ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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学級裁判編1

 このエレベーターも随分と広くなった。初めにこのエレベーターに乗った時の半分まで人が減っちまった。深く、深く、まだまだ深く降りていく途中で、色のない土の壁を見てると、消えていった奴らの顔が、声が、記憶が蘇ってくる。

 

 「深いなあ。鼓膜が痛くなってきたよ」

 

 緊張感の欠片もない曽根崎の呟きは、全員の耳に入ったが、誰も答えなかった。何が起きるか分かりきってても、分かり切ってるからこそ、この緊迫の中では呼吸にすら体力を消費する。そしてエレベーターは唐突に降りるのを止めた。鉄の柵と土の扉は俺らに道を開ける。眩しいくらいに光溢れた、絶望の裁判場への道を。

 

 「うぷぷぷぷ!オマエラ!お久し振りです!ファンのみんなお待ちかね、数少ないボクの出番ですよ!」

 「ファンなんかいるか」

 「いるよ!このボクのプリティーでキュートな愛くるしい見た目の虜になる人は多いんだからね!そしてこの独特の声!老いも若きもノスタルジーを感じずにいられない温かみがあるよね!」

 「なぜだか後半は否定できません・・・」

 「なんでも構いません。私は早く休みたいのです」

 

 玉座の上で忙しなく動くモノクマを白い目で見ながら、俺たちはいつも通り、自分の席についた。今になって思うと、俺のこの席はなんて気分が悪いとこなんだ。右隣は燃えるような赤い目を灰色に濁した飯出の遺影、左隣は焼けた肌が色を失くした滝山の遺影、真正面には意味深でぶっ壊れた微笑を浮かべる屋良井の遺影。どこを見てもろくな奴がいねえ。

 そして左の方には、前回まで鮮やかな赤色のジャージを着てた明尾が、喪服のように黒いジャージに着替えていた。まるでその遺影は自分の喪に服してるようで、その色合いに背筋が寒くなった。

 

 「明尾さん・・・うぅっ、明尾さん・・・」

 「半分に減っただけなのに、遺影が多くあるように見えるね。でもね、ここまできたら佳境だよ。この裁判をオマエラがどういう結果を出すかによって、今後のあり方が大きく変わってくるんだよ」

 「半分に減っただけ、だと?」

 「なぁに六浜さん。またボクにお説教して熱いことでも言うの?もうね、そんなの飽きちゃったの、くどいの。長くて読む気してこないの!」

 「もう貴様に何を言っても無駄なことくらい分かっている。まだ冷静でいられるうちに、さっさと裁判を始めよう」

 

 モノクマが頭おかしいことなんて最初からわかってた。六浜ももう諦めてるらしい。変に挑発されて興奮した状態じゃあきちんとした議論ができなくなる。そう感じた六浜は、うんざりした言い方でモノクマを促した。

 逃げようとなんて考えもしなかった。無駄なことだと分かってるからだ。真実を突き止めて誰かを殺すか、何も分からないまま誰かに殺されるか。二つに一つ。ただ、俺は死ぬ気なんかさらさらねえ。クロが勝手に殺して勝手に死ぬだけだ。命懸けの証言、命懸けの推理、命懸けの嘘、命懸けの追及、命懸けの言い逃れ・・・・・・目が回りそうな学級裁判の幕は、静かにあがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル5)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の考古学者”、明尾奈美。死体発見場所は明尾奈美の個室。身体の各所に殴打痕・内出血・骨折などの負傷がみられ、頭部の損傷が最も激しい。

 

【部屋の荒れ具合)

場所:明尾の個室

詳細:布団が乱れ、椅子やテーブルがひっくり返り、かなり激しく荒らされている。部屋全体に血が飛散しているため血の臭いが充満している。

 

【乾ききっていない血)

場所:明尾の個室

詳細:現場に足を踏み入れた笹戸たちの靴に血が付着した。どうやら現場の血は散ってから時間が経っていないようだ。

 

【ビニールくず)

場所:明尾の個室

詳細:明尾の部屋に落ちていたビニールのくず。意図的に千切られていて原型を留めていない。大量の血が付着している。

 

【骨格標本)

場所:明尾の部屋

詳細:明尾の部屋に飾られていた骨格標本は非常にバランスが悪く、ちょっとした震動で崩れてしまうほどだった。清水のせいで崩れてしまい、血に塗れた今では大事にされていた頃の面影はない。

 

【化石発掘セット)

場所:明尾の部屋

詳細:明尾が愛用していたツルハシ、研磨用のブラシ、ピンセットなどの工具類をまとめたセット。“超高校級の考古学者”の情熱と愛が籠もっている。金槌だけがなくなっている。

 

【明尾の負傷)

場所:明尾の部屋

詳細:明尾は体全体に激しい多数の傷を負っていた。また、モノクマファイルには書かれていないが、明尾の顎から首にかけて傷と圧迫痕がみられる。他の怪我とは異なるものだろう。

 

【望月の疑問)

場所:なし

詳細:現場で明尾の死体を間近に見た望月が抱いた疑問。明尾の死体の状態に関することらしいが、はっきりとは言っていない。

 

【廊下の血痕)

場所:寄宿舎廊下

詳細:東側の廊下は、床全体が血に染まるほど荒れていた。一方明尾の部屋がある方の廊下は、数滴の血痕がある以外の異常はなかった。

 

【曽根崎の違和感)

場所:寄宿舎

詳細:現場検証をした曽根崎が感じた違和感。二つの部屋を見て何かを感じたようだ。

 

【争いの跡)

場所:穂谷の個室

詳細:穂谷の部屋は非常に激しく荒らされており、ガラスの破片や乱れたシーツが散乱している。シャワールームには血痕がある。

 

【木の鍵)

場所:穂谷の個室

詳細:『四』が彫られた木製の鍵。脱衣所のロッカーの鍵だが、なぜか穂谷の部屋のベッドの下に落ちていた。

 

【穂谷の負傷)

場所:なし

詳細:腕や腹に痣ができており、鈍器による打撲と思われる。

 

【輸血パック)

場所:医務室

詳細:医務室の冷蔵庫に保存されていた輸血用のパック。始めに用意されている数よりも少なくなっている。

 

【穂谷の証言)

