ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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非日常編

 

 考えはぐるぐる同じ所を巡って前に進まず、ただただ無駄な時間だけが過ぎていく。どうしたもんか、脱出の手立ても立たず、誰も何も行動を起こさない見えない膠着状態が続いて行く。何も起きないだけならまだしも、モノクマはこの膠着を破ろうと執拗に働きかけてくる。うざってえ奴だ。

 

 「けほっけほっ・・・ぐあぁっ・・・」

 

 どうも喉の調子が悪い。倉庫でなんか変なもんでももらってきたか。喉とか鼻が悪くなると、やけに埃に敏感になる気がして、ろくに寝返りもうてねえ。ちくしょうが、やっぱりあの時マスクして行けばよかった。

 

 「しゃーねーか」

 

 俺は咳き込みながら医務室に向かった。風邪薬かなんかあるだろ。呼吸すら痛みを伴うようになってきたらいよいよまずい。医者がいねえなら自分で治すしかねえよな、ったく面倒くせえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室に来んのは何度目だったか、思ってたより来てんな。最初の探索の時は素通りで、飯出の事件の捜査では中をざっと見ただけ。後は曽根崎が死にかけた時だったな。意外と来てるもんだ。なんてことを考えながら医務室の扉を開けた。そこでようやく、灯りが点いていることに気付いた。中に誰かいるのか。

 

 「・・・」

 「ん」

 

 見ると、穂谷が簡易テーブルの前で水の入ったコップを傾けてた。俺に気付くと一瞥しただけで声も出さず、その後はガン無視してなんかの錠剤をしまった。こいつも風邪か?そりゃ歌姫なんて呼ばれてりゃあ普通より自分の喉に気ぃ遣うだろうな。

 

 「・・・っと」

 

 俺だってわざわざ穂谷と話すことなんてない。無駄に話しかけてくる奴よりよっぽど静かでいいが、後ろで黙っていられると妙に意識して居心地が悪い。薬飲んだんならさっさと出てけ。

 なるべく穂谷を意識しないように薬品棚で風邪薬を探す。だがどれもこれもわけのわかんねえ名前ばっかりで、ラベルにも何が書いてあんのかいまいち分からん。分かりづれえ説明書きやがって、分からせなきゃ意味ねえだろ、アホかこれ書いた奴。

 

 「なんだこりゃ・・・」

 

 出てくるのは複雑な名前が書いてある液体だとか、ドロドロに溶けた金属みたいな物質だとか、いかにもヤバそうな白い粉だとか。どれもこれも風邪どころじゃなくなりそうなもんばっかりじゃねえか。風邪を治すもん探してんだよこちとら。

 あ、そうだ。ここの棚のことよく知ってる奴がいたな。そこにいるだけならせめて役に立ってけっての。

 

 「おい穂谷、お前いま飲んでたの寄越せ」

 「お断りします」

 「喉痛えんだよ。それ風邪薬だろ?いいから寄越せっつうんだよ」

 「まるで見当違いの強迫ですね。そんな安っぽい物は持ち合わせていません。ご自分で探しなさい」

 「ねえから言ってんだろ。じゃあどこにあるか言え」

 「さあ。少なくとも毒薬棚にはないのではありませんこと?」

 

 穂谷に言われて、俺は思わず棚を確認した。並んでる薬品はどれもこれも人体には劇薬にしかならなさそうで、ドクロマークのついたラベルもちらほら。どうやらここは毒薬棚らしい。つうか分かってたなら最初に言えや。性格悪い女だな。俺に睨まれても穂谷は平然としていて、なぜかそこから動こうとしない。なんなんだマジで。俺が喉痛めながら薬探すのがそんなに楽しいか。ホント性格クソだな。

 

 「ったく分かりづれえ上に、気の利かねえとこだな。入り浸る奴も大概だ」

 「薬と間違えて毒を飲もうとするなんて、お猿さんの二の舞になるところでしたね」

 「誰かをバカにして偉ぶらねえと気が済まねえお山の大将か。『女王様』ってのァ惨めなもんだな」

 「なんて品のない言葉遣い・・・服装に態度に身嗜みもなってないなんて、お里が知れますわ」

 「穂谷ィ!!おるかあ!?」

 「ッ!?」

 

 俺と穂谷の誰に言うともなく吐き捨てる暴言合戦は、突如として医務室に乱入してきた明尾の威勢の良い声で掻き消された。思わず持ってたビンを落としそうになるが、なんとか持ち直して耐えた。穂谷も細い椅子の上で軽く跳びはねて、入口でかっかっかと笑う明尾を睨んだ。

 

 「やはりおったか!むっ、なんじゃ清水までおるのか、珍しい。腹でも壊したか?」

 「うるせえなこいつ・・・」

 「普段から体を動かさず軟弱なままでいるから体を壊すんじゃぞ!わしと一緒に発掘をしよう!体を鍛えるんじゃ!」

 「関係ねえだろ、喉痛えんだよ」

 「なんじゃ風邪か?なら首にネギでも巻いておけば治るわ。これじゃから若いもんは、自力で治す努力をせずすぐ薬に頼るのう。知恵袋という名の民間療法は案外侮れんぞ」

 「テメエだってここ来てんだろうが」

 「わしゃ指に棘が刺さったから抜きに来たんじゃ」

 「はあ・・・またですか」

 

 来るや否やうざってえ説教する明尾は、軍手を外して親指を見せてきた。サムズアップでもされてるみてえだ。確かに親指のど真ん中に黒っぽいもんが見えるが、こいつの棘事情には何の興味もない。ため息を吐いて改めて風邪薬を探し始めた。

 その後ろで明尾は穂谷とテーブルを入れ替わって、自分の指と格闘し始めた。穂谷は特にそれを手伝うわけでもなく、ベッドの方に腰掛けた。なんで出て行かねえんだ。

 

 「清水はともかく、穂谷よ、お前さんはいつもここにおるのう」

 「そうですね、そのせいで貴女とは嫌でも顔を合わせることが多いです」

 「わしも怪我が絶えん方じゃからな!しかし怪我は挑んだ証!かすり傷程度ならむしろ誇らしいぞ!」

 「同じような怪我をする学習能力のない貴女にとってはそうかも知れませんね」

 

 さっきの俺と明尾では穂谷に対する態度が全然違う。明尾はさり気なく悪口を言われてるのに気付いてんのか気付いてねえのか知らねえが、全く意に介さず指に集中してる。一方的に嫌みを言う穂谷も特にそれを虚しいとか思ってるわけでもなさそうで、自然と受け入れてる感じだ。マジでこいつらここでよく会ってたんだな。

 

 「しかしのう穂谷、医務室と部屋と資料館ばかりでは体を壊すぞ。お前さんはそれでなくとも細いのじゃから、体も壊しやすかろう」

 「さあ、どうでしょう」

 「清水もこうして体を壊しておるじゃろう。運動をせんからじゃ。一見ひ弱な笹戸や望月が病気をせんのは、あいつらは意外に体を動かしておるからじゃぞ。お前さんらぐらいじゃ、一日中部屋の中でじっとしておるのは。若い活力を一人の営みに浪費するものではないぞ」

 「余計なお世話焼き、ご苦労様です」

 「じゃからのう穂谷よ。少しは他の者と共に外に出ぃ。運動せんくても、そうじゃな・・・大浴場の風呂に入るだけでも気分が変わるぞ!あそこは良い風呂じゃった!ちょうどいい!今から行こう!」

 「お断りします」

 

 聞こえてねえのか、気にしてねえのか、こいつの悪口に対するスルースキル半端ねえな。それと穂谷に対する遠慮のなさっつうか打ち解け具合というか・・・この場合は馴れ馴れしさっつった方がいいのかも知れねえな。一方の穂谷も慣れた調子で即答してるから、たぶん似たようなやり取りを何回もしてんだろうな。

 

 「あんな古臭くて、世俗的で、時代遅れな建物、モノクマに言われなければ一歩も足を踏み入れたくありませんでした。汚れを落とすどころか余計なばい菌をもらって来そうです。行きたければお一人でどうぞ」

 「つれない奴じゃのう。六浜も望月もみことも快諾してくれたぞ?」

 「私には関係ありません」

 

 確かにあの建物はクソボロいが、それにしても穂谷はボロクソ言うな。脚伸ばして風呂入れるのは意外といいぞ。湯を沸かす手間も省けるし、口やかましい奴がいなけりゃなかなかいい。どっちにしろ俺とこいつらとじゃ風呂の場所が違うから知ったこっちゃねえが。そういや風呂と言えば、あの話はどうなったんだったか。

 

 「つうかよ明尾、曽根崎の覗きはもう解決したのかよ」

 「のっ・・・はあ、呆れました。覗きだなんて下劣なことを許す場所なんて、尚更行けませんわ」

 「覗き?はて、何の話をしておるんじゃ?」

 「なんでお前が忘れてんだよ」

 

 ダメだこりゃ。どうやら記憶力まで老化してるらしいなこいつ。あんだけ騒いどいてもう忘れてるとかどうなってんだ。この様子だと、六浜にもチクってねえみてえだな。別に俺には関係ねえからどうでもいいが、あいつのせいで俺に何か不都合があるようなら躊躇なくぶん殴る。まあこの調子なら大丈夫そうだが。

 

 「とにかく私は、そんな何の対策もされていないようなところで肌を晒すほどふしだらではありません」

 

 そう言い切って穂谷は、これ以上話しかけるなって雰囲気を出しながら黙りこくった。話がしたくねえなら出て行きゃいいのに、そうしねえのはなんなんだろうな。明尾は残念そうにピンセットをカチカチさせてたが、観念したのか肩を落として自分の親指の棘と格闘を再開した。

 

 「・・・残念じゃのう。ああそうじゃ、清水。風邪薬なら棚ではなく引き出しにあるぞ」

 「ん、そうか」

 

 明尾に言われて木製の引き出しを開けてみると、見慣れたパッケージの風邪薬がびっしりと詰まってた。あるにしたって極端だな。とにかくこれで喉のイガイガは収まるな。俺はそこから一つ取り出してポケットにしまって、さっさと医務室を出た。こっちのイガイガなんか俺の知ったことじゃねえし、巻き込まれたくねえからな。これ飲んでさっさと寝れば明日には風邪も治ってんだろ、なんて呑気なことを考えながら、俺は水をもらいに食堂に寄ってから部屋に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い眠りはまるで冷たい水のように体を沈め込み、起き上がろうとする力すら起こさせない。全身を押さえつけられるような重たい感覚は、すべてがどうでもよくなる心地よさを持って俺を縛り付ける。このまま今日は一日中ベッドの上で過ごしてもいいな、なんて思ってた。

 今思えば、この時の俺はどうかしてた。どうしてこの状況でそんなことを考えられるのか、自分で自分がイカレてると思う。きっと無意識の内に、現実から逃げようとしてたんじゃねえだろうか。ドアの前まで迫った『その時』からは、どう足掻いても逃げられるわけもないのに。

 

 「ーーーッ!!」

 

 俺は激しくドアを叩く音に跳び起きた。ただの音のはずなのに、まるで誰かの叫び声のように何かが込められてる気がして、無視できるようなもんじゃなかった。ベッドから起きてそのノックに応えようとする前に、俺は気付いちまった。誰かが人の部屋のドアをこんなにノックするなんて、何かがあった時しかない。その何かも、俺がいま想像してる最悪の事態で、たぶん間違いない。

