「今晩、パーティーをしませんか?」
朝食会で、鳥木は唐突にそう言った。はあ?という俺の言葉が飛び出す前に、六浜が先に口を開いた。
「なぜだ?」
パーティーってこと自体に疑問は持たねえのか、それともパーティーをやるにしてもその意味を知っておきたいのか。どっちにしてもただパーティーをやるなんて意味が分からねえことには賛成できねえ。
「私は考えたのです。先日の新規則の一件で、私たちの間には既に疑心暗鬼が広がっていると」
「しんきそく?なんだっけ?」
「同一のクロが殺せるのは二人まで。内容はともかく、それが制定されるに至った経緯が問題だ」
「その経緯をわざわざ私たちに知らしめたというのは、モノクマの策略に他なりません。なので、逆にこの新規則を逆手に取って、間違いのないようにしてしまうのです」
「逆手に取るって、それがパーティーの件と関係があるの?」
「大いに!」
こいつまだマスク付けてねえよな?なんか、あのやたら声と身振り手振りのデカいうぜえ奴っぽくなってきてる気がするんだが。
「自分以外の全員抹殺が不可能になった以上、私たちが集団でいれば、誰もが相互に手出しできなくなるわけです。衆人環視の中で殺人などあまりにリスクが大きすぎますし、一度に二人までと制限がある以上、そんなことを行えば必ず目撃者が存在することになります」
「それがパーティーということですか。ですが、パーティーをしたとしても、その後までは分かりませんよ」
「ご安心下さい。このパーティーは夕方の六時から夜時間である夜十時まで行います。夜時間には一部の地域の立ち入り禁止、及び水道の停止といった様々な制約が課せられます。これにより、誰かが犯行を行おうとしても、多くの制約の中での縛られた犯行となります!これは犯人にとってかなりリスキー!むしろ、誰にも目撃されずに犯行を行うことが不可能となるわけです!」
「あー、うるせえ」
寝起きだっつうのにテンション高く喋ってんじゃねえよ。つうか夜時間まで四時間もの間パーティーだと?んなこと現実的じゃねえ。考えただけで憂鬱なイベントだ。
俺は黙って不機嫌そうに眉を顰めて反対の意を示した。だいたい、夜時間になったからって殺人が起きない保証なんてねえだろ。前の二回はどっちも夜時間中に起きたんだ。まあ、それが事件解決の足がかりになったってのも否めねえが。
「パーティーならメシいっぱいくえるよな!やろーぜやろーぜ!」
「相互監視というのは賛成だ。夜時間になった後で部屋に籠もれば、誰も下手なマネはできんだろうしな」
「でもよ、四時間ずっとメシってのは退屈じゃね?」
「それはそうじゃな。そんな早くからやる必要があるのか?」
「なるべく時間は長い方が良いです。それだけ行動が制限されるのですから」
「じゃあ別にメシじゃなくてもいいんわけだよな。倉庫に花火があったから、あれやろうぜ!湖畔でなら心配ねえだろ!」
「花火かあ、いいね」
俺が本当に嫌な時に限って、どいつもこいつもめちゃくちゃ乗り気になる。世界はどうやら俺の考えを否定するために存在してるらしい、なんて中二臭えことを思っちまうくらいにはムカついた。どうせ俺一人が反対したところで変わらねえし、曽根崎が無理矢理に俺も賛成ってことにするんだろう。だったらもうどうでもいい。その場にいるだけで余計ないざこざに巻き込まれねえならな。
「では決定ですね。みなさん、ありがとうございます」
「ふむ、では夜に備えて各自準備をしよう。料理は私も手伝うぞ。古部来も力を貸せ」
「・・・よかろう」
「後で倉庫を物色してみるかのう。花火以外にも使える物があるかもしれん」
俺が何もしなくても話が進んでるってことは、少なくとも俺はこの準備を手伝う必要はねえな。と、油断してたらどうせまたカエルに掴まるから、さっさと部屋に戻ろうとした。が、席を立つ俺の肩を待ち伏せするように、そいつの手が置かれた。ほぼ同時に舌打ちしたが遅かった。
「清水クンも手伝うよね?」
「勝手に決めんじゃねえ。だいたい手伝わなくたって人手は足りてんだろ」
「分かってないなあ。こういうのは準備こそ楽しむものじゃないか。ほら、文化祭とか体育祭とかも、当日よりその前の練習とか準備の方が楽しかったりするじゃん」
「知るか」
「あ、ごめん。清水クンにそんな思い出を共有できるようなともダビデッ!!」
最近になって分かったことだが、曽根崎を黙らせるには変に嫌み言うよりも拳骨一発食らわせる方が早い。そろそろ懲りてもいいころだと思うが、相変わらず同じ調子で話しかけてくる。学習能力ねえのか。
「だいたいパーティ自体俺は乗り気じゃねえんだ。んなもんを手伝う理由がねえだろ」
「清水クン話聞いてた?パーティーをやって皆が集まれば、もうあんなこと起きないだろうってことだよ」
「だからって毎晩毎晩アホみてえにパーティーすんのか?」
「取りあえず今日だけでもやろうよ。っていうか出席しなかったらそれはそれで怪しいよ」
「出席はする。準備は手伝わない。なんかおかしいか」
「人として」
ごちゃごちゃとうるせえ奴だ。もう一発ブチ込んでやろうか、と思ったら、他の奴らが準備に取りかかり始めた。その流れでなんとなく俺と曽根崎も巻き込まれ、食堂から必要な食器やら何やらを発掘場まで運ぶ係になっちまった。ああくそ、めんどくせえ。
なんだかイヤなチームを組まされちゃったなあ。イヤって言ったら二人に悪いけど、でも相変わらず清水くんはツンケンしてるし、曽根崎くんはなんとなく胡散臭い。清水くんだけじゃなく、僕も曽根崎くんに質問攻めにされると困るな。
僕と清水くんと曽根崎くんは、パーティーのために発掘場に食器やら調理用具やらを丸ごと持って行く係になった。後は丸椅子とかテーブルとかもで、結構な荷物だから何度か往復しなくちゃかな。
「なんで俺がこんなことやらなきゃいけねえんだ」
「まだぶつくさ言ってんの?面倒臭いことも嫌なことも割り切らないと苦労するよ?」
「曽根崎くんは苦労知らずって感じがするけど」
「テメエらみてえに“才能”に恵まれた奴が、軽々しく苦労だなんだ口にすんな。本物の努力なんか知らねえんだろ」
「そんな憎まれ口ばっか叩いて。ボクらだって努力したよね?」
「う、うん・・・」
