絢の軌跡Ⅱ   作:ゆーゆ

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12月9日 動き始めた意志

目を覚ますと、右手に誰かの体温を感じた。

陽の光が届かない馬車の中にある、12月という冷たさの中にある暖かみ。

私がそっと右手を握ると、ポーラは僅かに反応を見せた。

神経を研ぎ澄ませて漸く感じる、確かな反応。自然と笑みが浮かんだ。

 

「ごめん。寝ちゃってた」

 

12月9日、午後16時。

陽が昇ると同時にケルディックを発ち、東の街道から真っ直ぐ南へ。

検問を東に迂回し、バリアハート北東部にある小さな森を抜けてから約1時間。

 

案の定、私は厳重な検問に阻まれ、バリアハートへ立ち入ることが叶わなかった。

街中へ続く門前では例外なく領邦軍兵士が睨みを利かせており、近付くことすらまならない。

足踏みをしていても仕方ない。そう考え、私達は一旦別行動を取った。

 

モリゼーさんとランベルト先輩は、バリアハートで情報収集。

私はポーラとラン、馬車を連れて、人目が届かない場所を探すことにした。

3人はともかく、追われる身である私は宿を取ることさえできない。

落ち着いて夜を過ごすためにも、領邦軍が近寄らないような場所が欲しかった。

 

辿り着いた先が、バリアハートとオーロックス砦を繋ぐ渓谷道。

北に続く裏道を抜けた先に、周囲を見渡せる開けた一帯があった。

万が一何者かが近付いて来ても、先手を打って回避することができる。

それが今から1時間前の出来事。終始気を張っていたせいか、知らぬ間に寝入ってしまっていた。

 

外を見渡すと、馬車の傍らに座り込むランの姿があった。

おかげ様で魔獣は寄って来ない。危険が近付いたら、いち早く察知してくれるだろう。

 

「ポーラ、ほら」

 

木製のコップへ水を注ぎ、彼女の両手にしっかりと持たせる。

ポーラは虚ろな目でコップを見詰めた後、ゆっくりとそれを口に運んだ。

自発性は見られないが、私が差し出せば飲み食いはしてくれる。言うことも聞いてくれる。

少なくとも、生きようという意志は感じられる。水を飲むこの姿が何よりの表れだ。

 

「・・・・・・ポーラ」

 

意味も無く、ポーラの名が口から漏れてしまう。

度々呼んでいないと、彼女が何処かへ消えてしまいそうな、言い様の無い不安に苛まれた。

 

私はポーラの隣に身を寄せ、彼女の肩に側頭部を乗せた。

吐息が耳に触れ、むず痒さを覚える。それが堪らなく心地良かった。

肩を介して伝わってくる体温と息吹、匂い。全てがポーラは生きていると教えてくれる。

なのに、ポーラは何も言わない。私の名前を呼んではくれない。心が―――無い。

 

「ねえポーラ。これ、覚えてる?」

 

私は取り出した1枚の写真を、ポーラの手に持たせた。

8月11日。真夏と連続休暇の真っ只中、夕焼けの空の下で、私達は3人で笑い合った。

夏の夕空の情緒。泥と厩舎の匂い。2人の親友の笑顔。どれもが鮮明に思い出される。

 

あれから4ヶ月。写真に刻まれた日付から、それだけの時が過ぎた。

もう、戻っては来ないのだろうか。いや、そんなことはない。

何度も何度も自問自答を繰り返しては、あの夏の一時に想いを馳せる。

 

「・・・ぁ・・・・・・」

「ポーラ?」

 

隣を見ると、変わらないポーラがいた。表情には依然として感情が見られない。

何かを言ってくれた気がしたのに、拾い上げることはできなかった。

不安ばかりが募っていく。こうして翡翠の都を訪ねたことにも、意味はあるのだろうか。

 

(・・・・・・ある。絶対にある)

 

自身の頬を叩いて邪念を追い出していると、腰元のARCUSが着信音を奏で始めた。

 

「はい、アヤです」

『ランベルトだ。アヤ君、今何処にいる?』

 

声の主はランベルト先輩だった。ARCUSを使い、街中から掛けてきているのだろう。

 

4月から私達《Ⅶ組》が実施してきたARCUSの試験導入は、目覚ましい成果を見せた。

専門的なことはよく分からないが、想定していた以上のデータが得られたそうだ。

実技テストは私達の戦力を測ると同時に、戦術リンク機能の検証の場でもあった。

全てが開発元へと吸い上げられ、ARCUSの試験導入は次の段階へと進んだ。

 