 

 「誰だ」

 

 俺はドア越しに問うた。無意識のうちに警戒していて、あんま意味がない質問だってことも考えずにただ問いかけた。俺の質問を聞き取ったのか、ドアをノックする音は途絶え、返事が返ってきた。

 

 「と、鳥木です!清水君!出て来てください!」

 

 ドアの向こうにいたのは鳥木だった。落ち着いた雰囲気を纏ったいつもの声色は影も形もなく、焦りと混乱が分厚い板越しに感じ取れる。できればいつもの調子であって欲しかった。ドアを強く叩くのも焦った声も、俺が寝ぼけて勘違いしてるだけであって欲しかった。けど鳥木は、あまりに正直に非常事態を報せてきた。

 

 「大変なんです!とにかく開けてください!」

 「・・・」

 

 俺は慎重にドアを開けた。明らかに今の鳥木は普段と違う。それが演技で、このドアを開けた瞬間に襲いかかってくるかも知れねえ。そんな可能性まで考えて、ほんの少しだけドアを開けた。そんな細い隙間から見えた鳥木の表情は、青ざめて冷や汗を浮かべてて、どうにも危険な感じはしねえ。

 

 「な、なんだよ」

 「あっ!清水君ご無事でしたか!おやすみのところ申し訳ございません!ですが緊急事態でございまして・・・!!」

 「おい落ち着け。どうしたんだ」

 「そ、それが・・・!!あ、あちらに・・・!!」

 

 焦ってるくせに妙に腰の低い態度は変わらず、ストレートに要件を伝えてこねえのも、寝起きなせいでイライラする。すると鳥木は震える指と声で俺の目線を促した。俺の部屋の入口からは、その部屋の様子はよく分からねえが、ドアが開放されてるのは分かった。そこに何があるのか、鳥木は皆まで言わねえが、それは聞くだけ無意味だろう。

 俺は何も言わず、その部屋に向かった。このドアの、壁の向こう側にあるものはもう想像がついてる。だからってなんとも思わねえわけじゃねえ。想像が付くからこそ、その先をこの目で確認することが躊躇われる。もし見ちまったら、これが夢じゃねえって証明されちまいそうな気がして、その一歩手前で踏みとどまる。けど、いつまでもそのままでいられるわけもねえってことも分かってる。

 

 「マジかよ・・・!!」

 

 モノクマに動機を与えられて数日間、誰もそんな行動を起こさなかったから、そんな心配する必要ねえって高を括ってたのかも知れねえ。それとも、同じことを何度も乗り越えたせいで、慣れちまってたのかも知れねえ。いざ現実を前にすると、脚が震えてその事実を受け止めることもできねえくせに。

 

 「清水クン?」

 「何をしている」

 

 開いたドアで部屋の中が死角になっている場所に立ち尽くしたままの俺の真横を、そいつらは簡単に通り過ぎた。俺が躊躇った一歩を、震えて踏み出せなかった一歩を、いとも容易く乗り越えた。たぶん乗り越えたとも思ってねえんだろうな、こいつらは躊躇なんてしない、そういう奴らなんだ。だからこの現実も、きっとただそういうものとしてしか受け止めてねえんだろう。

 

 『ピンポンパンポ〜〜ン!!死体が発見されました!!一定の自由時間の後、学級裁判を開きます!!』

 

 今更こいつらのことを冷たい奴だとか思ったりしない。頭上から突きつけられた現実を悲観することもしない。それどころじゃねえよ。たったいま現実だと証明されたその事実を、自分の中で整理を付けて理解するので手一杯だ。なんでこんなことになっちまったんだ。一体誰がやりやがった。こんなこと、何度繰り返すつもりなんだ。

 

 「あっ!し、清水くん!望月さん!曽根崎くん!えっ・・・う、うあああっ!!?」

 「笹戸優真か。現場には入らないようにしろ」

 「そんな・・・!!な、なな、なんで・・・!!?」

 

 モノクマの死体発見アナウンスを聞きつけたのか、廊下の反対側から笹戸が飛んできた。だいぶ慌てた様子で、無事を確認するように俺たちの顔を覗き込んできたが、部屋の中の光景を見てうわずった声が更にひっくり返って、情けない声をあげた。けどこんな有様じゃ、無理もない。

 開け放たれたドアの向こう側は、まさに『惨劇』って言葉が相応しいほど荒らされてた。ぐちゃぐちゃに乱されたベッドのシーツ、歯抜けになってる本棚はその足下に陳列物を放り出して、ひっくり返った椅子が無造作に倒れてる。そのどれもこれもが、まだぬめりを帯びた真っ赤な色を纏っていて、生臭い鉄の臭いが部屋に充満している。その部屋のど真ん中で、“超高校級の考古学者”、明尾奈美は倒れてた。その部屋の何よりも紅く染まり、四肢は力なく投げ出されて、目を閉じて仰向けになっていた。

 

 「ウソだ・・・ウソだ!!な、なんで、明尾さんまで・・・!!?」

 「ん?」

 「どうしてこんなこと・・・!!こんなのってないよ・・・!!」

 「笹戸クン。明尾サン“まで”ってどういうこと?」

 

 明尾の部屋を見た笹戸が呟いた言葉尻を、曽根崎は聞き逃さなかった。こんな部屋を前にしてもそんな冷静に耳聡くいられるのは、たぶんこいつの“才能”だけのせいじゃねえだろう。笹戸はその質問で何か思い出したように肩を跳ねさせて、上手く回らなくなった舌を回そうとした。

 

 「え、えっとだから!その・・・!明尾さんもそうだけど、だから・・・あっちで!あっちで鳥木くんが!みんなが!」

 「せめて基礎的な文法を押さえて説明しろ。鳥木平助がどうした」

 「と、鳥木くんじゃないよ!ええっと、みんな来てて・・・あっちでもだから!穂谷さんが!」

 「穂谷?」

 

 これじゃ話にならねえ。パニックになってる時に自分よりもパニックになってる奴を見ると冷静になれるっつうのはマジだな。明尾の死体を見ちまったから完全に落ち着いてるわけじゃねえが、少なくとも今すべきことを考えられる程度には落ち着いた。どうやら笹戸は寄宿舎の反対側の廊下でも何か見たらしい。目の前に死体があるのにそんなことを言うってことは、それが意味することは一つだ。

 

 「まさか、穂谷も殺されたのか!?」

 「・・・ッ!そうみたいだから・・・!!と、とにかく来て!!」

 

 俺が笹戸の言わんとしていることを代わりに言うと、笹戸は辛そうに顔を歪めてからそう言って廊下を走り出した。まさか、と心がざわついた。そんなわけない、と頭の中で自分の考えを否定するが、いまいち払拭しきれない。なにはともあれ、笹戸の言う通り向こう側に行かなきゃ始まらねえ。笹戸の後に続いて俺たちは反対側の廊下に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なッ・・・んだよ・・・・・・これ・・・!?」

 「・・・血液だな」

 

 忌々しい赤い扉の前を通り過ぎ、八つの個室が並ぶもう一方の廊下の姿を目にした瞬間、俺の脚は自然と止まった。そこに踏み入ってはいけないような、その廊下の全てを俺の体が拒絶しているような、そんな気がした。

 真ん中に敷かれたカーペットとそこからはみ出して見えた石造りの床、それぞれの名前と似顔絵が描かれたプレートがかかった個室のドア、そして悪趣味な色の灯りに照らされた壁と天井、この廊下を構成する全てのものに、明尾の部屋いっぱいに飛散していたものと同じ紅い液体がぶちまけられてた。ある場所は思いっきり叩きつけられたように飛沫が飛び、ある場所は流れ出た血がたまって丸く形を成していて、床と壁には何かを引きずった跡のようなものまで見える。臭いどころじゃねえ、こんな空間にいるだけでおかしくなりそうなほど、そこには禍々しい何かがあるような気がしてならなかった。

 それでも、望月は迷いなく足を踏み入れ、曽根崎は鼻を摘まんで眉をひそめながら血の少ない場所を選んで爪先立ちで入っていった。俺はその二人の後ろ姿と、奥の部屋の前でその中に目を遣る笹戸たちを見て、仕方なく臭いを我慢することにした。

 

 「みんなもう来てたんだ」

 「お、お前たち!無事でなにより・・・おい、明尾はどうした?」

 「明尾さんは・・・!」

 「自身の個室で死亡していた」

 「えっ・・・?」

 

 俺たち三人の姿を確認すると、六浜がすぐにここにいない明尾に気が付いた。曽根崎が言いにくそうに口ごもるが、望月は何の躊躇いもなく事実だけを告げる。途端に六浜と晴柳院の顔が強張った。そうか、こいつらは明尾の死体をまだ見てないんだったな。

 

 「な、なんで明尾さんまで・・・!?なんでですか!」

 「うわっ、ちょっ、待ってよ晴柳院サン。ボクにだって分かんないよ・・・!」

 「うっ!?な、なんだこりゃ・・・!?おい、あいつもしかして・・・」

 「・・・」

 

 明尾の訃報を聞いて、晴柳院は思わず曽根崎に掴みかかった。望月は部屋の前の人だかりをかわして中へ入り、俺は後ろから覗き込んだ。中には、さっき俺たちを呼びに来た鳥木と、その腕の中で眠るように横たわってる穂谷の姿があった。

 さっき明尾の部屋を見た分、穂谷の部屋の有様を見てもそこまで度肝を抜かれるようなことはなかった。それでもひどいもんだ。部屋の入口からベッド、タンス、テーブル、勉強机、シャワールームまで、ありとあらゆる場所に、夥しい数の傷や破壊の跡が残ってる。誰かが暴れたっつうより、格闘の後みてえだ。あちこちの壁と家具にヘコみと血痕が散らばり、穂谷が倒れてる辺りにも小さい血溜まりができてる。

 

 「穂谷さん!しっかりしてください!穂谷さん!」

 「くっ・・・どうして穂谷さんが・・・一体誰がこんなひどいことを!」

 「うぷぷぷぷ!いいね〜笹戸くん!ようやくこのコロシアイに馴染んできたって感じかな?ボクとしてはもっと早めにその気になってもらってもよかったんだけどね!」

 「ッ!モ、モノクマ・・・!!」

 「まったくもうさあ、こんなに部屋も廊下も汚しちゃって。後で掃除する身にもなってほしいよ。あ、でも今回のクロが学級裁判で勝ったらもう掃除しなくていいんだ!やったね!」

 「貴様ァ!!」

 

 鳥木は抱きかかえた穂谷に必死に呼びかける。全く返事をしない穂谷を揺する表情は、とんでもなく痛々しくて見てられねえ。そして奴はそれを楽しむような言葉と共に現れて、反吐が出るほど外道なセリフを吐き散らす。こいつが出て来た理由はもう分かってる、六浜みてえにいちいちキレてたらキリがねえから、出すもん出してさっさと失せろ。

 

 「おっとっと。そんな怖い顔しないでよむつ浜さん。そのクロに対抗する手段を持ってきてあげたんだからさあ」

 「くっ・・・!!外道めが・・・!!」

 「まあ持ってきたっつってもデータだからモノはないんだけどね。ってことで、じゃじゃじゃじゃ〜〜〜ん!!ザ・モノクマファイルその5〜〜〜!!」

 

