ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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学級裁判編3

 イエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイッ!!!オマエラ、元気してる!!?ボク?ボクは今日もMAXパワー張り切りテンションぶっちぎりだぜェィエイ!!!テンション高すぎ?そりゃそうだよ!!!無理矢理にテンション上げてんだもん!!!もうこんなんやってらんないぜ!!!飲まなきゃやってらんねえよ!!!無理にでもテンション上げないと、こんな長すぎてダルい展開について行けないよ!!!

 

 今回の被害者は古部来竜馬くん!“超高校級の棋士”だったんだけど無駄に偏屈で独りよがりで集団行動ができないゆとりのオマエラそのまんまみたいな奴だったけど、なんか急に角が取れてみんなの前で謝ったりとかしちゃうキャラブレブレマンでした!みんなで楽しくパーティーなんかしてたら、突如発生した煙に紛れて殺害される!!曇る湖畔に迸る光は何を示すか!!まあ爆殺って答えがもう出てるんだけどね!!

 そしてその学級裁判中に起きた第二の殺人!!被害者は“超高校級の野生児”こと滝山大王くん!生前はデカい図体のくせに子供みたいなことばっかり言って、わけの分からないことになってる子だったね!!裁判中にわけの分からないことを口走ったかと思ったら、突然大量のゲボをぶちまけて死んだはた迷惑野郎!!誰が掃除すると思ってんだ!!

 

 一体何がどうなってるの!?裁判の行く先は!ここからまた被害者は出るのか!!姿の見えないクロに対し、シロのみんなはどう戦うのか!!そしていつ終わるのか!!長いよ!!ボクの粗筋も長い!!時代はスピードなんだよ!!だからさっさと行きましょう!!学級裁判、後編スタートだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六浜の言葉によって、一度はばらばらになりかけた裁判場の足並みが整い、思考がある程度整理された。だが、次に何を考えればいいのかは分からねえ。こういう時に俺たちに議題を提示するのが議長の仕事だ、全員が六浜の次の言葉に耳を傾ける。

 

 「ここまで明らかにしてきたことはどれも、滝山が実行したことばかりだ」

 「だからややこしいんだよね。滝山クンは共犯者なのに、ほとんどの仕事をしてる。だから真犯人の動きが見えて来なくて、正体が掴めない」

 「その通りだ。だが問題を解決するにあたって最も困難なのは、問題を明らかにすることだ。ところが今は問題が分かっている。真犯人の動きが分からないために真相が分からない、ならば真犯人の行動を整理すればいい。それだけのことだ」

 「し、真犯人の動き言うても・・・その手掛かりもないやないですかぁ・・・」

 「いや。間違いなく、一つある」

 

 今のところ、事件に関係して分かったのは滝山に関することばかりだ。古部来を煙の中で特定した方法、その下準備としてドリアンジュースを手渡したこと、曽根崎と六浜をボトルで襲ったこと。犯人の手掛かりになりそうなことは全部、真犯人は手を下さず滝山にさせた。かなり狡猾だと言っていい。

 だがそうやって姿を見せない真犯人でも、全く何もしなかったわけじゃねえ。むしろこの事件の核となる部分は、真犯人以外にやる奴なんかいねえ。

 

 「共犯者である滝山が殺された。古部来を殺した犯人を突き止める学級裁判中にだ。これが偶然とは考えられない。おそらく滝山は、真犯人に殺されたのだ」

 「敢えて明言する必要もありませんね。口封じのつもりなのでしょう」

 「口封じねぇ・・・まあその辺は追々明らかにしていけばいいか」

 

 相変わらず穂谷は余計なことを言って、曽根崎は意味深な言葉を付け足す。こいつらの発言をいちいち気にしてたら毛根が幾つあっても足りねえ。いっそストレスでこの癖毛の部分だけでも死なねえか。

 んなことはともかく、真犯人が最低限やらなきゃならなかったことは、犯行計画を企てて古部来に直接手を下すことと、滝山を殺すことだ。前者はほとんど滝山の行動がブラインドになってほとんど手掛かりが見当たらねえ。だけど滝山の死に関しては、間違いなく真犯人が深く関わってるはずだ。

 

 「っつうことは、滝山の死を詳しく見てけば犯人が分かるってことか?はあ・・・地味だなァ」

 「地味ではあるが確実な方法だ。滝山の死についてしっかり議論していこう」

 

 止まっていた裁判が再び回りだす。目まぐるしく巡る言葉の中に潜んだ矛盾を、手掛かりを、綻びを見つけ出す。捜査で得た手掛かりや証拠を思い返し、見えない標的に狙いを定めた。

 

 

 【議論開始】

 

 「滝山の死について整理しよう。そこに真犯人の手掛かりがあるはずだ」

 「取りあえず、滝山の“死因は毒死”ってことでいいよな」

 「ありゃあ悲惨なもんじゃったのう・・・じゃが死因が分かったところで、そこからどう犯人を探るんじゃ?」

 「毒死であるならば、何らかの方法で体内に毒物を摂取したはずだ。その毒の出所として何が考えられるだろうか」

 「も、もともと“犯人が持ち込んだ”とか・・・?」

 「それは違えぞッ!」

 

 

 

 

 

 「最初っから毒持ってる奴なんかいるわけねえだろ。合宿場のどっかから持ってきたに違いねえ」

 「や、やっぱりそうですよねぇ・・・ごめんなさぃ」

 「毒物が合宿場内に放置されているのか?モノクマの危機管理能力が不十分であると言わざるを得ないな」

 「さらっとディスられたよ!不十分じゃないよ!ボクはオマエラに健全なコロシアイをしてもらうために設備を整えてるんじゃないか!」

 「倉庫にあれだけの危険物を放置する時点で、健全も何もあったものではありませんが」

 

 ありもしねえことを言うならせめてもっと自信持って言え。自信もクソもなくあり得ねえことで議論の邪魔するなチビ。あの滝山の死に方で死因が分からねえ馬鹿はいねえが、凶器になった毒がどこにあったのかが分からねえ奴はいてもおかしくねえか。だがほとんどの奴は当たりがついてるはずだ。

 

 「毒なら、医務室にいくつも並んでいた。誰でも持ち出すことができたはずだ」

 「い、医務室に!?消毒液やかゆみ止めばかりではなかったのか!」

 「棚は仕切られていたが、注意しなければ事故もあったかも知れんな。まったく、杜撰な管理だ」

 「じゃあよ、医務室からこそこそ出て来た奴を見たとか、医務室で怪しげなことしてる奴を見たとか、誰かねえのか?」

 

 医務室から無くなってた毒のビン。あそこにあったもんが、滝山の殺害に使われたもので間違いねえはずだ。それを持ってった奴が真犯人だ。けど、医務室なんてそれこそカギもかかってねえし、滝山並の知能でも持ち出せただろう。そして医務室に出入りしてた奴っつったら、あいつしかいねえ。

 

 「・・・おい穂谷」

 「はい、なんですか?」

 「なんですかじゃねえよ。何か知ってるんじゃねえのか。医務室に入り浸ってたお前ならよ」

 「・・・後ほど、口の利き方を躾ける必要がありますね」

 「ほ、穂谷さん・・・どうか堪えてください」

 

 無感情な笑みで当たり前のように言われると、少しだけぞっとする。裁判が終わった後は鳥木が止めてる間に逃げる必要がありそうだな。

 

 「清水君にはお話しましたが、確かに医務室からは毒のビンがなくなっていました。どのような毒かは分かりかねますが、間違いないでしょう」

 「そんなこと話してたの!?清水クンなんでボクらが医務室に行った時に教えてくれなかったのさ!」

 「いや、言ってたぞ」

 「お前が余計なことを言って肩を外されて聞いてなかったのだろう」

 「僕らの知らない内に医務室で何があったの!?」

 「補足ですが、その毒が持ち出されたのはパーティーの準備中でしょう。その前までは確かにありました」

 

 ちょっと突いてみたが、穂谷の証言は捜査中に聞いたのと全く同じだった。ここから新しい情報は得られねえか。取りあえず、犯人はパーティーの準備中に毒を持ち出して、どうにかして滝山に飲ませたってことだな。

 

 「じゃあ、その準備中に医務室に行った奴が犯人だ!穂谷!誰か来たか!?」

 「そうですね。みなさんはお風邪を召されないようなので、あそこを利用するのは私ばかりでした。ですが・・・」

 

 いちいち人を馬鹿にする言葉を挟みながら、穂谷は思い出したように右を見た。敢えて目を合わせないようにしてたそいつは、名指しされたことで軽く飛び上がった。誤魔化せてると思ってんのか、下手くそに口笛を吹いて知らんぷりをしてる。

 

 「明尾さん」

 「・・・ヒュ〜ヒュ〜♫あ〜、今日も発掘日和じゃな〜」

 「パーティーの準備中、貴女は医務室に来ましたよね?指にトゲが刺さったとかで・・・」

 「ト、トゲ?なんのことじゃ?そんなもの五円玉でもあれば医務室に行かんでも」

 「貨幣の類も全て没収されていたはずだが」

 「明尾、正直に言え。医務室に行ったのか、行ってないのか」

 「はい、行きました」

 「あ、白状した」

 

 誤魔化せてねえ誤魔化しに苛つきながらも、六浜が一言で白状させた。パーティーの準備中はほとんどの奴らが手分けして作業してたから、一人で医務室にいることなんてほぼなかったはずだ。そんな中で明尾が医務室に行ったなんて情報は、かなり重みを持って聞こえた。

 

 「じゃ、じゃが行ってトゲを抜いただけじゃ!あ、血も少し出たから絆創膏も貼ったぞ!しかし薬品棚など触っとらん!本当じゃ!信じとくれ!」

 「そうやって必死になるほど怪しいよ・・・」

 「落ち着け明尾。冷静に話せば自然と真実は見えてくる。お前が医務室に行ってからのことを、ゆっくりでいいから話してみろ」

 「ぬう・・・ちょいと待て。老体に記憶を辿らせるのはしんどいのじゃぞ・・・」

 「もうつっこまなくていいよな」

 

 マジで高校生なのかこいつ、ってもう飽き飽きするくらい言ってるからもういいか。明尾は両人差し指をこめかみに当てて、むむむと言いながら記憶を巻き戻す。この芝居がかった仕草で本当に思い出せんのか、と呆れながら見てたら、いきなりぐわっと目を開いて大声を出した。

 

 「よォし!!思い出したぞ!!」

 「ひゃああっ!!そ、そんなおっきい声出さんでも分かりますよお・・・!」

 「ベニヤ板を発掘場に運ぶ時に指にトゲが刺さってしまっての、医務室に刺抜きを探しに行ったら穂谷がおったんじゃ。そこでしばらくトゲと格闘しておったら、穂谷はわしより先に出て行ってしまったのう。資料館に行くなど言うておったはずじゃ。その後はしばらく一人でおったが・・・棘が抜けて絆創膏を貼って、そのままパーティーまでやることもなかったから、部屋に戻って化石を磨いておったの」

 「なるほど。となると、穂谷と明尾以外に医務室に行った者はいない・・・或いは誰にも気付かれずに出入りした、ということか」

 「ですが、私が出て行く時にはその毒のビンはあったはずです。明尾さんが犯人でないとなると、そこから手掛かりは得られそうにありませんね」

 

 そう言われると、明尾が犯人なんじゃねえかと思えてくる。だがわざわざ理由を付けて医務室に行って穂谷に目撃されて、そんな怪しい状況で毒なんか持ち出すか?誤魔化し方も下手くそだし、明尾が犯人だとしたら間抜けすぎて逆に見えて来ない。それに、証拠もなく決めつけるのは危険だ。

 

 「毒を持ち出したところからはあまり分かりそうにないね。まあ、あんなに周到な犯人がこんなところでボロを出すわけないか」

 「そうか・・・」

 

 

 

 

 

 今のままじゃ、他のことと同じように滝山に持ち出させた可能性も考えられるし、あんましここを考え続けても有力な手掛かりを得られなさそうだな。他の線から探っていかねえと、このずる賢い犯人までは辿り着けなさそうだ。足踏みする俺らに、白い手が挙げられた。

 

 「あの、お話が途切れたようなので、質問をしてもよろしいでしょうか?」

 「鳥木クンが質問なんて珍しいね。なになに?」

 「滝山君は医務室にあった毒で殺害されたとのことですが、そうなると彼はいつ毒を摂取したのでしょうか。詳しくは存じませんが、ドラマなどで見る毒殺はかなり即効性のあるものばかりなので、死の直前と考えると些か犯人は絞られるのではないかと」

