絢の軌跡Ⅱ   作:ゆーゆ

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12月25日 クロスベル解放作戦

「ん・・・・・・うん?」

 

夢の世界から一転して、両の眼に映る鮮明な現実世界。

普段の癖で枕元のARCUSに手を伸ばそうとしても、腕が動かない。

それもその筈、私の身体は野営用の寝袋の中に収まっていた。

カレイジャスに乗って以来の野宿だったが、悪くない寝心地だった。頭も冴えている。

要塞の跡地に埋もれていた備品の数々は、やはり放置しておくには勿体無い。

 

「ふわあぁ・・・・・・ふう」

 

不思議な感覚を抱いた。

野宿は慣れたものだし、屋外で迎える朝は気に入っている。

何より空気が違う。とりわけ冬の朝、澄んだ大気を吸い込みながらの目覚めは格別だ。

 

一方で、寒さだけは如何ともし難い。その筈なのに、今はそれが『無い』。

まるで屋内にいるかのような暖かみを感じるのは、背後に佇むパテルマテルのおかげなのだろう。

 

「よいしょっと」

 

寝袋の中から這い出てブーツを履き、立ち上がる。

私の隣にはガイウスが、少し離れた位置にはブライト一家3人組が、今も夢見の真っ只中。

川の字で寝入る姿は、本当の家族としか思えない。兄弟か、それとも親子か。

 

常日頃から朝が早いガイウスも、今朝に限って未だ深い眠りに付いていた。

こんな状況下で、死力を尽くした立ち合いに臨んだだけの事はあるのだろう。

敢えて勝敗を問おうとはしなかったが、エステルに担がれて戻って来た時点で察せられた。

エステル曰く、「10回やったら4回は負ける」だそうだ。

相手は現役のB級遊撃士。最大限の褒め言葉と言っていいし、正直なところ、大いに驚かされた。

私の知らないうちに、ガイウスは私の想像を超えた場所に立っていた。

 

ともあれ、現時刻は午前7時をとっくに過ぎている。あと30分もすれば『約束の時間』だ。

昨晩が遅かった分、もう一眠りといきたいところではあるが、そうも言っていられない。

決戦は明日。私達には、既に今日という1日しか残されていなかった。

 

「おはよう、パテルマテル」

『ピュイッ、ピュイイィ!』

「あはは。ごめんごめん、ゼオもおはよう!」

 

朝の挨拶を掛けてから、大きな右足をそっと撫でる。

パテルマテルは僅かに頭部を動かして、ゼオは爽快な鳴き声を以って、私に応えてくれた。

 

___________________________________

 

ケビンさんとの最初の通信は昨日。結界が消えてから、約2時間後の出来事だった。

パテルマテルに繋がれた端末を介して、無事にケビンさんの声を聞くことができた。

私達は簡単な挨拶を済ませた後、今現在の状況について確認し合った。

 

クロスベル州内では特務支援課の手により、クロスベル市を覆う結界の解除に成功。

当初の予定通り、48時間以内に解放作戦を決行する旨を私達へ伝えてくれた。

但し、チャンスは一度。二度目が無い以上、慎重に機を窺う必要がある。

当面は各方面と連絡を取り合いながら、敵の動向へ注意を払い、探りを入れる。

作戦の詳細については翌日の早朝、25日の朝方に詰める手筈となっていた。

 

そして今朝、12月25日の午前8時前。

私達は再びメルカバ伍号機と音声通信を繋げ、ケビンさんの声に耳を傾けていた。

 

「・・・・・・大まかには、理解できたわ」

 

今回の作戦に関わる勢力は、大きく分けて5つ。

まずは国防軍から独立したレジスタンス勢と、以前ランが率いていた狼達。

そして『黒月』と呼ばれる、以前リーシャが協力していた東方マフィアの武闘派集団。

上空にはケビンさんらが駆るメルカバ。ロイド達特務支援課と協力者達―――ここに居る5人。

5つの班による共同戦、それが『クロスベル解放作戦』と名付けられた作戦の概要だった。

 

作戦の決行は明日の朝、26日の午前9時。

取っ掛かりはレジスタンス勢と黒月による、北と東からの強引な仕掛け。

敵勢力の地上班の大部分を引き寄せ、出来る限り注意を逸らすのが第1段階。

第2段階として、ケビンさんのメルカバと私達が、最大の難敵であるアイオーンを相手取る。

その隙に突入班、ロイド達特務支援課がクロスベル市内へ潜入する段取りとなっていた。

 

