星の扉目指して   作:膝にモバコイン

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第三話 マリオネットの激動 前編

一縷の望みを託し人違い、素知らぬ顔で素通りせんとす。

 

「あの聞こえなかった……でしょうか?」

 

……が駄目、瞳は己を捉えて離さない。三白眼の据えた目つき、一度反応すれば逃れることなど出来ないと濃い不安を抱かせるレベル。新手のキャッチャーだろうか?

 

「私こういう者ですが、アイドルに興味は……おありですよね?」

 

女子中学生の過半以上がブラウン管、今風に直すと液晶の向こう側に憧れてる。誘い文句としては悪くないが、如何せん人相と内容が天と地ほどかけ離れてた。腰を曲げ、名刺を突き出す姿勢をとってもその印象は覆らない……逆に怪しさが余計引き立つ始末。昨今の安易な事案、すれ違う、追い抜くだけで通報不審者呼ばわりには辟易してる身ですら、警察に届け出だしたい気分。

 

「…………………………」

 

「あの、不審がるのもわかりますが怪しい者じゃありません。せめて名刺だけでも受け取っていただけないかと」

 

つけ上がらせると目に見えてるのに、得も言われぬ威圧感に根負けして手の平には名刺。もう無視はお手上げと仕方なく確認、346プロダクション所属、役職アイドル部門プロデューサーの羅列が脳裏に刻まれたのだった。

 

「346プロ?……美城って……真逆―――」

 

「はい。今ご想像いただいたもので相違ないかと」

 

都心の一等地の社屋に自前で広々とした撮影場所を保有し、著名な俳優、歌手も多数所属する老舗芸能プロダクション、346プロ。プロデューサーともなると社会的地位から迂闊な言動は避けるだろう……無論真実ならばと注釈が付くが。身分証明証も小道具、特に名刺じゃ偽造もし放題で信頼性に欠けるも、余程のド低脳でもない限り、白昼堂々婦女子を拐かすのは狂気の沙汰。なにせ場所が場所なだけに目撃者はごまんといる……路地裏じゃない学園の校門前。自らに疚しいところがまるでない証左とも取れた。

 

 

「自分としては、この後ご予定がないのなら……事務所に一度足を運んで貰えればと考えています」

 

真偽は未だ定かじゃないものの、素気無くするのは本物なら失礼にあたる上恐い。それに地元じゃ自慢じゃ……いや自慢だが、ナンパに読モの誘いを片手どころか両手でも足りないぐらい受けてきた信頼と実績がある。主観抜きの第三者視点で世辞要らずに容姿は優れてた。僕は可愛いですからと豪語するグラビアからスカイダイビングまで、なんでもござれの某人気アイドルみたいに表立つのは無理でも……内心で胸張って誇れる唯一が容姿。他は自信持てずに中途半端な器用貧乏故、それだけ目立ってる。皮肉なことに……

 

名刺に記されてた電話番号で、事実確認が無事成功すれば話は聞いても―――

 

「ご家族の了解は得られていますので、踏み込んでみませんか?……湯島悠陽さん」

 

前言撤回、灰色から黒に近い灰色にまで格下げ。まったくの初対面、名札等身元が割れる物品付けてないのに氏名把握されてるとか普通じゃない。しかも両親から承諾されてるってのが嘘臭すぎてもう役満、ボロださなきゃ黒塗りのハイエースに連れ込まれて薄い本要員。ママーじゃねえんだよ、今からお前がママになるんだよオラッ!!!って展開が待ち受けてたかもしれなかった……怖気が走り、喉が渇いてしょうがない。

 

地元からの偏執的なストーカーとか冗談にもならないぞ真面目に!?幸い意識的にシャットアウトしてたが、美女と野獣もかくやの人気周囲数メートルは皆無の異界でも、線を超えれば野次馬がヒソヒソ話で溢れてる。本来なら賞賛の注目は大好物で、不躾無遠慮な視線は大っ嫌いではあるものの、今だけはそれが助けとなるので万々歳。

 

「―――考えさせて貰えると嬉しいのでしゅ……ですが?後校舎に忘れ物を思い出しましたので、申し訳ありませんが少々席を外しても……宜しいでしょうか?」

 

「構いません。話を聞いていただけるだけでもありがたいので、ここでお待ちしています。お帰りの際にお声を掛けていただければと」

 

緊張のあまり呂律も怪しい。訝しげだった警備員も萎縮しきった顔色で確信を得たのか無線機に手を伸ばすといった具合。流石に長身、髪は黒の筋肉モリモリマッチョマンの不審者、1人では手に負えないと応援を呼んでいるのだろう。どうか格好いいとこ魅せて欲しい。

 

中に入って電話して、万々が一本物なら急いで弁護と段取り。あくまで慌てず冷静に、駆けずに背を向け歩き始めようとした瞬間に母の声。

 

「悠陽~どこ行くつもり~私はこっちよ。こっち」

 

思わず安堵……解決した訳ではないが大人の毅然とした対応を期待でき―――

 

「湯島悠陽さんのお母様ですね。この度はお話の場を設けていただきありがとうございます」

 