 「ああ・・・そうですねぇ。滝山さんはいつの間に毒なんか飲まはったんでしょう・・・」

 

 そういやそうだな。毒なんかよく知らねえが、普通飲んですぐ死ぬようなもんなんじゃねえのか?なのに滝山は突然血を吐いたりして死んだ。あいつは一体いつの間に毒なんか飲んでたんだ。

 

 「あっ」

 

 頭に電流が走るってのはこういう時のことを言うんだろう。マジで瞬間的に閃いたことが、一気に頭の中を支配して、それ以外の考えを全て追い出した。滝山はいつ毒を飲んだか、その答えの瞬間を、俺は見ていた。

 

 「そう言えば裁判直前のエレベーター前に集まった時、滝山の奴が何か飲んでるのを見たぞ」

 「えっ!?そ、そうなの清水くん!?」

 「絶対だ。何を飲んでるかまでは分からなかったが、小さいビンをラッパ飲みしてたってのだけ覚えてる。きっと滝山はあの時に毒を飲んだんだ」

 

 裁判前の滝山が何かをラッパ飲みしてる光景、あれがただ喉が渇いたから何かを飲んでるだなんてどう考えてもあり得ねえ。きっとあの時、滝山は毒を飲んだんだ。それなら裁判中に死んだのも、時間的に辻褄も合うだろう。だが、そんな俺の推理にまたケチを付けてきた。

 

 「で、でも・・・それって、滝山さんが自分から毒を飲まはったってことですか・・・?」

 「あ?当たり前だろ」

 「その、それだと・・・た、たた、滝山さんは誰かに殺されたんやなくて・・・・・・じ、自殺ってことになるんとちゃいますか・・・?」

 「・・・あ?」

 

 晴柳院の指摘で、なんとなくその場の空気が凍り付いた気がした。このクソチビ、空気読んで物を言えや。滝山が自殺なわけねえ。あいつの死に際の言葉が何よりもそれを表してた。

 

 「滝山は最期に『しにたくねえ』っつってただろ。自殺する奴がそんなこと言うわけねえだろ。だいたい、あいつに自殺なんかする理由がねえ」

 「い、いや・・・でも滝山くんは、捜査中ずっと落ち込んでたんだよね・・・?だったら・・・責任を感じて・・・」

 「それでも辻褄が合わん。滝山が自らの意思で自殺を選んだということは考えられん」

 「そらみろ」

 「だがな清水、お前の推理もまた間違いだろう。滝山が毒を飲んだのは、更に前のはずだ」

 「は、はあ?」

 

 しっかり俺の考えを理解してるかと思いきや、六浜まで妙なことを言いだした。なんなんだこいつら。人の言うことにいちいち文句付けてきやがって。反論するのが趣味かボケ。何考えてるか知らねえが、テメエらの中身のねえ馬鹿げた反論なんか、木っ端微塵に吹き飛ばしてやる。

 

 

 【議論開始】

 

 「滝山が毒を飲んだのは裁判の直前だ!俺がこの目ではっきり見たんだ!文句なんか言わせねえぞ!」

 「文句ではない。お前の推理は間違っている」

 「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ、だったら他にいつ滝山は毒を飲んだっつうんだ!エレベーター前で飲んでた“あのビンに毒が入ってた”に決まってんだろ!」

 「見誤るなッ!」

 

 

 

 

 

 「落ち着いて、冷静に考えろ清水。お前が見た滝山は、そのビンの中身を飲んだ後にどうした?」

 「どうしたって、そのままエレベーターに乗ったに決まってんだろ。あいつは少なくとも裁判中までは生きてたんだ」

 「だとしたら、そのビンも滝山によって裁判場まで持ち込まれていることになるな」

 「・・・それがなんだよ」

 「清水クンってば忘れたの?ボクとキミと笹戸クンとむつ浜サンで捜査したじゃん。滝山クンの死体をさ」

 

 忘れるわけねえだろ、そんな大事なこと。ゲロの中にいた滝山にはあんまり触れなかったが、あの時あいつのポケットにその小ビンが入ってたはずだ。

 

 「馬鹿にすんじゃねえ、覚えてるに決まってんだろ。そんで、あの時あいつのポケットから出て来た小ビンがあっただろ」

 「これのことか」

 

 俺の言葉尻をとらえて、六浜が証拠品のビンを取り出した。片手で包み込めるくらいの大きさで、いかにもヤバい毒の名前が書かれたビン。これがあいつを殺した毒の入ってたビンで間違いねえ。

 

 「お前はここに入っていた毒で、滝山が殺されたと言うのだな」

 「ああ。直前に滝山がそれを飲んでたし、そのラベルに書かれてんのも毒で間違いねえだろ。どうだ、どこに疑う余地があるってんだよ」

 「残念だがな清水、ここに入っていたのは毒などではない。ただの水だ」

 「・・・は?」

 「清水クン、やっぱり忘れてたんだね・・・」

 

 六浜は至って冷静に、諭すように俺に言った。少しムカついたが、曽根崎が呆れたように言う方がもっとムカついた。関係ねえ奴は黙ってろカエル野郎。

 んなことより、毒のラベルが貼られたビンの中に入ってたのが毒じゃねえってのはどういうことだ。モノクマが偽のラベルを貼ったってことか?

 

 「なぜかは分からんが、滝山のポケットに入っていたビンには微量の水道水が残っていた。ラベルに書かれた毒は非常に強力な遅効性の毒だが、我々が捜査した時点でのビンの中身に殺傷力は皆無だった」

 「・・・つまり、裁判直前に滝山大王が飲んでいた液体も、ただの水道水ということになるな」

 「な、なんだそりゃ・・・なんであいつは水道水なんか飲んだんだ?っつうか、毒のラベルが貼られてるもんを飲むって、どういうことなんだよ?」

 「滝山クンはきっとそれが水道水だなんて思ってなかったはずだよ。分かってたら飲む意味ないもん」

 「それもまた、犯人に騙されていたのでは?しかし、毒を飲ませるのならともかく、ただのお水を騙してまで飲ませるなんて、一体何の意味があるのでしょう?」

 

 医務室からなくなった毒のビン。それは死んだ滝山のポケットから見つかった。だがその中に入ってたのは、毒性もなにもないただの水。意味が分からねえ。だったら、元々入ってた毒は一体どこに行ったんだ?滝山が死んだ毒は、いつあいつの体内に忍び込んだんだ?

 

 「一度、情報を整理しよう。犯人は医務室からこの毒のビンを持ち出してこれを滝山に飲ませた。その過程のどこかで、ビンの中身は毒から水道水に入れ替わった」

 「裁判前に滝山クンは、これを飲んでたわけだ。どういう風に思ってたかは分からないけど、中身は毒でも水でもない別の何かだと思ってたはずだよね」

 「更に言えば、滝山大王がそのビンに入っていた毒を摂取したのはそれよりも前であると考えられる。パーティーの準備中にビンが持ち出されてから、捜査の終了するアナウンスまでだ」

 

 情報を整理しようって、全然整理できねえよ。考えることが多すぎる。結局滝山が毒を飲んだのはいつなんだ?なんで毒を使った後に、犯人はビンの中に水道水を入れて滝山に渡したんだ?分からねえ、他に何かねえのか。何か手掛かりは。

 

 

 【議論開始】

 

 「ぬううっ!!あまりに複雑でわしゃもう頭がパンクしそうじゃ!!」

 「焦ってはいかん。落ち着いて、一度に全てを考えようとするな。まずは、滝山はいつ毒を盛られたか、を明らかにするんだ」

 「滝山大王が毒を飲んだのは、“パーティーの準備中から捜査終了の間のどこか”。その間はいつでも可能性はある」

 「広いね。もうちょっと狭められないかな?」

 「大まかに分けると、パーティー中か捜査中かのどちらかになりますね。言い方を変えれば、“古部来君の殺害前”か、“古部来君の殺害後”か・・・」

 「そ、そうだと思う!」

 

 

 

 

 

 「きっと・・・毒が使われたのは古部来くんが殺されるより前だったと思う・・・」

 

 何かを閃いたらしい笹戸が言った。どことなく自信なさげなのはこいつの性分なんだろうが、毒が使われたタイミングの証拠なんてあったか?

 

 「なぜそう思うか、聞かせてくれ」

 「・・・湖畔で花火中に見つけたピラルクーの死体だけど、なんかおかしかったんだ。目立った外傷もないし、まだ幼魚だったから寿命なんてこともないはず。病気だったら一匹だけなんてあり得ないし、何か不自然なんだ」

 「また魚の話か。で、それがなんだよ」

 

 さっきの裁判で、今でも怪しいっちゃ怪しいが、笹戸が疑われる原因になった、ピラニアとかなんとかの死体。死に方がおかしいって話は捜査中にも聞いたが、もともと魚に詳しくねえ俺らにはそれがどうおかしいのかなんて分からねえ。

 

 「もしかしたらあのピラルクーの死因も・・・毒死なんじゃないかなって思って・・・」

 「・・・なに?」

 「ピラルクーって、群れで生活する大型の肉食魚なんだ。あの湖にどんな魚がいたかは分からないけど、たぶん食物連鎖の上位にいたはず。なのにあんな死に方するなんて、どう考えてもおかしいんだ。だから・・・毒死かなって・・・」

 

 話していくうちにみるみる笹戸の気勢が落ちていく。自信のなさの表れなのか知らねえが、言うなら言うではっきりしろ。聞いてる方がムカついてくる。にしても、魚が滝山と同じ毒で死んだなんて、仮にそうだとしてもそんなことして犯人は何がしてえんだ?いくら魚を殺したって、クロの条件は満たせねえだろ。いまいちに飲み込めねえ推理だが、六浜はふっと笑った。

 

 「なるほどな、鋭いぞ笹戸」

 「えっ?」

 「毒ビンの中身が水道水に入れ替わっていた。これはつまり、犯人がビンを水洗いしたということだ。その際に中身に残っていた毒が水に混じって捨てられた可能性は高い」

 「むしろ“超高校級の野生児”の滝山クンに毒を盛るなんてリスキーなことするなら、毒の量は致死量最低限にする必要があるよね!でも中途半端に使ったビンを戻しても証拠が残るし、余った中身丸ごと捨てたって考えた方が自然だね!」

 「や、やっぱりそうなんだ・・・ひどいよ・・・。毒を捨てて湖を汚すなんて・・・絶対許せないッ!」

 「怒るポイントそこなんですかぁ・・・?」

 

 微妙に笹戸はズレてたが、そこはどうでもいい。毒を流して捨てて中身を入れ替えたから、排水された毒が湖に流れ出て、その結果あの魚が死んだってことか。まあ曽根崎の言う通り、犯人がこうなることを予測してたかは分からねえが、一番リスクの低い方法とも言えるな。それに水道で洗っただけなら、モノクマが決めた規則にも触れない。

 

 「大型とは言え幼魚と人間の滝山大王では、同じ毒を摂取したとしても効果の発現までの時間に差は生じる。おそらく先に毒を摂取したのは、滝山大王だろう。この毒は遅効性で、人間であれば摂取してから数時間で効果が表れる」

 「ということは、パーティーの準備中からパーティー直前まで、という程度には絞られますでしょうか」

 「そこまで絞られれば十分だ」

 

 パーティーの前にはもうあいつは毒を飲んでたのか。けどパーティー中や湖畔での態度からは、それに気付いてる様子はなかった。どんなバカでも、毒を飲めばどうなるかは分かるはずだ。ってことは、滝山は自分が共犯者にされてるどころか、既に毒を飲まされてあと数時間しか生きられねえってことも分かってなかったのか。それを知ってたのは、そこまでして平気な面で俺たちの中に紛れてた真犯人だけ。

 もう自分でしつこいと思うくらい感じたことだが、なんて奴だ。姿を見せねえどころか、俺たちの誰よりもこういう状況になることを予測しておいて、当たり前の面をしてやがった。人が死ぬことが分かっててなんとも思ってねえみてえに。

 

 「・・・ふざけてやがる」

 「ふざけてなんかないよ。本気さ。ボクらも、クロも」

 

 俺のつぶやきを耳聡く拾って曽根崎が返した。当たり前だ、冗談で命なんか懸けられるか。冗談で命を奪えるか。クロだって今、俺たちと同じように命を懸けてここに立ってる。既に二人分の命を足蹴にして、俺たちの中に潜んで、平気な面をして。そんな奴にくれてやる命なんかもうねえ。

 

