ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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学級裁判編2

 俺の隣の証言台には、血と吐瀉物に沈んだ滝山の死体はもうなくて、代わりにやたらと高い遺影が置かれていた。濁った血の色でバツ印を描かれたモノクロの中で、滝山は不満そうに口を歪めている。少なくともこの写真を撮られた時の滝山は生きていた。今はもう、死体すら見ることはできなくなってしまったってのに。

 

 「モ、モノクマ。滝山くんの死体は・・・どこに行ったの?」

 「え〜?笹戸くんってば、ゲロや死体と一緒に裁判したいの?せっかくボクが、オマエラが快適に議論できるようにしてあげたっていうのに!変な趣味!」

 「そういうことじゃなくて!」

 

 笹戸の言わんとしてることを敢えて察してない風に、モノクマは悪質な笑みを浮かべる。分かるだろ。あれだけのゲロと人間一人の死体だぞ。掃除して見た目はきれいに見えても、臭いとかまでは消せない。晴柳院じゃねえが、残留思念的な何かがあったりするんじゃねえのか。

 

 「心配する必要はない、笹戸」

 「えっ?」

 「ここは前回とは違う裁判場だ。エレベーターの降下速度と降下時間が違った」

 「マジかよ・・・そんなところ全然気にしてなかった・・・」

 「裁判を重ねるごとに、壁紙だけでなく床の模様まで変わっていたのが気になってな。一度染みができてしまえば張り替えるのはそう簡単ではない。試しに計ってみたまでだ」

 

 いや、疑問には思ってたけどそんなことしようとは普通思わねえよ。にしてもそんな単純なカラクリだったのか。要するに地下一階以下の階を似たような造りにしてるってだけだ。別にそれが分かったところで、犯人がトリックに使うとかいうことはねえよな。裁判場は完全にモノクマの支配下にあるんだ。

 

 「えー、ではでは、これより中断していた学級裁判を再開していこうと思います!せっかく曽根崎くんが戻ってきたっていうのに、結局人数は変わらなかったんだなあ、モノを」

 「くだらねえこと言ってねえで、さっさと始めんぞ」

 「やる気まんまんだねえ、清水クン」

 

 一人減って一人戻った。結局この裁判場には、前と同じ10人が立っている。そしてこの中から、また一人消える。その消える一人が誰か決めるのは、俺たち自身だ。

 狂気と猜疑の裁判場が、俺たちの命を乗せて回る。全てが終わった後に待つのは理不尽な絶望と、ほんの少しの勝利の味。それが分かってても、分かってるからこそ、俺は呼吸を整えて臨む。この裁判でも、勝つのは俺だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル3)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の棋士”、古部来竜馬。死亡時刻は午後九時四十分頃。死体発見場所は資料館北の湖畔。頭部から胸部にかけて激しく損傷し、胸部の火傷は内臓まで到達。数カ所に異物が刺さっており、骨折も複数ある。

 

【何かの焼けた跡)

場所:湖畔

詳細:古部来の死体の周辺に散っていた燃えかす。木っ端微塵になっているが、かなりの種類と量がある。

 

【花火の煙)

場所:湖畔

詳細:事件の直前に、遊んでいた花火が突如として大量の煙を噴き出した。もともと煙が出やすい種類の花火だが、通常なら視界を遮るほどではない。

 

【煙の中の閃光)

場所:湖畔

詳細:煙幕の中で清水が見た強烈な閃光。同時に炸裂するような音もした。古部来が倒れていた辺りに見えたため、事件と関係していると思われる。

 

【古部来のダイイング・メッセージ)

場所:湖畔

詳細:歪な形の円が描かれていて、円周の一点に血が付いている。古部来が何かを伝えようとしていたようだ。

 

【うつ伏せの古部来)

場所:湖畔

詳細:古部来の死体はうつ伏せに倒れていた。死因となった火傷や裂傷は全て前面にしかなかったため、不自然であると言える。

 

【角行)

場所:湖畔

詳細:古部来の前方に、ダイイングメッセージと重なる場所に落ちていた。生前の古部来が大切にしていたもの。傷やシミが年月と威風を醸している。

 

【笹戸の証言)

場所:桟橋

詳細:事件発生直前、笹戸は湖畔に打ち上げられていたピラルクーの死体を供養しに桟橋に行っていた。死体は、成熟していないまま死んでいたにもかかわらず、特に襲われた痕跡などはなかったらしい。

 

【夜中のパーティー)

事件当日の夜、鳥木の提案で全員参加のパーティーが開かれた。発掘場で食事を楽しんだ後、湖畔に移動して花火をした。

 

【アルミホイル)

場所:食堂

詳細:食堂にあったアルミホイルが新品になっていた。モノクマが補充したらしいが、鳥木によれば準備の時点では特になくなりそうな気配はなかった。

 

【ダイヤル錠)

場所:倉庫

詳細:倉庫の格子戸を施錠している鍵。番号は全て3679で統一されている。

 

【曽根崎のメモ帳)

場所:なし

詳細:曽根崎が愛用している革カバーのメモ帳。捜査の途中経過や発掘場でのパーティーの詳細な様子も記されている。

 

【血溜まり)

場所:発掘場

詳細:曽根崎の血が半端に地面に染み込んだ跡。生々しく鈍い光沢を放っていて、強い血の臭いを漂わせている。

 

【資料館のパソコン)

場所:資料館一階

詳細:曽根崎が解析中の旧式パソコン。資料館専用のものとなっていて、資料検索や文書作成などの便利な機能もついている。

 

【略地図)

場所:なし

詳細:煙が発生する直前と死体発見時の全員の位置をまとめたもの。曽根崎と六浜が協力して書いた。

 

【粉々のガラス)

場所:湖畔、発掘場、資料館

詳細:古部来の周りに大量のガラスの破片が大量に落ちていた。古部来の体にもいくつか突き刺さっている。発掘場で倒れていた曽根崎や、資料館の外で襲撃された六浜の周辺にも同じものが散らばっていた。赤みがかった茶色をしている。

 

【消えた毒の瓶)

