ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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(非)日常編4

 なんでこんなことになってしまったんか・・・うちはこれからどうなってしまうんか・・・。やっぱり、ここの土地には凶神が取り憑いとるんや!そのせいで・・・!

 

 「みこっちゃん?」

 「ひああっ!?は、はいぃ!」

 

 うちは思わずはしたない声を出してしまった。なんでうちはこんなに臆病なんや。魔の者を祓う方法だって教わったのに、教わる前よりずっと臆病や。

 ドア越しにうちを呼ぶ有栖川さんにやっとの思いで返事して、開ける前に悪霊退散の印を結んでからちょっとだけ開けた。ああよかった、ほんまに有栖川さんやった。

 

 「あ、有栖川さん・・・どうしたんです?」

 「どうもこうもないよ。みこっちゃん、あれからずっと部屋にこもっててさ・・・さすがに心配になるって」

 「う、うちは平気ですから・・・あ!い、いま開けますね!」

 

 ああ!やってもうた!これしか開けないとこのドアは隙間になってまう!霊界に繋がる前に開放せんと、どんどん部屋に霊が入ってくる!

 慌ててドアを開けて、有栖川さんを中に入れた。指紙は寝たまま、霊は入って来てないみたい、ほっと安心して、ドアを閉めた。有栖川さんはいつものようにぬいぐるみを抱えて、うちのベッドに座らはった。

 

 「な、なにか飲み物でも淹れましょうか?」

 「あー、いらない。なんか飲みたきゃ食堂行くし」

 「あ、あぁ・・・そうですよね。ごめんなさい・・・」

 「っていうか、さっきは全然返事なかったのに、今はあっさり入れてくれるんだ。ちょっとは落ち着いた?」

 「ええ・・・おかげさまで・・・」

 

 ほんまにさっきまでは余裕なんかなかった。時間が経って、少しずつ気持ちを整えられたから、今はもう大丈夫。心配そうな有栖川さんに笑いかけたら、有栖川さんは口を尖らせた。

 

 「みこっちゃんさあ、鏡見たことあんの?」

 「か、かがみですかあ!?あ、あんまり・・・べ、べ、別に身嗜みをしてへんとかやなくて!鏡は霊的な物に敏感やから、きちんと祓って清めたものでないと魔を呼んでしまうんでぇ!」

 「よく分かんないけど、そんな顔じゃアタシも誤魔化せないよ。そっちの方がオバケみたい」

 「ひっ!?」

 

 急にそんな霊具の話題になるなんて思ってなくて、またうちは動揺してしまった。有栖川さんはうちを怖がらそうとしてるわけやないって分かってるのに、どうしてうちはこんなに臆病なんや!あぁ、また嫌われる!また一人魔の者に心を蝕まれてまう!

 怯えるうちに、有栖川さんはいきなり手鏡を向けた。一瞬自分の顔が映ったのを見て、反射的に眼を逸らしてもうた。自分の眼を見ると魂が入れ替わるから・・・!そしたら眼を逸らすうちに、有栖川さんが鏡を押し付けてきよった。

 

 「こら!ちゃんと見なさい!見ろ!」

 「あうう・・・!」

 「みこっちゃん、あんた今ヒドい顔してるよ!そんなんじゃせっかく可愛いのに台無しじゃん!いっぺん見てみなさいって!」

 「なら先にお祓いさせてください!」

 「見てからおはらえ!一回見たらおはらいでもお清めでもなんでもしていいから!」

 

 清めてない鏡を見るなんてうちには・・・うちにはできない!でもうちの力じゃ有栖川さんには勝たれへん!どうしたら・・・!そう思ってたら、不意に有栖川さんはうちを押さえつけるのを止めた。ど、どうしはったんや?

