にはいくつもの文字が羅列しており、洞窟や建築物に刻まれた壁画を思わせた。

 

「紅蓮・・・瘴気が、霊・・・・・・帝都?」

 

文字はあれど、文章の体を成していなかった。

そもそも文字の間が等間隔ではなく、あるはずの文字が欠けていることは明白だった。

壁画を連想したのはそのせいだ。何とか読み取ることができたのは、最後の一行だけ。

 

「来たるべき刻に備えよ。巨いなる災いが、再び降り注ぐ刻・・・・・・緋き風を切り拓く、蒼穹の矛先であれ」

「我々の祖先が残したとされる言葉だ」

「え?」

 

声に振り返ると、テントの入り口に男性の顔があった。

一度目を切ったせいで、再びお義父さんの面影が重なった。

その背後には、先程の女性が目を輝かせながら立っていた。

 

「ここから東にある洞窟に、同じ文字が刻まれている。それを私の妻が紙面に模したのだ。何年も前に亡くなったがな」

「そう、なんですか・・・・・・あ、あの」

 

何からどう話すべきか考え倦ねていると、代わって女性が切り出してくれた。

 

「安心しろ。あたし達は何もしない。ランがたくさん話してくれた。アヤのこと、それにノルドのこともな」

「ら、ランが?それに、ノルドって」

『案ずるな。この者らは信ずるに値する人間だ。モリゼーも、手厚い歓迎を受けている』

 

いつの間にか、女性の手は顔を覗かせたランの頭を撫でていた。

この4時間の間に、どうやら様々なやり取りがあったようだ。

 

「まずは礼を言っておこう。お前達のおかげで、娘を救うことができた。そして―――よくぞこの地を訪れてくれた。お前からは、古き良き風を感じる」

 

____________________________________

 

七陽暦949年。

話は今から250年以上も前、かの獅子戦役が勃発して2年の月日が経過した頃まで遡る。

放浪に身をやつしていた、帝国の第3皇子。ドライケルス・ライゼ・アルノール。

 

彼が異郷の地ノルドで過ごした期間は、3年間。

偶然にも私と同じ。理解は易しかった。絆を築き合うのに、3年は十分過ぎる時間だ。

総勢17名。たったそれだけの手勢で、ドライケルス帝は動乱を治めるべく立ち上がる。

 

獅子戦役が閉幕を迎えたのは、それから3年後。

親友のために戦火へ身を投じたノルドの戦士達は、選択を迫られた。

友との約束は果たせた。考えるべきは、今後どう生きるべきか。選択肢は複数あった。

故郷への帰路に着いた者。友の国へ腰を据えた者。外の世界へ飛び出した者。

 

ノルドの戦士の中に、1人だけ『女性』がいた。

名を『ルナリア』。17名の中で、たった1人の女性だった。

 

ルナリアは帝国の森に触れた。故郷に匹敵する程に広大で、幾百年の時を経て根付いた大森林。

この森と運命を共にしよう。ルナリアはそう心に決め、広大な緑の中に飛び込んだ。

彼女に感化され、後を追った者も複数人いた。それが、全ての始まり。

 

やがてルナリアはこの国で出会った男性と契りを交し、多くの子孫を残した。

森の中で静かに暮らしたいというルナリアの想いを、友であるドライケルス帝は尊重した。

その存在を知る者は極一部に留まり、ルナリア達一族は静かに繁栄を続けた。

 

更に歳月は流れ、1204年。

森と共に生きるというルナリアの意志は大樹の如く、しっかりと根付いていた。

外の世界との繋がりも育まれていた。導力式の生活用具は、ケルディック方面から流れてきた物。

近代の色を取り込みながらも、古来より伝わる大切な想いと願いがあった。

 

それが、男性―――ガライさんが語った、『ルナリアの里』で暮らす一族の全てだった。

 

「ここで暮らす者の多くが直系の子孫。混ざってはいるが、我々にはノルドの民と同じ血が流れている」

「そうだったんですか・・・・・・」

 

漸く合点がいった。どうしてこの地が、彼らが故郷と通じているのか。

肌や瞳の色、体格に顔付き。混血とはいえ、その特徴があらゆる面で色濃く表れていた。

ガライさんはとりわけそれが顕著。通りでその背中がお義父さんと重なって見えるわけだ。

 

