星の扉目指して   作:膝にモバコイン

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第六.五話 泡沫の幻実2

脱出の糸口も見つからず、拒否権無しの押し売りは続く。居直り強盗の如く、家賃滞納で貸家に居座っていた冬将軍も卯月の初週には強制退去。遅れていた桜の開花も新入生の門出に合わせ咲き誇る。在学生には比較的短い骨休めの連休も、古巣から巣立った卒業生からすれば夏休みに等しい。まぁ……世間一般の同輩とは異なり、猶予は中々の過密スケージュールで埋まっていたのだが。

 

身体測定に合宿、宣材写真用の衣装を見繕うのに託つけた皆とのお買い物とイベント目白押しだった。一定の親睦と結束を携えて、いよいよプロジェクトは待機を解かれ、本格始動が目前にまで迫りつつあった明くる日。悠陽はレッスン地獄からそれプラス下積みが加わると聞き、一行が冷や汗で火照った身体も冷める中、独り別のことに思惑を巡らせていた。割れた定員の補填枠二つ、片方は公募による再選考であり、もう一方のプロデューサーさ肝煎りである少女のことを。

 

 

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シンデレラガールズ『星の扉目指して』 第六.五話 泡沫の幻実2

 

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渋谷凛、現実でも一応の面識はある娘である……アイドルになってもおかしくない人だと感じていたせいか、夢にまで出張させてしまったのだろう。苗字は兎も角、名前は妄想の域を出なかったりする。さて、この渋谷さん、サードこと三周目の呼びだと馴れ馴れしく凛さんは、数少ない応募とは無縁でプロデューサーが自発的にスカウトしようとした候補生らしかった。

飴と印税で口説き落とせたある種ちょろい、小さき老師のようには行かず、勧誘は失敗の連続だったそうな。

 

愚直にあるいはストーカー一歩手前にまで追いすがっても、興味を持って貰えない日々が続き、迫る期日に尻が焦げ付き始める。逆境という名の職務質問をチャンスに変え、最初で最後の交渉へと漕ぎ着けたものの、決定打がなく単身で傾かせるのが難題と悟ったプロデューサーから相談が持ち掛けられるのだった……第三者?視点の自分からすると、悩む彼を言葉巧みに誘導して言質を引っ張ったので、半場相談させたが正しいが……今は最早何も言うまい。

どうせ突っ込まずには居られないのだから、なるたけ骨折り損は抑えたかった。我ながら感情に振り回され、未熟極まりない。平時であれば滞り無く機能するブレーキが、故障でもしているとしか思えない様だ。

 

事情は汲まれることなく場面は進む、サードが彼女に入れ込む理由は……彼女もまた、欠かすことの出来ないピースの一つ故だそうで、強引な手を使ってまで介入したのは……放置しておくと嵌まらなくなってしまい画竜点睛を欠くかららしい。正史で本人が辛そうに零していたので知っていたのだ。凛さんが業界に足を踏み入れる起爆剤となったのが、卯月さんのてらいのない笑顔と言葉だと……

 

この周回は既に本来とはずれ、起爆剤は先発組である。誰かの仲介なしに二人が都合よく交差する可能性は低い。誰かが穴埋めを……代役を務める必要があった。橋渡しまでしてなぞる案は、葛藤はあれど不採用である。ベストを狙うには役立つけど、ベターで手打ちにするなら己で十分。希望を苗床に呪いが咲き狂うのは一度でいい。含みや先入観がない白地図で引き合わせたら、擦れ違いも薄れるだろう。

 

説得の当日、相手に夢中になれるものプロジェクトの練習風景、真剣に打ち込む姿と皆とまた再び集える喜びから来る笑みを届け、提示した夢へと惹き込もうとする。プロデューサーからの言葉がダメ押しとなり、悠陽が差し出した手を躊躇いがちでも……凛さんは掴んでくれたのだった。その時の胸の高鳴りがこっちまで伝わってきたのか思わず……胸焼けしそうである。

 

口出ししようにも越権行為で匙投げた灰被りの選出も既知に則り、盤上には演者が出揃う。プロデューサーを巻き込んで撮った、宣材時の集合写真が仲間内の話題を二分した頃、ボタンの掛け違いの芽を摘むべく、悠陽は次なる手を既に打っていた。バックダンサーとして見初められるため、数日前から使用申請がされていないレッスンルームを空き時間で梯子していたのだ。一体全体、どうして?それが抜擢に繋がるのか疑問に感じたが経緯はこうである。

 

近くライブを控える売れっ娘の城ヶ崎美嘉さんは、後方で踊る娘を求めて好意より灰被りから掬い上げようとする。手前勝手な憶測の人物像では、美嘉さんはギャルっぽい見た目とは裏腹に驕らず、暇があれば仕事の質を上げようとする努力家で、真摯さを好むらしく。選ばれるよう出現率が高い場所を絞って、目撃され易い場所で真剣さをアピールしていたようなのだ。演技が見抜かれる心配も、周囲を切り離して没頭すれば真っ白になって裏も消えると判断したそうだった。

 

実際、それが元で選ばれたのだから……私情を挟まなければ評価に値する。ただ、毎度全力投球は代償も高く、オーバーワーク擦れ擦れの運動は絶え間のない筋肉痛の日々を味わう羽目にもなるので、決して賢い選択とは言えなかった。無茶ではないが紛れもない無理である。

