ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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学級裁判編1

 ごうんごうんごうん・・・冷たい鉄の檻が地下深くへ下っていく。反響する音が耳障りにあちこちに満ち、遠のいていく空に真っ黒な不安を感じる。心なしか、以前より深い場所に降りているような気がした。

 

 「・・・古部来ッ」

 

 エレベーターの乗降口の前で、無機質な土の壁を見ながら六浜が呟いた言葉が、俺の耳に入り込んできた。その肩を小刻みに震えさせているのは、たぶん恐怖じゃない。もっと別の感情のはずだ。

 しばらくの憂鬱な移動の後には、空気の読めない絢爛さの部屋が待ち構えていた。最初は堅い雰囲気の裁判場、その次は夕焼け色の海辺を連想する壁紙だった。今度は、銭湯の壁に描かれてるような、日本風な景勝地の壁紙だ。単純にその柄は良いものだが、中央に並んだ十六の議席と、立てられた五つの遺影と重ねると、ふざけた悪趣味な空間にしか見えない。

 

 「さてと、今回はオマエラも大変だっただろうから、少し捜査時間を長めにとってやりました。ボクってクマ一倍優しい性格だって、アマゾンでも有名だったんだからね!」

 「アマゾンにパンダはいないと思うけど・・・」

 「いいから名前の書かれた席につけー!こちとら待ちくたびれてんだよ!」

 「急にキレた!?」

 「それより、一つよろしいですか?」

 「なあに穂谷さん?ボクは鮭が好きだけどお肉も好きだよ。ワイルドに骨付き肉なんてのもいいなあ」

 「曽根崎君は、亡くなったのですか?」

 

 穂谷の一言に、モノクマ以外の全員の空気が張り詰めた。確かに、さっきのエレベーターに乗り込んだのは10人だけ。曽根崎がどうなったのかは、モノクマにしか分からない。

 

 「ストレートだなあ。もっとカーブとかフォークとかホワイトボールみたいな変化球も身に付けないと、オトナ社会じゃ苦労するよ」

 「ど、どうなんだよ!そねざきはしんだのか!?」

 「まだ生きてるよ。ご覧の通り、遺影がないでしょ?でも流石にあんな状態じゃ裁判には来られないだろうから、今回は特別に免除してあげるの」

 「至極当然の判断ですね。無理をさせてはそれこそ命取りです」

 「ま、裁判の結果によっては、彼のおしおきもあり得るけどね!さあ、曽根崎くんがくたばっちゃう前に、早く始めなよ!」

 

 相変わらずこのクソクマは、人の命をなんとも思ってねえらしい。そんなの今更か。俺は深い不快感の中、指定された証言台に立つ。右手に見える、誰も立たない、何も立たない席を見ると、あのウゼエ眼鏡面が浮かぶ。

 って、なんだそりゃ。まるであいつが死んだみてえだ。いやそれよりも、俺があいつがいねえのを気にしてるみてえじゃねえか。ふざけんな。今はそれどころじゃねえと、大きく頭を振って俺は集中し直した。この中に潜んだ薄汚えクロを暴かなきゃ、俺たちが死ぬんだ。んなことあってたまるかよ!

 

 こうして、また俺たちは命を懸けさせられる。躊躇う時間なんてない。理不尽でも不条理でも、もう逃げることなんてできない。命懸けの推理、命懸けの弁論、命懸けの言い訳、命懸けの嘘・・・全てが命懸けの学級裁判からは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル3)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の棋士”、古部来竜馬。死亡時刻は午後九時四十分頃。死体発見場所は資料館北の湖畔。頭部から胸部にかけて激しく損傷し、胸部の火傷は内臓まで到達。数カ所に異物が刺さっており、骨折も複数ある。

 

【何かの焼けた跡)

場所:湖畔

詳細:古部来の死体の周辺に散っていた燃えかす。木っ端微塵になっているが、かなりの種類と量がある。

 

【花火の煙)

場所:湖畔

詳細:事件の直前に、遊んでいた花火が突如として大量の煙を噴き出した。もともと煙が出やすい種類の花火だが、通常なら視界を遮るほどではない。

 

【煙の中の閃光)

場所:湖畔

詳細:煙幕の中で清水が見た強烈な閃光。同時に炸裂するような音もした。古部来が倒れていた辺りに見えたため、事件と関係していると思われる。

 

【古部来のダイイング・メッセージ)

場所:湖畔

詳細:歪な形の円が描かれていて、円周の一点に血が付いている。古部来が何かを伝えようとしていたようだ。

 

【うつ伏せの古部来)

場所:湖畔

詳細:古部来の死体はうつ伏せに倒れていた。死因となった火傷や裂傷は全て前面にしかなかったため、不自然であると言える。

 

【角行)

場所:湖畔

詳細:古部来の前方に、ダイイングメッセージと重なる場所に落ちていた。生前の古部来が大切にしていたもの。傷やシミが年月と威風を醸している。

 

【笹戸の証言)

場所:桟橋

詳細:事件発生直前、笹戸は湖畔に打ち上げられていたピラルクーの死体を供養しに桟橋に行っていた。死体は、成熟していないまま死んでいたにもかかわらず、特に襲われた痕跡などはなかったらしい。

 

【夜中のパーティー)

事件当日の夜、鳥木の提案で全員参加のパーティーが開かれた。発掘場で食事を楽しんだ後、湖畔に移動して花火をした。

 

【アルミホイル)

場所:食堂

詳細:食堂にあったアルミホイルが新品になっていた。モノクマが補充したらしいが、鳥木によれば準備の時点では特になくなりそうな気配はなかった。

 

【ダイヤル錠)

場所:倉庫

詳細:倉庫の格子戸を施錠している鍵。番号は全て3679で統一されている。

 

【曽根崎のメモ帳)

場所:なし

詳細:曽根崎が愛用している革カバーのメモ帳。捜査の途中経過や発掘場でのパーティーの詳細な様子も記されている。

 

【血溜まり)

場所:発掘場

詳細:曽根崎の血が半端に地面に染み込んだ跡。生々しく鈍い光沢を放っていて、強い血の臭いを漂わせている。

 

【資料館のパソコン)

場所:資料館一階

詳細:曽根崎が解析中の旧式パソコン。資料館専用のものとなっていて、資料検索や文書作成などの便利な機能もついている。

 

【略地図)

場所:なし

詳細:煙が発生する直前と死体発見時の全員の位置をまとめたもの。曽根崎と六浜が協力して書いた。

 

【粉々のガラス)

場所:湖畔、発掘場、資料館

詳細:古部来の周りに大量のガラスの破片が大量に落ちていた。古部来の体にもいくつか突き刺さっている。発掘場で倒れていた曽根崎や、資料館の外で襲撃された六浜の周辺にも同じものが散らばっていた。赤みがかった茶色をしている。

 

【消えた毒の瓶)

場所:医務室

詳細:医務室の薬品棚から毒の瓶が一本持ち去られていた。パーティー準備中に穂谷が全て揃っているのを確認したため、それ以降に持ち出されたと考えられる。

 

【合宿場規則13)

場所:なし

詳細:規則13,『同一のクロが殺せるのは、一度に二人までとします。』

 

【曽根崎の原稿用紙)

場所:曽根崎の個室

詳細:曽根崎が独自に集めた情報をまとめたファイル。鍵付きの引き出しに仕舞って、表紙にフェイクを仕込むほど、曽根崎は隠そうとしていたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【学級裁判 開廷!】

 

 「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう。学級裁判の結果は、オマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおき。でも、もし間違った人物をクロもしてしまった場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけに、晴れて希望ヶ峰学園に帰る権利が与えられます」

 「一言一句変わらんのう。いちいち言う必要があるのか?」

 「う、うるさいなあ!必要がなきゃやんないよ!ゴホン、では気を取り直して、どうぞ、議論を開始してください!」

 

 いつもの調子で、モノクマが学級裁判のルールを簡単に説明する。毎回毎回、嫌ってほど実感してるルールを説明する意味がどこにあるんだ。誰に向かっての説明なんだそりゃ。

 

 「始める前に、みんなに一つ言っておきたいことがある」

 「なんだよむつ浜、まだなんかあんのかよ」

 「むつ浜ではな、六浜だ。今回の裁判の結論や、議題の決定などといった事柄は、全て私に任せて欲しい」

 「はあ?いきなり何言ってんだお前。ふざけんな、これは遊びじゃねえんだ、命懸けなんだぞ!テメエ一人に任せて、俺らの命懸けろってのか!」

 「そうだ。頼む」

 「なっ!?バ、バカじゃねえか・・・!?」

 

 始まるや否や、六浜が唐突に宣言した。急にそんな馬鹿なこと言い出す奴だとは思ってなかった分、即答されて焦った。こいつ、古部来が死んだからってそこまでおかしくなっちまったのか?なんでテメエ一人に全員の命預けなきゃいけねえんだよ。

 俺だけじゃない、納得できない奴は他にもいる。

 

 「承諾に足るだけの必要性や有意性の説明を要求する」

 「必要性も有意性もない。ただ、この事件は私の手で解決したいのだ。奴を・・・古部来を殺した犯人を・・・!!私が明らかにしたいのだ!!」

 「ど、どうしてそこまで・・・」

 「私は、奴に何も返せていない。不満も憎まれ口も・・・恩義もだ。だからこの件は、私がけりを付けたいのだ!せめて最後に、奴への手向けをしてやらねば・・・!」

 

 なんだそりゃ、古部来の敵討ちってことかよ。そんなもん、六浜がどうしようが結局は俺たち全員で考えることだろ。六浜が議長になって何が変わるってんだ。一人に任せてたら間違いに気付かないまま進むことだってあり得る。

 だが、あんまり深く考えてねえのか、そのまま頷く奴らがいる。

 

 「・・・複雑な心中、お察しします。畏まりました」

 「あら、よろしいのですか?彼女が犯人ではないという保証はどこにもないのですよ?」

 「そりゃそうじゃ。じゃが問題あるまい。あくまで仕切る係じゃろう?議論はわしら全員で行うんじゃ。議長と言えど、おかしな点は容赦なくぶっ放せば良い」

 「ぶっ放すって何を・・・?」

 「心のダンガン的な何かじゃ!日本刀でもよいぞ!」

 

 言われなくたって議論はする。だからって六浜に任せちまうのはいまいち気が進まねえ。なんつうか、不安なんだ。

 

 「ねえねえ、なんでもいいけどさ、早く議論を始めてよ。Xボタンで飛ばされる会話に割くページが勿体無いでしょ?」

 「では、まずは今回の事件を整理しよう。今までと違い、被害者が多い。まずはその整理からだ」

 

 結局なあなあで六浜が議長になったっぽいが、明尾の言う通りおかしいと思ったらすぐ突っ込まねえとダメだ。こうなりゃ俺がちゃんとやるしかねえか。

 まずは事件の被害者の整理からだ。六浜がモノクマファイルを手に話し出した。

 

 「まず最初の被害者は、古部来竜馬だ。湖畔で、全員参加の花火大会をしている最中、突如として発生した煙で視界を妨げられた数分の間に殺害された」

 「あの花火大会は、確か鳥木が主催してたんだったな」

 「ええ、夜時間まで行動を見張られていれば、大それた行動には出られないと思いまして。それがこんなことになろうとは・・・なんという考えの甘さ!大変申し訳ありませんでした!」

 「今は事実確認をしている。お前個人の感情を吐露するべきではない」

 「し、失礼いたしました・・・」

 「次の被害者は、曽根崎弥一郎。古部来の死体が発見された後の捜査中、発掘場にて清水が発見。死んではいないが、こうして学級裁判を免除されるほどの大怪我を負っている」

 「ホントに、生きてるのが不思議なくらいだったよ・・・。きっと、しばらくはベッドから動けないと思う。可哀想に・・・」

 「うぜえのがじっとしてて丁度いいじゃねえか」

 「そ、そんなひどいこと言わんであげてください・・・」

 「最後に、私、六浜童琉だ。資料館前で襲撃され、曽根崎ほどの怪我ではなかったが、すぐ清水により医務室まで運ばれたそうだ」

 「そうだ?なんでそんな他人事なんだよ」

 「頭を強打したせいだろう・・・記憶が曖昧なのだ」

 「ひとまず、これで今回の事件の被害者は全てじゃな。三人も襲うとは、なんちゅう凶悪な犯人じゃ!まさに外道ッ!」

 