「アヤ、魚を焼いてきたぞ。あたしの分も食え」

「ありがとうレイア。頂くね」

「すごいな。もう6匹目だ。ノルドの人間はみんなそうなのか?」

「あ、あはは。さっきも言ったけど、私は別にノルド生まれなわけじゃないからね?」

「・・・・・・よく分からない。どう違うんだ?」

 

首を傾げながら、くりくりとした大きな瞳でレイアが覗き込んでくる。

あれだけ説明しても理解できないということは、義理の家族という概念が無いとしか思えない。

ガライさんはすぐに察してくれたが、レイアは先程からずっとこんな調子だった。

 

2人と会話を交わしていく中で、この里のことは大方把握できていた。

生活様式や風習、文化は見ての通り。やはりノルドと共通点が多かった。

古からの精霊信仰も色濃く残っている一方で、大きく異なるのが『ノルド』に対する考え方、捉え方にあった。

 

「気を悪くしないでくれ。レイアはまだ『知っている』方だが、この里には外界に疎い者が数多くいる。ノルドについてもそうだ。お前という存在は、ここでは特別なのだ」

 

この地で暮らす民にとって、ルナリアという女性は彼らの祖先であり、守り神。

ノルドの民が風を神聖視するように、ここでは誰もがルナリアを女神と同列に扱っている。

精霊信仰と女神信仰に、祖先への特別な感情が融合した、独特の信仰心があった。

 

そんな彼らにとって、祖先の故郷であるノルド高原は聖地と言ってもいい。

実在する地であることを理解している人間の方が少ないようだ。

 

「分かってます。みんなに拝まれた時は、流石に驚きましたけどね」

 

2人に案内され、この里を見回った時。

里の住民らは一斉に私の下へ駆け寄り、祈りを捧げ始めてしまった。

余りに突然の出来事に面食らったが、今ならあの行動の意味がよく理解できる。

 

突然現れた少女が、見たこともない力を使い、瀕死のレイアを救った。

傍らには人語を離す獣。獣曰く、少女の名はアヤ・ウォーゼル。

獣の口から『ノルド』というキーワードが飛び出た瞬間、誰もが天を仰いだそうだ。

 

ハッキリ言って、空の女神様にでもなったかのような気分だった。

ランという存在が駄目押しになったのだろうが、私なんかに祈られても困ってしまう。

「ルナリア様」と呼ばれても、私には彼らの祖先の血すら流れていないというのに。

 

「重ねて言うが、お前を困らせるのは本意ではない。娘を救われた身だ。私達にできることがあるなら、遠慮無く言うがいい」

「あたしもだ。助けてくれた恩返しがしたい。アヤの言うことは何だって聞くぞ」

「あはは、ありがとうございます。なら、少し話をさせて下さい」

 

ガライさんとレイアは、外界に触れたことがあった。

森の外に出ることが許されている人間は極一部。2人もその立場にある。

お義父さんがそうであるように、ガライさんは里の中心人物。皆を導く若頭でもあるようだ。

 

この里の住民は様々な木工品を器用に作り上げ、それを外部でミラに換えていた。

主な卸先はケルディック。驚いたことに、2人にとってケルディックは身近な存在だった。

導力式の道具についても、木工品を売り捌く代わりに現地で仕入れてくるそうだ。

 

私は2人に理解し易いよう、掻い摘んで身の上話を打ち明けた。

仲間を探し求める旅の最中であること。ケルディックに手掛かりがあること。

この里に立ち寄ったのは、その道中。それ以外の事情については、敢えて触れなかった。

 

「ふむ。どうやら外界で起きている動乱に関係しているようだな」

「・・・・・・内戦のこと、知っていたんですか?」

「あたしも知ってるぞ。ケルディックの様子がおかしかったからな。みんな知ってることだ」

 

派閥争いの詳細を説いたところで、この里の人間には何の理解もできないだろう。

外界で何かが起きている程度のことは、把握しているようだ。

流石に内戦による直接の影響は無いようだが、これには大いに驚かされた。

 

