ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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(非)日常編4

 「うおおっ・・・き、きもちわりぃ・・・」

 「もう食えねえ・・・うぷっ」

 「何してんの?」

 

 みんなが行った後、ボク一人でしばらく資料館で雑誌類に目を通してたけど、やっぱりボクの目に狂いはなかった。それ以上調べても有益な情報はないと判断して、あと気分が悪くなってきたから、食堂で休憩でもしようと思ってやって来た。

 そしたら、そこで異様な光景を目にすることになった。テーブルの上には深皿に山になるまで積み上げられた黄色の塊。そのお皿の横で、黄色のクマみたいに手をハチミツに塗れにした滝山クンが次から次へと一切れずつ口に運び、隣のテーブルには青い顔に黄色い口をした清水クンと屋良井クンが累々と横たわってた。

 

 「あっ、ほれあき。ほうひら?」

 「むしろこっちが聞きたいよ。どうしたの?」

 「おやふ。おりりがふくっえくえあんら。え〜っも・・・フエ、フゲ?」

 「口に物を入れたまま喋らない。フレンチトーストです。曽根崎君もいかがですか?」

 

 なるほど、この甘く香ばしい匂いはそういうことか。キッチンから出てきた鳥木クンが、フライパンから新しいフレンチトーストを皿に投入した。黄金色のパンに付いた程よいキツネ色の焦げが、まるで模様のように見える。ハチミツの甘い香りに食欲をそそられ、ボクももらうことにした。けど、まだ気になることがある。

 

 「あそこの二人は?屋良井クンはともかく、清水クンまでどうしたの?」

 「話すと長いのですが・・・」

 「いいよ。あ、だけどゆっくり話してね。メモ取るから」

 「こんなん記事にすんじゃねえ・・・」

 

 なんか聞こえてくるけど、知らない。今の清水クンなら何しても怒られないもんね。

 

 「私が部屋で小道具の手入れをしていると、滝山君におやつを作って欲しいと頼まれたのです。どうやら私の料理がお気に召したらしくて」

 「アニーのがうまかったけどな!」

 「正直だね、滝山クン」

 「そこで食堂に来たところ、清水君がいらしてたので、ご一緒にいかがですかと誘ったのです」

 「え、乗ったの?清水クンが!?あの清水クンが!?まさかの!?」

 「うるせえな!!おうっ・・・デケェ声出したらますます・・・」

 「どうやらお持ちの飴がお口に合わなかったらしく、お口直しにいらしてたようなので、一緒にいただくことになりました」

 「ひろったもんくったらダメなんだぞ」

 「テメエと一緒にすんな・・・!ガチャガチャのおまけで出たんだよ・・・!」

 「ツイてんだかツイてないんだか、ややこしい景品だね」

 

 っていうか、その飴よっぽど不味かったんだ。清水クンが人と一緒におやつしようと思うほど。うーん、いや、これは清水クンの内面的成長と捉えるべきなのかな?

 

 「そして、私がキッチンでフレンチトーストを作っていると、途中から屋良井君もいらしたようで。なにやら興奮気味でしたので理由を伺うと」

 「倉庫のパーティーグッズの棚によ・・・大量のモノクマメダルが入った箱があったんだよ。だから・・・ガチャガチャ回そうと思って・・・食堂なら誰かいんだろと思って来たんだよ」

 「なるほどね。で、なんでくたばってんの?」

 「このメダル全部独り占めもどうかと思ったわけよ。んで、ちょうど滝山と清水っつうレアコンビがいたわけだから、いっちょ盛り上げてやるか!と思って」

 「大食い勝負でも始めたの?」

 「ビンゴすんな!」

 「より多く食べた人から鷲掴みでもらえる制度にしたそうです。屋良井君はもちろん出資者ですから張り切っておられたようで、清水君も飴のリベンジに燃えていたそうで」

 「変なとこムキになるんだから」

 「うるせえ、暇だから付き合ってやっただけだ」

 「で、今に至ると。なるほど、決着着いたのに滝山クンがまだ食べてるのは」

 「ふぁいえーあらな」

 「飲み込んでから喋る。ですが今ので食パンが切れてしまいました」

 「えーーーーーっ!!?」

 「そんだけ食べりゃあね。っていうかまだ食べるつもりだったの」

 「なんであいつら滝山の言ってることが分かってんだ?」

 「さあ・・・」

 

