ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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非日常編3

 

 何が起きたか理解するのに、どれだけの時間がかかったかは覚えてない。ただ気付いた時には、裁判場の一角が濁った赤色に埋め尽くされていて、その真ん中に滝山が倒れていた。汚物にまみれてるってのに、眉一つ動かさず、ただそこに、横たわって、存在していた。

 

 「・・・っ!ひっ、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 「うおおおおおおおおおおッ!!!なんじゃ!!!なんじゃこれはあああああああああああああああああああッ!!!」

 「ウソだ・・・こんなのウソだ!!全部あり得ない!!夢・・・きっと夢なんだ!!夢でなくちゃおかしい!!覚めろッ・・・覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろッ!!!覚めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 たった今、目の前で、何の前触れもなく、滝山は死んだ。死体発見アナウンスなんてなくても、この血反吐と滝山を見れば誰の目にも明らかだった。だからこそ、恐怖と絶望は瞬く間に広がって、裁判場に響き渡る。

 

 「どういうことだ・・・!?滝山は古部来を殺した犯人ではなかったのか!?なぜ・・・なぜ死んでいるッ!!」

 「未来なんて予想できない、一分後のことだって誰にも分からない。だからこそ人は悩み苦しみ成長し、そして絶望するんだね!」

 「ッ!テ、テメエの仕業かモノクマ!!これが滝山の処刑ってことかよ!!」

 「は?」

 

 戸惑いたじろぐ俺たちに、モノクマはいつものように意味深な言葉をほざきながら近付いてくる。そして滝山の死体の元まで歩み寄ると、形だけの鼻を摘まんで眉をひそめる。俺がその飾り気のねえ背中に言うと、短い言葉とともに振り返った。

 

 「何言ってんの?投票も終わってないのにおしおきなんてしないよ。それにボクのおしおきは、こんな程度で済むほど優しくはないからね!もっと血とかはらわたとかが飛び散って、悲鳴と絶叫の渦がハリケーントルネードするような、アドレナリンもドーパミンもグルコサミンも大放出されちゃう、超エクストリームなのをおしおきって言うんだよ!」

 「だったらこれはなんなんだよ!!」

 「うぷぷぷぷ♫分かってるくせに、ボクに言わせたいの?もう、この変態さんめっ」

 

 まるで今起きたことを楽しんでるような言い方だ。実際、楽しんでるんだろう。こいつにとって俺たちの命はそういうもんなんだ。誰かが死んだってことは、それが意味することは一つ。だからこそこいつは、学級裁判を止めてまでこんなことをしてる。

 

 「というか、捜査時間はもう始まってるんだよ?オマエラぼーっとしてるけど、捜査時間中は基本的に自由行動だよ」

 「なっ・・・そ、捜査って・・・・・・それじゃまるで・・・」

 「まるでもバツでもないんだよ!滝山くんは、誰かに殺されたの!オマエラの中の誰かに!」

 「っ!」

 

 考えられねえような、考えたくもねえことを、モノクマは改めて俺らに突きつけてきた。やっぱり、そうなのか。これは、この中の誰かがやったことなのか。クソが・・・!

 

 「捜査は構わないが、学級裁判はどうなる?中断、ということでいいのか?」

 

 そしてやっぱ望月は、冷静に空気を読まねえ。滝山が死んだことに関してモノクマは楽しんでるが、望月はなんとも思ってないってことなのか。人間らしさがねえなんて思ってたが、どうやらこいつはそもそも生物としておかしいみてえだ。

 

 「そうだね!オマエラだって、こんなきったないゲロまみれの死体と一緒に裁判なんてしたくないでしょ?それに滝山くんのモノクマファイルを作らなきゃいけないから、オマエラは合宿場に戻って捜査をしていいよ」

 

 古部来殺しの学級裁判は一旦お預けってことか。モノクマがここまでするってことは、やっぱり滝山を殺した奴がこの中に潜んでるってことか。けど、一体誰がやったんだ?そもそも、いつの間に滝山を殺したっていうんだ?こんな全員が全員を監視できる状況で、誰にも不審に思われずに、滝山を殺すなんて、どうやって・・・。

 

 「清水」

 

 床を見て考えてると、六浜に声をかけられた。顔を引き締めて凛とした表情を作ってるが、その額には汗が滲んで、顔色も悪い。目の前であんな死に方されたら、誰だってこうなる。

 見ると、俺と六浜以外はもうエレベーターに乗り込んでた。捜査時間が勿体ないってのもあるが、一刻も早くこんなゲロと死体のある部屋から逃れたいって気持ちもあるんだろう。滝山が浮かばれねえが、死に方が悪かったんだな。

 

 「それじゃ、アナウンスしたらいつも通り集まるんだよ!あ、あとそれから」

 

 エレベーターの扉が閉まる前に、モノクマが付け加えるように言った。

 

 「滝山くんの死体を捜査したい人がいたら多目的ホールに来てね。モノクマファイルを作り終わってからだったら、好きな時に連れてってあげるから」

 

 そう言って親指を立てるモノクマに、俺は中指を立てた。死体の捜査は事件の解決に必要なことだが、そういう風に言われると余計に良い気分がしない。そんなモノクマと俺たちを分断するように、エレベーターの鉄の柵は閉じる。重く耳障りな音とともに、その容れ物は上昇する。

 その時感じたのは、全てが終わった後の解放感なんかじゃなくて、ここに降りてきた時よりもずっと混濁した感情だった。晴れやかなことなんて一つもない。ただ暗いその道中の闇よりも、もっと黒ずんだものが頭を埋め尽くしてる。

 

 「・・・」

 

