11月29日 プロローグ
七曜暦1204年、11月7日。
先月末、クロスベル警備隊を母体として新たに再編された『クロスベル国防軍』。
余りに唐突な再編の指示に、疑念を抱く人間は少なからず存在していた。
だが大半の者は昂ぶっていた。
半年前、彼らは護るべき市民へ銃を向けた。その事実は否定できない。
失墜した信頼を取り戻すために、警備隊としての誇りを胸に、彼らは再び立ち上がった。
だが先月の初旬、クロスベル市は猟兵らの手により、三度蹂躙された。
まただ。また護れなかった。無力感に苛まれ、自身らの存在意義を見失い掛けていた。
そんな警備隊に、ディーター新市長は光を当てた。
州予算が占める防衛費を倍増する声明を出し、国防力の増強を推し進めた。
何より、警備隊は晴れて正式に『軍隊』の肩書を得たのだ。
新生独立国家を護る国防力として、各メディアで取り沙汰された。士気が高まるのは当然と言える。
一方で、クロスベル国防軍は現在、各地で頭を悩ませる事態に陥っていた。
その1つが、何の前触れも無く出現する『幻獣』の存在だった。
通常の魔獣とは一線を画く、得体の知れない巨大な魔獣のような何か。
プロレマ草と呼ばれる植物が群集する地帯からは、とりわけ多くの目撃情報が寄せられていた。
こちらから手を出さなければ害は無いものの、単に見過ごせと言うには無理がある。
不用意に引き金を引いてしまい、小隊が被害にあったケースが今月に入り2件、発生していた。
再発を防止すべく、幻獣の目撃情報や個体種をできる限り把握する対応が取られた。
幸いにも、出現箇所や個体種には関連性が見られ、迅速に対策が講じられた。
その動きの中で―――11月7日の今日、ある奇妙な報告が、ベルガード門の詰所に入った。
『人間の女性を背に乗せた、青色の幻獣を目撃した』
初めは民間人が幻獣に襲われていると考え、銃を向けた。
ただ、女性は特に慌てるような素振りも見せなかったそうだ。
こちらに気付くやいなや、逃げるように幻獣と共に去って行ってしまった。
部下から報告を受けた上官は、首を傾げるしかなかった。
驚いたことに、同様の目撃例が以前にもあったことが明らかとなった。
何故報告しなかったのか。上官からの問い詰めに、部下らは『見間違いだと思った』と委縮しながら答えるしかなかった。
4日後の11月11日、再び青色の幻獣の目撃情報が寄せられた。
場所はノックス大森林の東部、エルム湖畔の近辺。これが4件目だった。
1件目は11月1日、タングラム門に程近い、南部の森林地帯。
2件目は11月4日、アルモリカ村の東部にある山岳地帯。
3件目は11月7日、ベルガード門の北部、月の僧院との中間地点。
出現場所にまるで関連性が見出せない。これだけでも、他の幻獣と大きく異なっている。
何より、その幻獣の背に跨る女性とは、一体何者なのか。
報告にある限り、女性の外見も一致していた。同一人物と考えて差支えないだろう。
日が空いて、1週間後の11月14日。
今度は幻獣ではなく、女性の方の目撃情報がタングラム門に飛び込んできた。
報告書に目を通し始めた途端、上官は部下を怒鳴り散らした。
下らない報告をする暇があったら、幻獣の捜索に時間を割け。馬鹿者が。
場所はタングラム門の食堂。目撃者はその管理人。
青色の大型犬を連れた女性が、食事に訪れた。報告書にはそう記載されていた。
国防軍が追っているのはあくまで幻獣。大型犬などではない。
女性の尋常ならざる食欲までもを丁寧に纏めた報告書が、日に当たることは無かった。
この日を境にして、幻獣と女性の目撃例はピタリと止まった。
幻獣への対策も既に整っていたこともあり、次第に関心も薄まりつつあった。
そして2週間の間を置いて―――再び、運命の歯車は動き始めた。
1ヶ月間、誰もが心待ちにしていた。信じ続けていた。
必ず戻ってくる。無事に生きてくれている。きっと、立ち上がってくれる。
「頑張ろ、ロイド・・・・・・頑張ろ。私も頑張るから」
「・・・・・・ありがとう、アヤ。君がいてくれて、本当に良かった」
失った物を取り戻すために。
大切な人々を、共に過ごした日々を取り戻すために。
「アンタねぇ、唯でさえ本調子じゃないんでしょう!?」
「ここを乗り切らない限り、皆の所には戻れない・・・・・・だったら、全力で立ち向かうまでだ!」
それぞれの想いを胸に、動き出す。
11月29日、月曜日。1204年の秋が、終わりを告げようとしていた。