 大体のことは分かった。大した記事にはならなさそうだけど、まあ話の種くらいにはなるかな。結局滝山クンは、お皿にあったフレンチトーストは全部食べきって、それでも少し物足りなさそうにしてた。

 

 「はやくひるめしにならねーかなー」

 「オレ昼飯いらねえ・・・くそぅ、“超高校級のフードファイター”のオレがこんなことになるとは・・・」

 「そんなに食べないでしょ屋良井クン。好き嫌いもあるし」

 「やはりこの時間に間食は避けるべきでしたね。滝山クンはまだまだ大丈夫そうですが」

 「それより、勝負着いたんでしょ?ガチャ回しに行かないの?」

 「そーだった!そねざきととりきもいこーぜ!」

 「折角のお誘いですが、私は洗い物が残っておりますので。みなさんでいってらっしゃいませ」

 「オレもうしばらく動けなさそうだわ・・・」

 「自分から言い出しといて。ボクは行くけど、みんなはこのまま?」

 「取りあえずは」

 

 そういうわけで、ボクは屋良井クンからメダルの入った箱を受け取って、滝山クンと食堂から寄宿舎まで移動した。ロッカーの中のモノモノマシーンは相変わらず満タンで、これをモノクマがいちいち補充してるんだと考えると、なんだか黒幕なのに感心する。他にも食べ物や生活用品、合宿場の清掃に備品チェック、それからこの前は明尾サンのために発掘場まで造ったんだよね。もしかして黒幕って、頼まれたら弱いのかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらず、こいつの指す手はどれもこれもありきたりだ。最善手であることには間違いないが、所詮は教科書通りに盤面を見ているに過ぎん。そんなものは、こいつの将棋とは言えん。そして教科書を相手に敗れる棋士など棋士ではない。敵を知り己を知れば百戦危うからず、敵の知識と想像を凌駕する手を指してこそ、対局となるのだ。

 

 「お前は、あまりに固執している」

 「固執だと?」

 「予言者と言う割に、お前は自分の言葉を言わんのだな。全て過去の統計と記録から推測した、一般論に過ぎん。“才能”としては評価してやるが、面白い相手ではないな」

 「ずいぶんな言いようだな。この前の謝罪はなんだったんだ」

 「飴を与えているだけマシと思え。俺は褒めて伸ばすなど甘えた考えは持たんのでな」

 「はあ・・・お前がいるだけで私の悩みは尽きなさそうだ」

 「悩むことが馬鹿だと言っているんだ」

 

 学園にいたころは、六浜童琉と言えば明晰な頭脳を持った聡明な女と思っていたが、現実はこんなものか。記憶力と論理性は備えているようだが、まだ足りんな。

 

 「リーダーとは何たるかを教えるのではなかったか?私を負かして貶すことがしたかっただけか?」

 「ほう、お前の耳には今の俺の言葉が中傷に聞こえるか」

 「ではなんだ?」

 「・・・六浜よ、お前はリーダーというものをはき違えている。実に自虐的にな」

 「は?」

 

 まるで俺が異国の言語を喋っているとでも言うような間抜け面だ。なぜ理解できんのだ、と言おうとしたが、それが理解できるのならばこんなことをする必要もないか。分からないからこそ、こうして改めて盤を挟んでいるのだ。

 

 「お前は悩み過ぎだ。リーダーたる者、率いる者たちに頭を抱えることもあろう。だが悩むことは立ち止まることだ。長考して盤面が変わるわけではない、むしろそれは相手に同じだけ先読みの時間を与えることとなる」

 

 以前に鳥木と対局した時と同じことだ。素人は長考すれば良いと思っている。実に馬鹿馬鹿しい。長考することは己の無知を晒し敵に備えをさせる行為だ。悩み、立ち止まり、動き出せねばただの的。そんなものはリーダーではない。差し詰め、戦場に迷い込み行く手を見失った子供。流れ弾で落命するのも時間の問題だ。

