昨年は仕事が始まり、思うように書かずに投稿できませんでしたが今年からは仕事も慣れ始め(るだろう)プロットも出来たので亀のままでありますが投稿していきたいと思います
21話
"アンダーウッド"葉翠の間・大浴場
大樹の西側を掘って造られた大浴場。
他の部屋も同様に樹をくり抜いて造られている。
滴る湯、白く立ち上る湯煙、そして木目の見える木で出来た湯殿には2つの男の姿があった。
「なぁ十六夜」
「んっ…なんだよ」
湯船に男2人並びながらも目は合わせず、ただお湯の温もりを感じるため目を瞑る。
そして上条は疑問に思っていた事を問い掛けた。
「飛鳥を攻略隊に加えない事は俺も賛成だったんだけどさ、あそこまでする必要あったか?」
「あるに決まってる。お嬢様は俺や春日部と違ってギフトがあったとしても、何処まで行ってもただの人でしかない。それを分からせるためにあの方法が一番手っ取り早いんだよ。特にお嬢様の場合は口で説明するより身体で体験した方が効くだろうしな」
「…あー、そうかもしれないけど。俺を参加させたのは何で?」
目を開けては思い当たる節があるのか上条は遠く空を見つめる。あのビリビリと白井を足したら飛鳥に似た性格になったのだろうかと考えていた。
それと同時に早朝に十六夜に引っ張ってこられた理由がいまいち掴めなかった。
飛鳥の相手をするならペストだけで十分だったと考えているからだ。
「上条のテストも兼ねてたからな。お前も右手以外は普通の人…なんだよな?」
これまでの戦いを見てきて本当に上条が右手以外は普通の人間なのか、十六夜ですら怪しく思ってしまう。
「そうだっての。上条さんは別にどこにでもいる平凡で普通の高校生だっての」
別段何かを誇張して言うわけでもなく、ただ本当に自分の事をそう思っていると十六夜は感じた。それと同時に気になる事もあった。
「平凡…ねぇ?」
平凡というには上条は余りにも特殊過ぎた。
十六夜の知っている限りでは、最初にギフトゲームをしたガルドの時も、ペルセウスの時も、初めての魔王襲来の時も、そして今回も上条は騒ぎ立てては慌てる姿を見せるなんてことは特にしなかった。
慌てない理由、それは上条がそれなりに場数を踏んできたという証拠にもなる。上条がどれだけの死線をくぐってきたのかは上条とオティヌスが話してくれた限りしか十六夜は知らない。
それでも聞いた話だけでも、到底普通の高校生では体験することもないような経験を上条は積んできていた。
それは小さな喧嘩や、面白くもない殴り合いばかりしてきた十六夜とは違う、本当の戦場を上条が潜り抜けてきた。
羨ましいとも思った。自分には経験したことのないことをしていて、自分が見たことのない世界を見てきたんだろうなと羨ましかった。
それでもやっぱり納得の、いや理解できないところがある。
これは上条が"ノーネーム"に住み着いてからよく聞く話だが、よく困っている人がいたらその人のために全力で力を貸しているツンツン頭の少年がいるというのを噂で聞いていた。
それをしては付き添いなのだろう金髪の美少女や、斑模様が特徴的な服を着た美少女達に呆れられたような表情をされているという。
そんな奇人は上条当麻その人しかいない。
「平凡な高校生なんざ、俺が知ってる限りだとお前みたいに行動する前に知らんぷりして逃げるぞ」
「そうか?俺からしたらさ本当に困ってる人を見たら、それだけでいつでもヒーローになれるのが平凡な高校生ってもんだろ。大体、他人が不幸な目にあってるのに、それを見過ごしたまま幸せに生活するなんてのは、俺には無理だ」
この時十六夜はコイツは何を言っているんだと思った。
何を経験したらこんな事が言えるのだろうか、何でそこまでハッキリとそんな事が言えるのか、こんな人を見た事がなかった。
上条当麻みたいな人間を、金糸雀とも違う、似ても似つかない2人なのに何故か彼女の事が脳裏に浮かんだ。
「…全ての人に救済を、なんてのは夢物語だ」
「そんなのはわかってるさ、だから俺は俺の眼の届く範囲の人は絶対に助けたい。皆が笑えるように、誰も不幸にしたくない。俺はその為なら何だってするし、諦めたりなんかしない」
