星の扉目指して   作:膝にモバコイン

5 / 15
第三話 マリオネットの激動 後編

初体験というのは大抵苦い記憶の連続。痛みを伴い胸刻む―――特に女の場合。

 

「よしっ!そこでやめ。規定のメニュー消化を以って本日のダンスレッスンを両者終わりとする。共にカンフル剤は過剰でもいい刺激に繋がる濃密な時を過ごせたんじゃないか……お疲れさん」

 

「ふぅ……ご指導ご鞭撻……ありがとう……ごさい……ました」

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

勝るところは全力に、長所持ち味活かすべく礼儀は貫く。喉から音を絞りだす余力なく、軽い黙礼項垂れるライバルに差を付けられる数少ないチャンスだ……手を抜ける筈もない。

負けるにしても比較の舞台の機会すら与えられぬ端役はお断り。

 

「先任には平常でも……初体験した連中にはちと重労働。慣れないことした反動で随所に負担を強いたから柔軟はしっかりな。私は報告があるのでここを空ける。戻ってくるまでを体調管理に充てろ。終わりじゃなく次があるからな……次が」

 

返答要らずと出て行くと、張り詰めた空気が心持ち和らぐ。頬と毛先から滴り落ちる汗は地を濡らし、子鹿のように震えそうになるのを無理やり固定した戒めを解きたい。だが……油断大敵衆人環視、危険域に膝まで浸かっても座るのは最後である。

 

「みくたちは試験官じゃないから肩肘張ることないにゃ。我慢大会大好きっ子じゃなきゃ、そっちの娘みたいに胡座かいてリラックスするぐらいが丁度いいかも?」

 

「そうそうークタクタじゃハピハピ出来ないにぃ……こっち来て座って一緒に体操しよ?」

 

率先して座る二人に強情張るのもいい加減引き際。不快は避け、お言葉に甘えるのが上策だろう。ヘッドフォンの君は―――

 

「ねぇお姉ちゃん、ポカリ飲める?大丈夫?」

 

「問題……ないさ。ロックの……申し子たる私が……朝飯前の試練に……躓くわけ……ぐっ!?ゲホッゲホッ!?」

 

咽ては疲労困憊。息上がってるのに格好つけて、呷るよう飲んだせいで気管に混入してしまったのだろう……己まで心遣いを台無しにしては立つ瀬がない。止まぬ咳込み、放って置けなくなり駆け寄ろうとすれば目配せで制止、次いで手招き。

 

「あっちはみりあチャンに任せて、新人チャンはストレッチ手伝って欲しいにゃ~」

 

「にょわー☆きらりは、追加のドリンクと雑巾持ってくるのー」

 

「いたいのいたいのとんでけーっ!」

 

視界の片隅で推定10歳前後の小学生に懸命に背中擦られる高校生……中々なプライドに罅入りそうな絵面である。悪意なしの純粋善意の塊で、振り払うのはもっての外。故に当人も感情ミキサーにかけたごった煮な顔でされるがまま。ことここに至っては見て見ぬふりが最大の配慮、明日は我が身と震えが奔った。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

シンデレラガールズ『星の扉目指して』 第三話 マリオネットの激動 後編

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「身体が堅いつもりはありませんけど、目まぐるしさの連続で少々バテ気味。邪魔になるようであれば叱ってくださって構いません」

 

「他のちっちゃい子は目上相手でもフランクなせいか、困惑するぐらい礼儀正しいのにゃ……とりま、解し終わったら長座体前屈から流すよ」

 

先輩は敬われて嬉しいのに落ち着かないご様子で、着け耳ピクピク摩訶不思議。酷使したアキレス腱を中心に伸ばしたら、二人一組でいよいよ開始となる。譲られた先方の準備に腰を左右に捻って備えた。

 

「ゆっくり押すから身構えずともオッケーにゃー。もし痛かったりしたら歯医者の要領で手を挙げてね」

 

「んんっ……ふぅ~はぁ~……」

 

「悪くないどころか、詰まらずに踵を手の平で掴めてるとは……謙遜かにゃ~。達成感があるからって、頭を膝にごっつんこさせちゃう効果半減な人も多い中花丸あげちゃう」

 

体育館の床と例えれば連想し易い木目のフローリングの上、焦らず手探りで可動域の限界探るやり方のおかげか負担が低く、丁度いい重り。呼吸のタイミングも合わせやすい―――いや訂正、合わせてくれてる辺り貫禄を十二分に魅せつけてくれている。自分が気遣うなど畏れ多い場違い。悔しいけど頭が上がらない……ならせめて素直に。