 

 「樫と柳の喩え話に準えるならば、悩み苦しみ続ける貴様は樫だ。堅く強固な幹は折れずとも、末端の枝葉はいとも簡単に折れる。幹ばかりが残ろうとも、繁ることはないのだ」

 「私がそうだと言うのか」

 「今のお前は、樫の木だ。風雨に抗い、豪雪に耐え、頑固に強く繁ろうと躍起になり、却って枯れ時を早めている偏屈な樫だ」

 「お前にだけは偏屈だの頑固だのは言われたくない!」

 

 ぴいぴいとろくなもんじゃない。そういう細かいところがいかんと言うのだ。このままではいずれ末端の枝葉は折れる。接ぎ木では間に合わんほどに、次から次へと風雨にさらわれることとなる。

 

 「六浜、柳になれ。風雨を流し、豪雪に枝垂れ、それでも強く根を張る柳に。それが、ここで俺たちが生き残る道だ」

 「や、やなぎ・・・?」

 「お前が幹で、俺たちが枝葉だ。折れた枝は二度と戻らん。有栖川は憎しみという風雨に靡いて散った、石川は“才能”という重雪に埋もれて折れた。同じ過ちを繰り返さんために、お前が柳となれ。憎しみあれば水に流させろ、重圧があれば払ってやれ。それがいま必要なリーダーだ」

 「・・・・・・こ、古部来・・・」

 

 何をきょとんと間抜けな面を晒しおって。全ての負担を肩代わりすることがリーダーの役目だとでも思っているのか。こんな喩え話を知らんとは、一体どういう教育をされてきたのやら。

 

 「ふふっ・・・」

 「む?」

 「やはり、お前は熱い奴だ。冷徹に振る舞っていても、真剣になると素に戻る。ギャップというか・・・面白い奴だ」

 「・・・フンッ、知恵を貸してやっているのだ。馬鹿に分かりやすくしようと口数を増やせば、自然と熱も籠もる」

 「その減らず口も、いつものお前らしくはないぞ」

 「!」

 

 しまった、つい口答えしてしまった。俺としたことが、説教中につい冷静さを欠いてしまったようだ。俺もまだまだ足りんということか。だがこいつに笑われるのは実に不服だ、不服極まりない。他の何に対してこいつが笑おうと知ったことではないが、俺をして笑うなど許さん。

 

 「だが、感謝する・・・いや、ありがとう、古部来」

 「ん?」

 「もう堅苦しいのはナシだ。それに自覚があるのか?お前が一番厄介な枝なのだぞ」

 「フンッ、清水に比べれば些かマシだろう」

 

 自覚はある。モノクマの言う“超高校級の問題児”というのも、自分では納得しているしな。だが、その通りであれば俺は黒幕を倒さん限り一生ここから出られんことになるな。いずれ倒すのだから問題ではないが。

 盤面はいつの間にか俺に不利に進んでいる。未だ詰み筋はないが、単純に戦力差だな。この程度を逆転するなど容易だが、俺がここまで追い込まれているというのは、それだけ六浜に動揺させられたということか。

 

 「それにな、私は悩んでいるだけではない。確実に前進している」

 「何の話だ」

 「・・・例の、黒幕の話だ」

 

 監視カメラを一瞥し、六浜は身を乗り出して耳打ちした。あからさまに監視カメラを意識しては意味がないということも分からんのか。まったく、いつまで経っても成長せん奴だ。

 

 「私はあの資料の全てに目を通した。その中で『もぐら』について言及している記事は全て記憶している。どんな些細なこともだ」

 

 自信ありげに、六浜は自分の頭を指さして言った。速読と記憶力はこいつの本領と言う訳か。それぐらいは信じてやろう。そして『もぐら』と言えば、先日こいつが黒幕として挙げた例のテロリストのことだ。

 

 「それで、何が分かったというのだ。どうせ、重要な部分は奴に抜き取られていただろう」

 「いや、不自然な切り抜きなどは一切なかった。あの雑誌類自体が不自然ではあるのだが・・・これを聞けば、お前も納得するだろう」

 「?」

 