場所:医務室

詳細:医務室の薬品棚から毒の瓶が一本持ち去られていた。パーティー準備中に穂谷が全て揃っているのを確認したため、それ以降に持ち出されたと考えられる。

 

【合宿場規則13)

場所:なし

詳細:規則13,『同一のクロが殺せるのは、一度に二人までとします。』

 

【テロリスト『もぐら』の資料)

場所:曽根崎の個室

詳細:曽根崎が独自に集めた情報をまとめたファイル。世間を騒がせている謎の連続テロリスト『もぐら』について、最初の事件から最新のターゲットまでを事細かに調査・記録してある。鍵付きの引き出しに仕舞って、表紙にフェイクを仕込むほど、曽根崎は隠そうとしていた。

 

【古部来の部屋)

場所:古部来の部屋

詳細:夥しい数の棋譜が部屋のあちこちに貼られている。部屋の持ち主の凄まじい執念が垣間見える。

 

【砕けたビン)

場所:発掘場

詳細:胴体部分が跡形もなく砕け散ったビン。口の方は原型を留めている。明尾が掘った穴の中に隠すように捨てられていた。

 

【水のボトル)

場所:発掘場

詳細:パーティー用に食堂から持って来られていた水の入ったガラス製のボトル。モノクマキャップがキュートな茶褐色ボディは、ただのガラスなので耐久性はいまいち。

 

【テラスの足跡)

場所:資料館二階・テラス

詳細:手すりとテーブルに土の足跡が付着していた。靴を履いた形跡はなく、どちらも裸足のものと断定できる。

 

【モノクマファイル4)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の野生児”、滝山大王。死亡時刻は午前一時十五分。死体発見場所は学級裁判場。軽度の痙攣と吐血、激しい嘔吐の後に死亡。特徴的な死斑が確認できることから、薬物による中毒死と断定される。この死斑は、頸部、腕部、腹部と広い範囲にみられる。吐瀉物に血液が混ざっているため、胃袋などの内臓から出血していると推測できる。

 

【滝山の違和感)

場所:なし

詳細:天真爛漫で無邪気な滝山は裁判中もとにかく落ち着いてはいなかったが、前回の裁判中は一言も喋らないほど大人しかった。花火中はいたずらを仕掛けるなどして普段と変わりなかった。

 

【小瓶)

場所:滝山のポケット

詳細:いかにもヤバそうな名前の毒物のビン。中身はほとんど空になっていて、僅かに残っていたのはただの水道水だった。

 

【電子生徒手帳)

場所:なし

詳細:希望ヶ峰学園の生徒に一つずつ配られる電子タイプの生徒手帳。規則や合宿場の地図を確認したり、メモ機能やロック機能もついている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【学級裁判 再開】

 

 

 「さて、まずはみんなに一つお願いがあります」

 「またお願いかよ!デジャヴかよ!」

 「改まってなんだ曽根崎。聞くだけ聞こう」

 

 前回同様、裁判が始まるや否や一人が声をあげた。前は六浜だったが、今回は曽根崎だ。お願いって、今更なんなんだよ。

 

 「一応だいたいのことは清水クンや望月サンから聞いたんだけど、やっぱりちょっと不安だからさ、悪いんだけど前回の裁判の流れ説明してくんない?」

 「やはりか、構わんぞ。我々にとっても空いてしまった捜査時間は無視できない。一度裁判をさらおうと思っていたところだ」

 「二度も同じ話をするのは億劫なので、みなさんにお任せします」

 「いきなりサボり宣言すんなよ!」

 

 言われなくてもやるっつうんだよ。どうせ曽根崎にとっちゃ大した意味はねえんだろうが、俺たちはまるまる前回の話を覚えてるわけじゃねえ。改めて確認しとかなきゃ、後で余計な食い違いがあったらうざったくてしょうがねえ。

 

 「まず最初に被害者の整理をした。湖畔で古部来竜馬、発掘場で曽根崎弥一郎、資料館前で六浜童琉がそれぞれ被害に遭った。それまでの事件と異なり複数の被害者が出たことはこの事件の特徴だが、なぜ複数人の被害者が出たかについては結論が出ないままだった」

 「確かにそうだね。クロになる条件を満たすなら、古部来クンを殺した段階で十分だ。やっぱり他に目的があったのかな」

 「まあその辺の話は今はいいだろう。続きを話すぞ」

 

 なんで被害者が何人も出たか、確か答えは有耶無耶になってたような気がする。どうだったっけか。やっぱり改めて流れを整理することになってよかった、と内心ほっとした。

 

 「古部来の死の状況と、曽根崎と私の負傷状況があまりに異なることから、二つの事件を起こしたのは別の人物であるという説が出た。そしてそのために、古部来の死についてより深く考えていくことにした」

 「彼の負った大きな火傷と全身の傷、そして煙が発生した際に鳴った音などから、古部来君の死因は爆殺だと断定されましたね。凶器となった爆弾は、クラッカーをアルミホイルなどで改造したものということが判明しました」

 「ふむふむ。クラッカーに花火の火薬、それからアルミホイルか。誰にでも持ち出せたっていうことは凶器から犯人を絞るのは無理か」

 「あ、あんな煙の中で誰かを狙うなんて・・・それもお一人で離れてた古部来さんだったいうことで、手近な人を無差別に手にかけたんやなくて、最初から古部来さんを狙うてたってことになったんですよね・・・」

 「しかしあの煙の中で特定の誰かを、ましてや古部来を狙うなど至難の業じゃ。そこで犯人はどうしたか!そう!嗅覚を頼ったんじゃ!」

 「発掘場でのパーティーの最中に古部来くんが噴き出したドリアンジュースの臭いが、古部来くんの服に染み付いてたんだ。あの強烈な臭いなら、体臭とかよりも確実性が高いから」

 「とは言っても、外で火薬の臭いも混ざってるあんな中で臭いを頼りに古部来の所まで行くなんて、普通の人間にゃ無理だ。けど逆に、それができる奴が犯人ってことになる。そんなことができんのは、“超高校級の野生児”で犬並の嗅覚がある滝山だけだ!」

 「ですが投票を目前にして、滝山君は亡くなってしまいました。古部来君を殺害したのは自分じゃない、真犯人を知っている、という言い逃れにしては出来の悪い言葉を遺して」

 