 一言も、誰も言わなかった。昇るエレベーターの後には、疲れた体をゆっくり休められる時間が待ってると思ってたのに、今度はそうじゃない。この後に待つのは、また同じことだ。捜査して、推理して、疑って、全てが命懸けの命のやり取りだけだ。そう思うと、エレベーターとは逆に気持ちは深く沈んでいく。

 やがて減速したエレベーターは、がしゃんと音を立てて止まった。鉄の柵が開き、真っ暗な中に縦の灯りが見える。寄宿舎の赤い扉が開くにつれて、廊下の蛍光灯が出す紫色の光が差し込んでくる。

 

 「っ!えっ・・・?」

 

 そこに見えるのは、寄宿舎唯一の出入り口になってるただのガラスの戸・・・だけじゃなかった。開いた扉の前に、待ち構える影があった。細いシルエットのそいつを認識するまで、間が空いた。

 だってこいつは、こんな所にいるはずがねえのに。こんな所で、そんな風に薄ら笑いを浮かべてる場合じゃねえのに。手持ち無沙汰そうに回してたペンを胸ポケットに差し込んで、そいつは軽く手で挨拶した。

 

 「やあ。みんな、おかえり」

 

 “超高校級の広報委員”曽根崎弥一郎が、裁判場から帰ってきた俺たちを出迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「曽根崎!?お前・・・なんでここにいるんだよ!!」

 「なんでって、みんなが戻ってくるってモノクマに言われたからさ。疲れてるだろうし、せめて労ってあげようと思って」

 「そうじゃないよ!あんな怪我してたのに、寝てなきゃダメだよ!」

 「ああ、怪我ならもう平気だよ」

 

 まさか曽根崎がいるとは思わなくて、俺たちは目を丸くした。一方の曽根崎は、なんでもないことのように言って俺たちに後頭部を見せた。

 

 「ホラ、すごいでしょ。縫い目もないよ。命を救うためとは言え、この歳で部分ハゲなんて嫌だなあと思ってたんだよね。モノクマには感謝しなきゃ」

 「バカな・・・信じられん。いくらなんでもこんな早く、そんな精度で治療など・・・!」

 「ますますわけがわからん奴じゃのう、モノクマとは」

 

 曽根崎の後頭部は、マジで怪我なんて嘘だったみてえに完治してた。思わず目を疑う。だって、医務室から運び出されてから、まだ半日も経ってねえんだぞ?医学の知識なんてなくても分かる、早過ぎだ。

 

 「って、ボクの話なんて後でいいから、早くやっちゃおうよ」

 「は?やっちゃう?」

 

 少し恥ずかしそうに言って、曽根崎は手拍子で気分を切り替えた。へらへらしてた面に、僅かな真剣さが差す。けど今は、その純粋な感情に寒気を覚えた。

 

 「殺されたんでしょ、滝山クン」

 

 至極当然とばかりに、曽根崎は軽く言った。あまりに緊張感のないその声色は、まるで知り合いの近況を確認してるような、話題のニュースの話をするような、そんな取り止めのなさを宿してた。

 

 「なっ・・・なぜそれを・・・!?」

 「死体発見アナウンスがしたから。あ、滝山クンの部屋はさっき調べたよ。ホントになーんもなかったけどね」

 「い、いやいやいやいや!アナウンスは死体が見つかったってだけで、死んだのが滝山だなんて言ってなかったろ!」

 「時間が勿体無いよ。なんでもいいからさ、捜査、しよ?」

 

 なんの後ろめたさも、怯えも感じない。ただ目の前にある謎を明らかにしようとする純粋な探究心。それをやった奴がこの中にいるってことを忘れるくらいの能天気さ。

 なんだこの感じ?なんなんだこれ?もしかして、俺は曽根崎にビビってんのか?

 

 「清水クン」

 「!」

 

 解散していく奴らの中から、曽根崎は俺に声をかけた。俺は思わず身を強張らせた。なんで、こんな奴に緊張してるんだ。

 

 「ありがとう、生きててくれて」

 「・・・は?」

 「手帳返して。あと鍵と、引き出しから持ってったやつも」

 「えっ?あ、ああ・・・」

 

 意味不明なことを言われたと思ったら、すぐに事務的な態度に変わりやがった。なんだったんだ今の?なんて考えるのも忘れて、俺は曽根崎の手帳と鍵と、原稿用紙を返した。

 

 「ちゃんと気付いてくれたんだね」

 「テメエが気付かせたんだろうが」

 「あはっ、バレた?」

 

 あはっ、じゃねえアホ。こちとらついさっき人が死ぬとこ見たんだ。そんなテンションじゃねえんだよ。

 

 「それじゃ、取りあえずボクの部屋行こうか。裁判の話も聞きたいし・・・これについても、あまり人に聞かれたくないから」

 「?」

 

 なんで捜査開始早々、こいつの部屋に行かなきゃならねえんだ。前の捜査時間に行ったから新しい発見なんてなさそうだが、曽根崎が意味ありげに付け足した一言が引っかかった。曽根崎の机の引き出しに隠してあった原稿用紙、そこに書かれてることについて、何かあんのか?