 六浜が話し終えて、俺はそれぞれの現場を思い出した。悪臭と煙の漂う湖畔に倒れる古部来、頼りない照明にテカる血溜まりに倒れる曽根崎、資料館前で頭を押さえながら苦しむ六浜。一度にこれだけの数の人間が被害に遭うなんて、今までなかった。

 

 「今までの事件とはわけが違うわけです。どう切り込んでいけばいいものやら・・・」

 「まずはこの事件で最も特徴的な、被害者の数、ということに焦点を当てていこう。そこから何か分かるかも知れない」

 「よォし!ひとまず意見を出しまくるんじゃな!」

 

 やっぱりまずはそこから話し合うべきか。結局この裁判場からは、石川を除いて二人が消えた。曽根崎は生きてこそいるものの、いつ戻って来られるかも分からねえ状態だ。なんでこんなことになったのかを明らかにすれば、事件の全容に近付けるかも知れない。

 

 

 

 【議論開始】

 

 「今回の事件に被害者は三名。“古部来竜馬”、“曽根崎弥一郎”、“六浜童琉”だ」

 「これほどまでの被害が出るとは思わなんだ・・・しかし、逆にこれで事件の全体像をはっきりと見据えることができるぞ!」

 「ふええっ!?ほ、ほんまですか!?」

 「何を隠そう、これは無差別連続殺人だったんじゃ!!犯人はわしらを片っ端から殺害し、“最後の一人となって”ここを脱出するつもりだったんじゃ!!」

 「冷静になれ」

 

 

 

 不敵に笑う明尾の言葉に、晴柳院以外の奴らはあまり期待してないように見えた。こいつはたまにまともなことを言うが、こういう時にまともなことを言った試しはない。あるかも知れねえがそれが霞むくらいには、ただ騒音をバラ撒くだけの存在になってる。案の定、その次に発した言葉も六浜に冷たくあしらわれた。

 

 「それは演技か?それとも本気か?もし本気なのだとしたら、お前は学者を名乗るには記憶力がなさ過ぎるぞ」

 「ぬはあっ!?どうした六浜!!わしにそんな冷たい言葉を浴びせるとは!!仕方なかろう!年寄りは物忘れをするものじゃ!!昨日の晩食がなんだったかも思い出せんでな・・・」

 「だからお前まだ高校生だろうが!」

 「ちなみに、昨日の晩ご飯はとんかつでしたぁ」

 「どうでもいいよ・・・」

 「ともかく、犯人が我々を皆殺しにしようとしていたなどあり得ん。モノクマが新しく規則を設けただろう」

 

 そう言って六浜は、昨日の晩飯の話で盛り上がるアホ共に電子生徒手帳を見せた。規則一覧の項目、13ページ目に、『同一のクロが殺せるのは、一度に二人までとします。』と明記してある。つまり、生存者が3人くらいならまだしも、12人もいる時に皆殺しなんてできねえってことだ。

 

 「そもそも今回死んだのは古部来くん一人だから、連続殺人ですらないもんねーーー!!うぷぷぷ!さっきから聞いてたら、オマエラもう曽根崎くんが死んだものと思ってない?オマエラが望むのなら彼の身などいつでも差し出していいんだけど?降り注ぐ火の粉の盾にしちゃうんだけど?」

 「燃え尽きろ綿埃」

 「むう・・・ともかく規則上不可能じゃったということは、犯人には別の目的があったということじゃな」

 「だけどそうなると、なんで三人も被害者が出たんだろうってことになるよね?だって、クロが一度に殺害できるのは二人までなんだよ?曽根崎くんまでは分かるけど、六浜さんが襲われた理由ってなんなの?」

 「曽根崎を殺し損なったからだろ。しかもモノクマが命を救うって保証までしやがった。だから犯人は焦って、六浜を殺そうとしたんじゃねえのか」

 「あら、その言い方だとまるで、犯人は複数の被害者を出す必要があった、ととれるのですが」

 「好きにとれよ」

 

 と反射的にぶっきらぼうに返したが、穂谷の指摘は少し喉に引っかかった。確かに、皆殺しができない状況で、犯行を重ねればそれだけ状況証拠も物的証拠も増えるはずなのに、なんでわざわざ犯人は三人も殺そうとしたんだ?

 

 「早速行き詰まってンなあ。じゃあここで、オレが一つ画期的な案を出してやんよ!」

 「はあ?貴方がですか?」

 「明らかに期待されてねえ!オレは水泳好きでもなきゃバカでもねーぞ!」

 「その発言が知性を感じられないということに気付かない内は、本当に馬鹿と形容せざるを得ないな」

 「なんだろう、望月の方が傷つくんだけど」

 「いいからその案ってのを教えろ」

 

 どうでもいいことばっかり話広げやがって。なんでもいいから言いてえことあんならさっさと言えっつうんだ。

 

 「逆転の発想だよ。どうやって殺したのかじゃなくて、誰なら殺せたかを考えてみろって」

 「は?」

 「古部来の時は全員が居合わせたから取りあえずいいとして、曽根崎とむつ浜をそれぞれぶっ殺せた奴が誰なのかを考えれば、自然と犯人は絞られんだろ?」

 「ほう、なるほど。それは素晴らしい発想の転換ですね、屋良井君」

 「だろーがだろーが!」

 「しかし、それで本当に犯人が絞られるのかな?さっき穂谷さんが言ったけど、みんな捜査のために散り散りになってたんだよ?」

 「絞られるんだな〜、それが」

 

 状況証拠から当たりをつけてくってことか。まあ、どう考えても犯行不可能だった奴らを無駄に疑うよりはマシか。けどそんな奴いるのか?

 

 「じゃ、取りあえずオレと望月はシロでいいよな?どっちもずっと古部来の死体の見張りしてたから、発掘場にも資料館にも行けなかったんだ」

 「この事実は双方が証人になる。十分に有意性が認められるだろう」

 「そこはアヤの付けようもないの、じゃが二人だけとなるとまだ・・・」

 「付け加えると、笹戸優真も捜査時間中は桟橋にいたことを確認している。清水翔の悲鳴が聞こえてくるまで、目視で確認できた」

 「ぼ、僕はあんな酷いことしないよ!」

 「救命措置を行っていましたし、笹戸君を疑う余地はなさそうですね」

 「念のため言うが、曽根崎とむつ浜は除外するぞ。片や瀕死で片や資料館に籠りっきりだったからな」

 「そんなこと、言わずもがなだ」

 

 ちょっとずつ、犯人候補が狭まっていく。屋良井と望月と笹戸、それから曽根崎と六浜を除いた六人。もちろん俺はやってねえから、結局あと五人か。まだ全然だ。

 

 「ま、ここまで狭まりゃ十分だろ。つうか、ハナから犯行が可能だった奴なんて一人しかいねえわけだからな!」

 「ええっ!?そ、そうやったんですかあ!?」

 「じゃあなんで犯人候補狭めたりしたんだよ・・・無駄なことして馬鹿じゃねえか」

 「馬鹿じゃねえ!逃げ道を塞いで、言い逃れできねえようにするためだよ!だから認めちまえよ、もうお前に逃げ場なんかねえんだよ!」

 

 得意げな、自信満々な、浮かれた調子の声で、屋良井が無駄に仰け反ったり振り被ったりして注目を集めながら、細っこい人差し指を向けた。あっち向いてホイさながらに、全員が同じ方に視線を送った。

 そんな中、俺だけはその指の先を見つめ返していた。

 

 「なァそうだろ!!?清水翔!!」

 「はあ?」

 「清水君が・・・犯人だということですか・・・?」

 「ったりめえだ!曽根崎の時もむつ浜の時も、どっちの現場にも清水はいたんだろ!?だったらこいつしかいねえじゃねえか!!」

 「おい待て。んなふざけた理由で俺が犯人だあ?ナメてんじゃねえぞむさロン毛」

 「誰がむさロン毛だこのアホ毛!」

 「癖毛だ馬鹿野郎!!」

 「なに毛でもいい。清水、反論があるなら言え」

 

 クソが。俺がこの癖毛にどんだけ悩まされてると思ってやがる。癖のねえストレートの髪の毛をわざわざいじってヘンテコな髪型にしやがって。当てつけか蛍光色馬鹿が。

 

 「反論も何も、俺が曽根崎を見つけた時にはもうぶっ倒れて血ぃ流してたし、六浜の時も俺は資料館の中にいたろ」

 「資料館の中にいた、ってどういうこと?」

 「俺と六浜は資料館から寄宿舎に移動するとこだったんだ。六浜が先に行って、後ろから俺がついてった。六浜が頭かち割られたのは、資料館を出てすぐのとこだ。資料館の中から外の六浜どつけるかよ」

 「入り口近くなら中も外も大して変わんねえだろ。だいたい、お前が六浜を襲ったんじゃなかったら、そん時に犯人見てるはずだろ?」

 「いや・・・上から降ってきたんだ。何か、固いもんが。それが六浜の頭に直撃して・・・」

 「上からあ?おいおい、今日の天気は鈍器のようなものじゃねえぞ!んなアホくせえ言い訳で誰が納得すると思ってんだよ!」

 

 ありのままを言ったまでだ。それが信じられねえんなら、このアホはまんまと犯人の思い通りに、俺に疑惑を向けてるってわけだ。曽根崎の時は偶然だとしても、その次に六浜を狙ったってことは俺を犯人に仕立て上げるためだろう。ったく、面倒くせえことになりやがった。

 

 「上から降ってきた?それは本当か、清水翔」

 「嘘なんか吐くわけねえだろ、考えろ間抜けが」

 「辛辣過ぎますよぉ・・・」

 「お、おいおい!こんな奴の言い訳を信じるってのかよ!?」

 「仮に清水翔が六浜童琉を襲撃したのだとした場合、確実に自分にしか不可能であることが明確な状況で実行するだろうか?古部来竜馬が殺害された際は、濃煙で自らの姿を隠すほどの周到さを伺わせた犯人が?」

 「そうだな。被害者を複数出すつもりだったにせよ、私個人を狙ったにせよ、その後の行動も含めてなおざりな犯行と言える」

 「その後の行動、とは?」

 「負傷した私を医務室まで運んだのだ。あまり覚えてはいないが・・・殺すつもりならトドメを刺せる状況だったことは間違いない」

 

 その時の状況をよく思い出してみた。あん時は間違いなく、上から何かが降ってきた。それで六浜は怪我をして、咄嗟に医務室まで運んだんだ。

 

 「因みにですが、私が証人になります。医務室にいたら、六浜さんを負ぶさった清水君が来て驚きましたわ」

 「六浜さん、おんぶされてたんだ・・・」

 「やめろッ・・・!!その話はッ・・・!!」

 「助けてやったんだ、文句言うんじゃねえ」

 「と、取りあえず、そういうことなら、清水さんも犯人やないってことで・・・」

 「ちっ、いい線いってたと思ったんだけどなあ」

 「どこがだ、勘違いむさロン毛馬鹿が」

 「ぜってえ言い過ぎだッ」

 

 アホのせいで寄り道しちまった。とにかく結構な数まで犯人は絞れたが、まだ特定するには情報不足だ。もう少し何かないか。

 屋良井のクソどうでもいい叫びと共に少しだけ裁判場は静まり、その静けさを破ったのは、やっぱりあいつだった。

 

 

 

 

 

 「ところで、この議論は重要なのか?」

 「ん?」

 

 またいつものように、機械的な声に淡白な調子、意味不明な発言。こいつが女じゃなきゃとっくにぶん殴ってるくらいには、いい加減こいつにはムカついてる。

 

