目に刺さるくらい煩く光る巨大なスロットマシン。モニターに映る三つのレーンが激しく回転し、徐々にスピードを落としていく。漫画みてえに気の抜けた音とともに回転を止めたマシンは、周りの装飾に劣らない目立つ色の顔を並べた。
きらきらと重苦しく輝く『GUILTY』の文字、血のように真っ赤なテープと煌びやかな金色の紙吹雪を撒き散らすクラッカー、溢れ出てくる黄金のメダルは画面の外へ流れ落ちていく。下劣で悪趣味で反吐が出るその映像に歓喜する声が、裁判場に二つ。
「うっひょーーーっ!!これまただいだいだいせいかーーーーーーーーーーーーーい!!“超高校級の棋士”古部来竜馬くんをぶっ殺し、“超高校級の野生児”滝山大王をも手にかけた恐るべき殺人鬼は、“超高校級の爆弾魔”屋良井照矢くんだったのでしたあっ!!!」
「くっ・・・くくくっ・・・!!ひひっ、ひゃはははははははははははははははははははははははははははあっ!!!!!」
場違いに能天気で底知れねえ悪意を孕んだ声と、ぶっ壊れて狂いまくった笑い声。今この裁判場にあるのは、それに打ち拉がれるどろどろとした形のないどす黒い感情。むりやり一言で表すなら、絶望。俺たちはそれに対して何もできない。疑い疑われ、糾弾と批難と猜疑の中を突き進んだ先にあった真実は、俺たちを嘲るように残酷な形をしていた。
「おいおいお前らァ、どいつもこいつも辛気くせえ顔してどういうつもりだ?古部来と滝山の仇を討ったんだろ?真実を暴いたんだろ?お前らは学級裁判に勝ったんだろ?なんで下向いてんだ!!そこにはきったねえ床しかねえぞ!!オレを見ろ!!テメエらが暴いた『真実』の正体を直視しろ!!」
「外道がッ・・・!!」
「あれあれあれ?なんでクロを指摘できたのに、クロの屋良井くんが笑っててシロのオマエラがしょぼくれてんの?」
「黙ってろクソぐるみ野郎」
「はううっ!?ひ、ひどい!なんたる暴言!ボクはオマエラの勝利を祝ってやろうと思っただけなのに!人の・・・いやクマの厚意を無碍にするなんて!」
「こ、こ、こんなもの・・・勝利でもなんでもありませぇん!」
「おいゴルアァッ!!オレを差し置いてそんな綿埃ごときが目立つなんて認めねえぞ!!オレを見ろ!!」
やかましく笑うモノクマに、輪の中心から外れて怒鳴る屋良井。うるせえ、なにもかもが雑音だ。今すぐこんなこと終わらせろ。もうこんな下衆なことは終わりにしろ!
「もういい!モノクマ!さっさと済ませろ!早いとこあのイカレ野郎を処刑して・・・!」
「待て」
「ああっ!?」
「まだ・・・終わらせるわけにはいかない」
俺の言葉を遮ったのは、まだ下を向いて証言台の柵を握り締めている六浜だった。俯いてるにもかかわらずはっきりと声が聞こえたのは、それだけこいつが言葉に込めた意思が強かったからだ。
「な、なにを言ってるの六浜さん・・・?もう犯人は屋良井くんで決まったんだよ?」
「そうではない・・・!まだ明らかになっていないことがある・・・そいつに聞かねばならないことがある!」
「あ?なんだ?なんでも答えてやんぜ!最期の最期の出血大サービスだ!」
屋良井は下卑た薄笑いで、のろりと顔を上げた六浜を見た。その六浜の顔は、今まで俺たちが見たこともない表情をしてた。
眉のしわが顔の中央に深い影を作り、瞳孔の開いた瞳が真っ直ぐに屋良井の顔を捉えてる。口は真一文字に結ばれて、腕や脚や腰を複雑に捻った妙な立ち方なんかしてねえのに、空気が震えるような重苦しい音が聞こえてくる気がした。
「・・・・・・なぜ殺した」
「ん〜?」
「なぜ殺したと訊いている!!なぜ奴を狙った!!なぜ奴があんな凄惨な死に方をせねばならなかった!!答えろ!!なぜ古部来を殺したのだ!!!」
「は?なぜって・・・んなもんここから出るために決まってんだろ?お前らの誰かを殺さなきゃ出られねえんだからよ」
「違う!!!なぜ古部来なのだ!!!奴が貴様に一体何をした!!!なぜ・・・・・・な、なぜ・・・私じゃなかったのだ・・・!!!」
「お、おいおい。どうしたんだよむつ浜。さすがに泣かれると困るぜ」
憤怒、どす黒く禍々しいそれが、六浜に乗り移っていた。突進するように屋良井に掴みかかり、壁に押しつける。それでも屋良井は余裕の笑みを崩さず、怒れる六浜に当たり前のように答えた。まるで、なぜ飯を食うのに箸を持つのか、という問いに答えるような、ごく自然で疑う余地のないことみてえに。
そして六浜は、どっと気が抜けたようにその場にへたり込む。嗚咽が混ざる言葉は、まだ屋良井を追及している。
「答えろッ・・・!なぜ・・・・・・古部来を・・・!!」
「・・・逆に、分かんねえのか?オレがどんな奴らを殺そうとしたのか」
「な、なんだと・・・!?」
「あ〜いや、オレが、じゃねえか。オレと滝山が、だな」
屋良井と滝山が殺した奴らの共通点だと?そんなものがあんのか?屋良井が殺したのが、古部来と滝山。滝山が殺そうとして失敗したのが、曽根崎と六浜。共通点なんて・・・。
「あ、分かった」
「え?」
「滝山クンは共犯者だから特別に除外するとして、古部来クンと六浜サンとボクに共通する事柄。なるほどねえ、確かに明確で分かりやすい共通点だ。それに、理由も屋良井クンらしい」
「なんだよ!その共通点ってなんなんだよ!」
「自分で言うのもなんだけど、でもまあ事実だからしょうがないよね」