場所:なし

詳細:穂谷は部屋で寝ていたところを急に襲われた。電気を消していたため相手の顔は見えず、必死に逃げようとしたが途中で気を失ってしまった。しかし僅かに聞いた声は男性のものだったという。

 

【血まみれハンマー)

場所:大浴場・男湯脱衣所

詳細:男湯の『四』番ロッカーに隠されていた血の付いた金属製のハンマー。明尾の傷と形が一致した。倉庫にあったものとは違うもののようだ。

 

【消えた曽根崎)

場所:大浴場

詳細:清水が目を離した一瞬の隙に曽根崎は姿を消した。そして脱衣所で見失った曽根崎が再び現れたのは、同じ脱衣所からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【学級裁判 開廷!】

 

 

 「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう。学級裁判の結果は、オマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘できればクロだけがおしおき。でも、もし間違った人物をクロとしてしまった場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、生き残ったクロだけに、希望ヶ峰学園に帰る権利が与えられます!」

 「何度聞いてもひどいルールだよ・・・どうして僕たちがこんなことを・・・」

 「今更言ってもしょうがねえだろ。やらなきゃ死ぬだけだ」

 「やっても死ぬかもね!」

 「黙れ曽根崎」

 

 死ぬか死なないかなんて、この場所に立った時点でもう三途の川に飛び込んでるようなもんだ。ここから俺たちが死ぬ気で考え抜いた結果にどっちの岸にしがみつけるかは、今考えてもしょうがねえ。やるしかねえんだ。

 

 「うぷぷぷぷ♫それにしても前回の屋良井くんといい今回の明尾さんといい、賑やかしが減ってテンションが下がって来てる気がするけど、みんな頑張ってね!」

 「いや、こんなもん犯人なんか分かり切ってんじゃねえのか」

 「ほう、当たりが付いているのか清水」

 「いやいや待ちなよむつ浜サン。裁判が始まってすぐのこういう発言は的外れフラグだよ」

 「余計なこと言うんじゃねえ!」

 

 人が減ったのは誰のせいだ、こんなもんテンションどうこうの問題じゃねえんだよ。黙っとけクソ埃。俺の中ではそんな言葉が次々に浮かんでいくが、誰もモノクマの茶々には反応しない。したって無駄だと分かってるし、それより先に迫った問題があるからだ。

 

 「なんで明尾が殺されたのかは分からねえが、今更になって誰かを殺そうとする奴なんて、『裏切り者』って奴しかいねえんじゃねえのか」

 「『裏切り者』・・・や、やっぱりその話になるよね・・・」

 「そ、そんな人、ほんまにいてるんですか・・・・・・この中に?」

 「よせ。正体の分からん者を犯人と疑っても仕方がない。その程度で簡単に分かるならば、『裏切り者』の正体など既に明らかになっている」

 

 俺の一言で一気に裁判場の雰囲気が悪くなった気がする。ただでさえ人殺しが潜んでるっつうのに、『裏切り者』ってのも乗っかって更にギスギスしてきた。六浜は静かにその感情を言葉で制して、学級裁判を冷静に進めていく。どこ吹く風とばかりに望月はそれに続く。

 

 「まずは事件の前後関係を整理する必要がある。被害者の状態及び殺害前後の動向、基本的な事件の要旨を明確にすることだな」

 

 『裏切り者』が誰かなんてのは、裁判の流れでいずれ分かるか、クロが決まってから明かされるはずのことだってか。まずは明尾を殺した奴が誰かをはっきりさせることが最重要だと、話は『裏切り者』とは関係なく進んでいく。結局いつもと同じかよ。

 

 「ではまず、明尾さんのご遺体が発見された辺りから確認して参りましょう」

 「第一発見者はお前だったな、鳥木。発見までの経緯を、できるだけ詳細に頼むぞ」

 「畏まりました」

 

 鳥木は恭しく頭を下げた。こいつが俺の部屋のドアをノックしたのは、まだモノクマアナウンスどころか夜明けすら訪れてない夜とも朝ともつかない時間帯だ。そんな時間になんでこいつは明尾の部屋の異変に気付けたのか。確かにそこははっきりさせとかなきゃならねえな。

 

 「まず私は朝食の準備をするために、早めに起床して身支度を整え、食堂に参ろうと部屋を出ました。時刻は五時頃でした。その時点では廊下に異変はなく、確認はしておりませんが、おそらく明尾さんもご存命でいらっしゃったと存じます」

 「それで?」

 「キッチンで準備をしていたのですが、ほどなくして食堂に出た時に寄宿舎の方から不穏な音が聞こえてきました。物が壊されるような、激しい音でした。何事かと様子を見に行ってみますと、明尾さんの部屋のドアが開いていることに気付き、中を見ると・・・あの様子でした。そして皆様を起こしにお部屋を回ったという次第です」

 「なるほどな。ということは犯行時刻もその周辺か。その時間、他に目を覚ましていた者はいるか?」

 「いるわけねえよなぁ・・・鳥木の言い分の確かめようもねえか」

 「早朝では全員アリバイなしか。ある程度は予測がついていた。だがいま重要なのはそんなことではない」

 「え?」

 

 鳥木の証言は、もし本当なら明尾の死んだ時間を絞る有力な証言になるが、逆にまるっきりでたらめだったらまずい。早朝で人がいねえんじゃ証言が本当だと証明する奴もいねえし、かといってそんなこと言ってたら議論なんか始まらねえ。どこかで取捨選択しなきゃならねえ。どうすりゃいいんだ。誰の証言なら信じていいんだ。

 

 

 【議論開始】

 

 「鳥木の証言によると、明尾が殺害されたのは“早朝”だ」

 「そ、その時間ですと・・・事件の前後に明尾さんを見てた人とかはいてませんよね・・・?」

 「あとアリバイがある人もいないね!どうにもなんないや!」

 「“他の証言”でもあればいいんだけど・・・」

 「それだ!」

 

 

 

 

 

 「証言ならまだあるはずだ。こっちから言わなきゃ言わねえってのもおかしな話だけどな・・・とっとと話せよ」

 「ど、どうしたの清水くん?誰に言ってるの?」

 「穂谷だよ!」

 