 

 「いいよね、清水クン。どうせ一人じゃ新しい発見なんて見つけられやしないんだからさ」

 

 余計な一言の数だけ、こいつのメガネは割れる。曽根崎は内ポケットから予備を取り出してかけ直し、俺たちは曽根崎の部屋に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここを捜査した直後に裁判をしたから、大して変化があるわけでもない。強いて言えば、復活した曽根崎が先に片付けたんだろう、部屋のあちこちに散らばってた可動式のブックラックが、壁際に整頓されてた。曽根崎は勉強机の椅子に腰掛けて、俺は来客用のちゃちい椅子に座った。

 ふう、と一つため息を吐いて、曽根崎は俺の目を見た。その瞬間、なぜかドキッとした。なんだか胸の中まで見透かされてるような、ウソを吐く前からバレてるような、隠し事のできない雰囲気。まるで尋問だ。

 

 「それで、裁判はどこまでいったの?まだクロは見つかってないみたいだね」

 

 そんな切り出し方あるか。どこまでいったって、最後までの流れを知ってるみたいな言い方しやがって。

 

 「クロは見つかった。滝山が古部来を殺したクロだ。けど投票の前に血ぃ吐いて死んだんだ」

 「滝山クンがクロ?なんで?」

 「・・・説明すんのめんどくせえなあ」

 

 なんでって聞かれたら、欠席してたお前が悪い、としか言えねえな。あんな長え裁判の説明を俺一人にやらそうなんて、こいつ馬鹿なのか?さっき全員いた時に聞きゃよかったじゃねえか。

 

 「確認なんだけどさ、取りあえず古部来クンは爆殺ってことでいい?」

 「んっ!?」

 「爆殺。爆弾や爆撃で殺すことだよ。え?もしかしてそれも分かってなかったとか?」

 「い、いや待て!なんでそれを知ってる!?」

 

 突然何言い出すかと思ったら、古部来が爆殺ってなんだよ。それはさっき裁判で俺たちが出した結論で、捜査中は死因なんてはっきりしてなかっただろ。けど曽根崎は、慌てる俺にすらりと言った。

 

 「だってあの火傷だし、清水クンが一瞬だけ光を見たって言うから、じゃあ爆殺かなって思ったんだけど」

 「いや飛躍し過ぎだろ!だからってなんで急にそんな発想になるんだよ!」

 「逆に他に殺し方なんてある?」

 「いや・・・爆殺であってるはずだ・・・」

 「だよね!よかったあ、そんなリアクションするから、あれだけ人が集まってこんなことにも気付いてないのかと思ったよ!」

 

 なにさり気なく毒吐いてんだ。俺らが議論を重ねてやっと閃いたことを、こいつは簡単に思い付いたみたいな言い方しやがって。だが、こいつの推理はまだ終わらなかった。

 

 「で、古部来クンにだけ被害が集中してるところを見ると犯人が使ったのは広範囲爆弾じゃないはずだ。つまり小型手榴弾的なもの、倉庫にあったクラッカーなんかちょうどいいね。クラッカーを爆弾にする火薬の知識があれば、あの煙も犯人が仕掛けたものって説明がつく。だけど、それじゃああの煙の中で古部来クンの元まで移動しなきゃいけない。そこで犯人は、予め古部来クンに付けてたドリアンジュースの臭いを頼りに移動した。ここまでオッケー?」

 「あ、ああ・・・」

 

 なんだこいつ、マジであの裁判場にいなかったよな?なんでこうもすらすらと裁判の流れをなぞれるんだ。全部一人で推理したってのか?そんなの・・・あり得ねえ。

 

 「滝山クンが犯人だと思ってるってことは、そこで滝山クンを犯人と断定しちゃったわけか。なるほどねえ。ま、無理もないか」

 「無理もないってなんだよ。上から目線でもの言ってんじゃねえぞコラ」

 「あ、ごめんごめん。でもさ、ボク一人がこの小一時間で立てた推理が、まさかキミたちが二時間かけて築き上げたものと同じとは思わなくて」

 「バカにしてんのかよ!」

 「落ち着きなって!いや実際、ボクだってほっとしてるんだよ」

 「はあ?」

 

 上から言いやがって、こんなのエレベーターホールで言ってたら大変なことになってたな。それにしても、ここまでのことをたった一人で推理するなんて、こいつの頭はどうなってんだ。俺らの苦労がバカらしくなってくるくらいだ。

 思わず声を荒げると、曽根崎は焦った調子で俺を止めて、言った。

 

 「投票の前に滝山クンが死んでくれてさ。そのままだったらボクまで処刑されてたと思うと、ゾッとするよ」

 

 俺は耳を疑った。今、こいつなんつった?滝山が死んでほっとした?あの壮絶な死に方も見ずに、また一人俺らの中から人が死んだってのに、ほっとしただと?

 

 「テ、テメエ・・・!それ本気で言ってんのか!!」

 「本気に決まってるよ。冗談じゃない、自分が参加してもない議論のせいで殺されるなんて」

 「ふざけんな!!」

 

 思わず手が出た。曽根崎の襟首を掴んで机に押し付けて、そのまま一発殴ろうとした。だが、なんでこんなに怒ってんのか、自分でも分からねえ。滝山は死んだ、それを何と言おうが曽根崎の勝手だ。俺はあいつの家族でもなんでもねえ。なのに、なんでこいつをブン殴ろうとしてるんだ。

 

 「離してよ」

 「どういうつもりか知らねえが、俺の前で二度とそんなこと言うんじゃねえ。気分悪い」

 「そう、ごめん。もう言わないよ。ま、そんなことより、裁判の流れは分かったよ。ありがとう」

 

 早速そんなこと扱いしてんじゃねえかクソ野郎。こいつ、どうしちまったんだ?モノクマに妙な洗脳でもされたか。明らかに様子がおかしい。

 俺は曽根崎を離して椅子に座りなおして睨んでた。曽根崎はそんなのお構い無しに、原稿用紙の表紙を取り払って、俺に見せた。

 

 「次はこれの話だ。清水クン、これがなんなのか・・・分かるよね?」

 「・・・」

 