 「重要でない議論はしません。内容を理解していないのなら、その汚いお口は永遠に閉ざしていてください」

 「内容は理解している。だが、この議論は建設的と言えるのか?この結果出た結論が、裁判の意義に沿うとは考えにくい」

 「・・・説明してくれないか、望月。なぜこの議論が重要でないと思うのか」

 

 穂谷の毒舌も、六浜の冷たい怒りも、なんとも思わないように受け流しつつ、望月は冷静に話す。

 

 「私や清水翔の容疑を確認しているのは、あくまで曽根崎弥一郎と六浜童琉を襲撃した犯人か否かという範疇の話だ。それは、この裁判の趣旨から外れるものではないか?」

 「なぜですか?犯行時刻やタイミングからして、一連の事件が無関係に、偶発的に起きたとは考えられません。ならば、後者について議論も必要ではありませんか」

 「曽根崎弥一郎と六浜童琉の件についての議論は必要だが、それが古部来竜馬を殺害した犯人を断定することにはならない。襲撃犯ではないからと言って、容疑が完全に晴れたと誤認するのは適当でない」

 「望月、単刀直入に言え。お前は、何が言いたい?」

 「・・・今回の一連の事件、同一の人物によって発生したものとは考えにくい」

 「えっ!?」

 

 これまた、とんでもねえこと言いだしたぞこの女。同一の人物によるものと考えられねえってことは、そりゃつまり別人が引き起こした事件だってことかよ。たった今、鳥木がその可能性は否定したばっかだろ。

 

 「続けてくれ」

 「それぞれ別の人物が実行した犯行であると仮定すれば、古部来竜馬の殺害後にアリバイがあろうと、完全に潔白であるとは言えない。そしてその仮定の下で、二つの事件が近時に発生したということは・・・」

 「勝手に進めてんじゃねえ!!」

 

 さすがに見過ごせねえ。望月だろうがなんだろうが、そんな馬鹿なことを認めちまったら、今までの議論もこれからの議論もガタガタになるに決まってる。その先に待つ結論は、絶対に間違ってる。んなもんどうしたって受け容れられるわけがねえ。

 

 「テメエ一人で突っ走ってんじゃねえぞ望月!」

 「む?今は私の意見を聞く場ではなかったのか?」

 「うるせえ!そのくだらねえ仮定で話を進める前に、その仮定の根拠ってのを言ってみろ!それができねえならそんな馬鹿げた推理に聞く価値なんかねえってことだろうが!!」

 

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「そもそも曽根崎と六浜を襲撃した奴を明らかにする議論が無駄だと?今更何言ってやがんだ!!古部来を殺した奴と別の奴がわざわざ捜査時間中に事件起こすなんてあり得ねえだろ!!っつうか今までのをまるっきり切って捨てて一からやり直すつもりかよ!!」

 「重要なのは費やした時間ではなく正確さだ。それに議論が無駄であるとは言っていない。清水翔、お前は主張こそ理解しがたいのだが、なぜ実行犯が複数存在するという可能性を排除している?」

 「当たり前だろうが!!普通に考えたら、他人の罪まで被る危険を冒してまで中途半端に曽根崎や六浜を生かすようなマネするか!!っつうかそう言うテメエこそ、“実行犯が二人いる証拠”なんかねえんだろうが!!」

 「事実を見誤っている」

 

 

 

 俺は自然と言葉に力がこもり熱を帯びていく。一方の望月は極めて淡々と事務的に切り返し、挙げ句短く一蹴しやがった。俺だけ必死になってるみてえで馬鹿らしい。この野郎、人のこと馬鹿にしやがって。そうやってムカつかせてるってことにすら気付いてねえんだろう。だからこそ余計にムカつく。

 

 「仮定として進めた上で筋道を立て、最後にその証拠を提出することで説得力と論理性を強調する方針だったのだが、反論が出た以上は変更せざるを得ないな」

 「なんだそりゃ。時間稼ぎして証拠をなんとかでっち上げようとしてたって聞こえんぞ」

 「では、尚更直ちに提出するべきか。実行犯が複数いるという証拠を」

 「あ、あるんですかあ!?」

 

 いきなりわけの分からねえ話を打っ込んできたくせに、こういう時はもったいぶっていらねえ前置きをくどくど話しやがる。犯人じゃねえなら無駄に怪しまれるようなマネするんじゃねえアホ。

 

 「古部来竜馬の殺害手法、それと曽根崎弥一郎と六浜童琉を襲撃した際の手法。これらはあまりにも手段としてかけ離れている」

 「ん?手法?」

 「確か曽根崎君は、発掘場で後頭部から出血、六浜さんは資料館前で頭部負傷、でしたね」

 「こ、こ、古部来さんは・・・・・・半身に大火傷と切り傷が無数に・・・あうぅ、惨すぎますぅ」

 「うん、言われてみれば、曽根崎くんと六浜さんは似通った被害で、古部来くんは一つ抜きん出てる感じがする」

 

 古部来の状況はモノクマファイルでいつでも何度でも確認できるが、曽根崎と六浜は死んでねえからモノクマファイルがねえ。自分たちの記憶を頼りにするしかねえってのが、モノクマの融通の利かねえ使えねえところだ。それぐらいぱぱっと作れるだろうがボケが。

 

 「でも、こんなの犯人が殺し方を変えただけかも知れねえじゃねえか。むしろテメエみてえな馬鹿が、別人のせいかと勘違いするように仕向けたんじゃねえのか」

 「だとすれば、犯人は随分と計画性に欠けると言える。古部来竜馬を一瞬のうちに確実に殺害する手段と状況を用意しておきながら、曽根崎弥一郎と六浜童琉を即死させるだけの備えをしていなかったのだから」

 「・・・ッ!」

 「そりゃ不自然じゃのう。古部来を殺した時の周到さがあるのなら、曽根崎と六浜も確実に殺せる準備をしておくはずじゃな」

 「殺すつもりもなくそんなことをすれば、無意味に疑惑の幅を狭めることに、ひいては犯人と指摘される可能性を上げることになってしまいますね」

 

 参ったな、言い返す言葉がねえ。望月の言うことを補強するように、明尾と穂谷が発言する。曽根崎や六浜を殺すつもりなんだったら、確かに古部来を殺した時と同じような方法をとればいいだけだ。古部来と、曽根崎と六浜の被害を比べてみると、確かに同じ奴がやったにしては後者は殺意がいまいち弱い気がする。なんつうか、殺気がブレてる。

 

 「望月よ。お前が言いたいのはつまり、古部来を殺害した犯人と曽根崎と私を襲撃した犯人は別にいる。その根拠は、前者と後者の殺害方法があまりにも異なるから、ということでいいな?」

 「訂正の必要はない。私は、その殺害方法に解決の糸口があるとみている。端的に言えば、凶器だな」

 「ほう、その理由は?」

 「・・・直感、では不十分か?」

 

 静かに、六浜と望月は会話する。俺は、たぶん俺以外のほとんどの奴らも、まだついていけてねえ。犯人が複数人いるなんて簡単に言ってやがるが、そんなことが実際問題としてあり得んのか?望月の指摘した矛盾には一応頷けるし、主張にも矛盾らしい矛盾はない。だけど、別々に事件が起きるなんてことが本当にあったのか?

 複雑化、混沌化していく脳内の思考の整理がつかない内に、望月の提案で議論は凶器の話へ移っていった。

 

 「いや、十分だ。それに、犯人を明らかにしかつ論理的にそれを証明するには、犯行を順序立てて理解していくべきだからな」

 「えっと・・・取りあえず、凶器を明らかにするってことでいいんだね!よ、よし!」

 「ああ・・・マジで頭こんがらがってる・・・!わけわかんねえぞ今回!」

 「凶器を明らかにするには、まず死因をはっきりさせることだ。古部来の死因について話し合うぞ」

 

 分かってんだか分かってねえんだか、それも分からねえまま、議論は地に足が付かない気持ち悪さを伴いながら移りゆく。なんでこんなにまとまりがねえんだ。古部来が死んだからか?曽根崎がいねえからか?どちらにせよ、俺たちはまだ何も掴めてない。気持ち切り替えて、本気でやるっきゃねえ。

 

 

 

 【議論開始】

 

 「まずは古部来の死因をはっきりさせるぞ」

 「モノクマファイルには“書かれてない"けど、何か意味があるのかな?」

 「学級裁判を公平に進めるためとかなんとか言ってたぞ。分かってるなら書けってんだ」

 「もしかしたらモノクマも分かっとらんのではないか?古部来が殺される瞬間、わしら全員が煙で“何も見えなかった”からのう」

 「っ!それはちげえぞ!」

 

 

 

 耳を澄ませて、一言一句に気を付けて聞いてると、些細な間違いにも気付ける。反射的に、俺の口からそんな言葉が飛び出した。

 

 「いや、俺は見たぞ。古部来が殺される瞬間に・・・たぶん」

 「なっ!、マ、マジかよ!何を見たんだよ!?」

 「光だ」

 「光?それは比喩ですか?それともその節穴が勝手に捉えたデタラメですか?」

 「黙ってろ能面女」

 「悪口の切り返しだけは“超高校級”だな・・・。あの煙の中で、光を見たのか?」

 

 穂谷もだが、六浜にもさり気なく馬鹿にされた気がする。テメエこそ“超高校級のむっつり”に鞍替えしろむつ浜が。っつかんなくだらねえことでいちいち俺の話止めてんじゃねえぞ。

 

 「煙で前が見えなくなった後に、一瞬だけ強い光が光ったのが見えたんだ。場所もたぶん、古部来が死んでた辺りからだった」

 「ま、まさか古部来が死の瞬間に全身から光を・・・!?」

 「オカルトじみているが、可能性は0ではない。実際、線虫やゾウリムシなどを用いた実験では、紫外線を照射することで死の瞬間に細胞が青く発光する現象を観測することに成功した。これと同様に、細胞がヒトの可視領域の光線を発する生物がいても不自然ではない」

 「オカルトだかSFだか分かんねえ話だな」

 「両者は実に紙一重だが、科学的根拠の有無と可能性で区別される」

 「呆け者ォ!!そんな話はどうでもいい!!古部来はUMAや宇宙人の類ではない、我々と同じ人間だ!!」

 

 あり得ねえことを深く突っ込んで議論して何の意味があるんだ間抜けどもが。なに今回の豆知識みてえにうなづいてる。古部来がホタルか何かだったら意味ある話し合いかも知れねえけどな。

 

 「そ、そういえばうちも・・・・・・ここ、古部来、さんがいてはった辺りから・・・」

 「え、晴柳院さんも光を見たの?」

 「あっ、ちゃ、ちゃいますちゃいます!えっと・・・音が・・・」

 「音?」

 「家鳴りとも鬼の鳴く声ともつかへんような・・・おどろおどろしい音が・・・・・・。もも!もしかしてえ!古部来さんの霊魂を食べに来た鬼霊やったんかもぉ!!?」

 「それなら、私も聞いたな。悪霊かは分からんが、何かこう、雷のような重い音だ」

 「てか、あんだけデケェ音だったら全員聞いたろ」

 

 音か。やっぱ俺の気のせいじゃなかったんだ。あの音も光も間違いなく煙の向こうで何かがあった証拠だ。それが古部来のいた辺りからってことは、答えは一つしかねえはずだ。

 

 「となると、それらはどちらも、古部来の死因に関係している、と考えるのが普通だな」

 「ええっ!?」

 「タイミングも場所も、事件と無関係とする方が不自然だ。何より、一瞬の光と激しい音、これから分かる殺害方法なら、あの不可解な状況にも説明がつく」

 「殺害方法が・・・分かるだと・・・?」

 

 当たり前のように六浜は言った。たったそれだけの情報で、犯人がどうやって古部来を殺したか分かるってのか?

 

 「現場の状況、古部来の状態、光と音の目撃情報。可能性の一つに過ぎなかったが、ここまでくればもはや疑う余地はない」

 

 六浜が辿り着いた答えはなんなんだ?今言ったもので分かるってんなら、六浜だけに分かって俺に分からねえわけがねえ!

