星の扉目指して   作:膝にモバコイン

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第四話 花園に集いし者たち 後編

「―――そんな訳で以上がざっくばらんですが主な注意点です。細々とした寮則等は一度に詰め込んでも下手をすれば弾けてごちゃ混ぜ、混乱の元になり兼ねないのでまた別の機会に。ただ気にかかったことがあれば、随時別途質問は受け付けていますから遠慮なくどうぞ」

 

斜め前を行くモデルの人が火急に関わる件について要点を絞って語ってくれていた。でも己が不甲斐なさの露呈を引き摺ってしまったのか……気もそぞろ、電灯の明かりで反射したガラスに写り込んだ口元は真一文字に結ばれて機械染みてる。内容が把握できないほど惚けてる訳じゃないものの苦々しい雰囲気を醸し出してて誠意に欠けたそれだ。不幸中の幸いに無様な面を見咎められてはいないけど、先延ばしされてるだけ……早ければ数瞬、遅くとも一分もすれば決定的な場面が訪れてしまう。

 

適正な舵取りも儘ならない現状に苛立ったせいか無意識に拳を力んで握りしめていた……荒れかけた内罰が生じる鈍い痛みで我に返る。手の平をそっと確かめると小さな金属片が露わになった。歪で機能美の塊でしかない銀メッキの鉄はあるだけで澱んだ心地を払う剣の役割を果たす。何の変哲もない寮の鍵、それを貸与された事実が立脚点足り得る。これはまだ誰の期待も裏切っていない証だから。

 

「ん?……おやおや~悠陽チャン口元ニヤけちゃってるよ。鍵なんて見つめちゃってさ、もしかして一人暮らしがそんなに楽しみなの?」

 

「っと、みっともない……逸る気持ちが抑えられなかったみたいです。まるでプレゼントの包装紙を破くのに夢中で、我ながら子供っぽくて呆れちゃいますね。物心ついた頃から鍵っ子だったので感慨深かったのもありますが」

 

チェシャ猫と見紛う表情で珍しいものを目撃したと、エルダーキャットにからかわれるが自業自得。恥ずかしいが背に腹は変えられない。

 

「それわかる!みくも小学校上がって少し経ったら、もう預けられてずっと身近にあるから一心同体と言っても過言じゃないかも。共働きの親が先に出かけて始まりに回転さして、終わりに戻しての往復が一日の締めくくりだった」

 

「回す度ガチャリと響く音が何故か誇らしくて、飽きもせず繰り返してた記憶があったり

……なので私も浮かれてしまう気持ち共感しちゃいます」

 

一同どうやら根っからの鍵っ子らしく話が弾む。ネックレスとして首に掛けたり、泊まり込みの日は作り置きの冷めたご飯をレンジでチンして独り夕飯等をあるあると頷き、誰もが思いを馳せて懐かしさに浸っていた。

 

「よく漫画やドラマであるけど忘れた時に鉢植えやポストの隅に、予備が備えてあるなんて都合のいいおためごかしだと思うんだ。実際同じ境遇の知り合いに尋ね回ってみたら案の定いやしなかったし」

 

「防犯意識が笊もいいところですからねぇ。一つでも紛失したら総取っ替えの大騒ぎに発展しちゃいますので、口を酸っぱくして失くさないようにと言い含められ身からすると俄には信じられない例えです」

 

不特定多数が侵入できる安直な置き場に放置するのは正気の沙汰じゃないのは同感……都市どころか地方でも日ノ本では施錠が疎かにされる方が珍しい。人口密度が極端に薄い、秘境もかくやの集落では未だ店番不在のまま営業中の駄菓子屋に無人の路上販売が罷り通って、一般家庭に至るまで鍵が鍵の役割を放棄しているそうだが……それも村民全員家族同然の繋がりで成立しているもんである。ある種村一帯が一軒の家扱いで余所と本質的にはそう大差ない。家の中隅々に監視カメラや閉ざされた扉だらけにする阿呆はいないだろう。

 

「偶に親が見送りしてくれることあったりするけど、そういう時に限って置き忘れたりするもんだから困るよね。人にやって貰ってろくに確かめもせず足がお留守で掬われる。気付いたら手遅れでドアの前で立ち尽くすとか最悪なの」