ボクらって言われても、僕は曽根崎くんの過去なんか知らないし、曽根崎くんも僕の過去なんか知らない・・・はずだ。断言しないのは、知ってるっていうのも強ちない話じゃないからだ。でも、僕だって“超高校級の釣り人”なんて呼ばれるのに相応しいかは分かんないけど、自分でも努力はしてきたと思う。
「僕はもともと釣りが好きだったから、小学生の頃から近所の釣り堀に通ってたし、それもあると思うな。だから一絡げに努力って言うのもちょっとなあって感じ」
「聞いてねえよ。テメエみてえに好きなことやってるだけで“才能”になる奴なんかにゃ特に分かんねえだろ」
「ご、ごめん・・・」
「う〜ん、やっぱり分かんないなあ。どうして清水クンはそこまで“才能”を毛嫌いするのさ。希望ヶ峰学園にスカウトされるくらいなんだから、キミだって素晴らしい“才能”を持ってたはずなのに」
曽根崎くんは珍しく真面目なトーンで言った、たぶんそれも作った真面目さなんだけど。でも、言ってることはそれもそうだなって思う。清水くんは学園にいた頃、“無能”だとか“才能ナシ”って有名だったけど、それでも希望ヶ峰学園は不自然なくらい“才能”には真摯に向き合ってる。そんな希望ヶ峰学園が清水くんを留まらせるってことは、彼にもちゃんと“才能”があるってことなんじゃないかな。
清水くんは、やっぱり曽根崎くんの質問に眉をひそめた。けど、その後に少し沈んだ表情になって口を開いた。
「・・・努力なんか“才能”じゃねえ。努力して何かを得ても、そんなもん偽物だ。いくら努力したところで本物の“才能”には絶対敵わねえ」
「そうかな?」
「努力で何かできるようになっても、んなもん付け焼き刃でしかねえんだよ。“才能”を持ってる奴と同列に並ぶには努力し続けなきゃならねえ。“才能”を持ってる奴が何もしなくても持ってるモンを、俺ら凡人は必死こいて努力しなきゃ手に入れられねえんだよ。それが気にくわねえ」
「要は僻んでんだね!」
「ちょっ!?曽根崎くん!そんなストレートに・・・」
「それが分かったら二度と俺にそんなこと聞くんじゃねえ。“才能”の話なんか反吐が出らあ」
「でも話してくれたよね。清水クンもだいぶ丸くなったんじゃないかな」
僕、本当に曽根崎くんのこういう人の気持ちとか関係なくずけずけ行ける精神力というか図々しさって尊敬するな。今更かもしれないけど、“超高校級”のみんなって本当に自由でクセが強くて、なんだか良い意味で自分勝手なんだよね。色んな形で自分を理解してるっていうか、周りに流されない強さみたいなのがある。それは古部来くんの頑固だったり、晴柳院さんの心配性だったり、滝山くんの突き抜けた奔放さだったり、曽根崎くんの飄々とした胡散臭さだったり。羨ましいな、僕にはそんな個性なんてないから。
でも目の前で曽根崎くんがビンタされてるの見ると、素直にそう思えないんだよね。
「おおっ!こんなところからまた新たに出て来たぞ!しかもかなり大きい!これはなかなか手強そうじゃぞ!」
「おい明尾!土ほじくってねえでさっさと片付けんぞ!」
「ちょっと待て!あと三時間ほどでこの化石を完璧な形で掘り出せるんじゃ!」
「三時間もちょっとで待てるか!オレも滝山もお前の手伝いで来てんだよ!」
「まったく、若いというのにせっかちな奴らじゃ」
「はらへったー!」
「さっき朝飯食ったばっかだろ。なんでもう腹減ってんだよ」
「おれのいぶくろはチョーはたらきやなんだ!」
「意味分かんねえ!!」
屋良井に急かされて、わしは名残惜しさを耐えて掘った穴から這い出た。これと同じような穴が発掘場のあちこちにある。うーむ、それにしても、つい張り切ってあちこちに穴を掘ってしもうた。後で板で蓋をしておかねば、誰か嵌まってしまうかもしれんな。地中に眠った化石が踏まれて割れたりしたら一大事じゃ。
清水と曽根崎と笹戸がパーティーに必要な食器やらを運んでくるまでに、わしが持ってきた発掘用具を一時的に倉庫に片付けるために、わしと屋良井と滝山で発掘場に来た。屋良井はともかく、何が何やら分かっていない様子の滝山は道具をいちいち興味深そうに眺めたり振り回したりしておる。子供の玩具ではないんじゃぞ。
「うおっ!あぶねえな滝山!お前それ一歩間違えたらマジでヤベえからな!」
「お、おう!そ〜っと、そ〜っとな」
「いやあ、やはり男手があると早いのう。これだけの数を一人で運ぶのは骨が折れるからのう」
「え!?ほね折れんのか!?」
「たとえだよ。いいからお前はこっちのハンマーとか運べよ。ツルハシとかは危なくて持たせられねえんだから」
「丁重に扱うんじゃぞ。ツルハシの錆びは100万年の歴史をも埋めるからの」
「お前の手伝いしてんだよ!明尾も指図するだけじゃなくて働けよ!」
まったく、若い上に力もある男が二人もおって、これしきの発掘道具も運び出せんのか。情けない奴らじゃのう。しかし、今夜ここでパーティーをするとは思えん荒れ具合じゃ。全部わしがやったことじゃがの。
「清水たちが来る前にここ片付けとかなきゃ、またあいつうるせえぞ。これ全部倉庫から持ってきた奴だよな?」
「そうじゃ。ああ、木槌とツルハシだけはわしの自前じゃぞ。後で部屋に持って行くから脇に避けておけ」
「あけおは色んなもんもってんなー」
「いいからマジで早くしようぜ。かったりいったらねえよ」
ひとまずわしの私物以外の道具は纏まったかの。多いとは言え、わし一人が使う分じゃから三人がかりで運べん量ではなかった。ハンマーやシャベルなど重いものは滝山と屋良井に持たせ、わしは手押し車に細かい物を乗せて山道を下っていく。その途中で、件の清水たちとすれ違った。
「むっ、早いのう」
「ありゃ、鉢合わせちゃった」
「まだ片付けてなかったのかよ。さっさとしねえからこうなるんだろうが邪魔だな」
「いちいち毒吐かなきゃ死ぬ病かお前!穂谷かよ!」
「え!?しみずどくはいたのか!?そういうときはションベンかけるといいんだぞちょっとまってろ!」
「うわわわわわっ!!ダメだよ滝山くん!そうじゃないから!」
「喧しい!こういう時は登りが優先じゃ。はよ行けい」
狭い山道で大荷物を運ぶ集団がぶつかれば面倒じゃが、たったそれだけのことで一瞬でパニックになれるというのも希有なもんじゃ。賑やかなのはいいがこれではただうるさいだけじゃ。取りあえず先に清水たちを行かせてしまってから下ることにした。
「ああ、そうじゃ。発掘場に穴が開いとるが、くれぐれも入るなよ。落ちたら二度と這い上がってはこれん深さまで掘ったからの」