「いえいえ、頭をお上げになってください。こちらこそ一度はお流れになったオーディションの機会を与えて貰い、お礼を言わないといけませんのに……立場が逆ですわ」

 

日本人、特に社会人同士頭を下げ合う珍しくもない光景が目の前にある。不審者と母が行ってるのを除けばだが……え?えっ!?……なにこれ?頭は疑問で決壊寸前。答えを求めるも梨の礫―――結局、本人置き去りで終わるまでただ呆然と立ち尽くすのみだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

シンデレラガールズ『星の扉目指して』 第三話 マリオネットの激動 前編

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

スターゲイザーは洒落たビルが多い東京でも、色褪せない建物の一階に居を構える喫茶店。看板は本場の崩し字、筆記体で書かれている。どのような作りかは、建築知識に乏しい身では詳しい説明は厳しいものの……不思議と暖かさが感じられる佇まい。回転率至上主義の乱暴な光源と違い、四方の窓から注ぎ込む光を補う淡い電灯はふと長居してしまう趣すらある。

 

あぁ……純粋に浸れないのが本当に残念でならない。平時に来ればさぞ心地よかったろうに……

 

「すみませんが母さん、私の記憶が確かなら……オーディションのオの字も聞き及んだ覚えがないのですが……?念の為、ここ数週間の記憶を洗い浚いしてみましたが、一欠片も拾えませんでした。これはこちらの落ち度でしょうか?」

 

「ううん、悠陽貴方は正常よ。若年性の健忘症じゃないわ―――だって話したのはさっきのが、正真正銘初めてだもの。サプライズにするつもりだったし」

 

飛んだびっくりドッキリ箱である。殺人容疑で手配書に載ってると例えられたら、納得しかねない水先案内人も相まって寿命が縮むかと思ったぞホント。

 

「一体全体何時どういった経緯で、美城のシンデレラに応募されたんですか……流石に急にアイドル目指すのは青天の霹靂もかくやかと……危うく腰抜かすところでした」

 

「ふふっ、悪気はなかったの……許してちょうだい。書面の提出自体は2ヶ月以上も前よ。書類審査の合格通知が来た時に伝えようとはしたんだけど、丁度運悪く面接の頃流行してたインフルエンザに罹っちゃったでしょ。―――だから気落ちさせるのも悪いから、伝えずにいたの」

 

布団で寝込んで意識朦朧の間に蚊帳の外。勝手に始まって、勝手に終わってた訳……いやおかしい……その流れだと辻褄が合わない。落伍者に蜘蛛の糸を垂らす件が抜け落ちてる。

 

「予防接種打ったのになっちゃう辺り……縁がないのかと悔しい想いを噛み締めてたら、朝送り届けた後に連絡があってね。ご都合付けば是非一度審査にお越しくださいませんかてお誘い来たのよ!」

 

予定してた人員から欠員でもでたのか……歴史が浅いとは言え、僅か数年で急成長を遂げた業界有望株のプロを合格しといて蹴るとは……理解に苦しむね。倍率は難関校すら霞む、遥か彼方な数百下手すりゃ千まで届く倍率だというのに、あぁ~勿体ない。そのままレールに沿ってくれれば面倒に巻き込まれることもなかったものを……はぁ~

 

「まっ、当然よね。試験さえ受けれたら、採用間違いなしの娘だもん。惜しくもなるというものだわ」

 

「買いかぶり過ぎな上に褒めすぎ。私より優れた方など星の数ほどいますよ」

 

謙遜ではなく真実のつもり。著名人にあるような独特のオーラはない、もしあるように感じたなら……メッキが誤認させた紛いモノ。

 

「またまた~謙遜しちゃって、ご近所に学校の父母会でも羨ましがられるから鼻高々。親馬鹿目線を差し引いても、アイドルに成れる器を持ってると信じさせてしまうクラスよ。自信持ちなさいな!」

 

薄々生活の中で気付いてたが、見解の相違がある……それも溝が到底埋め難いヤツ。親が我が子を特別視するのは世の常とはいえ余人が聞けば、可愛さのあまり目が曇ってると断言されよう―――普通なら。翻って歩んできた軌跡は普通どころか異常で、両親がそう認識してしまうのも無理は無い。なんたって学業、交友、家事、習い事を望まれるままこなし叶え続けてしまったのだ。一つ二つなら無邪気に喜ぶだけ……なら、全部クリアしてしまえばどうなってしまう……?