 

「頼るのが恥ずかしくて電話もかけられずに、夜までスーパーや書店を梯子して時間を潰すのが定番でした。意地っ張りですよね本当に」

 

「家族が出迎えてくれる日は無性に高揚してはしゃいじゃったりと……自覚は薄くとも振り返ってみると本当人肌恋しかったんですねぇ我ながら」

 

お国柄共働きが珍しくもない昨今だとしても、図らずも類友な境遇が功を奏する。軌跡が薪となって場を温めてくれたのだった。まゆさんは歩調を緩め、首筋に手を添え微笑して、相方は不満気な内容とは裏腹に楽しげ……自分も唇に指で触れずとも両サイドが上向いているのが伝わってくる。流れも上々、派閥があるかどうかは未知数なものの地位向上に繋がる伝手への繋ぎが取れたのは公私ともどもガッツポーズに値する。奇貨が転がりこんでくればより一層、急接近したいがそう急ぐこともないだろう。

 

薄皮一枚の下算段を重ねてると廊下の突き当りに差し掛かり、長かったようで短い談笑も終点と相成った。キーに付属する無骨な丸いプラスチックに記された番号と、ネームプレートに刻印済みの番号が一致しているので宛てがわれた部屋に相違ない……気がかりなのはモデルの人が別れを切り出さず微かに逡巡したご様子なこと。用があるのは確定で経緯を鑑みるとかなり絞れる。推測が外れてはいないはずだが……空振りでも失点にはならないから機転を利かせてしまおう。

 

「佐久間さん、立ち話もなんですし寄って行かれますか?碌なお構いも出来ませんので無理にとは言いませんが」

 

「誇張も謙遜もなく正しく、もてなせないけど大丈夫?辛うじて水道水は飲み放題でも……器ないから直飲み一択じゃん。まぁお茶会を催すつもりじゃないのは察せるけど」

 

蛇口を捻って髪をかきあげ、喉の渇きを癒やすのはうなじを晒すことになる。小ぶりな喉仏が上下するさまも加わり艶かしさすらある光景だろう。世の男性諸兄にはグッと来る仕草……惜しむらくは学校公園にあるタイプとは用途が異なるので絵面が相当不格好になってしまうことである―――実現しもしないので凡そ益体のない思考だった。

 

「お招き受けさせていただきます。老婆心でお部屋の間取りに説明するつもりでしたが、口頭では限界もありますし……実物交えてやれるに越したことはありません」

 

納得したのか余計な気遣いにならずよかったねと目配せしてくる。二人してこちらこそ願ってもないと頭を下げ、引き続きガイドしてもらうのだった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

シンデレラガールズ『星の扉目指して』 第四話 花園に集いしものたち 後編

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

ノブを捻ると湿気った空気が届き肌寒い。境界の内と外、空調の有無が大差の源。体育倉庫にあるような停滞した埃っぽさはないので取り急ぎ換気に走る必要はなさそうだ。今日中にはやるつもりだが、態々部屋で擬似冷蔵庫体験共有会はデメリットしかなかった。

 

「二人共入ってすぐ段差がありますから注意してください。玄関にある棚は寮内が土足厳禁、普段室内履き以外の使い道がなくて勿体ないので収納スペース有効活用のため、手頃なシューズラックを購入してみるのが私的にお薦めです」

 

「輝かしい未成年は物欲も大きい物……手狭じゃなくとも選択肢はあればあるほど嬉しいよね」

 

「同感です……まぁ反比例するかの如く懐事情は往々にして焼き畑繰り返してぺんぺん草も生えなかったりしますが」

 

心当たりでもあったのか固まったものの、売れっ子になればついでにお小遣いもといお給料も増えるし!と奮起するみくさんである。生々しいが動機が増えてより一層励めるのだから悪くない。金は手段で可能性の切符だ、手段と目的が入れ替わった拝金主義にならなきゃ健全な証拠だろう。

 

「ご覧のとおり居間に繋がる進路上にキッチンが用意されています。小規模ながらも家庭料理の類なら早々不便ないと保証しちゃいますよ……もし凝ったのをご所望なら寮母さんから食堂にある厨房の使用許可を頂いてからにしましょう。私もよくお世話になっていますので」

 