 鳥木の証言はウソかホントか分からねえ。こいつが犯人じゃないって確証がないからだ。けど今回の事件で死にこそしなかったものの、被害者になった穂谷の証言なら信用できる。部屋で気絶してたこいつに明尾を殺すことなんてできねえし、共犯者なら滝山みてえにとっくに殺されてるはずだ。

 

 「・・・はあ。当事者とはいえ、なぜ私がこんなことをしなくてはならないのでしょうか」

 「当事者だって分かってんだったらぐだぐだ文句言うな。いいから黙って言え」

 「どっち!?」

 

 穂谷は頬に手を当ててため息を吐いた。被害者なのに言い渋る理由なんかねえだろ。さっさと終わらせてえなら言うこと言え。

 

 「ではお話しして差し上げます。私は昨日、夕食後に部屋に戻り、シャワーを浴びた後ベッドに入りました。夜時間のアナウンスを聞いた覚えはありませんので、十時にはもう眠っていました」

 「随分早いね!でもそっか、夜更かしは美容の大敵って言うしね!」

 「何時かは分かりませんが、部屋のドアを開ける音で目が覚めました。起き上がって何方か確認しようとしたのですが、部屋の電気を消していたので、顔を見ることはできませんでした。そして徐ろに襲いかかってきて・・・私は逃げようとしましたが、途中で気を失ってしまいました」

 「その証言だけで犯人を特定することは難しいな。犯行時刻も夜時間前後となると、範囲が広い」

 「いや、そこじゃねえ。穂谷はまだもう一つ、デケェ情報を握ってる」

 「そ、そうなんですか・・・?」

 

 医務室で聞いた時も、穂谷は辿々しく曖昧な喋り方をしてた。記憶が混濁してんのか、ショックで本調子じゃねえのか、けど情報を持ってることに変わりはねえんだ。持ってるもんは全部吐き出してもらわねえと困る。

 

 「言えよ、穂谷。犯人の手掛かり、持ってんだろ」

 「・・・・・・犯人に襲われた際に・・・声を聞きました」

 「声?」

 「正確には、呼吸音や息遣いに伴う唸りのようなものです。個人を特定することはできませんが・・・あれが男声であったことは、間違いありません」

 「男声。男の声ということだな?」

 「なるほど!つまり穂谷さんを襲撃した犯人は男性である、ということですね!」

 「男の身で夜分に女の部屋に忍び込むとは・・・な、なんと不埒な!!」

 「そこじゃないと思うよ六浜さん」

 

 六浜はなぜか違う方にキレてる。そもそも人殺そうとしてる時点で不埒どころの問題じゃねえだろ。

 

 「穂谷円加の証言は理解した。しかし、それは真に有力な情報と言えるか?」

 「と、仰いますと?」

 「“超高校級の歌姫”の聴力ならば、呼吸から声の性別を判ずることは可能だろう。しかしその声の主は、今回の裁判で明らかにされるべきクロと同一人物なのだろうか?」

 「で、出た〜〜〜〜〜!今までの議論根本から否定やつ〜〜〜〜〜〜!うぷぷ!望月サンはホントに空気読まないよね!」

 

 モノクマみてえに大げさなリアクションはしねえが確かに、また出た、とは思った。前回も被害者が複数いて、それぞれの犯人が同じ奴かどうかを突っ込んできたな。しかもいい感じに話が軌道に乗りかけた時に。言うなら最初に言いやがれ、わざわざ勢を挫くようなことしやがって。

 

 「た、確かに・・・穂谷さんを襲った犯人と、明尾さんを襲った犯人が同じやとは・・・」

 「そうかな?僕は同じだと思うけどな。だって夜中に二人も人が動いてたら、誰か気付いてそうなもんじゃない?」

 「私もそう感じます。加えて、二つの事件が別々の犯人によって引き起こされたとしたら、あまりに犯人にとってタイミングが良うございます。共犯者という可能性も・・・今はとても考えられません」

 「だがそれを断定する確証もないだろう。この事件が同一犯か複数人による犯行か。いずれかによっては今後の議論の方向性が大きく変わってくるはずだ」

 「どっちとも言えないのも気持ち悪いしね・・・」

 「それでは、その点について議論して参りましょう!」

 「いつの間に『Mr.Tricky』に!?」

 

 望月の疑問、同一犯か複数犯か。事件が二つありゃそういう疑問が浮かぶのはそりゃ当然っちゃ当然だが、いきなりそんなことを議論しようって言われてもどうしようもねえ。それでも一度動き出した裁判場はもう止まらない。互いの表情の変化まではっきり見えるこの場所で、議論から逃げることは許されない。緊張で心臓の鼓動が高まるのにつれて、裁判場全体が突き上げられるような感覚を覚えた。

 

 

 【議論スクラム 開始!】

 

 「穂谷円加を襲撃した犯人と、明尾奈美を殺害した犯人。この両者が同一人物であるか否かは、今後の議論において重要な意味を持つだろう」

 

 「やっぱり犯人は一人だよ。どっちの事件も寄宿舎の中で起きてるんだし、別々に起きたんだとしたらどっちかの犯人が行動を起こす前にもう片方の事件に気付くはずじゃない?」

 「曽根崎君の仰る通りでございます!!穂谷さんのお部屋がございます東側の廊下は、皆様ご存知のように大変汚れておりました!!また私が明尾さんのご遺体に気付くことができたのは、彼女のお部屋の扉が開放された状態だったからでございます!!」

 「共犯者っていう可能性はほぼ考えられないよね・・・メリットがないし、お互いに裏切られる危険が出てくるよ」

 

 「二つの事件に時間差があれば、片方の犯人が行動を起こす前に踏みとどまることも考えられる。しかし、どちらの事件も発生時刻は不明瞭だ。ほぼ同時に発生したという可能性も考えられる。なにしろ、穂谷円加の部屋と明尾奈美の部屋は寄宿舎の反対側。片方の事件に気付かなかったとしても、なんら不自然ではない」

 「む、むしろ・・・寄宿舎のほぼ反対側の部屋でいっぺんに事件が起きるなんて・・・一人の人がやったんやとしたら・・・そそ、そっちの方が変や思います!」

 「同一犯であるという“根拠がない”のなら、これらの事件は別々に起きたと考える方が自然だな」

 「見逃せません!!」

 

 

 

 

 