それが士官学院生、全生徒における試験運用だった。

ARCUSは上半期で得られたデータを基に改良され、下半期には全生徒へ普及された。

私達《Ⅶ組》が携帯しているARCUSよりも、汎用性が高いとされる新型だった。

 

《Ⅶ組》のARCUSは『オリジナルARCUS』と呼ばれるようになり、引き続き検証が行われた。

どうして私達だけ『オリジナル』を使い続けるのか。それにも理由があるようだ。

新型はあくまで適正の低い人間でも扱えるよう改善された試作機であり、量産型。

戦術リンク機能には、まだ可能性が秘められている。それを探るには、オリジナルが望ましい。

そのような説明だったが、曖昧すぎて理解には至らなかった。

 

ランベルト先輩は勿論、ポーラも新型ARCUSを携帯していた。

私的な利用は当然禁止されていたが、今となってはそうも言っていられない。

状況を確認すると、ランベルト先輩は声を弾ませて言った。

 

『色々な話が聞けたよ。しかも嬉しいことに、何人かの士官学院生と再会できた』

「えっ。ほ、本当ですか?」

『ああ。一度合流して話をしよう。モリゼーさんと一緒に、今からそちらに向かう』

 

私は現在の居場所を伝え、通信を切った。

士官学院生か。《Ⅶ組》ではないようだが、良いニュースだ。

それに今の様子だと―――やはり彼は、ここにいる筈だ。

 

「ポーラ、もうすぐだよ。もう少しで、会えるから」

 

________________________________

 

ランベルト先輩と同様に、モリゼーさんもご機嫌な笑みを浮かべていた。

聞けば、道中に立ち寄ったレストランのピラフが絶品だったそうだ。

私もバリアハートを訪れたことは何度かある。確か、中央広場に大きなレストランがあった筈だ。

それにしても、間食にしては重い物を選んだものだ。流石はモリゼーさん。

 

「ハッハッハ!少々食いしん坊なぐらいが、健康そうでいいじゃありませんか。私はそういう女性が好きですよ」

「もー、ランベルト君ったらイケメンなんだから」

 

バシバシと背中を叩かれるランベルト先輩。

知らぬ間に随分と仲が良くなっている気がする。それに越したことは無いか。

 

「それで、街の方はどうでしたか?」

「話に聞いていた通りね。貴族民はみーんな、クロイツェン領邦軍の活躍話で盛り上がってたわよ。おかげで色々買ってくれたわ」

「・・・・・・また商売してたんですか」

「話を聞くには丁度いいのよ」

 

貴族街にはアルバレア公爵邸。東部にはクロイツェン領邦軍の拠点、オーロックス砦。

ここはある意味で、東部における貴族連合の本拠地とも言えるような場所だ。

帝国時報では、クロイツェン州は他州に先駆けて全ての反乱勢力を制圧したと発表していた。

貴族民は誰もが貴族連合の勝利を疑っていないのだろう。

西部でも総力戦になりつつあるようで、近日中には大規模な戦闘になると予想されていた。

 

「最近になって、アルバレア公の次男坊が実家に帰って来たんだって。それも街を活気付けてる要因なのかな」

「っ・・・・・・やっぱり、そうだったんですね」

 

アルバレア公の次男坊。ユーシス・アルバレア。

お目当ての人物がバリアハートにいてくれた。それを確認できただけでも十分だ。

最近になって、か。貴族連合が狼煙を上げてから、もう1ヶ月以上が経つ。

その間、ユーシスは何処で何をしていたのだろう。

 

「それと、同業者から良くない話を聞いたわ」

「良くない話?」

「アヤちゃんのクラスメイトに、ユミル出身の子がいたわね」

 

ロジーヌからリィンの話を聞いた際、モリゼーさんとの話題に彼が上がったことがある。

出身や身分についても、ある程度のことを道中に話していた。

 

「その、経緯はよく分からないけど・・・・・・ユミルが猟兵の襲撃にあったって話なの」

「えっ・・・・・・猟兵!?ど、どうしてユミルが?」

 

脈絡も無く飛び出してきた事実に、眩暈を覚えた。

モリゼーさんによれば、事が起きたのは先月末。

被害の程や詳しい事情は分からないものの、襲撃は事実なのだという。

 

あの温泉郷が襲われる理由がまるで分からない。この内戦が関係しているのだろうか。

それにあの里の人間には、小旅行の際にお世話になった身。皆の安否が心配だった。

俯いていると、ランベルト先輩の手が私の肩を優しく叩いた。

 