「ええ!?明尾さん怖いよ!!」
「なっはっは!冗談じゃ!まあ、そこまででなくとも落ちたら脚の一本は覚悟しておくべきじゃがな」
「むちゃくちゃだろ・・・洒落になってねえよ」
「後で板で塞ぐから、すまんがそれまで待って手伝ってくれんかの」
「いいよ!」
おそらく曽根崎は清水と笹戸を代表して言ったつもりじゃろう。そして清水はそれに文句を言うが、結局は待っておるじゃろう。早めにしてやらんとな。
慌てて脚を踏み外せばそれこそ本当に脚をなくすことになりかねんが、注意しながらなるべく早く山道を降りて倉庫まで荷物を運んだ。相変わらず倉庫の中は籠もった空気に満たされて、なんとも言えぬ性的な匂いがする。差し込む光の筋に漂う土埃といい錆びついた錠前といい、まるで建物の形をした媚薬じゃ。
っていかんいかん、こんなところでよがっている場合ではない。屋良井と滝山までこの雰囲気に呑まれてしまう前に、さっさと出なければ。
「明尾・・・オレ忘れてたけど、お前やっぱ真正の変態だわ」
「は?唐突に何を言うかと思えば、わしのどこが変態だと言うのじゃ」
「変態じゃなきゃこんな埃っぽいところに入って顔を赤くしたりしねえ。あと息づかいも荒くならねえ」
「けほっけほっ、おれここきらいだよ」
「ふぅ、若いというのは価値があるが哀しいものじゃのう。ここの魅力が分からんとは」
「あと何十年経とうがお前みてえにはならねえよ!」
これじゃから若いもんは哀しいというのじゃ。この倉庫の魅惑的な雰囲気を感じられんとは。まったく、少しはわしのこの気持ちを共有できる者はおらんのか、これが侘しさというものか。
「んー、これどーやってあけんだよー」
「数字を教えたじゃろうが。ダイヤルを3679に合わせるだけじゃ」
「す、すう・・・?ダイ・・・ヤル・・・?」
「マジか」
「ええい、わしがやる。まったくお前さんは本当に希望ヶ峰学園の高校生か」
「特別入学だけどなそいつ。むしろ野生児っぽい方がらしいんじゃね?」
簡単なダイヤル錠を前に悪戦苦闘し、わしの至極単純な説明もろくに理解できておらんとは、とても同い年とは思えん。そんなことは最初に顔を合わせた時から思っておったことじゃが、こうした生活の節々で改めて実感させられる。
滝山をどけて扉を開けてやって、運んできたものを丁寧に並べる。乱雑に扱っては今後の発掘に影響が出てしまう。頑丈と言えど優しく扱ってやらねば。わしが発掘道具を並べている間、屋良井と滝山はパーティーグッズを大量に引っ張り出してきてがやがや騒いでおる。
それから穴に蓋をするための板を何枚か持って行かねばならんな。
「ふう、二人ともご苦労じゃったな。ところで板を持って行きたいんじゃが、手伝ってはくれんか」
「あばよっ!」
「よっ!」
「そんな早く走れたのかお前たち!」
きちんとツルハシも金槌も並べ整えて、最後に手押し車を空いた空間に嵌め込んでから、壁に立て掛けてある板を何枚かロープで縛って持って行こうとしたら、屋良井と滝山は猛烈にダッシュして行ってしまった。そんなに手伝いとうないか!と言うよりそんな元気が余ってるんじゃったら手伝え!おのれ、後で六浜に叱ってもらわねば。
「仕方ない、わし一人で運ぶか・・・いっ!」
束ねた板を運ぼうと抱きかかえた時、指先に鋭い痛みが走った。思わず手を離して痛む指を見ると、どうやら木のトゲが刺さってしまったらしい。思わずため息が出る。
「はあ・・・こたえるのう」
飯出が決起集会をした時の料理のバリエーションにも目を丸くしたが、それを支えるこの食材の豊富さにも改めて息を呑む。スーパーに並ぶありふれたものはもちろんのこと、ドリアンやパッションフルーツといった南国フルーツ、青カビチーズに鯨肉にエスカルゴ、トリュフ・キャビア・フォアグラの世界三大珍味もある。こんなもの集める方が大変だろう、石川ならば珍味コレクションなどと言ってゲテモノばかりを取りそろえそうだ。以前に飯出がビュッフェを開いた時よりも種類が豊富になっているようだったが、これもモノクマが言っていた裁判を乗り越えたご褒美なのだろうか。
「高級食材や珍味は惹かれるものがありますが、さすがに持て余しますね」
「アニーならばいくらかマシに扱えただろうがな」
「糠床まであるぞ。うむ、よく漬かっている。これもあのモノクマが用意したとしたら、なかなか見込みのある奴だ」
「さすがに古部来は糠が似合うな」
「褒め言葉になっていない」
しかしこれだけのものがあってもやはり困るな。パーティー会場は屋外で、テーブルの上に置いておける分だけだろう。カセットコンロはあるし、発掘場には電気も通っていたはずだから電子レンジやトースターも使えるはずだ。選択肢の幅が広がると余計に困る。
「メニューを絞ってここで作って持って行くか、それとも食材を持って行って向こうで調理するかだな」
「せっかくですから食材ごと持って行きましょう。夜中になるので、山道を行き来するのは避けた方がよろしいかと」
「しかし・・・ここまでの量となると三人がかりでも時間がかかるな。それに、先にテーブルやテントを設営しておかなければならん」
「籠に入れて持って行けば問題なかろう。それより、食材をあそこに放置していると滝山が勝手に食べそうだ。その方が問題ではないか?」
「案山子でも置いておけ」
「そうか。それだけで十分に抑止力になりそうだ」
「お二人の中で滝山君の評価はどうなっているのですか」
滝山が恐れているものの人形でも作って置いておけばいいのだが、そういったことは有栖川の領分だったな。むしろ有栖川本人こそ滝山が恐れているものだったような気もするが・・・いや、これ以上は暗くなるだけだ。
「見張りが必要なのであれば私が致します。ですが、いくら滝山君といってもそこまで非常識ではないと思いますが」
「いや、分からんぞ。奴は主賓が誕生日ケーキの蝋燭を吹き消す前に食い散らかしてしまうほどだからな」
「そんなデータまであるのかお前の頭には」
「とにかく滝山君の件は私が見張りをするということで、メインディッシュだけでも今のうちに決めて取りかかりましょう」
「何にする?確か前は刺身の盛り合わせやサラダや揚げ物や・・・」
「と言っても簡易テーブルではそこまで大きな物は乗せられまい。そこまで大がかりでなくてもよかろう」
