星の扉目指して   作:膝にモバコイン

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第五話 生まれたての勇気 前編

 

―――奇人変人邂逅ナウ!と頭の悪い文章を綴ってしまうくらい揺さぶられていた。一歩間違えれば己は、滑落する勢いで馬脚を晒していたであろう。平素通り振る舞えているのは、薄氷を渡りきったからに他ならない。同じ間取りの一室に家主を除けば客たる自分のみ……商売店と違って、ジャズやポップスのBGMは流れず空間を彩る音はガスコンロに直火で炙られポッドから吹き出す蒸気に、シンクの隅で歓待に勤しむ……中世貴族の子女を想起させる風貌と装束を纏いし少女が、お盆に陶磁器を載せるそれくらいだった。

 

脈絡なくもなしに叫べば呑まれたムードをぶち壊せるが、同時に色々ご破算になる。机に視線を落として両目を瞑り、ことここに至った経緯を思い返すも詮ない徒労。どうしてこうなった!のかと……嘆いて天啓を閃くのならいくらでも嘆くが、それで少年漫画みたいにことが巧く運べた試しはない。逃げた分だけ追手は増えるし、百害あって一利なし。

―――成すべきを成すため、慎重に篝火を探り始めた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

シンデレラガールズ『星の扉目指して』 第五話 生まれたての勇気 前編

 

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ホラーもどきで納涼した後、みくさんと連れ立って自販機が立ち並ぶ共有スペースから長居は無用とばかりに足早に立ち去った。荷解きも途上故妥当である。胸の辺りでグラつく紙パックにボトルの山が零れぬよう段差を慎重に歩き。隣に挨拶すべく呼び鈴代わりに木目の板を手の甲で控えめに数度叩いた。気晴らし前に窓の欄干まで身を乗り出して、隣人が活動しているのは調査済み。行き当たりばったりでは決してない……推察を裏付けるようロックが外されノブが回り出す。期待と不安を綯い交ぜに顔合わせを迎えるのだった。

 

「何かしら?」

 

「え~と、私は湯島悠陽と申します。隣に越してきたのでご挨拶に伺いました。よければお近づきの印にお飲み物お一つどうでしょう?高ぶるあまり身の丈超えちゃいましたしので」

 

最近の顔面偏差値の鰻登りの鯉のぼりっぷりに、いい感じに脳が麻痺って順応したせいか……綺麗どころを眺めても安易に見惚れたりすることがなくなっていたりする。でなければ初雪、誰も踏みしめたことのない処女雪の如き白蝋の肌に、平安の姫君を模した特徴的な太眉。ねずみ掛かった灰色の髪に、アニメじゃない三次元で左右対称の縦ロールをさせる女の娘が眼前に降臨した今、己は数瞬呆然と魅入られていただろう。抱えたモノを床にぶち撒けて我に返った未来もあり得た。インフレも稀に役立つ。

 

「うむ供物を受け取ろうぞ!しかして漆黒の聖水の影は雲散している様子……次善に聖杯に注がれし葡萄酒を欲っしたいが、現世では未だ成約に縛られた身ゆえ葡萄ジュースをいただこう」

 

「あぁ、水瀬さんがCMでタイアップした果汁100%のcoleシリーズですね。甘さ控えめで喉越し爽やかなので目に入ると飲みたくなっちゃいます。はい、どうぞ」

 

受け渡しの時に垣間見えた爪に紫が拡がっていた。自然とかけ離れたそれは十中八九マニキュアである。缶詰の蓋、プルタブタイプを外した判断は正解だったと先見の明が立証された。非力さアピールによく使われるプルダブの開閉だが、誇大広告でもその中には方便が潜んでいる。ネイルアート等で爪のお洒落をしてるとアルミは兎も角スチールの硬さにせっかくの努力も無為に帰すのだ。お洒落維持のために男に頑張ってというのを隠している場合が多い。

 

なら爪をきっちり切ってやれば、剥がれる心配はないというのは正しいが解答としては落第である。本人が云うなら兎も角他人が云うのは論外、献上する側が労り放棄とか片手落ちとしかいいようがない。金を払ってまで好感度を下げに逝くとかドMの類か、アーパーだ。まして入寮条件を達している=で鑑みるべきだろう。

 

「隣人の気遣いに感謝を。我が言の葉を前に臆せず相対するとは、流石は瞳を持つものに見いだされし器ね。見どころがあるわ」

 