 

―――答えは簡単だ。期待は確信へと早変わりし、そうであって欲しいがそうあれとなる。

神童異端には含まれない範囲で、やりたい放題やった結果がこれ。完璧な自業自得。

 

「ん?急にボウっとしちゃってどうしたのかしら?え~と……真逆とは思うけど、嫌だった……?」

 

「とんでもない!?ただ……事実は小説よりも奇なりな諺を体験しちゃいましたので、オツムが処理しきれてないだけです」

 

「そう、吃驚させないでよね……驚かせるのはこっちなんだから。悠陽は何時だって目立ちたがり屋で、前に前にだもの。家の事情で生徒会に立候補させてあげられなかったのが本当に心残りだったの。だからその取り返しが出来そうで、嬉しくてしょうがないわ」

 

否定なんてできない……しようものならすべてが終わる嘘になる。

すれ違いはどこまでも、詰れるのは己のみ。人はエスパーじゃない。

 

「開いた口が塞がらない程度には、驚きっぱなしですよ真面目に」

 

「大成功~やりぃ!って、とこね。」

 

一度だって仮面を脱いだことはなかった。親だって牢屋ごし、これで分かって欲しいなんて吐くのは愚か者。そんなヤツになるのだけは絶対に嫌!!!嘘も突き通せば真実―――そうあれかしと望まれた存在でありたい……壊れるまでは。

 

 

「しかし問題が幾つか残ってるかと。運良く受かったと仮定して、レッスン後のプロと地元への行き来は相当骨。無論当番、補助の炊事洗濯も残ったままなら遅かれ早かれパンクします。二兎を追う者は一兎をも得ず……一挙に解決するウルトラQでもない限り」

 

「手は用意してある……というより用意されてるから、大船に乗ったつもりでいていいわ。地方出身者もしくは諸処の事情を抱えてる娘には、太っ腹に寮住まいを許可してるそうなの」

 

「へ?…………………………へっ!?」

 

手を気軽にヒラヒラさせ、私たちは大人だから後顧の憂いなくお行きなさいなと胸張る姿に思わず絶句。マリオネットの心が今なら分かりそう。

 

「―――にしても星の扉に来て正解ね。コーヒーもパフェも一級品で舌が幸せ大満足。都心で会うときはここにしましょ、そうしましょ」

 

コーヒーも豆が違うし、その高い豆に使われておらず存分に持ち味を活かしてる。香りからして美味い。パフェも旬の苺をふんだんに使って気前の良さが伺えた……それだけに残念。雑念だらけで純粋に味わえない、大切なスパイス心が足りない。次回は気負わず楽しめることを祈るのみだった。

 

 

 

定番と化した電子マネーで切符御免の改札を通り電車へ。乳離れ出来ない餓鬼と判断されては悪印象不可避と説き、憂鬱な一人旅。曇天の空模様がそのまま心を映す鏡みたい……

 

手摺に掴まり、化粧室で反芻した内容を再び確認。考えうる最悪を想定し、車内からシミュレーション。座席は勿論、シルバーシートには座らない近づかない。スマホはバイブと慢心しないで電源おさらば。ガタゴト、ガタゴトと乱暴な揺れが思考を遮ったその合間。揺れた瞳は自然と吸い込まれた、ドアに背を預け耳まで覆うヘッドフォンした少女に……

 

凛とした立ち姿は一枚絵……でも名残惜しいが呑気に眺めてる場合じゃなかった。気が付けば降りる美城に到着してる。故に別れで、後ろ髪を引かれても時が経てば忘却してる筈だった……だったのだ。運命の悪戯なのか、横断歩道を数回渡り交差点を右折左折繰り返しても動きが同機。お互いこうもハモると無視するのは難しい……ヘッドフォンの君も隠して入るが時偶視線を送ってる。

 

極めつけは目的地すらも一緒、作為すら感じられる一致。

 

「へぇ~偶然も3つ続けば必然―――この出会いはロックの神の思し召しかな。私は多田李衣菜ロックなアイドル目指してるロッカー……宜しく」

 

「ご挨拶に感謝を。始めまして、湯島悠陽と申します。やはりお姉さんもオーディションに?」

 

「その通~り、湯島さんがカード片手に眺めてたから勘づいたのさ。お仲間ってわけ」

 

赤十字が複数描かれた黒字のシャツに言動からして、随分斜に構えた少女である。一次審査突破するだけあって見た目も中身も強烈。目立ってなんぼの職業故、実にアイドル向き。

 

「しかし、直接拝見するまでは実感湧いておらず、どこか夢現でしたが……いざ実物と向き合うと、少々気後れせざるを得ませんね―――このシンデレラの名に恥じない。城の如き、本社を目のあたりすると……」

 

「そうかな?いずれ武道館を制し、スターダムを駆け上がる私を囲うには手狭なくらいだと思うけどね」

 

大言壮語、自信に見合った実力の持ち主だとすると……サインでも貰っておいた方がいいのだろうか?威勢の良い啖呵を切るにしても嘘なら、もう少しマシなでっち上げをするが定石。

 

「椅子が幾つ用意されてるか知らないけど―――負けないから。じゃあお先」

 

正面切った宣戦布告、初手から暗礁に乗り上げた感ありあり。望んだ椅子取りゲームじゃないが……厳しい戦いは避けられまい。

 

昨夜には想像もつかなかった世界と相対する今……戸惑いはあれ、逃走は論外。お決まりの呪文を唱えて進むだけ。きっとそれは明日も明後日も―――その先も変わらない。

 

 




歯抜けにしないよう描写していたら……前後編分割になってしまいました。
前編で主人公については一旦語りきったかと。
後編はシンデラレメンバー&寮生との絡みでお送りする予定……それでは次の話でまた。

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