星の扉目指して   作:膝にモバコイン

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第四話 花園に集いし者たち 中編

 

物怖じするものかと酸素を取り込み、気を溜めてゲートを潜る。守衛に身分証を提示したところ、職務遂行熱心な探るような値踏みが一転して、歓迎の意を露わに略式の敬礼でお出迎え。

 

「皆さんに頑張って夢を届けてくださいね……さぁ!お嬢さん方どうぞお通りください」

 

偶像、アイドルはお茶の間の老若男女に夢を届けるのがお仕事である。声援によってそれを再度自覚した。新天地で凝り固まった楔から解き放たれ、新しい自分、新しい生活を始めよう。そう……ここ346プロのアイドル部門で湯島悠陽を始めよう。

 

 

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シンデレラガールズ『星の扉目指して』 第四話 花園に集いし者たち 中編

 

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湿気った空気は近い将来の一雨を予感させる。多少上向いた心地の中、門から寮へと続く短い道で風に揺れる木々が奏でる葉擦れの音に耳を傾けていた。風に吹かれて相方に急かされると、手持ちの花の香りとは異なる香水みたいな芳しい匂いが鼻を擽っている。匂いのもとを辿れば、知らぬ間に開け放たれていた入り口に独りの少女が佇んでいた。

 

「―――こんにちわ。今日から入寮する方たちですよね。うふっ、気になることがあったらなんでも聞いてくださいね?」

 

「ご、ご丁寧にどうも……」

 

瞬間、美しさに妖精か何かかと見紛い……妄想も甚だしいと一笑に付すも、次なる衝撃の事実に言葉を失わざるを得なかった。肩まで掛かるふわふわヘアー、少し眠たそうなたれ目にゆったりとして懐に入り込むような喋り方……間違いなく昨日までは一方的に記憶していた人物だった。

 

「申し遅れましたが、私は佐久間まゆと申します。悠陽ちゃんにみくちゃんですよねぇ?今日からよろしくお願いいたします。さっ、ホストの私が案内しますから付いて来てください」

 

「ま、まさかまゆチャンにエスコートされるとは想定外……こ、腰毛引けちゃうの。悠陽チャン、みく粗相してない……よね?」

 

「互いにミスらしいミスはありませんからご安心を。ですが……内緒話してると感じが悪いので打ち切りましょう」

 

思わぬ大物の登場に尻込みする我々である。346プロでアイドルデビューを目指すに当たって、外よりまず内に注視すべきと判断。所属する三桁近い膨大なメンバーを優先順位付けながら、ちょっとした受験科目並みの労苦を以って最低限頭にプロフィールを叩き込んだ結果、佐久間まゆという名前は脳内項目で上から数えて一桁台に位置するVIPだ。駅前にポスターが張られ、自前の料理番組にレギュラー多数、雑誌の表紙を務める引っ張りだこっぷりで、トップを名乗るのは憚られるものの、売れっ子を銘打つには十分な人気アイドルだった。……なわけで、殿上人から下々に前触れ無く手を差し伸べられたら狼狽せずにはいられない。

 

先輩なぞ緊張のあまりブリキ人形の如く、ゼンマイ式染みた角ばった挙動をして、お目々もグルグル、正気の早期な帰還が危ぶまれていた。社内で稀に遭遇しても会釈だけで擦れ違ってた物理的距離と反した心の距離感が打ち砕かれて、落差に戸惑うのも致し方なかった。意識していただけに、振る舞いを即応して変えるのは簡単じゃない。かく言う己も単騎ならまず同じ轍を踏んでたろう。自分より泡を食っているエルダーキャットが居てくれたおかげで平静さを取り戻せただけ。

 

「本音を言えば畏まらずにいて欲しいですけど……私が逆の立場の時に頼まれてもリラックスできるはずありませんから、緊張するなとはいいません。ステージ外で経験する人間関係の失敗と成功はすべてが糧になります。火傷が浅くて済むここでみなさんとじっくり学んでいきましょう。まゆも胸をお貸しいたしますから」

 

背丈はそう変わりないのに彼女が大きく見えた。口当たりの良い台詞でその場凌ぎの道化と違って発言の重みが違う。無駄に老化した子供な大人には眩すぎる。

 