 モノクマがそう言って両手を挙げると、俺たちの生徒手帳が電子音を出した。新しく規則が追加されたりする時に出るこの音は、この状況ではつまり、モノクマの検死報告書のデータが追加されたってことだ。そんなもんをチャットのスタンプ感覚で送ってきやがる。ふざけやがって。だがこれがあるお陰で、今までの裁判を乗り越えられたのは事実だ。逆にこれがなきゃ、俺たちには死因も死亡時刻も割り出す術はない。結局モノクマの力に頼るしかねえのが、歯痒くて仕方ねえ。

 

 「私はこのファイルを見る度に貴様に敗北したような気分になる。いずれこの気持ちはすべて貴様にぶつけてやるつもりだ。人の命を弄ぶ罪、存分に思い知らせてやる」

 「うぷぷ、威勢の良いことで。じゃあその前に、この後の学級裁判はどうしても勝たなきゃね!ワクワクドキドキして待ってるよ!あ、あと前回からモノクマファイルについての質問は受け付けないから!疑問があったらオマエラで解決しな!アバヨ!」

 「あれ?」

 

 凄まじい形相で六浜はモノクマを睨み付ける。だがモノクマはそれが見えてんのか見えてねえのか分からねえほど気楽に流して、俺たちに逃げられない現実をぶつけて帰って行った。そしてそれと入れ違いになるように、曽根崎は生徒手帳を見て疑問符を飛ばした。

 

 「どうしたの?」

 「モノクマファイルが・・・明尾サンの分しかないんだ」

 「ええ・・・?それがどうしたんですか・・・?」

 「穂谷サンの検死結果がないんだよ。どこにも」

 「・・・!ということは・・・!!」

 

 曽根崎に言われて全員が自分の生徒手帳を確認する。モノクマファイル5と題されたそのデータには、被害者は明尾としか書かれてない。写真を見ても、文字情報ページを見ても、穂谷の名前は影も形もない。それが意味することを理解したのか、六浜は慌てて部屋に飛び込んで穂谷に駆け寄った。

 

 「穂谷さん!目を覚ましてください!」

 「落ち着け鳥木!いいかよく聞け、穂谷はまだ生きている!」

 「ええっ!?な、なに言ってるの六浜さん!?穂谷さんはいまそこで・・・!」

 「だがモノクマファイルに記載がないのならそうとしか考えられん!死人を誤魔化してもいずれバレること、モノクマがそんなことをする理由がない!」

 「じゃ、じゃあホンマに・・・?」

 「穂谷さん・・・!!お願いです・・・起きてください!穂谷さん・・・!」

 

 部屋の外から見てるだけだったから、鳥木に抱えられた穂谷がどんな状態かは分からねえ。取りあえず現場を保存しようとしてた笹戸たちだったが、穂谷が生きてるとなれば話は別だ。全員で部屋の中に入って、穂谷の様子をうかがう。きっちりした服はシワや汚れが目立ち、数ヶ所破けてる。それに手は赤く腫れてて、顔に血も付いてる。生きてるにしたって相当弱った状態だ。このままじゃ危険なことは素人の俺にだって分かる。

 

 「どうか目を覚ましてください穂谷さん・・・!!お願いします・・・!!どうか・・・!!」

 「しっかりしろ鳥木!」

 「ッ!」

 「・・・生きているのならまだ手の打ちようがある。医務室に運ぶんだ。あそこなら清潔なベッドと医療品がある」

 「か、かしこまりました!それでは・・・いッ」

 「!」

 

 悲痛な面持ちで穂谷に語りかける鳥木を、六浜が一喝して宥めた。正気にさえなりゃ役に立たねえ奴じゃねえんだ、とにかく今はこの荒れた場所から安静にできる場所に穂谷を移すことが優先だ。六浜に諭されて我に返ったのか、鳥木は了解すると穂谷の体の下に手を差し込んだ。すると驚いたように小さく声をあげると、素早く手を引っ込めた。指先から血が出てる。

 

 「大丈夫か」

 「ガラス片か何かでしょう・・・この程度、穂谷さんのお怪我に比べれば何でもございません。皆様はくれぐれもお気を付けください・・・それでは、失礼します」

 「ホ、ホントに大丈夫?僕もついて行った方が」

 「お気遣いありがとうございます。ですが、捜査の手を減らすわけには参りません。申し訳ございませんが、穂谷さんがこのご様子である以上、私は今回捜査に参加できるか分かりませんので・・・」

 「穂谷サンは鳥木クンに任せよう。ただでさえ、人手が減ってるんだ。時間もない」

 「・・・では任せたぞ、鳥木」

 

 ここで無駄な問答をして時間を潰すより、穂谷は鳥木に任せてさっさと捜査を始めた方がいい。曽根崎の言う通り、もうここには六人しか捜査できる奴がいねえんだ。おまけに今回は現場が二箇所ある。明尾の部屋に見張り役を配置したら残るのはたった四人だ。四人なんかでまともに捜査ができんのか?

 そんな心配をよそに、鳥木は軽く一礼して部屋を出て行った。誰も口には出さなかったが、穂谷が死にかけてることについては全員複雑な感情を抱いてるはずだ。あんだけ人から嫌われるようなことをしてりゃあ、いずれはこうなるだろうとどこかで思ってたからだ。

 

 「・・・ったく、モノクマの野郎、めんどうな規則作りやがって」

 

 今回は曽根崎の時みてえにモノクマに助けてもらうなんてことはできねえだろう。あれは曽根崎が自力でモノクマと交渉したからこそできたもので、同じ手はできねえように規則が追加された。『学級裁判を妨害する行為を禁止する』、何が該当するかはモノクマの裁量次第っつう曖昧で無茶苦茶なルールだ。それでも、裁判場以外での犯人の暴露なんてモロにアウトだろう。

 

 「穂谷が助かろうと助かるまいと、犯人は分からないわけだ。どのみち捜査はしなければならない」

 「当たり前だ。で、誰が向こうの見張りをする?」

 「僕がやるよ。たぶん晴柳院さんには刺激が強すぎるし・・・曽根崎くんと六浜さんには色んなところ捜査して欲しいから」

 「私と清水翔より優先される理由はなんだ?」

 「清水クンはボクと捜査するからだよ」

 「は?」

 

 とにかく早いとこ見張り役を決めて捜査を始めなきゃならねえ。誰を見張り役にするか相談しようとしたら、まず名乗りをあげた笹戸と曽根崎の発言でほぼ決まった。条件反射で疑問系に威圧しちまったが、別に俺は誰と捜査しようがどうでもいい。

 

 「では私と笹戸優真で明尾奈美の遺体を見張ることにする。笹戸優真、行くぞ」

 「えっ、あ・・・う、うん」

 「思いの外あっさりと引き受けるのだな」

 「あ、あのぅ・・・う、うちはなにをすれば・・・?」

 「では晴柳院は、私と一緒にこの部屋と廊下を捜査してくれないか。流石に一人で見るには時間がかかる」

 「じゃあボクたちは一旦別の場所を捜査しよっか。人が多いと逆にやりにくいからね」

 

 全員、捜査に慣れてきてるのか、テキパキと役割と分担を決めて捜査を開始する。六浜と晴柳院が北側の廊下を捜査してる間に、俺と曽根崎は南側の廊下を捜査することにした。ひとまず俺は、この二つの意味で血生臭い現場を離れられることに一安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《捜査開始》

 

 

 もう毎度のことだが、まずはモノクマファイルの確認だ。電子生徒手帳には、血の海に沈む明尾の姿が映し出されてる。こんな写真を撮ったり検死をしたり、いつ見ても悪趣味な野郎だ。目の前で人が死ぬ瞬間を笑いながら見てて、その死体を利用して俺たちを弄ぶ。胸糞悪いなんてもんじゃねえぞ。だがそれだけにこのファイルから得られる情報は重みがある。いつもはそうだったんだがな。

 

 ーーー被害者は“超高校級の考古学者”、明尾奈美。死体発見場所は明尾奈美の個室。身体の各所に殴打痕・内出血・骨折などの負傷がみられ、頭部の損傷が最も激しい。ーーー

 

 

 「ん?」

 

 モノクマファイルに書かれてたのは、たったこれだけだった。被害者の身元と現場、それから怪我のちょっとした説明。こんなもん、わざわざ説明されなくても調べりゃ分かる。死因とか死亡推定時刻とか、そういう俺たちが調べるには難しいもんを共有すんのがこのファイルの役割じゃねえのか。なんだこの雑な出来は。

 

 「こりゃあまた、あからさまに情報不足だね」

 「おいコラ!モノクマ!」

 「・・・無駄じゃないかな。モノクマファイルについての質問は受け付けないって言ってたし」

 「勝手にも程があんだろ!こんなもんでどうやって犯人突き止めろっつうんだよ!」

 「ボクに言われても困るってば。それにさ清水クン、ちょっとキツいことを言うようだけど・・・」

 

 俺は近くにあった監視カメラに向かってモノクマを呼ぶが反応がない。シカトきめるつもりだなあの野郎。一方的に質問は受け付けねえとか言って、こんななおざりなもん寄越しやがって。悪徳商法か。そうやって抗議しようとする俺に、曽根崎はため息を吐いて、妙にもったいぶって言った。

 

 「同じことに何度も何度も文句ばっかり言ってさ、キミ学習能力がないの?」

 「・・・」

 

 その言葉を理解するまで、俺は少し時間がかかった。いたって真面目な目でそんなことを言われたら、冗談だとも思えなくてまともにリアクションできねえ。学習能力がない、学ばねえってことか。俺が学ばねえってか、なるほどな。

 

 「なるほどじゃねえ馬鹿野郎!!」

 「いたっ!?なるほどなんて言ってないよ!?」

 「誰が学習能力ねえだコラァ!こんな中身すっかすかのもんよこされて文句言わずに捜査できるかってんだよ!」

 「モノクマファイルはあくまで捜査の補助とシロとクロの公平性を保つための資料だよ。中身があってもなくてもちゃんと意味はある」

 「だったらテメエはこんだけのことだけ言われて何か分かったのかよ!」

 「うん、これのおかげで捜査の方向性が決まった」

 「はあっ!?」

 

 額にナックルしてやると、曽根崎は見事にひっくり返った。この野郎、受け身の取り方を会得してきやがったな。そんなことより、たったあれだけのことしか書いてねえモノクマファイルに、なんでこいつは文句もなく、逆にあれのおかげで捜査の方向性が決まったなんて言ってやがんだ。こんなファイルじゃ何にも知らねえのとほとんど一緒じゃねえか。

 

 「分からないかなあ。キミは古部来クンのモノクマファイルを読んだ時から何も学習してないよ。何が分かったかじゃないんだって」

 「あ?何が分かったかじゃないって、じゃあなんなんだよ」

 

 俺がそう言うと、曽根崎は電子生徒手帳の画面を見せて、余白だらけの報告書の部分を指さした。

 

 「死因も死亡推定時刻も書かれてない。検死報告書としては明らかに不完全で不自然だ」

 「だから文句言ってんだろうが」

 「覚えてないかも知れないけど、古部来クンのモノクマファイルにも死因は書かれてなかった。そして彼の死因は、クラッカー爆弾での爆殺。どういうことか分かる?」

 「分からん」

 「つまり、モノクマファイルに死因や死亡推定時刻が書かれてないってことは、それが事件の重要な鍵を握ってるってことだよ。古部来クンの場合は死因と殺害方法が犯人を推測するのに重要だった」

 

 そうだったか?ついこの間まで同じ場所で生きてた奴の検死報告書なんて、エグすぎてすぐにでも忘れてえようなもんだ。そんな細かいところまで覚えてるわけねえだろ。けどま、言ってることは分かる。要するにモノクマは、俺たちが簡単には犯人が分からねえように敢えて死因と死亡推定時刻を書いてないってことなのか?