「なら敵に助けてって言われたら助けるのか?」
「当たり前だ。誰かに助けを求めるのは敵も味方も関係ないだろ」
流石に耳を疑った。
この少年は何を言ってるのだろうと、自分とそう変わらない年齢のはずなのに、何をどう過ごしたら此処までの業を背負って誓って見て生きられるのだろうと。
これじゃまるで物語に出てくる"英雄"じゃないか、と十六夜は不意に思った。
少なくとも、いや十六夜はここまで頭の螺子が飛んでいる人物を見たことがなかった。
「………お前は最高にイカれてやがるよ。いいぜ、俺が太鼓判を押してやる。お前が最高に平凡な高校生だってな」
あぁ、やはり"此処"に来て正解だった。こんな世界に1人しか居ないであろう馬鹿と会えたことに、毎日が充実している現在を満喫できることに感謝をした。
「そんでもって決めた、あぁ決めた。上条、このクソみたいなゲームが終わったら、俺と喧嘩しろ」
「はい?…え、はぁ⁉︎」
戦ってみたい、きっと同年代で好敵手何て呼べるのはきっと上条だけだ。ケラケラとした薄い笑いではなく、十六夜は心底楽しそうな表情で上条に宣戦布告をした。
「俺とって…無理に決まってるだろ⁉︎勝てるわけがあるかッ‼︎」
上条の慌てぶりに何て目に止めずに、淡々と今決めたことを十六夜は喋っていく。
「ゲームの内容はどちらかが倒れるまで。使っていいのは己の拳のみ。簡単でいいだろ?」
「そういうことじゃ…!」
「楽しみにしてるぜ?自称平凡な高校生」
それだけを言い残し湯殿を後にする、ぽつりと理解が追いついていない上条を残して。
徐々に思考が追いついていくと、顔が青ざめていきながら本日2度目となるアレを叫ぶ。
「ふ…不幸だぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
一方女子風呂ではそんな上条の叫びが響いていた。
飛鳥はペストの髪をシャンプーで泡を髪を包み込んでいる最中だったがその手を止めてしまう。ペストはあまりお風呂に慣れていないせいもあるのか目を強く瞑っているためそれどころではなさそうだった。
「あら、今の声…上条君よね?何かあったのかしら」
「知らないわよ…って泡が目に入るから早く流しなさいよ!」
身動きが取れずに、目に泡が流れていき少しでも緩めると染みてしまうためペストからしたら流して欲しくて仕方なかった。
「はいはい、今流すから。次は身体だからね」
桶からお湯を流しペストの頭についた泡を流していく。すると次に四角いスポンジを取り出しペストの体を洗おうとする。
「や、やだっ」
それをペストは拒む。ジリジリと詰め寄る飛鳥と、後退していくペスト。その瞳には薄らと涙が垂れているようにも見えた。
「か、上条ォォォォぉぉッッ‼︎」
助けを求めれば来ると言ったあの少年の名前を叫ぶが、ヒーローでも来れない場所はある。
そのまま飛鳥がペストの身体を蹂躙するかのように洗っていった。
そして暫く経ち、湯殿からあがった上条とペストはこれまた木でできた椅子に座りながら項垂れていた。
「「…不幸だ」」
片や、何故か宣戦布告をされ、もう片やは身体を蹂躙された。
2人並んで項垂れている姿は少し微笑ましくもあるが、上条とペストからしたら最悪な気分だった。
「へぇ、十六夜君は上条君とギフトゲームをするのね」
「あぁ、そろそろアイツの本気って奴を見せてもらいたいしな」
そして十六夜と飛鳥は対照的に楽しく談笑していた。お風呂での事、次に攻略の時はどうしたらいいのか具体案を練り上げる為に作戦会議をしていた。
「あ、そうだ。ペスト、少し頼みがあるんだけど…いいか?」
何かを思い出すように顔を上げては、どんよりとしているペストの方を向く。
「…ん、何よ。上条からなんて珍しい」
「オティヌスを預かって欲しいんだよ。ほらグリフォン?…みたいなあれに乗るともしかしたら落ちちゃうかもしれないし」
「アレを?…気乗りはしないわね。いちいち小言挟んでくるから苦手なの」