 

 「みこっちゃん。あんたいつまでそうしてるつもり?」

 「そ、そうって・・・?」

 「いつまでアタシたちから逃げ続けるつもりかって聞いてんだよ!」

 「ひぃっ!に、にげる・・・?」

 

 力尽くで鏡を見せるのを止めた思ったら、今度は怒りだした。な、なんで怒ってはるん?うちは何も・・・何もしてへんのに・・・!

 

 「アタシはさ、みこっちゃんに元気になってほしいの。そんな暗い顔じゃなくて、笑った顔とか照れた顔とかを見てたいの。みこっちゃんだって、そんな顔したくないはずだよ!」

 「う、うちは・・・大丈夫ですから」

 「大丈夫な奴がんな引きつった笑顔になるかあ!みこっちゃんは無理してるだけ!その上、オバケがなんたら悪魔がうんたらって、なんでもかんでもビビり過ぎだって!」

 「せ、せやかて・・・うちは人一倍、霊能力が敏感やから・・・」

 「アタシは人一倍鈍感だから分かんない!ってかここにいる奴らみんなそう!」

 

 えぇっと・・・そんな自信満々に言われても・・・。有栖川さんは何をしようとしてはるん?うちはどうすれば・・・。

 

 「もう言っちゃうけど、アタシはみこっちゃんを励まそうとしてんの。なのに、みこっちゃんに嫌われちゃったら・・・アタシがただのウザキモいお節介焼きみたいじゃん」

 「き、きらうなんてとんでもないです!有栖川さんは・・・」

 

 その先が出てこなかった。有栖川さんを嫌ってるわけがないのに、上手く言葉が出てこない。ちょっかいをかけてくるし、心変わりしやすくて振り回されてばかり、うちとは違う世界の人みたいで・・・でも、嫌だと思ったことなんて一度もない。うちにとって有栖川さんは・・・。

 

 「いくら“才能”があってもさ、できることとできないことがあるんだよね。それは分かってる。でも、誰かを励ますことくらい、アタシにもできるかと思ってた」

 「えっ」

 

 緑のキリンのぬいぐるみを抱きしめて、有栖川さんはぽつりと言った。さっきまであんなに元気やったのに、なんでこんなに落ち込んではるん?

 

 「友達が悩んでる時に、ちょっとだけでも助けてあげられたら・・・支えになってあげられたら・・・そう思ってたんだけど、結構難しいね」

 「えっと・・・あ、あの・・・」

 「みこっちゃんのことは助けてあげたかったんだけど・・・やっぱ無理なのかなあ、アタシには」

 「そ、そんなことないです!有栖川さんはうちを想ってしてくれたんですから・・・!」

 

 いつもあんなに感情豊かで、ころころ表情が変わって、おっきい声で笑う有栖川さんなのに、今は虚ろな目で無感情に呟いてはる。あかん、うちのせいや。うちのせいで有栖川さんが・・・!

 

 「なーんてっ!」

 「へ?」

 「びっくりした?アタシがそんな簡単に落ち込むわけないじゃん!」

 「あ、ありすがわさん・・・?」

 「みこっちゃんにはみこっちゃんのペースがあるもんね!アタシが強引過ぎたわ、ごめん!」

 

 ええっと・・・有栖川さんは落ち込んでなかったいうこと?な、なんやったんや今の。

 

 「無理に元気付けたって意味ないよね。でも心配してるのはマジだよ?だから、悩みとかあったらアタシやドールんを頼っていいんだよ!」

 「はあ・・・」

 「はい、これ!」

 「え?な、なんですか?」

 「みこっちゃんのために、アタシの新作!牛、好きっしょ?」

 

 有栖川さんはにっかり笑って、懐から真っ白い牛のぬいぐるみを取り出してうちに渡してくれた。まん丸の目はビーズで、尾っぽの先はふんわりした毛、中に柔らかい綿が詰まってて、軽く握るともこもこで気持ちいい。牛も白い物も、うちの好きなものや。

 