以前は屋内でしかもしっかりとしたテーブルに並べられたが、今回は簡易テーブルだ。皿も一回り小さく、料理の種類もそこまで多くはできない。こういうものは普通女性の方が得意そうなものだが、食事に関しては私より鳥木の方が手際が良い。ここは任せるとしよう。
彼の提案は、今夜限りのものであるでしょうが、それなりに有効な手段だと思いました。だから私も反対せず、ひとまず様子見ということで参加を承諾しました。しかし、夜時間までお食事をするということは、少なからず私の生活リズムに支障が出ます。せめて九時までというわけにはいかなかったのでしょうか。
不備や落ち度を指摘すればキリがありませんので今回は何も言いません。その代わり私は手伝いよりも先に、私自身のことを優先しなければいけません。この医務室のお世話になるのは、これで何度目でしょう。
「残り僅かですね・・・」
三つに仕切られた棚の、1番の棚にあったビンを取り出して、成分表と名前を確認すると、いつの間にかだいぶ中身が少なくなっていることに気が付きました。これを使うのは私くらいなので、自分でも意識しない内に随分な量を服用していたようです。
必要になった時になくては困るので、すぐにその場で小さく手を挙げました。ですがそれに気付いていないのか、意味を理解していないのか、モノクマが来る気配はありません。不出来な綿埃ですこと。
「モノクマさん。出て来なさい」
「あ、それボクのこと呼んでたんだ。なんのことかと思ったよ」
「ウェイターや召使いを呼ぶ時のマナーです。そんな最低限のマナーも知らないのでは、貴方のお里も知れたものですね」
「で、なに?毒舌を聞かせたいなら鳥木くんでも呼びなよ」
「あら、ここまで来て察することができないなんて、本当に躾のなってない方ですね。これと同じものを新しく用意しなさい」
「クマ?」
私が手に持ったビンを差し出すと、モノクマは小首を傾げてそれを見てから、ため息を吐いて聞いてもいないことを喋りだしました。
「はあ〜あ、ボクの存在ってなんなんだろ。ボクはオマエラの責任者で引率なのに、まるで召使い以下のようなこの扱い・・・。朝から晩までオマエラのことを見守って、快適な合宿生活のためにオマエラの意見を積極的に取り入れてるっていうのに」
「無駄口を叩く暇があったら、早くしてくださいませんか?」
「確かにボクはプリチートモダチフクワウチだけど、そこまで怖がられないのもなんだか自信なくしちゃう・・・。はいはい、分かりましたよ。体壊して病死でもされたらつまんないしね」
「・・・無駄口は止めなさいと言ったのが理解できませんか?」
「うぷぷ、死ぬ時はちゃんと誰かに殺されてよね、穂谷さん!キミには色んな意味で期待してるからね!」
そう言ってモノクマは消えました。ただ頷いていればいいものを、余計なことを言わないと気が済まないのでしょうか。あれでは日常生活に支障を来すでしょうに、困ったものです。
ふと、消えたモノクマと入れ違いになるような形で、医務室の入口の扉が開きました。私以外にここを利用する方なんて珍しいと思って見ると、いつもの汚らしい格好をした明尾さんがいらっしゃいました。数少ないトレードマークの軍手を外し、睨むようにしていました。
「あら、残念ですが明尾さんがお探しのものはありそうにないですよ」
「ん?おお、穂谷か。ここに来れば刺抜きくらいあるかと思ったが、他に宛てなどないし・・・参ったのう」
「刺抜きですか?それならそこの引き出しにあると思いますよ。てっきりご自身のために馬鹿に付ける薬でも探しておられるのかと」
「んはは・・・相変わらず鋭い罵倒じゃのう。冗談が言えるようになったとは、お前さんも少し変わったのではないか?」
「冗談ではありませんが」
「そんな真剣な目をされるとこっちが辛いわい」
誰にアピールするおつもりか、痛そうに指を立てながら引き出しを探ってピンセットを取り出すと、キャスター付きの椅子に座ってご自分の指と格闘し始めました。軍手をしているはずなのにトゲが刺さるだなんて、どこまで不器用な方なのでしょう。寧ろ器用なのかも知れません。
「ところで、穂谷はこんなところで何をしとるんじゃ?」
「質問に質問で返すのは失礼と承知の上で言いますが、私はあなたに行動の全てを報告しなければならないのですか?」
「そういうわけでもないんじゃが、単純に気になっただけじゃ。パーティーの手伝いをせんのは百歩譲っていいとして、女王様が医務室に何用かと思ってな。気に障ったか?」
「・・・いいえ。私は貴女方と違ってデリケートで上品な生活リズムを基盤としているので、今夜のパーティーの前に体調を整えておく必要があるのです」
「ああ、それで栄養剤か。なるほどの」
ご自分から尋ねておいて、気の利いた返事の一つもできないというのは、どこまで無神経なのでしょう。詮索されるのも煩わしいですが。すると、明尾さんは刺抜きで試行錯誤しながら、誰に言うともなく喋りだしました。
「若いのに大変そうじゃのう。わしゃ音楽はあまり分からんが、世界の歌姫ともなると苦労することも多かろう」
「・・・そうですね。例えば指にトゲが刺さった時、貴女ならご自分で粗末な器具を使って処置するでしょうが、私の場合は病院で専門医から処置を受けたでしょう」
「大袈裟じゃのう。トゲなんぞ五円玉でもあれば済む話じゃぞ」
「円よりもドルの方が肌に合っていますので」
「いやはや。世界が違う、というやつじゃな。お前さんはこの時代の宝ということか」
それは皮肉なのでしょうか。それとも何も考えずにおっしゃっているのでしょうか。目線は一度も私に向けられることなく、ひたすらトゲを睨んでいます。失礼な方ですが、その言葉には裏を感じられません。年不相応で可笑しな喋り方で、年不相応な安定感を感じます。まるで、見た目だけが同年代に戻ったお年寄りのような。そんなわけがないのですが。
「では失礼します。それから」
ここに居続ける意味もないので、資料館でヴァイオリンでも弾こうと思って医務室を出ようとしました。そこで、一つ明尾さんに言っておくことを思い出しました。
「このことは他言無用でお願いします」
「うむ、構わんぞー」
分かっているのでしょうか。空返事だけを返した明尾さんに一抹の不安を覚えながらも、私は懐に仕舞ったビンを確認して医務室を後にしました。
