ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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学級裁判編2

 

 うっひょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!どーもオマエラ、アニョハセヨ!ボクの名前はモノクマ!この合宿の引率兼、合宿場の施設長なのだーーーーーーーー!!

 ぶっちゃけ、合宿場ってなんなのかとか施設長って肩書きってなんだっていうのにはあまり突っ込まないでよね!ボクだってよく分かんないけど、なんか偉そうだから名乗ってるだけなんだからさ!でもでも、ルールを守らない悪い子にはちゃーんとおしおきするからね!この場合のおしおきはボクの大好きなおしおきの方で、オマエラ思春期の少年少女たちがついつい若気の至りで妄想しちゃうような、ビンビンウハウハなやつとは全然違うからね!!

 とまあ、中学校の朝礼みたいに特に面白味のないあいさつはこのくらいにして、今回もこのボクと一緒に前回までのお温習いをしようか!学級裁判は長いからね!

 

 さあ!遂に起きてしまった第二の事件!資料館の個室で首を絞められて殺されていたのは、“超高校級のバリスタ”ことアンジェリーナ・フォールデンスさん!みんなからはアニーっていう愛称で呼ばれてて(っていうか自分からそう呼ばせててwww)、他のメンバーと同い年とは思えないほど大人びた雰囲気から(ぶっちゃけ年増だよね!あと言葉遣いどこで覚えてきたんだし!)、みんなから相談を受けたりすることが多かった(むしろ自分から首突っ込んでってたような希ガス!!)、母親的存在だったね!

 学級裁判が始まって早々、犯人は古部来くんと明尾さんの二人に絞られ、裁判は最初からクライマックス展開を迎えたかに見えた!だけど古部来くんの見事な反論という名の話のすり替えによって、議論は一旦振り出しに戻る。新たに浮上したのは夜中に天体観測をしてた望月さん。この状況で何呑気なことしてんだか、そんなことしてるから疑われるんだよ!でもこれもボクが設定したルールのおかげで無実と断定。よかったね、望月さん。チッ

 そして裁判は凶器の話へと移り、そこで使用されたのは個室に用意されていたヘッドフォンのコードと判明!さらに古部来くんが、あの個室には密室トリックが仕掛けてあったとか言い出す始末!一体どうなるのォ〜〜〜!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「わかんねえことがあるんだけどよ」

 

 珍しい奴から話を切り出した。理解力がなさ過ぎてさっきから話について来れてない上に発言の一つもなかったような滝山が、今更分からねえことがあんのか。何が分からねえのかすら分からねえんじゃねえのか。

 

 「アニーってずっとあのへやにいたんだよな?なんで犯人なんかといっしょにいたんだ?」

 「うん?」

 「ふつーじぶんのこところそうとしてるやつなんかといっしょにいねーだろ」

 「殺人が起こるまで、あの部屋の中で何が起きていたか、か。確かにそれは明らかにしておくべきだな」

 

 猿のくせに、意外とまともなこと言うんだな。確かになんでアニーが犯人と一緒に個室にいたのかは気になる。まさか自分を殺そうとしてるって知ってて、あんな狭い部屋にいるわけねえしな。一体何してたんだ?

 

 「アニーははんにんなんかといっしょになにしてたんだろーな」

 「望月が部屋を確認したのが九時頃、そして死亡時刻が深夜の一時。つまりこの四時間、“アニーは生きてたこと”になる」

 「犯人と一緒にいたとは限らねえだろ。“犯人が資料館のどこかに潜んで”後から個室に行って殺したとか」

 「失礼します!」

 

 次に大声出して注目を集めたのは、まだ白いマスクを被ってる鳥木だった。今回はやたらと目立ちやがるな。

 

 「アニーさんは殺害されるより前から、犯人と一緒にあの個室にいました!これは間違いありません!」

 「隣で大声を出されると非常に不愉快です。声を落としてください」

 「おっと、これは失礼!しかしですね、私は犯人とアニーさんが個室にいたという証拠を掴んでいるのです!」

 「それはなんだ?」

 

 穂谷に思いっきり怒られても、テンションが高いまま『Mr.Tricky』のキャラを崩さない。マスク取れようるせえな。

 

 「あの個室のゴミ箱に、大量のティッシュが捨てられておりました!その量たるや、丸々一箱分です!とてもお一人が数時間で消費しきれる量ではありませんね!」

 「ああ、それならボクも見たよ。すごい量だったよね、何回分だよって感じだったよ」

 「な、な、なんの話だ曽根崎!!止めろ!!」

 「出たよむつ浜」

 「私はむつ浜ではない!!六浜だ!!とにかく、それは本当だな鳥木!」

 「ええ。おそらく犯人とアニーさんが使ったと思われます」

 「ティッシュを一箱分もなんて・・・何に使ったんだろう?」

 