 「で、でもよ・・・滝山が毒を飲んだタイミングはだいたい分かったけど、それで犯人が絞れんのか?」

 「より精度を高めて特定できればそれも可能だが、この程度では困難だ」

 「ダメじゃん!」

 「真犯人の行動を洗い出しているのだ。焦る必要はない」

 「それじゃ、次は何について話し合う?」

 

 一応毒のことはだいたい分かったが、そこからは犯人は特定できそうにねえ。相変わらず正体の掴めねえ奴だ。毒を持ち出して滝山に飲ませること以外に、真犯人がやったと確実に言えること。あの事件の中で、真犯人が僅かに残した痕跡を必死に探す。

 

 「よーし!へへ、お前らよーく聞け!要は犯人にしかできなかったことを探せばいいんだよな?だったら、毒なんかよりもっと分かりやすいのがあるぜ!」

 「なんですか屋良井君、そこまで言うからには覚悟をしておきなさい」

 「なんでしょうもないこと言う前提!?いいから聞けよ!一旦聞けよ!」

 

 こいつは毎度毎度、余計な前置きをしねえと喋れねえのか。さっさと喋れば邪魔されることもねえだろうが、いいから言えクソロン毛。

 

 「あのな!あの煙幕花火とかクラッカー爆弾とか、そんなもんが滝山に作れたはずがねえだろ!もし資料館で調べたとしても、あいつがそんな複雑な本読めると思うか!?」

 「ああ・・・そだね」

 「うん」

 「それはそうだな」

 「リアクション薄過ぎんだろッ!!いじめかお前ら!!いじめなのか!!」

 「いや、張り切って言ったわりには普通のことだなって」

 「ほっとけ!!」

 

 まあ、真犯人だってただ古部来を殺すためにこんなまどろっこしいことしたわけじゃねえだろう。古部来を殺して、学級裁判を生き抜いて、ここから出るためにやったんだ。だからいくら滝山を利用したとしても、古部来を殺す時に直接手を下す必要がある。それに火薬の調合なんてマネは滝山にはできるわけがねえ。

 

 「しかし良い着眼点と言えるな。花火を改造して人を殺すほど火薬の扱いに長けた者など、そう多くはないはずだ」

 「だが私の記憶では、今回の事件以外で火薬を使用した者は心当たりがない。どのように判断するつもりだ?」

 「使ったことがなくたって使えるかどうかの判断ならできるだろ。お前らが一番信用してる、“才能”が何よりの根拠だ」

 

 見たことなんかなくたって分かる。火薬なんて普通扱わねえもんだからこそ、それに慣れてるかどうかはこいつらが持ってる“才能”を考えれば簡単に分かる。滝山だってそうだった。“才能”に頼ることが、言い逃れなんてできねえ証拠になるのが、こいつらの最大の弱点だ。

 だが余計なことを言った。曽根崎がにやつく瞬間にそう思った。こいつの俺をムカつかせる行動に敏感になっちまったのは、こいつのせいだ。その事実も俺を苛つかせる。ここまでストレスでしかねえ存在なんてのも珍しい。

 

 「清水クンがそんなこと言うなんて珍しいね。ちなみに清水クンの“才能”は努力家だよね。まあ資料館を使えば火薬を扱えるようになることもできるとは思うけど・・・でも努力って積み重ねでしょ。あれだけのことするには練習もしなきゃいけないだろうから、そう考えると清水クンの線は薄いね」

 「そう言う広報委員は、取材とかしてりゃ火薬の知識くらいならあったんじゃねえか?」

 「知ってるけど使えないものばっかりだよ、火薬に限らずね!読めるけど書けない漢字みたいな感じで。あ、今のダジャレじゃないよ!」

 「本当にうるさいのう、お前さんらは・・・」

 

 努力家なんて呼ぶんじゃねえ。テメエらみてえな“才能”と並べ立てられて、いい恥さらしだ。何が努力だ、そんなもん“才能”じゃねえ。努力もしねえ奴らが努力を“才能”と呼ぶんじゃねえ。テメエらに分かるわけがねえ、俺がこの“超高校級の努力家”なんてもんのせいでどんだけ苦しんだか・・・どんだけ悔しい思いをしたか。

 

 「まあここまで来たらほとんど答えは決まったようなもんだろ!火薬を扱える奴なんてそういねえ!それっぽい“才能”を持ってんのは・・・お前らだ!」

 「んなっ!!?・・・ま、またわしかぁ!!?」

 「なぜ私まで・・・」

 

 暗く濁る俺の感情に気付くこともなく、議論は無情に進む。どいつがどんな“才能”だったかなんていちいち覚えてねえが、屋良井が指さした二人にはまあ納得だ。オーバーリアクションで仰け反る明尾と、意外そうに戸惑う鳥木。火薬を使いそうな奴らはこの二人くらいか。

 

 「明尾はクラッカー爆弾の話の時になんか言ってたよな!ナントカカントカ効果って!ありゃあ爆薬に詳しい証拠じゃねえのか!?それにダイナマイトも使うみてえなことも言ってたよな!」

 「い、いや・・・わしはダイナマイトはたまにしか使わん!使うのは愛用のツルハシじゃ!それに考古学者と言えど、自分で発破を作って勝手に使うことなどないぞ!そこは知り合いの専門家に頼んで監修してもらい立ち会いのもとでじゃな・・・」

 「鳥木だって火薬は使うだろ!お前のマジックショーはテレビでよく観たぜ?あんな派手に火柱が噴き出すような火薬使ってんだったら、人より扱いが上手くて当然だろ!」

 「確かに火薬は頻繁に使用しますし、小道具はほとんどが私が手ずから作ってございますが、火薬は自分で作っているわけではございません。私も専門家の先生の監修の元で、安全には特に気を遣っております」

 「う〜ん、どっちももっともだけど、他に火薬を使える人なんていないし・・・」

 

 病的なまでに発掘好きな明尾なら、ダイナマイトも頻繁に使うだろ。ど派手な演出が売りのマジシャンの鳥木なら、火薬の扱いには慣れてるだろ。どっちもそれっぽくて説得力があるが、どっちの言い分ももっともだ。いまいちどちらとも言い切れねえ気がする。

 

 

 

 

 

 「まあ、火薬に長けてる部分を見せてないだけかも知れないよね」

 「ん?どういう意味だ、曽根崎」

 

 そこにまた口を挟んでくるのは、にやにやと俺の方を見る曽根崎だ。なんで俺を見てんだ。いちいち人を苛つかせんじゃねえアホ。そういう意味を込めて思いっきり睨み返してやると、曽根崎は懐から紙の束を取り出した。クリップで留められた、あの原稿用紙だ。その一瞬、曽根崎の目付きが変わった気がした。能天気な緩い目から、鋭く冷血な目に。

 

 「ちょっと本筋からは外れるんだけど、ボクの話聞いてくれる?もしかしたら・・・みんなにも深く関わることかも知れないからね」

 「な、なんですかぁ・・・?」

 

 取り出した原稿用紙を手に開き、曽根崎は裁判場を見渡す。異様な雰囲気を察した俺以外の奴らも、思わずごくりと唾を飲む。この妙な緊張感を一瞬で生み出すのは、こいつの広報委員としての“才能”の一部なんだろうか。つい話を注意して聞こうと思っちまう、こいつから目を離しちゃいけねえ感じがする。

 一言で言うと、こいつに呑まれた感覚だ。

 

 「明尾サンの専門は破壊用の爆薬、鳥木クンの専門は演出用の花火。どちらも確かに火薬だけど、今回の事件は煙幕と爆弾、つまり演出と破壊の両方の火薬が使われたことになる。このことから犯人は、単純に火薬に長けているというよりも、火薬の扱いを専門にした人と考えられる」

 

 ぺらぺら原稿用紙をめくりながら、曽根崎はゆっくりと言い聞かせるように話しだす。これから話す内容は俺には全て分かってた。あの原稿用紙と、曽根崎が重要なことを言う時の意味深で回りくどい言い方。あの話をするつもりなんだ。

 

 「それはもちろんなのですが、それが今回の事件とどのように関わっているのですか?」

 「・・・みんな、テロリスト『もぐら』は知ってるよね?」

 「!!」

 

 六浜と晴柳院が、曽根崎の発言にあからさまに反応した。それは、古部来が殺されるより前、俺と古部来と晴柳院の三人が倉庫で六浜から聞いた、この事件の首謀者と思われる人物の通称。つまりは黒幕の可能性がある奴だ。その名前がいま曽根崎の口から出たことに、違和感と緊張を感じずにいられねえんだ。

 

 「ここに来る前からずっと話題になってた・・・テロリストのことだよね?」

 「そう。これは、ボクなりにその『もぐら』について調べたことのまとめなんだ。それでね・・・」

 

 そこから曽根崎は一人で話し始めた。長々と、だが聞きくたびれることのないように、できるだけ要約して、はっきりと。

 『もぐら』がどんだけイカレた奴か。『もぐら』が最初に起こしたとされる事件と、本当の最初の事件。そしてそこから推理した、曽根崎が想像する『もぐら』の人物像。他の奴らはそれを聞きながら一様に、驚きと困惑の混じった表情をしていた。『もぐら』の起こした事件までは理解できても、その後についてきた『もぐら』の人物像に関しては、そう簡単には飲み込めるもんじゃない。俺だって最初はそうだった、今だって信じられねえ。

 

 「バ、バカな・・・!『もぐら』が希望ヶ峰学園の生徒だなんて・・・そんなわけがないッ!」

 「しかし、曽根崎君の調べた情報が正しいのなら、どう考えてもそうとしか思えません」

 「あああ、あ、あ、ああ、あんなことした人がが・・・うう、うちらの近くにいてたってことですかぁ・・・!?そ、そんなこと・・・!」

 「ないとは言い切れない。曽根崎弥一郎の客観的事実に基づく推理に対し、我々が今ここで持ち出せる反論はほぼ感情論に依るものになる。少なくとも、可能性が高いと言わざるを得ない」

 「で、でもよ!オレらと『もぐら』が学園で同期だったとして、それがなんだってんだよ!『もぐら』は確かにヤベえ奴だけど、今カンケーねえだろ!」

 「いや、関係はあると思うな」

 

 冷静に聞いていられたのは、望月と穂谷だけだった。望月はともかくとして、穂谷だって内心は焦ってるはずだ。それを顔に出してねえだけだ。俺だって二度目なのに、またもう一回驚いた。けど曽根崎の話は、さっき言ってたところまででは終わらなかった。

 

 「あくまでボクの推測だから聞き流してもいいよ。でもボクは思うんだ」

 「・・・な、なにが?」

 

 粘り着くような声色が、背筋に寒気を呼ぶ。曽根崎が次に言う言葉が、なぜか頭の中に閃いた。さっきの捜査中には言わなかった結論を、こいつは今から言おうとしてる。

 嫌な汗が額から垂れた。曽根崎の口は放たれる言葉に対して、阿呆みたいに軽く開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『もぐら』は、ボクたちの中にいる」

 

 不思議とその場は静まりかえっていた。驚嘆して大声を上げる奴も、荒い呼吸が止まらなくなる奴も、こんがらがる思考に戸惑う奴もいなかった。落ち着いてたわけじゃない。ただの思考停止だった。考えてはいても対応できなかった、イカレたテロリストがこの中に潜んでるなんてこと。

 

 「・・・なぜそう思うのかも、教えてくれ」

 

 音が膠着した裁判場に、六浜の言葉だけが響いた。『もぐら』が希望ヶ峰学園の生徒だってことは百歩譲っていいとして、なんでそんな奴がこの中にいるとまで言えるのか。いくら“超高校級”を集めた精鋭の学園とは言え、学園の生徒は優に百を超える。それをなんで、ここにいるたった十人に絞れるんだ。

 

 「『もぐら』が希望ヶ峰学園の生徒ってことは納得してくれるってことでいいんだよね」

 「あぁ・・・・・・そうだな」

 「大量破壊、無差別殺人を、たった数年の短い期間に何件も起こすなんて、史上最悪と言ってもいいテロリストだ。希望ヶ峰学園に招き入れたとして、学園はその生徒を間違いなく警戒していたはずだ」

 「あ、当たり前だよ!そんなのと僕らを一緒にするなんてどう考えてもおかしいじゃないか!」

 「一緒にされたんだよ。ボクらも、『もぐら』も・・・“超高校級の問題児たち”に含まれてたはずだよ」

 「ド、ドキィッ!!」

 

 曽根崎が重みを付けて言った言葉に、誰よりもモノクマが過敏に反応した。それはあからさまにわざとらしくて、だからこそ、それが真実だという意味を含んでた。張り詰めた空気の漂う裁判場には場違いなほど気の抜けたひょうきんな声なのに、なによりの説得力を持って聞こえた。