 俺は黙ってうなづいた。そこに書かれた、その原稿の本当の題目。曽根崎がそれに興味あることは知ってたが、ここまでしてはるとは思わなかった。けど、それが今、何の意味を持つのかまでは分からねえ。

 どうして今、『正体不明のテロリスト「もぐら」』について、考える必要があるのか。

 

 「これは、ボクなりに集めた『もぐら』の情報と、そこからプロファイルした『もぐら』の正体について考察したものだ」

 「テメエ、いつの間にそんなもんを」

 「ここに来る前から少しずつね。ま、今となっては『三年前の説』になっちゃってるけど。スクープの消費期限は長くても一ヶ月程度なのに、三年前のに頼るしかないなんて悲しいよ」

 「で、何が書いてあるんだよ」

 

 いかにも心苦しいといった風な言い方をして、曽根崎はため息を吐いた。知らねえよんなこと。今は三年前でも最新の情報だ。いいから話せボケ。

 

 「と、その前に『もぐら』についておさらいしておこう。ボクらとみんなで知識にズレがあるといけないからね」

 「みんなってなんだよ」

 「いや、こっちの話」

 

 曽根崎の妙な言い方が気になったが、これ以上は深く突っ込めない不思議な力が働いた。

 実は俺も『もぐら』について大した情報はない。六浜が倉庫で何か色々言ってたが、あんまし覚えてねえ。この機会に確認しとくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『もぐら』は、二年くらい前から話題になってる正体不明のテロリストのことだ。性別不明、年齢不明、目的不明、何もかもが謎に包まれた存在。だからこそ、人々の興味と恐怖を引きつけるんだね」

 「確か、日本人っていう話じゃなかったか?」

 「『もぐら』のテロリストデビューは、都内環状線連続爆破事件、だね。都心のターミナル駅が順番に火の海になって、死傷者多数の大惨事だった。初っ端がこれって、相当頭イっちゃってるよね!」

 「聞けよ」

 

 その事件はよく覚えてる。まだ俺は中学生で都内にゃいなかったが、首都圏全体に影響が出た大事件だった。今でも、つっても三年前だから今は知らんが、その爪痕が残ってるほどだ。

 

 「他の主要な事件としては、県庁連続爆破事件。この事件から、『もぐら』は犯行予告を送るようになった。この時は警視庁に、『馬鹿でも分かる社会のお勉強』とだけ書かれた予告状が送られて、その次の日に長崎県庁が爆破。その次の日が京都府庁、東京都庁、宇都宮県庁、山形県庁、高松県庁と一日ごとに爆破されていって、最後に津県庁が大小合わせて四十一回爆破された。この時点で、世界的に『もぐら』というテロリストの異常性と危険性が有名になったんだ」

 「ありゃ悲惨だったな」

 

 日に日に北上してく爆破地域に、北海道から逃げる奴が急増したってニュースも聞いた。実際には県庁所在地の名前でしりとりをしてただけだから北海道は関係なくて、山形の次に香川で事件が起きて余計に被害が大きくなったんだっけ。

 わざわざ予告状を送ったり、わざとかたまたまかミスリードを誘うやり方したり、馬鹿なのか狡猾なのか分からねえ。

 

 「後は、『もぐら』の犯行の中で最悪と言っていい事件、都心マラソンテロ事件。都内を巡るマラソン大会中に予告状が届いた。内容は『もぐらと人間の徒競走。もぐらは邪魔が大嫌い』。その直後から、一定時間ごとにコースがスタート地点から爆破されていった。『もぐら』のテロに追い抜かれるか、それとも先にゴールするかの競争・・・悪趣味にもほどがあるよね」

 「いよいよぶっ飛んでやがる。警察はなにやってんだかって散々叩かれてたよな」

 「これが、『もぐら』の仕業とされる事件だ。三つとも被害レベルや凶悪性が高くて、なのに目的がはっきりしてない。お金の要求や政治的メッセージがあるわけでもなく、ただただ破壊と殺戮をするだけの最悪のテロリストだ」

 

 今更だがゾッとする。そんな奴が今も日本のどこかで、次のテロを考えてニヤついてると思うと、よくそんな中で普通に生活してたもんだ。まあ希望ヶ峰学園にいりゃあ、取りあえずは安全だろうが。

 

 「他にも副都心タワー崩落テロや首都高無差別テロなんかも『もぐら』の仕業だ。ここからはボクの予想だけど、次の標的はたぶん希望ヶ峰学園だね。世界有数のエリート学校かつ人類の希望の象徴なんて、いかにも『もぐら』が狙いそうだよね」

 「けど、モノクマのよこした雑誌じゃ、『もぐら』はもう何もしてねえみてえだぞ。捕まったんじゃねえか?だいたい希望ヶ峰学園なんか吹き飛ばしたら、いよいよただの快楽犯罪者じゃ済まねえ」

 「捕まってなんかないさ・・・少なくとも三年前の時点ではね。『もぐら』についてのボクの推理、聞く?」

 「聞かすんだろ」

 

 無駄にもったいぶらねえで一気に話せやうっとうしい。つかもう『もぐら』の話なんかどうでもよくなってきてる。捜査時間中にする話じゃねえだろこんなの。

 

 「順番に話すね。まず、『もぐら』の最初の事件は都内環状線連続爆破事件じゃない。それより前に、『もぐら』はもう動き出してたんだ」

 「は?お前さっきと言ってることが」

 「あれはあくまで世間での話。事実はそうじゃない」

 

 原稿用紙の束をめくって、曽根崎は続きを読む。世間とは違うって、世間の話をかき集めて垂れ流すのがお前の“才能”なんじゃねえのかよ。

 