「きっと無事でいる。今はそう信じるしかあるまい」

「・・・・・・そう、ですね。ランベルト先輩の方はどうでしたか?」

「宿酒場でコレット君が働いていたよ。従業員としてお世話になっているようだ。それと、テレジア君とも会えた」

「2人が・・・・・・そうでしたか。良かったです」

 

コレットは無事にトリスタから落ち延び、宿酒場『アルエット』に身を寄せていた。

既に看板娘として定着しつつあるようで、職人通りでは有名人になっていた。

テレジア先輩はベッキーと同じく、バリアハートの実家に帰っていた。

トリスタに留まる貴族生徒がほとんどの中、ランベルト先輩やテレジア先輩は少数派なのだろう。

 

「他の士官学院生についても聞いてみたのだが、2人共心当たりは無いそうだ」

「こんな状況ですからね。話を聞けただけでも十分ですよ」

 

状況は理解できた。

ユーシスはバリアハートの実家にいる。それは間違いない。

そして私達の目的は、彼。彼と再会を果たすことに他ならない。

 

問題はその手段だ。

もしかしたらとARCUSで通信を試みたが、繋がってはくれなかった。

通信機能は距離や場所に大きく左右される。ARCUSは頼りにできそうにない。

 

「駄目元でアルバレア邸を訪ねてみたのだが、案の定門前払いを食らったよ。彼の先輩だと言っても、聞く耳を持たないといった反応だった」

「無理もないわね。余程の身分じゃないと、顔さえ見れないんじゃない?」

「・・・・・・ですよね」

 

ランベルト先輩で駄目なら、私は話にならない。真正面から行っては駄目だ。

顔を見れなくてもいい。どうにかして、彼と話さえできればいい。

そうすれば、きっと来てくれる筈だ。彼の方から歩み寄ってくれれば、目的は果たせる。

 

「あの、私やっぱりバリアハートに入ります」

「へ?」

「危険は承知です。でも、そうするしか・・・・・・何か、方法はありませんか?」

 

唐突に私が言うと、モリゼーさんが目を見開いて私の顔を見つめてきた。

当然の反応だが、ここで考えていてもどうにもならない。ポーラの心は戻らない。

 

方法はある。多少強引にでも、私は動くべきだ。

それにはまず、アルバレア邸を一目拝む必要がある。

2人には上手く説明できないが、何とかしてバリアハートへ入り込みたい。話はそれからだ。

 

だが一方で、やはり正面から入るわけにはいかない。検問で身柄を押さえられるだけだ。

何かしらの手段を以って検問を抜ける必要があるが、思い付かない。

取り乱すモリゼーさんとは反対に、ランベルト先輩は腕を組みながら、冷静な声で言った。

 

「アヤ君なら、きっとそう言うと思っていたよ」

「・・・・・・バレてましたか。でもいい方法が思い浮かばなくて」

「私に任せておきたまえ。まずは着替えるといい」

「着替える?」

 

ランベルト先輩は手元にあった布袋を取り、その中身を取り出した。

目を疑った。先輩が両手で広げて見せてくれたのは―――制服。

貴族生徒だけが袖を通すことを許される、純白の制服があった。

 

「ハッハッハ!テレジア君にお願いして借りてきたのだ。さあ、これを着たまえ」

「「・・・・・・」」

 

満面の笑みで、前歯を覗かせながら制服を広げるランベルト先輩。

ごめんなさい、先輩。少し変態っぽいです。

 

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馬車の積み荷に身を隠しながら、検問を通る。結局私は単純な手法を取った。

予想通り、検問の兵士は積み荷の検品をするために、馬車の中を確認してきた。

そうはさせまいと、私は積み荷の前にランを置いていた。

ランは牙を見せながら威嚇し、兵士の手が近付く度に唸り声を上げた。

兵士も面倒になったのか、全ての積み荷を確認せずに、馬車を通してくれていた。

 

変装については、ランベルト先輩の案に乗った。

貴族生徒専用の制服で身を包み、モリゼーさんによる薄化粧と、髪型の変更。

鏡を見た瞬間、お前は誰だと思った。ガイウスが見たら何と言うだろう。

 

「さて、アヤ君。あれがアルバレア邸だ」

「大きいですね・・・・・・」

 

