―――誰が言ったかもう覚えちゃいないが、世界は何時だってこんな筈じゃなかったことばかりだ。輪廻転生は実在しても……暇人が書き殴った自己投影みたいなご都合主義の権化、邪神や超常の後ろ盾や、都合の良い幼少期の天才性は不在で、バーゲンセールにまでは至らない。
あるいは最低社会人、高望みをすれば酸いも甘いも噛み分けた人生経験豊富なエリートだったら、足下駄なくとも強くてニューゲームを全うできたろう……でもあったのは……高校で挫折した絵に描いたような底辺の社会にすら飛び立てなかった屑の軌跡のみ。宝の持ち腐れもいいところ。こんなもんで得られるものはたかが知れてる……二周目とは言ったものの実質些細な修正パッチを充てた程度の体たらく、ある種詐欺みたいなもん。
だけど……そんなしょぼいものでも使い道はあった、ましなスタートダッシュを切る起爆剤には……。
無論分不相応を望めば容易くメッキが剥がれるのは百も承知、神童なんて異常性は求めない。ただ少し立場を良くしたかった……認められたかった。一周目の鬱屈した自己承認欲求が絶えず根をはっていたのだ。故に少しならばと踏み込んでしまう。周囲の子供の面倒を見、年長者を気取り親々から褒められ味をしめ、幼稚園のお遊戯ごときで自主特訓に励んで目立ち細やかな羨望の眼差しに陶酔する。一周目と打って変わった賞賛の連続は麻薬そのもの、呼吸が如く繰り返した結果……塵も積もれば山となり、立ち位置を明確に。
この頃は浮ついても生活に余裕を持って過ごせた。こなすことも少なく、詰まることはあっても大抵の出来事は不出来ながらも一度通った道故、正解を知っておりそれに専念できたのだ……でも小学校の学年が進むに連れて段々と息苦しくなっていく。そんな序盤で何故躓くと思うかもしれないが答えは簡単、元は男で悠陽は女……性差の経験はなかったから。
お洒落に流行のエトセトラ女子の交友に必要な知識を詰め込み実践するも合格点を叩きだすのに悪戦苦闘。男性的な考えと量販店で着合わせも考えず着用してた、洒落っ気皆無なマイナス要因が邪魔して常に努力を必要する有様。ここから未知との遭遇が増え、余裕が失われていく。小学校に入ってからは家庭科の料理に裁縫、運動、歌や楽器の扱い家事手伝いの親孝行……周囲が己に求める結果に常に追われ答える度にハードルを上げ自縄自縛。
一度手に入れた立場に縋って、天国と地獄の落差に怯える羽目になった。
小学校高学年ですらこの様だ……真綿で首を絞められるように逃げ道を失い労力を割かずに済む貯金の元の勉学も高校にまで至れば残金ゼロ。何もかもを得ようとして何もかもを失う袋小路にいずれ至る。普通にもなれなかった半端者が、本来目指すべき身分相応の居場所を一足飛びで飛び越えた当然の酬い。もう……そんな目を逸らしてた事実を思い知らされてもどうしようなかった……今更破綻するまで走り続ける以外の選択を意気地なしの自分が選べる訳なかったから……
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シンデレラガールズ『星の扉目指して』 第二話 仮面舞踏の転機
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息つく間もなくそんな生活を積み重寝ること十年弱。小学校から追い出され、中学へと押し込まれるほど老け、親の期待を一心に受けて都内の有名校に受験する日を迎えていた。人身事故等の予期せぬアクシデントに備えた結果、現地入りの順番は十本指に数えられてたに違いない。好きなバンドのライヴチケット争奪に地方民が勝ち残ったら、前日には現地に到着しとくあれみたいなもん。やってる程度はそれより温いが、内心の入魂具合は二三上回る。
なんたって人間関係をリセットするまたとない好機、学生の日々は学校生活が過半を占めるのだ……通学に掛かる時間と偏差値からして同級生は皆無。地元の凝り固まっている首輪の引き継ぎは御免被りたい。以下の理由から絶対に負けられない戦いがそこにある……気合も入ろうというもの。