曽根崎は相変わらず飄々と能天気な口振りで、少し照れたように頬をかいて言った。
「ボクたち三人はね、単純にこの学級裁判において、クロにとって厄介な存在だったんだよ」
「・・・は?」
それは冗談のような自賛の言葉だった。クロにとって厄介な存在ってどういうことだよ。その三人は屋良井にとってなんだったんだ?そいつらと屋良井の間に何があったってんだ。
「なーんだ!分かってんじゃねえか!っていうか、そういうの自分で言って恥ずかしくねえのかよ曽根崎」
「そうだねえ、自分から『もぐら』とかいうセンスの欠片もない仇名つけて、見えない破壊者とか中二病臭いことして周りに迷惑かけていい気になるよりは恥ずかしくないかな!」
「ハッ、テメエにゃ分からねえよ。オレの気持ちなんざ・・・テメエみてえな奴には一番分かりっこねえよ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださぁい!うちらをおいてかないでくださいよぉ!」
どっちもイカレ野郎だから、耳障りでムカつく会話が続く。そこに晴柳院が声を上げて、ようやくそれは収まった。そしてまだ納得できてねえことをもう一度問い質す。
「古部来さんと六浜さんと曽根崎さんが屋良井さんにとって厄介って・・・どうしてなんですかぁ?」
「いや分かれよ!ここまでヒント出してんだからよ!」
「分かれと言われても・・・テロリストの思考回路など理解致しかねます」
「歯に衣着せてるんじゃないの?言っちゃいなよ、頭の良い人が狙われたってさ」
「は・・・はあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!?あ、頭の良い人じゃとお!!?」
「新進気鋭の棋士、的中率100%の予言者、情報整理と尋問が売りの広報委員・・・少なくとも臆病な陰陽師や集中力だけは良い努力家よりは、推理において優秀でしょ?」
「な、なにそれ・・・!?」
いまさら曽根崎の失礼千万な言葉選びに苛つきなんかしない。問題はそこじゃねえ。頭の良い奴から狙われたなんて、馬鹿げたこと理由だ。そんなことで古部来は殺されて、曽根崎と六浜は危うく死ぬところだったのか?
それはつまり学級裁判を勝ち抜くための殺人、全く純粋に利己的な殺人を意味する。信じられなかった。有栖川や石川は少なくとも殺すことには抵抗を感じてた。だから必死に正当化しようと言い訳を口にしていた。だがこいつは罪悪感なんか持ってない。人を殺すことをなんとも思ってない。だから言い訳もしない。それを潔いなんて言えねえ、そんな次元じゃねえんだ。
「今すぐここから出るには誰かを殺すこと!!だからオレはここにいる奴ら全員皆殺しにすりゃ早えと思ったのさ!!ちょうどお誂え向きに火薬も手に入るようになったしなあ!!だってのに・・・それすらもできねえなんざおかしいと思わねえか!!?」
「当たり前でしょ!皆殺しなんていう面白味もなければワクドキもない展開なんて冗談じゃないよ!!ルールにないからって何してもいいわけじゃないんだからね!!」
「つまりオレがここを出て行くには必ず学級裁判に勝たなきゃならねえ。でもオレが裁判に勝つためには六浜と曽根崎と古部来が邪魔だった、こいつらの頭が相手じゃどんだけ複雑な計画を立てても絶対に暴かれるって確信してたからだ」
「『もぐら』にそこまで思われるなんて、ちょっと自信ついちゃうな」
皆殺し、その言葉を聞いただけで、俺は猛烈な恐怖を感じた。こいつは屋良井照矢であり、テロリスト『もぐら』なんだ。ここにいる全員を皆殺しにするなんて簡単なことだ。実際にこいつはそれ以上のことを何度もやってきた。俺たちはそれを痛いほどに知っている。
「けど一人のクロが殺せるのは二人まで、オレ一人じゃどう頑張ったってその内二人しか殺せねえ。だからオレ以外のクロが必要だった。そんで騙しやすい滝山がいたから利用したんだ」
人を騙すことにも殺すことにも何の抵抗もない。分かり切ってたことなのに、こいつの口振りは改めてそれを実感させる。あまりに現実離れした存在。理解の範疇を超えた存在。もうすぐこいつは俺たちの前で殺されるってのに、途轍もない恐怖を与える。
「なんで・・・なんでそんなことできるんだよッ!!」
「あ?」
そんな異質極まりない屋良井に声を荒げたのは、意外にも笹戸だった。裁判の終盤はずっと六浜や屋良井に圧倒されてほとんど何も言えてなかったのが、今になって爆発したんだろうか。
「キ、キミは・・・人を殺したんだぞッ!!騙して、利用して、あんなひどいやり方で!!なんでそんなひどいことをして平気でいられるんだ・・・!どうして滝山くんが・・・あんな目に遭わなきゃいけなかったんだ・・・!!」
「なんだそりゃ。滝山に同情でもしてんのか?んなもん騙される方が悪いんだよ。だいたいあいつだって曽根崎とむつ浜を殺す気でいたろ」
「・・・キミがそうさせたんでしょ?滝山クンを、毒のことで脅して」
「くくく・・・!ああ、そうさ!古部来を殺した後であいつに言ってやった!テメエに毒を飲ませた、少なくとも裁判が終わるまでにお前は死ぬってな!あん時のあいつの表情ったらなかったぜ!」
ぷるぷる震えながら、血の気も生気もありとあらゆる生命力が抜けたツラ!!傑作だッ!!だがこのままじゃこいつは泣いたり喚いたりしてうるさくしやがる。だからオレは滝山に『逃げ道』を与えた!!生き残るためのたった一つの手段を!!