 

 

 

 【思考整理】

 

 まず現場の状況は・・・

     ・・・紙くずやらゴミの欠片やらでやたらと散らかってた

 

 死んだ古部来は・・・

     ・・・体に重度の火傷、それから切り傷や刺し傷も無数にある

 

 俺が見た光と聞こえた音がしたのは・・・

     ・・・ちょうど古部来が倒れてる辺りだった

 

 このことから分かる古部来の死因は・・・

 

 「こうとしか考えられねえ・・・!」

 

 

 

 「おい六浜・・・もしかしてお前、爆死とか考えてんじゃねえだろうな」

 「へっ?ば、ばくし?ばくしって・・・?」

 「・・・その通りだ、清水」

 

 冷や汗がこめかみから頬まで伝う気持ち悪さが、六浜の首肯で冷たく締まった気がした。古部来の死体を最初に見た時から不思議に思ってた。どうやって一瞬のうちに、あんだけの傷をつけられたのか。そういうことなら、納得できる。

 

 「つまり、古部来はあそこで、爆殺されたってことだ。俺たちのすぐ近くでだ」

 

 そんなこと、まさか本当に起きるなんて、況してやこんな身近な場所で起きるなんて、考えたこともなかった。それは俺以外の奴らにもそうだったらしく、混乱の波が広がっていくのが見えるようだった。

 

 「ば、ばばば、爆殺うううううううううっ!!?爆殺とはあの爆殺か!!?チョーサクリンか!!」

 「んなこと現実であり得んのかよ!!爆殺って、もはや異能力バトル漫画並みの死因だぞ!!」

 「突飛を通り越して、もう呆れてしまいました。真実にしろ嘘にしろ、もうここまで来てしまったのですね」

 「ひどいよ・・・!そんな惨いことするなんて・・・犯人は命をなんだと思ってるんだ!」

 

 あれやこれやと色んなこと言ってるが、六浜の言うことを考えてみりゃ、それしか見えねえ。音も光も、古部来の体の大火傷も説明がつく。むしろそれ以外の殺し方なんて、思い付かないくらいに。

 

 「爆殺は多くの場合、爆発物を仕掛けたり目標目掛けて投擲することで行われ、専ら暗殺の手段として用いられる。そんな手段を、敢えて衆人環視の下で行う必要があったのか?」

 「必要があったのではない。犯人は、その殺害方法が一番確実性が高いと感じたのだろう。平たく言えば、自信があったのだ」

 「自信だと?爆殺にか?」

 

 爆殺に自信があるなんて、どういうことだよ。普通の高校生は爆発になんて縁もなく生きてくんだよ。

 

 「その性質上、爆発に伴う爆音や閃光は誤魔化しようがない。だから犯人は、犯行に際してあれだけの煙を発生させた」

 「あの煙は確か、着火したヘビ花火から大量に出て来たんですよね。本来はあそこまで出るものではないのですが・・・それも犯人の仕業だと?」

 「おそらく、犯人は事前に倉庫にあった花火を、煙が大量に出るように細工したのだろう。爆弾を作成する技術があるのなら、それくらいの火薬の取り扱いは出来てもおかしくない」

 

 古部来の死因、殺害方法が決まった途端、この事件の謎が氷解するように、あらましが見えてきた。花火中に急に発生したあの煙は、犯人の姿以上に、どうしても目立つ爆殺の瞬間を見られないようにするためってことか。

 

 

 

 

 

 「もしそんなことが可能なら、ですよね?」

 「む?」

 「うふふ・・・六浜さん、先ほどから爆弾がどうのこうのと、随分と物騒なことを言っていますが、もしその推理を進めるとしたら、重大な欠陥は見過ごせませんよね?」

 「重大な欠陥?それってなに?」

 「本当に爆弾は作成可能だったのか。もし作れたとして、犯人はどこにそんなものを忍ばせていたのか。花火中は、夜中とは言え全員が湖畔に集まっていたのですよ?そんな場所で爆弾なんて物騒なものを持っていて、誰にも気付かれずにいられるものでしょうか?」

 

 穂谷が、不敵な笑みとともに六浜に反論する。笑う必要はねえが、そこが一番の問題だ。爆弾なんかマジで作れんのか、どうやってそれを持ち込んだのか。それが分からねえんじゃ、こんな突拍子もない推理、とてもじゃねえが通らねえ。

 

 「んまあ、作り方くらいだったら、資料館行けばいくらでも調べられそうだよな。あんだけの本がありゃ、どうにでもなるだろ」

 「問題は材料です。爆弾には実に様々な種類がありますが、撮影などには派手さを重視したものが、こういった場合の殺傷能力を重視したものが・・・この場合は後者なので、火薬と起爆装置、内部に仕込む飛散物、そして強固な外装の三つは不可欠でしょう」

 「やたらと詳しいな鳥木。もしかしてテメエか?その爆弾作ったのってよ!」

 「と、とんでもない!ショーに使うために勉強しただけです!事故があってはいけないので」

 「いかがですか、六浜さん。これでもまだ、この合宿場内だけで、爆弾の作成に必要なものなど揃えられるとお思いですか?」

 

 じっくりと、六浜が言い返せねえと踏んだのか、既に勝ち誇ったような声色で穂谷が言う。無駄に透き通ってはっきり耳に深く残る声なせいで、自分が言われてるわけでもねえのに寒気を感じる。たぶん未だに崩さねえあの能面笑いのせいもある。

 そんな穂谷に対して、六浜は怒るでもビビるでもなく、ただ少し考え込むように俯いたと思ったら、ぱっと顔を挙げた。その表情は、何かを閃いた奴の顔だ。

 

 「・・・できるかも知れない」

 「はい?」

 「いや、できる。人を殺めるのに十分な爆弾を作る材料は、整っていた」

 

 さっきからとんでもねえこと言い出すなこいつ。爆弾を作る材料が整ってただと?漫画でイメージするようなあの黒い球みてえなのさえ無理そうなのに、手榴弾とかダイナマイトみてえな本格的な爆弾なんか作れるのか?

 

 「うふ、うふふ・・・うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 「え・・・な、なに穂谷さん?なんで笑ってるの・・・?」

 「なんか怖いですぅ・・・」

 「失礼。ですが、思い込みもここまで激しいと、つい堪えきれなくなってしまいまして。では、ご説明いただけますか?犯人が行ったという、爆弾の作り方をッ!!」

 

 相変わらず眉一つ動かさない笑顔で、意味なんてない音だけの笑いを響かせる。不気味だ、すげえ不気味だ。なんでそんな風に笑えるのか、どういうつもりで笑ってるのかすら理解できねえ。まるで、どう足掻いても六浜にはそんなこと証明できるわけねえと確信しているような、そんな余裕すら感じる。

 

 「まず重要なのは火薬だ。点火することで急激な燃焼反応を引き起こすためには、ただ燃えやすいだけの物では代用不可能だ。これは、倉庫にあった花火を使えばいい」

 「そう言えば、花火は最初から開封済みじゃったな。ま、まさか、わしより先にあの倉庫の初物を奪った輩が・・・!?」

 「い、いかがわしい表現を使うな呆け者ォ!!」

 「むつ浜はいいから次だ、次」

 「むつ浜ではない!!六浜だ!!」

 

 あんだけ埃だらけの場所に、開けっ放しで放置されてりゃ誰にでも持ち出せただろうな。湿気たやつがいくつかあるっつってたが、一度バラして再調合とかすりゃ使えるもんなのかも知れねえ。とにかくあの煙を作りだしたんだから、火薬に関して犯人は苦労しなかったはずだ。

 

 「次に飛散物だ。これは爆発によって飛散することにより殺傷力を上げるためのもので、通常の爆弾ならばごく小さな鉄球や釘が用いられる。だが今回は、古部来の体にあった裂傷、それから現場に散らばっていた欠片から察するに、ガラスの破片を使ったのだろう」

 「ああ、それなら俺も見た。文字通り粉々になってたけど、爆弾で吹っ飛んだってんなら辻褄が合うな。んなもんでもおもっくそぶつけられりゃ、古部来のひでえ有様にもならあな」

 「よく川に捨てられてるんだけど、結構危ないよねあれ」

 

 現場を捜査した時に不自然なくらい大量に散らばってた、もはや粉と言ってもいいくらいに砕けたガラスの破片。きっと爆弾の中にあった時には、もっと荒く砕けた状態だったんだろう。そんなもんが爆風の勢いに乗って体に打ち付けられたら、どうなるかなんてガキでも分かる。

 

 「それから起爆装置だが、これは時計や信管などの精密な機巧を使うことが多い。その方が、犯人がその場にいなくても起爆させることができるからだ。だが今回は、煙で目隠しをしたことから想像できるように、犯人は直接爆弾を起爆させたようだ」

 「そ、それって大事なことなんですか・・・?」

 「自動で爆発するものでないのなら、簡易爆弾に最適なものがある。これも倉庫から調達できたはずだ」

 「爆弾に最適なもの?そんな危険なもんあったか?」

 

 倉庫で危険なものっつったら、一番奥の区画にあったあの武器の山だろ。けど爆弾ってことは、そういうことじゃねえよな。何かあったか?爆弾の起爆装置に応用できそうなものなんて。

 俺は脳みそをむちゃくちゃに回転させて、あの倉庫の中を思い返してみた。もう少し。もう少しで何か閃きそうだ。六浜が想像してる、その答えを。

 

 

 

 【閃きアナグラム】

 爆弾・・・・・・火薬を使ったもの?

 じゃあ花火か?いや、花火じゃ改造しても限界がある。もっと勢いが強い、何かのはずだ。

 それから隠し持てる大きさのもの。中にガラス片が入るくらいのスペースがある。

 何か・・・弾けるような・・・爆発するもの・・・!

 

 「そうだッ!」

 

 

 

 「もしかして、犯人はクラッカーを改造したんじゃねえか?」

 「はあっ!!?ク、クラッカー!!?」

 「あれなら、最初から起爆する仕掛けもあるし、中にガラス入れるくらいのスペースもある。持ち運びにも困らねえサイズだ」

 「おまけに、もし見つかってもパーティーグッズだと誤魔化せる。失敗した時も抜かりはないというわけだ」

 

 俺の推理に、六浜が一つだけ付け加えた。どうやら当たったらしい。そりゃあまさかクラッカーで人が殺せるなんて思わねえし、自分で言っといてなんだが、とてもあんな傷負わせられる凶器とは思えねえ。反論の一つや二つ、当たり前に出てくるだろうとは思ってた。

 

 「だ、だけど、クラッカーが本当に爆弾代わりになるの?だって、とても人を殺すほどの威力があるようには・・・」

 「だから改造したのだ。火薬の量を変え、中身を変え、ただの玩具を凶器にまで作り変えた」

 「いくら火薬の量を変えたって、クラッカー程度と人殺す爆弾じゃ威力が違い過ぎんだろ。おまけに花火の火薬だぜ?爆発力にも限度がある」

 「いや、クラッカーというのはわしも納得じゃ。むしろ、クラッカーだからこそ、花火程度の火薬でも古部来を殺せたのじゃろう」

 「だからこそ、と仰いますと?」

 

 なんだか知らねえが、妙に納得した風な明尾が、鳥木に尋ねられてフフン、と笑った。あ、これめんどくせえパターンだ、と思った。

 

 「普通のクラッカーに使われている火薬はごく僅かじゃ。にもかかわらず、あれだけ激しく音が鳴り、中身が弾けるのには、実は複雑な物理作用が働いておるからなのじゃ!その名も、モンロー・ノイマン効果という!!」

 「円錐形の内部にかかるエネルギーが、凝縮されて一方向に射出される現象だな」

 「そうそう、ってくらぁむつ浜ァッ!!わしの数少ない学者らしい台詞を奪いおって!!このままではわしゃ発掘好きキャラのイメージにしかならんじゃろうが!!」

 「無駄にお声が大きい弩の付く変質者キャラですから、ご安心なさって」

 「そ、そうか?ならいいんじゃが・・・」

 「いいんだ!?」

 