 俺が目を通したのはいくつかの雑誌のみ。あれが動機となり得るものであるならば、次に黒幕の甘言に惑わされる馬鹿を予測するためにも全てに目を通しておくべきだったが、現実的に不可能だった。その意味では六浜がいて助かったが、その六浜が意味深なことを言う。なんだと言うのだ。

 

 「以前も言ったが、私は『もぐら』が黒幕ではないかと考えている。あそこにあった記事はその予想をより強固にするに足るものだった」

 「ほう?」

 「『もぐら』は、私たちの学園での最後の記憶、つまり三年前を最後に、一切の活動を打ち止めている。それが奴の意思なのか、或いは強制か、はたまた死んだか・・・様々な憶測が飛び交っているが、いずれにせよ奴が表立った破壊活動をしていないのは事実だ」

 「・・・それがどうした」

 「気付かんのか?フン、馬鹿め」

 

 ほう、それは知らなかった。あの『もぐら』ともあろう者が、三年もの間一切の破壊活動を行っていないとは、奴はてっきり建築物を破壊することに快楽を覚える変態だと思っていたのだがな。だがそれがどうした。『もぐら』の行く末でも分かっていればまだしも、肝心な部分は曖昧なままではないか。

 俺が尋ねると、六浜は勝ち誇ったような顔で、冗談めかして言った。こいつごときが俺を馬鹿呼ばわりなど、冗談でなければとんだ自惚れだ。

 

 「実際に既に三年の月日が流れていたとしよう、そして私たちが希望ヶ峰学園から攫われたのが三年前だとしよう。もし『もぐら』が黒幕であれば、この間、全く活動をしていないことの説明がつくとは思わんか?」

 「お前は馬鹿か」

 「はっ?」

 「仮定の話であることは今更咎めはせん。だがお前の推理では、三年もの間、俺たちはどこで何をしていたのかが抜けている。攫われたのが最近だろうが三年前だろうが、この二週間ほどの記憶しかないことはどう説明するのだ」

 「・・・」

 

 なるほど。確かに『もぐら』と言えど、この生活の管理、監視と破壊活動を並行することは難しかろう。だが三年という時間は、忘れたや勘違いでは済まされん。これしきの返しに詰むようでは、その推理は気にかける価値もない。

 六浜は黙って王手をかけると、小声で言った。

 

 「記憶操作技術」

 「ん?」

 「脳の、記憶を司る部位の神経及びシナプスに働きかける施術や投薬により、記憶を抹消、造成する精神医学の技術だ。実証不可能性や成果保証、倫理上の問題から実用化研究は事実上凍結しているが、技術レベルで言えば十分可能だ」

 「いつからお前はSFマニアになった。そんな荒唐無稽な話、誰が信じられる」

 「荒唐無稽ではない。これは事実だ。そして三年の時間があれば、特定の記憶を抹消する技術の開発は可能だった。王手」

 「だった?それは・・・三年前に、お前がそう予言したとでもいうのか」

 「予言ではない、推測だ。そら、また王手だ」

 

 合理性も突拍子も脈絡も論理性も説得力もなかった。記憶操作だと?こいつは、俺たちがその妙な手術か何かで、三年間の記憶を抹消されたとでもいうのか。あり得ん。

 

 「『もぐら』がその技術を有しているとでも?奴はただの異常な破壊者だ」

 「この件には何か巨大な組織が絡んでいる。お前が言った言葉だ」

 「『もぐら』と何かの組織が組んでいる・・・?あの異常者が破壊活動を中断してまでこんなことをする理由があると?」

 「曽根崎の記事では、『もぐら』の次の標的は・・・希望ヶ峰学園だった。破壊があった記事はなかったが、今の我々の状況を考えれば、ある程度の整合性はあろう?」

 「・・・そんなことをして、『もぐら』の目的はなんだ?今までテロリストとして派手で目立つ破壊活動ばかりしてきた奴が、こんな回りくどいやり方をする意味があるのか」

 「そこは推し量るしかあるまい。私を以てしても困難を極めるがな」

 