 穂谷がそう締めくくって、裁判の復習は終わった。曽根崎は俺らが話すペースに全く遅れないスピードでペンを動かしてたが、裁判場が静かになると同時に手を止めた。これが大まかな流れだ、結局分かったのは古部来を殺した凶器とどうやってあの煙の中で古部来に近付いたか、だ。凶器はともかく、後半の部分はマジで滝山にしかできない。だから古部来殺しの犯人は滝山しかいねえはずだ。

 

 「これが前回の裁判の流れだ。曽根崎は今ので十分か?」

 「そーだね。結局みんな、犯人は滝山クンって結論に満足してる感じ?」

 「いや、そりゃそーだろ。他にあの煙ン中で狙って殺す方法なんてねえって。ドリアンジュースのことも偶然にしちゃ都合が良すぎる」

 「ドリアンジュースのことの根拠は?」

 「お前が俺に渡しただろ、手帳。あん中に書いてあったんだよ。っつかお前が書いたことだろ」

 「あ、そっかそっか」

 

 二つだけ質問して、曽根崎は納得したように頷いてもう一度ペンを止めた。ようやく全員が同じ条件で議論が始められる。誰かが発言するより先に、六浜がよく通る声を発した。

 

 「ちなみに今回の裁判でも、私に議論の主導させてもらうぞ」

 「あ、じゃあ議長!早速いいですか!」

 「うぜえ黙っとけ」

 「いいぞ言ってみろ」

 「いきなり真っ二つではないですか・・・!」

 

 改めて始まるや否やえらくテンション高く言った曽根崎にムカついた。どうせこいつに何か言わせたところで議論が混乱するだけだから何も言わせたくねえんだが、他の奴はそうでもないらしい。曽根崎は俺の意見は無視してぺらぺらと話し出す。

 

 「前回の裁判ではギリギリのところで滝山クンが死んだから投票してないってことだったけど、みんなは滝山クンが古部来クンを殺した犯人っていうことでもうオッケーなわけ?死の直前に古部来クンを殺した真犯人がいるって言い遺してたのに、その可能性は最初っからアウトオブ眼中?確かに煙の中で古部来クンを探すことなんて、超人的な五感を持ってる滝山クンにしかできないことだとは思うけど、でもそれってあくまで状況証拠じゃん?物的証拠がないんじゃ決めつけるのは危険だと思うけど。だってこれ命懸けなんだもん!目に見えて手に触れる確かな根拠がないとボクは納得できないなあ」

 「ホントよくしゃべんなお前」

 「要するに、滝山が古部来を殺害した犯人だという結論に異を唱えるわけだな」

 「そ!」

 

 たった一言で済んだじゃねえか。何をべらべらくちゃくちゃと余計なことを付け足しやがって、曲がりなりにもジャーナリストならもっと簡単に分かりやすく言えアホ。そんでもって、今になって滝山犯人説に待ったをかけるとか、どういうつもりなんだ。やっぱり大声出してでもこいつの発言は邪魔するべきだった。

 

 「いまさら滝山が犯人ってこと疑ってどうすんだよ。あいつ以外に誰が煙の中で臭いを嗅ぎ分けられるんだ」

 「“超高校級の調香師”とかならありそうだけどな!オレは違えけど」

 「それに滝山君が犯人でないとしたら、彼が発掘場であなたにドリアンジュースを渡したことはただの偶然だったということですか?あまりにも都合が良すぎる話ではないですか」

 「どうだろね。滝山クンがボクにジュースを渡したのは事実だし、そこは疑いようのないことだ。けど今回の事件の流れで、本当に滝山クンはクロになることができたのかな?」

 「・・・どういう意味ですかぁ?」

 「せっかくだから、いつもみたいに事件の流れを最初っからおさらいしてみようよ。滝山クンが犯人だと仮定した上で、実際の犯行の順序に沿ってさ!」

 

 なんだそりゃ。さっき裁判の流れを確認したばっかなのに、なんでもう一回事件の流れを振り返らなきゃいけねえんだ。二度手間だろうが。誰がなんと言おうと、臭いで古部来に狙いを付けたってことが揺るがねえ以上、滝山が犯人ってことは変わらねえ。無駄な部分だからさっさと終わらせてやる。

 

 

 【議論開始】

 

 「それじゃ、滝山クンが犯人っていう前提のもとで、最初から事件の流れをおさらいしてみよっか」

 「彼が行動を開始したのは、パーティーの最中です。まず彼はドリアンジュースを用意して“曽根崎君に”飲ませようと渡したのです」

 「それを曽根崎が古部来に渡したから、結果的にあいつが殺されることになったんだな。で、古部来がドリアンジュースを飲んだのを確認して、あいつは“古部来に狙いを定めた”んだ。花火中に殺すってのを計画した上でだ」

 「湖畔で花火をしつつ、滝山大王は予め仕込んでいた花火の煙が噴き出す瞬間を見計らって、古部来竜馬の臭いを嗅ぎ取って近付き、“倉庫から持ち出した”材料で改造したクラッカー爆弾で奴を殺害した」

 「その発言、待ったじゃ!!」

 

 

 

 

 

 「うむ、おかしい・・・やはりおかしい!実におかしい!いや、絶対におかしいぞ!もしや曽根崎よ、これがお前の疑問の根拠か!?」

 「ど、どないしはったんですか明尾さん・・・?いまの何がおかしいんですか?」

 「滝山が犯人だと仮定した上で、犯行に不可欠なクラッカー爆弾を用意するとなると、やはり奴には無理なのではないかと思ってな。いや無理じゃ!」

 「それはなぜそう思うのだ?」

 「なぜならば、クラッカー爆弾を作るには花火やクラッカーを事前に倉庫から持ち出さねばならんじゃろう?倉庫からそれらを持ち出すには、格子のダイヤル錠を外さねばならん。しかしの、滝山にはそれができんのじゃ!」

 「できない・・・というのは、どういう意味合いででしょうか?」

 「それを言わせるの鳥木クン。要するに滝山クンにダイヤル錠は難しすぎたってことだよ!」

 