被虐趣味でもない自分が何故、無理を通してすらやりきったのかは……滲み出る執念が原因を否が応でも教えてくれた―――全ては悲劇を避けるためだと。

 

美嘉さんのアシスト自体は純粋な善意で面倒見の良さ、姉御肌の表れでも……座していた折に生ずる歪は一度完治したと見せかけ再び、最悪のタイミングで再発すると知っていたのだ。見ることの叶わなかった新しい景色を手繰り寄せるには、ここが譲れない分岐路とサードは覚悟を決めていたのだろう。

 

シンプロ発のユニットは加入や変更はあっても、骨子のグループは7だったみたいで、人数の差や些細な齟齬あっても1つを除いて、他6は同類項で括れる。異分子の名はnew generation、手を拱いていた場合に、ライブに参加するメンバーで結成されるユニットである。正規の手順を踏むことなく、間を開けずにデビューしたせいで強度が脆い欠点を抱えていた……だからこそ、大人げないまでに貪欲に勝ちを拾い、確実に堪えられる己を矢面に立たせようとしたのである。

 

宣材作製後の提案で目論見が果たされたと認識した時は、やはり未来は変えられるのだと流石に気分が高揚したのだった。突然の指名に経験の浅さを危惧して渋るプロデューサーさんも真摯?うん真摯に向き合った結果、惜しみない協力を約束してくれ、正式な辞令がくだされる。開催まで残り一週間程度、当然慌ただしく毎日が過ぎ去っていった。

 

連休の代名詞、ゴールデンウィークを世間が切望する平日……サードは戸惑っていた。踊る人間が変われど所詮は脇役の賑やかし要因、自分が知っているのと大した差がないと括っていた高が、脆くも崩れさったからである。通常、主役を輝かせるための小道具として扱われるのに、美嘉さん手ずからの合同練習で教わる振り付けがどう考えても……準主役級のそれだったのだ。あまりに大胆な変更に驚き、難度からして候補生に任せるレベルでもないので疑問を呈しても、「やれるって思ったんだー☆出来なかったらやめるけど、どうする?」と不敵な笑みで返されてしまう。

 

まるで出来ないわけないよね?というニュアンス……明らかに作為を偽装するためのと、他に合格者を出さぬよう追随を許さぬ実力の発揮が、想定を上回って波紋を及ぼしたせいだった。やり過ぎたのだこいつは……今更手を抜こうものなら裏切り以外のナニモノでもない。最早軌道を修正しようにも手遅れで、敷かれたレールを行くしかなかった。

 

衣装合わせでお披露目された服も、ギャル風でもお洒落の一環で街に繰り出せそうな作風だったのが……振り付けの重要さに呼応して、海辺で今からさぁ泳ごうとしか見えないビギニルックに上着という主役と色違いのペアルックに変貌していて遠い目になる。これを自分と同じ姿をした奴が着るのかと思うと悶えずにはいられない。

 

そして簡易のリハーサルで、トレーナーに余裕持って及第を与えられたものの、「どこまで行けるか―――試したくなっちゃった!どーよ!」という美嘉さんのご意向で、ギリッギリまで完成度の引き上げに費やしたらしい。迎えたライブ当日、現地入りの後、態々応援に訪れてくれたメンバーの応援を背に、本日のメインたる共演者が犇めく楽屋へと挨拶をしに向かう。頼りになる先輩たちと重役に礼を尽くし、リハを終えた。

 

控室でスピーカーの反響、装置で舞台に押し上げられる感覚を懐かしんでいると、本番前にプロデューサーがアドバイスを携えて訪問してきたのだった。セカンド視点だと訪問というのは語弊で、実際は扉の前で葛藤する彼の手を引いて、部屋に引きずり込んだのが正解だが……サードは立ち往生を気にも留めず、大人に助言を求めていた。自信を持たせるには必要な行為だったそうな。空気を読みきって敢えて、ぶっ壊すその姿勢はイイ性格していると確信させる。

 

出演の合間に先輩にも託された連綿と受け継がれる魔法を唱え、ステージに望む。いよいよ出番……光り輝くステージに薄暗くも無数のサイリウムで照らされた客席を力に変えて、美嘉さんと共に背中合わせ、一瞬の煌めきをお客さんに焼き付けるため羽ばたいたのだろう。踊りきり余韻の静けから一転、鳴り止まぬ大歓声は今日一番の盛り上がりであった。主役からの紹介で悠陽への関心も跳ね上がり、公の場での美嘉さんからの賞賛は更なる加熱を呼んでしまう。期待を超えた成果は予測を狂わせ……望みとは違った道を歩ませようとしていたのだった。

 

会社が注目度の高さを好機と捉えたのか、サイトにダイジェストでライブの様子を配信してCD発売を告知。店頭に並べられたそれが打ち立てた記録は、新人としては異例の週間ランキングトップテン入りを果たす。世間では企画の名前から文字って、シンデレラガールと持て囃され、結果を出せば結果を出すほど繋がりを強めたかった娘たちとは……離れ離れになってしまったそうである。

 

贅沢な野郎だ……人にこれでもかってぐらい求められてるのに、方向性が違ったぐらいなんなのだ?好かれていることに変わりはないだろう?満たされているくせ悲しむのに憎しみすら覚え始めていた。自分と同じ姿をしているだけで……ここまで寛容さを失うのだなと己も苦々しく思いながら……




匂わせることも匂わせたので、一端夢日記は終了です。
次回は6話をお送りできるかと―――それでは次の話でまた。

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