 

 「逆に言えば、そこを重点的に捜査すれば、何か大きな手掛かりが手に入る可能性が高いってことだよ。この場合は死因と死亡推定時刻だから、どっちにしろ明尾サンの遺体を直接調べる必要がありそうだ」

 「な、なるほどな・・・じゃあまず明尾の部屋の捜査からか」

 「そうなるね。じゃあ行こうか」

 

 モノクマファイルの明らかな説明不足は、モノクマが意図的にぼやかしてるってことだ。あいつはシロとクロに公平だとか言うけど、それってつまりぼやかしてるところが明らかになると犯人が分かるってことなのか?曽根崎の言うことに納得しつつもいまいちにしっくりこないまま、俺は曽根崎の後に続いた。

 

 

獲得コトダマ

【モノクマファイル5)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の考古学者”、明尾奈美。死体発見場所は明尾奈美の個室。身体の各所に殴打痕・内出血・骨折などの負傷がみられ、頭部の損傷が最も激しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっき見た時と変わりはなく、明尾の部屋は血の色と臭いが満ちてた。明尾の部屋に入るのはこれが初めてだが、変わり果てた部屋の中を見てるとこっちでも相当な乱闘があったみてえだ。自分から現場の見張りを買って出た笹戸は、ど真ん中で息絶えてる明尾を正視できずに血まみれの部屋を手持ち無沙汰に眺めてた。一方の望月は、なるべく現場の保存に徹してるのか、明尾の死体を間近で観察してはいるがあまり動きはない。

 

 「うっ・・・ひでえもんだなこりゃあ。飯の後じゃねえのが救いだ」

 「この後のご飯は食べられそうにないけどね」

 

 そんな軽口を叩く曽根崎の表情は真剣だった。ここで真面目に捜査しねえと後で飯が食えるかどうかも分からねえからな。それにしても、何度目の当たりにしても人間の死体は慣れねえ。全身血まみれ怪我だらけで横たわる明尾の側に片膝をつくと、曽根崎は両手を合わせてから捜査を始めた。

 

 「あれ?」

 「どうした」

 「う〜ん・・・ねえ、二人とも明尾サンの死体を動かしたりした?」

 「えっ、そ、そんなことしないよ」

 「現場保存は捜査の基本だからな。体の下を見るために肩を持ち上げたが、それだけだな」

 「そう・・・ふーん、そっか」

 「いいからさっさと捜査しろよ」

 「・・・そうだね」

 

 まだ手も触れてねえのに、曽根崎は勝手に納得したように頷いてた。捜査でもなきゃ好きこのんで死体に触る奴なんかいねえだろ。そんな分かり切ったこと訊いてどうしようってんだ。黙る曽根崎を急かすと、少し間をおいてから曽根崎は明尾のジャージを脱がし始めた。

 

 「えっ、何してんの曽根崎くん・・・?」

 「モノクマファイルに書かれてることの確認。あとそれ以外に手掛かりがあるかもしれないでしょ」

 「あ、ああ・・・そう。あっ、清水くん、僕らは部屋の捜査しよう。その、凶器とか落ちてるかもしれないから」

 「ん?ああ、そうだな」

 

 曽根崎が捜査を始めると笹戸は露骨に明尾から目を逸らした。そりゃ死んでるとはいえ女の体ベタベタ触るのは俺だって気が引けるが、そんなこと言ってる場合じゃねえだろ。死人に気ぃ遣ってどうすんだよ。そんな笹戸にはお構いなしに、曽根崎は冷たくなった明尾の体を捜査する。それが終わるまで、俺と笹戸と望月で明尾の部屋を捜査することにした。

 

 「ああ臭え。それにどこ見ても血がテカって気持ち悪い」

 「ひどいよね。こんなに血を撒き散らすなんて、きっと相当激しく闘ったんだ」

 「こんだけ血を撒き散らしたんなら、犯人は返り血くらい浴びてるはずじゃねえか?」

 「でも、さっき集まった中に血が付いた人なんていなかったよ」

 「・・・そうだな」

 

 ふと思った疑問を解消するため、さっき穂谷の部屋に集まった奴らの服装を思い返す。詳しくは覚えてねえが、この部屋で明尾とやり合った奴なら一目で分かるくらいの血が付いてるはずだ。そんな奴がいたらいくらあの混乱の中でも気付く。それどころか服に血が付いてる奴なんて一人もいなかったな。さすがにその程度の証拠隠滅はしてるか。

 部屋が荒れてるせいか床もごちゃごちゃしてて、血のせいでどれも同じ色になってやがるから何がなんだか分からねえ。這いつくばって捜査すりゃ何か見つかるかも知れねえが、明尾の血で全身汚すのは抵抗がある。半端に乾いてるせいでめちゃくちゃ気持ち悪い。

 

 「うわっ、靴の裏血だらけだよ・・・。後で洗わないと」

 「七時までまだ二時間ほどある。学級裁判が始まるまでは水道は使用不可能だな」

 「ええ・・・そんなあ」

 

 笹戸のぼやきに望月が返す。時計なんか気にしてなかったが、そんな朝早かったのかよ。どうりで眠いわけだ。つうかそしたら学級裁判までずっと、血まみれの靴で歩き回らなきゃならねえのか。

 

 「なぁところでよ、血が固まってねえってことは、明尾が死んでから時間が経ってねえってことじゃねえのか?」

 「血液の量や気温などによって変化するが、一般的に血液が凝固するのに要する時間は数秒から五分程度と言われている」

 「そんな短いの!?じゃ、じゃあこの血が撒き散らされたのって、さっきのことなんじゃ・・・」

 「ただしこれは、生体に循環する血液に限った話だ。血小板の働きによって痂皮が生成されるのに要する時間、ということだな」

 「同じ血じゃねえか。かさぶたとどう違うんだよ」

 「血液の生物学的性質と化学的性質の違いだ」

 「あ?」

 

 出やがった、望月のわけの分からねえくどい言い回し。擦り傷程度の血の量とこの部屋に撒き散らされてる血の量とじゃ乾く時間が違うってのはなんとなく分かるが、性質がどうのこうのってのはどういうことだ。

 

 「だがいずれにせよ、それほどの時間が経過していないというのは間違いないようだ。椅子の脚や机の縁から血液が滴下した痕跡がある」

 「具体的な時間は分からない?」

 「曖昧な知識による不確実な情報を共有することは避けるべきだ」

 「分からねえんだな」

 

 分からねえなら分からねえとストレートに言え、テメエの余計な言い回しで混乱して証拠を見落としたらどうすんだ。こんだけ血まみれの部屋じゃ、普通にやってても見落としそうだってのに。しかもこの血から明尾の死亡推定時刻を割り出すこともできねえんじゃ、マジでただの邪魔じゃねえか。

 ただの荒れた部屋ならまだしも、血まみれになってるせいでシーツをめくるのもドアを開くのもいちいち躊躇う。それだけならまだしも、部屋中探してみてもどこにも何もない。証拠になりそうなもんだとか、個室にあるはずのないものだとか、誰か別の奴の持ち物だとか。その辺の床に落ちてるものがねえんなら、後は勉強机の周辺くらいしか調べられそうな場所はねえな。

 

 「話しかけんなら何か見つけてからにしろ。集中しねえと見落とすだろうが」

 「証拠らしき物品なら見つけたぞ。勉強机の上にあった」

 「あ?」

 

 見つけはしたが現場保存がどうのこうので持ってきてはねえらしい。いちいちめんどくせえ奴だな。だが証拠らしいもんだって言われて流すわけにもいかねえから、一応確認するために勉強机を見に行った。椅子はひっくり返されて周りと同じ赤色に染まってて、机の上にはわけの分からねえもんがたくさんあって、ただ単に散らかってんのか荒らされてんのか分からねえくらいだ。その中でもテーブルの棚には、石に埋まった虫とか骨だけの恐竜とかが並んで、赤い照明の下でつやつやときらめいてる。

 

 「気味が悪いな」

 「血が付いてるからだよ。明尾さんの標本って美術品として展示されるくらいキレイなんだよ。本人が言ってた」

 「ウソなのかマジなのか際どいところだな」

 

 部屋に骨だの虫だの飾ってる奴なんかの気が知れねえ。石化してたら平気になるって感覚もいまいち分かりづれえ。俺はこういうもんには縁の無いタイプだな、と自分で思った。望月は望月でそんなもんには目もくれず、机と壁の間に押し込まれたように丸まってるもんを指さした。

 

 「これは明尾奈美の私物であるように見えないのだが、何であると考える?」

 「ええ・・・?なんだろう、ゴミじゃないかな?」

 「引っこ抜いてみりゃ分かんだろ」

 

 目の前にあるもんに手を触れずあれこれ考える望月と笹戸、馬鹿なのかこいつら。気になるなら取ってみりゃいいじゃねえか。俺はそんな考えるなんて面倒くせえことはせずに、手っ取り早くそこに押し込まれてたもんを取り出そうとしてみた。

 

 「んっ?」

 

 乾きかけの血で固まってんのか、壁と机の隙間に押し込まれてるせいか、詰まってるみてえで上手く引き出せねえ。ちろっとしか出て来てねえゴミを引き出そうとしても、手が滑って爪同士で指先を引っ掻いちまう。いってえなクソが。全然できなくてイライラしてきた。

 

 「ちっ!邪魔くせえ!」

 「ちょっ!?清水くん!机蹴っちゃダメだよ!」

 

 うるせえ、こんなところで時間食ってられねえし俺の指が痛えんだよ。机を蹴ると壁との間に隙間ができて幾分か取り出しやすくなった。血にまみれたなんかの固まりかと思ったら、摘まんだ途端にばらばらに散らばった。真っ赤でよく分からねえが、どうやらビニールらしい。

 

 「ただのゴミじゃねえか」

 「かなり乱雑に引き千切られているように見られるが、一般的な廃棄物の処理方法として不適切ではないか?」

 「こんだけ散らかってんだから、あってもおかしくねえだろ」

 「でもゴミ箱があるのに、わざわざこんなところに押し込むかな?」

 「じゃあなんなんだよ」

 「・・・証拠品と考えられるが、この場で答えを求めるのは早急だ。記憶するまでに留めておくべきだ」

 

 慎重になってんのか、望月はまわりくどい上にもたついたことを言う。ビニールくずは明らかに誰かが引き千切ったように乱暴な痕跡を残していて、もともと何のビニールだったのか分からねえくらいになってる。心なしか特別に血がたっぷり付いてるような気がするが、気のせいか。

