清水クンは椅子に座って俯いたまま、くっくっくと歪んだ笑いを漏らしていた。清水クンが笑ってるところなんて初めて見た。できればこんな、怪しげで意味深で屈託だらけの笑いじゃない方がよかったんだけど。
「し、清水くん・・・?大丈夫・・・?」
「ああ、もうなんともねえ。モノクマの野郎・・・記憶戻る時に頭痛くなるなら先に言っとけっつうんだ」
「随分と呑気で冷静なことを言うのですね。貴方もしかして清水君ではないのでは?彼は笑いませんし、況してやそんな・・・ああもう、うるさいです!誰ですかこの下品な笑い声は!黙りなさい!」
「お前の方がうるせえっつうんだよ」
“超高校級の絶望”、ファイルに記されたその文字を見た瞬間、清水クンはふらふらになって様子がおかしい。そして今、記憶が戻ったようなことを言った。ということは、これが清水クンの記憶のパスワード。思い出される内容もおそらくそれに関係することだと思うけど、だとしたら清水クンは“超高校級の絶望”と何か関係が?
「ともかく、これじゃますます俺がこんな所にいる理由はねえな。まあ、俺を学園から出て行かせる建前かも知れねえが・・・」
「え?」
「あ、あのぉ・・・清水さん?何言うてるかよう分からんのですけど・・・?」
「清水クン、何か知ってるんだね。“超高校級の絶望”について」
「・・・ああ」
何かを悟った様子の清水クンは、いつもの自虐的な言い方をした後、真顔に戻ってファイルを睨んだ。望月サンはまだ先のページに進まず、“超高校級の絶望”と書かれたページを開いたままにしてる。ボクは目だけで訴えた。取り戻した記憶を、“超高校級の絶望”はなんなのかを、教えて欲しいと。
「希望ヶ峰学園には“超高校級の絶望”って集団がいるんだよ。いや、ありゃもう宗教だな。完全に頭のネジ飛んじまった奴らだ。二十人くらいいたっけか・・・」
「そ、そんな話聞いたことがないぞ!二十人もの人間がそんな怪しげな行動を取っていて学園が気付かないわけがない!」
「知らねえよ。まだ潰されてねえんなら気付いてねえってことなんじゃねえのか?少なくとも俺がここに来る前にはまだあった」
今日の清水クンはやけに饒舌だ。つつかなくてもどんどん出てくる。変な感じもするけど、今は一旦全部吐かせた方がいいかな。
「聞いた話じゃ、ずっと昔から希望ヶ峰学園にはあって、それなりにデカい活動もしてたらしい。詳しいことは知らねえが、とにかく希望ヶ峰学園を転覆させようとかヤベェこと言ってた。俺が知ってんのはそんくらいだ」
「そ、それだけですか・・・?」
「それだけだよ。ヤベェとは思うが、ほんのちょっと関わりを持った俺を問題児だっつってここに閉じ込めんのはやり過ぎだろ。どっかのバカの方がよっぽど危険だ」
「・・・今の話では私が予想していた事実が確認できなかった。改めて確認する」
「?」
「清水翔。お前は、“超高校級の絶望”なのか?」
望月サンの最初に核心を突く質問を打っ込む肝っ玉はさすがだ。ジャーナリスト向いてるかもね。そんなことより、“超高校級の絶望”が集団だということは清水クンもその一人の可能性はある。だけど清水クンは眉一つ動かさずに返した。
「アホか。俺があんなイカレ頭共と仲良くするわけねえだろ」
あっさり否定されちゃった。眉の動きから瞼も目の動きも唇も指先も頬の筋肉の動きも、人が嘘をつく時に変化が表れやすいところの一切合切が、本当のことだって言ってる。こんなに上手に嘘を取り繕うことが清水クンにできるわけないし、ホントに“超高校級の絶望”ではないのかな?