 言わずもがなだが馬鹿馬鹿しい。ダイヤルを回して数字を合わせるってだけのめちゃくちゃシンプルな錠前だが、滝山にそれが理解できなかったと言われても違和感はない。むしろそっちの方が自然だ。数字が三つ以上あるもんを、あいつが使いこなせるとは思えねえ。

 

 「わしはパーティーの準備中にこの目ではっきりと見たぞ!わしは地中の化石すら見通すほど目に自信があるでな、信用するがいい!」

 「メガネかけてんじゃねえか」

 「にわかには信じがたいな、あの程度の機器なら問題なく使用できると考えられるが」

 「いやでも・・・シャワーも使えなかった滝山クンだからなあ。ダイヤル錠なんて複雑過ぎるかも」

 「滝山にダイヤル錠が開けられなかったとしたら、倉庫から火薬やクラッカーを盗むことは不可能だな。まさか都合良く誰かが持って行ったわけでもなかろうに」

 

 猿同然のアホさ加減だった滝山が、人目を盗んでダイヤル錠を開けて必要な物を持ちだしてまた錠をかけてなんて器用なマネするところ、想像できねえ。誰かが代わりに開けてやったとしても、そんな怪しげな動き見逃すはずがねえ。そこは分かる。けどそれに付いてくる結論だけは、まだ俺には納得ができねえ。

 

 「そもそもあの滝山クンにダイヤル錠を開けたりクラッカーを改造したりする以前に、ここまで殺人計画を立てられる知恵があるとは思えないよね!」

 「不必要に死者を冒涜するな。だがお前の言う通り、滝山が一人で古部来の殺害を実行するには障害が多すぎるな」

 「でしょっ?だからさ、みんな一回頭ン中リセットしてみなよ!滝山クンは犯人じゃない、古部来クンを殺したのは別の・・・」

 「だが、まだその時ではないッ!!」

 

 またしても平然と滝山を馬鹿にする曽根崎を六浜が止めた。確かに滝山にとっては色々と無理がありそうなやり方ばかりだ。だがそれは、あいつが本物の猿知恵しかなくて犯行計画すら立てられねえって話だ。それこそ状況証拠にすらならねえただの憶測だ。もっと決定的な事実を俺たちは知ってる。六浜がそれをぶつけた。

 

 「曽根崎よ、張り切るのは分かるが、あまり焦っても良いことはない。冷静になれ」

 「うん?ボクはずっと冷静だよ。むつ浜サンこそ何さ。ボクの意見に賛成じゃなかったの?」

 「むつ浜ではない!六浜だ!お前の言いたいことを言う前に、まだ解決していないことを明らかにするべきだ!復帰早々悪いが、試させて貰うぞ!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「滝山が古部来を殺害した犯人だと仮定した上で、その犯行に障害が多くあるというのは確かに見逃せん。だがしかし!それでもまだ決定的な事実が残されている!」

 「ここまで話してまだ納得いかないの?六浜サンはもうちょっと頭が柔らかいと思ってたのになあ。その決定的な事実ってなに?」

 「古部来は湖畔で花火から噴き出した煙に紛れて殺害された。全員が視界を奪われた中で犯人は臭いを頼りに古部来に近付いたのだ!これをできたのが“滝山しかいなかったという事実こそ”が、滝山が犯人であるという揺るがざる証拠だッ!!」

 「惑わされちゃいけないよ」

 

 

 

 

 

 「どうやら、みんなは根本的に勘違いをしてるみたいだね。いや〜、参った参った」

 「根本的に・・・だと?」

 

 強く、厳しく、鋭利な言葉で曽根崎に斬りかかる六浜の論をひらひらとかわすように笑いながら、曽根崎はその論の一縷の隙に付け入る。カウンターのごとく切り返すと、またへらへらしながら軽く言う。

 

 「確かに、あの煙の中で古部来クンを狙うことができたのは滝山クンだけだ。ドリアンジュースの件も偶然なんかじゃなくて、犯行計画の中に組み込まれてたもので間違いない。だけど、それだけじゃ滝山クンが犯人だなんて言えないはずだよ」

 「ど、どういうことですかぁ・・・?滝山さんにしかできへんかったら、他に犯人なんて・・・」

 「ああ、それも勘違い。犯行ができることと、犯人であることは必ずしも同じじゃない」

 「ええい!何を言っとるかちんぷんかんぷんじゃ!!まどろっこしいことで誤魔化さんとズバッと教えんか!!」

 

 ずっと曖昧で不確実なことしか言わねえ曽根崎に俺たちは頭を抱える。何が言いてえんだこいつは。滝山にしかできねえなら滝山が犯人じゃねえのか。曽根崎はペンを回しながら、自分では教えねえって無言で主張してくる。他の誰かが気付くまでこのまま続けるつもりか。ふざけやがって。こんなところで止まってる場合じゃねえんだよ。

 

 

 【思考整理】

 

 曽根崎の言い分は・・・

     ・・・滝山は古部来を殺した犯人じゃねえ

 

 煙の中で古部来を特定できたのは・・・

     ・・・滝山以外には不可能だった

 

 滝山に犯行は可能だったか・・・

     ・・・古部来を特定する以外のことは滝山には無理がある

 

 滝山はどういう風に事件に関わってるか・・・

     ・・・犯人でも被害者でもないが事件には関わってる存在

 

 つまりこの事件の中で滝山の立ち位置は・・・

 

 「そういうことかッ・・・!」

 

 

 

 

 

 「滝山は・・・共犯者だったってことか?」

 「んんっ!その通りだよ清水クン!」

 「きょ、共犯者ぁ?」

 

 色々と複雑に考えてたが、一度整理して考えてみたら、自分でもびっくりするくらいあっさりと閃いた。むしろ今まで閃かなかったのが不思議になるくらいに、曽根崎の全ての発言が繋がってきた。滝山は古部来を殺した犯人じゃなくて、共犯者だったんだ。

 