時刻は夕方の六時に迫り、約束の時間が近づいてきた。朝の鳥木の提案から始まって、一日かけて準備したパーティーが始まろうとしてた。昼前に発掘場に食器類を運んだ後は面倒臭えから部屋で寝てたが、さすがに時間通りに現れなきゃまた曽根崎やむつ浜にうるせえこと言われる。だから十分前には部屋を出て発掘場に向かった。視界の端でうざったく存在を主張する赤い扉に背を向けて、ガラス戸を開いた。その時、後ろから声をかけられた。
「よお、しみじゅ。まあこんなろこいらんかよ」
「なんだサ・・・なんだそれは」
別におかしいわけじゃねえが、こいつが屋内にいるっていうのがなんとなく不自然な気がした。しかも自由時間にだ。それだけでも妙な感じだが、こいつの喋り方が気になって振り向くと、また妙なものを見つけちまった。
「これか?いいだろー、ばくだんおにぎり!あげねーぞ!」
「・・・」
にかっと笑って自慢するようにドデケえのを俺に見せつけてくるが、カスほども欲しいと思えねえ。それよりもツッコミ待ちかと思うくらい突っ込めるところがあり過ぎる方が気になる。
これからパーティーでメシ食うっつってんのになんでおにぎりなんか食ってんだ。それにそれどんだけデケえんだよ一合や二合じゃきかねえぞ。食うのはまだいいとして顔面に米粒付けすぎなんだよ病気の植物か。だいたいテメエの食いかけなんか腹減ってたっていらねえわ。あと具が詰まってるおにぎりは爆弾じゃなくてかやくおにぎりっつうんだよ。
「んで、しみずどこ行くんだ?」
「は?お前パーティー行かねえのかよ」
「パーティー・・・ああ!あれか!そっかそっか!みんなでうめーもんくえるんだよな!」
全く趣旨を理解してねえが、そういう奴だったよな。まあなんでもいい。こいつだったらどうせパーティーのこと知らなくてもメシの匂いで気付くはずだ。
外に出ると陽は山の向こうに消えて、夕焼け色の空だけが尾根から合宿場を覆っていた。暖かくも寒くもない中途半端な気温で、なんとなくじめった浮かねえ外気だった。今まで寝てただけあって体が重てえ。伸びをしながら発掘場に向かった。
案の定、発掘場にはもうほとんどの奴がいて、既に調理なんか初めたりして既にがやがやと騒がしい。匂いからして、どうやらあのデケえ鍋で煮込まれてんのはカレーだな。まあマズく作る方が難しいとか言うし、メニューとしては安牌か。
「あ〜いいニオイ!はらへったー!」
「ほっぺに米粒付けて何言ってんのさ。カレー手で食べたら熱いから気をつけてね」
「簡単だがサラダバーとドリンクバーも用意したぞ。他にもおかずを用意した」
「飯出君が主催した時には見劣りしますが、仕方ありませんね」
豆電球を連ねた工事現場なんかでたまにみる照明を飾り付けみてえに周囲の木にかけて、簡単なテントで折りたたみ式テーブルに屋根を造り、そこに料理を並べるだけ。パーティーなんて大袈裟なもんじゃなく、むしろ炊き出しみてえだ。パーティーっぽいところと言ったら、調味料や食材が無意味なほど豊富なところくらいか。
いつもの朝食と違って今回は時間通りに人が集まって、時計がねえから正確な時間は分からねえが、ほぼ時間通りに全員集まったらしい。グラスを持った鳥木が、その場で声を張り上げた。
「ただいま、六時になりました。全員揃ってらっしゃるようですね。本日は私の提案に賛同しここにお集まりいただき、誠にありがとうございます。しばしの間、お付き合いくださいませ」
「いいからさっさとくわせろー!」
「デジャヴか」
「取りあえず乾杯だ。華の時間は長いようで短いぞ」
「そうですね。それでは、グラスをお持ちください。私たちの明るい前途を祈念して、かんぱーい!」
「いえーーーい!!」
「ひゃああああああああああああああっ!!?」
鳥木がグラスを掲げるのとほぼ同時に、激しい炸裂音が発掘場に響いた。それと同時に晴柳院の悲鳴が聞こえた。音のした方を見てみると、イタズラっぽい笑顔を見せる屋良井と滝山がいた。その手から大量のクラッカーの紐が垂れてる。
「び、び、び、びっくりしましたあ・・・・・・!」
「へへへ!やっぱパーティーだったらこれがねえとな!」
「だいせいこーう!」
「二人ともいつの間にそんなの用意してたの?」
「倉庫にあったんだ!ほとんど湿気て使い物にならなかったからこれしかねえけどな!」
ちょっとびっくりしたが、晴柳院ほどじゃねえ。それに外で鳴らすとクラッカーって案外しょぼいんだな。それをカバーするためにあんな大量に一気に鳴らしたのか。それが分かると誰からともなく仕切り直すようにグラスをぶつけ合う音がしだした。
俺は別に、疚しいことがねえってことを証明するためだけにここに来たんだ。誰にも何の用事もなく、ただいたずらにここで時間を潰すってのも暇だ。よそったカレーとドレッシングに浸したサラダを持って、発掘場の端にあるベンチに座った。確か同じものをモノクマが汗だくで造ってるのを見たな。あいつはなんで明尾に対してそんなに弱気なんだ。
「おい清水!」
「んあ?」
「ベンチに座るのは構わんが、その辺の板は踏み抜いてくれるなよ!化石を踏み割ったりしたら許さんからな!」
「あ、ああ・・・分かってるよ」
ベンチのすぐ横に、ベニヤ板で雑に覆われた穴がある。言われなくてもわざわざこんなところ踏む馬鹿いねえっつうの。俺はベンチにどっかと座って、カレーを一口食べた。
「・・・甘え」
「ふむ、清水翔はカレーは辛い味付けが好みと」
「失せろ寄ってくんなメモとんな」
「曽根崎弥一郎に依頼されたのだ。清水翔の様子を詳細に記録しておけと」
「曽根崎に?あいつはどこ行ったんだよ」
「向こうで屋良井照矢や笹戸優真と歓談している。広報委員として、このパーティーの様々な場面を記録したいと言っていた」
「わざわざ付き合ってやることねえだろ、あんな奴の頼みなんざ」
「お前を観察するという共通意思が存在している故、今後の協力関係を維持する為に受諾することが有益と判断した」
「おかげで俺は気持ち悪い」
だいぶこいつの話し方にも慣れてきた。堅っ苦しい言い回しなんかも、よくよく聞けば分からねえ言葉じゃねえし、そこまで頓珍漢なこと言ってるわけでもねえ。カレーの味の好みまで勝手にメモられんのは気色悪いし、わざわざ隣に座ってくるのも邪魔だ。皿置いてんだろ。
「私もこうした繁華な催事は苦手だ」
「そうか・・・・・・いや待て、なんだ『も』って。俺なんも言ってねえだろ」