「い、いやだ・・・!やだよ・・・お、おれまだ、しにたくねえよッ!なんでだよッ!なんでおれがどくなんか・・・たすけてくれよ!!」
「黙れ。いいか、テメエに飲ませた毒を無効化する解毒剤をオレァ持ってる・・・この合宿場でオレしか持ってねェ」
「げ、げどく・・・ざい・・・?」
「要は、これを飲めば生きられるってことだよ」
「!」
せっかくドス効かせて言ってやったのに、あいつが解毒剤を理解できねえせいでシラけちまったよ。まあそこは計画に関係ねえからどうでもいいんだけどな。
「や、やらい!それ・・・!」
「くくっ、やっぱ馬鹿だなテメエは。オレがただで寄越すわけねェだろ。これが欲しけりゃ・・・死にたくなけりゃ、今からオレが言う奴らを殺せ」
「・・・えっ?」
「オレに協力した時点でお前は共犯者、つまりオレと同じなんだよ。このまま裁判になって毒で死ぬか、オレの言う通りにして一緒に生きてここを出るか。どっちがいいか、お前の頭でも分かんだろ?」
「・・・ッ!うっ・・・で、でも・・・!それって・・・み、みんながしんじゃうんだろ・・・?おれたちじゃない・・・みんなが・・・」
「それがなんだ。どっちにしろここから出るには他の奴らを蹴落とさなきゃならねえ。それが今だってだけだ。別に断るのは自由だ。そん時ゃお前が死ぬだけだ。じわじわと、全身に回る毒に、むっちゃくっちゃ苦しい思いをして・・・死ぬだけだ」
もうここの会話は駆け引きにすらなってなかった。オレがあいつの耳元で、じっくり死の恐怖を教え込んでやったら、あいつはすんなり受け入れたよ。とことんまでオレに利用されるってなァ・・・ひゃははははっ!!涙ながらに、震えながら、真っ青な顔で、祈るように懺悔しながら!!やっぱ人間、欲求には正直だよな!!死にてえなんて思ってる奴なんていなくて当然!!そんな奴ァとっくにこの世にいねェんだ!!
そして捜査時間中、滝山は約束通り曽根崎とむつ浜を殺そうとした。だがいつまで経っても死体発見アナウンスが流れねえ。しくじりやがったんだと気付いた時には、もう捜査が終わる寸前だった。
「曽根崎だけじゃなくむつ浜も仕留め損ねるたあ・・・テメエそれでも“超高校級の野生児”か!!ジャングルで獲物仕留めんのと何が違えんだ!!」
「だ、だ、だって・・・だって・・・!そねざきも・・・ろくはまも・・・・・・ころしたくなくて・・・!やろうとおもっても・・・からだがうごかなくて・・・こわくて・・・!!」
「ちっ、こいつがここまで腑抜けてるのは計算外だ。しかももう裁判になっちまう・・・。曽根崎だけでもいねェうちに終わらせるっきゃねェか・・・」
「な、なあやらい!あれ、くれよ!どくなくすやつ!なあ!」
「あん?」
人が考えてんのにずけずけ話しかけてきやがってよ!誰のせいでこうなってると思ってんだっつう話だよな?しかもこちとらそんな話とっくに忘れてるってのに。
「ああ、そうだったな。まあいいよ」
曽根崎とむつ浜を殺す計画は失敗したが、渡さなきゃ渡さねえでこいつはまた騒ぐ。だから約束通りくれてやった。あいつが解毒剤だと思い込んでる・・・ただの水をなァ!
普通考えりゃ分かるだろ!?共犯者なんてのは裏切られるのが世の常だ!オレが古部来を殺したと知ってる奴を生かしておくわけねェだろ!