私はランベルト先輩に連れられ、貴族街の奥部、アルバレア邸に来ていた。

途方も無い広さだった。士官学院の敷地よりも広大に見える。

門番は2人。既にこちらに気付いているようで、鋭い眼光を感じた。

私達はお互いに頷き合い、門番の下に歩み寄った。

 

「またお前か。あれ程言ったのに、諦めの悪い男だな」

「駄目なものは駄目だ。さっさと立ち去れ」

 

話に聞いていた通り、聞く耳を持たないといった様子だった。

交渉の余地は無い、か。なら、知りたい情報を聞き出すまでだ。

 

「なら、せめてユーシス様のご無事を祈らせて下さい。ユーシス様のお部屋はどちらに?」

「部屋?確か、城館右翼3階の突き当―――」

「おい、止せっ」

 

私の問いに答えかけた声が、もう1人の門番のそれで遮られた。

城館3階、右翼、突き当り。必要な情報を頭に刻みながら、私は門の向こう側を見据えた。

あの辺りか。私はその方角に身体を向け、目を閉じて祈りを捧げた。

 

「風と女神の導きを・・・・・・ありがとうございます。私達は、これで」

 

もうこの場に留まる必要は無い。動くのは、陽が落ちてからの方がいい。

私は門番に笑みを向けて、アルバレア邸を後にした。

 

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午後21時、公爵城館の3階。

ユーシス・アルバレアは自室のデスクに書類を置き、1つ深い溜め息を付いていた。

領内の警備に当たる、クロイツェン州領邦軍の陣頭指揮。初めての経験ではない。

以前から兄に習い、領内の兵士達を指揮統制することは度々あった。

考えるべきことは多数ある。外部の情報を逐一把握し、限りある資源と戦力を適切に配置する。

兵士の心理さえもがその1つ。士官学院で学んだ知識も使い、ユーシスは領邦軍の指揮を執った。

 

任された当初、ユーシスは愕然とした。

この動員は何だ。優先順位がまるでなっていない。

領民の生活と安全を第一に考えるなら、即刻対応すべき案件がいくつも後回しにされていた。

それに、兵士の誰もが浮足立っていた。圧倒的優勢のこの状況下では無理もない。

父上は一体何をしている。声を荒げたくなるのを堪え、ユーシスは街中の警備強化を図っていた。

 

「・・・・・・やれやれ」

 

ユーシスは革製の座椅子に腰を下ろし、再度溜め息を付いた。

落ち着いて身を置ける筈の私室が、どうしてこうも居心地が悪い。

 

(もう、こんな時間か)

 

午後の21時。

壁の時計をボンヤリと眺めていると―――突然、外から喧騒が起こった。

直後にユーシスの耳へ入ってきたのは、サイレン。非常時を知らせる不快な音だった。

 

「ユーシス様!」

「入れ、開いている」

 

眉間に皺を寄せながら立ち上がり、聞き覚えのある兵士の声に返す。

その声色1つとっても、ただ事ではない何かが起きていることが窺えた。

扉の先には、館内の警備に当たっていた兵士の1人が立っていた。

 

「このサイレンは何だ。一体何が起きている」

「ま、魔獣です。大型の魔獣が、突然敷地内に出現しました」

「なっ・・・・・・馬鹿を言うな、そんなわけがないだろう!?」

 

兵士は取り乱しながらも、事実ですの一点張り。

到底信じられなかった。この公爵城館の敷地内に魔獣が入り込むなど、万が一にもあり得ない。

それでも兵士の目が事実だと言っていた。突然、ユーシスは選択を迫られていた。

 

「ユーシス様、一刻も早く避難を」

「阿呆が。詳しい状況を―――」

 

自らが指揮を執るしかない。そう考えた矢先に、ユーシスは背後に何かを感じた。

この異常事態の最中に抱いた、懐かしさ。忘れかけていた気配。

 

「ゆ、ユーシス様?」

 

その正体に思い至ると、全てが繋がった。

ユーシスは知る立場にある。貴族連合が把握している情報は、彼の耳にも届いていた。

各地へ唐突に出没しては、領邦軍を退けてきた灰色の騎士人形と、その搭乗者。

蒼色に輝く巨大な神狼と―――その背に跨っていたとされる、少女の存在についても。

 

「・・・・・・すぐに避難する。お前も対応に当たれ」

「はっ!」

 

兵士が踵を返して部屋を後にすると、ユーシスは静かに扉を閉め、施錠した。

振り返ることなく、ユーシスは窓の向こう側、テラスに立っているであろう存在に語りかけた。

 