 「・・・かわいい」

 「これが、アタシにできること。リクエストくれたら、また何個でも作ってあげる。だから元気出そ?」

 「あ、ありがとうございます!大切にします!」

 「えへへ、みこっちゃん可愛い!大好き!」

 「ひゃあっ!」

 

 触っただけで分かった。これはお祓いなんて必要ない。有栖川さんの優しい気持ちが、これに詰まってる。さっきまで有栖川さんに抱かれてた温もりの余韻を、頬っぺたで感じた。そしたらまた有栖川さんに抱き着かれた。つい声をあげてもうたけど、ちっとも嫌やなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのふざけた映像の機械はゴミ箱に捨てた。モノクマの奴はあれが本物とも偽物とも言わなかった。確認したけりゃ誰かを殺して外に出ろってか。

 

 「くそが・・・くそがああああっ!!」

 

 一度部屋に戻ったが、気分が晴れることはなかった。俺は一人で多目的ホールに戻って、手当たり次第にボールを引っ張り出しては投げたり蹴ったりして気分を紛らわせてた。デタラメに投げたボールが、壁に当たって跳ね返った。

 

 「はぁ・・・!はぁ・・・!んんんんんんんんっ!!」

 

 足下に落ちてたバットを拾い上げて、返ってきたボールめがけて思いっきり振り抜いた。金属バットとボールが当たると同時に、重い衝撃と激しい痺れが手に伝わってきた。バットを離すとがらんがらんとうるさい音を立てて床に転がった。ボールはちょっとだけ飛んですぐ落ちた。

 

 「・・・くそっ・・・くそっ!くそっ!くそっ!!くそがあああああああああああああああああっ!!!」

 

 この程度じゃ全然ストレス発散にならねえ。思った通りに動かねえ体が憎い。だがそれ以上に、あのゴミ野郎をぶん殴れねえこの状況に一番ムカついてる。だがこれ以上何をすればこのむかむかは晴れるんだ。なんで俺がこんな目に遭わなきゃならねえ!!ふざけんな!!

 

 「何の球技に興じているのだ?」

 「・・・あ?」

 「ボールの種類も豊富だが、一人でできる球技というのは実に画期的だな」

 「何しに来た。おちょくるつもりなら帰れ」

 「おちょくる?私にお前を嘲る意思はないぞ」

 

 息切れして突っ立ってると、用具倉庫の中から望月が出て来た。何しに来やがったんだ、っつうか今まで何してやがったんだこのガキ。こいつすら俺を馬鹿にしにきたのか?どう考えてもいらいらして荒れてるって状況だろうが。わざわざ俺にそれを言わせるつもりなのか。

 

 「テメエの頭どつくぞ」

 「生憎だが、いまお前が私を脅す意味が理解できない。お前はこの場で私を殺して、希望ヶ峰学園に帰るつもりなのか?」

 「誰が・・・俺に関わんなって意味だ」

 「お前と関わりを持つことによって私に不利益が生じるということか?」

 

 いちいち人のことを煽るような言い方してきやがって、下手な挑発よりもムカつく。こいつには危機感ってもんがねえのか?誰もいない多目的ホールで、周りに散らばった大小のボールと金属バットを握った俺。無防備に近付いてくるこいつは、いま俺が本気で殺そうと思えば何度だって殺せる。

 

 「テメエといい曽根崎といい・・・なんで俺に寄ってきやがる」

 「・・・私と曽根崎弥一郎は、意味は違えど理由は同じだ。つまり、私たちはお前に興味を抱いている、清水翔」

 「あ?」

 「曽根崎弥一郎の興味を推察することは容易だ、お前もそれは理解しているだろう。しかし私の興味は、私自身でもよく説明できないのだ」

 

 何言ってんだこいつ。曽根崎も望月も俺に興味?どっちもただ俺のことを馬鹿にしているだけだろ。曽根崎の方がウザくて、望月の方が嫌みっぽいってだけだ。しかも自分でもよく分かんねえとか言い訳までつけて、ふざけてんのか。