 「滝山クンには不可能な犯行の準備、滝山クン以外には不可能な殺害の実行。この矛盾を成立させる答えは一つ、彼は誰かと共犯関係にあったってことだ」

 「そ、そんなことあり得るのですか!?共犯など・・・にわかには信じがたいのですが・・・!」

 「っていうか、共犯者ってクロとは違う扱いになるんじゃなかったっけ?よく覚えてないけど・・・」

 「んもう!最初に言ったでしょ!クロは直接手を下した人のことで、共犯者はいくら手伝っても、殺してない限りはクロになりません!」

 「つまり、犯行を幇助することで共犯者が得るメリットはない、ということか。クロを知りながら黙秘することは、自らの命を捨てるに等しい」

 

 笹戸の質問に、モノクマが頭から湯気を出して怒る。そこまでのことじゃねえだろ。だが共犯者がクロにならねえとなると、望月の言うとおりそこにメリットはない。どうせ学級裁判になったらクロを処刑しなきゃ自分が死ぬことになるんだ。テメエの命捨ててまで誰かを生かそうなんて発想、自分が可愛いこいつらに浮かぶわけがねえ。

 

 「ではこの論は破綻だ。滝山大王が共犯者である可能性はあり得ない」

 「いきなり一刀両断じゃな!」

 「なんでさ」

 「共犯者として事件に関与したところで、滝山大王はこの場所から脱出できるわけではない。別の犯人が学級裁判に勝利することはつまり、共犯者である滝山大王の死も意味する。全く以て不合理だ」

 「それは確かに。いくら彼でも、その程度の不合理は理解できましょう」

 「全くその通りだな。それについてはどう考えているのだ、曽根崎」

 「そうだね。ボクよりみんなの方が分かってるんじゃないの?」

 「はあ?」

 

 いくら猿並みの滝山でも、クロに協力して死ぬことが自分にとって不都合だってことぐらいは分かるはずだ。それなのに共犯なんて、マジであり得るのか?そもそも、あの体だけでっかくなったガキみてえな奴が、殺人に加担すること自体が妙に引っかかる。滝山はクロか否か、本当はどっちなんだ?

 

 

 【議論開始】

 

 「“滝山くんが共犯者”で、古部来くんを殺す手伝いをしたなんて・・・信じられないよ!」

 「お前は奴が犯人だという話の時も反対してただろう。感情論は無意味だ」

 「学級裁判の制度がある以上、犯行を手伝うことで共犯者に利益があるとは考えられない。この事件は“滝山大王の単独犯行だ”と断言できる」

 「ホントにそうかなあ?まあ、普通ならこんな状況で“共犯関係なんてのはあり得ない”よね」

 「そんなにあっさり認めてしまうのですか!?」

 「言うてしまえば、滝山は相当知恵が足りん奴じゃったからのう。話を持ちかけられても、“共犯関係を理解できなかった”のではないか?」

 「それだッ・・・!」

 

 

 

 

 

 「あんなガキみてえな奴に、共犯なんて小難しい関係が理解できたわけがねえ。そこだけは絶対だ」

 「ならば、やはり滝山大王は共犯者では・・・」

 「ただ、共犯関係だと思ってなかったとしたら・・・可能性はある」

 「?」

 

 冷静に淡々と話す望月を遮って、俺は自分の推理を話す。望月は割り込んだ俺に苛つくでもなく、言っている意味が分からねえのか首を傾げた。反論されたら自分が話し中でも黙るところがこいつの良いところだ、本当にそこだけだ。

 

 「花火中のあいつのおちゃらけた態度と、古部来が死んだ後の捜査中から裁判中までのあいつの態度は明らかに違った。そうだよな?」

 「た、確かに・・・思い返してみれば、滝山さん・・・前の裁判の時は全然喋ってませんでしたね・・・」

 「何も分からねえから喋れなかっただけじゃねえの?」

 「いえ、彼はそれまでは不必要に中身のない発言を騒々しい声で喚き散らしていました。私が言うのですから、間違いありません」

 「自信過剰にも程があるよ・・・!」

 「たぶん滝山は、古部来が死ぬまで自分が共犯者になってるなんて理解してなかったんだろ。真犯人が上手いこと唆せば、臭いを辿って古部来を探すくらいのこと、あいつならやりかねねえ」

 「普段より元気がないとは思っていましたが、共犯者となってしまった後悔や恐れのせいだったということですか・・・」

 

 捜査中の様子を思い出して、鳥木が強く頷く。そこまで気付いてたなら推理するまでもなく分かんだろアホ。とにかく、滝山は共犯者だってことを知らずに、古部来殺しに協力してたってわけだ。他の奴ならいざ知らず、滝山ごとき騙すのなんてチョロいもんだろ。

 

 「どういう風にやったのかは分からないけど、たぶんイタズラしてやろうとかくらいのことを言ったんじゃないかな。そうすれば、テンション上がった滝山クンなら騙せるでしょ」

 「・・・確かに、筋は通っているな。滝山のような人間に計画を立てることや、殺人を躊躇なく実行することができるとは、私も考えにくい。共犯者だとすれば・・・納得はできる」

 「ぬうぅ!純朴で無邪気な滝山の気持ちを弄び、剰え殺人に利用するとは・・・まさに外道ッ!!鬼畜の所業ッ!!ゲスの極みおのれええええええええっ!!!」

 「お、落ち着いてください明尾さん・・・」

 

 一人で勝手に怒りに燃えてる明尾は放っといて、六浜も望月も納得したらしい。滝山は古部来を殺した犯人なんかじゃなかった、真犯人に騙されて共犯者にさせられたんだ。たぶん古部来の死体を見た時、あいつ自身も驚いたはずだ。どう騙されたのかは分からねえが、少なくとも自分が古部来の死に関係してるってことは分かったはずだ。

 

 「しかし、その根拠は一体なんなのですか?態度だとか、彼には難しすぎただとか、それこそ曽根崎君の言う状況証拠のようなものではないですか?確固たる何かがなくては、その論こそ信憑性に欠けます。違いますか?」

 

 そこに空気を読まず、穂谷がまた反論してくる。こいつは今回に限らずいちいちねちっこく、重箱の隅を突くようなことばっかり言いやがって。議論を進めたくねえのか、進められたら都合が悪いことでもあんのか。