 二つの主張がぶつかり合う。高揚する気分と共に緊張が全身を縛る。一言も聞き逃せないような激しい議論の最中で、鳥木の声は、まるで噴き出すトランプを剣で突き刺すように、六浜の些細な言葉を貫いた。無駄に大きな身振りや声量は、あの仮面のせいか。

 

 「失礼、六浜さん。ですが私の主張にも根拠はございます!!」

 「同一犯であるという根拠がか?一体なんだ」

 「それではここに、ご覧にいれましょう!!穂谷さん、申し訳ございませんが、少々ご協力願います!!」

 「はい?」

 

 何かと思えば、鳥木は隣の穂谷に頭を下げて、腕をまくる仕草をした。穂谷に腕を見せろって言ってるらしい。あからさまに穂谷は嫌そうな面をしたが、渋々って感じで腕を見せる。そこには、まだ治ってない青あざがいくつも浮かんでる。晴柳院の息を飲む声が聞こえてきた。

 

 「こちらの麗しき白肌にございますアザ、これは打撲により生じたものでございます!!すなわち、穂谷さんがお部屋で犯人に襲撃された際に、鈍器類で打たれて付いたものなのです!!」

 「そうだろうな。刃物や銃器では付かないものだ」

 「そして明尾さんのお体に付いたアザ、こちらは電子生徒手帳で確認することができますが、こちらも同様に打撲によるアザではありませんか?そう、穂谷さんの腕にあるものと同じなのです!!これが何を意味するか、聡明な皆様方ならば、もうお分かりになっていることでありましょう!!」

 「同じ凶器で襲われた・・・ってこと?」

 「That's right!!まさにその通りでございます!!同じ凶器、これは二つの事件が同一犯によるものであることの、充分な根拠と言えます!!」

 「なるほど。確かに同一、或いは類似した凶器による犯行だな」

 「ならやっぱ、犯人は一人ってことになるな」

 

 モノクマファイルには明尾の死体の傷が鮮明に写し出されて、生々しい傷口をモロに突きつけてくる。その写真と穂谷の体についたアザは、確かに同じようなもんだ。穂谷は他人に肌をじろじろ見られんのが気持ち悪いのか、すぐにまくった袖を戻した。けど、これでもう異論はねえだろ。

 

 「つまるところ、今回の事件は単独犯。穂谷の証言が正しければ、犯人は男ということになるな」

 「う、う〜ん・・・絞れはしたけど、まだ足りないよね。それにまだ、凶器も分かってないし」

 「凶器ならある」

 「えっ、そうなの?」

 

 穂谷と明尾の怪我から、凶器は鈍器だってことが分かる。そうでなくても、俺と曽根崎は決定的なほど凶器然としたもんを見つけた。現場なはずの寄宿舎からはかなり離れた場所で、だが。

 

 「大浴場の脱衣所のロッカーに、血の付いたハンマーがあった。隠されてたんだ」

 「ボクと清水クンが見つけたんだよ!あそこに隠せば見つからないと思ったんだろうけど、ちょっと甘過ぎかなあ」

 「脱衣所のロッカー・・・お前たちが見つけることができたということは、男湯の方のロッカーに隠してあったのだな?」

 「ほ、穂谷さんの言うてはることと一致します・・・!ほな、やっぱり犯人は男の人・・・!」

 「まだ言ってんのかよ。まあとにかく、これで凶器は分かったわけだが」

 「軌道修正が必要だ」

 

 血と髪の毛が付着したままの状態で見つかったハンマー、これが凶器じゃねえわけがねえ。誰がどう見たってそうだし、ほとんどの奴らも全員納得したように頷いてた。だが、望月だけはまだしつこく食い下がってくる。なんなんだ一体。

 

 「なんだ」

 「脱衣所で不審なハンマーが見つかったこと。そしてそのハンマーが今回の事件に関係しているということは認めよう。だが、本当にそのハンマーが明尾奈美を殺害した凶器であると言えるだろうか?」

 「はあ?あのなあ、あの怪我見りゃ分かんだろ。このハンマーが凶器じゃねえってんなら、他にどう説明付けられんだ!」

 「・・・より複雑な場合を想定することを回避し、短絡的な事実を期待するか。興味深いが、この場においては修正する必要があるな」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「明尾と穂谷の体には、どっちも同じアザがある!どう見たって重てえもんでぶん殴られた痕だろ!ハンマーが凶器じゃなかったら他に何があるってんだ!」

 「現時点で確定事項として言えることは、そのハンマーが事件に関係した物であるということまでだ。穂谷円加や明尾奈美の身体の創傷はいずれもそのハンマーによるものということは言えるが、それが明尾奈美を死に至らしめた原因、すなわち死因であるとは言い切れない」

 「だったらなにか?テメエはハンマーで身体中にアザが出来て頭かち割れるほどぶん殴られて、それでもまだ“明尾は生きてた”っつうのか!?んなわけねえだろ!死体も部屋も凶器も、どれを見ても“明尾の死因が殴殺だってすぐ分かる”ことだろうが!」

 「見落としに気付くべきだ」

 

 

 

 

 

 「現場を見れば、明尾奈美の死因が殴殺であると直感的に想像するだろう。だが、それでは説明の付かないことがある」

 「はあ?なんだそりゃ」

 「清水クン・・・キミ、本当に学習能力ないのかもしれないよ・・・」

 「あ?」

 

 まったく声は張ってねえのに、望月の言葉には妙に力がこもってた。横から曽根崎がバカにしてくるが、同じようなことを最近聞いたような気がするな。

 

 「それで、説明の付かないところって?」

 「今回、モノクマから交付されたモノクマファイルは、明らかに情報が不足している。これは単なる情報不足ではなく、モノクマが意図的に情報を隠蔽しているためと考えられる」

 「い、隠蔽なんて人聞きの悪いこと言わないでよ!ボクはあらゆる生徒に平等に愛を振りまいているだけなのです!人を殺したくらいや生きてるか死んでるかなんかで差別するのは可哀想でしょ?」