「入れ。開いている」

 

____________________________

 

メルカバのスタッフがARCUSに合わせて作製してくれた、私だけのクオーツ。

『ホロウスフィア』と呼ばれるオーバルアーツは、未完成の部分が多い。

完全に姿を消すことはできず、一目で存在がバレてしまう上に、魔獣相手には効果が無い。

実戦で使うには未だ改良の余地がある。が、今のような状況では十分にその効果を発揮した。

縦横無尽に駆け回るランに、誰もが気を取られてしまっている。

闇夜に紛れて行動すれば、私という存在は誰も認識できなかった。

 

「・・・・・・久しぶりだね」

 

窓を開けたその先に、彼がいた。

心から待ち望んでいた、級友との再会。こんな形で実現するとは思ってもいなかった。

後ろ手に窓を閉めると、風になびいていたカーテンがその動きを止めた。

 

「ああ・・・・・・そうだな。それで、その恰好は何の冗談だ」

「冗談でこんな恰好しないよ。それに、こんな方法もね」

 

こちらに振り返ったユーシスは、私を見た途端ギョッとした。

私の出で立ちは変装をしたまま。万が一のことを考え、貴族生徒に扮したままだった。

 

「フン、まあいい」

 

ユーシスは小さく笑いながら、木製の丸テーブルを挟む椅子の1つに座った。

私も彼に習い、もう片方の椅子に腰を下ろした。

 

もっと感極まるかと思っていたが、不思議なぐらい冷静だった。

ユーシスも同様だった。察するに、ランについても既に気付いているのだろう。

 

「大それた手を使ったものだな。一体何のつもりだ」

「もっと他に言うことがあるでしょ。感動の再会だと思うんだけど」

「・・・・・・言っておくが、茶を出してやる時間も無い。手短に話せ」

「まずはお互いの話をしよう。10月30日・・・・・・あの日の出来事は、私も知ってる。あれから1ヶ月の間、ユーシスは何をしていたの?」

 

私が促すと、ユーシスは目を閉じながら静かに語り始めた。

 

10月30日。

トリスタ襲撃事件の直後、《Ⅶ組》は3つに分散した。

マキアスとエリオット、フィー。ガイウスにアリサ、ミリアム。

そしてユーシスはラウラ、エマと共に、レグラムへと流れ着いていた。

 

レグラムは中立派のアルゼイド子爵が治める辺境の街。

クロイツェン州に属してはいるが、内戦の影響も少なく、身を隠すには打ってつけの地だった。

ユーシスがバリアハートへ来たのは、今から3日前。

それまではラウラ達と行動を共にしていたのだそうだ。

 

「じゃあラウラとエマも、無事でいてくれたんだ」

「ああ。それにお前は知らんだろうが、他の《Ⅶ組》の者達は、既に合流を果たしている」

「え。そ、それ本当?」

 

私が聞き返すと、ユーシスは頷きで肯定を示した。

ユーシスは貴族連合を介して、リィン達の動向を大まかに把握していた。

 

ガレリア要塞跡地での対峙と、ノルド高原における監視塔の急襲。

いずれにおいても、リィンが操る灰色の騎士人形が機甲兵部隊を退けたそうだ。

私が知らないところで、《Ⅶ組》の皆は何かを成すために、戦い続けていた。

そして無事に再会を果たしていた。この状況下で考えることは、皆同じだったようだ。

 

「そっか。ガイウスも、無事なんだ」

「神出鬼没だが、目的は《Ⅶ組》の合流にあるのだろう。近いうちに俺を追って、このバリアハートに来るかもしれんぞ」

「・・・・・・変なの。随分と他人事みたいに言うんだね」

 

他人事。私が言うと、ユーシスの表情に暗い影が差した。

私がそれに気付いたのを知ってか知らずか、ユーシスは口を閉ざし、促すような視線を向けた。

 

次は私の番か。時間も無いし、話すべきことは限られてくる。

クロスベルでの出来事については、この際後回しでいい。重要なのは、ここへ来た目的にある。

 

「聞いて。ランベルト先輩に、ポーラ。私は今2人と一緒に行動してるんだ」

 

少しだけ、ユーシスの表情が変わった。

かと思いきや、すぐに元の暗い表情に戻ってしまった。構うことなく、私は続けた。

ランと共に国境を越えたこと。アルスターに流れ着いたこと。

大森林を抜けて、ケルディックへ。ロジーヌやベッキー、そしてポーラ達との再会。

 