 こんなメガネにおさげにジャージなんつうクソだせえ奴のキャラなんかどうだっていい。んなことより、そのなんちゃらかんちゃらってのがどう関係してくるんだよ。

 

 「で、そのモン・・・ナントカ効果がなんなんだよ」

 「まあ要するに、力を増幅させることができるわけじゃ。クラッカーはその現象を利用した装置である。だから火薬をちょいといじれば、爆弾並みの威力を出すことも可能じゃ」

 「明尾奈美も、爆弾に精通しているのだな」

 「発掘のお供と言えば、一にツルハシ、二にダイナマイトじゃからな!ちなみに三四がドリルで、五に重機じゃ!!」

 「発掘いうより解体屋みたいな標語ですね・・・」

 

 なんでこんな奴が“超高校級の考古学者”なんて呼ばれてるんだ?ただなんもかんもぶっ壊してえだけなんじゃねえのかこいつ。

 って、結局メガネブスのキャラで頭がいっぱいになっちまった。んなことより、クラッカー爆弾の話だ。

 

 「とにかくこれで、凶器がクラッカーを改造した爆弾だということは、皆納得して・・・」

 「最後まで気は抜けないよ!」

 

 六浜がひとまじ話に区切りを付けようとすると、またそれは止められた。それまで議論の展開に驚きっ放しで全然役に立たなかったそいつが、はじめて六浜に噛み付いた。

 

 「まだ解せないことがあるのか?笹戸」

 「もちろんだよ!だって、クラッカーを爆弾にするなんて、そもそも無理なんだ!」

 「そ、そこから否定してまうんですかあ!?」

 「今までの私の説明では不満か?一体何が納得できていないんだ」

 「分かるはずだよ!僕がそれを証明してみせる!」

 

 いつになく、笹戸が強気だ。推理を主導するどころか、反論だってこんなに目立つようにしたことはなかったんじゃねえか。よっぽどこいつには、六浜を言い負かす自信があるらしいな。命懸けってことも忘れて、思わず見入っちまっと。

 

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「火薬とか、ガラス片とかを用意できて、クラッカーを改造して使ったとしても、古部来くんだけをあんな風にすることなんてできたはずないよ!犯人が使ったのはもっと別の手段だ!」

 「今までの説明の何が分からないというんだ?爆弾の作成に必要なものは全て説明しただろう」

 「倉庫にあったのはただのクラッカーなんだよ!?あれを使ったんなら、犯人だって爆発で大火傷してなきゃおかしいよ!だって、“厚紙でできた”クラッカーが、人を殺すほどの爆発に耐えられるわけがないんだ!」

 「視野が狭いぞッ!」

 

 

 

 互いの主張をぶつけ合い、しのぎを削りながら鍔迫り合う。発展して広がった議論の中にある僅かな隙を、六浜は正確に突き仕留めた。反論していた笹戸の体が、気圧されたように強張る。

 

 「確かに笹戸の言う通り、普通のクラッカーならば爆発の衝撃には耐えられないだろう。古部来を殺すどころか、犯人自身も中途半端に共倒れだ」

 「だ、だからクラッカーなんておかしいって・・・」

 「だから、犯人はクラッカーを強化した。可能な限り本物の爆弾に近付け、威力を最大限利用するために」

 「クラッカーを強化ですか?まさか鉄製のものを用意したわけでも・・・ああっ!!」

 「こ、この私に同じことを言わせるつもりですか・・・?次に許可なく大声を出したら、貴方の髪が全てヴァイオリンの弓になりますよ」

 「も、申し訳ございません!」

 「髪なんてどうでもいいから、何か思い出したんなら言えよ」

 

 急に大声を出した鳥木に、穂谷が青筋を立てて言った。オールバックのせいか、鳥木は生え際が割と頭のてっぺんに近いような気がする。んなこと気にしてる奴がオールバックなんて髪型選ぶわけねえか。

 鳥木が大声をあげたタイミングで、たぶん俺も同じ事を思い出した。事件とは何の関係もねえと思ってたけど、もしかしてあれって凶器に使われてたのか?

 

 「六浜さん、私とあなたと古部来君で、食料品を運んだ時のことを覚えていらっしゃいますか?」

 「ああ。かなりの量で苦労したな」

 「あの時、私は食堂にあったアルミホイルを少しだけ使ったのですが、捜査時間中に改めて確認したところ、新品のものに代わっていました」

 「新品に?なくなっていたのではなくてか?」

 「消費財は使い切ったそばから、モノクマが補充しているらしい。一流ホテル並の気遣いだ」

 「そりゃあもちろん!ボクは、オマエラが清く正しく美しく、希望の栄えないコロシアイをしてくれるよう常に気配りを忘れないからね!」

 「こここ、こんなの、清くも正しくも美しくもないですよぉ!」

 

 あの時は、こいつの無駄な仕事に呆れたりイラついたりもしてたが、案外何がどこでどう繋がってるかなんて分からねえもんだな。あんなものまで凶器に利用するなんて、犯人はどんだけ目敏い奴なんだよ。こんな応用力持ってる奴なんて、そう多くねえはずだ。

 

 「ちなみに製品は全てモノクママーク入りだよ。マスコットシンボルのブランド力に物を言わせて、大したクオリティでもないものを高値で売って売って売りまくるんだ!儲かりまっか〜!」

 「ボ、ボチボチでんなあ・・・」

 「小さく返すくらいならはっきり言ってしまえ、晴柳院」

 「関西人の悲しき性じゃのう」

 「ウソ吐け!お前ら近畿地方を敵に回す気かよ!」

 

 ちょっと考え事してたらこうだ。どういう話の流れで俺らが近畿地方と戦わなきゃいけなくなったんだ。

 

 「あのさ・・・そんな冗談はいいから、アルミホイルなんかで何をしたっていうのさ」

 「クラッカーの筒にアルミホイルを貼り付けたのだ。一枚では脆いが、三枚四枚と重ねていくと案外頑丈になるぞ。そうすることで犯人は、ただのクラッカーを爆弾として機能する容器に改造したのだろう」

 「爆弾として機能しさえすれば、爆発で粉々に破壊されてしまったとしても問題ない。むしろ、その方が証拠隠滅も兼ねて都合が良かっただろう」

 「そこまで計算して、犯人はクラッカー爆弾を凶器に選んだっていうこと!?」

 「さあな。だが状況を合わせて考えると、非常に狡猾で手の込んだ手法と言える。恐ろしいほどにな」

 

 考えられねえが、嫌に現実味がある。普通なら考えもしねえし馬鹿げた話だと一蹴するだろう。けど、今までだってそんな馬鹿げた話が真実だった。信じたくないような現実を突きつけられてきた。これだって、ここまで証拠が揃ってて、妄想で片付くようなものじゃねえ、それくらい分かる。

 

 「しかし、クラッカーを改造して作った爆弾であるのなら、どこかに仕掛けておいて自動的に爆発、というわけにはいきませんね」

 「そうだな。引き金である紐は自分の手で引かねばならないし、口を標的に向けて固定する必要がある」

 「つまり犯人は、殺害の際に古部来君に接近したというわけですね」

 「あの煙の中をですか?そんなん無理ですって・・・」

 

 クラッカー爆弾が普通の爆弾と違うのは、それを使う奴がその場にいなきゃいけねえってことだ。それが分かってたからこそ、犯人は目くらましに花火の煙を使ったんだろうが、あんだけの煙じゃあ自分の顔は見られねえが、犯人だって古部来まで近付いて行くことなんてできねえ。不自然に動いたりしたらそれこそ計画が破綻する。

 

 「もしかしたら、古部来が殺されたのは偶然だったのかも知れねえなあ」

 「なんだと?」

 「だってよ、あの煙で狙った奴のところまで正確に辿り着くなんて、どう考えても無理だろ。あのタイミングで、手近な奴を適当に殺したとかじゃねえの?」

 「無差別殺人ということか!?な、なんと恐ろしい・・・!!」

 「む、無差別・・・?古部来が・・・・・・偶然殺されただと・・・!?」

 

 屋良井が何の気なしに言った言葉に、六浜はぴくりと反応した。あの状況で離れた奴を狙い撃ちするなんて無謀だし、下手に標的を決めたらそれ以外の奴を間違って殺す可能性だってある。ってことは、ハナから標的なんていなかったんじゃねえか。というより、俺たち全員が標的だったんじゃねえか。そう考えた方が自然だ。

 そうだ。モノクマが新しい規則を急に追加したのも、元はと言えば誰かが皆殺しの計画を立てたからだ。それができなくなったら、無差別殺人をしたっておかしくねえ。

 なんとなく、その意見にほぼ全員が納得しかけた。だが、完全に浸透する前にそれは止められた。

 

 「ふざけるなッ!!」

 

 びりっ、と空気が震えた。無差別殺人という漠然と見えていた答えが、その一言で粉々に砕け散ったような。

 

 「偶然など・・・そんな馬鹿げた理由で!!そんないい加減な理由で古部来が殺されてたまるか!!」

 「む、むつ浜?どうしたんだよ?」

 「古部来は殺されたのだ!!卑劣な殺人犯に!!この中の誰かに!!殺すのは誰でもよかったなどと呆けたことを言ってみろ!!私は絶対に許さん!!奴の死が無意味だったなどと、ただの偶然だったなどと言うのは、奴への侮辱だ!!」

 

 突然ブチぎれた六浜が、屋良井に怒鳴り散らした。あまりの迫力に屋良井はひっくり返りそうになって、俺も思わず仰け反った。六浜ってこんなに熱い奴だったか?いくら古部来が死んだからって、そんな言葉一つにここまで語気を荒げるなんて。

 

 「そう大きな声を出さなくても聞こえていますわ。それにお気持ちも分かります。無差別殺人の被害者、なんて、あまりに救いようがなくて浮かばれませんものね」

 「ろ、六浜さん。落ち着いてください・・・冷静にならんと、ちゃんと話し合いが」

 「話し合いならできる」

 

 心配げな晴柳院に短く言って、六浜は一つ深呼吸をした。取り乱したのを自覚して冷静になったのか、さっきまでの迫力はだいぶ収まってる。それでもなんとなく、ものすごく体がデカくなったような威圧感だけはあった。

 

 「無差別殺人などという主張は私は認めない。それは古部来の名誉にかけてだ」

 「おまっ・・・!急にそんな感情論でおまっ・・・!」

 「・・・いや、案外そいつの言ってることは正しいかもな。無差別殺人だったとしたら、たぶん被害者は古部来じゃなかった」

 「あぁん!?お前までどうした清水!なんか根拠でもあんのか!?」

 「屋良井、もっぺん言ってみろ。お前が、この事件が無差別殺人だと思うって理由を」

 「あ?ちっ、分かったよ。納得するまで何度でも言ってやるから覚悟しろやァ!!」

 

 なんで六浜に張り合う勢いで屋良井までヒートアップしてんだ。いや、ちょっと笑ってるからありゃ大袈裟に振る舞ってるだけだな。取りあえず、あいつの主張の矛盾をつついてやれば、簡単に崩れるだろ。

 

 

 

 【議論開始】

 

 「凶器と思われるクラッカー爆弾は、起爆者が被害者に“近付く必要がある”!」

 「花火中のあの煙は、“一歩先も見えない”ほど濃かったよね」

 「あの煙の中で標的を探して、接近して殺害するなんて、本当に可能なのでしょうか?」

 「いやいやいや!無理に決まってんだろ!犯人は煙が出たタイミングで、“たまたま近くにいた”古部来を被害者に選んだってことだろ!」

 「テキトーなこと言ってんじゃねえ!」

 

 

 

 「たまたま近くにいた奴を殺そうと思ってたなら、犯人が古部来を選ぶわけがねえんだよ」

 「は?なんでだよ。あいつの迫力にビビったとか言うわけじゃねえよな?」

 「当たり前だ。ここに、その根拠がある」

 「っ!それは!」

 

 俺が取り出したのは、一冊のノートだ。資料館で六浜が書いてた、曽根崎と六浜の作った証拠。

 