なぜこんなことを頼んだのかというと、オティヌスなら万が一もなければ落ちる事はないだろうが、念には念を入れて地上で防衛するペストならそんな事もないので安心して任せられると思ったからだ。
「そう言うなって、オティヌスも悪気で言ってるわけじゃないさ。3割くらい本気だろうけど」
「何よその微妙な割合。…別にいいわ。上条から珍しく頼まれ事をしてきたんだし」
そう言っては軽く顔を背けながらも彼女は答えた。
それが上条は何だか可愛らしく思えた。
「さて…と、俺はそろそろ休ませてもらうよ」
「作戦は明日なんだから少しでも身体を休ませときなさいよ」
「わかってるよ。ペストもオティヌスみたいに小言を言うのか?」
「う、うっさい!」
軽口を叩く上条に、激昂するペストであった。
「それで…一体誰を何処に預けるって?」
何故かペストと上条が座っている椅子の端っこ、そこにちょこんと座っているオティヌスが上条を不機嫌そうに睨みつけていた。
「…あのー、オティヌスさん。いつからそこに?」
冷や汗を流しながらも尋ねる上条。
「……」
じっと上条を見つめるオティヌス。暫く見つめると、深く溜息をつく。
そして立ち上がっては上条ではなく、ペストの肩まで歩いて行った。
上条は驚いたが察したように苦笑いを浮かべる。
そんな不思議な雰囲気にペストはオティヌスと上条を交互に見ては首を傾げていた。
「無茶をするな、とは言わない。帰ってこい」
「あぁ、わかってるよ。帰ってくる」
「それと例の物がこれだ。左手首につけておけ」
そう言って自らが座っていたところを指差す。そこには草で編まれているブレスレットがあり、上条は左手で持ちながらそのまま手首までくぐらせた。
「ありがとな、オティちゃん」
「うるさいっ‼︎いいからさっさと行け」
言葉を交わすと上条は立ち上がり部屋から出て行く。
一覧の行動を黙って見送るペストも何かに気付いたのか、ペストも溜息をついていた。
「…ほんと馬鹿ね」
ペストはそう呟き、オティヌスを連れて自室まで戻るのであった。
飛鳥と十六夜は楽しく談笑してたのか2人が退室していたのに気付かずにいた、その後黒ウサギとサラも加わり、こちらでも軽く会議をしていた。
ペストは自室に戻るとオティヌスを肩から机に降ろし、側にあるベットに腰を掛けた。
「見送る私も私だけど…アレ、どう考えても今から乗り込む気よね。止めなくてよかったの?」
「彼奴の行動はお前も見てたろ」
「見てたわ、というかされたわ。それでも今回は…いえ、今回も暴走してると思うわよ。私の時みたいに甘くはないのよ」
「ソレは直らないさ。アレが無くなると人間が人間ではなくなるからな」
ペストにも何か通ずるものがあるのか、黙りこくってはオティヌスを観察していた。
「ねぇ、何で上条の事を人間って呼んでるの?」
「いきなり何だ」
「だって気になるじゃない。私達とかよりも付き合い長いんでしょ?それなのにまともに名前を呼ばないのって何かしらの理由でもあるのかなと思ってね」
「………な、何もない」
体ことペストから見えないように移動させては帽子を深く被る。
「いや、あるよねそれ。絶対あるわよね」
「えぇい、うるさいっ!お前はさっさと寝たらどうだ‼︎あと私の布団も用意しろ‼︎」
顔を赤く染めたままペストに指を差しながら叫ぶ。ここまで来ると引くに引けなくなり同じく意地をはる。
「こうなったら意地でも聞いてやる…‼︎さっさと教えなさいよ、じゃないと上条に聞くわ!」
「あの人間がそんな事を聞かれても、俺もわからない。としか言わないわ!」
ぎゃあぎゃあと叫びながら話す2人、丁度その頃に上条は"アンダーウッド"の大樹の根元に来ていた。
上条は外に出ると人知れず待機していたグリーのいる所まで歩いていく。
何でここにグリーが居るのかというと、それは事前に上条がグリーに対して頼み込んでいたからなのはそうだが。他に頼れるヒッポグリフ種の幻獣が居なかったのもある。
そんな彼も上条からその話を聞かされた時はもちろん反対した。
しかし何回も頼まられると彼の言葉と、その心に魅せられたのか承諾した。