「で、でもこの言葉で記憶を思い出したんでしょ?だったら・・・!」
「ああ、思い出した。だが俺はあいつらの仲間じゃねえ。直に見たことはある」
「詳しく聞こうか」
まだ“超高校級の絶望”がなんなのかもいまいちよく分からないけど、清水クンの話とファイルがあればある程度の姿をとらえることはできるかな。清水クンが本当に“超高校級の絶望”じゃないかどうかはまだ分からないけど。
「まあ簡単に言うと、誘われたんだよ。“超高校級の絶望”に入らねえかって。なんで俺なんかに声かけたのかは知らねえが、学園の敵だとかなんとか言われてたから勝手に仲間だと思われたのかもな。胸糞悪い話だ」
「それで?」
「キモかったからシカトした。そしたらどっかからお仲間が湧いてきて、絶望がどうだ人類がどうだってとち狂ったこと話されて、邪魔だったから一人ぶん殴って逃げた」
「トガってるなあ・・・関わり持ったのはそれだけ?」
「ああ。別にそれから何かあったわけでもねえし、“超高校級の絶望”って名前もそれから後は聞かなかった」
思ったより情報なかったや。要するに清水クンはその“超高校級の絶望”に目を付けられて勧誘されたけど一蹴したってだけだよね。まあ一匹狼という名のぼっちの清水クンがそう簡単に靡いて徒党を組むわけないか。それにしても話を聞く限りだと“超高校級の絶望”は希望ヶ峰学園に対して物騒なことを考えてるみたいだけど、本当にどういう団体なんだろう?
「で、でもモノクマはその記憶が動機になるって言ってたけど?」
「仮に“超高校級の絶望”が我々にとって危険な存在だとして、未だ学園で存続しているのならば、十分動機になり得る」
「・・・どういうことですかぁ?」
「この中に“超高校級の絶望”が紛れている可能性があるということですよ!既に絶望に囚われた私たちの中に更に絶望がいるだなんて!!なんて絶望的なのでしょうか!!」
「あくまで可能性だ。“超高校級の絶望”がどのような組織かを判断するには情報が乏しい。やはり頼りになるのはこのファイルか」
「頼りなくて悪かったな」
「うむ。では読むぞ」
清水クンってやっぱり望月サンには手あげないんだ。一応女の子だし当たり前だけど、たぶん同じことをボクが言ってたらもうちょっと対応違ったんじゃないかなあ、なんて思ったり。
「『“超高校級の絶望”はまさに、人類の天敵と言える存在である。天災・人災を問わずあらゆる災いを渇望し、ただ己の欲望が満たされることのみを求め、しかし肉体の死を以てしても飢えが止むことはない、悪意そのものである。もしあの忌まわしき歴史が繰り返された時、希望のために戦う者たちが決してその希望を失ってしまわないよう、これを残す。』・・・これは序文か」
「人類の天敵、悪意そのもの、忌まわしき歴史・・・ただの高校生の集まりにしては随分と大袈裟な言い方だよね。それに、まるで過去に“超高校級の絶望”と“希望”が戦ったみたいな言い回しだ」
「あ?俺が知ってるのはそんな大したもんじゃねえはずだぞ」
「次に、『首謀者、“超高校級の絶望”江ノ島盾子』とある。『あらゆる絶望の根源であり元凶であるのが、江ノ島盾子である。彼女は生まれながら絶望であり、常に絶望を求め続け、その圧倒的なカリスマ性から周囲に対しても絶望的な影響を与え、行動を開始してから驚くべき早さで人類を絶望の淵に陥れたのである。以下に連ねる事件は、彼女及び“超高校級の絶望”が関わっている主な事件である。』・・・多いな。この名は初めて聞くが・・・清水翔は何か知らないか?」
「江ノ島・・・?いや、知らねえな。誰だこいつ」
何だか清水クンの話との関連が見えないなあ。清水クンは“超高校級の絶望”を、希望ヶ峰学園のアングラなカルト集団だって言ってる。でもこのファイルによると、“超高校級の絶望”は江ノ島盾子という人物の肩書きで、希望ヶ峰学園どころか人類全体に強い影響力を持つものらしい。まだ情報が足りないや。っていうか、なんで“超高校級”の称号が付けられてるってことは、絶望って“才能”なの?なんなの?