 全て憶測であり推測だ。根拠といえばこいつの記憶とあの雑誌の山、直感にも等しい何もかもが不確かな推理。『もぐら』に関して俺が知っていることなど月並みだが、この推理が突拍子もない戯言であることは間違いない。

 だが同時に、それを否定する根拠もない。それが真実かどうかを確かめることはまだ出来ない。それまではこの推理でさえも、一つの可能性だ。可能性である以上は棄却すべきではない。

 

 「・・・」

 「どうだ?私とてただ悩んでいるだけではない。着実に前進しているのだ」

 「なるほどな。ならば馬鹿というのは撤回しよう」

 「やはりお前は不器用な奴だ。皆を心配しているなら、心配していると素直に言ったらどうだ?」

 「馬鹿馬鹿しい。優れた棋士は武士と同じだ。心配するくらいならば行動に移す。負け戦ならば潔くそれを受け容れる。一矢報いる程度の足掻きはするがな」

 「そうか?ならそろそろ投了したらどうだ。今回はお前の采配にもヤキが回ったようだな」

 

 自慢げに、得意げに、勝ち誇った笑みを堪えたように、六浜はまた王手を指した。先ほどから執拗に俺の王に食らいついてくる。逃げ道がある間の深追いは厳禁。戦場で敵しか見ぬ者は己に殺められる。実際の戦では飢えと隙に、盤面で言えば・・・禁じ手だな。

 

 「お前は熱い奴だな。俺が手を下すまでもなく、隙を晒し敗れるとは」

 「は?」

 「よく盤面を見てみろ」

 

 王を討たんと勇む金将が、己の玉の敵刃に晒されるに気付かず、その道を拓いてしまう。盲目に敵を討たんとするばかりでは大成せん、むしろ死を早めるばかりだ。しばらく不可思議な顔をして盤面を見ていた六浜だが、ようやくその過ちに気が付いたようだ。

 

 「バ、バカな!こんなところに角行が・・・!?」

 「ふん。そのザマでは当分は俺に勝てんな、俺が手を下す必要すらない」

 「ぬぐぐっ・・・!」

 

 俺が最も得意とする指し手『伏せ角』。あまりに有名になり過ぎて最近はただの陽動にしか使えなくなったが、こうも鮮やかに決まると清々しい。とはいえ、相手が六浜では、単純にこいつの力不足でしかないのだがな。

 

 「冷静に周りを見られるようになったら、また挑むがいい。何度でも叩きのめしてくれる」

 

 とはいえ、教科書通りでない手を指せたことは評価してやるか。こいつなりに先手を読み考えた上での敗北ならば、それは決して負けではない。その違いをこいつが理解できたのなら、次の一局はもう少し楽しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クソッ、俺としたことがこんなくだらねえことでこんなザマになるとは。何が大食い対決だ、あの妙な飴のせいでテンション上がってた。飯のことで滝山に勝てるわけがねえのは分かり切ってたはずなのに。

 

 「あー、くそ、水も飲めねえ」

 「かなりの量を召し上がっていらっしゃいましたからね。大丈夫ですか?」

 「うっかり寝ねえようにしねえと・・・こんなアホみてえなことで規則違反はゴメンだぜ」

 「初日のアレは虚仮威し・・・なわけねえよなあ」

 

 屋良井の言葉で、初日のアレがフラッシュバックした。俺がモノクマに掴みかかって、本気で殺されかけたアレだ。今考えてもゾッとする。警告で済んだのは幸運だった。

 

 「そう考えたら、やっぱあいつのあの行動はおかしいよなあ。気付かねえ内にうっかり・・・なんて考えつかねえわけねえのに」

 「あいつのあの行動、というのは?」

 「望月が天体観測してたことだよ」

 

 またその話か。捜査の時も裁判の時も散々話したし、とことん疑った。結果的にあいつが天体観測をしてたのも、真相を暴くきっかけの一つだったわけだが、そりゃ怪しまれて当然か。

 にしても屋良井は石川の事件からずっとそうだ。やけに望月を疑ってる。モノクマと話してたってのも、個室の毛布を借りる話をしてただけなんだろ?