「市内との通信が遮断されてしまったのは、かなり厄介ですね」

『そうなんや。予想はしとったけど、手痛い妨害やで』

 

今回の作戦の目的は、あくまでクロスベルの解放。

すなわち、オルキスタワーに控えているディーター大統領の確保と逮捕にある。

時間は掛けられない。陽動から突入まで、一気に駆け抜けなくてはならない。

その為にも、ロイド達突入班に加え、市内に潜伏している人間の協力が必要不可欠となる。

 

協力者は複数いた。クロスベル警察は勿論、クロスベル支部の遊撃士達もそう。

しかし昨晩から通信妨害が発生しているそうで、市内との通信が遮断されてしまっていた。

解放作戦の旨は伝わっているものの、綿密な連携を取る事は叶わない状況にあるのだ。

 

「成程な。なら少しでも長い間、敵の勢力を分散させる必要があるということか」

『そやな。少なくとも・・・・・3時間。3時間が境界線やろな』

 

ガイウスとケビンさんが言ったように、全ては突入班の動向に左右される。

ロイド達を大統領の確保に専念させる為には、各勢力が最大限に敵を引き付けなければならない。

その為に必要な時間が、3時間ということなのだろう。

 

「・・・・・・アイオーンを相手に、3時間?」

 

私が呟くと、他の3人の顔色が変わった。

今更怖じ気付いても始まらない。が、明日を想像するだけで、ずんと胸の奥に重みを感じた。

険しい表情を浮かべていたヨシュアは、通信機に向かって言った。

 

「ケビンさん。アイオーンの動きはどうですか?」

『結界が消えてからは、都市防衛に専念しとるみたいや。中でもα機は、オルキスタワーを離れようとせえへん。俺達の突っ掛かりに構うとしたら・・・・・・まず間違いなく、β機とγ機やと思うで』

 

3体のアイオーンには、それぞれを区別する為に便宜上の型式が割り振られている。

このガレリア要塞を葬った機体が『α機』。

空域制圧と機動力に特化した1体が『β機』。

巨大な力を以って、第5機甲師団を壊滅させたのが『γ機』。

 

アイオーンの陽動は私達の役目。主戦力はメルカバとパテルマテル。

上空と地上、自然と相手取る機体は決まってくる。ケビンさんらがβ機で、私達がγ機だ。

確認の意味合いも含め、私はヨシュアに続いた。

 

「あの、結界が解除されたら、アイオーンの力を抑えることができるって聞いたんですけど」

『あー。まあ半々やな』

 

ケビンさんは気まずそうな声で答える。

 

『α機の『空間を消滅させる力』の方は、抑えることができたみたいや。一番の脅威やし上々と言うてもええんやけど、それ以外の基本性能は変わっとらん』

「変わってない?」

『何や知らんけど、信頼できる人間からの情報らしいわ。もしかすると俺達は、α機以上に厄介な相手と戦わなあかんのかもしれへん。覚悟はしとった方がええ』

 

私達の相手は、余りにも巨大過ぎる力だった。

機甲兵や騎神を凌駕する、圧倒的な力に立ち向かわなくてはならない。

それに一度目を付けられれば、逃げ果せるとは到底思えない。

私達の役目は陽動であって、陽動ではない。アイオーンを撃破しなくてはならないのだ。

 

「・・・・・・そう、ですか」

 

何をどうやったら、あの鋼鉄の要塞がこんな有り様になる。

続々と投入された帝国の機甲師団が壊滅した事実。

共和国の空挺機甲師団が束になっても敵わない。

実際に目の当たりにした事はない。それでも、足が竦むには十分な脅威だった。

 

『フム。随分とらしくない顔をするのだな』

「ラン・・・・・・」

 

俯いていると、私の右肩に乗るランが言った。

続くようにレンが、右手に握る大振りの鎌を一振りしてから口を開く。

 

『私も文字通り死力を尽くす。勝機はある筈だ』

「ランの言う通りよ、アヤ。パテルマテルはあんなお人形さんに負けたりはしないわ」

「・・・・・・ありがとうラン、レン」

 

やがてケビンさんとの通信を終えると、エステルが私達の前に右手を差し出した。

きょとんとしていると、太陽を思わせる彼女の笑顔が、私を照らした。

 