 だが質の悪いことに、穂谷の突くところは見過ごせねえ。元々滝山が犯人じゃねえって話を始めた時に曽根崎が言ったことをそのまま返す辺りに性格の悪さがにじみ出てるが、言ってることは的確だ。

 

 「物的証拠ってこと?う〜ん、それはないかなあ。だって直接古部来クンを殺したのは真犯人なわけだし」

 「な、なんですかそれぇ・・・話が二転三転してますよぉ」

 「では、滝山君が共犯者だということも確定できないのではないですか?」

 「・・・でもね、できるんだよ」

 

 鋭い穂谷の指摘に、意味深に返す曽根崎。どっちもいつもの通りで、傍目に見てるだけで凄まじくむかっ腹が立つ。こいつらの議論に俺が付き合わなきゃいけねえって状況が苛ついてしょうがねえ。

 そんな俺の苛立ちに気付く由もなく、曽根崎は僅かに口角を上げて俺たちを舐めるように見渡し、そして口を開いた。

 

 「なぜなら・・・ボクを襲ったのは滝山クンだから」

 「はっ!?」

 「発掘場でボクの頭に鈍器を叩きつけた犯人・・・それが滝山クンなんだよ。だから、彼は古部来クンを殺した犯人じゃない」

 「え?お、おいおい!さらっと言ってっけどそれマジなのかよ!?」

 「マジだよ。キミたちの推理じゃ、古部来クンを殺した犯人とボクと六浜サンを襲った犯人は違うってことだったよね?ボクを襲ったのが滝山クンである以上、滝山クンが古部来クンを殺した犯人だっていうのはあり得ない」

 

 なんでこのタイミングなんだ?なんで今更そんなこと、そんな簡単に言うんだ?なんでこいつは今までそれを隠してたんだ?滝山が曽根崎を殺し損ねた犯人?資料館で俺の目の前で六浜に怪我をさせた犯人?そして古部来を殺した奴の共犯者?・・・・・・何がどうなってんだ?

 曽根崎のたった一言で俺の頭の中には疑問が駆け巡った。滝山が古部来を殺したっていう考えが否定されただけじゃなくて、本当は滝山は真犯人に騙されてた共犯者で、曽根崎と六浜を殺そうとした犯人で、でももうそいつも死んじまってて・・・一体何を明らかにすれば良い?何を話せばいいんだ?

 

 「い、一旦整理させてくれ曽根崎。お前はその・・・なぜ滝山がお前を襲った犯人だと断定できる?」

 「見たんだって言うだけじゃ信じてもらえないだろうから、その時のことも話すね。古部来クンが殺された後の捜査中、ボクが発掘場に行ったら滝山クンがいたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やあ、滝山クン」

 「ひぅっ!?そ、そねざき・・・!?」

 「うん?どうしたの滝山クン、顔色悪いよ」

 「えっ・・・・・・ほ、ほんとに?そんなこと・・・ねえよ・・・」

 「ま、無理もないか。まさかこのタイミングで古部来クンが殺されるなんて、ボクもちょっとびっくりしたよ」

 「・・・そう、だよな・・・・・・ひどいこと、だよな」

 

 発掘場にいた滝山クンは、ひどく落ち込んだ様子だった。ただならぬ雰囲気は察してたんだけど、ボクも注意力が足りなかったかな。でもスクープってキケンな所に潜んでるものだし、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うしね。そこでボクは滝山クンと二人きりで、発掘場を捜査することにしたんだ。

 

 「湖畔でいきなり犯行を思いついたとは考えられないよなあ。ってことは、パーティー中にはもう誰かを殺す気でいたわけだ。殺意をおくびにも出さずに紛れ込むなんて、なかなか狡猾だね」

 「あくび?コーカツ?」

 「あ、でも有栖川サンと石川サンの例もあるし、案外できるものなのかな。人を殺しても、誰にも気付かれないでいられるものなのかな」

 「っ!さ、さあ・・・わかんねえよ・・・」

 

 思えば、ちょっとはボクにも責任あったのかなーなんて。別に決めつけてたわけじゃないけど、滝山クンはあからさまに怪しかったから気をつけるべきだったよ。知らず知らずの内に、精神的に彼を追い詰めるようなことばっか言ってたや。そりゃ滝山クンには厳しいよね。

 

 「とにかく、計画的犯行になるわけだ。ここにも何か証拠が残ってたりしないかな」

 「な、ないとおもうな・・・だって、こぶらいがしんだの・・・ここじゃねーし・・・」

 「だけど手がかりくらいはあるはずだよ。そうだ、滝山クンなら分かるんじゃない?“超高校級の野生児”なんだし、目も耳も鼻もいいはずだよ」

 「えっ・・・!?」

 「あの煙の中で何かおかしな所があったとか・・・この発掘場で何かの臭いがするとかさ。そんなの、ない?」

 「っ!?う、うぅっ・・・!ううああぁ・・・!!」

 

 この辺りで、滝山クンは限界を迎えたんだろうね。自分が古部来クン殺しに加担してしまった恐怖、ボクに追い詰められていく恐怖、死に対する漠然とした恐怖・・・。そう考えると、なんだか彼が気の毒になってくるよ。

 

 「そねざき・・・お、おまえ・・・きづいてんのかよ・・・!!」

 「え?なに?」

 

 いつもの滝山クンよりずっと小さい声で、彼は言った。だからボクも気付けなかった。彼の様子がおかしいってことに。滝山クンがボトルを持ってボクの後ろに近づいてるってことに。

 

 「はあ・・・はあ・・・お、おまえ・・・!しってるんだな!!」

 「・・・え?」

 「こいつを・・・こいつをころさなきゃ・・・!ころさなぎゃ・・・ころず!ごろずッ!!」

 

 ボクが振り返りざまに見た滝山クンは、ボトルを握った手を高く振り上げていた。瞳孔が開いた眼から大粒の涙がこぼれて、力んだ腕の逞しい凹凸が歪に見えた。彼は叫んでいた。

 

 「がああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 そこにいたのは、本物の野生児だった。自分が生きるために目の前の敵を殺す、本能的な死の恐怖に敗北した猛獣だった。人間離れした怪力が、ボトルを伝ってボクの頭蓋に流れ込んできた。最後に聞いたのは、動物なんかにはないはずの感情が混じった、滝山クンの荒い呼吸だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っとまあこんな感じだよ」