「ともあれ、森を抜けるつもりなら道案内が必要だろう。レイア、力になってやれ」

「分かった。アヤ、あたしに任せろ」

「え。れ、レイアが?」

 

ガライさんの申し出は素直にありがたい。

この森で暮らす人間の案内があるのとないのとでは、雲泥の差がある。

だがレイアはあれだけの大怪我を負ってまだ間もない身。相当な量の血を流した筈だ。

 

「大丈夫だ。傷は塞がってるし、サルの肉をたくさん食べたから血は足りてる」

「あ、あはは・・・・・・そう」

 

腕をぶんぶんと振り回すレイア。軟気功を使ったとはいえ、私顔負けの回復力だ。

その様に感心していると、テントの入り口から再び声が聞こえてきた。

 

「アヤちゃん、お邪魔するわよ」

「モリゼーさん。丁度良かったです」

 

モリゼーさんは満面の笑みを浮かべながら、鼻歌交じりでテントの中へ入って来た。

随分とご機嫌のように見受けられる。何かあったのだろうか。

 

「すごいのよ、ここの人達。にがトマト1個に500ミラも払ってくれたの」

「商売してたんですか・・・・・・」

 

流石はモリゼーさん。こんな状況下でも抜け目が無いというか、頼もしいというか。

どうやらルナリアの里の人間には、にがトマトの受けが良いようだ。

相場が上がっているとはいえ、通常なら1個当たり200~300ミラがいいところだろうに。

 

私は明日以降の動き方について、モリゼーさんと相談を始めた。

早朝にはここを発ち、レイアの案内の下、森を抜ける。

レイアによれば、ケルディックまでなら約6時間程度の旅路になるそうだ。

馬車がある以上もっと時間は掛かるだろうが、思いの外ケルディックに近付けていた。

森を抜けるだけなら4時間程度。昼過ぎにはケルディックに辿り着けるだろう。

 

「分かったわ。それで、今日はどうするの?今晩はここでお世話になるしかないと思うけど」

「そうですね。ガライさん、このテントはこのまま使っても構わないですか?」

「無論だ。里の皆には、私が適当に説いておこう。ゆっくりと旅の疲れを癒すといい」

 

ガライさんが言うと、レイアは腕を上げながら寝床を共にしようと提案してきた。

断る理由は無かった。私もこの里について、聞いてみたいことが山程ある。

 

「じゃあ、私はランちゃんと一緒に寝ようかな」

『がるるっ』

 

その威嚇を好意的に受け取ったモリゼーさんが、ランを容赦無く抱いた。

今後も行動を共にする仲だ。今日はモリゼーさんに預けておくとしよう。

 

「さて、私はこれで―――」

「あ、待って下さい」

 

ガライさんが腰を上げようとしたところで、私はそれを呼び止めた。

聞いておきたいことがあった。可能性は低いが、駄目元で聞くだけ聞いてみるべきだ。

 

「モリゼーさん。あの新聞、ありますか?」

「新聞?・・・・・・あ、丁度ポケットに入れっ放しだったわね」

 

新聞を受け取り、例の一面をガライさんとレイアに見えるよう広げた。

11月28日付けの帝国時報。指名手配犯の名前と顔写真が掲載された新聞だった。

 

内戦が勃発してから、2人がケルディックを訪ねたのは二度。

ここに載っている人間を2人が目撃していたら、何かしらの参考になるかもしれない。

そう考えての行動だったが―――やはり、そう上手い具合に事は運ばなかった。

 

「ふむ。すまないが、記憶にないな」

「あたしもだ。それに、外の人間はみんな同じ顔に見える。髪の色は違うのにな」

「そうですか・・・・・・」

 

肩を落としていても仕方ない。

ケルディックを目指す目途がついただけでも良しとしよう。

そう考えていると、新聞を見つめていたレイアの表情が、急に変わった。

 

「ん・・・・・・アヤ、この男は誰だ?」

「え?・・・・・・あはは。そっか、そうだよね」

 

レイアの指は、ガイウスの顔写真を指していた。白黒だというのに、よく気付いたものだ。

皆同じ顔に見える。レイアはそう言っていた。その中に、身近な顔があったのだろう。

 