「やるしかないわ。あたし達の底力、見せつけてやるわよ」

「きっと勝てる。今はそう信じて、できる限りの事をしよう」

「どんな強大な敵であろうとも、仕留め方はある筈だからな。そうだろう、アヤ」

「・・・・・・だね。頑張ろう、みんな」

 

いずれにせよ、逃げる訳にはいかない。

誰もが明日に向けて、同じ想いを胸に秘めながら戦おうとしている。

独りじゃない。ガイウスが、エステルとヨシュアが、レンにパテルマテル、ランだっている。

 

私達は頭上のパテルマテルを見上げながら、手を重ねた。

見を決め込んでいたレンの右手は、エステルによって無理矢理にその上へ置かれた。

 

___________________________________

 

戦いの意志を確かめ合った私達は、朝食の後に議論の場を設けた。

議題は勿論、アイオーンγ機について。如何にして神機を攻略するか。

その為にも、ケビンさんが教えてくれたγ機のスペックを、改めて確認する流れとなった。

 

「パテルマテルの後続機って事は、つまり特徴が似てるって事だよね?」

 

私の問いに対し、ヨシュアが頷きで、レンが若干不服そうな表情で応える。

 

アイオーンγはパテルマテルの純粋な後続機。

接近格闘戦をも視野に入れた、拠点防衛・鎮圧用の超弩級人形兵器。

後続機と言っても、パテルマテルよりは二回り以上の巨体だそうだ。

 

「あたし達も話には聞いていたけど、想像以上に厄介な相手みたいね」

「エネルギー遮断障壁なんて代物は、僕も聞いたことがない。最悪を想定した方がいい」

 

アイオーンγの兵装は複数あるが、攻守において特に脅威となる物は2つ。

1つ目はヨシュアが触れた『エネルギー遮断障壁』。

アイオーンγの前方には常に障壁が張られており、正面からの攻撃は絶対に届かない。

機甲師団を壊滅させた事実がある以上、戦車の砲弾ですら防いでしまうのだろう。

 

2つ目が『超圧縮反動砲』。

その名の通り、極限まで圧縮された導力波を打ち出す二連装のビーム兵器。

この兵装については、西の街道で実際にその爪痕を見たことがあった。

 

「岩山が、削られてた。地形が変わってたよ」

 

複数あったであろう山々が、何らかの力で抉られ、削り取られていた。

爪痕は距離にして優に500アージュ以上。射程も同程度と考えていい。

パテルマテルにも同じ類の兵装があるそうだが、更にその上を行く筈だ。

α機の空間を消滅させる力と並ぶ、本来なら在り得ない力の1つだった。

 

考えれば考える程、言い知れない不安ばかりが募っていく。

暗雲とした雰囲気を壊してくれたのは、一切の怖じ気を感じさせないレンの声だった。

 

「うふふ、何の心配も要らないわ。さっきも言ったけど、パテルマテルは絶対に負けたりなんてしないもの」

 

レンは大鎌を肩に乗せた後、パテルマテルの右手へと飛び上がった。

話を聞く限り、アイオーンγはあらゆる点でパテルマテルのスペックを上回っている。

ランもこの上ない戦力となる筈だが、今回ばかりは相手が悪過ぎだ。

その不利を覆せるとするなら、それが私達の役目になるのだろう。

 

「それしか無いか。私達が総出で援護に回れば、勝機があるかも」

「今のうちから立ち回りを考えておこう。打って付けの指南役がいるからね」

 

ヨシュアが得物である双剣を抜き、刃先をパテルマテルへ向けた。

言われてみれば、アイオーンの仮想としてはこれ以上に無い適役が眼前にいた。

まだ時間は残されているし、相手が相手なだけに作戦は幾通りか考えておいた方がいい。

それに5人で戦うことになる以上、連携は必須。戦術リンクも試しておきたいところではある。

 

『フム。ならば私も加わるとしようか』

「へ?」

 

ランが私の肩から飛び立つと同時に、一陣の風が巻き起こる。

直後、昇り始めていた朝陽を背に、ランは瞬時にその身を露わにした。

 

圧巻の光景だった。パテルマテルの巨体と、神狼の姿を取ったラン。

初めて目の当たりにしたエステルとヨシュアは、目を釘付けにして立ち尽くしていた。

 

