絢の軌跡Ⅱ   作:ゆーゆ

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12月12日 第三の道のり

12月12日、午前11時。

私達は議論の場を鳳翼館へと変え、2時間程前に再び集合した。

今現在シュバルツァー男爵家では、テオさんが睡眠を取っている最中だ。

昨日のように議論が白熱しては、その声がテオさんの睡眠を妨げかねない。

そう考え、私達は鳳翼館2階にある広間を借りることにした。

 

「では、この内戦を国家同士の武力紛争、つまり戦争として捉えながら議論を再開しましょう。クレア大尉、宜しいでしょうか?」

「はい。そのご理解で結構です」

 

エマの問い掛けに、クレア大尉が頷きながら同意した。

勃発してから1ヶ月半が経過するこの内戦をどう捉え、どう受け止めるか。

これは議論を重ねる上で最も重要な前提であり、認識を誤っては全てが無駄になってしまう。

 

まず今回の内戦は、貴族連合と帝国正規軍との対立という構図になっている。

お互いが武力へ訴えること、それ自体には合法性があり、罪には問われない。

戦闘員らが戦場で戦闘行為を行ったとしても、処罰されることはない。

その過程で如何なる損害が生じようとも、一切の責任を負う必要はないのだ。

 

戦争が持つ正当性について、エリオットにラウラ、ミリアムが触れ始める。

 

「帝国もそうだけど、共和国が民主化した時も、暗殺や謀反があったって話だよね。何ていうか・・・・・・今更になって、現実味を感じるよ」

「ああ。かの獅子戦役も違った形で終戦を迎えていれば、その全てが正当化されていた筈だ。この国も、今とは異なる姿になっていたのかもしれぬな」

「ていうか、『獅子戦役』って呼ばれることもなかったんじゃない?」

 

ラウラとミリアムのやり取りに、皆が成程といった表情を浮かべた。

呼び名はともかくとして、この内戦の是非はいずれかの勝利と敗北が決定付ける。

勝者の正義が歴史に選ばれ、正しかったと見なされることへ繋がる。

 

「・・・・・・やっぱり俺達《Ⅶ組》は、第三の道を求めるべきだと思う。貴族派でも革新派でもない、俺達ならではの道を、だ」

 

リィンが言った『第三の道』の意味合いは、既に私達の知るところでもある。

議論を開始した冒頭にも、彼は中立を貫くべきだという前提を皆へ示していた。

 

結果的に、リィンは今まで何度も機甲兵部隊と対峙しては、退けてきた。

私も私で、貴族連合からは重点的に追われる立場にある。ランもそうだ。

 

だが貴族派に敵対するつもりは無い。そして静観を決め込む気も毛頭無い。

現実問題として、苦しんでいる人間が大勢いるのだ。

それだけでも、私達が内戦へ干渉する理由、大義名分にはなり得る。

そして遊撃士としての、私自身の正義にも。

 

「真っ先に思い付くのは、地域の平和と民間人の保護、かな。こんな状況だし、尚更遊撃士みたいな存在が必要なんじゃない?」

「僕もアヤ君と同じことを考えていた。大規模な武力紛争には、人道支援が必要不可欠だ。他国の援助は当てにしない方がいいだろう」

 

協会規約第1項から拝借した私の意見には、すぐに皆が賛同してくれた。

マキアスが言うように、内政不干渉の原則に従えば、この状況下で他国は下手に動けない。

塩の杭事件のような大災害に匹敵する被害が出ない限り、例外は許されない。

 

「一応《Ⅶ組》以外の士官学院生として、私も同意見よ。これ以上私みたいな人間を出さないためにも、誰かが動かないと何も変わりはしないもの」

「ポーラ・・・・・・」

「私があんな目にあったのだって、言ってしまえばこの内戦のせいだしね。私にできることがあるなら、何だってするわ」

 

ポーラは苦笑いを浮かべながら、自身が遭遇した不幸について語り始める。

 

もし私が駆け付けていなかったら、命を落としていたかもしれない。

生き長らえていたとしても、凌辱され、暴行を受けていたかもしれない。

事実、ポーラは一度自我を失っていた。取り戻し果せたのは、奇跡と言ってもいい。

 

ケルディック方面に限らず、今現在各地で問題視されているのが暴動の類だ。

ポーラ達を襲った賊のような輩も増える一方で、治安に割かれる人間は減少の一途。

領邦軍にとっての最優先事項が、内戦の影響で疎かになっている有様だった。

内戦を長引かせるわけにはいかないし、秩序を乱す人間も放ってはおけない。

頼るべき存在が頼りにならない以上、やはり誰かが立ち上がらなければ何も変わりはしない。

 