 短時間で一箱分ものティッシュを使うことなんて滅多にねえだろ。鼻炎や花粉症はなったことねえから知らねえが、だからってそこまでひどいもんだったら飯の時に気付かないわけねえよな。犯人が血を拭いたとかでもねえよな、絞殺じゃ血は出ねえだろうし。

 

 「一人だったらあたりも付くんだけどねえ」

 「け、けがらわしいことばかり考えるな曽根崎!!セセセ、セ、セクハラだぞ!!」

 「そんなこと何も言ってないよ・・・」

 「マジでこいつ・・・むつ浜だな」

 「むつ浜ではない!!六浜だあああああああああああああ!!!」

 

 曽根崎はもう余計なこと言うな。むつ浜がいちいちうるせえ。とにかく、ティッシュを何に使ったか、事件と関係あるかは分かんねえが、取りあえず話しといた方がいいかも知れねえ。

 

 「ゴミ箱いっぱいのティッシュ・・・これは“犯人とアニーさんが一緒にいた”証拠です!」

 「確かに、いくらなんでもあの量は“一人じゃ使い切れない”よね。どんだけ体力あったとしても」

 「な、な、何の話をしているのだ貴様ァ!!」

 「でもやっぱり、ティッシュだから“何かを拭いた”んじゃないかな?」

 「俺も見たが、血のようなものは見当たらなかった。それ以外の何かということになる」

 「“飲み物”でもこぼしたのかしら?」

 「っ!ち、ちゃいます!」

 

 血の他に何をわざわざ拭くんだ、と思って考えてたら、石川の言葉に晴柳院が待ったをかけた。こいつが口を挟んでくるなんて珍しいこともあるもんだ。

 

 「どうしたの晴柳院ちゃん?」

 「あ、あの・・・資料館は確か、飲食禁止になってたはずです。アニーさんが・・・言うてはりましたし・・・」

 「確かに、生徒手帳にもそう書いてあったのう」

 「じゃあ、そのティッシュは飲み物でも血でもない何かを拭いたってことだね」

 「なぞなぞかよ!そしたらもう汗とか涙とかしかねえじゃねえか!」

 「・・・・・・そうかも知れねえ」

 「あ?」

 

 飲食禁止の資料館は、飲み物なんかこぼす前に持ち込むこともできなかったはずだ。いよいよ何のために使ったか分かんなくなってきたが、屋良井が言った言葉で閃いた。っつうかもうそれしかねえ。

 

 「多分だけど、あのティッシュは犯人が涙を拭いたもんじゃねえのか?」

 「犯人が・・・涙?どういうことだ、清水翔」

 「理由は分かんねえが、犯人はアニーを殺した時、泣いてたんじゃねえかって思う」

 「???・・・なんでなきながらころしなんかするんだ?なにいってんだ?」

 

 妙なこと言ってるってのは自分で分かってる。一応証拠らしいもんはあるが、犯人が泣いてたらどうだってんだって風にも考えてる。こんなこと時間かけてまで議論する必要があることなのかも分からねえが、聞かれちまったからには答えなきゃならねえ。ここはそういう場だ。

 

 「モノクマファイルに書いてあっただろ。アニーの後ろ襟に濡れた跡があるって。ヘッドフォンコードで絞殺したんだったら、後ろからこうやって絞める姿勢になんだろ」

 「・・・確かに。仮に犯人が泣いていたとしたら、その時に襟に涙が落ちることも考えられる」

 「はあ・・・た、確かにそうだけど、犯人が泣いてたらどうだっての?っていうか、なんで犯人が泣くのよ?」

 「途中で殺すのにビビったんじゃねえのか?」

 「それだったら手を緩めれば済んだことだ。泣きながら殺したということは、犯人には強い殺意があったことを意味している。或いは、アニーが犯人の気に障るようなことをしてしまったか・・・」

 「ふん、その程度か」

 

 犯人が泣いてるから何がどうなんだ。そもそもなんで犯人が泣くことがあんだ。泣いてたって事実を証明できたところでそれが何の役に立つってんだ。答えだってそんなもん推測することしかできねえのに、それが意味のある事実を導き出すものかってなると余計に分かんねえ。けど古部来だけは、俺らの議論を鼻で笑って言った。

 

 「なんだよ古部来」

 「なぜ犯人が泣いていたか、はどこまでいこうと推測に過ぎん。だが、犯人が泣いていたということは、相当心理的に興奮していたことを示している」

 「確かにそうだな」

 「犯人とあの女はどちらも涙を流し、そして犯人は泣いたままヘッドフォンコードで首を絞めた。ハナから殺すつもりだったのなら、二人きりになった時点ですぐに殺せばいい。だが、犯人はそうしなかった。むしろ殺すつもりなどないかのように、二人で話をしたということだ」