 「っとまあ、じゃねえよ!!こんな感じだよ、じゃねえよ!!なんだその話!!めちゃくちゃヘビーじゃねえか何百キロ級だよ!!」

 「滝山はそんなに追い詰められていたのか・・・!だというのに、私はなんと不甲斐ないッ・・・!」

 

 曽根崎は重苦しい口調で話し終わったかと思ったら、あっけらかんとした軽い口調で締めた。その後、そこでぶっ倒れた曽根崎を俺が見つけたわけか。そんなことが起きてたなんて知らなかった。どよめく裁判場に、曽根崎は大した話でもないという風に眉をひそめる。大した話だボケ。っつうかそんな大事なこともっと早く言え。

 

 「なんでそんなこと、今まで黙ってたんだ。お前を殴ったのが滝山だって分かってたら、こんな無駄な議論しなくて済んだだろうが」

 「え〜、だっていきなり言っても、頭かち割られて復帰早々そんなこと言って、みんな信じる?脳みそやられておかしくなったって考えるでしょ、普通」

 「元からおかしかったっつうんだよ」

 「しかし、今の話はとても嘘やデマカセには聞こえませんでした・・・」

 「そりゃそうだよ、ホントの話だもん。あと、滝山クンが襲ったのはボクだけじゃないよ、六浜サンもだよ」

 「ほ、ほんまにそうなんでしょうか・・・?」

 「うん?」

 

 発掘場で曽根崎を殺そうとしたのは滝山、それはもうほぼ確定だ。曽根崎自身が言ってるんだから間違いねえ。ってことは六浜を襲ったのも滝山ってことになるが、そんな疑いようのないことにまでケチをつける奴がいた。穂谷か望月かその辺りだろうと思いきや、それは晴柳院だった。ビビりでチビのこいつに議論を邪魔されると、それはそれでまたムカつく。

 

 「だ、だって・・・曽根崎さんのお話を聞く限り、滝山さんは追い詰められたから・・・・・・そ、そのぉ、あんなことしはったんやないですか・・・?六浜さんが襲われた時って・・・滝山さんはそこにいてへんかったんちゃいますか・・・?」

 「その時の状況については、私よりも清水の方が詳しいはずだ。どうなんだ清水、滝山はいたのか?」

 「いたら言ってるっつうんだよ、あのメガネ馬鹿と違って無駄にもったいぶることなんかするか」

 「その後に続く余計な一言さえなくなれば、ぎりぎり聞くに値するのですが」

 「説得力が行方不明じゃ・・・!」

 「えと・・・で、ですからぁ・・・・・・曽根崎さんが襲われたんに理由はあったとしても、六浜さんが襲われる理由って・・・その、ないんちゃうかな・・・って・・・・・・」

 「大丈夫だ晴柳院。お前の言うことも一理ある。現場に残っていたボトルの破片から曽根崎の事件との共通点は認められるが、私の件の場合は滝山が犯人だという証拠があるわけではない」

 「だけど、ここまできてまさか三人目の共犯者なんているのかな?」

 「一般的に、犯行にかかる人員数や時間はその犯罪の成功率と反比例する。つまり、共犯者が更に存在する可能性は棄却される程度に低い」

 「いやでも、証拠がねえんじゃどっちとも言えねえよなぁ・・・」

 

 ああ、イライラする、クソ共が。いまさらこの事件に滝山以外の共犯者がいる可能性なんて考える必要ねえだろ。六浜を資料館前で襲ったのも滝山に間違いねえんだ。俺がこの馬鹿共に思い知らせてやる。

 

 

 【議論開始】

 

 「六浜さんを資料館前で襲ったんが滝山さんって、ほんまに言い切れるんでしょうか・・・?」

 「神聖なる発掘場で“滝山が曽根崎を襲った”のならば、奴が同様に六浜を襲ったことも考えられるぞ!いやむしろ、他に考えられまい!」

 「ですが彼が曽根崎君に殺意を抱いたのは、“彼が共犯者である”ことに対するプレッシャーを与える発言に因ります。資料館にこもっていた六浜さんの他には清水君しかいらっしゃらなかったのなら、滝山君は“なぜ彼女に殺意を抱いた”のでしょう?」

 「そこは問題じゃないよ。いま大事なのは、六浜サンを襲った犯人は滝山君かどうか。ボクは滝山クンが犯人だと思うけどね」

 「だーかーらー!“その証拠がねえ”から困ってるっつってんだろうが!」

 「黙ってろボケッ!!」

 

 

 

 

 

 「証拠ならある。要は滝山が捜査時間中に資料館にいた証拠がありゃいいんだろ」

 「ん〜、微妙に違うけど、証拠によるんじゃないかな?」

 「証拠があるのか、清水」

 「ああ。穂谷と曽根崎はもう知ってんだろ。っつうか、敢えて言わねえだけだろ?」

 「え?知らないなあ、なんのこと?」

 「私、そんな血生臭いお話はしたくありませんの」

 「どっちもくたばれ」

 

 ムカつかせる天才かお前ら。とにかく、滝山が資料館に来てた証拠があれば、他の怪訝な顔した馬鹿共も納得するだろう。

 

 「資料館二階のテラスに、妙なもんがあった。テラスの手すり部分に土が付いてたんだ。それと、近くのテーブルの上にも同じような土が、まるで足跡みてえにな」

 「土?足跡?」

 「テーブルの上ならともかく、手すりにそんなもんが付いてるなんておかしいだろ?っつうかそもそも、素足に土が付くなんてこと自体、普通は考えられねえ。誰だってクツぐらい履くだろ」

 「ってことは、その足跡の正体って・・・」

 「・・・滝山しかいねえわな」

 

 あれは、滝山が二階のテラスから資料館に侵入した証拠だ。入口から普通に入ったんじゃ、一階にいる六浜に気付かれちまう。だから二階のテラスの手すりに足をかけて登ったんだ。

 