「月並みですが、みんな違ってみんないいって台詞好きなんです……くさいですけどね。私にはないモノを備えた人との交流は、新しい発見の連続ですもん」

 

いいことばかりとは限らないが、と内心続けるものの声にはしない。難解な単語の使用率に時代がかった表現を好む手合い、思春期に罹患し易い例のアレを発症していそうだった。麻疹みたいなもので、早期の治療が望ましいが……初見でにべなく一刀両断は振る舞いにに込められた想いも一緒に捨てることと同義。動揺はあれど度肝を抜かれるまでには至っていない。早熟で被れた子との間で編み出された慣れもあるし、常のスタンスでいるとしよう。

 

「幼いながらも真理に到達しているのね。ならば正体を明かし、共に約束の地に赴かん!我が名は神崎蘭子!!遥か十三年の前に火の国に産声を上げた一つの魂、一つの世界!覚醒を待ちわびし魔王―――それが我こと神崎蘭子である!」

 

演目を謳い上げ、大仰に手を頭上に翳す姿は役者とダブる。時と場所がそぐわないので問答無用に浮いているがな。終いにフハ、フッハハハハ!と高笑いまで発して、アクセルべた踏みで追いつけそうになかった。廊下はおろか下まで届きそうな声量である。綺麗と感心しつつも喧騒を注意する方、怒鳴りこむ方がとんと来ないのに胸を撫で下ろす。寮の防音に早速助けられたようだった。入寮早々連帯責任で大目玉の刑はお先真っ暗で鬱になる。

 

「神崎さん、歓喜を露わにして貰えるのは照れちゃうくらい嬉しいです……でもここは人の行き交いに注目もある住居の密集地、幸運なことに私たちを除いて気配なしなお陰で雷は落ちませんでしたけど、次はそうとも限りません。マナー忘れず、Win-Winな会話を心掛けましょう―――初歩的なミスで貴方との出会いにケチがつくのはあまりに惜しいですから」

 

「あぅ!?…………」

 

嫌味にならぬよう努めて表情を和らげ、口元に人差し指を添えてウィンクする。すると彼女はハッと瞠目して声にならない声で呻いたのみならず、キョロキョロと視線を走らせ始めた。どうやら尊大な言葉遣いとは裏腹にノーマルで羞恥心は根付いていたみたいだった。正直助かる……これで常識なしだったら労力が指数関数的に増えてたことだろう。この若い身空で胃薬の世話になるのは御免である。なにせ常識に囚われないはプラスイメージが湧くが……常識なしはマイナスばかりの厄ネタだ。

 

「―――こほん、幾星霜を経た雌伏のせいか心の泉から猛りが零れてしまったようね。己すら支配が儘ならぬとは不甲斐ないわ……不明を詫びよう我が同志湯島」

 

「謝罪を受けるほどのことじゃないのでこそばゆいですけど、肩の荷が下りるなら喜んで受け取ります。ささっ!禊も済んだのですから切り替えましょ。引きずるなんて損ですよ損!」

 

「う、ふふふ血の盟約で繋がれた同胞の中に、湯島悠陽がいたのはテュケの思し召しね」

 

「神崎さんとは企画も一緒ですから、宿舎以外でも絡む機会がたくさんあります。わくわくしますね」

 

軌道修正に意識を割きながらも、ゴスロリコロネさんと顔合わせした時から……喉仏に小骨が刺さったみたいな違和感が付きまとっていた。初対面なのにまるで既知の人物であるような覚え、デジャヴが。まぁ、特徴が服着て歩いてる少女を彼方に忘却できるはずもないので勘違いだろう。舞踏会参加を目指すシンデレラたちは誰も彼もが一度で脳裏に刻まれる。中でも派手な神崎さんをピンポイントで、ド忘れできるとはちゃんちゃらおかしい。

 

「一度はピクシーの戯れでも、二度は定められし運命の導き。子羊たちが相食む選定の儀の終焉にて、感知した時から魂の共鳴を感じていたわ」

 

「……………………」

 

んん!?暑いベールに包まれた婉曲表現だが、鈍くなろうと初対面じゃないというニュアンスは流石に察せられた。一笑に付した勘違いこそ正常とは内心愕然とせざるを得ない。変装して地味に扮すれば兎も角、着飾らずとも集団で埋没せずに際立つ見目ゆえ、一方的に見知った関係って線もある……しかしそうすると途端こちらのデジャヴに説明がつかなくなってしまう。前提として互いが確実に認識できる間合いで遭ったと仮定すべきだろう。