「こ、これがツァイトの、本当の姿・・・・・・」

「レグナートの同胞、か。頼もしい限りだね」

 

一方の私は我に返った後、自然と声を荒げて叫んでいた。

 

「ちょ、ちょっとラン!大丈夫なの!?」

『ある程度なら力は揮える。明日に支障を出さぬ程度に、おぬしらと合わせよう』

 

明日の戦いに支障が出ないように。言い換えれば―――明日以降は、無い。

明日以外を度外視し、全てを解放作戦へ捧げるということに他ならない。

 

「・・・・・・分かった。もう、何も言わないよ」

 

込み上げてくる感情を押し殺して、私は月下美人の鞘を払った。

 

刻々と近付いてくる、運命の時間。

これが最後だ。ランと一緒に肩を並べる、最後の戦い。

笑顔で迎えよう。そして勝って終わりにしてみせる。残された時間は―――あと1日だ。

 

____________________________________

 

12月26日、早朝。

まだ陽が昇り切っていない時間帯に、ガイウスはガレリア要塞の東端に立っていた。

アイオーンαによって葬られた、列車砲が在った筈の広大な空間、その手前。

遥か前方には、薄らと映るベルガード門の全貌が、冬の朝に溶け込んでいた。

 

『相変わらず、朝が早いな』

「・・・・・・ランか」

 

背後から掛けられた声にガイウスが振り向くと、誰の姿も無かった。

代わりに右肩へ、僅かな重みを覚えた。

 

ガイウスは再び視線を戻し、今日という戦いの地を遠目で見詰めた。

アヤの故郷であり、彼女が4ヶ月間共に在り続けた、聖獣との約束の地。

北方から流れてくる風がガイウスの髪を揺らすと、ガイウスは視線を変えずに言った。

 

「ラン。改めて、礼を言わせてくれないか」

『フム。何の事だ』

「お前がいてくれたから、今のアヤがいる。全てお前のおかげだ。そうだろう?」

 

だから、ありがとう。ガイウスが言うと、ランは一度彼の肩から飛び立ち、頭上を回った。

場所を変えて、ガイウスの左肩。羽を休め始めると、今度は北風がランの羽根を揺らした。

 

『逆に私は、おぬしに謝らねばならぬのかもしれないな』

「謝る?何をだ?」

『私は感じるが儘に、私の全てをアヤに託した。本能的に正しいと思えたからだ。だが・・・・・・結果的にそれは、アヤの運命を変えた。今までのように、これからもな』

 

曖昧なランの言い回しが、鮮明にガイウスの耳へ入っていく。

アヤとランの邂逅は、彼女の数多を変えた。数え切れない人間の行く末を変えた。

在る筈のない出会いを生み、失う筈だった命を救い上げ、運命の歯車を狂わせてきた。

 

今までのように、これからも。

アヤは立ち止まらない。出会いは、別れを生む。

 

「もう一度言うぞ、ラン」

 

ガイウスは小さく溜め息を付いた後、頭上を仰ぎながら言った。

 

「お前がいてくれたから、今のアヤがいる。たとえこの先、何が待っていようとも・・・・・・お前との出会いは、俺達にとって喜びに満ちていた。今までのように、これからもだ」

『・・・・・・そうか』

 

ノルドで生きる男性と、クロスベルを見守る聖獣。接点など生まれようが無かった。

それが今、アヤという1人の女性を介して、同じ感情を抱いていた。

言わば、同じ女性に想いを馳せる者同士の共鳴。信頼感。

だからこそランは、最後の戦いへ赴く前に、ガイウスへ声を掛けていた。

 

『ガイウス。おぬしに託したい物がある』

「俺に?」

『覚えているか。3日程前に、私がアヤへ言った事を』

 

3日前。12月23日の出来事を、ガイウスは頭の中で振り返る。

アヤはランの過去を知る為に、眠り続けた。その目覚めが3日前。

あの時のやり取りの中から、ガイウスは引っ掛かりを覚える言葉を拾い上げた。

 

「確か・・・・・・俺達は勘違いをしている、と言っていたな。在るべき姿へ変わるだけ、だったか」

『流石に聡いな』

「俺も引っ掛かってはいたからな。あれはどういう意味なんだ?」

『言葉の綾と言われるかもしれぬが、嘘偽りはない。300年程前から、私の中に宿り始めていた物・・・・・・おぬしには、全てを伝えておく』

 