 

 「石川サンが過去に犯した罪のことで問題児として警戒されていたんだ。『もぐら』の罪は石川サンの比じゃない。問題児とされないことの方が、おかしいってもんじゃないかな」

 「と、ということは・・・まさか本当に・・・!?」

 「そんな・・・ウソでしょ・・・!?この中に『もぐら』が・・・!?」

 「・・・理にかなってはいる」

 

 淡々と告げられた真実は手に余るほど重い。築き上げてきたものと組み合わせるのを躊躇う。けど火薬の知識と技術があって、全く姿を見せずに、突然にイカレた凶行に及ぶ手口が、その事実が抱える重みに、圧倒的に絶望的な現実味を持たせる。

 

 「古部来と滝山を殺した奴が・・・『もぐら』だって言いてえのか・・・!」

 「そうだね」

 

 簡単に言いやがる。馬鹿げた事実をもっともらしく。

 

 「でも、『もぐら』を見つけようとしたってダメだ」

 

 ついていけない俺たちを強引に引きずって進む。

 

 「『もぐら』が誰かなんてこと、この情報からじゃ割り出せない」

 

 その先に答えがあるのかなんてお構い無しに。ただ自分の推理を告げる。冷静に、淡白に。

 

 「だけど『もぐら』がこの中にいるってことは、誰にでも犯人の可能性はあるってことだよ。自分の正体を偽ってるってことも・・・あるからねぇ」

 

 せっかく辿り着けそうだったのに。ようやく姿を捉えたと思ったのに。あと少し手を伸ばせば届きそうだったのに。その答えは嘘だと、こいつに踏み躙られた。あと一歩のところで引き戻された。『どっちか』から『だれか』に。

 

 「って!だからなんなんだよッ!!」

 「!」

 

 いつの間にか曽根崎の独壇場となっていた議論を、乾いた声がぶち破った。止まっていた議論が、再び息を吹き返して動きだす。

 

 「曽根崎ッ!お前なにがしてえんだ!?ただ議論を掻き乱してるだけじゃねえかよ!」

 「え?そうかな?ボクはボクの推理を言ったまでだよ。むしろ議論には貢献的と言ってほしいね」

 「なあにが貢献だ!お前の言うことなんて、一切合切全部丸ごと間違ってるってんだよ!」

 

 テメエの推理が否定されたからか、それともただ曽根崎に噛みつきたいだけか、屋良井がやけに喧しく喚く。無駄だ、曽根崎の言うことは全部根拠がある。それが形のないものだとしても、納得できるだけの事実も、俺たちはもう知ってる。いくら反論しようが、無意味なんだ。

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「そもそも『もぐら』がオレたちと同級生だあ?ふざけたこと言ってんじゃねえ!!あんなん高校生どころか並みの人間のレベル超えてるっつーの!!そんな奴がここにいるとかどんだけ超展開だよッ!!」

 「残念だけど、これは全部、客観的事実と経験を根拠にした推理だ。信じられようが信じられまいが、奇跡も魔法も超展開もあるんだよ」

 「いやぶっ飛びすぎだろ!!二話まで日常ほのぼのアニメだったのに三話でいきなりダークファンタジーに突入するくらいぶっ飛んでんじゃねえか!!つうかもし全部お前の言う通りだとしてもだ!結局は犯人が分からなくなっただけじゃねえか!!もうちょっとであの二人のどっちかが分かりそうだったのによ!!」

 「それ、屋良井クンは明尾サンか鳥木クンのどちらかが犯人だって確信してるってこと?そっちこそ根拠はあるの?」

 「根拠が・・・あるかってぇ・・・?あるあるあるある!!あるに決まってんだろォ!!古部来の死因は爆殺だぞ!?火薬の扱いに慣れてるっつうことが、あいつらが犯人だっていう根拠だ!!“これ以上の手がかりが他にあるかァ”!!?」

 「見逃せないなッ!」

 

 

 

 

 

 「手がかりならまだ遺されてる。むしろ、今までで一番重要な手がかりがね」

 「なに・・・!?」

 

 また曽根崎が言わんとしてることが、俺の頭の中に閃いた。きっとあれだ。曽根崎はまたしても俺に言わせようと黙った。だが俺がそれを言う前に、考えてるのと同じことが横から聞こえてきた。

 

 「奴の・・・古部来の遺したダイイング・メッセージだな」

 「ダ、ダイニング・パッケージじゃと!!?」

 「もういいよそれ!ダイイング・メッセージだってば!」

 「古部来君がそんなものを?あの一瞬でダイイング・メッセージなど用意できるとは思いませんが」

 「いや、奴は“超高校級の棋士”だ。不意を突かれたとはいえ、速考で奴に勝る者はいない。私でさえ・・・勝つことはできなかった」

 「ずいぶんな自信だな予言者様よォ。で、そのメッセージの意味は分かってんのか?」

 

 さり気に自信たっぷりな言葉を混ぜた六浜に、俺は皮肉を込めて返した。だが六浜は静かに首を横に振るだけで、意味までは理解できてねえらしい。じゃあ意味ねえじゃねえか。つうかダイイング・メッセージなんて残す余裕があんなら犯人の名前でも書いとけっつうんだ。推理小説みてえに回りくどいもん遺しやがって。

 

 「そのダイイング・メッセージというのは、どのようなものなのですか?」

 「極単純なものだ。歪に描かれた円と、その円周上に印が一つ。線が歪んでいるのは死に瀕した中で砂利に描いたせいと考えられるため、古部来竜馬自身は通常の円を遺そうとしたと考えられる」

 「だとしてもそれだけじゃ意味が分からんぞ。丸・・・円・・・輪・・・色々あるのぅ」

 「こういうのは発想が大事なんだ。どんどん意見を言えばきっと何か分かるはずだよ」

 

 ドラマとか小説によくある、死に際だってのに妙にとんちを利かせたまどろっこしいもんとは違いそうだ。むしろむちゃくちゃ単純だ。なのに、いやだからこそ、何を言おうとしてるのか分からねえ。解釈によってどうにでもとれる。だからこそ、可能性をできるだけ多く検討する必要がある。ったくあの野郎、面倒くせえもん遺しやがって。

 

 

 【議論開始】

 

 「さあ、みんなの力を合わせて古部来クンのダイイング・メッセージを解こう!」

 「円、丸、何かの“記号”とちゃいますかね?も、もしかして!来世の生まれ変わりを占う“輪廻転生の陣印”!?」

 「そんなわけなかろう・・・何か我々にも分かる意味のはずだ」

 「ここはストレートに、“犯人の名前”を示唆しているのではないか!?」

 「しかし丸が一つだけでは名前というのも難しいのではないでしょうか?カタカナで名前でも書けばいいものを」

 「でも、丸一つに印一つじゃ意味が分かんないよ・・・何がなんなのか・・・」

 「う〜ん、やっぱ“たったこれだけ”じゃ何も分かんねえよ」

 「それは違えぞッ!」

 

 

 

 

 

 「いや違う、これだけじゃねえ」

 

 歪な円と円周上の一点。これ以上ないほどシンプルで、解釈の仕方はいくらでもありそうに見える。だがそうじゃなかったんだ。このダイイング・メッセージは、それだけじゃなかったんだ。

 

 「おい望月、お前捜査の時言ってたよな?古部来の近くに落ちてたもんがあるって」

 「む?あれのことか?」

 「あれ?あれとはなんじゃ?」

 「ダイイング・メッセージに重なる位置に、古部来竜馬が生前から身につけていた、角行の駒が落ちていたのだ。殺害時に弾みで落下したものだと思われるが」

 「そうじゃねえ。あれはきっと、古部来が自分で置いたもんだ」

 「えっ?」

 

 望月だけじゃなくて、六浜や曽根崎もが驚いた顔で俺を見た。捜査時に望月が再現したダイイング・メッセージの『本来の姿』。それは、地面に書かれた歪んだ円と、その円周の上に付けられた血の印と、そのすぐ横には角行の駒が落ちていた。

 ただあれは、落ちてたんじゃない、置かれてたんだ。

 

 「望月、お前捜査中に言ってたよな?古部来の死に方はどこかおかしいって」

 「お、おかしい・・・?一体何がおかしいと言うのだ!奴の死を侮辱するようなことは許さんぞ!」

 「そうじゃねえ。おい望月、もう一回説明しろ」

 「承知した」

 

 古部来の死体の周辺を捜査した時のことを思い出し、俺は望月に確認した。ダイイング・メッセージの謎を解き明かすために必要なことだ。もし俺の考えてる通りだとしたら、望月の感じた違和感の答えもすぐに出るはずだ。

 

 「これまでの議論で、古部来竜馬の死因は爆殺であると断定された。そして死体の損傷状態から、古部来竜馬は正面からクラッカー爆弾を用いて爆殺されたと推察できる。しかし、正面から爆弾で殺害されたにもかかわらず、古部来竜馬の死体はうつ伏せの状態で発見された。これは明らかに不自然であると言えよう」

 「うつぶせ・・・?そ、それのどこが・・・」

 「・・・あっ!そうか!正面から激しい衝撃を受けたんなら、普通後ろに倒れるもんね!」

 「そうだ。だが古部来は煙が晴れた時にはもううつ伏せだった。つまり、前のめりに倒れたってことだ」

 「ですが、それがダイイング・メッセージと一体何の関係が?」

 

 相変わらず長ったらしくて無駄に言い回しが複雑だが、要は古部来がうつ伏せに死んでたのがおかしいんだ。衝撃を食らったらそのまま後ろに吹っ飛ぶなんて、ガキでも考えることなく分かることだ。なのに現実として古部来はそうなってない。

 

 「犯人が古部来をうつ伏せにしたんじゃねえの?怪我した面を見せないようにするとか」

 「あれだけ激しい損傷では、その程度の細工は意味を為さないと思いますが」

 「あいつが前のめりに倒れたのは犯人の仕業なんかじゃねえ。共犯者の滝山だって、そんなことする意味はねえ。だいたいあいつは古部来が殺されるってことすら知らなかったんだ」

 「じゃ、じゃあ・・・なんで古部来くんはうつ伏せになってたの?」

 「考えられるのは・・・古部来が自らそうなることを選んだ、ということだな」

 「はあっ!?」

 

 そうだ。自然にはそうならねえし、犯人がそうしたところで何の意味もない。となると可能性はあと一つ。古部来が殺される瞬間に、自分から前のめりになったってことだ。

 屋良井が素っ頓狂な声をあげるが、そりゃそうだ。正面からいきなり爆殺されて、そのまま一分もしないうちに死ぬんだ。その時古部来がどんな感情を抱いたかは分からねえが、少なくとも平常心でなんかいられねえはずだ。なのに、自然に吹っ飛んで倒れることにすら抵抗するなんて、一体どういう根性してたんだ。

 

 「自分からうつ伏せになったかぁ・・・ま、根拠はいいとして、それになんの意味が?」

 「ダイイング・メッセージを遺すため、だろう」

 「えっ?ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃまるで、古部来くんが自分が死ぬことを分かってたみたいじゃないか・・・」

 「実際、そうだったのでしょう。ですから、あんな意味深なメッセージを遺したのではないですか?」

 「で、でも!煙が出てから晴れるまでほんのちょっとだったんだよ!?あんな短い時間で・・・しかも爆弾でやられた瞬間に自分が死ぬことを察して、メッセージを遺すために倒れる向きまで強引に変えるなんてこと・・・」

 「奴ならやりかねん。古部来はそういう奴だ」

 

 当たり前だ、自分で言っといてなんだが普通はどう考えてもおかしい。笹戸の言う通りだ。自分が死ぬこと、犯人の正体を示すメッセージ、それを遺すために必要なこと。こんなのを一瞬のうちに考えて、瀕死の体で爆発の勢いにまで抗って。常識じゃとても理解できねえ。だが六浜は、落ち着いてあっさりそれを肯定した。こういう現実離れしたことは、一番理解できなさそうなのに。

 

 「いつもいつも・・・我儘で、強引で、傍若無人で、型破りで、常識外れで、壮烈で、勝手な奴だった。言動の一つ一つが、私には到底理解できん領域の人間だった。だがだからこそ、我々では思いもよらないようなことが、あり得ないことができる。だからこそ奴には、それができたはずなのだ」

 「へえ〜、六浜サン、古部来クンのことよく知ってるんだね」

 「ふん、私以外に奴とまともに会話ができる者などおらんだろう。まったく、世話の焼ける奴だ・・・最期まで、な」

 「で、じゃあそれがどうなの?古部来クンが死に際にど根性ファイト一発でうつ伏せに倒れて、それでもってダイイング・メッセージを遺したってことになると、何か分かるの?」