「リィン君の妹さんも、貴族連合の連中に攫われたんでしょう?そんなこと、許されていいわけないと思うわ」

「ああ。エリゼとアルフィン殿下の2人は、絶対に救い出す必要がある」

 

戦時下にあるとはいえ、如何なる行動も認められるというわけではない。

この内戦を戦争とするなら、アルテリア条約を始めとした国際人道法が適用される。

民間人をはじめとした非戦闘員に手を出した時点で、重大な違反行為だ。

アルフィン殿下に至っては、不敬罪どころの話では無い。他の皇族の方々についても同様だ。

 

この点については、誰も意を唱えなかった。

だが私の中で、引っ掛かる物があった。

それはリィンが言った議論の前提に関わる、重要な事だった。

 

「でもさ、2人は貴族連合に捕われてるんでしょ。救い出すとなると、また貴族派とやり合うことになりそうだし・・・・・・今までもそうだったけど、それは中立派って言えるのかな?」

「いや、俺が言った『中立』や『第三の道』は、そういう意味じゃないさ」

「へ?違うの?」

 

思わぬ返答に、私を含めた複数人が私と同じ反応を見せ始める。

私は理解しているつもりだった。だが今の返答を鑑みるに、違ったのだろう。

戸惑いを浮かべる私達に構うことなく、リィンは堂々とした声と表情で言った。

 

「法や人道に外れた行為を、見過ごすわけにはいかない。たとえ相手が貴族派でも、革新派であっても。こんな状況だからこそ、第3者の誰かが動くべきだと思うんだ」

「・・・・・・革新派、でも?」

「ああ。みんな、率直な意見を聞かせてくれ」

 

言葉にするまでもなかった。

全員が同じ色の表情を浮かべながら、私達はリィンの意志を共有した。

 

同じ目線で議論を交わしていると思いきや、噛み合っていなかった。

少なくとも私は、文字通りの中立と受け止めていた。

でもそうじゃない。リィンが言った第三の道は、中立であり中立ではない。

いずれかと敵対し、いずれかに与することも厭わない第三勢力。

都合の良い考えのようでいて、茨の道のように思える。

 

「ねえ、1つ確認しておきたいんだけど」

 

フィーが言うと、その視線が上座へ向いた。

サラ教官にトヴァルさん、クレア大尉、シャロンさん。

今まで沈黙を守り、私達の議論へ耳を傾けていた4人に対し、フィーは静かに言った。

 

「そもそも私達が内戦に干渉しても、それは許されることなの?」

 

初めはその意味合いが理解できず、頭上を仰ぎながら首を捻った。

やがて胸の中に引っ掛かりを覚え、段々と明確な疑念へと膨らんでいく。

 

「それは・・・・・・士官学院生として、ということか?」

 

ガイウスが確かめるように言うと、フィーが頷き、全員で年長組の反応を窺った。

 

私達は今、トールズ士官学院特科クラス《Ⅶ組》として、この場にいる。

この際クラスは関係ない。フィーが言いたいのは、士官学院生としての立場だ。

今後の指針がどうあれ、私達は士官学院生として動くことになる。

それ自体が―――果たして、許されることなのか。正しいと言えるのか。

昨日に掲げた前提を問う、大前提。私達にはその答えを出す知識も、権限も無い。

 

「まあ、あたし達も今まで遊んでいたわけじゃないのよ」

 

4人の中で初めに反応を示したのは、サラ教官だった。

教官はやや気怠そうに立ち上がり、腰に手をやりながら私達を見下ろし、言った。

 

「リィン・シュバルツァー二等兵。前に出なさい」

「っ・・・・・・は、はい」

 

士官候補生団所属、二等兵。

私達士官学院生に与えられた、便宜上の階級。

特定のカリキュラムや軍事訓練の際に限り、私達は軍人の最下級と同列に扱われる。

 

あくまで『便宜上』だ。士官候補生団という仮集団に属するに過ぎない。

士官学院の敷地を出れば、唯の学生と同じ。特別扱いされることはない。

だからこそ腑に落ちない。サラ教官は今、確かに階級を口にした。

 

一体どういうつもりなのか。当惑する私達とは裏腹に、サラ教官の顔は真剣そのものだった。

 

「どんな形にせよ、もし君達がこの戦争に介入するつもりなら・・・・・・学生という立場と甘えた考えを、今すぐに捨てなさい」

「え・・・・・・」

「士官候補生団として、相応の責任と覚悟を以って臨みなさい。それができないなら、即刻この議論を中止して、身を潜めればいいわ。これは上官からの命令と受け取りなさい」

 