「ガイウス・ウォーゼル。私の義弟だよ。ほら、これ」

 

私は懐から学生手帳を取り出し、中にあった1枚のカラー写真をレイアに手渡した。

大切な写真は手帳に挟んでいる。馬術部の皆で取った写真や、アンゼリカ先輩とのツーショット。

そしてガイウスと一緒に撮った写真だ。カラーなら、より理解できるに違いない。

 

「純粋なノルドの一族なんだよ。だからレイアも気になったんじゃないかな」

「この男が・・・・・・」

 

祖先を共有するノルドの子孫同士、何か感じ入る物があるのかもしれない。

そもそも肌の色や顔付きが似ているのだ。レイアにとっては新鮮な体験だろう。

 

レイアは写真を顔に近付けたり遠ざけたりを繰り返しながら、食い入るように見詰めていた。

すると何かを思い付いたような表情を浮かべ、唐突に言い放った。

 

「決めた!父さん、あたしはこいつの子供を産むぞ!」

「あはは。ごめんレイア。もう一度言って?」

 

傍らに置いていた剣を握りながら聞き返すと、モリゼーさんがその手を止めに掛かる。

聞き間違いだろうか。考えてみれば、急にそんなことを言う人間がいる筈もないか。

 

「この男と契りを交して子供を産むと言ったんだ。いい顔だ、きっと丈夫な子が産まれる」

「ねえレイア。自分が言ってること、理解できてる?」

「馬鹿にするな。作り方は知ってる」

「私だって知ってるから!!ええそれはもう身を以って―――」

「落ち着いてアヤちゃん、大事なのはそこじゃないでしょ」

 

思わず声を荒げてしまった。

突然過ぎて頭がついて来ない。何を言い出すんだ。

見ず知らずの男性と子供を作ろうだなんて、どうして真顔で言える。

 

取り乱していると、ガライさんが落ち着き払った声で言った。

 

「ふむ。やっとお前がその気になってくれたのはいいが・・・・・・アヤ。この男は今どこにいる」

「何でガライさんまで乗り気なんですか!?」

 

唯一の常識人に、反旗を翻された思いだった。

ここに来て漸く、深い溝を感じた。この人達の感覚と私達のそれは、まるで異なっている。

私達が異常と思える言動が、ここでは通じてしまう。

2人の目は本気だ。子孫繁栄のためなら、手段を選ばない。そう言いたげな目だった。

 

「と、とにかくガイウスのことは忘れてよ」

「よく分からない。アヤ、産むのはあたしだぞ。駄目なのか?」

「駄目に決まってるでしょ!?」

「どうしてだ?」

「だからっ・・・・・・ああもう!!」

 

―――それは、私の役目なの。

ヴェスティア大森林の南西部に、私の声が空しく響き渡った。

 

__________________________________

 

午後22時過ぎ。

多少のいざこざの後、私とレイアは途切れることなく語り合った。

既にモリゼーさんは夢見の真っ只中。ランはまだ起きているかもしれない。

モリゼーさんを起こさないよう、私達は小声でやり取りを続けていた。

 

「サルは季節に合わせて上下に移動をする。あたし達もそれに合わせて、移動を繰り返す」

「へえ・・・・・・ノルドの集落に似てるね」

 

この里の住民はノルドの民と同様に、この地に定住しているわけではなかった。

生活の糧はサルの狩猟。サルは夏に高地、冬には温暖な地帯に生息地を移す。

後を追うように、レイア達も住まいを移動するようだ。

 

ヴェスティア大森林に狩猟民族が存在しているだなんて、どれ程の人間が認識しているのだろう。

ケルディックの住民らは別として、私やモリゼーさんは唯々驚くばかりだった。

森で静かに暮らしたいという、ルナリアの想い。

戦友の願いを叶えてやりたいという、ドライケルス帝の想い。

その2つが、今も生き続けているということだろうか。

 

考えてみれば、ルナリアの名はあの自然公園にも冠している。

自然公園の存在自体、もしかしたら何らかの繋がりがあるのかもしれない。

 