 「区別くらいはしてよ!」

 「うぷぷ♫それにボクだってなんでもは知らないんだよ。知ってることだけ!」

 「監視カメラで四六時中監視している奴が、死因や死亡時刻が分からんわけがあるまい。古部来の検死ファイルでも、意図的に死因が伏せられていた」

 「え、えっとぉ・・・ど、どういうことですかぁ・・・?」

 「モノクマはあくまでシロとクロに平等な立場だって言ってる。だから、死亡時刻や死因が伏せられてるってことは、これを教えることはクロが不利になるってこと」

 「クロに不利?」

 「そうだな・・・例えば、明尾奈美は殴殺ではなく別の方法で殺害された。クロはそれを伏せるために『部屋で殴殺された明尾奈美』を演出し、そしてモノクマがクロの意向を尊重した。しかし殴殺と記すことは虚偽の報告をすることになるため、結果的にモノクマファイルに死因が明記されなかった」

 

 なんかだらだらと説明してるが、つまりモノクマファイルに死因が書いてねえのは明尾が殴殺じゃねえからってことか。確かに今回のファイルは明らかに情報不足だったが、それだけで明尾の死因が殴殺じゃねえなんて言えんのか。

 

 「だ、だけど、望月さんも見たでしょ?明尾さん血まみれだったし・・・他の死因なんてあり得るのかな?」

 「可能性はある」

 「えっ」

 「大量の血痕や明尾奈美の凄惨な有様が、真の死因を隠蔽するための偽装工作であるとした上で、私から一つ証拠を提出する」

 「一体なんでございましょうか?」

 

 犯人が明尾の死因を誤魔化した?そんなことして何の意味があるんだ。だいたい明尾には現に殴られた痕がいくつもあった。なのに他の死因なんて、本当にあり得んのか?

 そんな基本的な疑問は全部すっ飛ばして、望月は電子生徒手帳のモノクマファイルをいじって、俺たちに見せた。赤く汚れた明尾の死体が映ってる。

 

 「ぅひっ!?」

 「っ!そ、そんなものをわざわざ見せて、どういうつもりですか!」

 「明尾奈美のここに注目しろ。血液で分かりにくいが、下顎部から頸部全体にかけて特徴的な傷痕がみられる。これは殴打によるものではなく、圧迫することによって生じる類の痕だ」

 「あ、あっぱく・・・?い、一体何を言っているのですか・・・?貴女は、何を言いたいのですか!」

 「明尾奈美の死因は殴殺ではない。モノクマが意図的に隠蔽した、明尾奈美の真の死因は他にある」

 

 望月はあくまで淡々と言う。明尾の死体のどアップを俺たちに見せつけ、目立たない首の痕に気付くほど調べ上げ、真っ赤な部屋でその真意を冷静に考えられるほどに、落ち着いていた。たじろぐ俺たちに疑問すら感じるように、もう一度それを言い直した。俺たち自身にその答えを言わせるつもりなんだろうか。

 

 

 【思考整理】

 

 望月が見つけた痕ってのがあったのは・・・・・・・・・明尾の首の部分だ

 

 その痕は、ハンマーみてえな鈍器では付かないような痕・・・・・・・・・圧迫痕だ

 

 だとしたら、望月が言いてえ明尾の本当の死因ってのは・・・・・・・・・!!

 

 「そういうことか・・・!!」

 

 

 

 

 

 「明尾が・・・絞め殺されたって言いてえのかよ・・・!!」

 「厳密には扼殺と言えよう。絞殺が紐などの細長い物体で絞めて窒息させるのに対し、扼殺は手で直接気道を圧迫することを指す。故にいずれも窒息死となるが、頸部に残る痕跡から区別が可能だ」

 「わざわざ説明することもない、常識だ」

 「常識じゃないし知りたくないよそんなおぞましい豆知識!」

 「お、お待ちなさい!明尾さんが・・・絞め殺された?一体何を言っているのですか!」

 「穂谷さん?どうなさいました?」

 

 絞殺でも扼殺でも一緒だ。どっちにしろ明尾は窒息死したってことになる。未だに信じられねえが、俺よりもっと信じられないって奴がいた。穂谷が眉を顰めて声を荒げるなんて意外だった。だがすぐに、いつものつまらなさそうな顔に戻って、落ち着けと自分に言い聞かせるようにゆっくり喋りだした。

 

 「・・・失礼、少々取り乱しました。皆さんが、そのあまりにも酔狂なお話を簡単に信じてしまいそうになっていましたもので」

 

 薄ら笑いで、同じ目線から見下してくるような視線を向けてくる。なんでお前が取り乱すんだよ、明尾がどう死のうが関係ねえんじゃねえのか。

 

 「酔狂か?少なくとも私は望月の意見はもっともだと思うぞ。この痕を見れば、扼殺の可能性があがるのは当然だ」

 「うふふ・・・そんなもの、明尾さんが動かなくなった後で付けることもできましてよ。それに何より、先ほど貴女方は言っていたではないですか。私と明尾さんを襲ったのは同一人物だと」

 「何が言いたいのさ?」

 「清水君が凶器の証拠として提出したハンマー、これは間違いなく私を襲った犯人が使用した物でしょう。それならなぜ犯人が同じ凶器を使わず、わざわざ扼殺などを選びましょうか。それとも、この私の言葉を疑うつもりですか?」

 

 んなボロボロの体で威張られても箔が付かねえ。少なくとも明尾がハンマーで襲われたことは事実なわけだから、最終的にどういう殺され方しようと同じ奴がやったって言えるはずだ。

 

 「あのお・・・た、たぶんなんですけど・・・手段を変えることで、他の人の仕業に見せようとしたんとちゃいますか・・・?」

 「部屋があれだけ荒らされて血まみれだったんだよ?それは無理があるんじゃないかな」

 「現にさっきまで、俺らは明尾が殴り殺されたと思ってたわけだしな」

 「し、失礼しましたぁ・・・」

 「いいえ!とても貴重なご意見です、晴柳院さん!そして私は閃いてしまいました!!なぜ明尾さんはハンマーではなく、直接首を絞めて殺害されたのか・・・その理由を!!」

 「私に口答えするのですか?そんな理由などあるはずありません・・・いい加減なのはその似非多重人格設定だけにしなさいな!」

 

 指先まで自由自在とばかりに動かして、長くきれいな指を立てて鳥木が叫ぶ。それにつられるように穂谷の声も強くなる。普段デケェ声を出さねえ奴らだが、どっちもこんだけ張り上げてもよく通るからその言い合いも落ち着いてるように聞こえた。

 

 

 【議論開始】

 