 「な、なにそれ?」

 「曽根崎と六浜が書いた、事件前後のそれぞれの位置をまとめたもんだ。証拠として問題ねえよな?」

 「お二人が書かれたのなら、問題ないでしょう」

 「位置が分かるんだったら、それで犯人も分かるじゃねえか!見せろ!」

 「いいけど、恥かくだけだぞ」

 

 立ち位置をまとめた略地図に屋良井が食いついた。見せろっつうからノートを投げてよこしてやったが、その地図を見て屋良井の顔からみるみる自信の色が消えていった。当たり前だ。

 

 「事件の直前、古部来は一人で中心の輪から外れたところにいたんだ。ま、あいつが花火やってる中に飛び込むようなキャラじゃねえのは分かってたけどな」

 「・・・あ、あれ?」

 「ほ、ほんまですかあ?」

 「ふむ、間違ってはおらんようじゃ。物理的に一番近いのは穂谷じゃが・・・」

 「それでも煙の中を手探りで近付いたというには無理があるな。一歩先も見えない中では特に」

 「この私が、そんなレスキュー隊のようなむさ苦しい肉体労働の真似事なんて、するわけがないじゃありませんか。不愉快です」

 

 地図の上で、古部来は一人離れた場所にいる。手探りで捜し当てたっつうには距離があり過ぎて納得はできねえな。

 

 「ところで・・・あ、あの、穂谷さんは・・・そのぉ、なんでそんな離れた所にいてはったんですか・・・?」

 「花火なんてしたら、煙の臭いが服に移るじゃありませんか。アロマキャンドルなら構いませんけど」

 「夜中にアロマキャンドルとは・・・百物語にしても雰囲気出んのう」

 

 この地図を見る限り、煙の中で古部来に近付いて殺すなんて無理そうに見える。穂谷だって、古部来より俺や望月の方が近くにいたんだ。

 

 

 

 

 

 だが略地図を改めて見て、俺は一つ、閃いた。至極簡単な、ある事実に。

 

 「なあ、仮にだけどよ。犯人が煙の中を移動したんじゃなかったとしたら・・・どうだ?」

 「うん?煙の中じゃない、というと?」

 「煙が出たのは、鳥木や晴柳院が花火してる、この辺りからだ。そこから離れた場所なら・・・煙の届かなかった場所なら、古部来にも近付けただろ」

 「えっ、し、清水くん・・・それって・・・」

 

 俺の推理にいち早く反応を見せたのは、六浜でも望月でもなく、俺が指摘しようとしてる奴だった。自分のことだって分かってるってことは、怪しい自覚があるんだな。この中で古部来を殺せたのが自分だけだってことを。

 

 「ああ、お前のことだよ。笹戸」

 「!!」

 「はっ・・・!?さ、笹戸?笹戸じゃと!?」

 「なるほど。事件の前後で、笹戸優真は桟橋にいたと記されているな。ここなら、煙に覆われることはなかっただろう」

 「・・・そ、そんな!」

 

 疑いの目を向けられて、笹戸は痛そうに、苦しそうにたじろいだ。一度でもこうなると、もうそこから完全に信頼を回復するのはほぼ不可能だ。真犯人が分かるまで。

 

 「ぼっ、僕じゃないよ!!僕はそんな・・・ひどいことなんてしないよ!!」

 「では、ここには笹戸君は桟橋にいらっしゃったと書かれております。なぜ花火中にそんな所におられたのか、ご説明願います」

 「それは・・・その、魚を供養してて・・・」

 「魚の供養?意味を理解しかねるが」

 「湖に魚の死骸が打ち上げられてたんだと。それを桟橋から捨ててたってんだろ?」

 「す、捨てたんじゃないよ!水葬だよ!」

 「その証拠は?」

 「えっ」

 「証拠はあるのですか?あなたが桟橋で魚を供養していたということの証拠は、魚の死骸でも供養の道具でも写真でも構いません、それはどこにあるのですか?」

 「そ、そんなの・・・あるわけないじゃん・・・!」

 

 理由はなんとでも後付けできる。俺だってこいつが見つけたっていう魚の死骸を見たわけじゃねえし、弔ってるところを見たわけでもねえ。そもそも肝心な、煙が出てる間に何をしてたかなんて、誰もが視界を奪われてたのに立証のしようがねえ。

 

 「言い訳もろくにできないのなら、疑う余地はありませんね。古部来君を殺した犯人は、笹戸君で決まりです」

 「っ!ダ、ダメ!違う!僕じゃないよ!ホントに・・・ホントに僕はピラルクーを水葬にしてたんだ!信じてよ!」

 「笹戸が命を重んじる性格なのは知っている。だが、それだけでシロクロを付けられるほど、この裁判は甘くないんだ・・・!」

 「ううぅ・・・う、うちはぁ、信じたないです・・・!信じたないですけど・・・・・・でも・・・」

 

 今、裁判場の視線の全てが笹戸に向いていた。どう考えても笹戸が一番怪しい。水葬してたってことを証明できない限りその疑惑は晴れねえが、そんなもん証明できるわけがねえ。

 

 「せ、晴柳院さんまで・・・!なんで・・・・・・なんで信じてくれないんだよォッ!!」

 「ぬおっ!?さ、笹戸?」

 「僕は殺しなんてやってない!!あんな煙なんて知らない!!全部本当なのに、なんで信じてくれないんだ!!」

 「力業で押し通せるものではない。もし本当にやっていないと言うのなら、それを論で立ててみろ!」

 

 とうとう、笹戸も声を荒げた。いつもなよなよしてこんなにテンション上げることなんてねえのに、流石にここまでのストレス下では耐えきれなかったらしい。だがそんなもんで曲がる議論じゃねえ。無実なら無実と証明できなきゃ、全員が道連れになるだけだ。

 

 

 

 【議論開始】

 

 「僕は犯人なんかじゃないんだって!!信じてよ!!」

 「だがこの略地図は“私と曽根崎で描いた”ものだ。お前は間違いなく桟橋にいたのだろう?」

 「そ、それはそうだけどッ・・・!あれは魚を水葬にしてただけで、煙が晴れるまで“ずっと桟橋にいた”よ!」

 「“証拠もなしに”そんなことを言われて、誰が信用できるのでしょう。むしろ、出任せの聞き苦しい言い訳にしか聞こえませんが?」

 「でもそんなこと言ったら、僕が犯人だっていうのも“証拠がない”じゃないか!」

 「煙の外にいたってだけで十分な証拠だろ。魚の死骸なんて“最初から用意しとけばいい”だろうしな。笹戸、お前はそれを理由に桟橋まで行って、煙が吹き出たタイミングで古部来の“後ろに回り込んで”から、爆弾をぶっ放したんだ!」

 「看過できない」

 

 

 

 もはや議論の結末は決まってたようなもんだった。そのはずだったのに、相変わらず空気を読まねえ望月がその議論に横槍を入れた。笹戸すら、思わぬ助け船に戸惑ってる。青白い顔のまま、なんとなく漠然と裁判場全体をぼーっと眺めてた。

 

 「・・・なるほど。やはり、どんな些細なことであっても議論はすべきだな。僅かな矛盾は意外に気付かないものだ」

 「なに一人でぶつぶつ言ってやがる。話を止めたからには、何か言いてえことがあるんだろ?」

 「まさかとは思うが、笹戸に犯行は不可能だったと言い出すのではあるまいな?」

 「まさか、という程のことでもない。どんなに濃い疑惑も、断定できなければ可能性でしかない。笹戸優真が犯人だという決定的な証拠がなく、その仮定に矛盾が生じたのであれば、一から推理を立て直す他にあるまい」

 「矛盾などありましたでしょうか?申し訳ありませんが、私は気付きませんでした」

 「モノクマファイルをよく見てみろ」

 

 望月のその言葉に、俺たちは一斉に電子生徒手帳を見た。モノクマファイルを開くと、また古部来の悲惨な姿が表示された。火傷を負った前半身がうつ伏せになってるだけ、まだ直視できる状態なんだろうな。で、これがなんなんだ。

 

 「笹戸優真が桟橋から古部来竜馬の側まで近付いて、先ほどの凶器、クラッカー爆弾を起爆させたとしたら、この写真はあまりに不自然ではないか?」

 「んん?何がじゃ?」

 「煙の外側から近付いたのなら、必然的に古部来竜馬の背後に回ることになる。そのまま起爆させたのでは、古部来竜馬の体はこうはならなかったはずだ」

 「後ろから吹っ飛ばされたら前に倒れるだろ。何がおかしいんだ」

 

 うつ伏せに倒れた古部来。血が体の下から僅かに地面に染みて、焼け焦げた袖が少しだけ覗く。この体の下は、見るに堪えないほど惨い有様になってるはずだ。

 

 「っ!いや・・・違う。そうか、そうじゃないか!」

 「気付いたようだな、六浜童琉」

 「もし背中側から爆弾で殺されたなら、こんなにキレイなままでいるはずがない・・・!」

 「・・・あっ!た、確かにそうです!」

 「古部来竜馬の負傷は、全て前半身にあった。これは実に特徴的だ。しかし今の推理によると、笹戸優真は煙の外側、すなわち古部来竜馬の背後から殺害したということになる。これは明らかな矛盾ではないか?」

 

 言われるまで、マジで気付かなかった。それは、笹戸が犯人だってどっかで決めつけてたからか。それとも単純に俺の目が鈍いだけか?そう言えばそうだった、古部来の死体の周りを捜査した時に、望月が言ってたことだ。

 古部来は前から爆殺されたのに、うつ伏せに倒れたってことだ。凶器が分かった今になると、なおさらその状況が不自然に思えてくる。

 

 「なるほど。確かにそれでは矛盾してしまいますね。でしたら、前に回り込めばいいだけの話です。古部来君の元まで近付き、彼の前方に回り込んで殺害。その後に桟橋まで戻ったというのは」

 「逆ならまだしも、わざわざ殺す奴の前に回り込む意味があんのか?」

 「何か、のっぴきならない事情でもあったんかの?」

 「不意を突くつもりならば不自然だ。それに、被害者にわざわざ自分の姿を目撃させるリスクを超えるほどの意味が、その行動にあったとは考えにくい」

 「だ、だから僕じゃないんだって・・・。だいたい、煙の外からじゃどこに誰がいるのかなんて全然分からなかったんだし、古部来君を狙うなんて無理だよ」

 

 中にいる奴でも一歩先が見えないほどの濁った煙。それを、中心から外れたところにいたとはいえ、外から探し出して、その上わざわざ正面から殺すなんて、確かにおかしいな。それに前から殺したってことは、犯人だって煙の中にいたって証拠だ。一度煙の中に入っちまったら、その後は犯人だって俺たちと同じように何も見えなかったはずだ。

 

 「ダメだ。やっぱ笹戸が犯人だとしたら筋が通らねえし、強引過ぎる」

 「当たり前だってば・・・ホント、勘弁してよ」

 「じゃが、そうなるといよいよわけが分からんぞ。犯人は、あの煙の中にいながら、古部来を狙って殺したということになる」

 「実際、そうだったのだろう」

 「馬鹿か!あんな煙の中でどうやって歩き回るっつうんだよ!」

 

 複雑化する議論の中で、人は三つのタイプに分かれる。一つは明尾や晴柳院みてえに難しく考え込んで黙りこくる奴。一つは屋良井と穂谷みてえに人の発言を否定しては疑いをバラ撒く奴。一つは望月みてえにわけの分からねえことを適当にほざく奴。どいつもこいつも、有象無象がピーチクパーチク言い合ってるだけじゃ真実なんて分からねえ。

 議論が行き詰まるこの言い知れねえ不安は、ますます脳みそに鞭をしならせて、思考を支離滅裂に分断していく。まずい、このままじゃ答えが出ないまま時間だけが過ぎる。

 

 「あまり、難しく考える必要はない」

 「・・・あ?」

 

 滞った裁判場を軽くほぐすような、リラックスさせるようなことを、ぼそっと言った。

 