 

 とうとうと語る六浜に曽根崎が茶々を入れるが、それでも六浜落ち着いていた。むつ浜はどこいったんだ。あいつの数少ないキャラクターだろうが。ってそんなことはどうでもいいんだ。

 あのダイイング・メッセージが古部来が意図的に作ったもんだとすると、あの円も、血の印も、印と一緒に円に乗っかってた駒さえも、あいつが作ったメッセージの一部ってことになる。それは今まで俺たちが考えてた『不完全な姿』じゃなくて、古部来が遺した『本来の姿』なんだ。

 

 「あいつが作ったダイイング・メッセージには、円と、血の印だけじゃなくて、あいつが身につけてた角行の駒も含まれてたんだ」

 「古部来が胸に提げておったやつじゃな。奴には装飾品など似合わんと思ったのでな、よう覚えとるぞ」

 「望月。それを踏まえて、お前が見たダイイング・メッセージはどんなんだったか、できるだけ細かく言え」

 

 ここでもう一回、望月にバトンを渡す。古部来の作ったダイイング・メッセージの完全な状態を見たのは、あの時動揺してまともな状態じゃなかった六浜を除けば、望月しかいねえんだ。こいつの証言を信じるしかねえ。

 望月はその時の状況を思い出してんのか、だらしなく口を開けながらぼんやりと宙を眺めて、そして俺に言われた通りに説明した。

 

 「古部来竜馬がうつ伏せに倒れており、その左側前方にダイイング・メッセージが記してあった。うつぶせの状態で指を動かしたのだろう。線が歪んでこそいるものの、それが円であるとは認識できる。そして古部来竜馬はその円周上の一点に血の付いた人差し指を置いて示していた。その指のすぐ横、古部来竜馬と同じ姿勢になった時に、指の左側に、駒が落ちていた。円の内側を向いた状態で、裏向きだった」

 

 淀みなくすらすらと、同時にねちっこく細々と、望月は自分が見たものを説明した。その状況を頭の中で組み立てる。そしてそこに込められた意味を、古部来が俺たちに伝えようとした犯人の正体を探る。周到に逃げ回ってた犯人の尻尾を掴む、大きな手掛かりを汲み取る。

 

 

 【議論開始】

 

 「以上が、ダイイング・メッセージの詳細だ。清水翔、今の説明で十分か?」

 「ああ。やっぱり、その“将棋の駒も含めて”ダイイング・メッセージだったんだ。それがこのメッセージの完成形だ」

 「完成形でも完全体でもいいけどよ、だからって何が分かるんだ?将棋の駒一つ増えただけじゃ、相変わらず意味不明だって!」

 「円、血の印、裏向きの駒。ううむ・・・なぞなぞの類でしょうか?“言い方を変える”などして言葉を作るような」

 「そんな頓知を利かせている暇などなかろう。しかしその駒が重要な意味を持つことは間違いなさそうじゃな」

 「なんだろう?あの将棋の駒は古部来クンが大事にしてたものだしね・・・思い入れもあるみたいだったから、“彼の分身”と言っても過言じゃないよ」

 「その通りだ・・・!」

 

 

 

 

 

 「分身、か。なかなか気の利いた表現をするではないか、曽根崎」

 「そう?まあこれでもジャーナリストだから、文章力は自然と鍛えられるよね」

 「多少意味のズレはあるが、私が考えていることとほぼ同じだ。あの将棋の駒は古部来の分身・・・奴自身を暗示するものなのだろう」

 「奴自身・・・古部来さん自身をですか・・・?」

 

 曽根崎は六浜に軽く返したが、目は笑ってない。その先の、六浜が言わんとしていることを聞き逃すまいと、メモ帳とペンを手に六浜の一挙手一投足に目を配っている。それに気付いてんのか気付いてねえのかは分からねえが、六浜はそっと話し出した。思わず俺は歯を食いしばった。

 

 「裏返った角の駒はすなわち、成った角、竜馬を示す」

 「えっ!?そ、それ・・・竜馬って・・・!」

 「そう。奴の名だ」

 

 古部来の名前、古部来竜馬。あいつが死の淵に遺したメッセージで、わざわざ駒を裏返して置いたのは、絶対偶然なんかじゃねえ。自分と同じ名前の駒をメッセージに組み込むことで、その図が示す意味を完成させたんだ。

 もう俺の頭の中には、そのダイイング・メッセージの意味が閃いている。だけどそれが本当だとすると、いよいよ常識離れした古部来の力が恐ろしくなってきた。マジであいつは、こんなことを考えてたのか。自分がもう死にそうだっていう時に、ここまで考えてメッセージを作ったのか。これが“超高校級の棋士”と言われる、あいつの“才能”なのか。

 

 「で・・・駒が古部来のことを意味してたらなんだってんだよ?」

 「分からないか?その駒は大きな円の一部に重なっていたのだ。駒が古部来だと考えて、想像してみろ」

 

 あいつの思考回路はどうなってやがったんだ。生と死のギリギリの状態だったはずなのに。なんでここまで先を読むことができる?なんでそんなどうでもいいことまで覚えてる?なんでその時にそんな発想ができる?

 

 「駒と同じように円周上に記された血の印の意味を。そしてその二つともが組み込まれている、巨大な円が一体何かを」

 

 古部来竜馬ってのは一体、何者だったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「学級裁判場・・・・・・だよな・・・」

 

 背筋に悪寒を感じながら、震えそうになる声を必死に堪えて、俺は答えた。とっくに辿り着いていた結論を言葉にした。その瞬間に、古部来のダイイング・メッセージと俺たちが今いるこの場所が頭ン中でダブって、妙な感覚に襲われた。なんだこれ?死んだのは古部来の方のはずなのに、殺した奴は俺じゃない他の奴のはずなのに。まるであいつの思い通りになっているような、形のない被支配感。

 どうして、なんで俺は、既に死んでる奴にビビってるんだ。

 

 「なっ・・・!?バ、バカな!?学級裁判場じゃと!?そんな・・・そんなバカな!!」

 「バカでもアホでもねえ。それ以外に考えられるか。ここ以外に、人よりずっとデケえ円なんてあるかよ」

 「そ、それはそうですが・・・なぜ古部来君が死の間際にこの場所のことを思われるのですか?学級裁判場は、殺人を犯した犯人を探し出す場所・・・被害者である古部来君がここにいらっしゃることはないということなど、彼ならすぐにお分かりになるはずでは・・・!?」

 「分かっていたからこそ、この場所を示したのだ」

 

 信じられねえって面をした奴らが、俺の言ったことに反論する。当たり前だ。俺だって本当はそっちの立場なんだ。けど他に考えられねえだろ。死のギリギリに、もう自分とは関係ない裁判場を使って犯人を示そうなんて、そりゃおかしいと思う。でも六浜が、俺の意見を後押ししやがる。正しいと肯定しやがる。だからもう、そうとしか言えねえんだ。

 

 「奴は自分の死によって、再び学級裁判が開かれることを予見したのだ。だからこそ奴はこの場を示すことで、メッセージを解読した時に犯人の逃げ道を奪うことができると考えたのだ。絶対に誤魔化しの利かない動かぬ証拠をここに生み出したのだ」

 

 駒が古部来、円が学級裁判場を示すとしたら、あいつが記した血の印が意味するものはもう分かりきってる。そしてそれが示す奴も、しっかりと見据えることができる。駒のすぐ右隣に記された血印。それが今この場で示す人物。そいつもそれを理解してたのか、俺が顔を上げた時には見るからに狼狽えてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺より先に、そいつと目を合わせた六浜が言った。

 

 「そうだろう、屋良井」

 「ッ!?」

 

 駒の隣の血。それは間違いなく犯人を意味する印だ。学級裁判場の席順なんて、俺たちにもクロにもどうこうできるもんじゃねえ。だからこそ動かぬ証拠になる。古部来のすぐ横に並ぶ奴が犯人だという、絶対的な証拠になる。

 

 「ダイイング・メッセージの解釈がこの通りだとすれば、犯人はお前ということになるな」

 「・・・は、はあ?おいおい、なんか盛り上がってるみてえだけど、ちょっと無理あるんじゃねえか?だって学級裁判場だぞ?死に際にそんなこと考えられる奴なんているかよ」

 

 思った通りの反論だ。そりゃそうだ。普通はそんなこと考えられねえはずだ。けどそれは説得力のある憶測でしかない、俺たちがいま屋良井に突きつけてんのは絶対的な証拠だ。

 

 「そんなものは実際に死に瀕してみなければ分かるまい。そんなものは単なる憶測だ。お前に反論するなら、古部来の頭脳ならそれができた、で事足りる」

 「だッ、だとしてもよッ!メッセージの読み方が間違ってるってこともあるだろ!将棋の駒がどうこうなんてただの偶然かも知れねえじゃねえかよ!」

 「では他にあのダイイング・メッセージをどう解釈するというのだ?古部来を示す駒、裁判場を示す円、犯人を示す血。これ以上に我々が納得できる答えをお前が持っているのか?」

 「い、いや・・・それを考えようぜってことだろ。なんで犯人って疑われただけでオレ一人で考えなきゃいけねえんだよ。いくらなんでもひでえぞそりゃ!!」

 

 あくまで落ち着いてて、弁明するばかりじゃなく六浜の追及に対して反論もしてる。だけどそれくらいじゃこの論は曲がらねえ。それに、この学級裁判の場で一度怪しくなるとその疑いを完全に晴らすことは難しい。その上、この状況で屋良井だけは別格に怪しい。むしろ今までこの話題が上がらなかったことが不思議なくらいに、屋良井は怪しいんだ。

 

 「おい屋良井、お前自分が犯人じゃないって言うんなら、俺らに言うことがあるんじゃねえのか?」

 「は?な、なんだよ清水。お前までオレのこと犯人だっつうのかよ!むつ浜に乗っかって図に乗ってんじゃねえぞ“無能”風情が!」

 「俺が“無能”なら、お前は何なんだ?そろそろ言ってもいいだろ。お前の本当の“才能”をよ」

 「ッ!!」

 

 明らかに屋良井は言葉に詰まった。たったこれだけのことを追及されただけで、屋良井はあからさまに動揺した。“才能”なんて、希望ヶ峰学園に在籍してる奴にとっては何より重要なことで、同時にそいつが何者かを一番強烈に示す肩書きだ。なのに屋良井だけはそれを明かさない。ここに来た日からずっと、適当なことばっか言って茶を濁してる。

 

 「な、なんだよそれ・・・!?なんで今オレの“才能”なんかが・・・」

 「さっき言ったよね。この事件の犯人は火薬の扱いに慣れてる人、だからこそ明尾サンと鳥木クンに容疑がかかったわけだし」

 「いやいやいや!だからってオレの“才能”言う必要なんかねえだろ!火薬の扱いに慣れてるかどうかなんて、“才能”だけで決められるこっちゃねえだろ!」

 「なら正直に言えばいい。我々は犯人は火薬に関する“才能”を持っていると考えている。故にお前の“才能”如何によっては容疑が晴れる可能性もあるぞ。それとも、“才能”が言えない理由でもあるというのか?」

 「んぐぐっ・・・!!」

 

 どんだけ言い返そうが、どんだけ逃げ回ろうが、もう屋良井はこの追及からは逃れられない。そもそも今までずっとテメエの“才能”を隠し続けてきたこと自体が不自然なんだ。そんなもん希望ヶ峰学園の生徒にとっては、名前を名乗らないくらいおかしいことなんだ。命を捨ててまで隠す“才能”なんてあるわけねえ。

 

 「なに黙ってんの屋良井クン?」

 「こ、こんのォ・・・!!どいつもこいつも寄って集ってェ・・・!!」

 「どうしたのですか?ご自分の“才能”も言えないのですか?」

 「ぐぅっ・・・!!ク、クソがッ!!」

 「ま、まさかほんまに屋良井さんが・・・犯人なんですかぁ・・・?」

 「んぬっ・・・!ううっ・・・!」

 

 どんどん逃げ場を失っていく屋良井は冷や汗を流して、血の気が引いて、口からは呻き声しか出てこねえ。そこまで追い詰められてること自体が、こいつの“才能”がこの事件と深く関わってるって何よりの証拠だ。自分でボロを出してることにすら気付いてねえのか。

 

 「屋良井、お前の“才能”はなんだ。答えろ!」

 「・・・ちっ」

 