 

 「くだらねえな」

 「そう思うか。私も、この興味が私の求めるものとは全く異なるものであると考えている。しかし、どうしても看過できない。実に不思議だ」

 「知るかボケ」

 

 何をわけのわからねえことをぐだぐだぐだぐだと聞かせやがって。テメエが近くにいるとバットも振れねえだろうが。さっさとどっか行け。ボールぶつけんぞコラ。

 

 「私のこの知的欲求は一体なんなのか。もしかしたら、何か大切なものなのかもしれない。だから、今後お前を観察することにした」

 「は?」

 「私の本領は天文学であるため、お前を観察しその経過を記録することで簡単に研究としたいのだ。お前は何も身構える必要はない。なので自然にいればいい」

 「待て。観察ってなんだ。ずっと引っ付かれたら迷惑だし気持ち悪いんだよ」

 「四六時中、というのは現実的ではない。社会性動物である以上は私とお前の間には決定的な差異も存在しているしな。だが安心しろ、その点は曽根崎弥一郎にも協力を仰ごうと考えている。それと、これが最も大事なことなのだが・・・」

 「?」

 

 おいおいおいおい、なんかどんどんヤベえ方向に話が進んでるような気がする。今でさえ曽根崎に付きまとわれてるっつうのに、それにこいつが加わるだと?しかもこいつに至っては俺を観察して研究とか、俺を動物園のゴリラかなんかだと思ってんのか?俺はそんなに胸囲はねえぞ。

 むかむかして冷静に考えられなかったせいもあるが、俺の頭の中はごちゃごちゃになって怒りっつうより混乱してきた。戸惑ってたら、望月が一旦しゃべるのを止めて、しっかり俺に聞こえるように言った。

 

 「死ぬな。研究対象であるお前が死ぬことは、私のこの知的欲求が永劫満たされないままになることを意味している。簡単に死んでくれるな」

 「・・・」

 「もちろん、生命体である以上は死を回避することは本能に組み込まれているだろう。言わずもがなだったか」

 

 なんなんだ、なんで簡単に死ぬとか死なないとかが言えるんだ。こいつは本当に今の状況を分かってんのか?そりゃモノクマが勝手に言ってるだけで、本当に殺しをしたからってここを脱出できるかどうかも分かんねえ。だが、初日に俺にしたことやあの映像を観たことは、あいつの言葉がマジだってことになるんじゃねえのか。それが分からねえほど馬鹿じゃねえだろこいつは。

 それは気迫なのか、緊張なのか、もしかしたら望月にビビってたのかも知れねえ。俺は何も言えず、何も動けず、その場に棒立ちになってた。望月は小さく、よろしく頼むぞ、とだけ言った。いっぺんにあんまり多くのことを言われて頭がパンクしそうだ。俺は・・・どうしたらいいんだ?

 

 「それより、この球技を教えてはくれないか。お前の特技か?」

 「いや・・・こ、これは・・・むかむかしてたからだ」

 「むかむかしていたから、か。外物体を仮想敵とみなして攻撃し擬似的に破壊衝動や憤懣を消化することにより精神的負荷を軽減させる行為、つまり八つ当たりか」

 「もういい、それでいい」

 

 こいつと話してた方が疲れる。適当に流しておけば突っ込まれることもないか、と思ってたらマジでこいつは予想の斜め上をいきやがる。

 

 「実に高度な心理性知的行為だ。私にも教えてくれないか」

 「は?教える?何を?」

 「八つ当たりをだ」

 「・・・お前マジで頭イってんのか?」

 「頭がいく?」

 

 会話にならねえ。っつうか頭イってるってのを理解できねえのはまだいい。八つ当たりを教えるってなんだ。教えるもんでも教わるもんでもねえだろ。俺はムカついたからここで発散してるだけ。それを八つ当たりと捉えるかどうかはこいつの自由だからどうでもいい。だがそれを教えろってどういうことだ。マジでわけわかんねえ、気持ち悪い。