「スキルアップするのにうってつけの立地なのもいいですね。指導員は依頼しないとでしょうけど、忌憚ない意見をくれる試食の方は宣伝せずとも訪れそうですから」

 

「講習会開く時はみくも呼んで欲しいにゃ。馴染みのある調理器具はトースターや湯煎用の鍋に電子レンジぐらいしかないもん。自炊するにも独りじゃ満足できそうなヤツ作れるヴィジョン描けないかな……」

 

歯切れの悪さから彼女授業の実習以外手付かず同然で、とうに錆びついていると察っせられた。発達した現代、広大な電子の海から探しものを容易に引っ張ってこられるものの結果を示すのみで過程の是正まではしてくれない。最後にものをいうのは生身の人間である……なわけで監督役に立候補するのも吝かではないが、適任にこそやって欲しいもの。

 

「食堂の営業も平日は朝夕の数時間だけですからねぇ……職業柄お仕事の終業が割りと不定期な面がどうしてもありますし、自前が閉ざされてしまうと外食ばかりになっちゃいます。よければ同じ誼で教師役務めますよ?直近はスケージュールが埋まってますので、今日明日中にとはいきませんけどね」

 

その言葉が聞きたかったとばかりに嬉々として荒ぶるエルダーキャット、差し詰めまたたびに飛び付く猫でしたとさ。有力者が面倒見よい方でめでたしめでたしであった。

 

「面倒見がよいだなんてそんな……まゆも意外とドライですよぉ。なにせ目がドライですから」

 

と謙遜するのは流石にどうかと思ったが、後日高垣さん直伝と耳にして先輩の影響は色んな意味で大きいのだなぁと納得した己である。

 

 

 

リビングは女学生がなるたけ身一つで越せるよう予め運営が配慮したであろう家電に家具の数々が鎮座していた。複数の棚にレターケース、テーブルやワードローブ……果ては一人部屋に置くには高価なインチのTVと至れり尽くせり。自分の意志で持ち込んだのは両方含めノートパソコンのみという充実っぷりだった。

 

「パンフレットの記載を熟読して、把握してたから骨折り損しなくて済んだね。無用の長物は厳選の時弾けたにゃ」

 

「ポカに気付いて発送して速攻元の住所に発送する蜻蛉返りは虚しすぎます」

 

人間で表すと社長面接で内定くれたのに翌日お祈りメールくらう肩透かしではなかろうか?魂があればさめざめと泣いてもおかしくはない。

 

「強いて足りないのを挙げるとすればい草を編み込んだ敷物、和のトレードマークたる畳かな。畳の上に炬燵、蜜柑のすい甘いに一喜一憂して猫と戯れるのが理想だもん」

 

「うふふっ、リゾートホテルじゃないんですから和室洋室なんて選べませんよぉ?心擽るシチュエーションですけど」

 

「縁側で日向ぼっこしつつお茶を啜る……偶に追われるのを忘れて長閑さ満喫するのに憧れません?」

 

建築方式が西洋風故……物理の範疇でホームシックに罹る奴がでそうである。閉めきった窓から覗く雲間を尻目に、予防に城郭図鑑でも借りてこようかと的の外れた思考が浮かんでは消えていく。

 

「―――そういや悠陽チャンとこ先にみれたんで胸のつかえが下りちゃったけど……業者さん一緒だったよね?」

 

「えぇ、そうです。入る瞬間ドキドキしたもののダンボール全部無事で一安心です。割り当てられた担当さんがものぐさな人たちだと重量?知ったこっちゃねーと積み上げて、はいさようならコースもあり得たので……」

 

「ダンボールが段ボールになっちゃうと上下の重量差で歪んじゃうし、到着と並列して片せるならまだしも、半日以上置きっぱだからね。ババ引いたら目も当てられないの」

 

衣類を下にして書籍にガラス製や陶器を上層に配置されると経過とともに佳境に突入した達磨落としと化す。最悪決壊して粉微塵になってしまうので冗談抜きで断固拒否。

 

「あぁ……それなら家は心配とは無縁です。出入りに作業もきっちり見張っててくれますから」

 

「え~と、寮監さんがですか?なら納得―――」

 

「寮母さんもですけど大多数は守衛さんたちが、です。終日スタッフ含め男子禁制の花園も特別な時は立ち入りが許されます。頼りになりますよ。」

 