「同じ屋根の下共同生活する仲間に過度の遠慮は無用ってこと……なのかな?」

 

「でも親しき仲にも礼儀あり。そこら辺の線引きも含めて勉強しろってことですね」

 

「ふふ……私、お二人とは仲良くなれそうです。新入生到来に期待と不安で胸がドキッってしてましたが、今は素敵な暮らしへの高鳴りでハートがドキドキしてます」

 

佐久間さんはゆっくりと口元に手を当ててくすくすっと嫌味なく笑った。品が良くしつけが行き渡った所作で……本物とはこういうものだと否が応でも実感させられる。

 

「ふわぁ、まゆチャンとっても見返り美人さんなの。歩いているだけで絵になっちゃうとか……モデル畑出身なだけあるよ」

 

「正確には元読モで、モデル歴と芸歴合算すればベテランで大先輩ですよ」

 

周囲は歳相応な娘たちも多いが、それに比肩するほど大人びた者も多い。権謀術数渦巻く芸能界は幼年期を縮めてしまうのだろう。バイトが許されぬ歳でも子役は社会で働きに出て責務と報酬に関与するのだから、無責任は咎められてしまう。仕組みに小さな身体で挑まされるのだ……純粋さを保っていられるか性格による。前者はみりあちゃんで、後者はおそらくモデルの人。

 

 

「一緒の志を持つ者が集う花園へようこそ。僭越ながら一同を代表しておもてなししちゃいます。外履きはシューズボックスに収納して室内用に履き替えてしまってくださいね。持参してないのなら、来客用スリッパがありますから」

 

「上履きをバックに入れてますのでお構いなく」

 

「荷物は既に部屋に配送済みなので非常に楽ちんだし、これぐらい手持ちに備えとくのがエチケットなの」

 

ドアを閉め、返答しながら中に入る。外気の冷たさと反する暖かい流れに包まれた。

 

「余計なお世話だったかしら……どうしても後輩にはお姉さんぶりたくなる時があるので、鬱陶しがられない匙加減を覚えないと」

 

「佐久間さん、どうかこれを受け取って貰えないでしょうか?私たちの入寮にあたって、先達方にお贈りする心ばかりの品ですので、よければ飾っていただけると幸いです」

 

目当ての建物、エントランスにある下駄箱にて、花束抱えたままなので片手じゃ開けるのも探るのも一苦労だ。佐久間さんはことを済ませている……手渡してももう邪魔にはなるまい。みくさんと共に恭しく腰を曲げ、貢物を献上する。お辞儀する直前に盗み見た限り感触は悪くなさそうであった。

 

「純白のガーベラにパープルのローズ……華やぎます。ファンの方からのプレゼントとはまた別の感慨が込み上げてしまいますね。とーっても嬉しいです。廊下にある台座に置くのと、食卓を彩るのどちらがいいでしょうか……でも迷ってお待たせするのも名折れですから取り敢えず、小梅ちゃんこのお花持っていって貰えません?談話室までいいので」

 

「う、うん……案内で手一杯……みたいだから手伝うよ。花瓶は……食堂にある空のを使っていいんだよね?」

 

通りかかった新たなる住人との邂逅に染みのない天井を仰いで深い息を吐き、ゴムタイルの床に放置されたパンプスを拾う。己があまりにも甘かった。小柄で金髪、某目玉の親父の息子のように右目が髪で覆われた少女とくれば、該当するのは大凡独り。

 

「白坂小梅チャンとはね……覚悟はしてたつもりなのに腰が引けそう。経験ないのにあった根拠のない自信が木っ端微塵だよ……」

 

「特にミーハー気取りじゃありませんが、界隈の有名人な顔ぶれと生で触れ合ったおかげで……鈍感だった現実感が急に熱を帯びてやってきてしまいました。知人友人がよしみでサインを強請る環境ですよこれ」

 

「男子なんか、代われるものなら泣いて喜ぶんじゃない。テレビでしか普段会えない綺麗どころ揃い踏みで、ハーレム物の主人公張れるじゃん」

 