ガイウスの問いに、ランは静かに答える。

ランの想いの欠片を、ガイウスは人知れず受け取っていた。

 

_________________________________

 

午前8時45分。クロスベル州西部の上空、約2000アージュ付近。

西端のベルガ―ド門を通り過ぎ、ノックス森林地帯と街道の境界線を見下ろせる位置。

私達はパテルマテルの背の上で、ケビンさんと作戦の段取りに関する最終確認を行っていた。

 

『敵さんもこっちの動きに気付いとるんやろ。出方を窺っとるみたいやな。各班共々、睨み合いの膠着状態って感じや』

「アイオーンはどうですか?」

『まだ動いとらん。こっちが仕掛けたら、即座に飛んで来よるやろな』

 

当初の予定に大きな変更点は無し。

事前の段取りに沿って地上班は所定の位置に待機、決行時間の午前9時を待ち構えている。

私達もこれ以上東に踏み込めば、アイオーンが迎撃態勢を取ってくるだろう。

 

『こっちも準備万端、頃合を見計らって突っ込むで。あー、武者震いしてまうわ』

 

一方のケビンさんのメルカバは、南東の湿地帯上空を巡航中。

私達同様、これ以上クロスベル市へ接近すれば、即刻アイオーンが気付くであろう位置にいた。

 

『そや。今ならロイド君達とも、通信が繋がると思うわ。どないする?』

「ロイド達と?」

 

私達は一度顔を見合わせ、無言でお互いに問い掛ける。

私が首を横に振ると、皆も多少の名残を見せつつ同意してくれた。

 

「いえ、大丈夫です。余計な心配は掛けたくないし、今はそれぞれの役目に集中すべきだと思いますので。気遣ってくれてありがとうございます」

『了解。ま、そう言うと思っとったけどな』

『ケビン、そろそろ時間よ。準備して』

 

通信機のスピーカーからケビンさんとは別、透き通るような女性の声が聞こえた。

今のはおそらくリースさんだろう。当たり前だが、彼女もメルカバに乗っていたか。

ARCUSの時計を見ると、午前9時まで残り2分を切る時間帯に入っていた。

 

『もう後には退けへん。腹括りや、エステルちゃん、ヨシュア君』

「ええ、そうね。お互いにベストを尽くすわよ」

「リベールへ帰ったら、みんなに土産話を聞かせましょう」

『アヤちゃんにガイウス君も気張りぃや。頼りにしとるで』

「はい。ケビンさんも気を付けて下さい」

「風と女神の導きを。いい風が吹くことを願っています」

 

口々に発した言葉を最後にして、通信は終了した。

パテルマテルのフィールドに包まれた空間へ、一時の静寂が訪れる。

対して胸の鼓動は段々と強みを増し、程良い緊張感で全身が満たされていく。

私達は視線を重ね合った後、パテルマテルの肩部に乗るレンの背中を見詰めた。

 

「パテルマテル、約束の時間よ」

 

パテルマテルの無機質な機械音が、レンの声に応える。

するとパテルマテルは速度を上げると同時に、徐々に高度を下げ始めた。

 

「後は打ち合わせ通りに動くわよ。絶対に上手くいくわ」

 

私達が立てた作戦は2通り。どちらを主軸にするかは、アイオーンγ次第。

いずれにも共通する点は、深追いは禁物。万が一深手を負った際には、素直に退く。

幸いにも、パテルマテルには治癒エネルギー生成機構『リアクティブシステム』がある。

長期戦になれば、消耗が激しい側が不利になる。

 

やがてパテルマテルが一気に高度を下げていき、眼下の地上の様子を窺うことができた。

そこには、見覚えのある風景が広がっていた。

 

「あっ・・・・・・」

 

もう何度足を運んだか分からない、クロスベル西の街道。

家族3人で過ごした、掛け替えのない時間。思い出の場所だった。

 

「ここは・・・・・・お母さんとお父さんが、初めて出逢った場所だよ」

「アヤの両親が?」

「うん。よくこの辺りで、一緒にお弁当を食べたっけ」

 

街道のど真ん中で食事だなんて、常識的に考えれば危険極まりない行為だ。

お母さんが居てくれたからこそ、安心して寛ぐことができたことを覚えている。

 