 

 「ただでさえいつコロシアイが起きてもおかしくねえ状況だぞ?それなのに夜中に外で一人とか、どう考えてもおかしいだろ」

 「だからそれはよ・・・」

 「私も疑問に思っていました。彼女は、あまりに人間離れしています。いえ、人間味に欠ける、と言うべきでしょうか」

 「あ?」

 「ここに誘拐された時、飯出君のご遺体が発見された時、学級裁判の時・・・いつでも彼女は、冷静でお慌てにならず、合理的かつ論理的でおられました。まるで機械のように・・・」

 「機械?」

 

 屋良井につられて、鳥木も訳のわかんねえことを言い出した。機械?望月が機械だとか言うつもりか?三年の時間が過ぎてたとか、もうそんなSFチックなもんはいいんだって。

 

 「ま、まあ流石にロボットってことはねえだろ。バズーカ食らって改造されたわけじゃあるまいし。けどだからこそ不気味じゃねえか。あれが生身の人間だって事実がさ」

 「はあ・・・結局、お前は何が言いてえんだよ」

 「やっぱあいつ・・・この事件と関わってんだって。オレらよりもっと根深いところから」

 「・・・」

 

 ゆっくり言い聞かせるように、屋良井は言った。それに対して、鳥木は否定も肯定もせず、ただ聞いていた。まだ判断つかねえ・・・むしろ可能性はあるって考えてるってことかよ。

 

 「あのな、確かにあいつは気持ち悪いし意味わかんねえことばっか言うし読めねえ奴だし馬鹿で間抜けでアホでドブスだ」

 「そこまでは言ってません!」

 「けどあいつが裏で俺ら以外の誰かと繋がってるなんて根拠ねえだろ。だいたいモノクマとあいつのキャラ考えろや。真逆だろ」

 「別に、望月が全部やってるって限らねえだろ。黒幕がいて、望月は監視かなんかで」

 「ちょーーっと待ったあーーーっ!!」

 

 俺と屋良井が寝そべったまま議論してると、その間に唐突にモノクマが現れた。いまさらこいつの脈絡のなさに驚きなんかしない。俺も屋良井も、鳥木さえもうざったそうに睨んだ。

 

 「そこから先はダメだよ屋良井くん!最初っからでもなく、こんなハンパなところでクライマックスなんてツマラナイよ!ああ、ツマラナイ、ツマラナイ」

 「何しに来たんだよ」

 「ありゃりゃ?お呼びでない?お呼びでない?こりゃまた失礼しましたーーーッ!」

 

 そう言ってモノクマはまた脈絡なく消えた。今更だが、ぬいぐるみってことすら怪しくなってきた。幽霊かなんかじゃねえのか?まあ晴柳院がいるから有り得ねえ・・・つうかそもそも幽霊なんて有り得ねえか。

 

 「・・・怪しいな」

 「は?」

 「今のタイミング、オレが望月の話の核心に迫るのを邪魔したみてえだ。いや、むしろそうとしか考えらんねえ!」

 「そうでなければ、間が良すぎますね」

 「おいおい、いい加減に」

 「逆に清水よお、お前はなんでそこまで望月を庇うんだよ?」

 「え?」

 

 なんで庇うのか?別に俺は望月を庇ってるつもりなんかない。ただ、あいつが黒幕と関係してるなんて、どうしても思えねえだけだ。

 でも、なんで思えねえんだ?あいつと行動した時間もそこそこあったし、話だってした。けどそれは、この合宿場にいる奴らのほとんどがそのはずだ。

 

 「って、んなの決まってっか。あーあ、お熱いこった。ちくしょう!そのまま過熱膨張の果てに物理的に爆発しろ!」

 「ま、待て、何の話だ」

 「私も、屋良井君の思い過ごしであるようにと願っています。望月さんのために、そして清水君のためにも」

 「だから何の話だ!」

 

 なんかいつの間にか話の軸がブレてる。屋良井と鳥木は勝手に納得して、なんとなくお節介染みた言葉を向けてきやがる。なんなんだ、テメエらと一緒にすんじゃねえボケ。

 