それはさておき、ファイルに載ってる写真の女の子を見てると、なんだか変な感じがする。ぱっちりした円らな瞳は海のようにキレイだけど、同時に底知れない深みを感じる。写真なのに、目が合ってると頭がくらくらしてくる。豊満なバストをざっくり見せつけて、血のような赤いマニキュアでおしゃれした爪が鮮やかなピンク色の髪に映える。この人が江ノ島盾子かな。顔にも見覚えないなあ。
「ずいぶん多くの事件を起こしているようだ。『希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件』、『予備学科生集団自殺事件』『人類史上最大最悪の絶望的事件』、『コロシアイ学園生活』、『塔和大虐殺事件』、『コロシアイ修学旅行』・・・これで“主な事件”か」
「ッ!!ううっ・・・!?」
「ひっ!?ろ、六浜さん・・・!?」
資料を読み上げる望月サンの後ろで、六浜サンが頭を押さえてふらつき始めた。さっきの清水クンと同じだ。何か記憶を取り戻したんだろう。すぐに晴柳院サンが椅子を持ってきて、六浜サンはそこに座り込んだ。またこの状態で話が止まっちゃうのはテンポが悪いな。
「あら、六浜サンまで記憶が戻ったのですか?どのような記憶ですか?私はまだ戻っていませんよ?何を忘れたのかも忘れました。そもそも私の記憶は本当に私の記憶なのでしょうか?」
「・・・だ、大丈夫ですか六浜さん?」
「ああ・・・問題ない。望月、続けてくれ。聞くだけならこのままでもいい」
「そうか。では続ける」
「ま、待って!この『コロシアイ学園生活』と『コロシアイ修学旅行』って・・・」
「各事件の詳細は別資料を参照、と記述があるな。これ以外のファイルに記されているのではないか?」
「こ、この事件を全部この人がやったんですか・・・?」
「とても一人でできるようなものじゃないと思うけど。彼女及び“超高校級の絶望”って書いてあるし、清水クンの話と合わせて考えると、“超高校級の絶望”は彼女だけじゃないってことじゃない?」
ちょっとだけ情報を手に入れても余計に疑問が浮かぶ。そしてますます真相は分からなくなってくる。知るなら髄まで一気に知ること、特にジャーナリストは中途半端な情報で早とちりしちゃいけないからね。ひとまず望月サンと一緒に“超高校級の絶望”に関する資料を読むことにしよう。笹戸クンや晴柳院サンは他のファイルを広げてる。
「『江ノ島盾子の圧倒的な絶望は、希望に満ちていたはずの希望ヶ峰学園の生徒及び予備学科生たちにまで、まるでウイルスのように感染した。彼女の途方もない絶望にあてられた彼らは、ある者はその絶望から逃れようと、ある者は更なる絶望を手に入れようと、ある者は彼女の絶望に心酔し崇拝するため、絶望を求めた。絶望という感情のために命すら投げ打つ彼らは自ら“超高校級の絶望”と名乗り、組織化された“超高校級の絶望”は瞬く間に希望ヶ峰学園外にまで波及し始めた。これが後に人類全体を巻き込んで起きることとなる、「人類史上最大最悪の絶望的事件」の引き金である。』」
「物凄く浮き世離れした話だね。絶望って感情が個人だけのものじゃなく人類に広がるなんて・・・しかもそれが元々一人の女子高生から影響したものだなんて、信じられない」
「『江ノ島盾子は自らの企図した「コロシアイ学園生活」にて死亡。指導者を失った“超高校級の絶望”の残党たちは、それ以後の事件に関わりつつも、希望ヶ峰学園の卒業生らにより希望の名の下に組織された未来機関の活動によって徐々に規模を縮小していき、現在の勢力は非常に弱いあるいは完全に消滅したものと考えられる。希望ヶ峰学園内に未だ存在する可能性は排除できないが、実態は不明。』・・・これは先ほど清水翔が言っていたことだな」
「つまるところ、あいつらはそんなヤベえ奴らの残党ってことか」
「ん〜・・・と、いうか、残党の残党?って感じかなぁ?まあ、大本の江ノ島って人が死んだんじゃ残当だよね・・・」
なるほどね。希望ヶ峰学園にとってはその“絶望”は根絶したいもの。それに接触した清水クンもただじゃおかないってことか。ボクの考えによると清水クンの問題は単なる生活態度の問題だと思ったけど、それ以上に“超高校級の絶望”と関係がある可能性の方が学園にとっては問題なのか。それにしても・・・未来機関か。そういえば確か希望ヶ峰学園は一回“超高校級の絶望”のせいで崩壊してて、この未来機関が建て直したのが今の希望ヶ峰学園なんだった。もしかしたらこの資料の中にその辺についての情報もあるかも知れない。
「“超高校級の絶望”に関する記述はこのくらいだ。未だ完全な正体を定義するには不十分だが、非常に脅威的な存在であることは認識可能だな。モノクマがたびたび口にする絶望という言葉も、これが関係していると考えられる」
「ってことは、あのアホクマ操ってんのは俺が学園でぶん殴った奴らってことか?」
「それも一つの可能性ではあるけど・・・しっくりこないよね。もう少し何かある気がするんだけど・・・」
なんだか一気に知りすぎて、脳みそが揺さぶられるみたいだ。流れ込んでくる情報とわき起こってくる感情が複雑に入り組んで、自分の脳で勝手に問題が大きくなってくる。これがどうして殺人の動機になるんだろう?“超高校級の絶望”はいま学園で何をしているんだろう?これほどの事件をなんで学園は秘密にしてるんだろう?誰がどこまで知ってて、どこまでが真実なんだろう?
