絢の軌跡Ⅱ   作:ゆーゆ

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そろそろ本編の方を重点的に進めようかと思います。




12月18日 協力者達 他

『12月18日 協力者達』

 

 

12月18日、午後20時過ぎ。

私達は夕食と休憩を挿んでから、サラ教官を加えて再度議論の場を設けた。

その目的は、内戦の裏で暗躍する、貴族連合側の協力者達。猟兵、テロリスト、そして結社。

彼らに関する情報と認識を改めて共有するために、大会議室には今も明かりが灯っていた。

 

「―――ゼノとレオについては、こんなところかな」

 

フィーが語った話の要点を、マキアスがホワイトボード上に水性マジックでまとめていく。

 

かつてフィーが所属し、数ある猟兵団の中でも二大筆頭の片割れと評されていた一団。

『西風の旅団』に所属していた、『罠使い』『破壊獣』の異名を持つ連隊長が2人。

 

私達《Ⅶ組》が初めてその存在を認識したのは、レグラムでの特別実習。

フィーとの関係を明かされたのが、半月前のガレリア要塞。もう何年も前からの付き合いだそうだ。

 

「そなたが拾われたのは、今から10年程前だと言っていたな」

「ん。ゼノ達とも、それ以来」

 

2人について話すフィーの表情は、郷愁に似た何かを想わせた。

そんなフィーの表情が、猟兵団における彼女の、そして2人との間柄を物語っていた。

 

もうお互いに知らない事の方が少ないとはいえ、出会ってからたったの1年足らず。

私達は猟兵団にいた頃のフィーを見たことがない。届かない、過去がある。

 

でもそれはフィーに限った話でもない。私自身、明かしていない過去が山ほどある。

今度皆に、クロスベルで過ごした幼少期の話を聞かせてあげよう。

またロイドの件で弄られてしまいそうな気もするが、それも一興というものだ。

 

「それにしても、『罠使い』か・・・・・・思い出すだけで鳥肌が立ってしまうな」

 

マキアスが右足で床をトントンと叩き、額に汗を浮かばせる。

その場に居合わせなかった私でも、彼が呼び覚ました恐怖は容易に想像が付いた。

 

地雷の類は国際法で規制が掛かる程、その残虐性が危険視されている兵器だ。

踏んだ人間の半分が死亡。たとえ生き延びても、一生に渡る重大の損傷を背負う羽目になる。

裏で利用する人間は、それこそ猟兵やテロリストに限られるだろう。

 

「あはは。私みたいにならなくてよかったね」

 

私が眼帯を指しながら言った途端、皆が頭を抱えた。

想像通りの反応だった。私の隣に座るアリサが、やれやれと溜め息を付いて言った。

 

「あなたねぇ。その手の冗談は止めてって言ってるでしょう。反応に困るのよ」

「私としては、笑って流してくれるぐらいでいいんだけどな」

「ああもう、無茶を言わないでったら」

 

今に始まった話ではない。3日前もアリサとの間で同じようなやり取りがあった。

サラ教官との鍛錬で疲労困憊の際、アリサに『困っていることはないか』と聞かれた時だ。

『健康な左目が欲しい』と答えるやいなや、アリサの呼吸が止まった。表情も凍った。

 

ともあれ、私の物言いは不謹慎として受け取られるらしい。

本人の問題ではあるが、皆を困らせてしまうのは本意ではない。

私の考え方はきっと非常識なのだ。暫くは左目に触れないようにしよう。

 

「ふむ。それでフィー、1つ訊いてもよいだろうか」

「何?」

「もし再び戦場で相見えたとして、そなたはどう振る舞うのだ」

「ん・・・・・・決まってる」

 

ラウラが問い掛けると、フィーは得物の一方を取り出す。

それを力任せにテーブルへと突き立て、乾いた音が会議室内へ響き渡った。

これが答えだと言わんばかりに、フィーは鋭い目付きをラウラに向ける。

かと思いきや、エマが冷ややかな声を以って横槍を入れた。

 

「フィーちゃん。カレイジャスは皇族の方々が所有する船で、このテーブルも同じなんですよ」

「・・・・・・」

 

そっと剣先を抜いてから、フィーの両耳が垂れ下がった。ように見えた。

しょんぼりと項垂れるフィーをラウラが宥めたのを合図に、議論の的は自然と次へと移される。

 

アルティナ・オライオン。コードネームは『黒兎』。

そして『クラウ・ソラス』と彼女が呼ぶ、漆黒の傀儡。

 

「えーと・・・・・・」

 