「それなりの策は考えてあったが、あいつが裁判中だんまりだったのは好都合だったぜ。毒で死ぬ前にさっさと投票したかったんだが・・・ま、誰にでもミスはあらあな」
そんな簡単な一言で締め括られたが、内容はそれに余る。同時にあの小ビンの謎が解けた。滝山は裁判前に小ビンの水を解毒剤だと思い込んでたんだ。だからあんな必死な顔をして飲んでたんだ。だから死ぬ瞬間に動揺してたんだ。解毒剤を飲んだのに毒で死ぬなんてあり得ねえから。
「そんな・・・!そんなこと・・・ひどすぎる・・・!!あんまりだよ!!」
「げ、外道です!獄魔です!賤鬼です!人の所業じゃありませんんッ!!」
「そんなもんじゃ済まんぞ貴様・・・!!貴様それでも人間かあああああああああッ!!」
「随分と自分勝手な台詞だなァ、オイ・・・!!それでも人間かだと?やっぱりテメエら何にも分かってねえ・・・分かってねえよッ!!!」
なんでもないことのように屋良井は言った。実際、こいつにとっては人を殺すことなんて今更なんでもないことなんだろう。それが、たまたま爆破した建物に居合わせた他人だったか、たまたま同じ場所に閉じ込められてた隣人だったかの違い。
そうやって平気な面をしてたのに、明尾たちの言葉に対してはやたらと反応した。その程度の言葉、それこそ今更じゃねえのか。こいつの犯行は誰もが口を揃えて批難してたはずだ。
「テメエらは受け入れたくねえだけだ!信じたくねえだけだ!オレという存在を!!オレという人間を!!あまりに逸脱した行動、常識外れの思考、絶対的に強烈な悪意ッ!!そんな奴が自分と同じ人間であることが怖くてたまらねえんだ!!だから認めようとしねえ!!ただ言葉だけで拒絶をして、オレの存在を曖昧に誤魔化した!!それが『もぐら』だ!!『もぐら』を生み出したのはオレを認めようとしねえお前ら自身だ!!オレの存在を無視し続けてきたお前らの行いこそが、『もぐら』に恐怖し怯えるお前らの心こそが『もぐら』の正体だ!!オレが人間かだと!!?答えはノーだ!!だがオレを人間じゃねえ存在にまで昇華させたのは、紛れもなくお前らだ!!」
裁判が終わってクロが決まった。そのクロを待つのは、玉座で笑うモノクマによる残虐の限りを尽くしたおしおきという名の処刑。だってのに、屋良井はそんなことはどうでもいいという風に、声高に演説する。『もぐら』の正体が俺たちの心だと、『もぐら』を生み出したのは俺たち自身だと、屋良井はもう人間なんかじゃねえと。一体なんなんだこいつは。理解できない。できる気もしない。別次元の生き物のようで気味が悪い。この感情さえも、『もぐら』の一部だってのか。
「い、意味が分かりません・・・!理解不能です!身勝手過ぎます!あなたは一体・・・なんなのですか!?」
「お前らを恐怖させ、怯えさせ、悩ませ、常にどこかに潜む存在。消えない人間の悪意そのものだ」
「まるで妄想に取り憑かれた中学生のようですね。貴方のような人間の“才能”さえも評価した希望ヶ峰学園は、これが明るみになった時どのように責任をとるつもりなのでしょう」
「中二病上等ッ!!妄想上等ッ!!何とでも言え・・・お前らが拒絶すればするほど、否定すればするほど、お前らの中のオレという存在は強く、濃くなっていく!!オレを受け入れられずに拒絶すればオレはより鮮烈にお前らの中に息づき!!オレを受け入れることは人間の悪意に飲み込まれることを意味する!!オレを知っちまった以上、お前らはもうオレからは逃げられねえんだよ!!ひゃははははははははははははははははははッ!!!」
うるせえ、もう喋るな。早くここから消えてくれ。もうこれ以上お前の存在を俺たちに認知させるな。全てこいつの言う通りだ。俺の記憶から必死にこいつを消そうとしても、こいつに対する感情を潰そうと思っても、それをするほどにこいつは俺の頭の中で歪な笑い声をあげる。どれだけ藻掻いても、こいつの呪縛から逃れられない。そう実感させられる。
俺と同じような状態になってんのか、この裁判場で屋良井以外に頭を抱えてねえのはモノクマと望月だけだった。予想通りとはいえ望月はこんな時にも人間らしさの欠片もなく、純粋な疑問を親にぶつけるガキのように、屋良井に語りかけた。
「実に希有なケースだ。ここまで極端に社会性を逸脱した人間を、私は今まで見たことがない」
「へへへ・・・お前もブレねえなァ望月ィ。ここまでして一切調子崩さねえと、こっちの調子が崩れちまう。冷静なのはいいが、ノリが悪いと面白くねえぞ?」
「同調圧力に従う必要を感じないだけだ。それより、私はお前にも興味が湧いたぞ。屋良井照矢」
「あァん?」
目の前に判然と存在する具現化した人間の悪意、それに対して望月は臆するどころか興味を抱いてやがる。前から異常な奴だと思ってたし、同じようなこと言って俺をつけ回すのがうっとうしいと思ってた。なのにそんなことを今言ったら、まるで俺とこいつが同じだと言われてるようで、この上なく不快で、口からクソが出て来そうなくらい気持ち悪い。
「可能ならばじっくりと研究したいところだが、生憎お前に残された時間はもう僅かだ。この場でできるだけ詳細に話してはくれないか?お前が『もぐら』と呼ばれる存在になるに至った経緯を」
「はぁ?おいおい、流石に意味が分からねえぞ。なんだそりゃ。なんでオレの貴重な数分を、思い出話なんかに充てなきゃならねえんだ・・・ああ、いや。それも面白えかも知れねえな。どうせもう少ししたら話したくても話せなくなるんだしな。いいぜ、話してやる」
「感謝する」
屋良井とは違った形で、望月もこの後の処刑に対して淡白な見方しかしてないような物言いをする。どこまでも冷徹な言いぐさなのに、屋良井はそれすらも何とも思ってないように応対する。ずっとだ。さっきからずっと俺たちには理解できない。
複雑に絡み合う色々の感情、どれもこれも不快な感情なことに違いはねえが、その混濁した思考をぶった切るように、屋良井は俺たちに話す。聞きたくもねえこいつの過去の話を。
「そもそもオレが爆弾を作り始めたきっかけから話してやろう。あれはオレが中坊だった頃、まだ自分が『もぐら』になるどころか希望ヶ峰学園に入学することになるなんて思ってもなかった頃だ」
オレの通ってた中学は、その辺りじゃ有名な底辺校だった。中学だから生徒なんて地区で決まるってのに、たまたまそういう年だったのか、オレがいた頃は風紀なんて言葉も裸足で逃げ出すほど荒れてた。ケンカ、いじめ、不登校なんてのは可愛いもんだ。毎日のように教師と生徒の殴り合い、窓ガラスは割られるためにあって、凶器になるからって消火器やホウキも撤去されて、あるのは必要最低限の机と椅子だけ。酒も煙草も賭博もなんでもあり、無法地帯ってのァああいう場所のことを言うんだな。
そんな場所で、オレがどんな存在だったか分かるか?どんだけ辛い時間を過ごしてきたか分かるか!?あんなクソふざけたことが許されると思ってんのか!!?