 

「前川先輩でしたよね?実力を存分に発揮出来てるのは、無遠慮な力押しを廃した貴方のおかげです。丁寧な導きに感謝を」

 

「あ~!?こそばゆいにゃ!みくはそんなつもりじゃなくて……卑怯な手が嫌いなだけなの。正々堂々戦ってデビューの座を勝ち取ってこそのアイドルにゃ。新人チャンも競争相手、履き違ちゃ駄目だよ」

 

「あははっーみくちゃん照れてるぅ♪私知ってるよ~そういのツンデレっていうんでしょ?」

 

幼さから生れ出ずる無邪気な一撃。怖いモノ知らずの特権だ……とてもじゃないが真似できない。やったら、あざとさ垣間見える事故発生。

 

「ハァッ!?妙なレッテルのキャラ記号に当て嵌めるのは御免だにゃー!訂正を要求するの」

 

「なんでなんで~?同じ道目指す仲間だし、みんな仲良くするのってイケナイことなのかな?お友だちだと感じてたの一方通行?もしかして……みりあのこと嫌い?」

 

「か、勘違いじゃないから目頭うるませるのは勘弁して!?う~ズッこいにゃ。そんな風にされたら否定できるはずないじゃん」

 

えへへっと泣いたカラスがもう笑う。無意識に論点すり替え、怒涛の攻めで畳み掛けるとは末恐ろしい。短めな髪を外ハネツーサイドアップに纏めた元気印の快活さ溢るる女の娘、赤城みりあ。畏敬の念を込めて内心、無邪気の星と呼ばせていただくとしよう。

 

「ふふっ……ふふっ―――」

 

「むぅ~慌てふためくの面白がるなんて酷いにゃ……失望しました真面目チャンのファンやめます」

 

候補生ですらない露出ゼロの即席にファンとは妄想の産物。いないモノを騙るとはこれ如何に……しかし、不覚にも、まるで意図せずクスっとしてしまった。地金を刹那であっても光に晒すとは迂闊である。人前で作り笑い以外をしなくなったのに、素を引き出されるとは嬉しいが悲しい二律背反。

 

「ちょっとした意趣返しだよ。冗談だから気に病まないでくれにゃ……皮肉のチョイス突き刺さったなら悪かったから」

 

「いえいえ、礼を逸する態度を取ってしまった私に全面的な非があるかと。謝るのはこちらのほうです」

 

「―――握手しよっ!しわ寄せたお顔突き合わせるより、仲良くしたほうが絶対いいもん!」

 

停滞を打ち破るのは何時だって、貫ける人。ともすれば敬遠されがちな無垢故の邁進もベクトルが暖かな雰囲気へと向かうおかげで、厭な心地がせずほっこり。有限実行、両者の虚空を彷徨う腕を繋げ重ねた。こうまでされて尾を引くのも阿呆らしいと互いに苦笑……気不味さも消え失せている。

 

「じゃあー♪ペアで背中合わせヤツやろ。莉嘉ちゃんは大切な用事があるからってお休みで、似たもの同士な背の人見つかんなかったから助かっちゃったっ!」

 

「仰せのままに、赤城先輩。お手を拝借」

 

半刻も経たない間柄で、酔ってるせいかもだけれど……仮面の首元にある窮屈なネクタイ・リボンをつい緩めてしまう雰囲気に呑まれるのが、毒なのに避けたくないから困ってしまう。無邪気の星も、口調とは裏腹に優しさ滲む、頼もしさと親しみやすさを併せ持つ、ハイブリッドなエルダーキャット、前川みくとも一会で別れるのを惜しむぐらいには好いてるせい。346でスタートラインに入場できなきゃ別れはすぐそこ……現実は容赦なかった。

 

 

 

―――課された課題も協力して一通り済ませ、火照った体もクールダウン。オツムの方もやっとこさ受験後からメダパニコンフュな役立たず状態を脱しつつある。大きな先任、諸星さんは未だグデぇとした多田さんの介護に勤しみお忙しいご様子。

パリ・コレクション、略してパリコレな世界的ブランドの服飾ショーのモデルと比較しても勝らずとも劣らない日本人離れしたスタイルと電波な喋り。二点が強烈なので隠れがちなものの……その実他者を労る姿勢こそが真骨頂ではなかろうか。

 

率先して雑用を片付けたのも、パートナーにするには背丈に差がありすぎると察して、他のメンバーに心配と苦労をかけさせまいと抜け出したに違いない。図体とは対象で小人さん……大きな小人さんだった。