 最後に六浜が一押しすると、屋良井は俯いたまま舌打ちした。遂に諦めたか、と思わず身構える。だがなんとなくそいつが醸す雰囲気は観念したというよりは、まだ何か隠してるような感じだ。こいつはまだ諦めてねえ、ここまで言ってもまだ“才能”を明かさないつもりか。

 暗く重い雰囲気をまといながら、屋良井は口を開いた。

 

 「ったくしつけえなお前ら・・・そんなにオレの“才能”が知りてえのかよ」

 「言いたくないならそれでいいよ、でもそうなるとキミがクロでほぼ確定ってことになるけど」

 「・・・わあったわあった、言うよ。そこまで言うなら教えてやらぁ。あーぁ、仕方ねえけど、こんなところで明かす羽目になるなんてなぁ」

 

 腹の底から空気を入れ換えるような深いため息を吐いて、屋良井は言った。うんざりという言葉を体言するような態度で、後頭部を乱暴に掻きむしりながら言った。

 

 「お前ら、陸賀流って知ってっか?」

 「は?」

 「陸奥の陸賀流、まあ伊勢の伊賀流とか甲斐の甲賀流に比べりゃ知名度は低いから、知らなくてもしょうがねえか。けど、歴史を裏から支える生業だってのに有名ってのも可笑しな話だよな。だからオレらくらいの方が丁度いいんだろうよ」

 「陸賀流?歴史の裏?い、一体何をおっしゃっているのですか屋良井君?私たちはあなたの“才能”をお尋ねしているのですが・・・」

 「だから言ってんだろ。それに誤魔化してたのは“才能”だけじゃねえ。『屋良井照矢』ってのもオレの本当の名前じゃねえ。だってしょうがねえだろ?本当ならオレは、希望ヶ峰学園に入学するなんてことすら、限りなくアウトに近いセーフなんだ」

 

 さっきまで俺たちの詰問に狼狽えていた屋良井は、もういなかった。今は流れるようにぺらぺらと話してる。だがその内容は、俺たちが期待していたようなもんじゃなかった。陸賀流だとか歴史の裏だとか、なんかスケールのデカそうな、けど今の話の流れとは全然関係ねえことばっかりが出てくる。おまけに、『屋良井照矢』って名前もウソだと?何を言ってんだこいつは?

 

 「特別サービスだ。ふふふ・・・改めてオレの、本当の自己紹介をしてやるよ!」

 

 何かが吹っ切れたように、屋良井は、それでも前と同じように無駄に大袈裟な動きをして大声を出す。なんだ?いま俺たちは何を目の当たりにしてるんだ?こんなこと期待してなかった。なんで俺たちは、今こいつの話なんかを聞いてんだったっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オレは!!陸賀流御影一族が第八十三代当主、“超高校級の忍”こと御影不動ミカゲフドウだ!!忘れる程度に覚えとけ!!ふっはははははははははははっ!!」

 

 高らかに笑うそいつは、今まで俺たちが『屋良井照矢』だと思っていた男は、初めて聞く名前を叫んで名乗った。妙な言い回しも、笑ってる理由も、全くの期待外れの返しも、全てが一気に頭に雪崩れ込んでくる。どういうことなんだ。こんなはずじゃなかった。

 

 「し、しのびじゃと・・・それはつまりお前さん、忍者っちゅうことか?」

 「ああ。ったく、仕方ねえとはいえ忍者が自分は忍者ですって言うなんて、バカバカしいにも程があるぜ!」

 「に、に、忍者やから・・・今まで“才能”も言わんと、嘘の名前で過ごしてた言うんですか・・・?」

 「当たり前だろ。忍んでこそ忍者なのに自分から言ったりするか。まあ名前は・・・騙してて悪かったよ。別にこれからも屋良井のままでいいぜ!世を忍ぶ身としちゃあオレもそっちの方が都合いいしな!」

 

 極めて軽く、あっさりと言いやがる。本当に最初の自己紹介みてえに、へらへら笑って手なんか振りやがる。なんなんだ、こいつのこの深刻さの欠片もない態度は。マジでこいつは犯人じゃねえのか?“超高校級の忍”ってのが、こいつの本当の“才能”なのか?

 

 「しかし、忍者というと火薬を扱うイメージがありませんこと?その“才能”なら、犯人候補として申し分ないと思います」

 「はあ・・・出た出た。創作の中のことを本当だと勘違いしてイメージ押し付ける奴。あのなあ、忍者だからってキツネの化け物が封印されてたり特別な赤い目を持ってたりするわけじゃねえんだよ。虚仮威し程度の爆薬ならまだしも、クラッカー改造するなんてマネ、忍者にできると思うか?」

 「できるかどうかは分かりませんけど・・・似合いませんね・・・」

 「人目を忍んでこそ忍だろ。煙幕も爆弾も目立ってしょうがねえ、実際はそんなもん使わねえよ。少なくともうちの流派は、煙幕使って逃げなきゃいけねえような三流の仕事はしねえよ」

 

 こいつの普段の態度はとても忍者のそれには見えない。目立つ目立つって、お前は無意味なくらいに目立つことをしてきただろ。むしろ目立とうとしてるとしか思えないくらいに。それも、“才能”を悟らせないためにしてきたことだってのか?

 もっともらしい弁論に不自然な態度。俺たちはどっちを信じればいい?マジでこいつは『御影不動』なのか?こいつの“才能”は本当に、“超高校級の忍”なのか?

 否定することも、肯定することも躊躇われる。何を言えばいいのか分からない。そんな膠着状態を、破ったのは、またあいつだった。

 

 「屋良井・・・いや、御影不動。お前は本当に、“超高校級の忍”なのだな?」

 「さっきから言ってんだろ?あと、屋良井でいいぜ」

 「そうか。なら一つ訊こう、屋良井。お前が本当に“超高校級の忍”だと言うのなら、『九字』の印とその意味を言ってみろ」

 「・・・は?」

 

 屋良井、いや御影は頓狂な声とともに、ぽかんという表情になった。御影だけじゃなくて、六浜以外の奴らもわけが分からなそうな顔をしてた。クジってなんだ?

 

 「忍者の間で使われたとされている呪文だ。忍者と言えば『九字』だろう。忍の道にある身ならば答えられないわけがあるまい」

 「・・・へへっ、だからよむつ浜、そういうのは後の時代の創作で、実際の忍者は」

 「これが記された歴史文書も存在する。なんならその題目と成立年まで言ってやろうか」

 「は、はあ・・・?お前、何言ってんだよ・・・?」

 

 急にわけ分からねえことを言い始めたと思ったら、笑い飛ばそうとする御影に釘を刺した。これは確実に、こいつを追い詰めようとしてるんだ、とすぐに気付いた。けどクジってもんが分からねえから、会話の内容にまでついていけねえ。

 

 「何を躊躇っている?“超高校級の忍”ともあろうお前が、こんな初歩的な質問に答えられないのか?」

 「バ、バカじゃねえのかお前・・・?そんなもんで誰が・・・」

 「答えられないのなら、お前の言っていることは信用に値しない。つまりはウソということになる」

 「ウソだと!?ふ、ふざけんな!なんでそんなことでしつこく疑われなきゃいけねえんだよ!だったらテメエが答えてみろや!クジをよォ!!」

 「・・・はあ。分かった、やはりお前は、“超高校級の忍”などではない」

 

 隠し続けてきた“才能”を明かしたにもかかわらず六浜に食い下がられ、御影は激昂して六浜を指差した。だが六浜はそれに怯むこともなく、ただ冷淡な目でその指を見返して、そう言った。

 そこに込められていたのは、ものすごく純粋な侮蔑の色。呆れ果てて、完全に相手を見下した感情だ。こんな目を、六浜がするのか。

 

 「なん・・・だと・・・!?テメエ、女だからって調子に乗りやがって・・・いい加減にしろや!!」

 「晴柳院」

 「ふえぇっ!!?は、はいぃっ!!」

 

 苛立ちがピークを迎えたのか、証言台の柵を握って身を乗り出した御影が六浜を威嚇する。だが六浜はそんなもんどこ吹く風とばかりに、隣にいる晴柳院を呼んだ。あまりに突然のことで、晴柳院はまさに飛び上がるほど驚いた。

 

 「この無知な忍者に教えてやれ」

 「はあ?」

 「・・・え、えっとぉ」

 

 短く皮肉を込めて言った六浜に、晴柳院はおそるおそる御影を一瞥してから、全員に見えるように両手を複雑に合わせ始めた。

 

 「く、九字は九つの文字を並べた呪文で、それぞれに印という指の組み方がありますぅ。順番に、臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前と・・・こういう風に印を結びます。簡略化した九字切りというこういった作法もあって、どちらも意味は、『臨む兵、闘う者、皆陣を列べて前に在り』で、魔除けの力があるといいます・・・」

 「なっ・・・!?」

 「あ、あのう・・・これでいいですか?六浜さん」

 

 一つ一つ、晴柳院は何がどうなってるか分からねえような指の組み方をしたり、指を素早く胸の前で動かしたりして、最後に六浜の方をちらと見て言った。俺たちは全員ぽかんと口を開けて、六浜は満足そうに小さく笑って頷いた。そして改めて御影を睨み、凛とした口調で言い放つ。

 

 「どうだ、“超高校級の忍”。これが九字だ」

 「は、はあっ!?」

 「そもそも『九字』は陰陽道のもの。後世の創作とはいえ、忍道の呪文であるという私の発言からして否定できなかったお前が、本当に忍者と言えるのか疑問だな」

 「なんだよそれ・・・?むつ浜よぉ・・・お前マジでさっきっから、何言ってんだ?」

 「なあ屋良井。ここまでして己の“才能”を隠す意味とはなんだ?いい加減に教えてはくれないか、お前の本当の、嘘偽りのない正体を」

 

 一体何が起きたんだか、全く分からん。ただ六浜は勝ち誇った顔をして、御影はさっきまで浮かべていた余裕が消え去り青い顔をして震えてる。俺を含めほとんどの奴は茫然とそれを見てるが、曽根崎は全てを理解したように、にやりと笑った。

 

 「なるほど!カマかけたわけだ!いやあ、さすがにボクも何がなんだか分かんなかったよ。リンピョートーってあれ、九字っていうんだ!また一つ賢くなったね!」

 「ぐぐっ・・・!」

 「危うく流されちゃうとこだったよ。でもまあ、よく考えてみれば今までずっと適当なこと言って“才能”を誤魔化してきたんだもんね。奥の手としてそれっぽ〜い“才能”を用意してるってことも考えられるし、証明する手段だってないもんね!」

 

 冷静に端的な言葉で追い詰める六浜に対して、曽根崎はあれこれべらべら喋りながら遠回しに追い詰めていく。こいつら二人に同時に矛先を向けられたら、犯人だろうが犯人じゃなかろうが言葉に詰まる。さっきまでの勢いがウソのように御影は黙りこくった。が、すぐに食いしばった歯の隙間から声が噴き出す。

 

 「ふ・・・ふふッ・・・ふふふッ!!ふっざけんなあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 奴の喉から飛び出た叫びは怒りと動揺と焦燥が綯い交ぜになって、奇妙な色を醸しながら裁判場を揺らした。だが俺はその声の中には少しだけ、何か奇妙な感情が交じっていることに気付いた。なんでそんなことを感じ取ったのかも分からねえ、気のせいだとすぐに忘れてしまえばいいほど場違いな感情だ。

 そうやって少しでも違うことに気を取られていると、あっという間に議論は進んで置き去りにされる。御影は絶叫したすぐ後に、唾を飛ばしながら六浜にがなり立てる。

 

 「ふざけんなふざけんなふざけんな!!テメエら何さっきからわけの分からねえことばっかり言いやがってそんなにオレを犯人にしてえのか!!なんかオレに恨みでもあんのかクソ野郎共!!」

 「恨みつらみの問題ではない。最も疑わしかったお前を叩いたら埃が出た、だからお前が犯人である可能性がより一層強まった。それだけのことだ」

 「何がそれだけのことだボケェ!!クジがどうだこうだってその程度のことで人のこと好き勝手言いやがって!!テメエら何にも分かってねえ!!テメエらが何をどんだけ言おうとオレは“超高校級の忍”なんだよ!!」

 

 まるっきり形勢が逆転した。余裕ぶっていた御影は汗を滲ませて喚き、反論に黙りこくっていた六浜は極めて冷徹な目でそれを眺める。古部来のダイイング・メッセージの件から激しく移り変わる議論の場に、ついて行けてる奴はどれくらいいるんだ。この裁判場で何が起きてるんだ?