捲し立てるように並べられた、言葉の数々。

固く握られたサラ教官の両拳は小さく震え、普段の余裕など微塵も感じられなかった。

 

私達は椅子を引き、立ち上がった。

初めに誰かがそうしたわけでもなく、自然と皆が同じ行動を取り、前を向いていた。

言葉は不要だった。リィンは全員分の答えを受け取り、《Ⅶ組》を代表して応えてくれた。

 

「トールズ士官学院《Ⅶ組》、士官候補生団リィン・シュバルツァー二等兵、他10名。教官の命令に従い、これより士官候補生として行動することを誓います」

「宜しい。なら、君が指揮を執りなさい。重心でも中心でもなく、先頭に立って皆を導くこと。いいわね?」

「それは・・・・・・はい。了解です」

『パフパフッ』

 

フィーが鳴らした金管楽器は、即座にラウラの手で没収された。

まだ持っていたのか、あれ。気に入りすぎだろう。

苦笑していると、今度はクレア大尉がリィンの前に立った。

 

「帝国正規軍も治安維持を目的として、各方面に支援要請を打診しています。遊撃士協会に対しても、私から正式に依頼を出させて頂きました」

「つーわけだ。アヤ、受け取りな」

「わわっ」

 

トヴァルさんが放り投げた茶封筒を慌てて受け取り、その中身を取り出す。

中には協会で使用されている、正式な書式で書かれた書類が1枚、入っていた。

 

依頼主は帝国正規軍鉄道憲兵隊所属、クレア・リーヴェルト大尉。

依頼内容は帝国各地における人道支援、並びに違反行為の是正活動。

担当遊撃士は―――準遊撃士2級、アヤ・ウォーゼル。及び協力員数名。

 

「・・・・・・は?に、にに、2級!?」

 

目を疑った。

書類の至る所に気になる点が多々見受けられるが、それさえもがどうでもいい。

何だ、これは。私の肩書は下っ端の外れ、準遊撃士見習いだった筈だ。

準2級ともなれば、正遊撃士が目と鼻の先にある位。一体何がどうなっている。

 

「10月の上旬ぐらいに、クロスベル支部から本部へ申し入れがあったんだ。確かその頃だろ、お前さんがクロスベルへ帰郷したってのは」

「クロスベルから、ですか?」

 

トヴァルさんによれば、話は10月頃まで遡る。

クロスベル支部からの申し入れは、私という見習いの存在についてだった。

 

クロスベルで残したアヤ・ウォーゼルの功績と能力は、最早見習いに留まらない。

帝国の各支部が機能していない現状も考慮し、即刻相応の階級を与えるべきだ。

大まかにはそのような内容だったそうだ。

 

「事実上のS級遊撃士、本人たっての推薦状付きだったからな。10月の末に正式な認可が下りたんだ。まあ飛び級自体はそう珍しくもないし、素直に受け取れよ」

『パフパフッ』

「フィー」

 

事実上のS級遊撃士。思い当たる人物は1人しかいない。

あの人が、私をそこまで。そう考えるだけで―――胸の中が、ズキンと疼いてくる。

一瞬だが、サラ教官とトヴァルさんも、表情に暗い影を落としていた。

が、今考えるべきことではない。本題は依頼内容についてだ。

 

「書いてある通りだ。お前さんが依頼を担う上で生じる損害、及び戦闘行為については、遊撃士協会がその責を持つ。尻拭いはしてやるから、好きにやればいいさ」

「トヴァルさん・・・・・・」

「冷静に立ち回れよ。遊撃士の肩書は、いつかきっと役に立つ時が来る。状況に応じて立場を使い分けるんだ。みんなの力になってやりな」

 

目を瞑りながら、昨日のサラ教官とトヴァルさんの言葉を思い返す。

柔軟性を持つ。時に感情を捨て、己を曲げる。遊撃士に求められる力。

 

今なら理解できる。内戦という複雑な状況下だからこそ、私達は慎重を期する必要がある。

私達は今、学ぶ立場にない。自らの行動と正義を自身で正当化し、貫かねばならない。

そのためにも、遊撃士としての立場を最大限に利用する。それは私にしかできないこと。

気持ちは有難いが、尻拭いもさせては駄目だ。責任の所在は、あくまで私達自身にある。

 

「但し、条件があります」

 