泥船で胡座をかいて踏ん反り返っていたのに等しい、舐めるのにもほどがあった。ところで会話の途中にも出たが、ハーレム系の主人公ってそう羨める配役だろうか?アニメや漫画に則した世界でも、主要キャラは同性ほぼ自分オンリーで他異性尽くしとか割りと死ねる。同じ視点や悩みを共有できる奴皆無だったら、ストレスが鼠算式に増えて胃に風穴が開いて入院待ったなしだ。あんなもんは意図的に難聴と男女関係のみに鈍さを発揮させられるスキル持ち以外無理無茶無謀である。

 

「リアルで欲にかられてやったら、碌な目にあわない気がひしひしと……私は指名されても受けるつもりは毛頭ありませんね」

 

「みくだって逆ハーでもお断りにゃ。好かれるにしろ嫌われるにしろ……肉食獣の群れにチワワ投げ入れるようなアカン奴だよ。前途有望な将来を棒に振る気はさらさらないの―――やっと開けた未来なんだから」

 

「鴨が葱を背負って来た上でガスコンロまで完備とか、身の危険以前に落ち度しかありません」

 

人それを自業自得という。さて……精神衛生の猶予のために逸らしたものの、いい加減脱線極まりないので閑話休題。先方の遣り取りも終盤に差し掛かっている。

 

「出しっ放しだったティーポットも……片付けとくね。相互扶助だし」

 

「うふ、小梅ちゃんありがとうございます。埋め合わせに今度お暇を作って、お付き合いしますよ」

 

両手ともダボダボの裾で渡されたブツを抱える小梅さんことキタローさんに、そうモデルの人は人差し指を顎に当てて提案した。

 

「あの……ならちょうどレンタルして来てたDVD夜でいいから一緒にみよう?返却期限近いんだ……そこ延滞すると高くつくの」

 

「えーと、たぶんホラーですよね?それはちょっと……遠慮したいかなぁと。他はありませんか?」

 

「う~ん、こ、こないだ三人で視聴した時、まゆさん寝落ちしちゃったから……布教のリベンジにって考えたけどダメ……かな?」

 

「あれは……睡眠欲に負けたんじゃなくてですね。満を持して登場したおばけキノコに、輝子ちゃんが興奮のあまりシャウトしたせいで気を失ったんです。決してつまらなかったわけじゃありませんよ……ほ、本当です」

 

活き活きとし始めるキタローさんとは正反対に、涼やか雰囲気が崩れつつある……どうやら墓穴を掘ってしまったらしい。触らぬ神に祟りなしとも云うが棒立ちは寝覚めが悪いし、採点するならマイナスだ。停滞する場を打破するのには部外者の介入もありだろう。

 

「―――お話中横からすみません。佐久間さんがお忙しようでしたら、僭越ながら私が参加してもいいでしょうか?親交を深めるいい機会ですので」

 

「いいよ、楽しくなりそう。タイトルはデスバーガーで……スプラッターなシーンも多くないからおすすめ……入門編期待してて」

 

公式サイトの記述通り、恐い系統の娯楽がお好きなようである。得意じゃないが最早賽は投げられた。

 

「悠陽ちゃんだけ行かせるのはいけませんよね……ま、まゆも逝きます!」

 

「え?え!?み、みくも仲間はずれはイヤなの。つ、着いてくにゃっ」

 

出たとこ勝負でなるようになれと腹を据えると、それぞれ先輩の沽券と疎外感から名乗り出てしまった。道連れが複数になるのは朗報だが、膝の震えが隠せてないご両人が別の意味で怖い。

 

「前より賑やかになって……あの娘も喜んでる。夜に……また」

 

意味深な台詞を残して去っていったのだった。

 

「むむ?まゆチャンたちって三人で映画みたんだよね……あの娘って誰?実はお話にはでないだけで四人目が居たりした?」

 

「いえ、確かにお部屋には私に小梅ちゃん、輝子ちゃんしか居ませんでした。飛び入りはなかったですし……」

 

噂によれば白坂さんは霊感が人一倍強く、霊界とも交信できるのだそうだ。途端ある可能性が浮上する……期せずして全員がイコールで結ばれた結論に辿り着いたのだろう。考えこんで俯いていた瞳がハッとして重なりあう。

 

「好奇心は猫をも殺すと諺にもありますし、あ、安易な探究心は止しましょう……この歳で夜更けにお手洗い独りじゃ躊躇するとか、明日の朝日が拝みたくなくなっちゃいます」

 