驚いたことに、ユーシスは私が辿った軌跡についても、ある程度のことは知っていた。

考えてみれば当然のことだ。検問で拘束され掛けた後、アルスターでの一件があった。

私とランの存在は、貴族連合の知るところとなっていた。

 

「リィンと騎士人形もそうだが、お前とあの神狼についても、貴族連合は目を光らせている。その上に今日のこれだ。お前は間違いなく、徹底的に追われることになるぞ」

「まあ、覚悟はしていたよ。でも・・・・・・他に、言うことは無いの?」

 

まただ。先程からずっとそうだった。

ユーシスと会話を交わす中で、抱きつつあった違和感。

こんな近くに座っているというのに、距離を感じてしまう。

あれ程時間を共有し合った仲なのに―――どういうわけか、隔たりがあった。

 

「ポーラは今も、虚ろな目をするばかりだよ。多分、相当怖い思いをしたんだと思う」

「・・・・・・そうか」

「そうかじゃないでしょ。私と一緒に来て。ポーラは今も苦しんでるんだよ」

「俺に何ができる。精神療法など覚えがない。それに俺は、お前達と行動を共にはできない」

「だから、どうしてそんなこと言うの!?」

 

声を荒げても、ユーシスは眉一つ動かさない。

足と腕を組みながら淡々とした口調で話すだけ。

どうしてそんな態度が取れる。4月に会ったばかりのユーシスを思い出してしまった。

 

「私と一緒に来てよ。折角会えたのに、何でそれができないの?」

「お前も分かっているのだろう。俺にはアルバレア家の人間として、貴族として果たすべき義務がある。俺は・・・・・・共には行けない」

「そんなっ・・・・・・」

 

分からないわけがない。ユーシスの立場はよく理解している。

貴族連合の中核を担う、アルバレア公爵家の次男坊。お兄さんの話も耳にしていた。

 

ユーシスの目は迷いを、考えることを諦めた人間の目だ。

貴族として、公爵家の人間として。《Ⅶ組》として、馬術部の一員として。

今ここに座っているのは、前者のユーシス。後者の彼が、何処にもいない。見当たらない。

 

「聞いてユーシス。ユーシスの立場は分かってる。色々なしがらみがあることも知ってるよ。でも私は《Ⅶ組》の、馬術部のユーシスに言ってるんだよ」

「同じことを言わせるな。いいか、これは『戦争』なんだ。兄も、父上についても・・・・・・俺達は既に、違う道を歩み始めている。もう、戻れはしない」

「いい加減にして!!」

 

聞きたくなかった。そんな言葉を貰うために、私はここに来たのではない。

私は立ち上がりながら、思い出していた。私達が共有してきた、掛け替えのない毎日。

 

ユーシスがポーラの握手に応じなかった、あの日。全てはあの瞬間から始まった。

お互いに憎まれ口を叩くばかりだった。5月の実習を境にして、彼は変わった。

時間を重ねるごとに、変わっていった。3人で放課後を共にするのが、当たり前になっていた。

 

「交流会でユーシスが言ってたことでしょ!馬の前では、私達と一緒にいる間は家名も身分も関係なく、1人の人間でいられるって、笑っていられるって!!全部嘘だったって言いたいの!?」

「・・・・・・俺は」

「諦めないでよ!ポーラと、私と笑い合いながら過ごしたあの時間をっ・・・・・・全部捨てるって言うの!?私はイヤだよ!絶対にイヤ!!」

 

言い終わると同時に、テラスから大きな振動を感じた。

―――今日は、ここまでか。いつの間にか、ランと約束していた時間を使い切ってしまっていた。

それに扉の向こう側から、兵士のものと思われる複数の声が上がっていた。

ここに私がいることも、今の怒鳴り声でバレてしまったようだ。入って来るのは時間の問題だ。

 

私は懐にあった写真を取り出し、その裏にペンを走らせた。

私達が身を潜めている、渓谷道の外れ。大まかな地図を記し、それをテーブルに置いた。

 

「一晩、考えて。答えがどうであっても・・・・・・この写真を返しに来て。大切な写真だから」

 

8月11日。泥に塗れた3人が笑い合う一時を写した、私の宝物。

ユーシスが沈黙を守りながらそれを受け取ると同時に、扉が強引に開かれた。

 

「ユーシス様、ご無事ですか!?」

「な、何だあの女はっ」

 

領邦軍の兵士達が部屋に雪崩れ込み、複数の銃口が私に向く。

お願い、ラン。窓を挟んでテラスにいたランとリンクを繋ぎ、胸の中でそう呟いた。

 