「始まったばかりにもかかわらず、食事だけ確保して他者との会話を避けるように会場の隅に座っていたからそう判断した。違うのか?」
「まあ・・・違わねえ」
「よかった」
「ん?」
いまいち会話が噛み合ってねえような気がしたが、やっぱりどうでもいい。ぼーっとし過ぎてうっかり寝ちまわねえように気をつけてさえいればいいだろ。俺は何も考えず、ただぼんやりと発掘場を見渡した。
曽根崎は屋良井と笹戸を相手にぺらぺらと何か喋ってる。二人の戸惑い方からして詰問でもしてんだろうか。ああいう時は顔面に一発ブチ込めば大人しくなるんだ。少し離れた場所では、鳥木が晴柳院と明尾に得意のマジックを見せてる。なんとなく音楽が流れてる気がすると思ったら、その後ろで穂谷がヴァイオリンを弾いてた。あいつがパフォーマンスするなんて珍しいこともあるもんだ。六浜と古部来は何やら話してたが、そのうち六浜が取り乱してずっこけた。何してんだあいつ。
「似ているな」
「あ?何がだよ」
「この状況が、飯出条治が有栖川薔薇に殺害される前夜にだ」
「っ!・・・だからなんだ?また殺人が起きるとでも言いてえのか?」
「不確定な未来は想像し、警戒することまでしかできない。だが、その警戒を軽々と超越するのが人間の可能性というものだ」
「???」
やっぱりわけが分からねえ。何言ってんだこいつ。何にしてもこんな時に飯出の話なんかすんじゃねえよ。まさかって思うが、それこそ未来のことなんて分からねえ。何もなきゃそれでいいんだが。
このパーティーには、相互監視以上の意味がある。だって夜時間になったからって誰かを殺そうとしてる人がそれを思い留まらせる理由としては弱い。だって有栖川サンも石川サンも夜時間に犯行を犯してるんだからさ!それを分かってて敢えて言わなかったのは、こうしてみんなが一堂に会して食事するっていうことが重要だと思ったから。
「“超高校級の歌姫”なのにヴァイオリンも素晴らしいし、それを伴奏にして“超高校級のマジシャン”のショーが見られるなんて最高だね!」
「ほんまですねえ」
「むむむ・・・ど、どうなっとるんじゃ?鳥木!どういうタネを使ってるんじゃ!マジックには必ずタネがあるんじゃろう!?」
「Mr.Trickyとして否定も肯定も致しませんが、Miss明尾のようなお客様は大歓迎でございます。皆様、是非ともこのMr.Trickyのタネを暴こうと躍起におなり下さいませ!徹底的にお疑い下さいませ!その想像を超える奇跡をお約束致しましょう!」
「無粋なお客ですわ。私に見破れなかったタネが分かるはずもありませんのに」
屋良井クンと笹戸クンから話を聞いた後、良い感じになってる清水クンと望月サンのところに凸るのも流石に空気読めないし、鳥木クンのマジックを取材することにした。最初の方は手垢の付いたマジックや簡単な小技、そしていきなり見たこともないタネの見当も付かない突拍子のないマジック、そしてそれらを伏線として客を巻き込みながら次々と奇妙な出来事を起こしていく。まさにMr.Trickyのやり方だ!テレビでやるド派手で見た目を意識したものとは違って、彼の真髄である不気味さすら感じる本物の魔法のような繊細で不可思議なマジック。ボクだからこそ言える!本気のパフォーマンスだよこれ!お金取るレベルだよ!
「なあなあそねざき!」
「うん?」
「あのな!あのな!これあげる!」
鳥木クン、もといMr.Trickyのマジックに目をうばわれてると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると滝山クンが、なにやら飲み物を持ってきてくれたみたいだ。滝山クンにしちゃ気が利くなあ、と思って受け取ると、一瞬滝山クンの口元が歪んだ。
「ん?なに?」
「なにってなにが?いいからのめよ!グイッと!うめーぞそれ!」
「ふーん」
少しだけ、声がうわずってる。それに目の開き具合が大きくなって、呼吸のリズムが乱れた。明らかに何かあるねこれ。っていうか、滝山クン自身堪え切れなくなって小さく笑っちゃってる。ここまでされて飲むわけにはいかないなあ。
「ぬああああっ!!分からん!!」
「す、すごいです!どうやったんですか!?」
「フフフ、残念ながら教えることは致しかねます」
「あ、滝山クン、あっちで鳥木クンがすごいことしてるよ」
「ん!?なんだなんだ!みせてみせてー!」
チョロいなあ。まあ子供みたいな滝山クンをあしらえなくて広報委員もなにもないよね。それにしてもこれどうしようかな。見た目は美味しそうなんだけど。
「ぬぬぬ・・・も、もう一回じゃ鳥木!今度こそ見抜いてみせるぞ!」
「畏まりました。ではまず、こちらから一枚を抜き取って、私に見えないようご確認ください」
「これじゃ!お前さんたちもよう見とけよ!」
「しかくい3!」
「戻してもう一度お引きください」
言っちゃダメだよ滝山クン。明尾サンが改めて引き直すと、スペードの7。鳥木クンには見えないように山札に乗せて、そこから鳥木クンが何度かトランプを切る。ふーん、なんだ、それだけね。
「今、明尾サンが引かれたカードは・・・こちらの、スペードの7ですね」
「・・・・・・わっからんッ!!!なぜ分かった!!?分からん!!」
「う、うちも・・・」
「すげーとりき!まほうつかえんのかよ!」
「さすがは“超高校級のマジシャン”だ。子供騙しレベルのマジックをここまでのものに昇華するとは」
「それはお褒めの言葉と受け取ってよろしいのですね、古部来君!」
「お前にはタネが分かったのか古部来!」
「実はボクも」
「私は以前に見たことがある」
「曽根崎さんと六浜さんも!?」
「教えてくれ!どうやったんじゃ!?」
そんなに必死にならなくてもさ・・・。いつの間にか見てた古部来君と六浜サンにもタネはバレてたみたいだね。あんまりにも明尾サンがお願いするから、古部来クンがため息混じりに答えた。
「山札の一番上に戻した時点でカードの在り方は分かっている。そこから、無作為に切るように見せかけてある場所から動かさなければいいだけだ」
「あ、ある場所?」
「だいたい、山札の下から三、四枚目くらいかな!切る時の最初の一回で一番上のカードだけを下に送って、後は適当に切る。何回繰り返しても、下から数枚を残して切ればいいだけ」