 「回りくどいな。古部来、つまるところお前は何が言いたいんだ」

 

 こいつがまどろっこしい言い方しかしねえのは今に始まったことじゃねえ。賢ぶってんのか知らねえが、敢えて核心を突くのを避けてるようにも思える。そんなんだから最初に疑われたんだろうが。いいからさっさと言え。

 

 「今回の事件は、計画的犯行としては不自然で粗末だ。密室トリックがあるとはいえ、それを使って決定的なアリバイを作り出せていないことからも、急拵えといえよう。つまり、犯人は衝動的に殺人を犯したということだ」

 「衝動的犯行・・・なるほどな。って、それがなんだよ!犯人に繋がる手がかりでもなんでもねえじゃねえか!」

 「判明したから言及しておく。それだけだ。少しは自分の頭で考えろ。馬鹿が」

 「なんっだとコラ!オレだって考えてらあ!」

 

 衝動的犯行、カッとなって殺った、とかいうあれか。そんなもん犯人の手がかりにはならねえ。誰にだって犯人の可能性があるってことは変わらねえんだからよ。

 

 「いや、計画的犯行でないという事実は情報としては重要だ。犯行における事前準備などがないということは、ボロが出やすいからな。少なくとも、証拠品を資料館外へ持ち出すような余裕はほとんどなかっただろう」

 「でもさあ、それが犯人を特定する情報にならないんじゃ、あんまり意味ないんじゃないかな?捜査段階で分かってたならまだしも・・・」

 「確かにそうじゃのう・・・。というより、手掛かりも出切ったような気がしてきた。他に誰か何か気付いたものはないのか?」

 「ふふ、ご安心を!」

 

 計画的だろうが衝動的だろうがなんでもいい。要はその情報から犯人が割り出せねえなら意味がねえっつってんだ。そんなことよりもっとそれっぽい証拠とか出せっつうんだよ。

 一旦はまた熱を帯びてきた議論も、結局時間の無駄だったって分かって一気に冷めた。これ以上の手掛かりがねえといよいよ手詰まりだ。だが、鳥木はまだマスクを着けたままデカい声を出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私は事件に関係すると思われる、ある重要な証拠を握っております!」

 「それがあるなら早く出せ」

 「これは私よりも女性の方がお詳しいと思いますので、女性の方は是非ともご静聴お願い致します!実は、アニーさんのお体を調べさせて頂いた際に、彼女が指に嵌めていた銀の指輪が自然に外れてしまったのです!」

 「自然に?それは不自然ですね」

 「自然が不自然ってか!こいつぁいいや!」

 「や、屋良井さんがブレてますぅ・・・」

 「指輪か。それがどうした」

 「女は女でもこいつはそういうの興味なさそうだな」

 「テメエら話聞く気ねえのか!!」

 

 なに全然カンケーねえ話の方で盛り上がってんだ。こいつらの雑談に時間割いてモノクマに打ち切られてテメエら責任取れんのか。っつうか鳥木もテメエの話聞かれてねえんだから怒れや。なんで代わりに俺が言わなきゃならねえんだよ、ちゃんと喋れボケ。

 

 「指輪が自然に外れるなど、普通では考えられません。それに、アニーさんは常に指輪をしておられたはずです。自然に外れるような大きさでは、バリスタとしてどころか日常的な作業にすら支障をきたします」

 「えっと・・・そういうデザインの指輪とかっていうのはないの?僕はアクセサリーとかよく分かんないけど、屋良井君なら詳しいんじゃない?“超高校級のファッションリーダー”とか言ってなかったっけ?」

 「ん?え、ま、まあ・・・そうだな。オレ的観点から言わさしてもらうと・・・・・・え〜っと・・・」

 「あり得ません!自然に外れる指輪など、勝手にずり落ちてしまうほど締めが甘いベルトのようなものです!」

 「だ、だよな!それに、“超高校級のバリスタ”のあいつがそんな緩いアクセサリー着けるなんておかしいよな!不潔だし!」

 「ではこの指輪に関して、話をしていこうか」

 

 いきなり笹戸に話を振られてあからさまに動揺する屋良井は、絶対“超高校級のファッションリーダー”なんかじゃねえ。そもそもあいつの自称の“才能”なんて一個も信用してねえから一緒だ。

 とにかく、自然に外れちまうような指輪をあいつが普段からしてるわけがねえ。だけど、だったらなんでそんなもんしてんだ?望月の一言で、指輪についての議論が始まった。

 