青ざめた顔で首を勢いよくぶんぶんと縦に振るお二方。我慢して起きたら、寝具に世界地図が爆誕とか証拠隠滅の前に首吊りたくなりますよね。幽霊が実在するかどうかはさて置き、超常現象が三度の飯より好きなんて娘が皆無なのだけは明白だった。

 

 

水滴が金属に打つかった時に鳴るのに似た、トタン板を駆け上がる時に響く音が好き。佐久間さんの後ろをついて住まいへと向かう。

 

「お部屋は二階になります。鍵を一足先に渡しておきますね」

 

階段を上がっても築数年の真新しさでは、年月の重みとは無縁で軋みを鳴らすはずもなかった。これはこれで建物と二人三脚で風情を形作る余地がある証左で、積み上げていこうという気分になれる。

 

「いよいよ一国一城の主ですね。柄にもなくなにやら緊張してきました」

 

「みくはこの手のシチュエーション慣れっこだから、そんなでもないね。寂しかったら添い寝してあげてもいいよ?どうかにゃ?」

 

「―――の割に、みくちゃん視点が定まらず、そわそわしていますけど。耐えられないようでしたら、胸に飛び込んできても構いませんよ」

 

表面上は平和そのものでも、芯の部分はやはり引きずったまま。これは上映会とその帰途に盛大なフラグが建設されてしまった気がする。修学旅行みたいに雑魚寝もあり得るかもしれなかった……

 

「そうそう。ティータイムをとってじっくり説明したかったのですけど、引っ越しのお掃除の方が重要でしたよね。なので道すがら、最低限困らないよう規則をお教えしておきます。食堂は寮母さん手製で美味しいです。特に日替わりセットのおかげで飽きがこない心配りと相俟って、ついつい毎日足を運んでしまうかと。留意すべき点は夜八時閉店ってところです」

 

「間に合わないようであれば、自炊か出来合いのお惣菜でどうにかしなさいってことですね」

 

「身体が資本だから、好物だけバカ食いしないで栄養バランス計算しなよ悠陽チャン」

 

「一日三食キチンと摂って三十品目を目安にですね。大体のカロリーに至るまでメモってますから」

 

そこまで太りやすい体質じゃないし、痩せているのだけれど……慢心はできない。最近かな子さんと会う度、まぁまぁお菓子どうぞと胃に送られて間食が増えがちなのだ。その分削らないと皺寄せで饅頭に成りかねない。

 

「門限は消灯の二十二時と連動してます。ちょっぴり今どきの娘には、窮屈で堅苦しいかもしれませんが堪えてくださいね」

 

「厳しい……ですかね?別段おかしいとは思いませんが」

 

「うん。外出届けがなきゃ滅多に出歩けないレベルなら、息苦しくて勘弁だけど。夜9時超えても窘められないとか温いじゃん。夜遊びするつもりもないし」

 

「遊ぶために招かれたのではなく、アイドルとして期待されたからここにいるわけですもんね」

 

軌道に乗るまではレッスン漬けと下積みの日々である。余暇も付き合いとその折衝に割かれるはずで……門限に関係なくやることは決まっているのだから。残念なのはコンビニの早売り週刊誌を朝まで待たねばならないことぐらいで、些細すぎて問題にもならない。

 

「自覚、意識が高いので、お仕事の方面についての心構えを説く必要は無さそうですね。安心しちゃいました……でも休むこともお仕事です。次に備えて適度に息抜きもしちゃいましょう。根を詰めすぎても毒ですから」

 

モデルの人の忠告は正しく余裕は大事だ。しかし己が持つには難しいモノで……自分に自信があるからこそ余裕は生まれる。他人に認められない自分につける値打ちはなく……不正解と知りつつ間違いを重ねることでしか正解を得られなかった。

 

―――なんて矛盾……度し難いほど面倒臭い。

 

 




あとがき
このお話を投稿した頃にはもうアニメ版一期最終話が放映している頃でしょう。
GOIN'!!!の場面は今も繰り返し見ています。
さて、アニメ版ユニットソングCDはどれも素晴らしいものですが、個人的には
凸レーションのLET'S GO HAPPY!!が一番テンションが上がる曲で好きです。

―――それでは次の話でまた。

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