 「『もぐら』が起こした最初の事件とされている都内環状線連続爆破事件の少し前、とある中学校で小火騒ぎがあった。細かくは報道されてないし、学校側も事を荒立てないよう尽力してたから、犯人も公にされてない」

 「犯人がいるってことは、事故じゃねえんだな。それに学校が隠すってことは、犯人はそこの学校の生徒・・・」

 「おっ、清水クンも推理力がついてきたね。その通りだよ!ニュースでは事故扱いになってたけど、その小火の犯人は学校内部の人間、それもその学校の生徒だ。つまり、中学生なわけ」

 「それがどうした」

 「中学生が学校で小火騒ぎを起こす、まあ今時はあり得ないことじゃないよね。けど、その学校はもっと大事なことを隠してたんだ」

 

 いかにも楽しそうに言いやがって、早く済ませろ。テメエばっかに構ってられるか、ここ以外にも捜査しなきゃならねえ所があるんだよ。

 

 「表向きには小火ってことになってるけど、実際の状況を厳密に表すなら・・・爆破なんだよねえ、あれ」

 「はっ?爆破?」

 「火元は部室棟のサッカー部部室。火の気どころか蛍光灯の電気しかないような所で、自然に発火するなんてまず考えられない。サッカーボールに紛れて焼夷型爆破物が仕掛けられてたんだ。爆破時刻は部活動が終わってみんなが部室で帰り支度をする午後六時過ぎ。被害者は火傷で済んだけど、中学生が起こしたにしてはレベル高すぎるよ。死人が出なかったのが不思議なくらいだ、出てた方がセンセーショナルで、もっと話題になってたろうけどね」

 「なんでそんなに詳しいんだよ。まさか、お前もそこの生徒だったとか・・・」

 「あははっ!ないない!ま、直接取材には行ったけどね」

 「行ったのかよ」

 

 いやそれより、そんな事件、全然覚えてねえ。ただの小火騒ぎだと思ってたからだろうが、よくそんな事件をこいつはここまで根掘り葉掘り調べてくるんだな。何の執念だそれは。

 

 「でさ、この事件って『もぐら』の片鱗を感じない?」

 「片鱗?どういうことだよ」

 「モグラなのにウロコとはこれいかに、って?うーんなにか上手い答えが閃きそうななさそうな・・・あ、ごめんちゃんと答えるからぶたないで!ぶたなブスッ!!」

 「次ふざけたらもっかい頭割んぞ」

 「もっかいって、最初に割ったのキミじゃないじゃないか・・・」

 

 ごちゃごちゃどうでもいいことばっか言いやがって。ことあるごとにグーパンしなきゃ先進めねえ性分なのか?だったらお望み通りいくらでもぶち込んでやんよ。

 

 「片鱗っていうのは、事件の特徴のことだよ。爆破っていう『もぐら』の常套手段もだけど、わざわざ人が多くいる時間帯を狙ったり、被害を大きくするため初犯にも関わらず手に入りにくい焼夷剤を使った手法にしたり、サッカーボールに紛れさせるのもかなりの手間とリスクがかかるのにやってのけたり・・・狂った勤勉さと残酷な遊び心?」

 「・・・そりゃ、言われてみりゃそうかも知れねえけど、それがなんだっつうんだ?その小火が『もぐら』の最初の事件だとしたらどうだってんだよ」

 「え・・・は〜ぁ、がっかりだなあ。清水クンの推理力はまだメガネの小学生以下ってことか」

 「頭脳は大人だろそいつ。で、じっとしてろ。テメエの頭脳がどんなもんか見てやる、物理的に」

 「キミ本気でクロにでもなる気なの!?」

 

 なるわけねえだろ、ただでさえ俺は疑われやすいんだ。何やったって“超高校級”に勝てるわけねえんだから、大人しくしてるしかねえんだよ。だから余計な暴力振るわせんなクソメガネ。

 

 「あのね、最初に言ったけど、その事件が大事にならなかったのは、学校側が工作したからなの。理由は、そこの生徒が犯人だと特定したから。あくまで現場の状況からそれしか考えられなかったからで、実際は個人までは特定できてないんだけどね」

 「ん?待てよ、その事件の犯人って、『もぐら』だったんだろ?なのに犯人が生徒って・・・っ!」

 「そう、それが意味することは、『もぐら』は当時中学生だったということ。そしてその事件の数ヶ月後には、『もぐら』は本格的にテロリストとして活動を始めている」

 「ってことは・・・『もぐら』はまだ中学生のガキだってのか!?あんだけの事件を起こしてる奴が!?」

 

 思わず俺は腰を上げてた。曽根崎の推理が正しければ、『もぐら』の正体は中学生ってことになる。イカれたおっさんとか、外国人とか、複数人の掲げる架空の人物とか色んな噂があったが、その推理に俺は一番驚いた。だって、あんなことがただの中学生にできるわけがねえ。ただの人間には絶対無理だ。

 愕然とする俺に、それでも曽根崎は冷静にチッチッチと指を振る。ムカつくな、折ってやろうか。

 

 「当時は中学生だった、が正しい。事件の時期を追ってみると、『もぐら』は頻繁に事件を起こす中で、ある期間だけぽっかりと無活動期間を設けてる。偶然とは、思えないよねえ」

 「ある期間?」

 「ちょうど、ボクらが希望ヶ峰学園に編入した時期だ」

 

 ああ、あの時期か。あん時は希望ヶ峰学園に移るっつって慌ただしくて、ニュースなんかあんまし気にしてなかった。その時期に『もぐら』は鳴りを潜めてたのか。けど、たまたまそんな時期にイカれたテロリストがたまたま何もしなかったなんて、どう考えてもおかしい。何か理由がなけりゃ・・・。