『グオオォォォッッ!!!』

「「っ!?」」

 

ランの雄叫びで窓が揺れ、兵士達が狼狽の色を見せた。

その隙に窓を開け、待機していたランの背に向かって飛び上がる。

 

想いは伝えた。あとは彼次第。

12月10日に、答えは出る。どうか彼の返答が、私が望むものでありますように。

 

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同日同時刻。

アルバレア公爵邸の一帯を見渡せる位置にある、城館の屋上。

 

「かの至宝を見守る聖獣・・・・・・あの女と共に帝国入りしたと聞いてはいましたが、とんだ所で出くわしましたわね」

 

第七使徒直属の戦闘部隊、筆頭隊士『神速』のデュバリィ。

執行者№Ⅰ、『劫炎』のマクバーン。そして―――同№Ⅷ、『痩せ狼』ヴァルター。

機甲兵部隊をも凌駕する戦力が今、公爵邸の敷地内で発生した一部始終を目の当たりにしていた。

 

「ま、何にせよ威勢の良い狼じゃねぇか。暇つぶしにはなりそうだ」

 

マクバーンは、持て余すその力の使い先を見つけ、舌なめずりをしていた。

彼にとっては騎神も、聖獣さえもが取るに足らない遊び相手。

まるで玩具を手にした少年のように、混じりっ気のない笑みを浮かべていた。

 

「クク、あの雪山以来か。言っておくが、あの女は俺の獲物だ」

 

ヴァルターも目的の少女を見つけ、嬉々としてその姿を眺めていた。

気まぐれで拾い上げた命。抉じ開けた気穴と、少女が手にした力。

物足りなさを感じるが、順調に力を育てつつある。味見をするには丁度いい頃合だった。

 

「前々から聞きたかったんだが・・・・・・唯のガキに、随分と入れ込んでんだな。お前、ああいうのが好みなのか?」

「馬鹿言ってんじゃねえ。だがまあ、否定はしねえよ」

 

マクバーンの問いに、ヴァルターは異を唱えなかった。

彼自身、不思議だと感じていた。力の片鱗はあれど、彼を満足させるには到底至らない。

だというのに、自然と少女の姿に目が止まる。

リベールの一件以来燻っていた野生が、少女のおかげで目を覚ましてくれていた。

 

「フン、どうしてだろうな」

 

その理由を知っているのは、今現在たったの1人。

ヴァルターがその答えに辿り着くのは、4日後。12月13日のことだった。

 

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同日、午後19時。

月夜に照らされた雲々の頭上に浮かぶ、白銀の巨船。

 

「―――報告は以上になります」

「フフ、実に興味深い」

 

遥か高みから下界を見下ろしながら、2人の男性が会話を交わしていた。

貴族連合軍の『総参謀』として、実質的に全軍事力の指揮を執る若者。

片や『総主宰』を名乗り、帝国全土の掌握に向けて動く、四大名門の筆頭。

 

「かつて空の女神が遣わせた蒼き聖獣・・・・・・幾百年の時を経て、この帝国の地に降り立つとはね。ルーファス君、『彼女』は今何処に?」

「申し訳ございません、直接の目撃情報は、アルスター南部で途絶えております。ですが、クロイツェン州周辺に潜伏していると考えて間違いないでしょう」

 

12月5日、ヴェスティア大森林東部の主街道。

同日、アルスター南部の森林地帯。

12月7日深夜、オーロックス砦監視塔。

そして―――『蒼の歌姫』による、情報提供。

 

総主宰は不敵に笑い、眼下を見下ろしながら上機嫌に言った。

 

「齢は千年に及ぶそうではないか。そのような神狼が何故彼女に従事しているのか、純粋に興味がある。勿論、彼女自身にもね」

「では、灰の騎士と共にこちらへ?」

「理解が早くて助かるよ、ルーファス君。是非彼女達も、我が艦に招待したい・・・・・・まだ彼女は幼い。その巨いなる力を何のために揮うべきなのか。私が直に諭してあげよう」

 

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同日、午後19時半。貴賓区画の一室。

 

「チッ、どうも高い酒は身体に合わねぇ。すぐに悪酔いしちまう」

「あら、お酒のせいかしら。あなたの気分の問題じゃなくって?」

 

帝国解放戦線、幹部『S』スカーレット。そして『V』ヴァルカン。

スカーレットはテーブルに置いていた紅茶を静かに啜り、ヴァルカンはソファーに寝そべりながら悪態を付き、酒に口を付けていた。

 