トヴァルさんに続いたのは、クレア大尉。

声と口調から、大尉が正規軍としての立場から喋っているであろうことが窺えた。

 

「正規軍及び領邦軍、いずれにも与することなく、客観的に行動して下さい。人道法に背く重大な違反行為が見られた場合は、対象を問いません」

 

―――たとえそれが、我々であってもです。

 

不意に、クレア大尉の目元に違和感を抱いた。

隈、だろうか。色白の肌が、それをより一層際立たせていた。

よくよく見れば、他3名の年長組についても、疲労感が漂っているように思える。

 

(・・・・・・同じ、か)

 

どうして気付かなかったのだろう。

クレア大尉が言っていた。私達も同じ立場にあると。

 

相当な時間を費やしてくれたに違いない。

私達が議論を重ねるより前に、先回りをして話し合ってくれていた。

導き出されるであろう答えを支えるために、それぞれの立場から知恵を振り絞ってくれていた。

今し方掛けられた言葉と、4人の顔に浮かぶ疲労感は、その代償に他ならない。

 

「私からも1つ、提案がございます」

 

4人目であり、4つ目。

シャロンさんが長テーブルの先頭に立ち、艶やかに微笑みながら言った。

 

「お昼ご飯にしましょう♪」

 

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シャロンさんとヴェルナーさんお手製の昼食を堪能した後、私達は議論を再開した。

 

内戦下で問題視されている諸問題は、午前中に挙げた通り。

話し合うべきは、実際にどう動くか。具体的な行動を詰める必要がある。

だがそれ以前に、私達は至極現実的な問題を直視しなければならなかった。

 

「でもさー、ボク達って貴族連合からマークされちゃってるでしょ。何をするにしても、またドンパチやり合うことになるかもしれないよ」

「そうね・・・・・・不当に拘束されている人達を救い出すとなると、貴族連合との対立は避けられないわ。一番見過ごせない問題ではあるけど、難しいわね」

 

問題が山積みな一方で、敢えて優先順位を付けるとするなら、やはりそれだろう。

しかも私達自身が逆賊扱いを受けている時点で、貴族派と相容れない関係にある。

遅かれ早かれ、再び機甲兵部隊をはじめとした領邦軍と対峙すると考えた方がいい。

 

もしそうなった場合、私達が頼れる存在は明白だ。

マキアスにユーシス、エマが、その存在について言及した。

 

「あの騎神がいるとはいえ、慎重に協議する必要があるな」

「フン、やはり鍵を握るのは灰の騎神か」

「それとアヤさんに力を貸してくれる、ランちゃんですね」

『エマ』

「・・・・・・アヤさんに力を貸して下さる、ラン様ですね」

 

セリーヌの有無を言わさぬ威圧感は置いておこう。

 

私自身、考えてはいた。

ヴァリマールとランは、あの機甲兵部隊をも凌駕する程に強大な力。

やりようによっては、貴族派と革新派の対立自体に、幾らでも横槍を入れることが可能だ。

少なくともランは、私の意志を尊重してくれる。

その裏にあるラン自身の想いは未だ掴めていないが、私のためにその力を揮ってくれる。

 

「それにしても、アヤ。君はランと戦術リンクを繋げていたな」

「え?」

「あれは一体どう理解すればいいんだ?」

 

ガイウスが言うと、今度は年長組を含めた全員の視線が私へ注がれた。

どうして聖獣であるランと私が、ARCUSを介して繋がることができるのか。

ハッキリ言って、私が聞きたいぐらいだ。答えなど持ち合わせてはいない。

それに私からも、改めて確認しておきたいことがある。

 

「リィンもヴァリマールに搭乗していた時、ラウラとリンクで繋がってなかった?」

「あれは・・・・・・俺自身、よく分かっていないんだ」

「ふむ。私は言われるがままに繋げただけだったのだが・・・・・・確かに、不思議な感覚だった。リィンというより、ヴァリマールと直接繋がっていたと言った方がよいかもしれぬ」

 

ラウラが言った『不思議な感覚』は、おそらく私にしか理解できない。

ランと繋がる時もそうだ。通常の戦術リンクとは、根本的な何かが違っているとしか思えない。

同じようでいて、極々自然なのだ。ARCUS同士の戦術リンクに、違和感を抱いてしまう程に。

 

『まあ、そうであろうな』

「・・・・・・ラン?」

『今となっては失われてしまったが、人は元来、他者と繋がる術を持っていた』

 

驚いたことに、ランは私達の疑問に対する答えを、一から説いてくれた。

 