 

 「あの頃、『もぐら』はきっとテロができない状況だったんだ。ある組織の圧力を受けて」

 「ある組織、ってまさか・・・」

 「そう、希望ヶ峰学園だよ」

 「!」

 

 やっぱり、とも思ったが、同時に悪寒も走った。希望ヶ峰学園が『もぐら』に圧力をかけた、つまり学園はどういうわけか、『もぐら』の正体に気付いてるってことか。そいつを警察にでも突き出せば、学園の名前はもっと広まってますます強い力を持つはずだ。なのにそれをしたなんて話は聞かねえ。

 おまけに学園は、当時中学生でそんなことができる奴を突き止めてて、『もぐら』が一旦大人しくなった時期がちょうど希望ヶ峰学園の編入時期だなんて、話ができすぎてる。不気味なくらいに、不自然なくらいに、信じたくないくらいに。

 けどこれだけの事実を並べられれば、誰だって勘づく。あり得ねえくらいイカれた、そのことに。

 

 「希望ヶ峰学園が・・・『もぐら』を引き込んだ?」

 「そう、“超高校級のテロリスト”とでも言ったのかな。もちろん、表向きはそんなのじゃなく、もっとそれっぽい肩書きを与えたんだろうけど」

 「マジかよ・・・!?しかも俺らが編入したのと同じ時期ってことは・・・!」

 「ボクらと『もぐら』は同窓生ってことになるね」

 

 あまりに平然と、なんでもないように言う曽根崎が信じられねえ。いやもしかして、とっくにこいつはこの結論に辿り着いてたんじゃねえか。だからこんなに落ち着いてられんのか?けど、今考えてもゾッとする。俺らと同じ場所に、あのイカれたテロリストが平気な面して潜んでたってのか。希望ヶ峰学園は、それを知ってて何も言わなかったのか。

 混乱する俺の心情なんて察することもなく、曽根崎は原稿を懐にしまった。そして俺の気をしっかりさせようと、大きく一つ拍手をした。

 

 「はい、これでボクの話はおしまい。どう?面白かった?」

 「お、おもしれえかだと!?笑えるかこんなもん!『もぐら』が希望ヶ峰学園の生徒で、しかも俺らと同期!?冗談にしてもタチ悪いし、マジならヤバいどころの騒ぎじゃねえぞ!!」

 「そう喚かないでよ。あくまでボクの推論なんだからさ、ホントの『もぐら』は、もっと年取ったベテランスパイとかかも知れないじゃん」

 「どの口が言ってんだ!!」

 

 今更そんな馬鹿みてえな予想されても現実味なんか欠片もねえ。それにわざわざ原稿にしてダミーの表紙で隠すなんて、よっぽどそれに自信があるからだろうが。こいつは間違いなく、『もぐら』が学園にいることに確信を持ってる。

 

 「さてと、じゃあそろそろ捜査しに行きますか!」

 「はっ!?」

 「捜査だよ。今は滝山クン殺しの犯人を突き止める捜査でしょ。ヤだよ、捜査不足のせいで答えを間違えたりなんかしたら」

 

 起き抜けに一仕事しに行くような気怠さをちらつかせながら、曽根崎は席を立ってドアに歩く。俺はその切り替えの早さについて行けなくて、何の気負いもないその背中に怒鳴った。

 

 「いや待て!『もぐら』が学園生だってんなら、テメエはその正体を」

 「清水クン」

 

 がなる俺の声をたしなめるように、曽根崎は短く、なのに強い口調で俺を呼んだ。ゆっくり振り返ったその眼は、相手に有無を言わせない強気な眼光を秘める。

 

 「行こ」

 

 それだけ言って、曽根崎はドアを開けた。紫の照明の中で緑一色のそいつの姿は、不気味に際立って見えた。

 

 

獲得コトダマ

【テロリスト『もぐら』の資料)

場所:曽根崎の個室

詳細:曽根崎が独自に集めた情報をまとめたファイル。世間を騒がせている謎の連続テロリスト『もぐら』について、最初の事件から最新のターゲットまでを事細かに調査・記録してある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曽根崎の部屋を出て、最初に向かったのは滝山の部屋だ。あいつが古部来殺しに関わってるのは確実だし、今回死んだんならどっちみち調べとく必要がある。

 

 「なんもないって言ったのに」

 「なら勝手に余所を捜査してろ」

 

 ぶつくさ言う曽根崎を無視して、俺は滝山の部屋のドアを開けた。そして、曽根崎の言ってたことを再確認した。

 マジで何もねえ。来客用のテーブルや椅子、それから勉強机の上の本棚、棚の上、一切合切が殺風景な部屋。誰も使ってねえんじゃねえかと疑うほどだが、床やベッドに汚れがあるし、シャワールームが開けっ放しで、辛うじてそこに生活感があった。

 

 「証拠になりそうなものはないよ。本当に何も」

 「マジで何もねえのか・・・。クソッ、じゃあどこ捜査すりゃいいってんだ」

 「隣だし、古部来クンの部屋でも見る?」

 「ああ・・・そういやまだ見てなかったな。あん時はチビに任せたし」

 

 滝山の部屋のすぐ隣が、古部来の部屋だ。裁判前は曽根崎の部屋を捜査するために晴柳院に丸投げしたから、直接見るのは初めてだ。

 ドアを開けてみると、エレベーター前で晴柳院に聞いた通りの部屋だった。来客用のテーブルに将棋盤が置かれてて、壁といい机といい棚といい、あちこちに棋譜が貼られてる。全部見る気も起きねえが、適当に見た一枚の棋譜は、あいつが言ってた通り古部来の負けと記録されてた。