オレがそこでいじめられてたと思った奴、お前は何も分かってねえ。
オレが不良共と同類だったと思った奴、あんな小物共とオレを一緒にすんじゃねえッ!
オレが勉強や部活で挫折したと思った奴、そんな甘っちょろいもんじゃねえんだよッ!!
そこに『オレ』という男は存在してなかった。『オレ』という人間はそこにいる誰にも認識されてなかった。不登校だったわけじゃねえ、無視されてたわけじゃねえ、“ただ認識されてなかった”んだ!何をしようと、何を言おうと、オレは極端に目立たなかった!!誰かがオレを認識できるのは出席確認の時くらいだ!!どういうことか分かるか!!
自分が存在するのかすら疑わしくなる感覚ッ!同じクラスの奴らと単なる知り合いにすらなれねえ孤独ッ!そんな生活が二年も続いた!!テメエらに分かるか!!何をしようと認められるどころか気付いてすらもらえねえ辛さが!!
オレはなんとかオレという存在を知らしめたかった!!気付いて欲しかった!!誰でもいい!!不良にパシられてる下っ端でも、入学直後から不登校の陰湿オタクでも、生徒にゴミを見るような目を向けるクズ教師でも、誰でもよかった!!オレのことを見て欲しかった!!なのに誰一人として!!オレを認めない!!気付かない!!だからオレは考えた!!オレに気付いてもらえるように!!どんなことをしてでも!!
「まあそっから紆余曲折あったが、なんやかんやで爆弾まで行き着いたってわけだ」
テメエの昔話を長々と力説してた屋良井は、いきなり面倒臭くなったのか話をぶった切って強制終了した。なんでそこからいきなり爆弾まで行き着くんだ。どんな思考回路だ。
「いきなり話が飛んだぞ!?爆弾など作らんでも手段は山ほどあったじゃろ!!」
「それでも気付かれねえからだろうが・・・そこまでオレを追い詰めたのは誰だ!!あの学校の奴らだろうが!!あいつらがもっと早くオレに気付いてればこんなことにはならなかった!!『もぐら』は生まれなかった!!けど今じゃ感謝してるぜェ、こんなに面白えことに気付かせてもらえたんだからなあ。今思えば、あれは運命だ。オレが『もぐら』になるための、この世界の綻びが気付かれるためのだッ!!」
「運命だと・・・!?」
口を開きゃ自分勝手なことしか言わねえ。何が追い詰められただ、何が運命だ。ふざけたことぬかすんじゃねえ。
「曽根崎。お前の言う通り、オレが最初に爆弾でぶっ壊したのは、あのサッカー部の部室だ。ちょろいもんだったぜ・・・なんせ誰もオレには気付きゃしねえんだからなァ!!一応爆弾は偽装しといたが、オレが部室に出入りしようが誰も気にしねえ!!そして爆破した後は思い通り、どこもかしこも何日も何日もこの話で持ちきりだった!!あんときゃたまんなかったぜ!!ようやくオレのしたことが認められたってなァ!!」
「ゆ、ゆがみきってますよぉ・・・そんなの、認められたんやありません!こわがられてるだけです!」
「それでもいい・・・あいつらは確実にオレを認識してた。屋良井照矢としてじゃなく、姿の見えない爆弾魔としてだったが、十分だ。なぜなら、そこでオレは確信したからだ!!オレの中の爆弾魔の“才能”を!!誰にも気付かれない程の影の薄さもッ!!簡単に爆弾を作り上げる器用さもッ!!全てはこのためにあったんだ!!オレは『もぐら』になるために生まれてきたんだってなァ!!」
もうこいつには何を言っても無駄だ。性格が、根性が、思考が、信念が、こいつを構成するありとあらゆるものがぐにゃぐにゃにひん曲がってやがる。矯正なんてしようとも思わないほどに捻れて、外れて、堕ちた存在、それがこいつだ。『もぐら』の正体は俺たちが想像してた以上だった。もはや善悪の概念すら、こいつにとってはどうでもいいんだ。
「そこからはおんなじ事の繰り返しよォ!!オレが“才能”を使えば使うほど、このふざけた世界をぶっ壊せばぶっ壊すほど、学校だけじゃねえ!!この世界全体がオレの存在を意識する!!どこへ行こうとオレはそこに存在する!!ひゃっはははははははははははははははははッ!!!オレはただ周りの奴らに気付かれるなんてレベルをとっくに超越してたッ!!!それができるだけの“才能”がオレにはあった!!クセになるぜェ、まるでこの世の全てを支配したような・・・快感!!圧倒的快感ッ!!」
「クソッ・・・なんなんだよこいつは!!意味わかんなすぎるぞ!!イカレきってやがる!!」
「そう思うのはお前らとオレの次元が違うからだ・・・!地面を這いつくばるしかねえアリは、地中に蠢くもぐらにゃ気付けねえ!!苦心の末に造った巣も、時間をかけて築いた塚も!!もぐらは簡単にぶち壊す!!この『もぐら』様にとって、テメエらは所詮アリなんだよォッ!!」
「・・・なるほどな」
反吐も出ねえ。こいつに関するあらゆる思考を脳みそが拒否する。一瞥すらこいつにはくれてやらねえ。それほどまでに嫌悪されるべき存在なのに、望月だけは冷静に言葉を返した。今までの長広舌に対しては簡潔過ぎるほど、短い言葉で。
「つまりは、目立たないことから生じたアイデンティティの危機への反動からくる極端な自己顕示欲、それに社会に対する認知不満が発達した破壊衝動が加わった情動。それが『もぐら』の正体だったということか」
「んん〜?」
「定義付けは完了した。ではもう一つ訊きたい。なぜお前は殺人を起こした?この合宿場から脱出して、何を外界に求めていた?」
「・・・けっ、その態度が気に入らねえ。なぜオレにビビらねえ?なぜオレを恐れねえ?なぜオレに絶望しねえ!!」
「私の知的好奇心が、他のいかなる感情よりも優先されるからだろう」