 

 「あっ・・・し、清水くん・・・」

 「あんだよ」

 

 考え込みかける俺に、笹戸が不安そうな声をかけてきやがった。なんだと思って笹戸の方を見ると、困った様子で明尾の机を指してた。血の色の中にも土っぽい感じがすんのは、あいつがほじくり返してきた化石でもいじり倒してたんだろ。その上に、特に土色を感じる塊があった。妙につやつやしてんのは、なんかの塗料でも付けてあんのか。

 

 「なんだこりゃ、きったねえな。明尾はこんなもん机の上に散らかしてたのかよ」

 「ちがうよ!これ明尾さんが大事にしてた骨格標本!飾ってあったの!」

 「骨格標本・・・ああ、なるほどな」

 「ピンときてない!!」

 

 うるせえな、要するに地面に埋まってた骨だろうが。昨日の晩飯の魚の骨と何が違えんだ。石に埋まってようが虫は虫だし、珍しかろうが骨は骨だろ。自分の体の中にもあるじゃねえか。

 

 「で、標本がなんだってんだよ」

 「さっきまで飾ってあったのに崩れちゃったんだよ!清水くんが机蹴るから!」

 「俺のせいかよ」

 「キミのせいだよ!明尾さんこういうの丁寧に扱ってたし大事にしてたんだよ!どうするのこれ!明尾さん大事にしてたのに!」

 「・・・まあ、捜査中の事故だ。忘れろ」

 「逆にキミはなんでそんなに落ち着いてられるのさ!?」

 

 何かと思ったらとんだ因縁だ。俺が蹴ったくらいで崩れるようなモロい支えにしてる明尾が悪いし、机と壁の間にゴミをねじ込んだ犯人も悪い。捜査の途中でこうなっただけなんだから、俺は何も悪くねえだろ普通。で、曽根崎の検死はまだ終わらねえのか。

 

 「だいたい机の上こんな散らかして、道具もほったらかしにしてる奴が大事にしてるなんつっても説得力ねえよ」

 「でもだからってさあ・・・」

 「・・・?笹戸優真、お前は明尾奈美の発掘活動によく同伴していたな?」

 「ん?そうだね。強引に付き合わされたりしてたよ。でも・・・今はもっと一緒にやってあげてればよかったなって思うよ」

 

 机の上を観察していると望月が小首を傾げた。何に気付いたのか分からねえが、めんどくさそうな雰囲気しかしねえ。

 

 「明尾奈美は発掘作業に金槌を使用していなかったのか?」

 「え、いやそんなことないよ。よくあれでノミ叩いたりしてるの見たよ」

 「机の上に見当たらないが」

 

 金槌なんか発掘の現場だとよくありそうなもんだ、むしろ工具で一番有名なくらいメジャーなもんじゃねえか。見当たらねえわけねえだろと机を上を眺めて金槌を探してみたが、確かにどこにもねえ。崩れた化石の裏や引き出しの中も手分けして捜索してみたが、見たこともねえような器具ばっか出て来て、探し物は見つからなかった。

 

 「やっぱりどこにもないよ。おかしいなあ」

 「みんな、モノクマファイルの確認終わったよ」

 「ようやくか。で、なんか分かったか」

 「やっぱりウソはないよ、側頭部に何かで殴られたような傷があって、体に付いてる血はそこから出てるものがほとんどみたいだ。致命傷かどうかは分からないけど」

 「殴られた傷・・・ってことは撲殺か?」

 「殴殺とも言うね。あとは首、腕、脚、お腹の順番で傷が多いかな。顎から首にかけて圧迫痕みたいなものがあるし、それなりに長い時間を色んな体勢で闘ったんじゃないかな」

 「それじゃ、誰かが助けに行くこともできたかもしれないんだね・・・」

 「さあ?」

 

 殴殺か撲殺か、防げた事件かどうか、どっちだっていいだろそんなもん。もう明尾は殴り殺されて、事件は起きてんだ。どうしようもねえことをウジウジ考えて時間を無駄にするわけにはいかねえんだよ。それにしても撲殺か。ちょうど今、明尾の金槌がどこにも見当たらねえことを話してたところだ。撲殺死体と消えた鈍器、こんなもん繋がりがねえって言う方が無理がある。

 

 「なるほどな。ここにあった金槌を凶器にしたわけか」

 「え?なになに?金槌がどうしたの?」

 「めんどくせえ・・・笹戸、説明しとけ」

 「僕が!?」

 

 早くも明尾の死因と凶器がはっきりしてきた。死亡推定時刻はまだ分からねえが、こんだけ血がありゃそんなに前じゃねえってこともだいたい分かる。こりゃ案外簡単な事件かも知れねえな、まだ犯人像は絞れてねえが、まだ明尾の部屋しか調べてねえんだ。寄宿舎の反対側にも現場はあるし、何より穂谷がさっさと回復すりゃ強い証言が手に入る。

 

 「ふむ・・・明尾奈美は撲殺された、か・・・」

 「あ?なんだよ。何が腑に落ちねえんだ」

 「何か、上手く言葉にまとめることのできない違和感を覚えるのだ」

 「なんだそりゃ」

 「いずれにせよここは学級裁判場ではない。ここでは答えを出するより、より多くの証拠品や現場の状況を捜査することが求められている」

 

 こんだけの情報がありゃ、今のところの俺の考えに反論する余地なんかねえだろ。っつうか俺でなくても誰でも考えつく。望月はそれがいまいち納得いかねえように唸ってるが、知ったことか。どんだけ悩んだって事実は変わらねえんだよ。さてと、現場の捜査はこんくらいか。

 

 「なるほどねえ、ありがと笹戸クン!じゃ、清水クン!ここの捜査はだいたい終わったみたいだから、今度は穂谷サンの部屋見に行こっか!あんまりここにいるとスーツに血の臭いが付いちゃうや」

 

 曽根崎の一言で、俺は慣れてた血の臭いにまた噎せ返った。余計なこと言うんじゃねえ。真っ赤な部屋の中で緑色の曽根崎はやけに目立ってた。あの時もそうだ、こいつはやたらと血に映える。

 

 

獲得コトダマ

【部屋の荒れ具合)

場所:明尾の個室

詳細:布団が乱れ、椅子やテーブルがひっくり返り、かなり激しく荒らされている。部屋全体に血が飛散しているため血の臭いが充満している。

 

【乾ききっていない血)

場所:明尾の個室

詳細:現場に足を踏み入れた笹戸たちの靴に血が付着した。どうやら現場の血は散ってから時間が経っていないようだ。

 

【ビニールくず)

場所:明尾の個室

詳細:明尾の部屋に落ちていたビニールのくず。意図的に千切られていて原型を留めていない。大量の血が付着している。

 

【骨格標本)

場所:明尾の部屋

詳細:明尾の部屋に飾られていた骨格標本は非常にバランスが悪く、ちょっとした震動で崩れてしまうほどだった。清水のせいで崩れてしまい、血に塗れた今では大事にされていた頃の面影はない。

 

【化石発掘セット)

場所:明尾の部屋

詳細:明尾が愛用していたツルハシ、研磨用のブラシ、ピンセットなどの工具類をまとめたセット。“超高校級の考古学者”の情熱と愛が籠もっている。金槌だけがなくなっている。

 

【明尾の負傷)

場所:明尾の部屋

詳細:明尾は体全体に激しい多数の傷を負っていた。また、モノクマファイルには書かれていないが、明尾の顎から首にかけて傷と圧迫痕がみられる。他の怪我とは異なるものだろう。

 

【望月の疑問)

場所:なし

詳細:現場で明尾の死体を間近に見た望月が抱いた疑問。明尾の死体の状態に関することらしいが、はっきりとは言っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血の臭いが充満した明尾の部屋から出ると、少しだけ空気がすっきりしたように感じた。さすがにあんな場所にずっといたら頭がおかしくなりそうだ。死体まで触ったっつうのに、曽根崎はけろりとしてやがる。なんでこいつはこんなに平然としていられるんだ。

 

 「まさか四回も事件が起きるなんてねえ。さすがにもうないと思ってたよ」

 「は?」

 「だって学級裁判からのおしおきの流れを、もう三回もやってるんだよ?人数も少なくなってきたし、こんな状況でコロシアイなんかしたって抜け駆けできる可能性低くない?」

 「そういう問題じゃねえだろ」

 「そういう問題じゃないのかな」

 

 何言ってやがんだこいつは。犯人がどういうつもりで明尾を殺したかなんか分からねえし、ただ単にこっから出たい以上の理由があったっておかしくねえだろ。もうそういう奴らを何度も見てきたってのに、まだ分からねえのか。

 

 「明尾サンの部屋もそうだし、こっちの廊下ももの凄い血の量だ。よくこれで誰も気付かなかったね」

 「部屋に籠もるとノックでもされねえ限り外の音は全然聞こえねえからな」

 「さすが清水クン!よく知ってるねバブ!?なんでぶつの!?」

 「その言い方は他意がある」

 

 こいつは何かにつけて俺を馬鹿にしてくる。だから嫌みったらしいことを言われる前に先手を打った。言わば正当防衛だ。まあそんなことはどうでもいいんだが、寄宿舎の東側の廊下は、明尾の部屋ほどびっしりってわけじゃねえが、それでも見たことないくらい血で汚れてる。紫色の照明がおどろおどろしく、こびり付いた血を人間じゃない化物の血みてえに妙な色に染めてやがる。その廊下の真ん中で、六浜は壁や天井を見ながらぶつぶつ何か言ってる。幽霊か。

 

 「それにしても派手にやったね。天井にまで飛んでるよ」

 「例えば、何らかの形で口に血を含んだ状態で顎を蹴り上げられれば、天井にまで吐血しうる。あるいは血の付着した物を振り回した時に飛散したか、または出血の勢いそのままに天井に到達したか・・・」

 「なかなか怖いこと考えてるね、むつ浜サン」

 「今までにない上に、私の知る限りでも希有な状態だからな。できるだけ現場を見た上である程度の可能性は考えておくべきだし私はむつ浜ではない!!六浜だ!!」

 「チビは一緒じゃねえのか」

 「血に耐えられんらしくてな、中を捜査してもらっている。入るなら気を付けろ、ガラスやら木やらの破片で怪我をせんようにな」

 「うん、ありがと」

 

 うるせえな。もう何回その件やるんだよ、持ちギャグか。こんな血まみれでしかも照明が暗い廊下なんか、チビみてえなビビりじゃなくてもいたかねえや。せっかく明尾の部屋から解放されたってのに、ここでもまた血の臭いを嗅がなきゃいけねえのかよ。

 

 「中には血ないの?」

 「それなりの量だな。ここほどではない」

 

 部屋に入る前、曽根崎は六浜にそうきいた。あのチビが一人で捜査できるってことは、中はそれほど血がぶちまけられてるわけでもなさそうだし、あいつが面倒臭くなるようなことはねえだろう。ドアは開け放たれて、一歩入ると中の様子が改めてよく分かる。

 

 「・・・ふぅん」

 「なんだよ」

 「いや別に。ただなんとなく・・・こんな感じなんだなあって」

 「はあ?」

 

 

獲得コトダマ

【廊下の血痕)