「タネは単純だが、実際にやると意外に難しい。さらにこれを芸として成立させるには、見せ方というものを工夫する必要がある。流石の一言に尽きるな、鳥木」
「お見それ致しました。全てその通り!いやはや、お三方には少々簡単過ぎたようですね!」
古部来クンの方からこんなに喋るなんて珍しい。テンション上がってんのかな?得意になってんのかな?なんにしてもこれくらいじゃあボクの目は誤魔化せないよ。
「俺が楽しめるようなものを見せてもらいたいものだな」
「ほほう!私に、このMr.Trickyに挑戦なさるのですね!いいでしょう!」
「あまり熱くならないでください、ヴァイオリンの音が聞こえません」
「鳥木クン気合入ってるねー。古部来クンも挑発なんてらしくないなあ。テンション上がってる?」
「賑やかなのは嫌いではないのでな」
まったく素直じゃないなあ!図星突いても取り乱さないから清水クンより分かりづらいよ!まあでも、前だったらこのパーティーに来たかどうかも怪しいし、遅刻もしなかったし、何より自分から準備を手伝ってたし、古部来クンも変わったなあ。あ、そうだ。
「いやあ、なんか暑いよねえ。喉渇いてない?飲み物あるけどいる?」
「もらおうか」
「はい」
極めて自然に、何の気なしに、取り留めもなく、さっき滝山クンに渡されたグラスを古部来クンに横流しした。鳥木クンの方に集中してたせいか古部来クンはそれをあっさり受け取って、何の疑いもなくそれを口に運んだ。
次の瞬間、古部来クンが世にも珍しい声をあげた。
「んぼはああっ!!?」
「ぬおっ!!?な、なんだ!!?」
「わっ!」
「・・・くっ」
真っ白に濡れた古部来クンの顔面と、胸元まで垂れたジュース、地面には吹き出したような跡が残ってる。そして辺り一帯に漂うこの臭いが、そのジュースの正体を物語ってた。
「くっっっっっっさ!!!」
「この臭い・・・ドリアンですか・・・」
「どうなさいましたか古部来君!?大丈夫ですか!?」
「うおおっ・・・!くさ・・・きさまぁ、そねざきぃ・・・!!」
「えっ!?あ、ち、違うよ!これは滝山クンが持ってきたんだ!でも怪しかったから飲みたくなかったからさ!ちょうど古部来クンが喉渇いてたらしいから」
「問答無用!!貴様が飲め!!」
「わあああああっ!!臭いが移る!!」
「まで垂れ古部来!先にジュースを拭け!走り回るな呆け者!!」
「ぎゃははははははははっ!!だいせいこーーー!!やったな!!」
ジュースでドロドロになった顔で睨まれると、笑いと恐怖が一気に込み上げてきてややこしい。六浜サンが持ってきたタオルに目もくれず、古部来クンは残ったジュースをボクに飲ませようと追いかけてきた。
これ持ってきたの滝山クンだからボクは悪くないよ!むしろ被害者だよ!滝山クンあんなに笑い転げてるじゃん!追いかけて来ないでよ!
ずいぶんと時間が経った。いま何時だ?鳥木のマジックショーやイタズラして回る滝山のお陰で退屈こそしなかったが、そろそろモノクマのアナウンスがあっても良い時間じゃねえか。
「あとどんだけ続くんだこれ・・・」
「残り一時間弱だな。現在時刻は夜九時を過ぎた頃だ」
「あ?なんで分かるんだよ」
「向こうに夏の大三角が見える。方角と角度さえ把握できれば、時間の概算など容易い」
「きもっちわりぃ・・・」
何気ない独り言にわけの分かんねえ返しをしてきた望月を適当にあしらい、残り一時間もこうしてなきゃならねえことにうんざりしてきた。流石にあと一時間なら帰ってもいいんじゃねえかと思ったその時、鳥木が俺たちに呼びかけた。
「さて、時刻は午後九時と四分。宴もたけなわでございます。残り少ないこの時間は、場所を移して今一度楽しもうではありませんか!」
「場所を移して?どこにだ?」
「湖畔だよ!花火もやるっつったろ?」
「はなびはなびーーー!やろーぜ!」
「おお!いいのう!湖畔ならば小火の心配もないしのう!」
「で、ですけど・・・あそこはポイ捨て禁止区域ですよぉ・・・」
「多目的ホールの掃除用具にバケツがあったよね。あれ取ってくるよ」
「それでは皆様、湖畔の方へご移動ください!こちらの片付けは明日に回すので、ご心配なく」
「よっしゃ!きょーそーだぞ!よーいドン!」
「なんで競争だよ!?」
残り時間が少なくなってグダるのを見越してたのか、花火をするとか言い出した。そう言えば倉庫に花火が大量にあったな。クラッカーが湿気てたんだろ?あの花火使えんのかよ。だがまあ取りあえず、そういうことなら俺も行くしかねえか。
「清水君と望月さんもご移動くださいませ。暗いので、足下にお気をつけて」
「おう。なあ鳥木、ところでこれ毎日やんのか?」
「ひとまずやってみて今後も続けるかを判断することにしております。お気に召しませんでしたでしょうか」
「いまいちな」
「左様でございますか・・・ご意見ありがとうございます。ですが今夜は、どうか最後までお付き合いください。お願い致します」
「わあったわあった」
そこまで深々頭下げられてもうんざりはうんざりなんだよ。しかし参るな。この調子じゃあいつらほとんど連日のパーティーに反対しなさそうだ。これからずっとこんなのが続くとなると、それこそ俺のストレスが限界を迎えそうだ。そんなことを考えながら歩いてたら、木におもっくそぶつかった。
今夜の湖は風もなく、さざ波が耳にちょうど良いリズムで聞こえてくる。花火するには丁度良いな。滝山は物珍しそうに花火の一つ一つを眺め、曽根崎が持ってきたバケツに湖の水を掬った。そう言えば、有栖川は飯出を刺した返り血を落とすために同じことをやったんだったな。それとこれとじゃ全然違って見える。
「そう言えば火がねえぞ火が。誰かライターかマッチか持ってねえか?」
「うちロウソクなら持ってますけど」
「では晴柳院さん、ロウソクをこちらへ」
一人一人に取りあえず花火を持たせたところで、肝心の火がねえことに気付いた。アホか、と思ってたら、鳥木が晴柳院のロウソクを借りて、その先を指でこすり始めた。まさかその摩擦で点けるとか言うわけじゃねえだろうな。んなわけなくて、こする指から煙が出始めたかと思うと、もうそこには火が点いてた。マジどうやったんだこれ。
「ええええええっ!!?」
「さすが“超高校級のマジシャン”だね!」
「そ、それだけで済むようなもんやなかったと思うんですけどぉ・・・」
「なんでもいいじゃねえか火が点いたんだからよ!サンキュー鳥木!」