 「議論は言葉により成り立つ、考え込んで言葉を失えば議論は止まり、真実は遠くへ逃げ去る。我々がすべきなのは、正しい答えを見つけることだ。それをするためには、とにかく目の前の一歩を探り当てることだ。なんでもいい、発言し、意見し、そして見つけ出すのだ。薄汚い人殺しなんぞの知性に、我々は負けない!負けてはならない!!」

 

 尻上がりに声を張り上げて、六浜は最後に重く響くように言った。このやたら暑苦しい演説めいた喋り方、さり気なく敵を蔑んで自分を上げる言い方、まるで、もうここにいねえ奴らが言葉を吹き込んでるような。だけど不思議と、その言葉で俺の思考は一度整理された。

 

 「・・・もう一度、議論をしよう。どうすれば煙の中でも古部来を狙えたのか、それだけを集中して考えればいいのだ!」

 「ど、どうしたんですか六浜さん・・・?」

 「私は、こんな所で立ち止まっていられないのだ。この事件の全てを明らかにするまでは、絶対に足を止めてはならないのだ!!」

 

 力強く、叫ぶ。六浜のその気迫に、俺たちは気圧されるどころかなぜか背筋が伸びた。まるでデケえ力に姿勢を正されたような。そして議論が始まる。六浜の強い力がそうさせる。俺たちは止まっていられない、歩き続けることを強いられる。それはすごく頼もしく見える一方で、俺たちの理解を超えた狂気があるような気もした。

 

 

 

 【議論開始】

 

 「議題を簡潔に示そう。どうやって犯人は煙の中で古部来を狙うことができたのか!みんなの考えを聞かせてくれ」

 「えっと・・・略地図を見る限りじゃ、適当な“近くにいた人殺害した”、ってことじゃないんだよね」

 「煙が出る前に“立ち位置を把握していた”のではないでしょうか?」

 「せやかてあんな濃い煙じゃあ、右も左も上も下も“前も後ろも分かりません”よ・・・」

 「じゃあやっぱ“目印”でも付けたんじゃねえか?」

 「そんだけ目立ってたら花火中に誰か気付んじゃね?やっぱテキトーにぶっ殺したのかなあ」

 「“視覚以外に働く標識”という可能性はどうだ」

 「いい意見だ」

 

 

 

 まるで川に流れる泡のように、あれこれと意見が出ては可能性が潰れていく。その中で六浜は、一つだけに可能性を見出した。次の案を考えるのに必死で聞き流してたが、改めて説明した上で六浜は次の話に移った。

 

 「視覚情報以外に訴えかける印か。鋭い視点だ、望月」

 「視覚以外?犯人は何も見えねえのに古部来を見つけたのか?」

 「はあ!?アホか!んなわけねーだろ!何も見えねーんじゃ、古部来に近付いたことすら分からねーじゃねえか!」

 「そうでもないかも知れないぞ。もう少し、深く考えてみようか」

 

 視覚って、見ることだよな?確かにあの煙の中で、目で見て確かめる目印なんて付けてたら犯人以外にもバレちまう。だからそれ以外の方法をとるってのは考えられねえこともねえが、だとしたら犯人は何を使って古部来を見つけたんだ?

 

 

 

 【議論開始】

 

 「目で見なきゃ古部来かどうかなんて判断できるわけねーだろ!」

 「いや、あの煙がその視覚を奪うために用意されたと考えれば、犯人が他の手段を用いたと想像できるはずだぞ」

 「視覚以外の情報となると、何があったっけか」

 「う〜ん、コウモリやイルカは“超音波”で獲物や障害物を感知するんだよね」

 「ということは、やはり古部来竜馬は“人間の姿をした異生物”・・・!?」

 「そんなわけあるか呆け者!!目を輝かせるな!!」

 「常識的に考えれば、五感を使ったのでしょう?視覚以外なのであれば、“聴覚”、“嗅覚”、“味覚”、“触覚”。そのうちのどれかを使ったのでは?」

 「っ!それだ!」

 

 

 

 「きっと犯人は・・・嗅覚で古部来を見つけ出したんだ」

 「嗅覚、ということは、臭いを嗅いで古部来君の元まで辿り着いたというのですか!?そんな馬鹿な!」

 「にわかには信じがたいが・・・清水、根拠はあるのか?」

 

 この反応は予想してた。そりゃ普通に考えたらどれもあり得ねえ。古部来の声を頼りに近付いたと言っても、臭いを辿ったと言っても、手探りだと言っても、味覚なんて論外だ。だがこの中でもし、一つだけ可能性があるとしたら、これしかねえ。その根拠を持ってるのは、俺じゃねえ。

 まさか、こんな所であいつの手を借りることになるとは。気分悪いが、そう言ってる場合でもねえ。俺はポケットから、あれを取り出した。

 

 「そ、その手帳は・・・?」

 「あいつの・・・曽根崎の手帳だ。捜査中のことまで記録してある」

 「それが根拠ですか?一体、どういうことでしょう?」

 「こん中には、発掘場でのパーティーのことも書いてあった。どうでもいいことだらけだが、小せえやり取りの一つ一つまで細かく書いてある」

 

 息を呑んで俺の挙動を見守る裁判場で、俺は手帳のページを少しずつめくる。そして、目当ての記述を見つけた。パーティー中に起きた、本当に些細な事件。マジでどうでもいい、馬鹿らしい出来事を。

 

 ーーー『パーティー中、古部来クンが突然飲み物を噴きだした。本人も予想外だったみたいで、真っ白になった口元を拭くことも忘れて怒って、ボクはその後しばらく追いかけ回された。もの凄く臭かったから、たぶんあれドリアンのジュースかなにかだ』ーーー

 

 「ああ、そう言えば古部来の奴、なんか曽根崎にキレてたな」

 「普段の彼からは想像も付かないほど、みっともなくて汚らしい姿でしたね」

 「そっちはどうでもいいんだよ。問題はこのドリアンジュースの方だ」

 

 直に見たから俺も覚えてる。それまでは普通に鳥木のマジックを観てた古部来が、唐突に飲み物をぶちまけたんだ。何が起きたか分からなかったが、ここに書いてある通り無茶苦茶臭かった。果物の王様なんて言われてるが、あんなことになったらただの異臭物だな。

 

 「古部来がドリアンジュースを飲んで、それを噴きだした。当然、噴いたものがあいつの体にかかって、服にもドリアンジュースが染み込むはずだ」

 「ってことは・・・もしかして犯人は、古部来さんの体にかかったドリアンの臭いを辿って、あの煙の中を近付いたいうことですか?」

 「そういうことになるな」

 「な、なななななんじゃそりゃあ!?ドリアンの臭いを探り当てたじゃと!?」

 「も、申し訳ございません・・・私、あまりの展開について行けてないのですが・・・」

 「たぶんオレもだわ」

 

 馬鹿げてる、俺だってそう思う。けど、殺された古部来が、その直前にドリアンジュースを飲んであんなザマになってた。前の見えない煙の中じゃ、視界に頼ってあいつまで辿り着くのは不可能だ。そうしたら、事件と無関係だなんて言えるわけねえじゃねえか。

 どいつもこいつも、頭を抱えて混乱してる。そりゃそうだ。無茶苦茶過ぎる。ドリアンジュースを殺人の布石にするなんて、考えたってやらねえ。だが犯人はそれをやった。そんなもんを殺人計画の中に組み込むってことは、犯人は自信があったんだ。臭いを使えば、確実に古部来を狙って殺せるってことの。

 

 「い、いやいやいやいやいやいやいや!!やっぱり無理じゃ!!ちょっと考えてみたがそんなことはあり得ん!!」

 「なんでだ」

 「あの時、湖畔では皆で花火をしとったんじゃぞ!?煙のせいで視界が奪われたが、それは嗅覚とて同じことではないのか!?屋外では臭いが拡散しやすい上に、あれだけ火薬の臭いが漂っておったんじゃぞ!?」

 「で、ですよね・・・いくらドリアンが生臭いいうても、それを嗅ぎ取るなんてこと、普通できませんて・・・」

 「ああ、できねえよ。普通は」

 

 当然だ。火薬の臭いを抜きにしたって、外の離れた場所にいる奴の臭いを嗅ぐなんてことできるわけがねえ。普通の人間には、到底無理なことだ。だが、そんな不可能も可能にしちまえる奴がいるだろうが。ここにいる奴らは、普通の人間じゃねえんだ。“超高校級”なんだ。そしてだからこそ、土壇場でその能力を頼る。それが致命的な弱点になるなんて、思いもせずに。

 次第に荒くなる呼吸のリズムが、心臓を弾ませる。脳みそはフル回転して、次の言葉を言えと俺の喉を急かす。この緊張感、この達成感、この勝利感・・・俺の指一つで、“超高校級”の奴の表情が一変する。バレるわけがねえと高を括っていた奴の牙城が、がらがらと音をたてて崩れる。最大限の集中力を費やして、俺はその『答え』を指さした。

 

 「だけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前にならできるだろ。滝山」

 「・・・・・・っ!」

 「!!」

 

 重苦しく、冷たく刺さるように、そして感情をなくすように努力して、その言葉を吐いた。俺のすぐ左隣にいる奴は、その言葉に少しだけ身を跳ねさせただけで、一つ声をあげることすらしなかった。

 そういえばこいつ、この裁判で一度でも喋ったか?

 

 「“超高校級の野生児”の鼻だったら、あの火薬の臭いの中でも、古部来を探り当てられたはずだぞ。違うか?」

 「・・・」

 「な、なに言ってんのさ・・・清水くん・・・!」

 

 まず反論してきたのは、滝山本人じゃなくて笹戸だった。さっき自分が疑われた時のまま、血の気の引いた顔をして軽く声は震えていた。

 

 「そんな・・・そんなこと、できるわけがないよ・・・!いくら滝山くんでも、煙の中で臭いを嗅ぎ取るなんてこと」

 「可能だろうな。かつて滝山は、倉庫付近の森の中から資料館のテラスで私たちが食べていたクッキーの臭いを嗅ぎとったこともあった」

 「あ、あの距離でクッキーの臭いを!?」

 「最初の学級裁判の際には、滝山大王の嗅覚によってアンジェリーナ・フォールデンスの手に血が触れたことが判明した。この事実を踏まえれば、火薬の臭いの中でドリアンの臭いを嗅ぎ取ることは可能と判断してもよいだろう」

 

 できるんだ、こいつになら。こいつにしか、できねえんだ。それはこいつの自信の表れであって、自惚れたための失敗でもある。他の誰にもできないからこそ、気付かれた時点で全てが終わる。

 

 「ほ、本当なのか・・・?滝山が・・・古部来を殺したっちゅうんか?」

 「彼に殺人計画を立てるだけの知性があるとは思えないのですが」

 「だからってこいつが犯人だって可能性がなくなるのかよ。馬鹿が腹の底で何考えてるかなんて、俺らにゃ分からねえこった」

 「ウソだ・・・!こんなの、絶対におかしいよッ!」

 

 喋らねえ滝山に代わるように、笹戸が声をあげた。いつかの裁判みてえに容疑者じゃない誰かがそいつを弁護する。だがそんなことは何の意味もない。他人がどんだけ声を張り上げようが、所詮は他人事。たった一つの矛盾で、そいつだって認めざるを得なくなっちまう。

 それを明らかにしてやれば・・・もうこんな裁判、すぐに終わっちまう。

 

 

 

 【議論開始】

 