ピリピリとした緊張感漂う試験特有の空気が肌を包む。高校以後の受験と違い、同校出身者が極端に少なく、知人特有の慣れ合いじみたお喋りは極々稀。それも当然……周囲は全員蹴落とすべきである。テストが本質自分との戦いであるのは否定しようもない事実でも、他人が勝手に転がり落ちてくれるにこしたことはない。なにせ倍率八倍、単純計算八人中七人はおさらばだ。下手すりゃこの教室からの合格者は片手で足りてしまうかもしれない。
おかげで大抵の奴は最後の一瞬まで詰め込もうと、参考書に齧り付いてる。落ち着き払ってるタイプは少数、後者に属するも調子こいて反感を買わぬよう流し読み。いくら難関でも落ちる気はまるでしなかった。総代こそ取れないものの流石に不合格通知はあり得ない……それこそ解答欄を1つずらして提出する使い古された凡ミスでもしない限り。
朝早く着きすぎたせいかもう、腕を目一杯伸ばして溶きほぐしたい気分。あれだけ疎らだった席も埋まりきって、真横除いてソウルドアウト。試験管も教卓に佇み、今しばらくすればいよいよ開始といったところ。没収されたスマホの代わりに手帳開いて最終確認といった段で……それは滑りこんできた。
「はぁ……はぁ、へへへ~ギリギリセーフってやつだね。九死に一生だよ☆」
容姿というものは美麗であれ醜悪であれ、極端な程人目を引く。没個性は埋没するが道理、そういった意味で彼女は誇張抜きで、周囲の目を奪っていただろう……無論前者の意味で。
小学生が制服指定されてるのは私立のみなため、大多数は私服で受験する羽目になる。彼女の出で立ちは、下は膝下おろか、瑞々しいが故に妙な危うさを覚える太ももがチラチラ垣間見えるスカート。上着は黒のキャミソールの上に織り目が立てにはいったセーターと控えめに述べてギャルの風体。偏差値の割に自由な校風が売りの美城においても、頭一つ抜けていた。
「人身事故ってついてないなぁ……あやうく計画の第一歩をおじゃんにしちゃうところだたから、危ない危ない♪」
女のお洒落に対する意気込みは俄仕込みじゃタジタジ。あれはどう考えても寒い、未だ男性的思考がこびりついてる己にゃ無理だと断言できる。だって、真冬だぞ……ロングスカートとタイツ穿いて防寒しても余裕で旋風に震えが走る。世間体さえなきゃ冬は常に股引の上にジャージ一択。二重の意味で戦慄を抱かずにはいられなかった。
空きは一つで真横に着席、ジロジロ見るわけにもいかず、気を惹かれ横目チラチラ。手帳を楯に覗いてると、安堵し弛緩しきっていた顔が筆箱を漁ってるうちに途端強張り、顔面真っ青百面相。多彩な表情は見てる側からすると飽きないが、本人からすれば冗談じゃないだろう。実際、洒落たバックを洗い浚いに数周し続けてる。音を無闇矢鱈に奏でるせいで、奇異と眉を顰められてるのにも気付かないあたり重症だ。
「うっ……嘘だよ…ね?で、でも……な、ないし……どうしよう~」
受験票がきちん置かれてるだけ救いがある。もし受験票なら手の施しようがなかった。行動から察するに忘れ物はあれだろう……筆箱から予備を抜き取って教室から退出し、廊下で待つ。筆記だけならまだしも後に二次は面接が控える……恐らく自力でどうにかしようとするはず。読みが外れたら縁がなかったと諦めるが、無粋な好奇心で肴にしてしまった分の謝罪ぐらいはしないと罪悪感で後々疼く。
戸が勢い良く開かれたのを視認、どうやら縁はあったらしい。開閉し、いざ風になろうとする彼女、以後呼称ギャル子さんの機先を制す。走りだしてから止めるのでは遅い。
「唐突で申し訳ありませんが、一緒にお手洗いに行きましょう。返事は結構です。詳しい話はついてから、さぁお早く」
「えっ?……えっ!?えーーー」
思考の空白を突いて連れ去りよろしく目的地へ。余人が目撃したら誘拐犯そのものであった。
「時間もあまりないですし、単刀直入に尋ねます。貴方が今必要としている物はこれですよね。間違ってますか?」
中身の詰まったシャーペンの芯ケースを指さし問う。
「う、うんそうだけど、ねぇねぇどうしてわかったの?」
「ガサゴソ音を立ててれば気にもなります。見て察せれば誰にでもわかりますよ……隣でしたしね」
適当にそれらしく喋ってでっちあげ。注意深く観察しなきゃ、必要としてるものなぞ普通分からない。