 

「むぇ?きらりのお顔にお弁当さんでもついてる?」

 

「違います……お綺麗だったので見惚れてしまっただけです。不躾でしたね」

 

あたふたと身振り手振りで豊かに照れ隠し。述べた理由は一割真実、残り九割は同類かという疑念……ホント成長の欠片もない莫迦。彼女たちを眺めてると改めて己の醜さ自覚する―――自分がそうであるから相手もそうなんて決めつけこそ是正すべき汚点だから。

 

 

「お~いみんな~はぁっ……よかったーダンスルームにいたんだね」

 

長閑な均衡崩す突然の来訪者。物言いから察するに、この小柄でむっちりとした男好きする体型の少女もシンプロの同期に相違ないはず……確か面接前に擦れ違った娘だ。

 

「……かな子ちゃんがそんななりで現れるとは、只事じゃあなさそうにゃ……用件を聞かせて」

 

「遅刻じゃないけど用意する時間鑑みたら、ギリギリになりそうって気付いたから呼びに来たの。智絵里ちゃんが一足先に取り掛かっているから早くいこ?」

 

汗ダクでもない、息切れのみなのにただならぬ空気を醸し出してるせいで置いてけぼり。

 

「わ~本当だー!キラキラしてる間ってあっーという間だね!正に光陰矢のごとしだもーん♪」

 

「合流するのは当然だけど……この娘たちだけ放置してくのは、それはそれで心配だにゃ。バタンキューしてた方はノルマ初めてすらいないし……」

 

「はいは~い☆きらりが限界まで粘って、李衣菜ちゃんたちのお手伝いさんするぅ」

 

当事者不在の議論は過保護。周回遅れは否めなくとも、親の餌待つのみな雛鳥とは違う。この程度で助力求めるようじゃ、同じ土俵にあがるのすら痴がましいのだ。女も男も度胸が必須。

 

「未熟さが目につき、信用置けないのはわかりますが……だからこそ試してみては貰えませんか?多田さんも構いませんよね?」

 

「ん、情けないとこみせた汚名挽回の機会が回ってくるなら、願ったり叶ったりかな」

 

混ざった誤用だけど誤用でもない微妙な台詞に、突っ込み唆られるが。

 

「内容はご教授いただいたので、概ね把握しています。幸い柔軟の類は普段から嗜んでることもあり、穴は埋めれるかと……どうでしょう?」

 

「別に構わないけど……みくたちを前にして大見得を切るんだから、下手こかないよう精々気張るにゃ」

 

態とらしい不敵な視線に吐いた唾は呑まぬと頷き返す。尻拭いの対価は慣れてても、等価交換成立し得ぬ助けは負い目で苦手なのだ。逸らさずにいた結果、納得したのかゴーサイン。各々エールを贈って次の鍛錬場へ向かって行く。

 

「前川先輩……そう言えば今更ですが気になったことが一つ。ペアストレッチの最中、急に赤くなってお餅がどうたらとか呟いてましたが、あれには何の意味が?」

 

「あ~あれね。正式なメンバーだったら注意してたろうけど、テスト中の精神安定乱してまで窘めるレベルのミスじゃないから気にしないでいいにゃ―――どうせ問題ないだろうから……最後に黒はどうかと思うの」

 

疑問を投げかけても返ってきたのは要領を得ない誤魔化し……うっかりやらかしたみたいだが、検討もつかず謎が謎を呼ぶ。

 

―――省みると謎でも数分後には氷解するちゃちなもんで、言い渋るわけを直に体験してしまうのだけれど……

 

 

さて、たられば論で恐縮ではあるものの貴方の目の前に、過去の黒歴史街道驀進な貴方が呑気にしてたらどうする?まぁ聞くまでもなく、目逸らすか怒鳴り散らしてしまうだろう。

回りくどくなったが、つまりはそういうこと……傷を抉ってくれる御方がいるのだ……寸分違わぬ姿で。

 

「駄目、あうっ……ああっ!!結構効くね…はぁ……はぁ」

 

「太腿の裏が張ってしまって、地面との接地が中途半端になってますよ。こちらの足を重石代わりにして抑えとしますね」

 

「了解……うーっ、そこ……声でちゃう」

 

今現在、左右開脚。所謂両足を180度開いてお臍が床にタッチできるようにするのを実践中だった。向い合っての作業のため吐息が感じられる距離。指導する側に立ち、点ではなく面で前面鏡張りを用いて観察したら、ヘッドフォンの君の服装は端的に述べて年頃の娘としては露出が多くあられもないと気付いてしまった。