場所:寄宿舎廊下

詳細:東側の廊下は、床全体が血に染まるほど荒れていた。一方明尾の部屋がある方の廊下は、数滴の血痕がある以外の異常はなかった。

 

【曽根崎の違和感)

場所:寄宿舎

詳細:現場検証をした曽根崎が感じた違和感。二つの部屋を見て何かを感じたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂谷の部屋は明尾の部屋ほど血に塗れてるわけじゃねえが、それでもかなり荒らされてて血もいくらか散ってる。靴を履いてるから足がずたずたになるなんてことはねえが、歩きにくいことは確かだ。こんなところで格闘なんかしてたら、相手に勝とうが負けようが傷だらけだな。

 

 「やあ晴柳院サン。捜査は順調?」

 「あっ、曽根崎さんに清水さん・・・ええっと・・・あんまり順調やないかもしれません・・・」

 「はっきりしねえな。なんか見つけたもんはあるのかってことだよ」

 「あううぅ・・・ご、ごめんなさいぃ」

 

 ごめんじゃ質問の答えになってねえんだよ。もう捜査なんて三回もやってんのにまだビビるって、こいつには慣れってもんがねえのか。

 

 「部屋がご覧の通りで、なくなったもんがあっても何があって何がないんか分かりませんし、それに草鞋やとあんまり・・・危のうて動き回れへんのです」

 「じゃなんでこっちの捜査してんだよ」

 「ろ、廊下は血が・・・」

 「晴柳院サン、キツいことを言うけどもうボクたちも人数が少なくなってきたんだ。キミもしっかり捜査してくれないと、証拠を見落としたりするかもしれないよ」

 「ご、ごめんなさい・・・できるだけがんばりますんで、怒らんといてください・・・」

 「別に怒ってはないよ。がっかりしてるの」

 「はぅあぁっ!!?」

 

 曽根崎は曽根崎で容赦ねえ。どっちにしろ晴柳院が役立たずなのは同じだけどな。そんなにわらじが不便だったら普通のクツ履けよ。

 

 「すごい荒れ具合だ、足の踏み場もないってのはこのことだね」

 「明尾の部屋より血が少ねえのはどういうことだ?」

 「というより明尾サンの部屋の方が思い切ってるんだけどね。まるで下手くそなおばけ屋敷だよ」

 「そ、そんなに血だらけなんですかぁ・・・?」

 「そりゃもう、イカの陣取り合戦くらいには血で塗り潰されてたよ」

 「ふえぇ・・・」

 

 確かにありゃ不気味だし居心地悪いし、見てて気分のいいもんじゃねえ。とは言え、まだ見てもねえチビがこんなにビビるって、こいつ大丈夫なのかよ。だがやっぱりあれを見た後だと、穂谷の部屋は荒れ具合はひでえが血はそんなに大した量は出てない気がする。六浜が言うには穂谷はまだ生きてるらしいから、この血の量の差が生死を分けたってところか。そうなると明尾の死因は撲殺の失血死ってことになるが、どっちにしろ凶器は同じか。

 

 「家具も壁もボコボコになってて、近付くんがこわぁて・・・。形が崩れたもんは怨恨の念と混ざりやすいんです、廃屋なんていい例です」

 「きいてねえ」

 「ははっ、こりゃひどいや。シャワールームのドアまで割られてる。それにほら、血痕がこの辺りから始まってるよ」

 

 勝手に穂谷の部屋を漁りまくってる曽根崎が、シャワールームの方で楽しそうな声を出した。何が楽しいんだ捜査だろこれ。見てみると、曽根崎が言った通り、シャワールームに血の乾いた跡と、そこから部屋の中に向かって滴り落ちた血痕があった。曽根崎は俺と晴柳院がその血の痕を見て考え込むのを余所に、どんどん別の場所を捜査していく。

 

 「よっぽど激しい戦闘があったみたいだけど、よく穂谷サンは生き延びたね。戦闘どころか運動会すらまともにできなさそうなのに」

 「こんだけ荒れてんだ、穂谷が部屋中逃げ回ったんじゃねえのか。それか犯人がマヌケか」

 「マヌケねえ・・・どうなんだろうね」

 

 あの有無を言わさない性格のせいで『女王様』だなんだ言われてるが、よくよく考えりゃああいつ自身にはそれこそバイオリンより重いものを持ち上げる力があるようには思えねえ。よく医務室に行ってたらしいし、たぶん体はかなり弱い方だったはずだ。そんな奴を仕留めることもできずに、こんだけ部屋を荒らす羽目になった犯人は、そんな穂谷よりもかなり身体能力が劣る奴ってことになるだろうな。

 

 「マヌケかどうかは分からないけど、こんなに目立つ証拠を残すくらいには焦ってたんじゃないかな」

 「あん?」

 「そ、それは・・・木の札ですか?あっ、もしかして」

 「陰陽道的な何かじゃないことは確かだね」

 

 何をしてるかと思えば、ガラスの破片をどけて床に這いつくばった曽根崎は、シーツがぐちゃぐちゃになったベッドの下から何か取り出した。手の平に収まるくらいの木の札で、『四』の字が彫られてる。四角の一辺だけが人為的にぎざぎざに削られてる。同じもんを俺らはよく知ってる。特に珍しいもんでもねえ。

 

 「鍵じゃねえか。脱衣所のロッカーの」

 「うん。ベッドの下に落ちてた・・・っていうより、隠されてたって言った方がいいのかな?とにかく見つけたよ」

 「なんでそんなんが穂谷さんのお部屋にあるんですかぁ・・・?」

 「おかしいよね。事件に関係あるのはほぼ確実だ。これはボクが証拠品として持って行くけど、いいかな?」

 「はあ、ど、どうぞ」

 

 大浴場の脱衣所のロッカーの鍵だ。古いタイプのロッカーで、鍵が木製だったからよく覚えてる。でも覚えてただけだ。そんなもんがここにあるなんて思わなかったし、これが現場に残されてるってことは、必然的に捜査範囲が広がる。正直、めんどくせえ。犯行の全部が寄宿舎内で起きてればこれ以上の捜査は必要なかったってのに。

 

 「清水クン、捜査において面倒は禁句だよ」

 「言ってねえだろ」

 「思ってはいたでしょ」

 「・・・」

 

 なんで分かるんだよ。

 

 

獲得コトダマ

【争いの跡)

場所:穂谷の個室

詳細:穂谷の部屋は非常に激しく荒らされており、ガラスの破片や乱れたシーツが散乱している。シャワールームには血痕がある。

 

【木の鍵)

場所:穂谷の個室

詳細:『四』が彫られた木製の鍵。脱衣所のロッカーの鍵だが、なぜか穂谷の部屋のベッドの下に落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂谷の部屋は死体がなかったことや荒らされすぎてたことで、早々と捜査を切り上げた。犯人に繋がるような証拠があるとしたら、やっぱ明尾の部屋か。だがもうあんな血まみれの場所に行くのは勘弁だな。

 

 「おい曽根崎。明尾の部屋の捜査は望月と笹戸に任せて、俺らは他のとこ行くぞ」

 「え?」

 

 一応曽根崎にそれだけ言って、俺は寄宿舎を出ようとした。ここにいたらどっちにしろあの部屋はいずれ再捜査ってことになりそうだからな。出て行こうとする俺の背中を見ながら、曽根崎はぽかんとした表情を浮かべたかと思ったら、すぐに意味深な笑顔に戻った。

 

 「おっ、こっから先は清水クンがリードしてくれるの?やった!じゃあどこ行こっか・・・なんでっ!!?あうちっ!!」

 「言い方がムカついた」

 

 気色悪い言い方しながら付いてくる曽根崎に、振り向きざまに裏拳を食らわせようとしたら空振った。そのまま一回転する勢いを利用して軽く蹴りを入れたらちょうど膝に入って、へなへなとその場に倒れ込んだ。こいつに付き合ってたらイライラが収まらねえが、なんとなく格闘術のセンスが磨かれてきたような気がする。

 寄宿舎を出たはいいが、特にどこを捜査しようとは考えてねえ。一箇所は確実に捜査しなきゃいけねえ場所があるが、捜査時間はまだある。外に出ると、東の山の向こうは太陽が昇ってるらしく、山端が白んで朝が来ることを報せてる。青い暗がりの中、医務室の灯りが目立つ。そういや鳥木が穂谷のことを看てるんだったな。穂谷が目覚めたなら有力な手掛かりが手に入りそうだ。行ってみるか。

 

 「ま、まって清水クン・・・!おいてかないでよ・・・!」

 

 後ろから声をかけられたが無視した。来るならさっさと来い。なに痛そうに膝さすってんだバカ。

 医務室の扉を開けようとしたら、曽根崎が中の物音を聞いて状況を判断しないと取り返しの付かないことになるとか言い出したが、構わず普通に開けた。ベッドの上で穂谷は大人しく眠っていて、鳥木はその顔を心配そうに見ながら深刻な顔をしてた。そりゃそうだ、こんな時に死にかけの穂谷を看なきゃならねえなんて不安にしかならねえわな。

 

 「おや、清水君・・・曽根崎君は何をしていらっしゃるのですか?」

 「アホのポーズ」

 「ひどい!!ボクは二人の尊厳を守るために・・・!!」

 「穂谷は起きたか」

 「いえ、まだお目覚めになってません。どうやら気絶なさっているようで、今は眠っておられるだけです」

 「呑気なもんだな。こんな時に寝てるなんざ」

 「清水クンがそれ言う?」

 

 寝てるっつってもその顔色は悪い。呼吸は荒く、胸の辺りが忙しなく上下してる。モノクマが手を出さなくてもなんとかなるレベルではあったらしいが、それでも相当なストレスなことに変わりはねえか。無理して死なれても困る。が、裁判までに起きるんだろうなこいつ。

 

 「ね、ね。たぶん起きたら絶対許してくれないだろうから、今のうちに穂谷サンの体とか調べちゃわない?」

 「はっ!?な、なにを言い出すのですか曽根崎君!?今はそんな場合では・・・!!」

 「『女王様』の体を自由にできるチャンスなんてもう二度とないだろうしさ。それに死体にはたくさん情報が残ってるからね」

 「穂谷さんは亡くなっておりません!」

 「被害者だってのは一緒だろ。まあ俺は後が面倒臭えからやらねえ」

 

 いくらなんでも、いつ起きるか分からねえ穂谷の体を調べるなんてことはできねえ。触るどころか近付くだけで嫌悪感剥き出しの奴にそんなことをしてバレた日なんか、後で何されるか分かったもんじゃねえ。戸惑いながらも止めようとする鳥木を軽くいなして、曽根崎は眠る穂谷の体を調べ始めた。俺は関係ねえぞとばかりに、ベッドからなるべく離れたところを捜査することにした。

 

 「ほうほう、頭と肩と腕とお腹と・・・たぶん脚にも怪我はあるね。そこまでひどいものじゃないけど、自然にできた程度じゃないなあ」

 「そ、曽根崎君。その辺でお止めになった方が・・・」

 「もう、鳥木クン。健全な男子高校生がこんなキレイな女の子が目の前で寝てるっていうのに何もしないなんて逆に失礼だよ。据え膳食わぬは武士の恥だよ」

 「違うと思いますが!?」

 