極めて無感情に望月は答えた。そりゃそうだ。望月に人間の感情なんかありゃしねえ、あったらこんな風に会話することだってできねえはずだ。だから『もぐら』の正体が分かったところで、どんだけ圧倒的な悪意を見せつけたところで、望月には何にも意味がねえんだ。
「くくくっ・・・クソムカつく奴だなァ・・・!なぜ殺したかって?テメエは今まで踏み潰したアリの数を覚えてんのかァ?」
「?」
「オレにとって誰かが死ぬなんてのはその程度のことなんだよ!!たまたま同じ場所にいたただのアリが死ぬことと!!オレがこの世から忘れ去られることと!!どっちが重要だ!!?忘れられることの方に決まってんだろォが!!」
「わ、わすれるって・・・忘れられるわけがないじゃないか・・・!『もぐら』は史上最悪のテロリストだよ・・・!?もう何人も、何千人も、何十万人もの人が犠牲になってるんだ!忘れるわけがないよ!!」
「忘れんだよ・・・・・・忘れてんだよ・・・忘れちまってんだよ!!この退屈な三年間で、テメエらはきれいさっぱり忘れちまったんだよッ!!だからあそこには何一つ!!オレが出て来ねえ!!『もぐら』の『も』の字さえ!!どこにも!!」
そこでようやく繋がった。なぜ屋良井が古部来を殺し、滝山を利用してまでここから出ようとしたのかが。『もぐら』の正体と、モノクマが動機として渡したあの雑誌の繋がりが。確かにあそこに『もぐら』なんてのは見当たらなかった。屋良井はそれを読んだはずだ。そして知ったんだ、『もぐら』がもう過去の存在になってるってことに。
「三年ッ!たった三年で世界はオレの存在を忘れやがった!!ようやくオレが見出した輝ける場所を見失ったッ!!オレのたった一つの居場所を掻き消したッ!!そんなこと許されねえ!!このオレが許さねえ!!だからオレはもう一度・・・世界に知らしめてやるんだッ!!『もぐら』はまだ生きてると!!忘れることなんて許さねえと!!」
あの雑誌の中に『もぐら』は出てこなかった。こいつにとっては快楽と愉悦と存在の象徴である『もぐら』は、もうそこに生きてなかった。それはこいつにとってまさに死活問題だったはずだ。こいつが部室を爆破してから今日まで築き上げてきた悪名の全てが消滅して、元の場所に引きずり下ろされるってことだったはずだ。だからここまで必死になったんだ。
「その予定だったんだが・・・どうやら変更しなきゃいけねえみてえだな。あ〜あ、やっぱりむつ浜と曽根崎も確実に殺しとくんだったぜ。あの猿野郎、最後の最後でチキりやがって。おかげで外に出てからのオレの計画も丸ごとパァだぜ」
それが打ち砕かれた、跡形もなく。それだけじゃねえ。こいつの命さえももうすぐ消える。それなのに屋良井は、涼しい顔でため息なんか吐いてる。
「だがまァ、こういうのもいいかもな」
「はっ・・・?」
「外の世界の奴らには忘れられたが・・・ここにいるお前らは確実にオレのことを覚えてる。忘れたくても忘れられねえほど強烈に!くくく・・・これならオレがいなくなっても、『もぐら』は安泰だ」
「な、何を言うとるんじゃ!『もぐら』はお前さんじゃろう!お前さんが死んだらもう『もぐら』は終わりじゃ!!」
急に熱が冷めたと思ったら、それでもまだ意味不明だ。『もぐら』である屋良井が死んだら、『もぐら』はもうこれ以上何もすることはできねえ。なのに屋良井はどこか満足げな表情をしてた。悟ったというより、わがままが叶って喜んでるガキのような感じだ。
「言っただろ?『もぐら』はお前らの心の中にいる、人間の悪意の象徴だって。お前らの記憶の中に『もぐら』は刻まれた。絶対に消えねえほど色濃くな。お前らがオレを忘れない限り、オレを嫌い憎み続ける限り、『もぐら』は死なねェ。人の悪意が消えなければ、『もぐら』はまたいつだって現れる」
「・・・」
もう屋良井の言葉に反応する奴は誰一人いなかった。屋良井の、全て出尽くした後の搾りカスみてえな笑いだけ、静かに響いてた。その静けさが意味することはあまりに多い。
圧倒的な悪意を見せつけられたことへの拒絶、最後までこいつに翻弄され続けた俺たちの敗北、そして屋良井の最期の瞬間だ。
「はい!もう話は終わったかな?いやー、毎回のことだけど、投票が終わった後のこの時間って、全てを見てたボクにとっては暇でしかないんだよね。お預け食らわされて参っちゃうよ!」
「もう十分だ。我々から言うことは何もない」
「ひゃははっ!いいぜ、派手におっぱじめようじゃねェか!今回はどんな仕掛けを用意したんだ?」
「こ、こらこら!ボクの台詞を全部持ってく気!?こんにゃろー!そうは問屋がオロナ〇ンだぞ!どっちか分からないんだぞ!」
「意味わかんねーよ」
処刑執行人と処刑される罪人。本来なら決してこんな軽快な会話なんてする関係じゃない。それがされているこの空間に、今という時間に現実味がなくて、足場が崩れるような感覚さえ覚える。
「えー、ではでは!」
これから起きることが楽しみだと言わんばかりに笑うモノクマが咳払いして、目の前のボタンにハンマーを振りかぶる。屋良井はそれに黒い笑顔で応える。
「今回は!“超高校級の爆弾魔”屋良井照矢くんのために!!スペシャルな!!おしおきを!!用意しました!!」
「おう!ありがとよ!ああ、それから・・・」
徹底的に歪んだそいつは、とっくに人間をやめていた。
「お前ら!!一生忘れるんじゃねえぞ!!このオレを!!『もぐら』を!!」
最期の最期まで、そいつは狂ってた。
「オレが存在した意味を伝えろ!!生き延びて!!ここを出て!!絶対にだ!!」
その言葉はいつの間にか、俺たちへの激励に変わっていた。
「では、張り切っていきましょーーーーーーぅ!!