 

 「運動靴も履いている。運動は得意ではないが、基本の動きならできるはずだ」

 「いやそういう問題じゃねえし」

 「必要ならば倉庫に道具もあるし、外に掃除用の道具も揃っているぞ」

 「なんでやる気まんまんなんだ八つ当たりによ!」

 「おお・・・今のはいわゆる『ツッコミ』というものか」

 「やめろ!!」

 

 ああくそ!調子乱されるどころの話じゃねえ!こんな奴といたらむず痒くて余計にストレス溜まる!んなきらきらした目で見るんじゃねえ!

 この後、滝山が晩飯だって窓から飛び込んで伝えに来るまで、俺は望月の口撃に晒され続けた。ここに来てから、こんなに晩飯の時間を待ってたことなんてねえんじゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルに並んだ色彩豊かな料理の数々、どれも見ただけで口の中が切なくなるほど食欲をそそる。真っ白な皿と銀に輝く食器が慎ましく佇み、気の向くままに飾り立てられるのを待ちわびているようだ。素晴らしい、その一言に尽きる。

 

 「手伝えなくて済まなかった。古部来との一局がなかなか終わらなくてな」

 「気にしないでドール。ローズとミコトも手伝いに来てくれたから、これ以上いたらパニックになってたかも」

 「晴柳院はもう大丈夫なのか?」

 「はい・・・みなさん、特に飯出さんと有栖川さんには、大変なご迷惑、ご心配をおかけしました・・・」

 「いいのいいのみこっちゃん!困らせてナンボっしょ?」

 「つうかさ、もっと心配な奴はどうした?腹減ったぞ〜!」

 「部屋にはいなかったよ。まさか・・・あの清水クンが自分から外出するだなんて・・・!」

 「そこまで深刻なことなの!?」

 

 アニーを手伝うために、石川に笹戸に飯出、更に有栖川と晴柳院か。私と古部来が将棋を終えて来るまでに残りの面子も来ていたとなると、あの狭いキッチンはてんやわんやだな。過ぎたるは猶及ばざるが如し、というやつか。

 それにしても、私も清水と晴柳院のことは気にかけていた。だが私が何もせずとも、晴柳院は心配なさそうだ。有栖川の抱きしめるぬいぐるみに笑いかけながら、仲睦まじく話している。問題は残る清水か。奴はどこに行ったのだ。

 清水と、清水を呼びに行った滝山、あとは望月が来ていない。曽根崎は一大事とでも言うような顔で言うが、早く来ないと料理が冷めてしまう。そわそわしていたが、間もなくその三人も現れた。

 

 「うっまそーなニオイだなあ!おれのいないうちにくってんじゃねーだろうな!」

 「あんたがいたらつまみ食いするから、清水探させてる間にみんなで運んだの」

 「っはあ!なんつーチャンスを・・・!」

 「ずいぶんと豪華な晩餐だ。何かの祝い事か?」

 「話は後だ。料理が冷める前にいただくとしよう」

 

 どうやら石川の読みは当たっていたようだ。目をきらきら輝かせて口をだらりと開けているこの滝山に、料理を運ばせるなんてことはできないな。間違いなくその皿は空になるだろう。

 飯出が三人にグラスを持たせ、ずらりとやかんやペットボトルが並んだ飲み物コーナーから自由に選ばせた。三人が注ぎ終わると、料理の前に立って全員を見渡した。

 

 「お前たち、今日はアニーの計らいでビュッフェだ!各々が自由に、好きなように、楽しく過ごせるようにとの想いがあってのことだ!」

 「なんだよもったいぶんな!はやくくわせろー!」

 「まあ待て。これだけは言わねばならぬ、今日この時、この場所で言わねばならぬ!」

 「ならそれを済ませろ」

 