そんな次々と浮かんでは積み上がるだけの疑問を一気に崩壊させるように、後ろからまた悲鳴が聞こえてきた。
「うあッ!!?」
「ひゃあっ!?さ、笹戸さん・・・!?」
「ううっ・・・!」
どうやら笹戸クンが記憶を取り戻したらしい。弾みで落ちたファイルの表紙には、『コロシアイ学園生活、コロシアイ修学旅行』と書かれていた。確かボクらがいま置かれてる状況が『コロシアイ合宿生活』だから、きっとそのルーツとなる事件なんだろう。
落ちたファイルを拾って中をぺらぺらといくつかめくる。さっきのファイルにも載ってた江ノ島盾子をはじめ、希望ヶ峰学園の生徒たちが閉鎖空間でモノクマにコロシアイを強制されるというものらしい。延長コードで磔にされた血まみれの“超高校級のプログラマー”や毒を飲んで椅子に座ったまま事切れている“超高校級の格闘家”、テーブルの下で突っ伏したまま血の海に沈む“超高校級の詐欺師”、袋を被ったまま首を吊った患者服姿の“超高校級の軽音部”と柱に縛り付けられた“超高校級の日本舞踊家”・・・眺めてるだけで気分が悪くなる。それぞれの死体の写真の側には、それぞれの事件を起こしたクロの死に様の写真も一緒に載せられていた。おしおきされてるってことは、誰一人として『卒業』は叶わなかったわけか。
「つまり・・・過去にボクらと同じことをしていた人たちが、少なくとも二組あるわけだ。どちらも“超高校級の絶望”に関係していた。これが偶然なんてわけないよね」
「も、もううちなんも見たないです・・・!どうしてこんなこと・・・もうわけわかりません・・・!」
「はぁ・・・はぁ・・・!」
「晴柳院サンは何か思い出したわけじゃないの?」
「ま、まだなんも・・・け、けどうち、もうこんなの・・・読みたないです・・・!記憶なんてもうええから・・・」
一人ならまだしも、六浜サンも笹戸クンもこの様子じゃあ記憶を取り戻すことに抵抗が生まれても仕方ないか。さっきのファイルもこのファイルも、たぶんこれ以外のファイルも、晴柳院サンには刺激が強すぎるはずだ。残りのファイルは二冊。開くとファイルのタイトルが書いてある。
「それ以上はやめておけ」
「?」
「取り戻せる記憶は奴の用意した動機だ。ろくなものではないぞ」
「もう落ち着いたの、六浜サン」
ファイルを読もうとするボクに後ろから待ったをかけたのは、さっきまで蹲ってた六浜サンだった。清水クンと同じでまだ顔色は良くないけど、ずいぶん呼吸は落ち着いて冷静になった。何を思い出したのか分からないけど、やっぱり清水クンと同じでろくな内容じゃないんだろうな。教えてくれるかな。
「・・・思い出した。そして、モノクマが用意した動機が何かも、今ならばはっきりと分かる」
「ん?記憶のことではないのか?」
「“超高校級の絶望”、これが奴の用意した動機だ」
「どういうこと?六浜サンの記憶とそれと、どう関係してるわけ?」
「私の記憶にも、“超高校級の絶望”が関わっている。清水の記憶も同様だ。そしてこのファイル・・・あからさまな程だ」
「ということは?“絶望”が今更動機になどなるのですか?いいえ、もはやそれは動機ではなく宿命です!絶望の渦に巻き込まれてしまえば、もう二度と抜け出せはしません!他人の絶望など興味ありませんわ」
「そろそろ殴るぞテメエ。黙っとけっつったろ」
六浜サンの記憶にも“超高校級の絶望”が関係してるらしい、だから“超高校級の絶望”は全員の記憶に関わってて、動機になる可能性があるってこと?ボクたち全員がどこかで“絶望”と関係を持ったってこと?そんなわけないはずだけどなあ。
「『希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件』、この名前を見た瞬間に記憶が蘇った。これは今の希望ヶ峰学園では、職員を除けば私たちしか知り得ないことだ」
「私、たち?」
なんだか意味深な言い方をするんだなあ。記憶が戻ったらしいけど、希望ヶ峰学園の職員と一部しか知らない情報を、一介の生徒である六浜サンが知れるはずはないんじゃないかな。
「私は、希望ヶ峰学園生徒会の役員だ」
「・・・えっ?」
希望ヶ峰学園生徒会。“超高校級”の高校生が集まる希望ヶ峰学園の中でも特に優れた十人前後の生徒で構成される団体で、学園の運営に生徒の目線から携わることで職員たちからの信頼も厚く、学園ではかなりの影響力を持ってる。そんな生徒会の一人が、六浜サンだって?そんなバカな。生徒会なんて有名どころど真ん中の面々の顔をボクが忘れるはずがないのに。