 「光あるところに影があるように、希望の側には絶望があるのです。そして惚気話には嫉妬がつきものなのでーーーす!」

 「なんだ次から次へと」

 「ちょうどいいや、試したれ」

 「た、試す?」

 「おいモノクマ、清水と望月ってどんな関係なんだ?お前なら全部見てんだろ?」

 「もちろんですとも。ボクはこの合宿場の施設長として、オマエラのあーんなとこやこーんなとこを隅から隅まで舐めるように・・・」

 「気色悪いなッ!用件だけ言ってさっさと失せろッ!」

 

 さっき出たばっかなのにまた出やがった。ただ嫌がらせしにきただけか?屋良井の余計な質問に答えられる先に、さっさと追い返してやる。

 

 「清水くんと望月さん?そりゃああれだよ、切ったら切り離される関係っていうの?展開によってはくっ付いたりくっ付かなかったり」

 「なーんかそれっぽいじゃねえか!テメエやっぱりそうなんだろ!自分の口から言っちまえよ!」

 「本家でいう、ボクの大っ嫌いな愛すべき敵役、N木くんとK切さんみたいなことだよね」

 「どなたのことですか?」

 「あーいいのいいの、オマエラは知らなくて。分かる人だけ分かればさ」

 

 意味の分かんねえことばっか言いやがって。こいつが出てきたってことはなんかあるんだろ?直接来たってことは、またコロシアイみてえなことじゃねえだろうが、嫌な予感しかしやがらねえ。

 

 「で、本題なんだけど、新しい規則を作ったから、ちゃんと確認しておいてよね!知らなかった、なんて言い訳は通じないよ!宿題はやったけど家に忘れてきた、みたいにねーーーッ!」

 

 なんでもないように、モノクマはさらりと言って、ケタケタ笑っていた。新しい規則って、それ無茶苦茶重要なことじゃねえか!うっかり破ったらわけも分からず問答無用で処刑とか洒落にならねえ。そういうことこそアナウンスして知らせろよ、と思った。が、その時点で俺はモノクマの支配下にあることに何の疑問も持ってないことに気付いてなかった。

 とにかく俺は、すぐに電子生徒手帳を取り出して、規則をページを開いた。ここに来てから何度か規則の追加はあったみてえだが、どれも俺には関係ないことだと思って流し読みしてた。だが、今度はそうもいかないらしい、一番新しく追加された規則を読んだ俺は、背筋に嫌な寒気を感じた。

 

 規則『同一のクロが殺せるのは二人までとします』

 

 「え・・・?」

 「お、おいおいおいおい!なんだよこの規則!」

 「はにゃ?なんだよってなんだよ?読んで分からない?なるべく分かりやすいようにしたんだけどなあ」

 「そうではなく!なぜ今になってこんな規則を追加なさったのですか!」

 

 俺だけじゃなく、屋良井と鳥木も同じように寒気を感じたんだろう。さっきより顔を青くしたり冷や汗をかいたりしながらモノクマに質問する。当のモノクマは、にやにやと俺らの顔を見ながら、なんでもないように答える。

 

 「だってさ、いくらコロシアイをしろって言っても、ボクがオマエラにしてほしいのは、あくまでルールの中でのコロシアイなんだよね。ただ一人が全員を殺戮しちゃうようなスプラッターは求めてないの!だけど一人ずつじゃつまんないから、妥協して二人までってね!言っとくけど、これ以上は増やせないよ」

 「違う!なんで今更そんなことを規則で決めたんだっつってんだ!これもお前の気紛れだってのか!?」

 「なーんだ、そんなこと。そんなの決まってんじゃん」

 

 それも当たり前って風に、モノクマは答えた。

 

 「オマエラの中の誰かが、全員をぶっ殺そうとしてたからだよ」

 「んなっ!?」

 「ウソだろ・・・!?」

 「嘘でもはったりでもデタラメでもインチキでも夢でもないよ。責任者の立場としては、可愛い生徒の質問にはきちんと答えて、対策を打ってあげないとね!」

 「生徒の質問・・・まさか、その方はあなたに直接きいたというのですか!?」

 「おかげで止めに行くようなことにならなくて済んだよ。ま、その人も念には念を入れるつもりだったんだろうね!」

 