人は古来より、他者と意志の疎通を図る術を複数持っていた。

言葉、表情、仕草。同列に並ぶ形で、私達が戦術リンクと呼ぶ、絆。

想いや感情を重ね合い、繋がる。その効果の程は、私達が体験してきた通り。

リンクは意志疎通を図る最も簡易なツールとして、当たり前に存在していた。

 

変化が訪れたのは、七耀歴が三桁の大台に乗ったばかりのこと。

人が『個』よりも『集団』を重んじるようになってから、軋轢が生じ始める。

繋がるということは、意図せずして自身の感情が他者へ流れることに繋がる。

次第に繋がらない人間同士が増え、争いの種を捨て去るように、人は『言葉』に重きを置いた。

取捨選択が可能な言葉は、やがてリンクと取って代わり、人の在り方を変えていった。

 

『おぬしらがオーバルアーツと呼ぶ術技と似たような物だろう。ARCUS、であったか。面白い物を生み出したものだな。他者と繋がったのは、私も久方振りのことだ』

「な、何かすごい話を聞いた気がするけど・・・・・・」

「そう、ですね。セリーヌ、もしかして知っていたの?」

『知るわけないでしょ・・・・・・でも、そうね。ヴァリマールもそうだったってわけね』

 

もし事実だとするなら―――いや、紛れもない事実に違いない。

大変な史実が唐突に明かされた瞬間だった。そんな話聞いたことがない。

 

だが、漸く理解するに至った。戦術リンクの正体も、私がリィンの夢を見たことも。

おそらくリンク機能は、あった筈の術技、その一端に過ぎないのだろう。

日常会話が不要な程に繋がれば、感情をはじめとした何もかもが他者の知るところになる。

それこそ、記憶さえもが。そう考えれば、これまでの不可思議な事象に全て説明が付く。

 

ランはオーバルアーツを引き合いに出したが、比較にならない。

戦術オーブメントを介す点は共通している一方で、まるで次元が異なっている術技だ。

 

「じゃあランは、私以外の人間ともリンクを繋げられるんだ」

『それは無理であろうな』

「へ?何で?」

 

お互いに認め合い、確かな絆が無い限り、繋がることはできない。

この点に関しては、ARCUSの戦術リンク機能と同様らしい。だからこそ、人はリンクを捨てた。

確かに現代社会において、リンクは余りにも不適合なツールだ。言葉とは根本が違う。

 

『おぬしが私を求め、私もまたおぬしを好いている。故に繋がることが可能なのだ。言わずとも分かっていると思っていたのだがな』

「たはは・・・・・・そんな言い方をされると、流石に照れるかな」

「「・・・・・・」」

「はいはい、もう突っ込まないからね。ガイウスもほら、何してるの」

 

明後日の方向を見詰めていたガイウスの肩を叩き、我に返させる。

ランもランで、もう少し言葉を選んで欲しいものなのだが。

 

『―――フフ、何だか楽しそうな話をしているわね』

 

場の空気が緩み掛けた、その時。

透き通るような美声が、四方八方から耳に入って来る。

惚れ惚れとしてしまうその声に身体が震え、身の毛がよだつ思いだった。

 

「この声は・・・・・・ま、まさか」

「姉さん!?」

 

やがて天井の一部が青白く輝き、光の中から一羽の鳥が降り立った。

アルスターで目の当たりにした光景をなぞるように、ゆらゆらと。

美声の主は幻影として小鳥の上に現れ、冷徹な微笑を浮かべながら再び声を発した。

 

『久し振りね、エマ。無事にリィン君達と合流できて何よりだわ。これも女神のお導きかしら?』

『抜け抜けとっ・・・・・・ヴィータ、覗きなんて趣味が悪いにも程があるわよ!?』

 

蒼の深淵、身食らう蛇の第2柱。ヴィータ・クロチルダ。

エマが姉さんと呼ぶ存在が、前触れ無く唐突に、私達を高みから見下ろしていた。

 

「姉さん、何処にいるの!?」

『フフ、すぐ近くよ。さあ、皆でパーティーの準備を始めましょう』

 

ヴィータが嘲るような冷たい目で私達を見回すと、彼女の幻影は小鳥と共に、音も無く消えた。

するとすぐに、異質な音が耳に入ってきた。遥か遠方から聞こえてくる、重厚な機関音。

導力車や機甲兵ではない。しかも音は地上ではなく、上空から。

それに―――この気配。思い至った瞬間、背筋が凍った。

 

「こいつはっ・・・・・・サラ!」

「ええ、出るわよ!!」

 