 調べるのは勝手だが声にすんな。あと盛るなエロガエル。そういやこいつ覗きもしてたな。どんな方向性なんだよ。

 特に宛てがあったわけじゃねえが、薬品棚を眺めてみた。ガラスの向こう側に並んだ薬品瓶はどれもこれも前に見た時と変わりがないように見える。ろくに覚えてねえが、何かがなくなったような痕跡はない。前の時には穂谷がそれを覚えてたな、後で見せりゃいいか。

 

 「んっ?」

 

 暇だから医務室の中を適当にぶらぶらしてたら、小さいテーブルの脇に置いてある冷蔵庫の扉が半開きになってるのに気付いた。あからさまに誰かが何かに使ったってことだよな、何が入ってるんだっけか。しゃがみ込んで冷蔵庫を開いてみると、俺は思わずぎょっと目を丸くした。

 

 「・・・血のパック?」

 

 中に入ってたのはいくつかの血液パック、もしもの時の輸血用だろう。ここは確か前にも見た、だから血の入ったパックがたくさんあることには驚かなかった。だがなぜか、今この光景を見たことで俺の中で何かが引っかかった。それとついでに、冷蔵庫の横にかけてあるグラフみたいなのが書かれた紙を見つけた。AとかOとか書いてあるから、たぶん血液型ごとの個数を管理してるんだな。

 

 「んん・・・?」

 

 なんだか分からねえが、妙にそれが気になって一応個数を確認してみた。色んな記号が不親切に何の説明もなく書かれてるだけですげえ見にくいし分かりづらかったが、一個一個引っ張り出して並べる。そうすると、何度数えても数が合わねえ。

 

 「二つ足りねえ・・・なんでだ?」

 

 輸血に使う注射器や点滴用の器具に使った形跡はない。っつうか輸血が必要なくらいの大怪我をして誰にも知られないまま治すことなんてできるわけねえ。過去に輸血が必要なくらいの大怪我をした奴っつったら、一人だけだ。

 

 「おい曽根崎」

 「ん?どうしたの?」

 「お前の血液型なんだ」

 「AB型だよ」

 

 AB型の血液パックは、手元の表に書かれた数とぴったり同じだ。確かO型はどの血液型にも使えるはずだったな、と思い出して確認してみたが、そっちも同じだ。なくなってんのはどっちもA型の血液パックだ。元々の数が一番多かったやつだからまだたくさん残ってるけど、二つもなくなってんのはどういうことだ?

 

 「おい鳥木、お前これ」

 「ああっ!!!」

 

 俺が鳥木に輸血パックいじったか聞こうとした矢先、ベッドから叫び声があがった。体が震えるくらいびっくりしたが、その後に耳に残った声の響きに驚いた。何度も聞いたことのある声なのに、それに込められてた感情は今まで聞いたこともないほどの拒絶に満ちていた。皮肉も嫌悪も軽蔑もない、もの凄く純粋な拒絶。ベッドの上で毛布を手繰り寄せながら、穂谷は虚を衝かれたような表情で曽根崎を見てた。

 

 「なっ・・・!!なにを・・・!!」

 

 穂谷の声は震えていた。妙なことをされてたって勘違いしてるだけじゃ説明が付かないほどに。そもそもこいつはそういうことをされてたら怯えるよりキレるタイプだ。じゃあなんで今は、こんなに青ざめてんだ?

 

 「ほ、穂谷サン?えっと、ごめんね。これ全然ヘンな意味じゃなくて、ただ捜査のためにキミの体の傷を」

 「傷を・・・・・・み、見たのですか・・・!?」

 「えっ・・・う、うん、まあ。腕とか頭とかだけで、別に脱がしたりとかしてないから、そこは誤解しないで。鳥木クンが証明してくれるから」

 「ど、どういうことですか?あ、貴方がた・・・一体何をしているのですか・・・?私に何を・・・」

 「穂谷さん。ひとまず落ち着いてください。今は・・・捜査時間です」

 「捜査・・・?」

 

 状況が掴み切れてねえ穂谷は、鳥木と曽根崎、それから俺の顔を順番に見て混乱した様子でぼそぼそと呟く。こんなに弱った穂谷を見るのは初めてだ。やっぱ犯人に襲われたショックが残ってんだろうか、それに今がどういう状況かも理解しきれてねえらしい。そう言えば死体発見アナウンスも聞いてねえんだったな。

 

 「実は、大変残念なことに、明尾さんがお部屋で亡くなっておりました」

 「あ、明尾さん・・・が、亡くなった・・・!?」

 「それで今は捜査時間。穂谷サンは部屋で気絶してたから、鳥木クンがここに運んできて、いま目を覚ましたってこと。ボクと清水クンは捜査して回ってるんだ」

 「明尾さんが亡くなった・・・捜査・・・ま、またあの・・・・・・裁判紛いのことをしなくてはならないのですか・・・?」

 「当たり前だろ。ここではモノクマがルールなんだ」

 

 徐々に状況が理解できてきたのか、突然に告げられた明尾の死と自分の置かれた状況、そして間近に迫った学級裁判にみるみる穂谷の顔色が悪くなっていく。元から悪かったが、余計に青白くなっていった。取りあえずまだ全快してない穂谷は、すぐに力が抜けたようにベッドに横になった。

 

 「そうですか・・・」

 「基本的なことはモノクマファイルで確認できると思うよ。キミの体に残った怪我から、事件当時のことも分かるかと思って、勝手に調べさせてもらってたよ。ごめんね」

 「いいえ。図らずも私は、貴方がたに命運を託すことになってしまいました。目が覚めるまで待つことができなかった忍耐力のなさにはこの際、目を瞑って差し上げましょう」

 「そりゃ寛容なこった」

 「あ、じゃあ目を瞑るついでに一つ聞きたいことがあるんだ。これ何か知ってる?」

 「はい?」

 

 そう言って曽根崎は、ポケットから薄汚え木の板を取り出した。穂谷の部屋から出て来た証拠品だ。こんなもんが落ちてること自体がおかしいが、穂谷はそれを見て全くピンときてなさそうに眉をひそめた。本当に何か分かってねえらしい。

 

 「なんですか、その小汚い木片は。私はそんなもの知りません」

 「それは・・・男子脱衣所のロッカーの鍵ですね。一体なぜそんなものが?」

 「これ、穂谷サンの部屋で見つけたんだ」

 「は?」

 

 曽根崎が出所を説明すると、穂谷が素っ頓狂な声を出した。身に覚えがないってことだろうな。そりゃ大浴場のものを穂谷が知ってるわけがねえ、こいつはあの場所を毛嫌いしてたはずだ。けどそんな奴の部屋に鍵が落ちてることが、また怪しい。どういうことなんだか。

 

 「穂谷サン、大浴場に行ってこっそりお風呂入ってたんじゃない?」

 「あり得ません。私はあんな汚らしい場所で入浴することはありません。本来なら一度として足を踏み入れたくない場所でした」

 「まあ動機があるなんて言われたら行かないわけにいかないもんね!そっかそっか。じゃあやっぱり犯人が落としていったものなのかなあ」

 

 木の鍵を見ながら曽根崎は独り言なのかなんなのか分からねえことを言う。分かんねえな、こいつのやることは。分かんねえがまだ穂谷を寝かせるわけにはいかねえ。ため息を吐いて布団にくるまろうとする穂谷に、俺は待ったをかけた。

 

 「で、まだ聞きてえことがあるんだ。寝るのはそれに答えてからにしろ」

 「少し甘くするとすぐに付け上がってしまうのですね。きっと大変なご苦労をなさることでしょう、今までも、そしてこれからも」

 「そんだけ嫌み言う余裕があるなら答えられんな」

 

 落ち着いたかと思ったらいつもの穂谷節を炸裂させてきやがった。切り替え早えなこいつもこいつで。俺が近付いたらまた毛布を首の所まで上げて訝しげな目で見やがった。どんだけ俺のこと嫌いだ。

 

 「お前が犯人に襲われた時のことを教えろ。顔を見たとか、どういう風に襲ってきたとか」

 「はあ・・・そうですね。あまり覚えてないのですが・・・」

 「あまりご無理はなさらずに。できる範囲で構いませんので、お教え願います」

 

 きっと頭を殴られただろうから、そのショックで忘れたとか言われたらめんどくせえなとか思ってたが、どうにか思い出そうとしてるようだ。さすがの『女王様』もこんな時にふざけてられねえとばかりに、なかなか真剣な顔になってる。それで少し間があいてから、ようやく話し出した。

 

 「私はあの時・・・ベッドにいました。ちょうど今と同じようにブランケットを被って、寝ていました。突然にドアの開く音がして、廊下の灯りが差し込んできたのが分かって、驚いたのを覚えています。夜中に女性の部屋に上がり込むのはどんな無礼者でしょうと思い、その方の顔を見ようとしたのですが・・・」

 「見たの?」

 「いえ・・・部屋が暗くて逆光になっていたこともありますが、何か顔に被っていたようではっきりとは見えませんでした」

 「顔に被ってた?覆面とかそんなんか?」

 「おそらくその類でしょう。そして唐突に私に襲いかかってきて・・・咄嗟に逃げようとしたのですが、抵抗する間もなく頭を打って気を失ってしまいました。気付いた時には、ここにいて・・・」

 「えっ?それだけ?他に何かないの?犯人の身長とか分かんなかった?」

 「横になった状態でしたので、それも不確かで・・・」

 「全然情報ねえな」

 「仕方ないではありませんか。貴方も真夜中に寝込みを襲われてみなさい」

 

 期待外れもいいとこだな。有力な手掛かりどころかまともな情報が一つもねえ。犯人の体格とか凶器とか殺害方法とか、何にも分からねえ。被害者なんだったらもっと重要な情報の一つや二つ握っとけ役立たずだな。これじゃ生き延びた意味がねえじゃねえか。

 

 「がんばって穂谷サン!もう一言なにかない!?思い出してよ!」

 「そんなことを言われても・・・」

 「暗くても何か犯人に関して分からなかった?性別くらいは?」

 「性別・・・」

 「おっ、何か引っかかったっぽい?いいよいいよそれ頂戴!」

 「曽根崎君、医務室なのでお静かに願います」

 

 曽根崎もうるせえが鳥木もどこ気にしてんだよ。別に今は俺ら以外いねえからいいじゃねえか。それはともかく、必死に何か手掛かりを捻り出させようとする曽根崎の言葉に、穂谷は何かを思い出しそうに表情を歪めた。

 

 「襲われる時に犯人の呼吸や唸りが聞こえたのですが・・・おそらくあの低さは、男声のものかと」

 「男声ってことは、男ってこと!?」

 「ええ。極端に声が高かったり低かったりすると聞き分けるのは困難なのですが、思い当たる方はここにはいないので、おそらくそうでしょう」

 「ってことは、犯人は男ってことになるね。ふむふむ、それなにげにすごい情報じゃない!?」

 

 嬉しそうに見るなボケ。まあかなり有力ってことには変わりねえが、そんなのがあるんなら最初に言えよ。

 

 「他にはなんかない?」

 「えっ、そ、そんなにたくさんは・・・」

 「曽根崎君。穂谷さんはさっきお目覚めになったばかりで、お疲れです。証言なら裁判の時にもできますので、今はまだお休みにならせて差し上げてください」

 「うぇっ?あっ、ちょっ、まだ質問は終わってないですよー!報道の自由を妨害するのかー!質問に答えてくださーい!ああもうこの際マネージャーさんでもいいや!」

 「マジシャンです!」

 