 馬鹿げてる。そんなことあっていいわけがない。誰かが全員を殺そうとしてるだと?しかもそいつは自分からモノクマにそれを確認したってのか?誰が?そんな残酷なことを考えてる奴が、俺たちの中にいるだと?そんな馬鹿な。

 

 「んじゃ、そういうことなんで、誰かを殺す時はくれぐれも気をつけてくださいね!学級裁判もなしにクロをおしおきなんて、そんなのお魚抜きの海鮮丼だからね!」

 

 どっかで聞いたようなフレーズを残して、モノクマはまた唐突に消えた。何なんだあいつは、こうやっていつも何の前触れもなく、理不尽に嫌な考えだけを起こさせて、そして放置する。俺たちが疑心暗鬼になって互いを警戒するように仕向けて、その後は放置する。なんなんだよ、マジでなんなんだよあの野郎はよ!

 

 「クソッ!」

 「今のこと・・・おそらくモノクマは他の方々にもお知らせするでしょう」

 「だろうな。オレらだけに言っても意味がねえ。あいつはオレたち全員が疑い合うことを狙ってんだからよ」

 「ふざけやがって!誰がそんなこと考えてやがる!」

 「落ち着けよ清水、どうせモノクマの嘘だろ。誰かがモノクマに聞いたって根拠がねえ」

 「だといいのですが・・・ここに来てから都合の良いことばかりではありませんでした。むしろ、都合の悪いことばかりだった気がします」

 

 屋良井は嘘だと流そうとしてるが、だったらあいつが気紛れにこんなルールを思い付いたってのか?その方が考えつかねえ。だってあいつが考えてんのは、疑心暗鬼、コロシアイ、学級裁判、処刑・・・そんな絶望。俺たちを絶望に導くためならなんだってする。そんな狂気的な奴だ。そんなのイヤと言うほど分かってる。だからこれだって、きっと嘘じゃねえんだ。

 

 「あー、そろそろ動けっかな」

 

 嫌な沈黙に閉ざされた食堂の空気を、屋良井が強引に破った。のっそりと椅子から起き上がると、腹をさすって立ち上がった。

 

 「あいつら全然戻って来ねえし、もしかしてメダル全部使ってんじゃねえのか?」

 「そう言えば、滝山君と曽根崎君は長い間モノモノマシーンに夢中なようで」

 

 今となってはモノモノマシーンなんてどうでもいい。あの動機のことでもわけ分かんねえのに、望月のことや新しい規則のことでまた複雑になってきた。クソッ、どいつもこいつもはっきりしねえで紛らわしいことばっかり。今はまだ考えても仕方なさそうだ。

 

 「寝るか・・・」

 

 屋良井が食堂を出て行ったのはちょうどいい機会だ。俺も部屋に戻って、しばらく休もう。俺の中で、もう少し整理が付くまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り12人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

規則一覧

1,生徒達は合宿場内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。

2,夜10時から朝7時までを『夜時間』とします。『夜時間』は立ち入り禁止区域があるので、注意しましょう。

3,就寝は寄宿舎に設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。

4,ゴミのポイ捨てなど、合宿場の自然を破壊する行為を禁じます。ただし、発掘場を除きます。

5,施設長ことモノクマへの暴力や脅しを禁じます。監視カメラの破壊を禁じます。

6,仲間の誰かを殺した『クロ』は希望ヶ峰学園へ帰ることができますが、自分が『クロ』だと他の生徒に知られてはいけません。

7,合宿場について調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。

8,モノクマが生徒に直接手を出すことはありませんが、規則違反があった場合は別です。

9,生徒内で殺人が起きた場合は、その一定時間後に、生徒全員参加が義務づけられる学級裁判が行われます。

10,学級裁判で正しいクロを指摘した場合は、クロだけが処刑されます。

11,学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合は、クロだけが卒業となり、残りの生徒は全員処刑です。

12,資料館内での飲食は禁止です。

13,同一のクロが殺せるのは、一度に二人までとします。




久し振りのハイペース更新です。そしてこのルールはやはり必要なのかもしれません。そりゃ全員ぶっ殺しゃいいじゃんって発想になるわ

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