弾かれたように、4人が動いた。

サラ教官、トヴァルさん、シャロンさん、そしてクレア大尉。

2階だというのに、教官が力任せに開け放った窓から、続々と迷い無く飛び降り始める。

どういうわけか、ランもそれに続いた。直後―――閃光と共に、外から爆発音が聞こえた。

 

「「っ!?」」

 

衝撃で窓が揺れ、ガタガタと心地の悪い音を立て始める。

一歩出遅れた私達の中で、初めに動いたのはフィーだった。

 

「みんな、行くよ。もう始まってる」

 

彼女の声に背中を押され、私達も窓際に向かって駆け出した。

リィンにラウラ、ガイウスと私、アガートラムがいるミリアム。

フィーを含めた6人が先んじて外へ飛び降りると、ユミルは既に戦場と化していた。

 

「あ、あれって・・・・・・パンタ、グリュエル?」

 

轟音を鳴らしながらユミルの上空に浮かぶ、金属の塊。

距離を見誤りそうになる程に巨大な物体が、遥か頭上に鎮座していた。

 

「それにあれは、貴族連合の協力者達かっ・・・・・・!」

「ゼノ、レオもいる」

「クーちゃんも来てるみたいだね」

 

先の爆発音は、里の中央から発せられていた。

足湯場の屋根が見るも無残に爆ぜ、木枠が炎に包まれていた。

周囲には、貴族連合の協力者達と交戦する4人の姿があった。

皆の話の中に出てきた、西風の旅団。アガートラムと酷似した傀儡に、結社の3人。

 

里中が戦場だった。建物の屋根上をも足場としながら、全員が縦横無尽に走り回っていた。

先程まであった筈の静寂と平穏が消え去り、剣戟と銃声、住民の悲鳴ばかりが響き渡る。

たったの1分間足らずで、ユミルは混乱の渦中にあった。

 

「皆さん、聞いて下さい!!」

 

30アージュ程前方で銃を向けていたクレア大尉が、私達に向けて大声で言った。

普段とはかけ離れたその声は、雷鳴のように周囲へ鳴り響いた。

 

「住民の避難誘導をお願いします!全員を連れてE地点まで退いて下さい!!」

 

E地点。有事の際、住民を危険から守るために設置されたセーフポイント、その5つ目。

渓谷道の中腹から脇道に外れた、魔獣が徘徊する安全とは呼べない区域だ。

魔獣の危険性を上回る危機に陥った時に限り、全てを度外視して優先される選択肢だった。

 

遠目からでも分かる。この戦闘に、私達が入り込む余地は無い。

今は住民の安全が第一だ。渓谷道の魔獣なら、私達の手でも届く。

 

「了解です!みんな、手分けして―――」

『安心なさい。里の人間に手出しはしないわ』

 

リィンの声を遮り、再び頭上からヴィータの声が聞こえてくる。

直後、先程と同じ色の光が放たれ、今度は幻影ではない彼女の本身が、宙に揺れていた。

 

「ごきげんよう、《Ⅶ組》の皆さん」

「姉さんっ・・・・・・!」

「フフ、可愛い妹との再会を祝して、熱い抱擁といきたいところだけど・・・・・・これ以上、主賓を待たせるわけにはいかないしね」

 

言い終えるより前に、その存在に気付いてはいた。

パンタグリュエルの方角から、こちらへ向かって飛来してくる人型。

与えられた記憶の中に埋もれていた、もう1体の騎神。

背から溢れ出る蒼色の霊力が、その巨体を支えていた。

 

「蒼の騎神っ・・・・・・クロウ!!」

『クク、どいつもこいつも久しぶりじゃねえか』

 

リィンに応えるように、蒼の騎神『オルディーネ』から声が発せられた。

聞き間違う筈がなかった。私達は、声の主を知っていた。

失ってしまった大切な物。その1つであり、1人の声だった。

 

『アヤ、お前さんも元気そうだな。クロスベルでは大変だったそうじゃねえか』

 

だというのに、声が出ない。

沢山の想いが複雑に絡み合い、体をなさない。

 

代わりに込み上げてくる、明確な負の感情。

よくも抜け抜けと。自分が今何をしているのか分かっているのだろうか。

普段通りの飄々とした声が癇に障る。一体どれ程の人間が犠牲に―――

 

「来い、ヴァリマール!!」

 

リィンが張り上げた大声で、ハッとした。

頭を左右に大きく振りながら、今し方湧き上がっていた感情を追い出し、蓋をする。

冷静になれ。今は個人の想いに振り回されている場合ではない。

 