 

だが肝心の一体いつ何処でかとなると脳細胞を総動員しても掬えない。外部、神崎さんが漏らしてくれない限り早期の解決は絶望的だった。

 

「非日常を告げる偶像の演目以外の羽衣に覆われた暮らしにおいて、花園だけではなく、階層こそ違えど知慧の塔まで在籍被りとは……凡百の同胞より濃い絆よ」

 

考えろ考えるんだ……何処でお逢いしましたっけ?って投了は最後の手段だ。好意がふいになり反転する恐れもある。知ったかぶりして墓穴を掘りそうならなりふり構わんけど、切り抜けるチャンスはあるはず。女神の気紛れか、誘導なしにヒントが降って湧いた。行末は選定の儀に知慧の塔を解読できるかどうかにかかっている。

 

まずは選定の儀と呼ぶからには試験の類だろう。アイドル関連であればスカウト一回ぽっきりで、オーディションも受けていない現状この方面は顧みずともよい。複数回のレッスンでもかち合ってないのだ。進学なら判定のための模擬に本番と臨んだ……遭っているならここだろう。補強に終焉にて感知したと述べているので、知己が一桁後半の距離が近いシンプロと違い不特定多数が交わる会場なら説明が一応つく。となれば自ずと知慧の塔が指し示す訳がみえてくる。引き伸ばしもいい加減に限界、答え合わせをしなきゃならなかった。

 

「神崎さんは校舎への順路って分かります?私は上京したばかりなので地理疎くて……」

 

「えぇ、棲家が変貌を遂げたとはいえこの地も我が庭の一部。ラビリンスが如き網の目も造作なく超えられるわ。かんばせに浮かぶ苦悩を告解してみるがいい」

 

「入学式当日に遅刻しないように下見を兼ねて、予行演習をやろうと計画したんですけど、ちょっと心細くなっちゃいまして……ははっ、弱音零すの早すぎですね。恥ずかしい」

 

「親元から引き離されし無垢なるアダムスが熱を求めて憂えるのを誰が嘲笑しようか、いやしない!我に任せよ!あないしようぞ」

 

ビンゴ!宛が外れても言い訳が効く撒き餌で推理の裏付けが取れた。案内をしてくれる提案からして、春から通う中学の在校生に相違あるまい。遭遇した覚えが明確にはなくうろ覚えだったのは、受験終わりの帰り際だったせい。丁度その時に青天の霹靂が襲い掛かってきて打ちのめされた折に、氷で希釈されたアイスティーの様に薄まったのだろう。めだかの水槽で、出目金が闊歩してるくらいの異邦人さを存分に発揮しようとも……異常はより大きな異常を前に掻き消されてしまったのだ。

 

―――改めて思う。個性独り博覧会を風化させるとか、プロデューサー待ち伏せ+身内プレゼンツ騙して悪いがのコラボ威力どんだけだよと!

 

「ふふっ、安請け合いしてしまって大丈夫ですか?宛にしちゃいますよ」

 

「我が言の葉に二言はない!約定は神聖なるものと心得よ」

 

種明かしの顛末によって脱力が身体を蝕みそうに鳴るのを鞭打ち応対する。ある種の鉄火場にある今、予断なんて贅沢は縁遠い。

 

「ありがとうございます。甘えて相談しますが、神崎さんは通学の手段どうしてます?徒歩に自転車、定期と色々ありますけど」

 

「在りし日まで塔と目と鼻の先に居を構えていたから、翼を休め地に足をつけてたけれど……花園との間はそれなり。鋼纏いし四足獣か、雷を糧とし螺旋疾駆する連なりし箱を選ぶが相応ぞ」

 

「二輪は候補にも挙がらないのは、時間にあまり縛れられないメリットよりデメリットが多いからでしょうか?」

 

「如何にも守護者が捻じ曲げし理により、数多ひしめく心臓部ではペイルライダー本来の持ち味が損なわれるわ」

 

悪天候だと雨合羽をしても体調不良を誘発しますしねと追従する。有数の人口密集地では渋滞は日常茶飯事、路上駐車が加わり危険を避けようとすると、徐行ばかりでやってられなくなるのだ。崖っ淵ではあるものの歩道を奔れる範疇にある己は一応やれなくもないが、ゴスコロネさんと足並みが揃わなくなるためどちらにしろお蔵入りであった。

 

「お薦め納得です。通勤通学ラッシュのすし詰めはそう大差ないでしょうから、お好みでって感じですね。定期買わないと」

 