 「明尾さんが扼殺だなんて・・・本気で言っているのですか?彼女は部屋で血まみれで倒れていたのでしょう?」

 「望月も言っていたが、明尾の“首にある圧迫痕”、これは扼殺に特徴的なものだ。間違いない」

 「私と明尾さんは同じ犯人に襲われたのです!同一人物の犯行なら、同じ凶器を使わない理由がありません!犯行の時間帯も犯行現場も似通っているのに、わざわざそんな手間をかけるお馬鹿さんがいますか?」

 「いいえ穂谷さん。おそらくその犯人は、敢えて扼殺を選んだのではなく、扼殺を選ばざるを得なかったのでしょう」

 「なんだそりゃ?ハンマーがあるのにか?」

 「たとえハンマーを持って明尾さんに襲いかかったとしても、彼女とて必死に抵抗したはずです!その際、犯人は持っていたハンマーを落としてしまい、咄嗟に首を絞めたのではないでしょうか!」

 「え・・・でも明尾さんだって寝込みを襲われたんじゃないかな。それだと“大した抵抗はできない”と思うけど」

 「その点は、まさに現場が物語っております!あの激しい荒れ方を見れば、あそこで相当の“格闘があった”ことは一目瞭然でしょう!」

 「その言葉、ウラがないよ!」

 

 

 

 

 

 穂谷の諦めの悪い主張と鳥木の新しい主張、この二人がこんなに言い合うなんて珍しい。どっちが勝つのか見届けてやろうと思ったが、それに曽根崎が割って入って、強制終了になった。

 

 「犯人が凶器を落として仕方なく首絞めかあ。まあ悪くない推理だけど、根拠がアレだからなあ」

 「根拠がアレ、とはどういうことでしょうか?」

 「だってさ、キミのその推理って、明尾さんの部屋の状態を踏まえたものじゃないじゃん!」

 「・・・どういうことだ」

 

 悪くない推理と言いつつ曖昧な理由で否定し、へらへらと曽根崎は笑う。その言葉尻に、現場を直接見てない穂谷以外の全員が首を捻った。現場の状態を踏まえた推理じゃないって、今の鳥木の推理のどこら辺がそうだってんだ。

 

 「ボクは捜査の時からずっと思ってたんだよね。明尾さんの部屋が、なんかおかしいなあって」

 「随分とあやふやなことを仰いますね。申し訳ありませんが、私の経験上、断定口調をしない記者は信用に値しません!」

 「あっそ。じゃあはっきり言うよ。鳥木クン、キミの推理だと、明尾サンは自分の部屋にいたところを襲われたことになるけど、ボクはそうは思わない」

 「はっ!?」

 「彼女が襲ってきた犯人と争ったのは確かだろうね、だけどそれは本当にあの部屋だったのかな?もっと言えば、明尾サンは殺された時、どこにいたんだろうね?」

 「なにを・・・!?あ、あのお部屋の様子をご覧になって、その上での発言とは思えませんね!」

 

 つまるところ曽根崎は、明尾が殺されたのは明尾の部屋じゃねえって言いてえのか?あんだけ荒らされて、血まみれで、凄惨な有様になったあの部屋を見て、なんでそんな発想が出てくるんだ。鳥木じゃなくてもあの部屋を見た奴なら狼狽えて当然だ、こいつ頭おかしいんじゃねえのかって思う。

 けどそんな曽根崎の肩を持つ奴もいた。

 

 「ふむ、曽根崎弥一郎、興味深い視点だ。私もその線に乗ろう」

 「えっ!?も、望月さん!?なんで!?」

 「どうした笹戸優真。何を驚いている」

 「驚くよそりゃ!だってキミも明尾さんの部屋を見たでしょ!あそこが現場じゃないわけがないよ!あんなにひどい荒れ方・・・!」

 「私は部屋の状態はよく捜査していないため不鮮明だ。が、私が抱いている疑問が解消される可能性がある方に賛同したまでだ」

 「望月サンなにそれ?ツンデレ?ツンデレなの?」

 「なぜ気候帯の話になる?」

 「ツンドラだそれは。なんとベタな天然ボケを・・・」

 「一体何の話をしておられるのやら・・・!議論を撹乱するおつもりなら、どうか大人しく引き退って頂きたいものですね!」

 

 曽根崎だけじゃなくて望月もかよ。こいつらがわけわかんねえこと言い出したら、もう気の済むまで喋らせときゃいいって俺は覚えた。なのに鳥木も笹戸も頑張って声をあげる。どちらかが論破されるまで、何度も同じことを繰り返す。主張が分かれた裁判場は熱を帯びて衝突する。

 

 

 【議論スクラム 開始!】

 

 「鳥木クンの推理は、明尾サンが犯人に襲われて殺されたのが明尾サンの部屋っていうことを前提としてるけど、それじゃあボクは納得できないよ」

 「曽根崎弥一郎の言う通り、明尾奈美の部屋には不審な点がいくつかあった。格闘が行われたか否かはとにかく、私も鳥木平助の推理には賛同できない」

 

 「で、でも、明尾さんの部屋はあちこち荒らされてて、“全体が血まみれ”だったじゃないか!みんなも見たでしょ!なのにあそこが現場なのがおかしいって、意味が分かんないよ!」

 「現に明尾さんは彼女のお部屋で発見されました!彼女の部屋の様子こそが、あの部屋が犯行現場であることの、動かぬ証拠と言えます!明尾さんと同じく襲われた穂谷さんのお部屋も、血液量こそ違えど“同じように荒らされていた”ではありませんか!」

 「ボクの目は誤魔化せないよ!」

 

 

 

 

 

 「穂谷さんの部屋と明尾さんの部屋が同じ?ふーん、鳥木クンの目にはそう見えたんだ」

 

 鳥木を馬鹿にする含みのある言い方で、曽根崎が冷たい視線を向ける。けど鳥木の言い分に矛盾なんかないように聞こえた。血の量こそ全然違えが、明尾の部屋も穂谷の部屋も同じような感じだったじゃねえか。

 

 「曽根崎、お前は何が言いたいのだ」

 「なんかみんな、明尾サンの部屋と穂谷サンの部屋が同じみたいに捉えてるけどさ、ボクからしたら全然そんなことないんだよ!むしろ、まるっきり違うじゃないか!」

 「ええ・・・ど、どこがさ?」

 「血の量とか言ったらぶっ飛ばすぞ。んなもん見りゃ分かる」

 「いいや、もっと決定的に違うものさ」

 