「アヤ。外では一体何が起きてるんだ?ケルディックの民らも、何かに脅えていた」

「うん・・・・・・上手く言えないけど、争いがあってさ。獅子戦役のことは知ってるよね?」

 

祖先に纏わる話については、レイア達も詳細に把握していた。

終戦した日時に、当日の気候に至るまで。

教科書にも載っていない事実さえもが、この里には明確に語り継がれていた。

 

派閥争いは理解できなくとも、人間同士の争いがあること自体は、レイアも知っている。

獅子戦役の再現。帝国時報の記事に、そんな表現があったことが思い出された。

 

「争いか。なら、父さんの言う通りなのかもしれないな」

「ガライさんが?」

 

レイアは呟くように、洞窟に刻まれているという文章をなぞり始める。

 

来たるべき刻に備えよ。

巨いなる災いが、再び降り注ぐ刻。

緋き風を切り拓く、蒼穹の矛先であれ。

 

全てが頭に入っているのだろう。迷うことなく、レイアは当然のように言った。

 

「ご先祖様が残した言葉の意味は、誰も分からない。でも・・・・・・『来たるべき刻』が近付いているかもしれないって、父さんが言っていた」

「・・・・・・そっか」

 

最後の文章以外にも、気になる単語は多々見られた。

紅蓮、瘴気、帝都、魔人。消えてしまった今では追いようが無いが、元々は文章だった筈だ。

単なる伝承ならともかく、ここには明確に語り継がれている物がある。レイア達もそうだ。

きっと重要な意味が込められている。それだけは、私にも理解できた。

 

「外の出来事でも、あたし達に関係が無いわけじゃない。この森が争いに巻き込まれる可能性だってある」

「レイア・・・・・・」

「あたしもいつかは、父さんの後を継ぐ。だから考える。今はまだ、何も分からないけどな」

 

ガイウスのことを思い出してしまった。

レイアも彼と同じだ。いずれは皆の先頭に立ちながら、導く立場にある。

だからこそ、真剣に考える必要がある。外との繋がりがある以上、我関せずではいられない。

レイアはまだ18歳。年下だというのに、彼女が背負うその重みは測り知れない。

早く子を産みたいというレイアの願望も、そこに起因しているのだろうか。

 

「でも今は、アヤのことだけを考える。アヤの力になりたい。アヤの敵はあたし達の敵だ。できることがあるなら言ってくれ。きっと力になる」

「あはは・・・・・・ありがとう、レイア」

「礼はいい。ご先祖様は、この国の友と一緒に戦った。あたしも、アヤとそうでありたい」

 

ルナリアとドライケルス帝のように、か。

レイアの想いは素直に嬉しい反面、複雑な心境だった。

私の敵は、レイア達の敵。その敵は、何処にいるのだろう。

 

この内戦の行先は分からない。

どのような閉幕を迎えるにしろ、それはいずれかの勝利と敗北に他ならない。

そして私は、革新派でも貴族派でもない。この争いをどう受け止めるか、私も迷う立場にある。

身食らう蛇という明確な敵はいるが、貴族派がそうであるわけではない。巻き込まれただけだ。

 

苦しんでいる人々がいる以上、見過ごせない。遊撃士見習いとしても、為すべきことがある。

これから先、私はどう振る舞えばいいのか。その答えを出すには―――皆が、必要だ。

 

「まずは仲間を探さないとね。そのために私はケルディックに行くんだ」

「そうか。見つかるといいな」

 

レイアの左手が私の右手に触れ、重なる。

不思議と懐かしさを覚えた。もう何年も前から、お互いを知り合っていたかのような感覚。

モリゼーさんに続いてまた1つ、絆が生まれた気がした。この出会いにも、きっと何か意味がある。

 

「森と女神の導きを。頑張れ、アヤ」

「うん。ありがとう」

 

この森も、争いに巻き込むわけにはいかない。

レイア達は森で平穏に暮らすべきだ。ルナリアのように、私もそう願ってやまない。

 

「あと、ガイウスの子は産む」

「駄目だってば」

「きっと強い子供が生まれるぞ」

「そういう問題じゃなくてね」

「・・・・・・一緒に産むか?」

「絶対にイヤ!!」

 

私の叫び声で、モリゼーさんが飛び起きた。


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