「あ~ごめん悪気はなかったんだ。ちょっち焦っちゃって周り見えてなかったね」
「いえ構いませんよ。立場を入れ替えて考えると、冷静でいられる方が難しいですから」
馬鹿正直に窘めて拗らせるのも阿呆らしいので、味方アピール。
「……でもいいの?センセーも貸し借りっ厳禁って口酸っぱくしてたし……迷惑かけちゃうんじゃないかな?」
「問題ありません。貸すのではなく、ここに落としてしまうのを拾って貰うだけですから」
「えっ……?それって借りパク……」
「大丈夫です。落とし主の了承さえあれば、拾い主は物品の一割をせしめることが可能です」
「えっ!?じごしょーだくは犯罪だよ!?アタシお巡りさんに捕まっちゃう!?」
「お静かに……事後承諾を先行予約で合法。つまり安牌!」
我ながら勢いだけで喋ってるので、滅茶苦茶吐いてる。だが……勢いこそが肝心要。言いくるめるには自信過剰と思わせるまでの勢いで、押し切るのである。
「―――それに、買いに走るとしても購買は休日。近場のコンビニは全力疾走と仮定して片道5分、往復に費やされる時間は体力低下を鑑みて10分以上……対してリミットはカップ麺完成させるのが関の山と、軽く詰んでます」
「ん~確かに、他に道はなさそうかも?センセーに貸してもらうのも……印象ダメダメになっちゃうよね」
頼れるのは目の前の人間だけだと、自ら信じさせればチェックメイト。ここまで来て、素気無くされると赤っ恥黒歴史量産しただけの骨折り損のくたびれ儲けで、のたうち回りたくなるから胸を撫で下ろす。
「強引だったけど、助けてくれてありがとーう☆アタシ、城ヶ崎莉嘉だよーへへ、よろしくねっ!!」
どこかで耳にした苗字を頭の片隅に追いやり、同時に戻ると怪しまれると説き伏せ、先に帰らせる。独りになると思わず個室に入り、手に顔をうずめずにはいられなかった。
この馬鹿!馬鹿野郎!!マヌケ!!!ええかっこしいの偶像衝動を遺憾なく発揮しやがって……新生活スタートする前の準備運動で躓くとか余裕の阿呆だ……年季が違いますよと口汚く罵倒せざるを得ない。
あ―――本当に悪い癖。出来ないことには出しゃばらないが、やれることには、俺を私を見てと向こう見ずに立候補するのは最早病気と言っていい。うんざりする……悪癖で散々苦労したのにこの様だ。何時か身を滅ぼすのは明白、飛び出した先の鏡には焼きリンゴ・・…負けてないのに気分は敗残兵だった。
「ねぇねぇ、悠陽ちゃんの趣味ってなぁに?」
流れでギャル子さんと昼食を一緒してたらこの一言……人のこと言えた御身分ではないが随分と唐突である。
「因みにアタシはシール集めかな♪後は珍しい虫とか見つけるの得意なんだ~!」
見た目通りとシールで納得、虫で二度見。虫とか嫌がりそうな外見しているのに以外である。
「ノコギリクワガタとかも格好良いけど、やっぱりナンバーワンはカブトムシだよ☆」
ワイルドというか子供っぽい一面もお持ちのようで、変に斜に構えてないのは嫌いじゃない。
「私の趣味……趣味ですか……」
「うんうん」
曇りなき眼で興味津々。さてはて困った……大抵の奴は普段熱中してるのを明かせばいいが、己の行動ほぼすべて周囲から求められての類故、自発的なものとなると悩ましい。テレビだって話題合わせで、生前ドップリ浸かってたアニメもゲームも日々の生活に追われたのもあり、離れて久しい。
「ゲ、ゲーセン?」
「ゲームセンターふむふむ、プリや音ゲー大好き!って感じ?アタシも太鼓の達人とかよく友達とやりに行くんだ~プリも一緒に撮っちゃお♪」
「えぇ、機会があれば喜んで」
機会が訪れるかどうかはだいぶ怪しいが社交辞令。しかし、改めて振り返るに主体性のなさが浮き彫りになる……趣味が趣味の体をまったくなしてない、まるで仮面の下は空洞。
叩けば自虐だけが反響してた。
ある者には開放の福音、またある者には処刑の断頭と悲喜交々の鐘がなる。監視の目が消えれば途端、緊張感は開放感へと一転。テストの後は常々そうだが……この落差がたまらない。風船だって膨らみ続けりゃ破裂する、何事もメリハリが大事なのだ。
「悠陽ちゃん、さっきの社会の問6の順番って4132でオッケーだよね?」