「今の今まで忘れていたが、今からははっきりと、胸を張って言える。希望ヶ峰学園生徒会・学生課生活指導係、それが私の肩書きだ」
「・・・ということは、認めるのだな?」
「ん?何をだ?」
「お前が『裏切り者』であるということをだ」
「ああ、そうだな。間違いない、私は『裏切り者』だ。学園からお前たちの生活態度を報告するよう、ここを任された」
ボクでさえ戸惑ってるっていうのに、望月サンは相変わらず淡々と、事実だけから合理的に考えて的確に次の言葉を発する。見習いたいくらい、でも気持ち悪いくらいに冷静だ。それはともかく、確かに生徒会の役員であることは『裏切り者』であることを認めることになる。
「えっ!?な、なんでですか・・・?なんで生徒会の人やったら、『裏切り者』なんてことになるんですか・・・?」
「『裏切り者』に関するファイルに書かれていただろう。監視役には生徒会役員から一名を選出すると。この中に私以外の生徒会役員はいない」
「じゃあやっぱり・・・『裏切り者』だったんだ・・・!!キミが・・・!僕らをこんな目に遭わせたのか・・・!!」
「ひっ!?さ、笹戸さん・・・!まだ座っといた方が・・・!」
「私の役目は監視に徹すること。学園の目的はお前たちの問題を解消すること。コロシアイなどと人道に背くようなことはさせん」
「そんなの信じられないよ!キミは『裏切り者』なんだろ!!学園の差し金なんだろ!!僕たちの敵じゃないか・・・!!」
「落ち着け、笹戸優真」
「落ち着けないだろ!!こいつのせいで!!明尾さんと鳥木くんは死んだんだ!!なんで今まで黙ってたんだ!!もっと早く言ってれば・・・明尾さんは死なずに済んだんじゃないのか!!鳥木くんが無駄死にすることもなかったんじゃないのか!!」
急に興奮した笹戸クンが六浜サンに食ってかかる。確かに六浜サンが『裏切り者』だって告白してれば、明尾サンの誤解もなく、鳥木クンが穂谷サンの身代わりになることもなかったかも知れない。でもそんなこと、いま責めたってどうしようもない。六浜サンだって曖昧なままの記憶で無駄な混乱を呼ぶのは避けたかったはずだ。
「鳥木君・・・無駄死に?貴方は何を言っているのですか?鳥木君は生きていますよ?ほら、そこにいるではないですか。向こうのテーブルにも、二階にも、外のテラスにも、あちこちに・・・こんなにたくさん生きているではありませんか!!」
「笹戸クン、気持ちはわかるけど落ち着いて。いま六浜サンを責めても仕方ないでしょ?キミはまず休んで」
「さ、触るなッ!!」
「うぁっ!」
「フゥーッ・・・!フゥーッ・・・!ぼ、僕は・・・僕はもうお前なんか信じない!僕は絶望なんかに負けない・・・!」
ふらついてるから助けてあげようとしたのに、笹戸クンはボクの手を払って、息を荒くしたままそこから去っていった。資料館のドアが閉まる音がして、ボクらは追いかけることもできなかった。だってあんなに気が動転した笹戸クンは初めてだったんだもん。
「お、おい・・・あれ放っといていいのかよ」
「実に理解し難い。ファイルを一読したのなら、コロシアイは“超高校級の絶望”によるもので、生徒会役員である六浜童琉はそれと対立関係にあると考えられるはずなのだが」
「そ、そんな冷静に考えられません・・・!笹戸さんはきっと・・・パニックなんです。あ、あのぅ・・・六浜さん、あんまり笹戸さんに腹立てんでくれませんか・・・?」
あんまりな豹変ぶりに、清水クンですら戸惑ってる。人に気を遣えるくらいには清水クンも変わってきたんだなあ、なんて思ってたら、おそるおそる言った晴柳院サンに六浜サンは優しく答えた。
「腹など立てん、笹戸の言うことも尤もだ。失って簡単に取り戻せる信用など脆いものだ。あれほど拒絶されていれば、これからまた信用されるかは私次第というわけだ。お前は何も気にやむ必要はない」
「で、笹戸クンいないけど、取りあえず教えてよ。キミの記憶と“超高校級の絶望”とどう関係してるの?」
「ああ、そうだったな」