「よーしはなびだー!」
細けえことは気にしねえとばかりに、滝山と屋良井がロウソクの火を花火に移した。すぐさま火は火薬まで到達して、棒の先から赤や青や緑や白の火を噴き出し始めた。鳥木は晴柳院から他にも二本ロウソクを借りて、別々の場所に火元として設置した。どうやらこれはポイ捨てにならないらしい。
「ほれほれ!二本持ちじゃ!見よこの二刀流花火術!」
「おっ!だったらこっちは三刀流だぜ!両手と口に一本ずつこう持って・・・焼きおにぎり!!」
「無茶するな屋良井」
「あっつ!!」
「言わんこっちゃない」
「花火なんて久し振りだなあ。打ち上げ式のはよく見るんだけど、手持ちのって案外ないんだよね」
「私も、演出以外で花火に触るのは久し振りです。こんなに派手だったでしょうか」
「こんなに煙の出るもの、私は初めてです」
ガキみてえなことしてる屋良井とは対称的に、曽根崎たちはしんみり話し合ったりなんかしてる。一口に花火っつっても色々と楽しみ方があるもんだな。ここにも、妙な楽しみ方してる奴がいる。
「炎色反応の組み合わせだけでここまで多様な色彩を表現するとは・・・花火というものの持つ可能性を軽視していた」
「花火も見たことねえのかよ」
「地上の光よりも空の光に興味があるのでな」
「望月のクセにちょっと気の利いたっぽいこと言ってんじゃねえよ」
「しみずー!もちづきー!そっちいったぞー!」
「は?行ったって・・・うおっ!?ねずみ花火かよ!!」
「火薬の爆発放出を原動力として推進力を得、円形の一方向のみに放出することで回転運動を加えた玩具花火か。面白いな」
「冷静に分析してねえで避けろアホ!火傷すんぞ!」
ねずみ花火も知らねえのか!っつうか滝山はぜってえ後でぶん殴る!さっきからイタズラも大概にしろよあのアホザル!ぼーっとしてたら望月の奴も燻った花火ほったらかしにしてやがるし、危ねえったらねえ。消えたらバケツに突っ込んどくもんなんだよ。
「清水くん、大変そうだね」
「はあ・・・はあ・・・クソッ、まさか花火でこんな体力使うとは思わなかった・・・」
「お疲れ様」
「はあ・・・あん?お前は花火も持たずに何してんだ?」
「え、僕?な、なんでもないよ。うん、ごゆっくり」
「は?」
ったく、なんだって俺がこんなことしなきゃならねえんだよ。いつの間にか俺が望月の世話係みてえになってるけど、冗談じゃねえ。ため息を吐いてると、俺と同じように輪から少し外れた所にいた笹戸が同情するように話しかけてきた。
手には花火じゃなくて、なぜか火消し用とは別のバケツが提げられてた。暗くて中がよく見えなかったが、笹戸はそれを覗こうとする俺からその中身を隠すように体の後ろに回した。そしてそれを持ってさっさと桟橋の方に行っちまった。なんだってんだ。
「笹戸優真はどうした?」
「知らねえよ」
行っちまった笹戸の後ろ姿を見送って、俺はもう一本花火でもしようと思って袋に近付いた。
だが、俺が袋を拾い上げるより先に、目の前にあった自分の手が見えなくなるのが先だった。
「えっ!?」
「うおおっ!!なんだこの煙!!?」
「くせーーーっ!!」
さっきまでその声には、賑わいがあった。だが今聞こえてくるものは、それとは明らかに違った。なんだか分からねえが、どこからともなく大量の濁った煙が噴き出して来て、自分の手も見えねえくらいに視界を覆う。しかも火薬臭え。
なんだこれ。花火とは明らかに違う、なんなんだよこれ!
「み、みなさま冷静に!煙を吸わないように姿勢を低く!その場から動かずに!」
「まさか、モノクマが花火に妙なモンでも混ぜやがったのか!?」
「ひえええええっ!!臨兵闘者皆陣列在前!!」
煙幕で塞がれた視界の向こうから、声だけが聞こえてくる。慌てふためく声や俺たちを案じる声。砂利を踏みしめる音が聞こえるってことは、誰もじっとなんかしてられねえんだろう。っつうかしてられるわけねえだろこんなの!そこでまたむつ浜が叫んだ。
「落ち着け!ただの煙だ!晴れるまでじっとしていれば」
最後の方は聞こえなかった。耳を塞いだわけじゃない。むつ浜の声を掻き消すほどの、強烈な炸裂音が煙を突き破って耳を劈いた。その音と一緒にうっすら見えたのは、激しい閃光。まるで雲の中で轟く雷のような、一瞬だが途方もない力の塊を感じた。
「はわあああああああああああああああああっ!!?」
「な、なんじゃ今のは!!?」
「みんなどうしたの!?この煙・・・どうなってるの!?」
「と、とにかく落ち着け!冷静になれ!もう煙が晴れる!大丈夫だ!」
なんだ今の。なんでもねえのか?いや、そんなわけがねえ。この煙が湖畔全体を包み込んだのとほぼ同時に妙な光なんて、偶然なわけがねえ。嫌な予感がする。けどそんなことあり得ねえと思いたい。もうあんな、馬鹿で理不尽で意味不明で絶望的なこと、誰もするわけがない。するわけが・・・。
そして俺の意思とは全く無関係に、煙は徐々に晴れていく。視界が奪われた直後はさっさと消えろと思ってたが、あの光を見た瞬間から、まだ晴れるなと思い始めた。この煙がなくなったら、嫌でも向き合わなきゃならなくなる。最悪の現実と・・・絶望的な現実と。
「煙が晴れてきたな・・・誰か怪我はしていないか!誰かとお互いに無事を・・・・・・・・・ぶ、ぶじ・・・・・・を・・・」
「・・・・・・えっ?」
「ううっ!?」
煙が晴れた。聳える山まではっきり見えるようになった。だがそのせいで、また俺たちは思い知ることになった。ここがどういう場所なのかを。ここでは、何が起きてもおかしくないんだっていうことを。これが現実なんだってことを。
俺たちはもう、この悪夢から逃れられないんだ。いや、悪夢の方がマシだ。夢だったら、こんなもの聞こえてくるわけがねえ。
『ピンポンパンポ〜〜ン!死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を開きます!』
『コロシアイ合宿生活』
生き残り人数:残り??人
清水翔 六浜童琉 晴柳院命 明尾奈美
望月藍 【石川彼方】 曽根崎弥一郎 笹戸優真
【有栖川薔薇】 穂谷円加 【飯出条治】 古部来竜馬
屋良井照矢 鳥木平助 滝山大王 【アンジェリーナ】
日常編がいつもより長くなってしまいました。二万字を超える字数になってしまいましたが、なんとか事件までこぎ着けました。