 ちっちっち、と指を振って小馬鹿にする感じが腹立ったから、どっちにしろこの裁判が終わったらぶっ飛ばす。んなことより、決定的に違うことってなんだ。

 

 「穂谷サンの部屋は確かに荒らされてたけど、明尾サンの部屋は荒らされたっていうより、ただ散らかってたって感じなんだよねえ。まるで、誰かがあの部屋を現場だと思わせようとしたみたいに、不自然な荒らされ方だった」

 「不自然な荒らされ方?」

 「言っとくけど清水クン、キミだってその違和感はあったはずだよ」

 「あ?」

 「あの部屋でキミは、荒らされた部屋ではあり得ない現象に遭遇してるはずなんだ」

 「なんなんだよ、もったいぶった言い方しやがって」

 

 部屋の荒れ方に自然も不自然もあんのか。明尾の部屋はシーツもぐちゃぐちゃ、椅子もテーブルもひっくり返って本棚は歯抜け、おまけに血まみれだ。これのどこが不自然なんだよ。それに俺があの部屋で何に遭遇したかって、マジなんなんだよそれ。

 

 

 【議論開始】

 

 「明尾サンの部屋は明らかに不自然だった。キミたちは気付かなかったの?」

 「私は主に“明尾奈美の死体”ばかり観察していたな」

 「部屋中血だらけで、“ベッド”もめちゃくちゃだったじゃないか!机の上も“散らかり放題”だったし・・・何もおかしいところなんてないよ!」

 「矛盾!撃ち抜かずにはいられない!」

 

 

 

 

 

 一つ一つ、この目で見た情報と耳に入ってくる情報を照らし合わせる。笹戸の言う通り、引っかかるところなんて何もなかったが、曽根崎は不意に笹戸の言葉を射抜いた。

 

 「笹戸クン、よく思い出してごらんよ。本当にあの机の上は散らかってたのかさ」

 「散らかってただろ。本も放ったらかし、工具も放ったらかし、化石も放ったらかしでひでえもんだ」

 「いやいやいや!化石は清水クンが机を蹴ったから崩れたんじゃないか!」

 「ん?笹戸、今なんと言った?」

 「えっ、化石は清水クンが蹴って崩れたんだよって・・・」

 「それは明尾の机の上に飾ってあったものか?」

 「そうだよ。キレイだったけど、丁寧に扱わないとすぐ崩れちゃうんだ」

 「明尾さん・・・とっても大事そうにしてはりました・・・」

 

 なんだか分からねえが、六浜が笹戸の言葉に食いついた。あの化石がどうかしたのかよ。明尾が地面からほじくり返してきた石だろ。

 

 「そうか・・・これがお前の言い分の根拠か、曽根崎」

 「そっ。おかしいでしょ?」

 「一体何がおかしいというのでしょうか?」

 「あの部屋で明尾と犯人が暴れたとしたら、ベッドや本棚よりまず、その化石が崩れてなきゃおかしい。清水がそれほど強く机を蹴ったとは思えん」

 「清水クンが机を蹴っただけで崩れちゃうくらい不安定なんだよ?清水クンが蹴っただけで!」

 「そんなに俺の脚は弱えと思ってんのか」

 「うへー!こりゃ後で蹴られるね!」

 「分かってはんねやったら言わんかったらええのに・・・」

 「他にも理由はあるよ。どの家具もめちゃくちゃになってはいたけど、どれも壊れてはなかった。穂谷サンの部屋には色んな破片が散らばってたのに、明尾サンの部屋は血しかなかった。ハンマーを落とすほどの格闘があったなら、椅子の一つも壊れてないのは不自然だよね!」

 

 曽根崎の言う通りに現場の状況を思い返してみると、妙に当てはまって説得力があった。足の踏み場もないくらいだった穂谷の部屋に比べて、明尾の部屋は血を気にしなければ特に困らない。家具も、位置を直せば元通りに使える状態だった。そう言われてみると確かにそうだ。あの部屋は、不自然だ。

 

 「だから鳥木クンの推理は、前提から間違ってるの。あの部屋で犯人と明尾サンは争ったわけじゃない」

 「・・・さ、左様でございますか」

 「ではついでに、私の疑問について話をさせてもらう」

 「望月の疑問というのは、部屋の荒らされ具合とは違うのか?」

 「私はむしろ、明尾奈美の死体に関することだ」

 「・・・なんでしょう」

 

 あんまり話が長えから忘れてた。鳥木の推理を否定してる話だったな。明尾と犯人が明尾の部屋で争ったことを否定してるわけだ。なんでそんな話になったんだったか。

 

 「傷の形状や全身の負傷などから、明尾奈美は全身を殴打された後に扼殺されたと考えられる」

 「その順序は確定でよかろうな。それで、何が疑問なのだ」

 「扼殺というのは一定以上の力を集中して、かつ継続的に加えなければならない。故に明尾奈美はなんらかの形で体を固定されていたはずだ」

 「う、うーん?」

 「とすれば、あの死体の周辺には、そこにあるべきものがなかった」

 「あ、あるべきものがなかった?」

 

 なんだこいつももったいぶりやがって。なんでわざわざ俺たちに考えさせる。思ってることがあんなら言えばいいだろうが。あるべきものがなかったって、あの部屋に何がなかったってんだよ。

 

 

 【議論開始】

 

 「明尾の部屋にはなかった、あるべきものってなんだよ」

 「事件の順序は、明尾奈美は全身を“殴打された後に”扼殺された。その際に、どこかに体を固定しなければならない」

 「首には“痕跡があった”し、明尾サンの死体もちゃんと部屋にあったよね」

 「きょ、“凶器のハンマー”はお部屋にはなかったらしいですけど・・・別になくても変やないですよね・・・」

 「じゃあ他に何があるってんだよ。現場に“死体”も“血痕”もあって、これ以上なにがいるってんだ」

 「それは事実と異なる」

 

 

 

 

 

 「あの部屋になかった、あるべきもの。それは血痕だ」

 「はああああッ!!?」

 「な、何を仰るのですか!?あのお部屋をご覧になったでしょう!血痕だらけではありませんか!」

 