「愛してるぜアリ共ォッ!!!せいぜい長生きしなァッ!!!ひゃっはははははははははははははははッ!!!!」
「おしおきターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイムッ!!」
モノクマがボタンを叩くと同時に飛び出した鎖が屋良井に絡みつく。恐怖を、悲痛を、憎悪を、悔恨を、慟哭を、絶望を。人間の暗い感情を飲み込み続けてきたきたその口に、新たに歓喜が混ざって消えた。
【GAME OVER】
ヤライくんがクロにきまりました。
おしおきをかいしします。
高い、高い、見上げるほどに高い塔。それは全部で十層に分かれていて、それぞれ色が違う。一番下が「10」、その上が「9」、上にいくにつれて一つずつ数字が減っていく。「1」の上に突き出した塔の中心を貫く柱には、屋良井照矢が縛り付けられながら笑顔を浮かべている。それはまるで、巨大なだるま落としだった。
ふと屋良井は下に目を遣る。「10」の層から延びた線を辿る。その先に待っていたのは、白衣と眼鏡と付け髭で着飾ったモノクマだ。線はモノクマが持つ赤いボタンがついた装置に繋がっている。モノクマがゴホン、と咳払いした。
《天罰へのカウントダウン》
モノクマが赤いボタンを押す。その瞬間、火花が走りだした。細い線に沿ってあっという間に塔の足元に辿り着く。
「ッ!!」
突然の爆音。そして浮遊感に続く、下から突き上げる衝撃。弾け飛んだ「10」の層が欠片となって散る。もう一度同じ爆音と浮遊感、衝撃。「9」の層は影も形もない。なるほど、と屋良井は思った。
「8」が木っ端微塵に吹き飛ぶ。屋良井は大きくため息を吐いた。
「7」が轟音と共に消え去る。音がさっきより近付いてきた。
「6」が跡形も無く弾ける。空気の焦げるにおいがした。
「5」が激しく炸裂する。弾けた破片が頬を掠めた。
「4」が粉々に砕ける。間近に死が迫ってきた。
「3」が塵埃と化す。屋良井は目を閉じた。
次の「2」は爆発しなかった。火花はそこで激しい炎に姿を変えた。その勢いは凄まじく、低くなった塔を発射させるには十分だった。
「ッ!!?んぐっ!!?ぐあああああああああああああああああああああああああああっ!!!?」
生身の屋良井を載せて、残り一層になった塔は空へ昇る。上昇の反動が屋良井の体を引き裂こうとのしかかる。皮膚と空気の間で燃えるような熱が生まれ屋良井を苛む。やがて薄くなる空気が屋良井に呼吸を止めさせる。木を超え、山を越え、雲を超え、屋良井を載せて塔は昇る。最後の「1」の層が更に火を噴いて勢いを増す。
「・・・!」
気付くと屋良井の眼前にはまばゆく輝く球があった。暗黒の空間を照らし出すように息づく神秘の光。その光を直接浴びた屋良井は、小さく口端を上げた。
一切の音もなくロケットは爆発した。夜空の片隅で一瞬の閃光が儚く消えた。
「へっ、きたねえ花火だ。うぷぷぷぷぷ!」
昇っていった先で、屋良井を載せたロケットは一瞬だけ光った。それが何を意味するかは全員が理解できた。“超高校級の爆弾魔”は死んだ。刑死なんて大仰な死に方は、あいつにとっては本望だったかも知れない。最後にあいつが感じたのは恐怖なんかじゃなく、悦びだったかも知れない。
けどだから何だって言うんだ。俺たちが何を得たっていうんだ。俺たちはただ失っただけだ。三人も。短いながらもここで共同生活をしてきた奴らを。
「胸くそわりぃ・・・」
前の二回の時に感じた爽快感はなかった。それが屋良井が特殊だったせいか、それとも俺自身の心境の変化のせいか。それは分からない。だけど俺はようやく、他の奴らと同じことを考えるに至った。
もうこんなことは繰り返させねえ。こんな気分の悪いこと、もう二度とゴメンだ。
「うぷぷ!まあでも、前の二人よりはマシだったんじゃない?屋良井くんはここから出ようと思ってコロシアイをしたんだからさ!」
「人殺しにマシもなにもない」
「そうかなあ?友情パワーで覚醒してぶっ殺すとか、希望の象徴である“才能”に押し潰されて絶望とか、そんなんよりよっぽど素直でよかったと思うけど?まあいいや!ボクが求めてるのはもっともっと大きな絶望だからね!『もぐら』なんて小物はハナからどうでもいいの!」
「『もぐら』が小物?・・・貴方は一体、何者なのですか?」
「うぷぷぷ!そうだなァ、まあ三回も学級裁判を勝ち抜いてきたわけだし、特別に少しだけ教えてあげちゃおっかなあ!」