頭を覗かせて地上を見ると、街道には国防軍の兵士と思われる人間の姿が散見された。

付近には複数台の装甲車もあった。街道上に設けられた検問のようなものなのだろう。

沢山の思い出が詰まった場所が戦地になるだなんて、皮肉が効き過ぎている。苦笑してしまった。

 

「みんな、掴まって!」

 

レンが叫ぶと、パテルマテルがけたたましい轟音を立てて地上へと着地した。

身構えていたが、衝撃は思ったよりも少なかった。私達を最大限に気遣ってくれたのだろう。

 

レンを除いた私達4人は即座に飛び降り、得物を取りながら周囲へ注意を払う。

唐突に下り立ったパテルマテルの巨体に、兵士らは上擦った声を上げ始めた。

 

「あ、赤色のアイオーン!?」

「な、なななっ・・・・・・て、敵なのか!?」

「あんた達、いいから下がりなさい!ここはすぐに戦場になるわ!」

 

エステルが声を荒げると、兵士らの背後に楕円形の大きな影が落ちた。

頭上を仰ぐ暇も無く、先程よりも一際険しい音を立てて、もう1つの巨体が全貌を露わにした。

街道の石畳が爆ぜ、辺り一面に土煙が立ち込め、余りの鳴動に耳へ痛みを覚える。

地響きが鳴ると同時に、地面が大きく揺れ動き、足を取られてしまった。

 

(え―――)

 

直後。頭上から重々しい圧力を掛けられ、思わず息が詰まりそうになる。

迷わずに爪を両の掌に突き立て、下唇を噛んだ。一瞬でも気を抜けば、立ってすらいられない。

あの時と一緒だ。10月23日に対峙した、漆黒の巨いなる力。

 

異なる点は、これが現実だということ。間違いなく、今私達は生死を問われている。

夢物語では済まされない。これは『試し』ではない。命の、取り合いだ。

 

「これがっ・・・・・・神機、アイオーン」

 

蒼色の神機、アイオーンγ。

全長20アージュは超えるであろう巨体と、重厚な四肢。

パテルマテルよりも洗練されたフォルムが、陽の光を鏡のように反射させていた。

 

もう時間が無い。敵とはいえ、巻き込んでいい道理は無い。

ヴァルカンの最期を見届けた後、私は誓った。この手が届く範囲の命を、守り切ってみせると。

私はエステル以上の声を振り絞って、狼狽える兵士らに向かって叫んだ。

 

「早く下がって!巻き込まれたいの!?」

「ぐっ・・・・・・い、一旦退くぞ!」

 

国防軍の兵士らが腰砕けに逃げ出して行くのを確認してから、身構える。

迷うな。恐れては駄目だ。アイオーンγが動く前に、先制を仕掛けるしかない。

作戦通りに出し惜しみはせず、全力の一打を以って、見極めてやる。

 

「パテルマテル!」

「ラン、構えて!!」

 

パテルマテルが腕部と肩部を変形させ、射撃体勢を取る。

続いて神狼へと変貌したランが地に伏せ、巨大な口を大きく開け放った。

こちらが打てる最大の攻撃。『超圧縮反動砲』と『クラウ・ソラリオン』。

 

「「今!!」」

 

2つの巨大な閃光が合わさり、周囲を光で照らしながら、アイオーンγを襲った。

光の槍は、寸分違わずアイオーンγの胸部を貫いた―――かのように、思えた。

 

着弾の直前、剣戟のような鋭い音を立てて、槍は目に見えない何かに阻まれていた。

溢れんばかりの光が消え去った後、目を凝らしてアイオーンγの様子を窺う。

アイオーンγは仁王立ちしたまま、その装甲には掠り傷1つ見受けられなかった。

 

「い、今のがエネルギー遮断障壁ってやつ!?反則にも程があるわよ!」

「正面からではどうやっても届きそうにないな」

「作戦を変えよう。アヤさん、行くよ!」

「分かってる、『B案』了解!」

 

ヨシュアが作戦の変更を告げると、彼と私のARCUSが戦術リンクで繋がった。

同時にガイウスとエステルも私達に続いた。お互いに支障無く繋がることができていた。

これなら行ける。一夜漬けにしては、上々の出来栄えだ。

 

障壁の強度はよく理解できた。あれでは真正面からの攻撃は絶対に届かない。

なら強硬策であるA案は破棄、ヨシュアが言ったB案でいくしかない。

 