何かを言い淀むエマに続いて、皆の視線がゆっくりとミリアムへ向いた。

私自身そうだったし、皆も敢えて触れないようにしていたのだろう。

オライオンの姓とクラウ・ソラス。誰の目にも明らかな繋がり。

ミリアムも自ら触れようとしなかった事実が、何かしらの事情を覗かせた。

 

「んー、まあボクも全部知ってるって訳でもないし。今は下手なことを言えないかな?」

「フン。今更『キミツジコウ』とでも言うつもりか」

「あはは、そういうことにしておいてよ」

 

珍しく言葉少ないミリアムの様子が、益々引っ掛かる。

とはいえ、あの少女の存在を抜きにしても、ミリアムは未だ多くを語ってはくれない。

アガートラム自体、ミリアムに従事する傀儡程度にしか、私達は認識していないのだ。

 

ミリアムとの間に距離を感じてしまう一方で、とても些末なことのようにも思えた。

少なくとも今は、帝国正規軍情報局としてではなく、同じ《Ⅶ組》として彼女は話している。

皆が深く言及しようとしない理由の1つは、そう信じられる絆があるから。今はそれでいい。

 

「奇妙な出で立ちをしていたが、年齢はミリアムと同じぐらいだろうか?」

 

ガイウスの意見に、リィンが「そうだろうな」と同意を示した。

 

「多分12~3歳ぐらいじゃないか?大人びた喋り方をしていたけど、外見は普通の女の子だったし・・・・・・寝顔や反応も、年相応って感じだったよ」

 

会議室が静寂に包まれる。

どうしてだろう。こんなやり取りが、以前にもあったような気がしてならない。

 

「ねえリィン。いつあの子の寝顔を見たの?」

「え?ああ、パンタグリュエルさ。ほら、2階の奥間でアルフィン殿下と合流する前に・・・・・・待て、待ってくれ。誤解だ」

「ふむ。『反応』とは一体何のことだ?」

「俺はただ、頭を撫でっ・・・・・・だから待ってくれ、違うんだ!」

 

罠使いがここにもいた。

この男の場合は自分でばら撒いた地雷を踏んでしまうのだから、唯の阿呆とも言える。

今度から『リィン・シュバルツァー』と書いて『ロイド・バニングス』と読もう。

 

閑話休題。

次に『身食らう蛇』執行者№Ⅹが槍玉に挙がったのだが、サラ教官がストップを掛けてしまった。

曰く、『あの男について触れると本当に出没しそうで怖い』。

彼を知る人間達の間では、それはそれは評判が頗る悪いそうだ。

私自身因縁めいた過去があるが、思い出したくもない。反吐が出る思いだった。

 

というわけで、次。鉄機隊が筆頭、『神速』のデュバリィ。

ナンバー持ちの執行者ではないものの、その実力は達人の領域。

あの体格で重装備を軽々と操り、且つ疾風の如き俊足と太刀筋は、まさに神速。

直接相手取ったガイウス達は、彼女が放つ剣気に圧倒されっ放しだったそうだ。

 

「そういえば、パンタグリュエルで話をした時、アヤに対する不満を漏らしていたっけ」

「は?私に?」

「『マスターの渾名をパクるな』って言っていたぞ。一体何のことだ?」

「・・・・・・いや、私が聞きたいよ」

 

まるで心当たりがない。というより、言っている意味が分からない。

二つ名を名乗った覚えも無いが、とりあえず頭の片隅に留めておくことにしよう。

 

一方の皆は「だからいつそんな話をしたんだよ」と言いたげな表情を浮かべていた。

思えばリィンと合流した時、彼は「皆から茶を貰いすぎた」と言って腹を押さえていた気がする。

敵に取り入って情報収集をしていた、と受け取ってあげるべきなのだろう。うん。

 

「あの女性は思わせ振りなことを言っていたが・・・・・・かの『鉄騎隊』と、何か関係があるのだろうか」

 

ラウラの疑問に対する答えなど、誰も持ち合わせてはいない。

執行者同様に謎めいた言動が多い彼女だが、とりわけ目立つ点が『鉄機隊』と呼ばれる部隊。

今更改めて言わずとも、誰だって同じ疑問を抱いてしまう。

 

結社に身を置く執行者達は、様々な意味合いで私達の理解を超えている。

一方で、人の領域を外れた力と狂気の裏に、感情という名の人の証がある。

時折人間臭さが見え隠れするのだ。少なくとも、私の左眼を奪い去った―――あの男は。

 