それにしても、この事態はどう受け止めればいい。

追われる身であることは、全員が自覚している。だがこの襲撃は何だ。

何故このタイミングで、これ程の戦力がこの地に注がれる。

 

「それと、アヤさん。あなたにもパーティーに参加して貰うわよ」

「え?」

 

ヴィータの眼光が私へ向くと、間に割って入るように、ランが私の前に降り立った。

同時に、ヴィータの傍らで舞っていた小鳥、グリアノスが高度を下げ始める。

 

『これ以上、私を失望させてくれるな。聖しき獣様よ』

 

一瞬、声の主を探してしまった。ヴィータのそれと同様に、透明掛かった女性の美声。

気高く滑らかな声の旋律は、紛れも無いグリアノスから発せられていた。

聖しき獣―――ランが棘のある声で、グリアノスに答え始める。

 

『フム。言っている意味が理解できぬが』

『こちらの台詞であろう。その娘が何だというのだ?おぬし程の存在が、下らぬ人の子如きに何を想い、そうも入れ込んでいる』

『耳障りだ。戯れ言はそれだけか?』

 

ズシンッ。

 

リィンが呼び寄せた騎神が降り立つと、ランが周囲の雪を巻き上げながら風を呼んだ。

神狼へと変貌したランはヴァリマールの隣で咆哮し、その矛先はグリアノスに向いていた。

 

『やれやれ・・・・・・落ちたものだな。ヴィータ、よいのか』

「フフ、勿論よ」

 

グリアノスが落胆の声を漏らしたと思いきや、ヴィータが小声で何かを呟き始めた。

異変はすぐに生じた。グリアノスの小さな身体が黒々とした瘴気で包まれ、再び風が舞い上がる。

 

『グリアノスっ・・・・・・まずい、離れなさい!』

 

セリーヌの声に気を向けるより前に、目を疑う光景が飛び込んできた。

ランを見下ろせる程に巨大化した怪鳥が、上空を仰ぎながら甲高い唸り声を上げていた。

幻獣を上回る重量と威圧感が、私とランに対し叩き込まれていた。

 

「さあ、踊りなさい。そして唄いましょう。第3楽章の始まりよ」

 

_________________________________

 

私を背に乗せたランは、アイゼンガルド連峰の険峻な峰々を駆けていた。

高度も角度も意に介さず、翼を持つグリアノスを追って動き続けていた。

 

巨大化したグリアノスは、幻獣を凌駕する霊力を以って牙を向いてくる。

ゼロ秒で放たれる高位アーツと、周囲の木々を薙ぎ倒す、声による波動。

その全てを掻い潜り、ランはグリアノスに確かな爪痕を刻んでいく。

 

リンクは繋いでいたが、私の手出しは無用と云わんばかりの動きだった。

事実、私は全く力になれていない。これでは背に跨る意味がない。

それに、どうしてだろう。ランの肌が、これまでにない位に熱い。

 

『アヤ、無事か』

「わ、私は大丈夫だけど・・・・・・ねえラン、いつもと何か違わない?」

『何も変わらぬ。行くぞ、振り落とされるな』

 

急斜面を走っていたランが、勢いを付けて地を蹴る。

ランが振りかざした前肢の爪は、飛び付いた先を舞っていたグリアノスの翼を裂いた。

思わず目を背けてしまった重く深い一撃により、グリアノスは一時揚力を失った。

 

『グオオォォォッッ!!!』

 

落下の力を味方に付け、ランがグリアノスを地面へと抑え込む。

ランは一度声を荒げ、容赦なくグリアノスのか細い首へと噛み付いた。

その牙は真紅に染まり、口元から首骨が軋む不快な音が聞こえ始めていた。

 

「ら、ラン!もういいよ、それ以上は駄目!」

『忠告しておくぞ、魔女の使い魔よ』

 

ランは私に構うことなく、首を噛んだままグリアノスに語り掛ける。

 

『二度とは言わぬ。私の意志に触れるな。これ以上戯れ言を吐けば、その首を噛み砕く』

 

段々と分かってきた。これは怒りだ。

怒りという明確な感情が、体温と共に私の中へ流れ込んでくる。

ランがこうも我を表に出したことは、今までになかった。

一体何故、何に対して。聞いてみたい衝動に駆られたが、口には出せなかった。

 

いずれにせよ、もう勝敗は決している。これ以上は無意味だ。

そう考えていると、ランがグリアノスの首から牙を離し、後方を向いた。

 

ガキンッ。

 

「え?」

 