 そうやって置き去りになっている俺たちを無視して、六浜と御影は互いの言葉をぶつけ合っていく。答えなんかもうほとんど出てるのに、この勝負の行く末が何か決定的な意味を持っているような、そんな気さえしてくる。

 

 

 【P.T.A】

 

 「ふざけたこと言ってんじゃねえぞッ!!」

 

 「私はいたって真面目だぞ。ふざけているのは“才能”すら明かさないお前だろう」

 

 「だからさっきっから忍者だっつってんだろ!!なんで信じねえんだよ!!」

 

 「信じたくても信じられん。もはやその主張に説得力はない」

 

 「わけ分かんねえんだよ!!そっちこそ説得力なんかあるか!!」

 

 「少なくとも私は自分の“才能”を正直に明かしている。そんなことは私と同じ立場になってから言うんだな」

 

 「うるせえうるせえうるせえうるせえ!!黙れェ!!」

 

 「もう諦めろ。足掻くほど醜いだけだ」

 

 「分かったようなこと言ってんじゃねえ!!テメエにオレの何が分かるってんだよ!!」

 

 「貴様が我々の敵であること・・・下卑た殺人犯であることだッ!!」

 

 「テキトーこいてんじゃねえぞ!!さっきから聞いてりゃそっちの言い分だって大した根拠もねえじゃねえか!!誰がなんと言おうとオレの才能はオレにしか分からねえんだ!!“オレが忍者だっつったら忍者なんだよ”!!」

 

 「お前はもう詰んでいるッ!!」

 

 

 

 

 

 灼けつくような熱を帯びた御影の言葉の弾丸を、凍てつく冷気を纏った六浜の言葉の刃が斬り捨てていく。もう既に御影にそこから逃れる手はなかった。どこまで逃げても逃げられず、どれだけ刃向かってもねじ伏せられる。そして六浜は、その見苦しい悪足掻きに決着を付けた。

 

 「そこまで言うのなら屋良井・・・いや、御影不動よ。お前の電子生徒手帳を見せろ」

 「ああッ!!?」

 「電子生徒手帳は起動時に、所有者の本名と“才能”が表示される。もしお前が本当に“超高校級の忍”で御影不動であるならば、それを以て証明してみせろ」

 「はあッ!!?・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

 たったそれだけのことで、御影はまた黙った。だが今度の沈黙は、さっき六浜にカマをかけられた時のものとは違った。苦し紛れに呻く声も、身に纏った不穏な雰囲気が周りの空気を揺らす緊張感も、必死に次の抵抗を考える息遣いも、何も聞こえない。

 完全に論破された。生気が抜けて茫然とした人間の残滓がそこに突っ立っていた。六浜はそうなってしまった御影に捨てるようにため息を吐いて、俺たちを見た。そこに言葉はなかったが、その目配せの意味は全員が理解できた。

 

 「モノクマ」

 「・・・・・・え?ああっ!はいはい!全然終わる気配がなかったからサバンナに思いを馳せてたよ!」

 「結論が出た。投票を始めろ」

 「な、なんだよその言い方!投票に移るかどうかはボクが決めることなの!オマエラが指図すんじゃねーバカヤロー!解散!」

 「解散させちゃうの!?」

 「ウソウソ。こんなハンパなところで終わらせられるわけないでしょ。ではでは、ごほん。オマエラ、お手元のスイッチで、クロと疑わしい人物に投票してください!投票の結果、クロとなるのは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっと待ったああッ!!!」

 「!?」

 

 至極簡潔に、六浜がモノクマに投票タイムへの移行を促す。久々に喋ったと思ったらやっぱりモノクマはふざけたことしか言いやがらねえで、けど結局は言う通りに宣言しようとした。

 だが、前回と同じようにその宣言は邪魔された。滝山の時のようなか細い声とは全然違う。聞いただけで身が強張るような、悪意に満ち溢れた狂喜の声色に。

 

 「はあ〜・・・参った参った。ホントに参った。まさかだよ。まさかここまで来るとはなァ・・・くくっ、うくくくくくっ!やっぱりお前らすげえよ。ぶっちゃけナメてたわ。きひひ・・・!」

 「ちょ、ちょっとなにもう!二回目だよこれ!同じ展開なんていらないんだよ!どんだけボクの鼻を挫けば気が済むのさ!勘弁してよ本当に!」

 「ぁんだようっせェな・・・お前が勝手に話し終わらせようとしてただけだろ?まだだ・・・まだ終わらねェよ。まだ・・・・・・まだ・・・まだ、まだまだッ、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ!!!終わるわけにはいかねェだろうがよォッ!!!!」

 

 言葉の端々からイカレた笑い声を漏らしながら、茫然と天井を眺めていたはずのそいつは激しい怒号と共に議論の場に戻ってきた。白くなっていた肌は赤くなって額には青筋が浮かび、がっちりと証言台を掴んだ手はめりめりと音を立てる。大きく開いた口から唾を飛ばして、そいつはまた六浜に向かって怒鳴った。

 

 「なっ・・・!?ど、どうされたのですか屋良井君・・・!?」

 「ひいいっ!」

 「くっくく・・・まさかオレの『とっておき』まで見破られるとは思わなかったぜ!!本当にお前はすげえよむつ浜ァ!!ぎゃははははははははははははははァッ!!!そのしつこさに免じて・・・ついでにここにいる他のアリ共にも教えてやるよ!!オレの本当の“才能”を!!!」

 「ア、アリ?何を言うとるんじゃ・・・お前さん?」

 

 狂ったような笑顔を浮かべながら、堪えきれない笑い声を漏らしながら、そいつは声高に叫ぶ。なんだってこいつは、こうも整合性がねえんだ。抜けた魂が化けて戻ってきたような、豹変なんて言葉じゃ表しきれねえほどの変貌ぶりだ。その口から吐き出される言葉が、どれもこれも常軌を逸した悪意を纏っていることが、肌で感じられる。

 そこにいたのは、俺たちの知っている男じゃなかった。だけど、ここにいる全員が知っている男だった。そいつはもう隠すこともなく、どす黒い悦びと共にそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 「この世に蔓延るクソくだらねえアリ共を、見えねえ暴力でぶち殺すッ!!!腑抜けた平和を踏み潰し、この世に悪ありと知らしめるッ!!!史上最悪のテロリスト『もぐら』!!!またの名をッ!!“超高校級の爆弾魔”屋良井照矢様だァ!!!死ぬまでその脳に刻み込んどけェッ!!!!」

 

 どこまでも意味不明な言動。噴き出す悪意。反響する混乱。そのど真ん中で、そいつはとことん歪んだ表情をしていた。それをどう表現すればいいんだろう。狂喜?恍惚?いずれにせよ、今まで俺たちが見てきた、追い詰められた人間の表情は、そこにはなかった。

 

 「ば、ばば、爆弾魔ァッ!!?“超高校級の爆弾魔”って、そんな“才能”ありなのかよ!?」

 「アリアリアリアリアリーヴェデルチッ!!!“無能”のテメエなんかよりよっぽど優れた“才能”だぜ!!」

 「先ほど、『もぐら』という言葉も出て来ましたが。貴方がその正体であると?」

 「慎みやがれ、テメエらは『もぐら』の前にいるんだ。なんなら見せてやろうか!!『もぐら』の力を!!」

 「コ、コラーーーッ!!ここで爆破なんかしちゃダメだよ!!そんなことしたら、裁判の結果を待たずにおしおきしちゃうからね!!」

 「おっと、ストップがかかったぜ。へへっ、まあオレの偉業が見たけりゃ資料館の新聞でも引っ張り出してみな。どれもこれも来る日も来る日も、オレのことばっか書いてあんぜ!!ぎゃははははははははははははははははははっ!!!たまんねェよなッ!!!」

 

 今まで見たこともないくらいのハイテンションで、屋良井は饒舌に喋る。“超高校級の爆弾魔”?あのテロリスト『もぐら』の正体?そんなバカなことがあんのか。マジで俺たちの中にあのイカレた危険人物が潜んでたってのか。信じられねえ。けど、屋良井がここぞとばかりに掲げたあいつの電子生徒手帳には、はっきりと示されていた。『“超高校級の爆弾魔” 屋良井照矢』と。

 

 「遂に白状したか。まったく、骨の折れる奴だ」

 「すごいや!ボクの推理ドンピシャじゃないか!あのテロリスト『もぐら』の正体は希望ヶ峰学園の生徒だった!!こんなネタ、まだどこの誌も掴んでないよ!!日本一、いや世界一のビッグニュースだよ!!うわわわっ!!鳥肌立ってきたあ!!」

 「興奮してる場合じゃねえだろアホ!!」

 「しかし屋良井照矢、わざわざ投票を止めてまでそれを言う必要があったのか?」

 

 テンションの高え屋良井と張り合うくらいに、跳びはねながらペンとメモ帳で既に取材モードに入った曽根崎が屋良井を好奇の目で見つめる。俺たちはその奇妙極まりない状況にただ唖然とすることしかできない。そして六浜と望月だけは相変わらず冷静に、屋良井に冷たく言葉をかける。それに対して屋良井は、ぎろりと視線を光らせて反応した。

 

 「ったりめえだろうが!!確かにテメエらの推理は認めてやるよ!!オレは“超高校級の爆弾魔”、この中の誰よりも火薬に詳しいし、『もぐら』として何度も爆弾作りも火薬調合も大量破壊もやってきた!!クラッカーごとき爆弾に改造するなんざ寝ながらでもできらあ!!」

 「それは自白ととってよろしいのですね?」

 「よろしいわけねえだろアホか!!」

 

 必要以上の大声で、豹変する前以上の目立ちっぷりで、屋良井は自白ともとれる発言をした。だが穂谷の確認にだけは、はっきりと否定した。そのせいでたちまちわけが分からなくなった。これが自白じゃなきゃなんなんだ。

 

 「オレに犯行が可能だったってことは分かった。だがそれだけじゃ、オレがやったって証拠にはならねえだろ!!なぜかって?火薬の調合の仕方、爆弾の作り方なんてもん、資料館に行けばいくらでも調べられたはずだろ!!だったら火薬の扱いに慣れてた鳥木と明尾だって犯行は可能だった!!ひゃはははははははッ!!!オレだけが疑われる筋合いはねえなァ!!」

 

 驚くほど論理的に、屋良井は反論した。理性もなにもブッ飛んで壊れちまったんだと思ってた。けどそれすらも俺の勘違いだ。これが、このトチ狂った悪意こそが、こいつの本性だったんだ。

 

 「で、でもさぁ・・・調べれば可能だった普通の人たちと、調べなくても可能だった犯罪者とだったら・・・どう考えたって犯罪者の方が怪しいよ」

 「おいコラ笹戸ォ!!お前そりゃ犯罪者差別だぞ!!テメエらがそういう色眼鏡を外さねえからオレみてえなのが出てくるし、社会復帰ができねえで再犯するんだぞ!!」

 「それどういう気持ちで言ってるの!?」

 「って!調べたところでわしらにそんなことができるわけがなかろう!!この状況で他に誰が犯人だなどと言えるんじゃ!!悪足掻きが過ぎるぞ屋良井!!」

 「悪足掻きだと思うんなら、オレにしか犯行ができなかった根拠を言ってみやがれ・・・それがテメエらアリ共ごときにできればの話だけどなァッ!!!ひひっ・・・ぎゃはははははははははははははははァッ!!!!!」

 

 めちゃくちゃだ。やっぱりこいつに理性なんてなかった。どう考えても犯人としか考えられねえ奴がいるのに、それ以外の可能性を完全に潰さねえと納得しねえなんて。しかもできなかったことの証明なんて、そんなの無理に決まってんじゃねえか。なんて言うかは忘れたが、不条理なことの代名詞的な言い方があったはずだろ、確か。

 

 「ならば言ってやろう」

 

 そんな俺のもやもやをぶち破るように、六浜は短く言い放った。あまりにもあっさりと、当然のことのように。その瞬間、屋良井の耳障りな笑い声が止まった。高笑いのまま瞬きすらせず、首だけ動かして六浜を視界に捉えた。隣にいた晴柳院が声も出さずに跳び上がって縮こまった。それくらいその時の屋良井の表情は鬼気迫っていた。

 

 「おいむつ浜ァ・・・お前いまなんつった?よく聞こえなかったんだけどよォ」

 「爆音ばかり聞いて耳が遠くなったのではないか?お前が犯人である証拠を教えてやると言ったのだ」

 

 晴柳院とは対称的に全く怖じ気づいたりする気配もなく、六浜はそう言った。屋良井は言葉を失ったのかそれともできるわけないと高を括ってんのか、何も言わずに六浜にガンを飛ばしてたが、ほどなく肩を揺らし始めた。