あの如何にもな体格の御仁が連なり監視している状況……まともな神経の持ち主であれば労働に精を出さざるを得まいよ。

 

「不埒な真似に及ぼうものなら、有名な宇宙人が万歳状態で連行されてく写真みたいになりそう。い、威圧感で思わず手元が狂いそうな現場じゃん」

 

「セキュリティーは万全ですよ。運営の対応としては花丸です……え、絵面が暑苦しいの除けば」

 

佐久間さんの他意なき天使さの裏に……貫禄を錯覚してしまう物騒さである。よくアイドルは堅気と住む世界が違うと揶揄されるが正にその通りで、骨の髄まで庶民感覚が染み付いた我々には刺激が強かったのだろう。にわか勢は一様に身体を震わすのであった。

 

 

 

「―――さてまゆの私見交じりな設備の用途実践講座も粗方終わり。駆け足ながらお付き合いお疲れ様です。挙手がなければお夕飯まで自由行動ですので荷解き頑張りましょう」

 

「ん~と、一個だけ尋ねたいことがあるんだけどいいかなまゆチャン?」

 

首を傾げて悩ましそうに尋ねる同期の桜に彼女は首肯して続きを促す。

 

「入室の時、チャイムが見当たらなくて不思議に思ったんだ。安普請な下宿先と違ってノックじゃ届かなそうだなぁって、それこそ集中してたら借金取り並みの勢いのドタバタじゃないと気付いてもらえなさそう……すんごい不便じゃない?」

 

「確かに来訪の意思疎通に支障を来す環境ですね……佐久間さん、寮生間の所謂暗黙の了解ってのありますでしょうか?これに関して」

 

「ビンゴです。夜になって帰宅したメンバーも集めてからお教えするつもりでしたが、一足先にネタばらししちゃいます。やっぱり、気になりますよね」

 

曰く来訪通知は各自の携帯メールで遣り取りするのが慣例とのこと。想定されたパターンの内、最有力だったがこれは正直意表を突かれた。効率面なら相応しいものの信用もへったくれもない新参に渡すかどうか怪しいところだったからだ。

 

「携帯は美城より業務用のをみんなが受理してます。漏れがないですね」

 

「お二人には先んじてアドレス渡しておきます……順々に赤外線やっちゃいましょうぉ」

 

「メーカーも機種もお揃いだから恙なく交換出来てるのすばらだにゃ」

 

「赤外線機能廃したやつ巷に溢れていて、手間かかることもしばしば。ガラゲーよりタイピング速度劣るのが焦れったさに拍車かけてます。」

 

常にメモの切れ端に記載したのを財布に締まってあったり。

 

「タッチパネルは押した感覚ない上、触れたらすぐ反応して書き直しに繋がり易いのがなんとも……他は文句ないから後悔はしてないけどね」

 

棚から牡丹餅、意図せぬ戦果を挙げたわけだが気軽に使うのは躊躇われる。差し当たっては間合いを計り処さねば。

 

「ふむふむ……んじゃあお暇するね。それにしても何時も服装含めて大人っぽい風なのに、インテリアは可愛らしいじゃん」

 

「意外そうにされてますが……子供っぽくて不似合いだったでしょうか?」

 

「んにゃぁ、キュートでみくにだって負けてないぐらいぴったしカンカンなの。ねっ!まゆチャン」

 

「はい、桃色のドレッサーに、お揃いの色なサクラが刺繍されたカーテンも持ち主である悠陽さんの暮らしに溶け込んでいますので」

 

突っ込まれなきゃ知らぬ存ぜぬ通そうとしてたものの……とうとう突っ込まれた。親が奮発したのか見覚えのない少女趣味全開なエトセトラが散らばっていて目眩がしそう。

 

「いっそ壁紙もピンクにすれば統一感あるかも?」

 

去り際冗談めかしに零した台詞が現実味を帯びて我知らず、背を壁に預けてずり落ちてた。もし弄くっていい範囲に指定されたならあり得たかもしれない未来だった……

 




なんとか帰ってこれました……二期が始まる前に滑り込めたようです。
今年中に前日譚終わらせて、一期始めたいところですね。

―――それでは次の話でまた。

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