「人間味?」

「うん・・・・・・ヴァルターについては、私が話すよ」

 

執行者№Ⅷ、『痩せ狼』ヴァルター。

私の目の前で、あの男は執行者のナンバーを得た。人間を止めた瞬間だ。

だが心は残っている。パンタグリュエルの一室で見せた、あの穏やかな瞳が証拠だ。

 

私がヴァルターについて知ることは少ない。でも根底にある何かに、私は触れた。

全てを繋ぐ鍵は、泰斗流。お母さんとヴァルターの共通点。

ヴァルターが私に執着する理由の答えが、きっとそこにある。

 

お父さんの件も含め、曖昧な部分については皆に伏せておいた。

私自身が未だ知り得ていない因縁を話しても、混乱させてしまうだけだ。

 

「デュバリィ・・・・・・『神速』が言っていたよ。執行者と呼ばれる者達は、揃って何かしらの『闇』を抱えている人間だって」

「・・・・・・シャロンも、そうだったのかしら」

「はは、あの人は特別のように思えるけど・・・・・・元々は俺達と同じで、家族や友人、恋人がいて、普通の生活を送っていたのかもしれないな」

 

―――大好きな女の子に絆されて、泣きついて。結局僕は、こちら側に戻ってしまった。

 

自嘲しながらそう語った、ヨシュアの背中が思い出された。

計り知れない程の罪と過去を背負いながら、彼は前を向いて生き続けている。

取り戻すことができたのだ。シャロンさんも、同じような境遇にあったのかもしれない。

 

でも、狼は止まらない。感情はあっても、あの男はもう戻れない領域に立っている。

ヨシュアにはエステルという光があったからだ。。

ヴァルターに残されている物があるだなんて、到底思えない。

 

(家族に友人、恋人かぁ)

 

知る由も無い、かつての日常。存在していた筈の平穏。

欠片を掻き集めて強引に想像するとするなら、おそらくはひたすらに武術を修めるだけの毎日。

そんな彼を慕う友人が、想い人がいたのだろうか。

 

「・・・・・・あはは。ないない」

「アヤ?」

「ううん、何でもないよ」

 

友人はともかくとして、女性がいたとはとても考えられない。

あんな自己中心的な男とまともに付き合える女性がいたとするなら、余程の変人だ。

或いは、彼以上の変人か。いずれにせよ理解からは程遠い。

 

―――何なら、面倒を見てやってもいいぜ。ついてくるか?

 

7年前のあの日。

もし差し出された手を握っていたら、私はあの男の隣に立っていたのだろうか。

そんな恐ろしいことを考えながら、12月18日の夜は過ぎて行った。

 

_____________________________________

 

『12月13日 レクター・アランドール大尉の一番長い夜③』

 

 

「随分と思い切った質問をするのね」

「アンタこそあんだけべらべら喋っといて、今更言うか?ま、答えてくれなくてもいいぜ。どうせ酒の席の戯れ言だ」

 

グラスを空にしては、注がれる。その繰り返しの繰り返し。

地獄のような鬼攻めに対し、レクター・アランドールが選んだ策は、お互いに喋り続けること。

会話を途切れさせないことで、注意を逸らす。単純かつ効果的な作戦だった。

 

「そうね・・・・・・純粋に力を求め続ける姿が、あの頃の私には魅力的に映ったのよ」

「歪んじまう前は、今とは違ったんだろうな」

「どうかしら。まあ私自身、若かったのよ。色々な意味でね」

 

レクターにとっては、間が持てば何でもよかった。が、興味が無かった訳でもない。

本来なら取って食い殺されかねない問いにも、熱を帯びた吐息と共に答えが返って来る。

 

「それに、身体の相性も良かったわ」

「おーおー生々しいこった」

「詳しく聞いてみたい?」

「やめとけ。アンタ飲み過ぎだ」

 

在りし日を想い起こすキリカの様が、レクターの目には大変に艶めかしく映った。

ミステリアスな雰囲気と、余裕溢れる振る舞い。鋭い観察眼と鍛え抜かれた四肢。

普段は固く閉ざされている扉の数々が、今この場に限って無防備に開け放たれていた。

生唾を飲み込みそうになるのを堪え、レクターは悪戯な笑みを浮かべて言った。

 

「でもいいのかよ。元彼は国境の向こう側で動き始めてるってのに」

「それがどうかしたの?」

「狼さんに目を付けられたアンタの可愛い妹は、帝国に帰っちまったんだぜ。何が起きたって不思議じゃない・・・・・・ひょっとしたら、もう喰われてるかもな」

 