 

 「・・・っくく!くはははははははあッ!!!おもしれえじゃねえか!!だったら聞かせてくれよ!!その証拠ってやつをよォッ!!!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「テメエはどうあってもオレを犯人にしてェみてェだがよむつ浜ァ・・・!!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄なんだよォ!!!できねェことをどうやって証明しようってんだァ!!?寝言は寝て言いやがれ!!」

 「無駄なのはお前の悪足掻きだ。私は何の根拠もなくこんなことは言わん」

 「ぎゃっはははははははははははははッ!!!はったりかましてんならそろそろ潮時だぜ!!?恥かく前に退いとけって!!テメエはむつ浜なんだからよォ!!!」

 「むつ浜ではない、六浜だ。退くわけがあるまい!貴様の言葉ごときで崩れる私の『推論』ではないわッ!!」

 「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェッ!!!オレが犯人なんて証明できるわけねェんだッ!!!“オレ以外には犯行が不可能だって証拠”なんかあるわけねェだろうがッ!!!」

 「貴様の負けだッ!!」

 

 

 

 

 

 途切れることなく次々と撃ち出される屋良井の言葉は、一切六浜に意味を為していなかった。ただの雑音であり、醜い悪足掻きであり、無意味な時間稼ぎだった。研ぎ澄まされた刀が一振りで標的を真っ二つに割るように、六浜の言葉はそれだけで屋良井の全てをぶっ壊すのに足りた。奴の悪意に満ち満ちた言葉は、もう俺たちに対しても意味を失っていた。

 

 「クラッカーから爆弾を作れたのは、“超高校級の爆弾魔”であるお前だけだったんだ、屋良井」

 「嘘だッ!!デタラメだッ!!デマカセだッ!!!」

 「なぜなら、資料館に爆弾製作に関する資料はなかったのだから」

 「・・・あぁっ?」

 

 六浜が言ったのは至極シンプルな答えだった。爆弾を作ることができたのは屋良井だけ、それは屋良井にその“才能”があって、他の奴にはなかったから。マネしようとしても、それができるだけの環境がなかった。だから屋良井にしかできなかった。たったそれだけのこと。けどそれをどうやって証明するってんだ。そんなんじゃ屋良井は納得するわけねえ。

 

 「だったらむつ浜ァ・・・テメエはあの資料館の本全部読んだっつうのかよッ!!たとえ読んだとしても、そんな言い分誰が信じると思ってんだ!!」

 「資料館のカウンターに設置されていたパソコンには、館内の資料検索機能がついていた。あれで調べれば読む必要などない。十分あれば全て調べることは可能だ」

 「パソコンは何世代も前の物なのに、検索機能だけはいっちょ前なんだよねあれ!タイトルや著者はもちろん、参考文献に注釈まで網羅してたよ!あれ欲しいなあ」

 「なっ・・・!?曽根崎、お前知ってたのかよ・・・!?」

 「捜査の時にむつ浜サンに聞いたんだ。清水クンが穂谷サンと話してる間にね」

 「あ、あの時か・・・!」

 「そんなこと言わなくても、あのパソコンもボクがメンテナンスしてるんだから、精度は保証しますよ。残念ながら思春期のオマエラが期待するようなR指定の本はないけどね!」

 「こ、こんな状況でそんな期待しないって・・・」

 

 注釈みてえな細けえところで検索するバカなんていんのか。けど、そこまで神経質な精度の検索機能を持ってるなら、あのパソコンで調べた資料は信用していいってことだな。で、それがそのまんま六浜の推理の裏付けになる。“超高校級の爆弾魔”である屋良井にしか犯行が不可能だったっていうことの、屋良井が古部来と滝山を殺した犯人だっていうことの。

 

 「どうだ、これでもまだ何か言うことがあるか?『もぐら』」

 「・・・ッ!!」

 

 完全に詰みだ。誰が見たって間違いない。ここまで言い逃れのできない状況に追い込まれて、それでも屋良井はまだ抵抗せんとばかりに歯を食いしばってる。どこまで諦めの悪い奴なんだ。

 

 「ふざけんじゃねえ・・・!!そんなんじゃ認めねえぞ・・・!!その程度の言葉で、オレが納得できるわけねえだろうがッ!!!」

 「はあ・・・もう飽き飽きです。こんなに諦めが悪いだなんて、こちらがうんざりしてしまいますわ」

 「諦めが悪いだと?分かってねえ!!テメエらは何にも分かってねえ!!オレが求めてるのはそんなもんじゃねえんだ!!!おいむつ浜ァ!!」

 「?」

 「オレを犯人だと思うなら説明しろ!!全部を、一から、最初からだッ!!テメエがッ!説明するまでッ!!裁判をッ!!!やめないッ!!!!」

 

 とことんまで面倒くせえ奴だと思ったが、何か妙だ。その言葉には、今までの悪足掻きのような引き延ばしみてえなものを求める感じがしなかった。むしろ、この裁判を締めくくるって仕事を任せるような。このイカレきった裁判の判決を下せと言わんばかりの。

 

 「やってあげたら?六浜サン」

 「・・・どういうつもりか分からんが、やってやろう。これで貴様に、引導を渡してやるッ!」

 

 

 【クライマックス推理】

 

Act.1

 まず、この事件には二人の人間が関わっていた。犯人と、知らず知らずの内に共犯者にされていた男。それは滝山だ。犯人は滝山を騙して、自らの殺害計画に協力させることを企てていたのだ。

 

Act.2

 犯人が行動を起こしたのは、鳥木が主催した発掘場でのパーティーからだ。犯人は殺人の下準備として、滝山を唆して曽根崎にドリアンジュースを手渡させた。これを飲むことで、後にターゲットとして狙うために臭いを付けるつもりだったのだ。そう、この時点で犯人のターゲットは曽根崎だった。だがその思惑は外れた。不審な気配を察知した曽根崎が、ドリアンジュースを古部来に飲ませたのだ。そのせいでターゲットの指標となるドリアンの臭いは曽根崎ではなく、古部来に付着した。

 

Act.3

 一同が花火をするために発掘場から湖畔に移動すると、犯人はあらかじめ用意しておいた煙幕花火に火を点け、そこから噴きだした煙で全員の視界を奪った。その煙に乗じて犯人は滝山を利用し、ドリアンの臭いを辿り、懐に忍ばせていたクラッカー爆弾で古部来を殺害した。そして煙が晴れる前に、再び元の場所に戻って何事もなかったかのように振る舞った。こうして古部来の殺害に成功した犯人だが、その悪意はここでは終わっていなかった。

 

Act.4

 犯人は捜査時間中に、共犯者となった滝山に自らの所業とパーティーの準備中に滝山に毒を盛ったことを伝え、曽根崎と六浜を殺せとでも命じたのだろう。騙されていたとはいえ殺人に加担し精神的に憔悴しきった滝山は、その言いなりになってしまい、発掘場で曽根崎を、資料館前で私を襲撃した。だがどちらも死に至ることはなかった。今となっては確認することもかなわんが、人を殺すことに滝山はギリギリまで抵抗していたのだと思う。でなければ、“超高校級の野生児”である奴が無防備な我々を仕留め損なうことなどあり得ん。

 

Act.5

 こうして曽根崎と私の殺害には失敗した犯人だったが、最後に計画していた殺人は成就した。それは、共犯者である滝山の殺害だ。証拠隠滅、口封じ、裁判の混乱・・・犯人の思惑は見事に成功し、我々の動揺を誘った。こうして犯人は自らはほとんど表に姿を現すことなく、四人もの人間を殺害しようと企み、うち二人を殺害した。

 

 

 「狡猾で卑劣で姑息で陰険で邪な計画と、花火から爆弾や煙幕を作成する技術。この両方ができたのは、“超高校級の爆弾魔”であるお前しかいない!もはやお前に逃げ場はない!!観念しろ!!屋良井照矢!!」

 

 

 

 

 

 改めて聞くと、本当にこの殺人計画の卑怯さを強く感じる。犯行の準備を着々と進めながら、滝山をギリギリまで利用し尽くし、最後にはあんな悲惨な殺し方をする。古部来だって本当なら死ぬはずじゃなかった。それでも躊躇いなく殺したってことは、屋良井にとって殺す相手は誰でもよかったんだ。曽根崎だけを殺すつもりだったら滝山になんか任せないで、自分で確実に殺しにいったはずだ。

 ずっと六浜の推理を仏頂面で聞いてた屋良井は、さっきまでの喧しさが嘘のように一言も口を挟むことなく聞き終えた。そして一瞬だけ流れた嫌な沈黙の後、その口が裂けんばかりに吊り上がった。

 

 「くっ・・・くくっ・・・!ぷっくくく・・・!くはっ!!ひゃはははははははははははははははははははははァッ!!!」

 「!?」

 「ひいいいっ!?な、なななな、なっ、なんですかあああああっ!!?」

 「こ、こわれた・・・!!」

 

 屋良井の浮かべた笑みは、穂谷のそれとはまた違った不気味さを醸していた。はっきりとそこには感情があった。俺が少し前に感じた、あの場違いな感情だ。その笑い声に込められた悦が、俺たちの背筋に寒気を呼ぶ。

 

 「すげえ・・・すげえよむつ浜ァ・・・!!ああぁ・・・たまんねェよ・・・!くくくっ!やべェ、こんなん味わったことねェ・・・なんだよこれ?すげえ!すげえよ!!」

 「なにそれ?イッちゃったの?流石にこれ以上はボクも付き合いきれないな。もう新しい情報は出そうにないしね」

 「いや、安心しろ。もう終わりだ。お前ら・・・この事件の犯人は誰だ?その名を言ってみろ!」

 「な、なにを・・・」

 「言えッ!!!」

 

 その時俺が感じたのは、腹の底から全てを吐き出したくなるような不快感だった。なんで、なんで自分が犯人だと暴かれて笑ってるんだ?なんで恍惚の表情なんか浮かべてんだ?なんで今更、お前の名前なんか言わなきゃいけねえんだ?

 

 「何度も言わせるな。薄汚い殺人鬼の正体は貴様だ、屋良井照矢」

 

 誰も発さない言葉を出すのはやっぱり六浜だ。そして冷たく突き放すように言われたその言葉に、屋良井は満足げに頷いて、コンクリートに塞がれた天を仰いで笑い声を上げた。

 

 「くくくくっ!ぎゃはははははははははははッ!!!そうだ!そうだよッ!!オレだッ!オレが殺したんだッ!!古部来と!滝山を!そしてお前らが求めてた真実だッ!!それがオレだ!!お前らが渇望した『答え』が!!このオレなんだ!!!」

 

 途切れることのない嗤い、そしてねじ曲がった究極の悪意。それは何度も壁に、床に、天井に跳ね返って俺たちの耳に囁きかける。誰も何も言わない。言葉を失ってた。もう奴の姿を視界にとらえたくない。奴の声を耳に入れたくない。奴と同じ場所に居続けることが苦痛で仕方ない。

 そんな俺たちを苦しみから解放するための声を上げたのは、他でもない、その元凶だった。

 

 「おいモノクマァ!!投票タイムだ!!派手に頼むぜ!!このオレの声を!顔を!存在を!こいつらにもう一度痛えほどに知らしめてやるんだ!!さあお前ら!!さっさと投票しやがれェ!!!」

 「えええええええええええええっ!!?ボ、ボクの台詞をとったなあ!!コンニャロー!!前回の裁判からやりたい放題やり過ぎか!!ボクの存在がますます小さくなっていく・・・このままじゃミクロどころかナノまで縮んで白血球に食べられちゃうよ・・・」

 

 二つの悪意は、全く性質が異なる故に、ぶつかり合って噛み合わない。その中に巻き込まれる俺たちは、もはや顔を上げることすらできずに、ただ投票ボタンに指をかけていた。十票全ての投票が終わると、モノクマの後ろにあるモニターが静かに起動した。

 

 「ああっ!オマエラまでボクを差し置いて先に進んで!え、えっと!投票の結果クロとなるのは誰かその結果は果たして正解か不正解なのかワクワクのドキドキだよねッ!!!」

 

 モニターに巨大なスロットマシーンが映し出される前に、モノクマはいつもの煽り文句を早口で言った。どうしてもそこは譲れないなのか。そんな呆れた感情さえも、動き出した機械音に掻き消されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さァ・・・!!刮目せよッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り10人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

 屋良井照矢  鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




長いですね〜。しかしこれでようやく第三章の裁判も終わりです。長かったですねえ。しかもこれでもまだ全貌が明らかになっていないんですね。次回で全て明らかにしますけれども

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