 「犯人が滝山くんだなんて・・・そんなのおかしいよ!」

 「・・・」

 「多くの証拠と堅実な議論の末に出た結論だ。これを覆すのは、ほぼ不可能だぞ」

 「そんなこと関係ない!違うんだ!違うよね滝山くん!こ、こんな推理・・・絶対に何かが間違ってるんだ!」

 「・・・」

 「略地図を見ても、滝山は事件の前後で大きく移動してた。目の前も見えねえ状況で、よくこんなに動き回ったもんだな」

 「だって・・・・・・滝山くんは・・・シャワーの使い方だって、やっと覚えたくらいなのに・・・!」

 「馬鹿だと思われてたからこそ、古部来の意表を突けたんじゃねえのか。本当は何もかも、馬鹿にみせるための演技だったんじゃねえのか」

 「ウソだッ!!そんなことあり得ない!!だって滝山くんは・・・人を殺すなんて、そんな酷いことするような人じゃない!!」

 「そんな感情論じゃ何も変わらねえ!!テメエはただ事実を信じたくねえだけだ!!」

 「だったら証拠はあるのかよ!!滝山くんが犯人だっていう証拠が!!彼が“事件と関わってる証拠”があるっていうのかよッ!!!」

 「もう諦めろ!!」

 

 

 

 自分が疑われた時よりも。強く、激しく、執念深く、熱く、笹戸が吠える。こいつにとって、滝山ってなんなんだ?なんでそこまで守ろうとする。もう、滝山の疑いを晴らすものなんてないのに。どうして自分から、この推理を確固たるものにする証拠を出させるんだ。

 もう、勝負は着いたんだ。

 

 「曽根崎の手帳に書いてある」

 「・・・!?」

 「古部来がドリアンジュースを噴きだした直前だ」

 

 もう一度取り出した曽根崎の手帳をめくる。そこに書かれた文字が、俺の推理が正しいものだと示してる。短く、簡潔で、だけど確かな言葉で。

 

 ーーー『滝山クンから飲み物をもらった。何のジュースか分からないけど、なんだか白くて臭う』ーーー

 

 「曽根崎は滝山から、飲み物を渡されてた。それが、古部来が飲んだドリアンジュースだったんじゃねえのか?」

 「っ!!」

 「ど、どういうことですか?なぜ曽根崎君が渡されたジュースを古部来君がお飲みになったのですか?」

 「さあな。色々あったんだろ。だがどっちにしろ、これではっきりしただろ。滝山が事件に関わってるってことが。ドリアンジュースで臭いを付けたことが!」

 「ううっ・・・!!」

 

 これほどの証拠はねえ。今この状況で曽根崎の記録を疑ったって意味がねえことは誰にだって分かる。あいつは今回の事件の被害者なんだ。嘘を書くわけがねえ。何よりそれは、あいつが最も嫌ってることだ。

 

 「後は、滝山が認めればいいだけの話だ。もっとも、この状況で言い逃れしようなんて考える馬鹿がいるとは思えねえがな」

 「そんな・・・た、滝山さん・・・」

 「お、おい!どうなんだよ!言えよ滝山!マジでお前がやったのか!?」

 「・・・」

 

 もう終わりだ。この場で弁論ができる奴なんているわけねえ。滝山は何も言い返さず、ただ項垂れて、枝垂れた長い乱れ髪が顔を覆い隠してる。かたかたと微かに聞こえるのは、震える滝山の体が証言台を揺らす音だ。

 

 「・・・・・・・・・さい・・・」

 

 ふっ、と。下手をしたらすぐ隣で聞いてる俺でさえ聞き逃しそうなくらいの小さな声で、滝山は何か呟いた。それは本当に呟きだったのか、もしかしたら口から漏れる息の音だったんじゃないか。そう思えるくらい微かな声だった。

 だがそれを皮切りに、滝山はその時、初めて言葉を発した。

 

 「・・・ごめんなさい」

 

 それは、懺悔の言葉だった。粗末で、簡略で、幼くて、意味なんてまるでない、謝罪の言葉。

 

 「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

 

 機械的に、滝山は同じ言葉を繰り返す。壊れた人形みてえに、全く同じ調子の同じ言葉を、同じ間隔でただ繰り返す。意味をなさず、誰にも届かず、その声は虚しくこだまする。

 そして言葉は、滝山の喉の奥で増殖し、一気にあふれ出した。

 

 「ご、ごめんなさい・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 その顔が髪の隙間から覗いた瞬間、俺は猛烈な寒気を覚えた。

 ボサボサの髪を振って更に乱し、べたついた髪の塊が隙間を生んで、その下の顔を露わにする。剥き出た眼球はただ恐怖の色に染まり、視点の合わない目は虚空を泳ぐ。真っ白になった顔は人のそれに見えなくて、かたかた震える顎が歯を鳴らす。滲む汗と涙が綯い交ぜになって滴る度に、言い様のない恐怖が近付いてくるような、そんな気がした。

 

 「うあっ!!?」

 

 思わず声が漏れた。こんな鬼気迫る表情の人間を、俺は初めて見た。有栖川も石川も見せなかった、本物の恐怖。野生動物が本能的に持つ、純粋で屈託のない絶望という感情が、そこにあった。

 

 「お、おいおいおいおい!滝山の奴ブッ壊れちまってんぞ!」

 「過度のストレスに耐えきれなくなり、通常の思考を停止させたか。高度な精神構造を持つ生物としては賢明な判断だな」

 「冷静に言ってる場合ではありませんよ!」

 「ありゃりゃ。こんなになるなんて、“超高校級の野生児”も、意外と弱っちいんだなぁ。んじゃ、このまま放って置いても一緒みたいなんで、いつもは清水くんが推理の総括をするけれど、今回はちゃちゃっと投票タイムに移っちゃってもいいっすか?マジいっちゃっていいっすか?」

 「ええ。私もこれ以上、彼のノイズを耳にしたくありませんので」

 「も、もう限界だ!!さっさと終わらせちまうぞ!!」

 

 確かに、この状態の滝山からは何を聞き出そうとしても無理そうだ。これも演技なのか、それともマジで心がぶっ壊れたのか、どっちにしろ話が聞けねえんじゃ、裁判の結論は変わりそうにねえ。モノクマの確認に、俺は黙って頷いた。

 

 「えー、それではオマエラ!お手元のスイッチで、怪しいと思う人物に投票してください!投票の結果、クロとなるのはだ」

 「おれは・・・」

 「!」

 

 モノクマの宣言の途中で、今度ははっきりと聞き取れる大きさの声で、そいつは呟いた。既にほとんどの奴が自分の手元を見ていたにもかかわらず、その言葉に全員が顔をあげて、そいつを見た。

 生気の感じられない虚ろな顔のまま、そいつは虚空を見ながら、何かを読み上げるように言葉を続けた。

 

 「ちょ、ちょっとなに!?ボクが喋ってるのに割って入ってこないでよ!人の話は最後までちゃんと聞きましょうって習ったろ!」

 「おれは・・・・・・ころしてない・・・」

 「・・・何かと思えば、そんなことしか言えないのですか?知性も清潔感も常識もなければ、ユーモアもセンスも血も涙もカルシウムもないのですね」

 「おれじゃ・・・ないんだ・・・!」

 「た、滝山くん・・・もう、やめて・・・・・・!」

 「みんな・・・ごめん。こぶらい・・・・・・ごめん。それから・・・ごめんなぁ・・・・・・」

 

 相変わらずふらふらと足場も視線も定まらず、滝山は水中で波にもまれるように揺れながら、少しずつ言葉を吐き出していく。

 

 「・・・聞くだけ無駄だろうな。つかもう聞きたくねえよ」

 「ぜんぶいうよ・・・ほんとうのこと。やっぱりみんなにウソつくのなんて・・・むりだったんだよ・・・・・・。おれ、ばかだからさ・・・」

 

 訥々と話す滝山の口調は、辛気くさくて鬱な雰囲気をまといながら、どこかまだ何か怯えているような。開き直って自白するっていうのでも、適当に話をでっち上げて騙してやろうっていうのでもない。本当に、ただ何かを話そうとしているだけのような。

 その滝山の態度がなぜか気にかかった俺は、ボタンにかけていた指を離した。滝山は、まだ何か隠してる。直感的に、そう思った。

 

 「みんな、ごめん。おれ・・・わるいことしちまった」

 「そんなこと分かっています。何があっても、人殺しは罪です」

 「ちがう。おれはやってない。こぶらいをころしたのは、おれじゃない」

 「今更なにを・・・」

 

 いつも以上に言語に不自由してそうな、カタコトにも近い喋り方だ。緊張してんのか、ビビってそんな喋り方になっちまってるのか、だが滝山はそのまま続けた。そして、はっきりと言った。

 

 「おれは、そいつをしってる」

 

 その言葉に、俺たちは固まった。なんだと?どういうことだ。滝山は何を言ってる?自分は犯人じゃない、それだけじゃなく、本物の犯人を知ってるっつったか?

 錯綜する俺たちの思考を無視して、滝山はゆっくりと顔を上げた。

 

 「こぶらいをころしたのは・・・・・・はんにんは・・・・・・・・・!」

 

 滝山は、震える人差し指を伸ばす。俺たちに真実を教えようと、この事件の『本当の犯人』を指そうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、その指は届かなかった。

 

 「うぐっ・・・・・・・・・カハッ・・・!」

 

 指が誰かを指すより先に、名前を言うより先に、滝山の口が床に赤い模様を生んだ。その残液が、口角から顎へと、滝山の薄く日焼けした肌を伝う。

 

 「はっ?」

 「え?・・・え?え?え?あれ?なんで?なんでだ?なんで・・・・・・ぐふっ!?」

 「!?」

 

 異変に気付いた滝山は、まるで体が固まったように目だけで、床に散った自分の血を見た。そして次にこみ上げてきたものに、思わず口を塞いだ。だが、それだけで止まるものじゃなかった。腹を抱えた滝山は俯き、そしてその不快の塊を吐き出した。

 

 「ぐぶぅ・・・おぐっ!うっ!ぇあっ、げあああああああああああっ!!!」

 「ぎゃあああああああああああああっ!!?た、滝山が吐きよったあああああああああああああっ!!?」

 「な、なんだ!!何が起きてる!!」

 「・・・!」

 

 俺は思わず証言台を降りて距離をとった。ただならぬ雰囲気に、体が自然とそうなった。滝山の足下から証言台の前まで、目を疑う量の吐瀉物が床に広がった。それは明らかに、ただのゲロじゃなかった。不自然なほど、不可解なほど、不気味なほど、赤く染まっていた。

 明尾は絶叫し、屋良井は顔を青ざめさせて、望月でさえ戦慄してる。この場には、誰一人として平常心でいられる奴なんていなかった。いや、一人だけいるか。

 これをやった奴が、この中に一人だけ。

 

 「はあ・・・はあ・・・・・・ぐっ、ううっ・・・ううっ・・・ひぐっ・・・・・・!」

 

 また俯いた滝山の漏らす声から、その感情を察することは簡単だった。だが、ゆっくりと上げた滝山の顔にあったのは、今まで見たどんな表情とも違うものだった。絶対的な恐怖、悲愴なんて言葉じゃ足りない程の痛み、徹底的に歪んだ苦悶。それは、完全な絶望に支配された表情だった。

 

 「み、みんなぁ・・・・・・」

 

 蚊の羽音が勇ましく聞こえるほどの弱々しい声。それでも、そこに込められた力は俺たちを戦慄させるのに十分過ぎるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お、おれ・・・・・・・・・しにたくねえよぉ・・・・・・!」

 

 次の瞬間、自分の吐き出した血と胃液の中に、滝山は墜ちていった。糸の切れた操り人形が関節をひしゃげながら倒れるように。手も足も投げ出して。何の抵抗もなく。

 ごしゃ、と重い音がした。そこからは、時間が止まった。意味が分からない。そんな言葉さえ出て来なかった。

 そして止まった時は、無情にも再び動き出す。

 

 『死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を開きます!』

 

 

 【学級裁判 中断】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り10人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

 屋良井照矢  鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




今回から学級裁判の見た目をちょっと変えてみました。多少は見やすく、分かりやすくなったかな?
え?それよりも文字数が多いって?ちょっとはりきってしまいました、てへぺろ。
信じられるか?これ・・・前半なんだぜ?(作者が絶望)

犯人や事件の推理とか送っていただけると作者は喜びます。
もし送っていただける場合は、感想欄等の公開された場への投稿は控えて、メッセージでお送りくださるようお願いします。これもアンケートの一部になるのかなあ?なんて思ってたりもするので

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