相変わらず六浜サンはストイックだなあ。責任感が強すぎるのか、なんでもかんでも自分で背負い込もうとする。前までは強い人だなって思ってたけど、たぶん今でもいっぱいいっぱいなんだ。それでもまだたくさん抱え込もうとするんだから、心配だや。でも聞けることは聞くからね。
「学園の職員と我々生徒会の役員以上のメンバーしか知らない学園の歴史が、『希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件』だ。全容は明かされていないが、実に凄惨な事件だったと聞く」
「どんな?」
「ある一人の生徒の手によって、当時の生徒会15名のうち13名が希望ヶ峰学園内で殺害されたのだ」
「ッ!!?た、たった一人の人が・・・13人も・・・!?」
「私の記憶によれば、その生徒は“超高校級の絶望”に加わっていたらしく、またその事件により“超高校級の絶望”は学園内及び予備学科内でもその勢力を増したらしい。希望ヶ峰学園にとってはその名の通り最悪の、後に起きる“絶望”との闘争の歴史の幕開けとなる事件だ」
「ただの殺人事件でも大層だってのに、生徒会がほぼ全滅ってどんだけヤベえんだよ・・・そんだけの事件起こした“超高校級の絶望”が、なんで今は俺なんかを勧誘するくらいに落ちぶれたんだ?」
「さあな。私の思い出した記憶はその事件のことと、私がここの監視役を任されたということだけだ」
これはまた、すごいことを聞いちゃったなあ。もうそんな面影はないし、今まで知らずにいられるほど学園内でその秘密は徹底して守られてきたみたいだけど、そんな事実があったとなっちゃただじゃ済まないよね。学園も、それを知ってる生徒会も、ボクらに暴露しちゃった六浜サンも、聞いちゃったボクらも。ついでに言うとこのファイルを用意したモノクマだって、そのことは知ってるはずだ。むしろ“超高校級の絶望”の関係者って考えられるけど、どこまで知ってるんだろう?
「まだお前たちは何も思い出してはいないのだろう。それなら、そのままでいい。やはり争いの種を余計に蒔くことなどないのだ。この記憶は、私たちが思っていた以上に危険だ」
「危険かどうかは思い出してみないことには分からないではないですか。それに貴女が『裏切り者』だなんてことはとっくに分かっていました。今更そんな記憶を思い出したと言われても、本当かどうか確かめようがありません。私たちを騙すつもりなのではないですか?」
「騙すつもりなら『裏切り者』だと名乗りはせんだろう。黙っていたことは済まなかった。忘れてしまっていた私の落ち度だ」
「忘れていたのではなく、忘れさせられていたのだろう?お前は記憶を操作することができるのか?でなければ不合理かつ不条理な謝罪だな」
今日はみんなよく喋る。記憶が戻ってテンション上がってるのかな?取りあえず今のところ記憶を取り戻したのは、清水クンと六浜サンと笹戸クンの三人か。笹戸クンは記憶が戻ってからやたらと六浜サンに敵意丸出しになってたけど、彼は彼でどんな記憶を取り戻したんだろう?そういえば、笹戸クンの抱える問題ってなんなんだろうな。今までの生活みててもあんまり問題児って感じしないんだけど。
「うふふふ・・・何をしおらしくなっているのやら。興醒めです。もともと私は忘れてしまう程度の記憶に固執するような見苦しく狭量な質ではなくってよ。今ここから先こそが人生です!わずかですが残りの命を楽しむことにします!モノクマ!」
「ばびょーーーん!呼んだ?」
「ひゃあっ!?な、なんで上から!?」
「上の倉庫にはありませんでしたが・・・貴方のことだからどこかに持っているのでしょう?アルモニカをここに持ちなさい!」
「ア、ア、アルモニカァ!?穂谷さん・・・アルモニカをどうしようっていうのさ・・・!?」
「なんだアルモニカって」
「さあ?楽器かなんかじゃないの?」
「知らねえのかよ!いまの知ってる感じなんだったんだよ!」
以前に輪をかけて穂谷サンは行動が読めなくなってきた。記憶に興味が無くなったって言ってモノクマを呼びつけて、変な楽器を注文した。モノクマは首を傾げて穂谷サンにあれこれ聞いてたけど、やがて納得したように手を叩いて消えていった。たぶんそのアルモニカって楽器を取りに行ったんだろう。歌姫様の演奏大会の始まりだ。