「確か内容は東海道新幹線が渡る河川を東から順ですので、長野山梨静岡三県にまたがる富士川、次に静岡の大井川、長野を起点とする天竜川、最後に少し西行った木曽川が正答。問題ありません」
まぁ……余韻に浸る暇もないが。
「やっりぃ~♪ふふん!アタシ見た目の割にベンキョーできるでしょ☆褒めて褒めて」
誤算だったのは頭の具合。解答の教え合いっこせがまれたので、終了後にまとめてと条件付きで了解したら意外や意外。全科目大体あってるのであった……この正答率なら一時の足切りを超えられるのでは……と思わせる位には。
失礼ながら、記念受験かと疑っていただけに吃驚である。本人曰く夜も寝ないで昼寝した結果だそうだが。
「目標、夢はお姉ちゃんみたいになることだから、お姉ちゃんが通ってた学校にぜっ~たいアタシも通わなきゃって思ってたんだ♪」
「お姉さん大好きなんですね。兄妹いないので羨ましくて、憧れちゃいます」
「そうでしょ!アタシのお姉ちゃん歌って踊れて、すっごい格好いいんだよ~☆」
勘違いされて当然。でも羨ましいのは妹じゃなく姉、こんなに慕ってくれる可愛い妹がいたら猫可愛がりしたくなるだろう……あぁ羨ましい。
「母と待ち合わせしてるのでこの後、遊びにはいけませんが用向きがあればラインまでどうぞ。また会う日まで……例のブツはそれまで預けて置きます。今度は忘れてないでくださいね?」
「モチロン大丈夫、次はお礼に集めたシールの一部持ってくるから楽しみにしてて、ばいば~い☆」
彼女との再開が実際あるのかどうかは神のみぞ知る。色々疲れたのでベットにばたんきゅーしたい今日この頃。
帰り支度を済ませ、混雑を避けるべく一呼吸開けて下駄箱へ。人もそう多くなく快適そのもの。校門への道すがら在校生の労いがお出迎え、節目の日くらい羽根を伸ばすかな。
「闇に飲まれよ!」
―――っておかしい……お疲れ様や頑張ったねの中、明らか異彩放つ決め台詞モドキが届いたぞ。聞き間違いかと、声の方を確かめたら……曇りで陽射しよけする必要ないのに漆黒の日傘を指す少女が独り。制服着用してるから在校生だと察せられたが、なんなんだあれは……
間の悪いことに視線が絡み合う。
「ククク。子羊よ魂が猛っていたようだな。暫し安息の地にて時を止めるが良い」
同じ日本語のはずだが、まるで見知らぬ国の住人と喋っている気分。生憎辞書は持ちあわせてないため翻訳は不可能である。ニュアンスと爽やかな表情から厭味じゃなく、本人からしたら祝福の類だろう予想できるものの……意味合いだけだと闇に飲まれよ!は不合格、落ちろにしか聞こえない……絶対不味い。
「神崎ぃぃぃぃぃっ!」
「ど、どうしたのだ。我が師田中よ、ラグナロクを起こしかけるとは!?」
「どうしたもこうもあるか!不謹慎な言動をする輩がいるとすっ飛んできたら、やはりお前か。奉仕活動の一環に参加させたのに何故に呪いをかける……」
案の定である。まぁ、そうなるなと顛末を見守る姿勢。
「こっ、これはプ……プ…・プロヴァンスの風が悪戯をしたせいよ」
「よーくわかった。悪いことは言わん職員室に行こう。なっ!」
「そ、そんな~~~」
某出荷よろしくフェードアウト。受験生の過半は呆気にとられても、在校生は一瞥するだけで平常運転。うん……見なかったことにしよう。美城の戸口の広さに感心半分呆れ半分であった。糖分補給に母と家路に付く前、パフェが美味しいと巷で有名な店へ訪れる約束。その時は近い、スキップを抑えて、早歩きで校門を潜り抜ければご指名が入る。
厳しい体つきの筋者のような人相の男性に声をかけられたのだ……アイドルになりませんかと?
運命を変える出会いと言葉とは未だ知らず、その時の内心を一言で表すとこう―――変なのが来た……またかよ!?
あとがき
Star!!をヘビーローテして書いてたりします。個人的には僅差でEDの夕映えプレゼントが好きですが……3月発売の収録CDにはリミックスの文字……原曲はBDDVDの特典ですねわかりますorz
後話の都合上、独自設定が早くも出てしまいましたが目を瞑っていただければ幸いです。次回から本格的にアイドルとの絡みが増えるはず……それでは次の話でまた。