 

 「むむっ!こりゃあ面白そうな部屋だね!うわっ!ドアにも、枕にも、トイレにまで貼ってある!おやおや?しかもよく見たら、これ全部古部来クンの負けじゃないか!」

 「うるせえな!テンション上げてんじゃねえ!」

 

 正直、先に晴柳院から知らされてたにも関わらず、俺は背筋が寒くなった。あいつが言ってたことの意味が、なんとなくわかるような気がした。ここには奴の、古部来の執念が溜まってる。プライドの高いあいつが、自分が負けてる棋譜に囲まれて生活してるなんて、頭のネジ飛んでるとしか思えねえ。いつも一人で棋譜を見ては詰将棋をしてた古部来の姿が、執念と復讐心を原動力にしてるなんて、思ってもなかった。

 

 「ふーん、なるほど。自分に対する戒め、それと強さに対する固執か。彼らしいね」

 「んなことより、証拠かなにか探すのが目的だろ。お前も手伝えよ」

 「いや、もう十分だよ。たぶんここには何もないしね」

 「は?なんでだよ」

 「いいからいいから。捜査時間は限られてるよ、有効に使わないとね」

 「お、おい!」

 

 そう言って、曽根崎は強引にそこの捜査を止めさせた。何か見られたくないもんでもあるのかと思ったが、さっきのリアクション的にここに来るのは初めてみてえだし、何より今回の被害者であるこいつがそんな怪しげな真似するわけねえ。ただの勘かとも思ったが、取りあえずついて行ってみることにした。

 

 

獲得コトダマ

【古部来の部屋)

場所:古部来の部屋

詳細:夥しい数の棋譜が部屋のあちこちに貼られている。部屋の持ち主の凄まじい執念が垣間見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《捜査開始》

 

 

 曽根崎がまず向かったのは、展望台に続く山道の分岐を右に行ったところ、こいつ自身が生死の境を彷徨ってた発掘場だ。事件の後は、死体や血痕といった事件に関係するものは全部、モノクマがきれいさっぱり掃除するんだが、投票の前に捜査が始まったせいか、まだ曽根崎の流した血の跡が、禍々しく残っていた。

 

 「うわあ・・・よくこんなに血を流して助かったよね」

 「テメエの血だろうが。なんで他人事だ」

 「いまいち実感ないんだよねえ。だってつい三、四時間前には、ここで死にかけてたわけでしょ。ボク今ピンッピンしてるもん!」

 「ちょっとくらい後遺症残りゃあよかったのに」

 

 自分がぶっ倒れてたところだってのに、曽根崎は何とも思ってねえように捜査を進める。前にここに来た時は、曽根崎が倒れてたり滝山がぼーっとしてたりで、結局まともに捜査はできなかったんだっけ。今までの裁判の流れを踏まえた上で捜査しようと考えると、まずはテーブルだな。

 

 「もうこのカレーも食えたもんじゃねえな」

 

 残ったカレーは、もうとっくに冷めて脂を浮かべて鍋の底に沈んでる。パーティーの最中に食ったこれはまあまあ美味かったが、今となってはこんなところに放置されたカレーなんか手も付けたくねえ。どうせ曽根崎の血もモノクマが掃除するんだから、その時これも処分させればいい。

 

 「ドリアンジュースは・・・このミキサーで作ったのか。そのまんま放置しやがって・・・」

 

 コードで電気を供給されていたミキサーは、今は生ゴミみてえな臭いを微かに漂わせながら佇んでる。これを犯行に利用するなんて思い付くか普通。食い物粗末にするんじゃねえ、あの馬鹿猿め。

 テーブルの上にある物は、ドリアンジュースのせいでどれもこれも怪しく見える。何がどういう風に犯行に関係してるか分からなくなった。だからといって全部を細かく調べてるほど時間に余裕はねえ。どうしたもんか。

 

 「うわあああああああああああああああああああああっ!!?」

 「ぬああああああああああああああああああああああっ!!?」

 「うおっ!?」

 

 考え込む俺の思考を邪魔するように、発掘場に悲鳴が二つ響いた。反射的に緊張して俺も小さく声を漏らした。しょうがねえ、時計はもう二時近く、ド深夜もいいとこだ。そんな時間に外出歩くのだってかったりいし気持ち悪いのに、急にデケえ声出されたらビビるに決まってる。

 

 「び、びっくりしたあ・・・」

 「こっちの台詞だアホメガネ!!なんなんだ一体!!」

 「言うに事欠いてアホメガネとは何事じゃ!!仕方なかろう!!お前さんたちがいると分かっていればわしだって一言かけるわい!!」

 「あ?・・・なんで明尾がいるんだ?」

 

 声のした方に怒鳴ると、ベニヤ板で蓋をしてあったらしい穴の前で腰を抜かした曽根崎と、その穴から顔を出した明尾がいた。何やってんだこんな時間にそんな所で。

 

 「危うく落ちて腰を打つところじゃったわい。ぎっくり腰にでもなったらどうしてくれるんじゃ」

 「それはそれで面白いと思うけど」

 「ババアか」

 「ちょうどいい。曽根崎、上がるのを手伝ってくれ。さすがに疲れと眠気でしんどい」

 「だったらそんなところ入らなきゃいいのに・・・ボクらが来なかったら大変だったんじゃないか」

 「穴の中で何してたんだよ。アホみてえに落ちたか」

 「違うわ!捜査じゃ!断じて、化石の状態が心配じゃったからこっそり様子を見に来たなどというわけではないぞ!!わしはそんなふしだらな女ではない!!」

 「それのどの辺がふしだらなのか分かんないし、たぶん明尾サンはボクが知ってる中ではふしだらな部類に入る女性だよ」

 