 「二階のテラスに上がった滝山は、テーブルを踏み台にして更にその上まで行ったんだ。たぶん、誰にも姿を見られないようにするためだろうな」

 「二階より上って・・・屋根の上まで!?そんなところ行けるはずないよ!テーブルを足場にしてジャンプしたって・・・」

 「無理だよねぇ。だけど人並み外れた身体能力を持つ、“超高校級の野生児”なら話は別だ」

 「むっ!そ、そうか!だから清水が見た六浜の襲撃現場は、突然何かが降ってきて六浜に当たったように見えたというわけじゃな!屋根の上から、六浜目掛けてボトルを落としたんじゃ!」

 「ただ落としたというよりは、投げ落としたのでしょう」

 「馬鹿みてえな話だな・・・」

 

 本当に、マジで馬鹿げた話だ。馬鹿げたというより、とんでもねえ。今までで分かったことの中で、犯人は一体何をした?発掘場で曽根崎にドリアンジュースを手渡すのも、煙の中で古部来を見つけるのも、その後で曽根崎と六浜を殺そうとするのも、全部滝山にやらせてる。せいぜいこの計画を立てるのと、滝山を騙して共犯関係にするくらいじゃねえか?

 雲を掴むような話だ。本当に真犯人なんて存在するのかすら怪しくなってくる。どれだけ議論を重ねても、どれだけ証拠を掻き集めても、どれだけ推理を組み立てても、犯人に近付いてる気がしねえ。姑息に、狡猾に、巧妙に、手探りする俺たちの手をすり抜けて、自分も周りが見えてねえ面をする。全てを知ってるのに、何も知らねえフリをする。

 

 「こんなのアリかよ・・・いくら考えたって、結局は滝山がやったってことにしかならねえじゃねえか・・・!マジで真犯人なんかいるのかよ!」

 「これまでの議論を踏まえればそうなる。私は今までの議論に致命的な欠落はないと考えるが、気付かれない欠陥は欠陥に非ず、という言葉がある」

 「そ、それって、もう一回最初から考え直すってこと!?」

 「なにぃ!!?それこそ馬鹿げた話じゃ!!ここまで来てふりだしに戻るじゃと!!?出来の悪い双六ではないんじゃぞ!!」

 

 まずい、足並みが乱れ始めた。あまりに正体の掴めない犯人を前にして、進むべき方向を見失った。どれだけ突き詰めても同じ景色しか見えて来ないことに嫌気が差した。見ることも触れることもできない真実に惑わされることに疲れ切った。このままじゃいつかと同じことになる。論もへったくれもない、ただの疑い合い。根拠なんてなくて、感情論が何よりも説得力を持つ混沌。だがそんなものが生み出した結論に、命なんか懸けられねえ。

 

 「・・・クソッ!」

 

 吐き出した言葉に意味は無い。拳を叩きつけた証言台は悲鳴の代わりにガタンと渇いた音を出す。どうすればいい。何を考えればいい。分からない。何も。焦燥と不安ばかりが頭を支配する。考えようとするのにそれすら邪魔される。脳みそがぐちゃぐちゃにかき混ぜられるみてえだ。

 俺たちは、一体どこに向かってるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「恐れるな」

 

 その声は、不思議とはっきり聞こえた。不安、恐怖、悲痛、困惑、迷い・・・そんな有象無象が形もなく飛び交う円の中を突き抜けるように、そいつの声は俺たちに届いた。

 

 「行く足の鎧甲の戦節月ぞ曇れど道まで隠れじ・・・名も無き武人が詠んだとされる歌だ」

 「・・・どういう意味ですか?」

 「進軍する馬や兵の足音、鎧兜が擦れる音が、まるで戦に向かう自分たちを鼓舞するために歌っているようだ。これほどの力があれば恐れるものなどない。月が曇って隠れてしまっても、暗闇に怯えて道まで見失うことはないだろう」

 「そ、それが今の僕たちとどう関係あるのさ・・・」

 

 いきなり短い言葉を発したかと思ったら、今度は一句詠んだ。だがどうやら引用らしい。その意味を聞いても、いまいちなんでそんなことを今言ったのか分からねえ。やけに難しい言葉を引き合いに出すなんて、まるで古部来みてえだ。

 

 「我々がしてきたことは、決して無駄なことではない。我々は自らの目で捜査し、手で証拠を集め、そしてここで互いに議論し推理をしてきた。この事実こそが我々の強さだ!眼前の謎に諦めることなく、僅かな情報を頼りにここまでの犯行を白日の下にさらしてきた!今ここで膝をついてどうする!まだ諦めるのは早い!」

 「んなこと言ってもよぉ・・・もうマジでわけ分かんなくなってきたぞ。滝山が犯人じゃねえとなると、他に誰が・・・」

 「それを明らかにするのが学級裁判だ。信じたくはないが、犯人はこの中にいる。それは紛れもない事実だ。だからと言って悲しむ理由にはならない!迷う理由にはならない!古部来の無念を晴らすため、我々が被害者とならないために、決して諦めてはならないのだ!!顔を上げろ!!恐れるな!!」

 

 六浜の言葉は厳しかった。この中の誰かが犯人だという事実、わけの分からねえ謎が残ってるという事実、それを真っ正面からぶつけてきた。だがそれを上回るだけの、叱咤激励も飛んできた。強引で、無茶苦茶で、感情論で、熱苦しい。だけど気付いたら、俺たちはみんな六浜の言葉通り、顔を上げていた。

 

 「我々は負けてはならない・・・絶対にだ。私はお前たちを信じる。この絶望的な状況を打破できると。だからお前たちも、私を信じてくれ」

 

 最後に優しい言い方で、俺たちに語りかけた。信じるって、この中に殺人犯がいるって分かった上でか?どういう意味で言ってるんだ?俺たちが六浜を信じて、何が変わるっていうんだ。

 

 「どうか、諦めないでくれ。私が導いてやる」

 

 なにがなんだか分からねえが、不思議と、頭の中を埋め尽くしてたもやもやが晴れた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り10人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

 屋良井照矢  鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




今までで一番長い学級裁判、なんとまだ終わらないんですねえ。誰が犯人なのかな?たぶんもう気付いてる人がいるんじゃないでしょうか。そんなこと言っちゃダメかな?

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