そもそも明日からなんて上条が我慢出来るはずもなかった、確かに皆で行った方が確率は高いし安全だろう。
だけど、今もしかしたら春日部たちの身に何か起こってるのかもしれない、そんな可能性を見つけてしまうと上条の足は動いてしまう。
左手首には草編みのブレスレットをつけながらグリーに話し掛けた。
「待たせたな」
「…本当に行くのか?承諾はしたが…やはり私からすると無謀でしかないと思うが」
「それでもだ。誰かが行かないと、今もしかしたら救えるものも救えなくなる」
「…わかった。ならば私の背中に乗ると良い、私の誇りにかけて城まで連れて行こう」
"アンダーウッド"上空。吸血鬼の古城・王道の玉座。
玉座の間に続く階段の踊り場に陣取っていた、黒いローブをまとった女性、アウラと呼ばれた女性は、水晶球で夜のアンダーウッドを観察していた。
すると大樹の根元に1人の少年とグリフォンと呼ばれる幻獣が少年を乗せて羽ばたいていた。
「殿下、なにやら動きがありました」
「…こんな夜中にか?数は幾つだ」
「それが…1つです」
目を丸くする、殿下と呼ばれる少年。白髪の頭に見た目はとても幼き、しかし少年から発せられる威圧感は異常だった。
「こんな時間に、1人で…奇襲にしても数が少ない。何の目的があって…」
意図がわからないのか、そのまま黙りこくってしまう。
すると殿下の髪の毛を三つ編みにしていた少女…、リンが何か気になるのか、特別ふざけることなくアウラに質問した。
「ねぇ、アウラ。その少年ってさ…ツンツン頭とかだったりする?」
あまり見ないリンの姿に面を食らっていたアウラは、我に帰ると水晶球を見直す。
「えぇ、確かにツンツン頭だけど」
「…そっか。まさかこんな早くに行動するとは思わなかったかな」
三つ編みをしていた手の動きは止まり、アウラの水晶球へと近づいては覗き込んでツンツン頭の少年をじっと見つめる。
「…この人の相手は私がしていいかな?」
「貴女が?まぁ、問題はないと思うけど…」
「"アレ"を使うにも目立ちすぎるし、巨人達も今動かすわけにはいかないからね。なら私が直接相手するよ」
そして立ち上がっては殿下と呼ばれる少年の方に向く。
「ちゃんと作戦までには戻ってきますね」
闇夜に向かい歩きだし、音という音は少女の軽い足音だけだった
"アンダーウッド"吸血鬼の古城 上空
グリーが一歩踏み締めて歩き出す度に上条には物凄い風力の波が襲い掛かる。目を開けるのが精一杯で耀みたいに空を歩く感覚を楽しむなんて事は出来るはずもなかった。
「ぐぉ…わかってはいたが…ッ」
言葉を発しようとすると肺にまるで空気の塊が入り、冷たい冷気を帯びてるためか呼吸もままらない状況でも何とか一言呟くが、それをグリーが制止させた。
「上条殿、無理をなされるな。本来ならこの速度にしがみついてこれるだけ異常なのだ。春日部殿みたいなギフトがない以上は話さない方がいいと思うのだが」
別に上条は無理して言葉を発したいわけでもなかった。単に無言でいるのが辛かっただけなのだが、よく春日部はこれ以上の速度で、これ以上の速度と寒さの中でしがみついていた凄さを改めて実感した。
それから何分たっただろうか、もはや時間の感覚を気にする余裕もないままに城の城下町だと思われる、壊れた街並みに着地した。
「…ぁ…はぁ…っ、しんどっ」
そのまま落ちるように降りると、グリーにもたれかかりながらも一息つくと、そのまま歩き出し街の方へと行こうとする上条をグリーは呼び止める。
「…確かに此処を散策するに私は不向きだが、本気で1人で行くのか?」
「これだけしてくれただけでも充分だよ。後、明日の作戦に響かせたくないしな。お前の力は必ず必要になる」
「そうか…。なら健闘を祈る。私達も明日…いや、もう今日になるか。必ず迎えに来る」
そしてその大きな翼を羽ばたかせグリーは再び闇夜に消えて行く。
それを見送ると振り返り城めがけ歩いて行く。
「待ってろよ…!」
歩く足は次第に早くなり、最終的には走りながら周りを捜索し始める上条。