 あんまり矢継ぎ早に質問するもんだから、それまで横で見てた鳥木が力尽くで曽根崎を医務室の外に押し出した。やられながらここぞとばかりにジャーナリストっぽさを出してくる曽根崎は、それでも力及ばず放り出された。弱えなあいつ。

 

 「清水君も、申し訳ございませんがそろそろ御出でくださいますでしょうか?」

 「ああ。あのアホ見てたらアホらしくなった」

 

 医務室の外で服に付いた土を払ってる曽根崎と同じようなマネはとてもできねえと、俺は大人しく医務室を出た。そりゃあんだけやりゃあ鳥木もさすがにああ言う。どうせ後で同じ話は何回でも聞けるっつうのに、一気に聞こうとしすぎだ。

 

 「気ぃ済んだか」

 「う〜ん、そうだね。まあ今日のところはこのくらいで勘弁してあげようか」

 

 なんだそりゃ、コケればいいのか。思ったより情報は少なかったが、それでもかなり有力な情報は手に入った。あの証言だけで犯人候補が半分以下にまで絞れる。そっから先がどうかは知らねえが、残り少ない捜査時間でそれを見つけ出す手掛かりを探し出さなきゃならねえ。

 

 

獲得コトダマ

【穂谷の負傷)

場所:なし

詳細:腕や腹に痣ができており、鈍器による打撲と思われる。

 

【輸血パック)

場所:医務室

詳細:医務室の冷蔵庫に保存されていた輸血用のパック。始めに用意されている数よりも少なくなっている。

 

【穂谷の証言)

場所:なし

詳細:穂谷は部屋で寝ていたところを急に襲われた。電気を消していたため相手の顔は見えず、必死に逃げようとしたが途中で気を失ってしまった。しかし僅かに聞いた声は男性のものだったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に俺と曽根崎は、大浴場を調べに来た。こんなところ、本当なら来る予定じゃなかった。けど穂谷の部屋から見つかった鍵が、一体何なのか調べないわけにはいかねえから、仕方なく来た。今は夜時間のはずだが、入口の鍵が開いてんのはモノクマが捜査しやすいようにしてたんだろう。ヘンな気遣いばっかだな。

 一応大浴場の脱衣所前のホールも調べてみたが、特におかしなところはなかった。そう言えばモノクマがゲーム機をアップデートしたっつってたな、あれ以来誰かがやってるとこは見なかった。あいつのしたことは全く無駄だったってことだ。

 

 「ま、そりゃそうだよな。こんなボロ臭えゲームなんか誰もやらねえか」

 「開いたよ、清水クン」

 

 曽根崎に言われて、マシンガンの銃口の前を素通りしながら脱衣所に入った。中は相変わらず古くさいロッカーと小綺麗な洗面台が向かい合う妙な空間だった。真ん中に線引いて昭和と平成を比べてるみてえだ。曽根崎が持ってる鍵に対応する『四』番のロッカーは、しっかりと施錠されてた。

 

 「うん、ここで間違いない。じゃあ開けるよ」

 「勿体ぶる意味あんのか」

 

 中に何が入ってるか分からねえが、今更何が出て来たって驚きやしねえ。あんだけ血まみれの死体を見たばっかだし、もっとひでえ有様も何度か見てきた。慣れたっつうのは気分が悪いが、それでも多少は耐性がついてきたっつうんだよ。

 鍵を差し込むと、ごとっという重い音がして錠が外れる感覚がした。曽根崎がゆっくり開くと、中からはついさっき明尾の部屋に充満してたのと同じ臭いが流れ出てきた。思わず鼻呼吸を止めて、中にあるものを目で確認した。なるほどな、ここに隠すつもりだったわけか。

 

 「あ〜、血生臭いなあ。清水クン、取ってよ」

 「なんで俺が」

 「ボク両手塞がってるんだよね。扉と、メモ帳とペン」

 「ちっ」

 

 別に血の臭いが籠もってたからどうってわけじゃねえが、ロッカーの中の空気は俺の手にまとわり付いてくるような気がして、重い木と金属の物体ごと俺の手にこびり付いたような気がした。

 

 「ハンマー・・・モロに鈍器だな」

 「血も髪の毛も付いてるし決定的だ。これが今回の凶器だね」

 「ここに隠しときゃバレねえと思ったんだろうな。鍵を落とすなんてマヌケなことでもしなきゃ、確かに見落としてたかも知れん」

 「いや、鍵なくてもボクは捜査しに来たけどね」

 

 ロッカーの中にあったのは、もう固まって錆のように張り付く血と僅かな黒い髪の毛にまみれた金属のハンマーだった。血だけならまだしも、髪の毛があるせいで余計にグロく見える。手に伝わる重みを実感すると、これを頭に叩きつけられた奴がどうなるかなんて想像するのも気持ち悪い。今すぐにでもこれを手放したかったが、証拠だからそれはできない。

 

 「それにしてもこんなところに隠すなんて、犯人は何を考えてたのかな?」

 「あ?だからバレねえと思ったんだろ?」

 「そうかな?むしろリスクの方が大きいと思うんだけどなあ」

 「・・・どういうことだよ」

 

 突然何を言い出すかと思ったら、ここに隠すのがリスクだと?現場から離れて、鍵さえ持って行っちまえばかなり捜査を邪魔できる、こんな凶器を隠すのに最適な場所にリスクがあるってのか?強いて言えば見つかる可能性だが、そんなん犯行のどのタイミングでもそうだ。

 

 「ボクの予想だと、きっと浴室の方にも何かあると思うな。清水クン、調べて来てくれない?」

 「お前が行けよ」

 「だから、メガネが曇っちゃうって言ったでしょ」

 

 曇ってもいいわアホ。なんで俺がこいつのパシリみてえなことしなきゃならねえんだ。文句を言うが、曽根崎は有無を言わさず俺を浴室に押し込む。少し濡れたタイル張りの床は、もちろん俺の足を掬ってひっくり返した。

 

 「うおっ!?」

 「あっ、やべっ」

 「くっ・・・!おいこらァ!!テメエが押すからだろうが・・・あ?」

 

 押したらコケることくらいガキでも分かるわボケが!ふざけやがって、湯船に突き落としてやる!そう思って起き上がったが、曽根崎はもうそこにはいなかった。脱衣所の中を見渡しても影がねえから、このほんの一瞬で外まで逃げたかあの野郎。ふざけやがって。

 

 「ぜってえ湖に叩き落とす・・・!!あんのクソボケガエル・・・!!」

 

 逃げたあのバカを追いかけるのは後でいい。どうせ後で嫌でも顔を合わせることになるんだ。今は捜査をするべきだな。とは言っても、浴室で調べることなんて大してない。シャワーはどれもきれいに並んでるし、タライや風呂いすもおかしいところはない。浴槽の湯は抜かれてて、特に何かあるわけでもない。つうかこれならマジでメガネが曇ることなんてねえし、あのクソメガネ、マジでぶっ飛ばす。

 

 「で、あいつどこまで逃げたんだ」

 

 適当に浴室の捜査は切り上げて、俺は脱衣所から大浴場ホールに出た。死角のないここからでも、曽根崎の姿は確認できない。まさか大浴場の外まで逃げたのか。どんだけ逃げ足早えんだ、と思ったが、玄関にはあいつのクツが残ってる。まさか裸足でかけてくなんて世田谷の主婦みてえなことしねえよな。

 

 「あの野郎・・・どこ行った」

 

 まだ大浴場のどこかにいるってことだよな。捜査時間が終わるまでに見つけて湖に突き落とさねえと気が済まねえ。しかし脱衣所にもホールにもいねえとなると、一体どこ行きやがったんだあいつ。念のためもう一回脱衣所を見に行くか。と、脱衣所の鍵を開けてドアを開けると、忌々しい緑色が目に飛び込んで来た。

 

 「あっ」

 「あっ!うわわっ!し、清水クンごめん!わざとじゃないから!わざとじゃないから!」

 「関係あるか・・・あん?っつうかテメエどこにいた?」

 「えっ・・・ボクはずっと脱衣所にいたよ?」

 「は?いや、さっきいなくなってただろ」

 「ああ、ホント?いや、まあうん、時々消えたいことってあるよね」

 「はあ?」

 

 何をわけのわからねえことを。さっきのことをはぐらかそうと必死になってんのかなんなのか知らねえが、いまいち曽根崎は何を言ってんのか分からねえ。この野郎、どっちにしても許さねえからな。妙なことして逃げようとしやがって。

 

 

獲得コトダマ

【血まみれハンマー)

場所:大浴場・男湯脱衣所

詳細:男湯の『四』番ロッカーに隠されていた血の付いた金属製のハンマー。明尾の傷と形が一致した。倉庫にあったものとは違うもののようだ。

 

【消えた曽根崎)

場所:大浴場

詳細:清水が目を離した一瞬の隙に曽根崎は姿を消した。そして脱衣所で見失った曽根崎が再び現れたのは、同じ脱衣所からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『真実と虚構は混じり合いその境界を失っていきます。ホントがウソに、ウソがホントに。そのウソホント?ホントのホント、ホントの大嘘だよ。もはやどっちがどっちでも変わらないほどにこんがらがってしまうのです。ゴミ袋を固結びした後になって新しいゴミが出て来ても、もうそれは来週のゴミの日まで放置なのです。オマエラにはもう一分の猶予もないんだよ!寄宿舎の赤い扉の前にお集まりください!』

 

 相変わらずモノクマのアナウンスは理解に苦しむ。意味が分からねえ。それでも時間が来たことを告げる役割だけはきちんと全うしていた。それを聞いた瞬間に、俺の中で何かが吹っ切れた。これ以上捜査することができない、今まで集めた情報だけで犯人を突き止めなきゃならねえ。ありとあらゆる感性を研ぎ澄ませて、極限まで思考を突き詰めなきゃならない、あの時間をまた繰り返さなきゃならねえ。

 

 「来たか。お前たちで最後だ」

 

 大浴場から寄宿舎に戻ると、既に俺と曽根崎以外の全員が集まってた。晴柳院は気分が悪そうにして望月に支えられて、穂谷は一人で立ってるがすぐ隣で鳥木が不安そうにしていた。笹戸は誰とも目線を合わせないように俯いていて、六浜は全員の顔を確認してから赤い扉に向き合った。その表情は覚悟を決めてはいるが、いい知れない憂いを含んでた。またこうして全員がここに集まるなんてこと、誰一人として望んでなかったんだ。

 誰も何も言わない時間は短く、俺たちが着いてからすぐに赤い扉は、重い音を立てて開いた。金属のエレベーターの扉がガラガラと開いて俺たちを迎える。これに乗るのは五回目だ。靴越しに伝わる固くて無機質な感触に、言いようのない不気味さを覚えて仕方がない。そしてエレベーターは動き出す。けたたましい程の金属音がまるで、得体の知れねえ悪魔の笑い声のように耳を打ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り8人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




えらい長く書いてしまいました。最初のくだりは日常編に入れときゃよかったかな、なんて今になって後悔。けれども思い切って公開。関係ないけど大航海

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