 

「開いた状態で固定完了しましたので、身体を前に引っ張りますよ」

 

「焦らされると、逆に苦しいから……一思いに……んんっ」

 

暑さに耐えかねてジャージ膝まで捲って、染み一つない生足を伸ばしてるところに足を絡ませてるせいでおかしな気分。

 

「安易な短縮は逆効果、急がば回れです」

 

「うぅ……あたたた……湯島さん見た目似合わず手厳しいよね」

 

ぶつくさ聞き流して、ゆっくり床に向かってペタッとお腹をつけさせるのに成功。当然上着のファスナー全開にしてるので薄着一枚に下着のみ、重力に逆らえず下向く肌着の隙間から、手の平になんとか収まりそうな双丘がハッキリ確認可能……この時点で眉がヒクヒク。

 

「身体を起こしてください。残り三回でセット、気張っていきましょう」

 

「あっあっ、やめ、はぁあああん……そこっ!だめぇぇ!!痛い……のにっ……なんで……はぁっ、キモチいい……?」

 

「日常で使わない筋肉酷使したせいで大部凝っていますねこれは……痛気持ちいいのはマッサージ等でもよくあるので、特に気にする必要ありません」

 

説明もなおざり。エルダーキャットが呟いてたお餅やら果物の名前は、胸を指してたのは明白だった。自分をメロンって、貴方も同じかそれ以上の果実装備してる癖に!しかも色まで言及されて、踏ん張って澄まし顔取り繕ってるけど中身は焼け落ちてる。

 

極めつけの燃料追加は傍からサウンドオンリーの場合……いかがわしさ120%の喘ぎ声。

万貫をそっくりそのまま少し前に実行してたと思うと衝動的に腹パンしそう。きっと機械と人目なければ、罪の重さ自覚させるため己を殴っていた。顔は売り物無理で、愚かなる俺/私は痛みを伴わねば忘れてしまうが故に。

 

「終わったら、ベトついて煩わしいので着替えに行きましょうか……交代で」

 

「ナイスアイデアだね。負けないよ!」

 

「「最初はグー。ジャンケンっ―――」」

 

やはり―――さよなら告げられる日は遠き彼方。

 

 

 

その後の試験、合否発表前までの顛末を語ろう。歌唱も分野は違えど方式は一緒で講師に追従して合唱、先輩たちが歌い、次いで自分たちがそれぞれ独唱。反省点を自ら考えさせてからの答え合わせは、主観なものの悪くなかったように感じられた。

伊達にコンクールでパートリーダー任されたり、期待されるカラオケに備えて常日頃からヒトカラやってはいない……なにせ毎月かなりの額のお小遣いが消し飛んでるんだ。

 

貶されるようであれば、続けた努力は何だったのかと途方に暮れるところ……恥の上塗りだけは避けられた。与えられた役割こなすのみのマリオネットになろうと努めてた弊害か、細かな記憶は薄ボンヤリとしか覚えてない。あちらを立てればこちらが立たずとはよくいったもの。

 

そんなこんなで、もう厳つい死の宣告を告げる件の面接官も目の前。情けないが歌以外は失態続き、汚名返上には至らなかった。

 

「本日はシンデレラプロジェクトのオーデションに、ご参加いただきありがとうございました。厳正なる協議の結果―――」

 

万が一を夢見てるけど、破裂しそうな心臓のためにもバッサリ斬って捨ててくれ……一思いに。

 

「合格者は」

 

やっぱり……嫌!周囲の期待を失えば、自分が失われる。

 

「多田李衣菜さん」

 

助けを呼ぼうにも、誰に助けを呼べばいいのからすら五里霧中。

 

「湯島悠陽さん、以上2名ともに合格です。シンデレラプロジェクトへようこそ、お二人ともよろしくお願いいたします」

 

―――都合が良すぎる現実に思考は空白。隣で立ち上がってうっひょー!!と叫ぶ奇行すら見逃し、食い込むぐらい握りしめた拳の痛みで我に返る始末。

 

結局、聞きつけた他メンバーが雪崩れ込んで来るまでふわふわと意識を揺蕩わせてた。

 

 

 




最近このあとがきで書いたことが実現してないと読み返して気付きました。
三話を都合三話、前中後使ってやっと終わらせた達成感の前では瑣末な……訳ないですね。
でも大丈夫です三度目の正直で次こそは寮生編です。

―――それでは次の話でまた.

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。