清水クンはもう部屋に戻る気まんまんだ。穂谷サンに付き合ってられないし、何より記憶を取り戻したらもうファイルには用はないって感じだね。六浜サンと晴柳院サンも顔色が悪いみたいだし、ボクはボクでこのファイルは一人でじっくり読みたい。望月サンは、今までの流れに我関せずとばかりにファイルを読み続けてる。どうやらここに残って記憶を取り戻すまで帰るつもりはないみたいだ。
「望月。忠告するが、本当に記憶を取り戻してもろくなものではないぞ。動機を得ずにいれば余計な間違いも起こらない。そうは思わないか?」
「仮に私が取り戻した記憶によって殺人を犯したとしても、それが私の合理的思考の結果であるならば、納得せざるを得ない」
「あ?・・・テメエ今なんつった?」
「それよりも私は、失ったものを失ったと気付かないことの方が耐えがたい。どのような記憶であろうと、それは私のものだ。奪われたままにしておくことなど許せない」
なんだかいま、望月サンがさらっとらしくないことを言ったような。今までのことを振り返ってみても殺人なんかとは遠い位置にいたはずの望月サンが、殺人を肯定する発言をした。何かおぞましいものを感じて、その場にいたボクたち全員(穂谷サンは明後日の方を見て笑ってるからノーカン)、望月サンから一歩下がった。だって望月サンは今までは、誰かを殺すだけの理由がなかったから、誰も殺さないだけの理由があったから、何もしなかったってことだから。その何か一つでも変わってしまえば、望月サンは平気で人くらい殺してみせるんじゃないか。そんな不安がボクらにのしかかった。
「滅多なことを言うものではないぞ望月・・・それではまるで、お前が人の命を何とも思っていないように聞こえるぞ」
「そうか?ではそこだけは否定しよう。私は人の命を何とも思っていないことはない」
「ううっ・・・うち、もう帰ります・・・!」
「せ、晴柳院!」
冷や汗を浮かべながら言う六浜サンとは対称的に、望月サンは平然と返す。その返事も至って冷静で真面目な口調なんだけど、馬鹿にしてるとしか思えない言い方で、たぶん本人の意思とは関係なくボクらはますます気持ち悪さを感じた。耐えられなくなった晴柳院サンがふらつきながら資料館を去って行き、心配した六浜サンもそれについて出て行く。穂谷サンもいつの間にかいなくなってて、二階にでも行ったんだろう。そこに残ったのは、ボクと清水クンと望月サンの三人だけだ。
「望月、テメエが冗談なんか言わねえ奴だってのは知ってる。さっきのも本気なんだろ?」
「私はいつでも真面目に本心を言っている。果たして私のような人間に心が存在すると言えるかはまた別の話だがな」
「だったら誰かを殺すかも知れねえなんてことぜってえ言うべきじゃなかっただろうが。こちとらテメエだったらやりかねねえって今日から気が気じゃねえよ」
「・・・・・・例えば今すぐに私が殺人によってここから脱出を計った場合、清水翔、お前は殺害の標的にはなり得ない。六浜童琉と曽根崎弥一郎が大きな障害となるため、その二人を排除することを考えるだろう。その意味で屋良井照矢は適切な行動をしたと言えよう」
「ふざけんなッ!!!」
清水クンがテーブルを殴った。衝撃で望月サンとファイルがちょっと跳び上がったような気がしたけど、望月サンに限って驚くなんてことないだろうからたぶん気のせいだ。すぐ怒るのが清水クンの悪い癖だけど、でも今回ばかりは怒っても仕方ない。今の望月サンは、人の気持ちに鈍感過ぎる。
「・・・」
「なんとか言えよ」
「なんとかと言われてもな。私はお前がなぜそんなにも怒っているのかが理解不能だ」
「ンだとこの野郎ッ・・・!!」
「まあまあ清水クン!落ち着いてよ!女の子殴るのはダメだって!なんの解決にもならないし、手ェ出したらキミの負けだよ」
「勝ち負けなんかテメエが勝手に言ってろ。俺はムカつく奴には一発食らわさねえと気が済まねえんだよ」
「そこをなんとか、どうどう。望月サンもちょっと黙っててくれないかな?清水クンこんなんなっちゃったじゃんか」
「・・・そうか、私のせいなのか。では」
「謝らなくてもいいから!このタイミングのごめんは逆効果だから!」
「では黙る」
ぶっちゃけ何言っても逆効果だし、清水クンを宥めるには望月サンから引き離すしかない。望月サンは話すことはないと分かった途端にファイルを読むのを再開するし、清水クンはその態度にまたキレるし、ホントこの二人相性悪すぎだよ。誰だよ清水クンと望月サンがデキてるなんて噂流した奴!