 ついにトチ狂ったか。明尾の部屋は吐き気を催すほど、視界が緑がかって見えるほど血だらけだった。それに望月は明尾の死体を見張ってたはずだ。なのにあの部屋に血痕がなかったって、とうとうおかしくなったとしか思えねえ。

 

 「ダメだこりゃ。もう使い物にならねえ」

 「正確に言えば、非必然の血痕は大量にあったが、必然の血痕はどこにもなかった」

 「い、言ってる意味が分かりません・・・ち、血の痕に・・・必然なんかあるんですかぁ・・・?」

 「血溜まりか」

 「え?」

 

 話を聞くまでもなく、こいつはもうダメだと諦めたが、六浜はそれに理解を示したらしい。なんでだ。

 

 「明尾奈美の死体周辺の床には、壁面や天井面と同様の血痕しかみられなかった。殴打の後に扼殺されたのなら、頭部から相当量の出血があるはずだ。その状態で、たとえば床に仰向けのまま扼殺されたとしたら・・・」

 「頭の下、あるいはすぐ横に血溜まりができ、大きな染みになる。壁に押し付けられた場合でも、特徴的な血痕と壁伝いに流れる血の跡が残るはずだ」

 

 望月だけだったら妄言で済むかも知れねえ。けど六浜がそれを補足するだけで、妙に説得力のある言葉に聞こえてくる。俺は血の形とか量とかなんて覚えてねえし、そこから殺し方や死んだ時の状況が分かるなんて思いもしなかった。

 

 「つ、つまり・・・貴方は何が言いたいのですか!それが一体なんだというのですか!」

 「明尾奈美の個室は、殺害現場でも襲撃現場でもない。その両方であるかのように見える、単なる発見現場でしかないということだ。すなわち」

 「お待ちなさいッ!!」

 

 曽根崎が抱いた違和感、望月が感じた疑問。この両方から導き出される答えと事実が、望月の口から出ちまいそうになるのを、穂谷が止めた。それは透明感のある凜とした声じゃなくて、相手の言葉を認められないヒステリックさに満ちていた。

 

 「随分と想像力豊かなのですね。お空ばかり見つめていて、現実が見えなくなってしまったのではありませんか?」

 「私は現実に基づいたことしか言わない。空想を根拠とする発言は非合理的だ」

 「お黙りなさい!!貴女の推理には欠陥があります!!それを説明できなければ、そんなものはただの貴女の妄想です!!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「明尾さんの部屋が殺害現場でも襲撃現場でもない?一体なんの冗談ですか!同じように襲われた私の部屋と、現場の状態はほぼ同じだそうですね!では当然そちらも現場であることになるはずです!」

 「それは直感的かつ一般的見解に過ぎない。証拠品や不自然な箇所などを考慮すれば、異なる可能性を想定することは至って普通のことではないか?」

 「口答えは許しません!!誰に向かって口をきいているのです無礼者!!でしたら説明してご覧なさい!!ただの発見現場に過ぎないそのお部屋が、“明尾さんの血に塗れていた”理由を!!」

 「視点を変えろ」

 

 

 

 

 

 キィキィと喧しいネズミみてえに甲高く喚く穂谷は、肩で息をしながら望月を睨む。頭に血が上ってんのか少しふらついてるのを、隣の鳥木が心配そうに見る。向かい合う望月はそれを見ても眉ひとつ動かさず、優越感も嫌悪感も一切ない目で、声で、淡白に話す。

 

 「あの部屋に散布していた血痕は、おそらく明尾奈美のものではないだろう。犯人が部屋を犯行現場と思わせるための偽装工作と考えられる」

 「偽装工作?じゃあ、あの血って誰の・・・」

 「誰のでもねえ・・・」

 

 偽装工作?そりゃそうだ、犯人はなんらかの形で現場を作り替えてるはずだ、自分の都合のいいように。もしマジで明尾の部屋は現場じゃないんだったら・・・だったらあの部屋の、あからさまなほどの血は、あれこそが偽装工作ってことになるじゃねえか。それができる方法も、確かにある。

 

 「医務室に保管されてた輸血パックが減ってたんだ。あそこに入ってる血の量なら、十分に部屋を血まみれにできる」

 「輸血パック・・・なるほど!だから清水クンったら、急にあんなこと聞いてきたんだ」

 「その根拠は?」

 「明尾の部屋に、細切れにされたビニールの欠片があった。たぶん輸血パックだったもんだろ」

 「ああ!あれ、輸血パックだったんだ!」

 「証拠隠滅の方法としてはいい加減なものだな。だが清水翔の意見を立証するのには十分だ」

 

 適当に破って机と壁の隙間に押し込まれてたビニールくず。特に血にまみれてたのは、あれが輸血パックの残骸だからだ。バラバラだったはずの証拠品が、一つの推理の元に集まって意味を成し始める。

 つまりあの部屋は、明尾の殺害現場でも襲撃現場でもない。あそこに散った血は輸血パックの中にあったもので、荒らされてるように見せかけられた、ただの発見現場に過ぎなかったんだ。でも、じゃあ明尾は・・・。

 

 「そうなると、明尾はどこで殺されたんだ?」

 「ッ!」

 「そんなもの決まりきっている。明尾の部屋が捏造された現場であるとすれば、他に真の現場があることになる」

 「し、真の現場って・・・?」

 「先に言っておく。同じように血が散っていた東側の廊下も、犯人が同様に血を撒いたと考えられる」

 「って、ていうことは・・・!!明尾さんが殺されたんは・・・!!」

 

 明尾の部屋、寄宿舎の東側の廊下、そのどっちにも派手に血が散ってた。明尾の部屋と同じように廊下の血も、犯人の偽装工作だとすれば、もう選択肢は一つしかない。俺は思わず顔を上げて視線を一方に向けた。俺だけじゃなく、他の全員が同じ奴を見てた。一斉に注がれる視線に、そいつは初めて見せる戸惑いを浮かべた。

 

 「お前の部屋しかないよな・・・穂谷」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り8人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




まだ全然どういうものか分かってないですけど、議論スクラムってこんな感じなんじゃないかなって取り入れてみました。イメージは、主張が二つに分かれた時に発生する感じ?複数のコトダマ連射で論破!とかだったら面白いですよね

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