 お得意の演説か。私も空腹だが、今は聞いてやろう。飯出がこうして大勢の前で話すとき、それが無意味だったことはない。

 

 「このビュッフェを作ったのはアニーだけではない。そこのサラダは石川が丁寧に飾り付けたものだ。あの花のような刺身は笹戸が懸命に盛り付けたものだ。そしてみんなで食器を並べ、料理を運び、人を集めた。このビュッフェは、ここにいる全員が全員のために作り上げたものだ!」

 

 背を向けたまま、飯出は指であちこちを指して言った。手前のテーブルのボールひは、緑の葉っぱの中に赤いトマトや黄色のパプリカが散りばめられ、ドレッシングが明かりの下で煌びやかに光る。奥のテーブルで、まるで大輪の花がごとく美しいグラデーションを見せているのは、赤身が食欲をそそる刺身だ。他にも、こんもり山盛りになった白米や炒飯、香ばしい香りの漂う狐色の揚げ物コーナー、じっくり煮込まれたスープが湯気を立てている鍋。

 っと、いかんいかん、あまり見すぎると私まで我慢できなくなってくる。

 

 「今日起きた出来事は、俺たち全員にとって確かに辛い。モノクマの囁きに耳を貸してしまいそうになる気持ちも理解はしよう。だが!俺たちは決して惑わされたりはしない!これがその証だ!俺たちはこうして、互いを支え合い、励まし合い、手を取り合おうとしている!この気持ちを忘れてはならない!俺たちは決して敵対してはならない!共にこの絶望的な状況と戦う、仲間なのだ!」

 

 どんどん言葉が熱を帯びてくる。だが、確かにそうだ。アニー一人では、飯出一人では、我々一人一人では、こんなに豪勢な料理を用意することはできなかった。これこそ、我々が仲間である証明であると言えよう。

 

 「挫けても、倒れても、打ち拉がれても、それは断じて敗北などではない!一人でない限り、再び立ち上がれる!この結束を胸に、改めてここを脱出する決意を固めよう!」

 

 そう言って飯出は、グラスを少し掲げた。奴の意思は既に全員に伝わっている。私も同様にグラスを持ち直し、軽くあげた。飯出の一声に、我々は示し合わせなどなくとも従った。

 

 「乾杯ッ!」

 

 乾杯、とたくさんの声が重なった。グラス同士のぶつかる音の中、滝山が手掴みで料理を貪らんとするのをいち早く察知した石川がガードし、晴柳院と有栖川は別々の料理を持って分け合っている。予想通り清水と古部来は早々に離れた場所を陣取り、曽根崎は清水にべったりだ。

 

 「六浜さん。どうなさいました?そんなところに突っ立ってらっしゃると足を踏んでしまいますよ?」

 「・・・安心しているんだ」

 「?」

 

 いつものように絵に描いたような笑顔でグラスを当てに来た穂谷も、相変わらず私に憎まれ口を叩いた。いや、相変わらずだからこそ、私は安心しているのだろう。

 

 「飯出のしたことが空回りしなくて安心した。みんな相変わらずだ」

 「・・・暑苦しいし耳障りですが、彼の素質は私もそれなりに評価しています」

 「モノクマに脅かされず、集団としての結束を少しずつであるが築き始めている。良い兆候だ。私たちがここを脱出する日も、そう遠くはないかもな」

 「それは予言ですか?」

 「予言ではない・・・推測だ」

 

 食堂は藹々としたムードに満たされていた。私も空腹を満たすとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り16人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

 有栖川薔薇  穂谷円加   飯出条治   古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王  アンジェリーナ




更新ペースが早いことでお馴染みですが、書くのが早いわけではありません。下書きのストックをちょっとずつ出してるだけです。今は裁判終盤を執筆中ですがそろそろストックが切れてきました(早)
このままだと一章ごとに間隔を空けて連載するというLIARGAMEみたいなスタイルになってしまいます。悪くはない

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