右翼に私とヨシュア、左翼へエステルとガイウスが陣取り、距離を取る。

先制は私達。この4人の中で、脚なら私とヨシュアだ。

一夜漬けで掴んだ力は―――ARCUSによる連携だけじゃない。

 

「「絶影!!」」

 

独特の歩調と踏み込みから放たれた一閃が重なり、アイオーンγの右脚部の関節を斬る。

すぐさまガイウスとエステルが逆の関節部を叩き、私達とは逆の位置へと退いた。

思った通りだ。あれだけの超重量が、私達の速さについてこれる筈がない。

側面から仕掛ければ、障壁も用を成さないと見える。

 

「お見事。惚れ惚れする剣筋だね」

「でも一撃で刃が欠けちゃったよ。新物に変えたばっかなのに」

「後でまた変えればいいさ。経費は遊撃士協会に請求してよ」

「何処の支部に?帝国じゃ無理そうだけど」

「決まってるじゃないか。クロスベル支部だよ」

 

冗談を言い合った後、仕方なく現実を直視する。

4人による連撃を受け、しかしアイオーンγは案の定微動だにしなかった。

機甲兵なら生身の技でも関節を叩けば効果はあったが、同列には語れないようだ。

 

するとアイオーンγは先程のパテルマテル同様、射撃体勢を取り始めた。

巨大な銃口は向かって左、ガイウスとエステルらに向いていた。

 

「来るっ・・・・・・!!」

 

超圧縮反動砲。

巨大な銃口が周囲の大気を吸い込み、砲身が光を帯び始める。

嵐のような轟音が唸りを上げ、辺り一面の木々がざわついていく。

 

「さあ、ラン。あなたの力、使わせてちょうだい」

『よかろう。好きに揮うがいい』

 

アイオーンγの背後。ランの頭部に立っていたレンがARCUSを駆動させ、不敵に笑った。

リンクを介して流れ込むランの霊力が、レンの手によりオーバルアーツへと変換されていく。

 

「うふふ。無駄よ、お人形さん?」

 

アイオーンγが放った反動砲は、パテルマテルのそれとは比較にならない輝きを放った。

一方のレンが発動させた『クレセントミラー』も、オーバルアーツの域を遥かに超えていた。

膨大なランの霊力を、レンは類稀な才を以ってして力へと変える。

本来なら万物を削り取るエネルギーを、クレセントミラーは見事に弾き返していた。

 

「今よ、パテルマテル!」

 

間髪入れずパテルマテルが距離を詰め、巨腕を振るった。

殴打は炸薬の爆発と炎を伴い、アイオーンγの右腕を襲った。

後方へ吹き飛ばされたアイオーンγの装甲には亀裂が走り、破片が次々と地上へ降り注ぐ。

手応えのある一打。辺りに散らばった特殊合金の破片達が、ダメージの程を物語っていた。

 

「効いてるわ!みんな、この調子でガンガン行くわよ!」

 

2通りから選び取った作戦の1つ。

身体能力や得物が似通う者同士が連携し、慎重に間合いを見極めながら翻弄する。

ランはレンを守り、レンはランの霊力を多彩なオーバルアーツに変えて補助へ徹する。

 

ランの霊力には限りがあるし、戦いが長丁場になるとするなら乱発は禁物。

最も有効と思える一手は、パテルマテル。彼による接近戦だ。

相手がスペックを上回る後続機と言えど、攻撃は通った。

障壁はあくまで通常時。アイオーンの攻撃を誘えば、障壁は消える。それが今、証明された。

 

「間違いなく効いているな。障壁さえ超えれば、こちらの攻撃も届く筈だ」

「それでもパワーはあちらが上だ。翻弄しつつ、勝機を見い出すしかない!」

「ラン、レン、背中は任せたからね!」

『心得ている。レンよ、遠慮は無用だ』

「分かってる・・・・・・これ以上、あの人達が暮らす地を、勝手にはさせない。行きましょう、パテルマテル!」

 

もう、戻れない。

たとえこの戦いの果てに、別れが待っているとしても。

私は立ち止まらない。戦うしかないんだ。

 

愛する故郷を想い、ランと過ごした4ヶ月間を想いながら。私は、剣を振るっていた。

 

 




ここまで読んで頂きありがとうございます。
私情により、少しばかり更新速度が落ちるかもしれません。というより、もう落ちてますね・・・。
長い目で見て頂ければ幸いです。次話からも宜しくお願い致します。

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