振り向いてすぐに、こちらへ向かって飛来してくる『何か』が視界に入った。

余りの速さに、私は反応できなかった。ランは顔を上げ、それを口で挟み受け止める。

見れば、口元には巨大な剣。ヴァリマールが握っていた筈の大剣を、ランが咥えていた。

 

『フム。あちらも決着が付いたようだな』

「り、リィン!?」

 

前方を見やると、力無く項垂れるヴァリマールを、オルディーネが見下ろしていた。

オルディーネは無造作に足蹴りを放つと、ヴァリマールの巨体が地響きと共に地面へ転がった。

 

『かはっ・・・・・・!』

『何度も言わせんな。これが現時点での明確な力の差だ。それ以上無理をすると、身体がぶっ壊れちまうぜ』

 

クロウの声に、ヴァリマールは何の反応も示さなかった。

搭乗者であるリィンの状態は窺えないが、先の痛々しい呻き声の通りと考えた方がいい。

対するクロウは息の乱れさえ感じられない。ランが言うように、優劣は明白だった。

 

私とランはすぐさまヴァリマールの下へ歩み寄り、両者の間に割って入った。

するとオルディーネは得物を肩に担ぎ、やれやれといった声でクロウが言った。

 

『やめとけよ。騎神の力を甘く見ない方がいい。それに・・・・・・おいヴィータ。上の方はどうなんだ?』

 

オルディーネが頭上を仰ぐと、その先には腕を組むヴィータの姿があった。

足元には、いつの間にか小鳥へと身を縮めたグリアノスが、よろよろと羽ばたいていた。

 

「里の方も決着が付きそうよ。こうも予想通りだと、少し詰まらないわね」

「なっ・・・・・・み、みんな!?」

 

そうだ。敵はグリアノスとクロウだけではない。

里では皆が交戦中だ。しかも相手は、あの貴族連合の協力者達。

マクバーンという存在一つとっても、次元が違いすぎる。

 

どうする。リィンとヴァリマールは見ての通りだ。

動けるのは私とランだけ。ヴィータの言葉を信じるなら、里では皆が窮地に立たされている。

判断を誤れば全滅は必至。この状況下で、私はどう動けばいい。

 

『ふざけるな!!』

 

考え倦ねていると、金属音と共に再び地面が揺れた。

背後に振り替えると、地に膝を付きながらも、ヴァリマールが身体を起こしていた。

満身創痍なのは言うまでもなかったが、リィンの力強い声からは確かな意志が感じられた。

 

「リィン、無事なの!?」

『折角立ち直れたのにっ・・・・・・どうしてユミルまで巻き込んで、こんな真似をする!一体何が目的なんだ!?』

 

私の声が聞こえていないのか、リィンが怒声を上げ始める。

リィンにとっては、再び故郷が戦火に包まれた身。彼の怒りは至極当然の物だった。

 

『それには私から答えさせて貰おう』

 

すると突然、風が消えた。音も止んだ。

パンタグリュエルの駆動音や風音が消え、まるで屋内にいるかのような静寂が訪れる。

代わりに周囲へ轟いた、年配の声。男性の声だった。

 

『高いところから失礼するよ。『有角の若獅子』諸君』

 

声の出所を探す私達の、遥か上空の先。

パンタグリュエルとほぼ同じ位置に、金色に輝く円状の紋様が浮かび上がる。

その中央に、口髭を蓄えた威厳ある男性の上半身が、ハッキリと映し出されていた。

 

『フム。アヤ、あやつは何者だ』

「カイエン公・・・・・・貴族連合の実質的なリーダーだよ」

 

ラマール州の統括者にして、四大名門の筆頭。

そして貴族連合の総主宰を名乗る、カイエン公爵閣下。その人だった。

紋様に映るカイエン公の細かな表情や仕草が、一つ一つ明確に見て取れる。

今現在のカイエン公の全てを、そのまま映し出しているのだろう。

 

カイエン公は「早速だが」と前置きを置いてから、リィンの疑問に答え始める。

 

『リィン・シュバルツァー君、それにアヤ・ウォーゼル君。君達2人と話がしたく、今回このような場を用意させて貰った次第だ』

「リィンと・・・・・・私?」

『フフ、直裁に言おう』

 

唐突に名指しされ、面食らってしまった。

この襲撃の目的が、私とリィン。訳が分からない。

考えを巡らせるより前に、カイエン公は言った。

 

『灰の騎士殿、並びに獣の聖女殿。君達を我が艦に招待したい。一度じっくり話し合おうではないか。これまでの事・・・・・・そしてこれからの事をね』

 

 


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