レクターの問いに対し、キリカも瞼を閉ざしてから、小さく笑った。

その意味合いは、本人にしか分からない。

消えてしまえばいい。勝手に堕ちてしまえばいい。もう、会うことはない。

そう言って見放した人間に、今何を思っているのか。答えは本人の胸の内にしか無かった。

 

「私は未練なんて微塵も無い。でも、後悔はしているわ」

「・・・・・・へえ。それの逆なら、少しは理解してやれんだけどな」

「あら、珍しく感傷的ね」

「アンタの真似さ。たまには思い出ごっこで感傷に浸るってのも悪くない」

 

レクターは自らの意志で、グラスを空けた。

コトンとグラスをカウンターへ置いた音を最後に、暫しの静寂が訪れる。

店主を除けば、既に店内にはカウンターに座る2人の姿しか無かった。

真上を向いていた時計の短針が僅かに右へ傾き、日を跨いだところでキリカが切り出した。

 

「あなたも察しているとは思うけど、近日中に動きがあるわよ」

「ああ。こっちも掴んでる」

 

ミシュラムの迎賓館に軟禁されている、クロスベル政府代表の1人。

この状況を打開しようとする者達は、必ずその切り札に辿り着く。

そしてそれは、『彼ら』が再び一堂に会するのと同義でもある。

 

2人の計算では、もっと早く事は動いている筈だった。

ズレが生じてしまった原因は1つ。聖獣がこの地を離れてしまったこと。

それ以上に大きな歪みが裏で生まれつつあるのだが、それは2人でさえも知り得ない事実だった。

 

「12月13日・・・・・・いや、もう14日か。年内に片が付けばいい方ってところだな」

 

結界に閉ざされた世界の中で、2人は敏感に『流れ』を察知していた。

二大国家で内乱が続いている今の状況下で、クロスベルは一種の障壁として働いている。

だが慢性的な膠着状態が続いてしまっては、先々の展開を考えるとお互いに具合が悪い。

なら、流れに乗ってしまえばいい。第3者として、都合の良い方へ流れるよう促してしまえばいい。

 

それを分かっているからこそ、2人は今もクロスベル市に潜伏していた。

加えて―――あと1つ。キリカにとっては、もう1つの大切な意味合いが含まれていた。

 

「それで、今回の事件が片付いたら、あなたはどうするつもりなのかしら」

「決まってんだろ。帝国に戻って・・・・・・おい待て。アンタ、まさかとは思うが」

「そのまさか、よ」

「・・・・・・やれやれ。成程な」

 

レクターは自嘲気味に笑い、大きな溜め息を付いてから、キリカを一瞥した。

 

本当に末恐ろしい女だ。珍しく察しが悪かったのは、酔いのせいだろうか。

全部計算の内だった、ということだろう。自分がこのバーを訪れたことも。

誰も把握していないであろう事実と因縁を、洗いざらい聞かされたことも。

 

「堂々と不法入国宣言かよ。レベル4の人間を見逃すとでも思ってんのか?つーかアンタだって、共和国でやることがあんだろ」

「内戦下の国に許可が必要かしら。それに有給休暇は沢山余ってるの。久方振りの帝国旅行も、中々に楽しめそうだと思ってね」

「答えになってねえぜ」

「どっちだって同じでしょう。安心なさい、悪いようにはしないわ」

「・・・・・・クク、まあいい」

 

いずれにせよ、どうせこの女は止められない。何より楽しめそうだと、レクターは思った。

まるで先行きが読めないという感覚が懐かしく、新鮮味に溢れていた。

似ても似つかないが、遥か上空で薔薇の花を散らした男を彷彿とさせた。

 

レクターのそんな胸中さえも―――キリカの計算の内だということに、彼は気付いていなかった。

そしてキリカ自身、確信や考えがあっての言動というわけでもなかった。

 

「さてと。そろそろ出ましょうか」

「あー、やっとかよ・・・・・・そういや、アンタの奢りって言ってたよな」

「勿論払うわ。でも次はあなたの番よ」

「は?次?」

「場所を変えるのよ。朝までやってるいいお店が裏にあるの」

「・・・・・・いっそ殺してくれ」

 

それでも、不思議と自身の直観を信じることができていた。

愛する妹の存在。彼女が辿った軌跡。聖獣が傍らに在る理由。そして―――未来。

自分自身の因縁に終止符を打ち、全てを妹へ伝えた、その先。

まだ見ぬ未来と妹を想いながら、キリカはレクターの首根っこを掴み、容赦無く引き摺った。

 

 


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