そんな俺の気持ちを嘲笑うかのように、モノクマは相変わらず悪趣味でクソみてえなことを言う。こいつにとってクロは嘲笑の対象、被害者はそんな奴らのために無駄死にした敗者。『もぐら』もある意味人智を越えた存在だったが、こいつだって同じだ。
こいつの正体がなんであれ、こいつは俺たちにとって排除すべき敵だ。それ以外の何者でもない。
「言ったよね?ボクはオマエラに絶望してほしいって!オマエラの絶望に打ち拉がれたところを見たいって!」
「そんなこと言われなくても覚えてるよ」
「だけどね、ボクが求めてるのは単なる絶望なんかじゃない。ボクはただの絶望フェチなんかとはわけが違うんだ」
「・・・?意味がよく分かりませんが」
何が絶望だ。大袈裟な言い回ししやがって。俺たちを拉致監禁してコロシアイをさせて喜んでるような変態野郎の正体なんざ、どうせろくでもねえに決まってる。人が死ぬのを見てけらけら笑ってるような、外道すらまともに見えるほどのクズなんだろ。
心の中で散々毒づいてモノクマを睨んだ。だが次にモノクマが発した言葉は、思わず聞き直しちまいそうなほど予想を外れていた。
「憎悪の絶望、重圧の絶望、孤独の絶望、死の絶望。オマエラがそういう絶望を味わった先にある、大いなる希望こそが、ボクの求めるものなんだ」
「・・・は?」
「絶望は手段であって目的ではない。ボクの目的は希望なんだ。ドゥーユーアンダスタン?」
「アンダスタン・・・って分かるわけないよ!何それ!?」
「うぷぷぷぷぷ!そんじゃまた、そういうことで!また明日ぁ〜〜〜!」
意味不明な言葉を残して、モノクマは消えた。いつものように俺たちに混乱だけを与えて。残された俺たちには生き延びたことを喜ぶ暇さえない。安堵することさえ許されない。
絶望は手段であって目的ではない?あいつが求めてるのは俺たちの希望?なんだそりゃ?どういうことだ?あいつは俺たちの苦しむ様を見て面白がってるってだけじゃねえのか?俺たちにまだ何か、求めるものがあるってことか?
今ここで黒幕なんかについて考えたってしょうがない。黒幕は『もぐら』じゃなかった。俺たちが掴んだと思っていた手掛かりは全くの別物だった。無力感とも疲労感ともつかない沈んだ心持ちのまま、俺たちの足は自然とエレベーターに向いていた。
時刻は既に丑の刻をまわり、エレベーターを降りた晴柳院が大急ぎで部屋に戻ったのを皮切りに、私以外の七人も各自の部屋に戻った。思えば今日はパーティーの準備から今の今まで忙しなかった。心身の疲労がたまった上に極度の緊張に晒されていたのだ。解放と同時に訪れた睡魔は強烈だろう。
「・・・」
私の足は自然と、自室を過ぎて斜向かいの部屋の前に向いていた。ドアにかけられた質素な姿絵とカタカナ表記のプレートが、その部屋の主を示している。もうこの世にいない主を。
「当たってしまったな・・・あの時の言葉が」
もう遠い昔に思える。初めての学級裁判を終えた翌朝、私が言った言葉。自分の言葉なのにひどく残酷に思えて、現実となったことが信じられなかった。まったく、やはり私には予言者などという肩書きは似合わんようだ。予言が当たることを拒む予言者がどこにいるか。
「結局私はお前に勝つことはできなかったな。お前は己の弱さを知っていたから。理屈よりも大切なものを知っていたから・・・。お前が死んでそれに気付くとは、情けない」
確かにお前は問題児だった。集団行動ができない、頑固で我が強い、刺々しくて協調性の欠片もない。いつもいつも身勝手に私を困らせて、最後に遺したのはこんなやるせなさだ。我ながらこんな自分が滑稽だ。だが、それでも・・・。
「感謝する。お前と過ごせた数日間を。お前に出会えたことを」
もはや涙も出尽くした。私はもう泣かん。お前が見せた傲岸に倣って。私はもう折れん。お前の教えてくれた頑固に誓って。必ずここから生きて帰る。お前と、お前たちが命を懸けた未来を生きる。
「さらばだ、古部来」
ようやく私は、また歩きだせそうだ。
『コロシアイ合宿生活』
生き残り人数:残り9人
清水翔 六浜童琉 晴柳院命 明尾奈美
望月藍 【石川彼方】 曽根崎弥一郎 笹戸優真
【有栖川薔薇】 穂谷円加 【飯出条治】 【古部来竜馬】
【屋良井照矢】 鳥木平助 【滝山大王】【アンジェリーナ】
第三章おわりー!!こんなにたくさんパロディ打っ込んだのは初めてです!荒木飛呂彦先生に感謝ッ!
パロディは読んでても書いてても楽しくなる魔法の技術ですね。幾つ見つけられるかな?