思うように気分が高揚しないヴァルカンは、水割り用の水差しへ乱暴に氷を入れた。

悪酔いをするぐらいなら素面のままでいいと、酔いを醒ますために氷水を一気に飲み干した。

 

「らしくないわね。あなたってそんなにデリケートだったかしら」

「るせぇよ。気分が乗らねえんだ」

 

身体が鈍っているわけではない。暴れ足りないわけでもない。

機甲兵の扱いの指導に訓練、前線における目覚ましい戦果。それなりの遣り甲斐を感じてはいた。

だが何かが足りない。ヴァルカンのみならず、それはスカーレットも抱きつつある感覚。

 

そしてお互いに分かってもいた。心の拠り所でもあった忌むべき存在は、もういない。

積年の恨みを晴らした今、心身共に燃え尽きてしまっていた。

 

「フフ、ならあなたにいい報せをあげるわ」

「報せ?」

「あなたがお気に入りの子猫ちゃん。どうやらこの国に帰って来てるみたいよ」

 

耳にした途端、ヴァルカンは鼻で笑った。

だからどうした。そう自分に言い聞かせたところで、再度笑った。

 

「大人気ね、あの子。№Ⅹの彼も、身悶えしながら喜んでいたわよ」

「あの変態と一緒にすんじゃねえよ。だが・・・・・・クク、気が変わった」

 

―――今日はいい酒が飲めそうだ。

言いながら、ヴァルカンは空っぽのグラスに酒を注いだ。

 

_________________________________

 

同日、午後23時。

湖畔の街レグラムにある、アルゼイド子爵邸2階の一室。

 

「ガイウス、眠れないのか?」

「・・・・・・起こしてしまったか?」

「いや、俺も寝付きが悪くてさ」

 

月光の下で、リィンとガイウスは眠れない夜を過ごしていた。

 

「やっぱり、アヤのことが気になるのか?」

「フフ、隠しても無駄のようだな」

 

12月5日。

リィンが灰の騎神に『準契約者』の行方を尋ねた際、その人数が4日前から1人、増えていた。

ノルド高原に3人。これはガイウスにアリサ、ミリアムのことだった。

他にはレグラムに3人と、バリアハート方面に1人。東部国境付近に1人。

残された人間は、ユーシス、ラウラ、エマ、サラ。そして―――アヤ。

この4日間の間に、クロスベルから帝国へ帰ってきた可能性が示唆されていた。

 

そして今日、12月9日。

ヴァリマールが探知した準契約者は、4人。

レグラムに2人。バリアハートに1人。ケルディックに1人。どういうわけか、1人減っていた。

探知は完全ではなく、地形や居場所により少なからず影響を受ける。

理解はしていても、最悪の可能性が脳裏をよぎってしまっていた。

 

「きっと無事でいるさ。ユーシスにサラ教官・・・・・・アヤも、きっとな」

「ああ、分かっている。正直に言うと、リィン。お前が少し羨ましい」

「え?」

「覚えているか?8月7日の夜に、お前の部屋で語り合った日のことを」

「・・・・・・あっ」

 

お前にも、いるんじゃないか。特別な存在が。

あの時のガイウスの問いに対し、リィンは「分からない」と答えていた。

 

「はは・・・・・・参ったな。俺の方も、隠しても無駄ってことか」

「顔を見れば分かる。お互いにな」

 

リィンは頬を掻きながら、今日という再会を噛み締めていた。

想いを明確に自覚したのも、今日。再会が叶った瞬間、リィンは自身の感情の名前を知った。

真面に顔を見ることさえできなかった。漸くリィンは、掛け替えのない唯一を手に入れていた。

 

「眠れないのも、多分そのせいさ。その・・・・・・はは、流石に恥ずかしいというか」

「その想いを大切にしてくれ。成就することを、俺も願っている」

「・・・・・・前々から思ってたけど、ガイウスって大人だよな」

「これについては、お前よりも先を行っているからな」

「先の先ぐらいじゃないか?」

「否定はしない」

 

お互いに笑い声を上げながら、2人はそれぞれの唯一を想う。

そしてガイウスは、想い人の無事を願った。目と鼻の先に再会が待っているとも知らずに。

 

12月10日。約束の地、バリアハート。

複数の意志が動き出し、一堂に会するまで、あと半日。

物語は唐突に、1つの区切りを付けようとしていた。


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