 話せば話すほどツッコミ所が出てくるな。ツッコミ練習マシンかこいつ。っつうかいくら化石フェチのド変態とは言え、よくこの時間にこんな人気のない場所で一人で穴に入ろうとか思うな。肝っ玉だけは素直にすげえと思うが、びっくりするぐらい憧れねえ。

 よっこらしょ、とまた年寄りくせえことを言いながら、明尾は穴から出て来た。化石は無事だったらしく満足げな顔をしてたが、捜査の進展がねえんじゃどうにもならねえな。ついさっき目の前で滝山が死んだってのに、こんなに欲望に素直でいられるってのはサイコパスなのかこいつは。

 

 「・・・ふぅ。すまんな曽根崎」

 「別にいいけど、化石は大丈夫だったの?」

 「無問題じゃ。実を言うと傷でも付いていたらどうしようかと気が気でなくて・・・って!何を言わせる馬鹿者ッ!これは捜査じゃ!捜査なんじゃ!!」

 「うるせえ・・・」

 「それが証拠に、わしは遂に偉大な発見をしたぞ!これで一気に事件は解決へと向かうじゃろう!」

 「穴の中に何かあったんだ?」

 「見るがいい!」

 

 そう言って明尾は、ジャージのポケットから何かを取り出した。仄暗い電球の照明しかない発掘場で、それは鈍い光沢を持ってぬらりとした形を闇夜に浮かび上がらせる。丸く滑らかな箇所があると思うと、その先は歪に鋭く途切れている。砕けたんだな。

 

 「ガラス瓶だね。砕けてる」

 「誰かパーティー中にでも割ったんじゃねえの?」

 「そうか?だとしたら、なぜこれは穴の中にあったんかのう」

 「ま、普通に考えたら、誰かが隠したんだよね。見つかったら都合が悪いものだから。例えば・・・ボクの頭を叩き割った凶器とか」

 「!」

 

 またこいつは、言うにも聞くにもモラルとかそういう縛りがねえのか。テメエのこととは言え、死にかけてたって分かってねえんじゃねえか。

 そうやって曽根崎の心配ばっかしててもしょうがねえから、もう口には出さねえ。とにかく、これは見るからに凶器だ。曽根崎を殴った後に穴の中に捨てれば、取りあえずは証拠隠滅になる。ここならポイ捨てにもならねえしな。

 

 「まったく、この穴はゴミ捨て場ではないっちゅうに。だがわしがいる限り、ここの捜査は万全じゃ!こうして見つかるのじゃからな!」

 「ん・・・?おい明尾、ちょっとそれ貸せ」

 

 自慢げに掲げる明尾から砕けた瓶をもらってよく観察してみた。原型を留めてる箇所からして、細くなった口の部分を持ち手に胴の部分で殴ったわけか。しかしこの瓶、どっかで見たような・・・。

 

 「あ。これ、水のボトルじゃねえか?」

 「うん、そうだね。まだテーブルの上に残ってるけど、同じもので間違いないはずだよ」

 「やはりか!わしの睨んだ通り!ではこれで、凶器の件は完璧じゃな!」

 「いや、これ滝山クンの事件の捜査だから。たぶんこの瓶カンケーないから」

 「なぬっ!?そうなのかあ!?」

 

 それなりに使える発見かとも思ったが、滝山の死に砕けた瓶が関係あるとは思えねえ。っつうかこの一連の事件で瓶が出てくるところなんて、一つしか浮かばねえんだ。

 明尾は得意げにふんぞり返ってたが、喧しいくらい驚愕すると少し肩を落とした。分かりやすい奴だな。こんなとこにばっかいるからそんな頭が悪くなるんだ。

 

 「まあ、発見ではあるかな。ありがとう明尾サン」

 「もうここの捜査はいいのかよ」

 「うん。今のうちにボクが襲われた時の状況を確認したかっただけだから。さ、次だよ次」

 

 ぱぱっと手早くメモを取ると、曽根崎は発掘場を出た。まるでここで得られる情報はこれだけだと知ってるかのように、あっさりと次の場所に行く。もう少し念入りに調べた方がいいんじゃねえのか。

 

 「清水クン、何してんの。早く行こうよ」

 「・・・なんで当たり前のようにお前と一緒に行動することになってんだよ」

 「二人で捜査した方が見落としがないでしょ?それに偽証を疑うことも疑われることもなくて済む」

 「だったら別に俺じゃなくていいだろ」

 「え?清水クン誰かと捜査する予定でもあるの?」

 

 予定がなきゃテメエと一緒に行かなきゃいけねえのか。こいつ、もういっぺんここで頭ぶん殴られた方がいいんじゃねえか?だいたいこういう時は殴られる前と性格ががらりと変わるもんだろ。なんで殴られる前と全然変わらねえんだよ。変わられても調子狂うが、ここまで何事もなかったみてえに振る舞われるとそれはそれで調子狂う。

 

 

獲得コトダマ

【砕けたビン)

場所:発掘場

詳細:胴体部分が跡形もなく砕け散ったビン。口の方は原型を留めている。明尾が掘った穴の中に隠すように捨てられていた。

 

【水のボトル)

場所:発掘場

詳細:パーティー用に食堂から持って来られていた水の入ったガラス製のボトル。モノクマキャップがキュートな茶褐色ボディは、ただのガラスなので耐久性はいまいち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り10人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

 屋良井照矢  鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




三度目の捜査編です。帰ってきますねあいつは。そして捜査はまだ終わりません。思ったより長くなっちゃいました。てへぺろ(^_^)v

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