その後何発かいいの貰いながらも、なんとか清水クンの怒りをひとまず鎮めて、一度資料館の外に連れ出すことに成功した。これだけでもうボク誰かから褒めて貰いたいよ。
「なんでテメエが望月のこと守るんだよ。関係ねえだろ」
「余計な亀裂を生むのはモノクマの思う壺だよ。それにあのまま殴らせてたら望月サンが清水クンを殺す理由を作っちゃうでしょ」
「は?」
「理由は分からないけどとにかく自分のやることなすことにいちいち怒って殴りかかってくる、そんな人、望月サンじゃなくても排除するべきだって考えるよ」
「あいつがふざけたこと言うからだろうが」
「本人は大真面目なんだって。知ってるんでしょ?望月サンには感情らしい感情がないの」
「・・・まあ」
望月サンが清水クンを殺すなんて構図、今まで考えたこともなかった。だって望月サンは清水クンを気に入ってて、清水クンもなんだかんだで結構望月サンには付き合ってあげてる。清水クンがあんなに望月サンに怒ったのも、余計なことを言って望月サンが危険な目に遭うことを心配してるからなんだと思う。それくらいこの二人はこの生活の中で自分を変えながら関係を築いてきた。なのに望月サンの言葉は、それらの全てを水泡に帰すような、今までの全てを否定してしまうようなものだった。
清水クンがそういう理由だけで怒ってるわけじゃないだろうけど、それにしたって望月サンの無神経さはひどい。今まで問題にならなかったのが不思議なくらいだ。今だってみんなが記憶を取り戻すのをやめた中で、一人だけファイルを読み尽くして記憶を取り戻そうとしてる。そこに彼女の感情はないのかな。それを確かめる方法はいまのところないから、どうしようもないけど。
「で、どうするんだ?お前は記憶取り戻さなくていいのかよ」
「あはは・・・キミらの様子を見る限り、記憶を取り戻すには頭痛薬がいるみたいだから、一回医務室に寄ってからまた出直すよ。できれば望月サンがいない時に」
「そうかよ。じゃあちょっと来い」
「へ?」
「クソくだらねえ“超高校級の絶望”に付き合ってやるくらいなら、俺の用事に付き合えって言ってんだよ。気になるもんを見つけた。お前ならなんか分かるんじゃねえのか」
「・・・はあ」
「あ?なんだその気の抜けた返事は」
思わず生返事で応えちゃったけど、そりゃボクだってぽかんともするさ。だってあの清水クンが自分から、しかも自分の用事で誰かを誘うなんて、考えられなかった。この生活の中で色んな面で変わってきたとは思ってたけど、ここまでなんて思わず呆気にとられちゃった。寄宿舎の方に向かってた清水クンは踵を返して倉庫の方に向かって行った。
『コロシアイ合宿生活』
生き残り人数:残り7人
清水翔 六浜童琉 晴柳院命 【明尾奈美】
望月藍 【石川彼方】 曽根崎弥一郎 笹戸優真
【有栖川薔薇】 穂谷円加 【飯出条治】 【古部来竜馬】
【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】
長くなってしまいましたが、ほとんどが原作をプレイした方なら二度目の説明になっちゃってますね。もちろんここに出て来てる用語や人名は原作の話ですよ、同じ名前のパラレルワールドとかそんなんじゃないですよ