「新たなる領域へと押し上げられし、祝祭にて師より免罪符を賜るがよい。さすれば道は開かれん」

 

「はい、定期の有料引換券は初登校当日からでしょうし、いの一番に申し込むつもりです」

 

「ならば善し。代価に召還される卯月の陽が二度没した三度目の朝に旅立とうぞ」

 

異論はないので頷き約束を取り付ける。さて、友情を育む種も蒔けたので噛み合っている内に切り上げが賢いが……撤退の段こそ細心の注意がいる。気もないのに無理に引けば、勝ちも転じて負け戦で被害甚大、さりとて愚図々々していたら深追いで死地がこんにち。切り出すタイミングを計っていた。

 

「石像の如き時は終焉を迎え、ハムラビの石碑に倣おうぞ。供物の礼にミサに招くわ!黄昏に至るまで魂の共鳴を奏でん」

 

「光栄です。でも直ぐには参加できないのを許して貰えると嬉しいです」

 

「…………はぇ?」

 

被せずなるたけ申し訳無さそうに眉根を下げ述べるが、望む展開に転がっていきそうな兆しはない。今にも黒魔術でも放ちそうな決めポーズのまま固まっているのだから……

 

「ま、まさか、恩を売るだけ売って貸逃げしようというのか!?」

 

「……っと、言葉足らずでしたね。勘違いさせてしまってごめんなさい」

 

仰け反り瞳孔が開いた後、口端を噛み締め頬の片側を風船みたいに膨張させ拗ね始めたのをみて、気遣わしげに謝罪する。

 

「呪言の擦れ違い?」

 

「はい、後日という訳ではなく、直ぐにはと前置きしたのは抱えた私物を片付けるのに時間がいるのでって意味だったんです。目上の方を待たせるのは失礼ですから」

 

「理解したわ……瞳を曇らせるとはまだまだ魔力が足りぬようね」

 

一面が白雪ゆえ映える赤、耳を赤らめて恥じらう少女に罪悪を意識させられた。解釈で急場を煙に巻いたものの、引き止められなきゃ……これ幸いと離脱してたろうから。

 

「―――だが一握りの齢の多寡なぞ誤差。我と湯島悠陽は同胞!その程度の脆い柵は吹き飛ばし、同じ位階に立つがいい」

 

「気遣うつもりが、逆転してフォローされちゃってますね。下手の考え休むに似たりとはこのことです」

 

苦笑して踵を返す。呼び止められる理由もなくなっていた。

 

 

 

自室にて雑務を済ませ、ドレッサーの前に佇む。余所行きの顔か確かめる。鏡には微笑をたたえ小首を傾げた女の娘が独り、及第点を降して隣室へと向かうが重石を背負ったみたいに手足は草臥れている。精神の焦れが表層まで浸透してしまったためだった。なにしろ期間が短すぎた。対策を練る間もないぶっつけ本番である。

 

これでこの手の経験が二度目とはいえ……慣れるはずもない。それに偶然というにはあまりに出来過ぎていた。公私で居場所が一致し続ける下手な家族より濃い間柄の人間が壁一枚の向こう側なのだ。当事者以外の第三者の意向が介在してないと思うほうが不自然、誰がなんて問うほどお目出度い頭はしていない。ただでさえそれ抜きにしても灰かぶりの中じゃ、みくさんすら八艘飛びして関係構築尽力トップである。

 

「運営が求めてるのは通訳なんでしょうか?仲介者的な……だったら、私のようなのを採用した疑問も解消されます」

 

学校まで直にスカウトしに来たのだから、母から色々聞いていのは明白だ。住まいやら判定やらも……あわよくば組ませられるかもしれないとよぎったろう。事実合格したので手はずを整えた。悟りではないので真偽は不明なものの、あながち的外れじゃないはず。

 

保険代わりのスマホの操作終えて、常に会話が謎かけになる程度の能力の対処に頭を悩ます。駆け出しの蘭学者には講師もいないのないない尽くし、手製の単語帳の作製が急務だった。発案使い手ともに単一な言語の解読……謎は幾重にも積み重なり、氷塊は溶ける兆しもなく雪解けは遠かった。

 




アニメではぴにゃこら太が大活躍!
ぴんにゃ心経を唱えつつ秘丹弥虚羅多尊像を拝んでたりする今日此の頃。
蘭語を捏ねくり出すの中々に難しいと実感しました。

―――それでは次の話でまた。

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