 「アニーさんの指には“銀色の指輪”が嵌められていましたが、自然に外れてしまったのです!これは明らかに不自然です!」

 「確かに不可解だ。“超高校級のバリスタ”が簡単に外れるようなアクセサリーを着けるとは考えにくい。それでなくても、じゃらじゃらと着飾る奴の気が知れんがな」

 「っつうかそもそも、あいつ指輪なんかしてたか?他人のアクセサリーなんか普通覚えてねえだろ」

 「はあ・・・これだからモテないんだよ清水クンは。女の子があんなにおっきな“宝石の付いた指輪”してたら取りあえず褒めておくものだよ?あ、でももうボクなんかからのアドバイスなんかいらないか」

 「なんだお前」

 「しかしこれには何かしらの意味があるだろう。着けていた指輪がなくなったのならまだしも、“着けていない指輪を新たに着けていた”、というのは、何か犯人の意図があると考えていい」

 「ぬはははは!!甘いぞ若造!!」

 

 議論の中で明尾が急に大声を出した。しかもそうやって食いかかったのは、古部来の発言にだった。明尾の笑い声が響いて静けさに吸い込まれていって、古部来が明尾をぎろりと睨んだ。関係ない俺らにも妙な緊張感が走るが、明尾だけはつばを摘まんで帽子を直してかっこつけながら言った。

 

 「古部来よ!アニーが嵌めていた指輪はお前さんにとってのそのネックレスと同じようなものじゃぞ!」

 「ネックレス?古部来竜馬が装飾具など着けているのか?」

 「・・・俺のこれは安いものではない。装飾具などと一緒にされるのは実に不愉快だ」

 「な、なんか意外ですね・・・。古部来さんがネックレス着けてはるなんて」

 「・・・」

 「ひあああっ!!ご、ごめんなさいぃ!!」

 

 古部来がネックレス着けてるなんて初めて知った。ほとんどの奴が意外そうに古部来の方を見ると、確かに首の所に凧糸が見える。ネックレスっつうよりガキが工作で作ったへったくそな首飾りって感じだ。ネックレスって言われて古部来は分かりやすく機嫌が悪くなって、小声で言った晴柳院を睨みつけた。

 

 「アニーは確かに指輪は着けておった!わしはしっかりと覚えておるぞ!石川!お前さんなら知っているじゃろう!アニーにとってあの指輪が大切な物であったことを!」

 「え?う、うん・・・確か、大切な人からもらったものだって言ってたわ」

 「なるほど!じゃあその指輪はアニーサンにとっては思い入れのある大事な品なわけだね!」

 「んで?それがなんだ?っていうかなんのはなししてたんだっけ?」

 「ややこしくなるだけだから滝山は黙ってなさいよ」

 「アニーは確かに指輪を着けておった。じゃがそれは、発見時にアニーが着けていたような自然に抜けてしまうような指輪ではなかった!ここから導き出される答えは一つじゃ!」

 「はんにんがゆびわをいれかえたってことだな!」

 「先に言われてもうたあああああああああああああああああああああああ!!!」

 「うるせえなあ!!」

 

 いつもの高えテンションで明尾が喋る。石川と滝山が口を挟んで最後に明尾がまた余計にデケえ声を出す。狭い裁判場だと音が響いてうるせえからデケえ声出すんじゃねえっつってんだろ。

 とにかく滝山の邪魔が入ったが明尾が言いてえのは、アニーが着けてた指輪と捜査時に着けてた指輪が違う、つまり犯人がアニーの指輪を違うもんに入れ替えたってことだ。けどどういうことだ?指輪を奪ったんじゃなくて指輪を入れ替えることに何の意味があるんだ?

 

 「でもさ、なんで犯人は指輪を入れ替えたりしたんだろう?」

 「そりゃもちろん・・・・・・・・・なぜじゃろな?」

 「そ、その指輪に・・・は、犯人の血が付いたりしたとか・・・」

 「絞殺で出血はしない。涙が付着したとしても奪取するほどの証拠とはなり得ない。DNA鑑定や指紋鑑定といった技術は、この場にいる誰も修得していない」

 「じゃあなんで指輪を?」

 「アニーがあの指輪を着けてたままじゃ、犯人にとって都合が悪かった。そうとしか考えられないわ。証拠品じゃないにしても、何か意味があったはずなのよ」

 「では新しく別の指輪を着けさせた意味はなんなのでしょう?」

 「普通に指輪を奪ったんだよ」

 

 アニーが以前と違う指輪を着けてたことに、あれこれ意見が出る。どれも推測に過ぎねえ意見だったが、確信めいた口調で言われた一言で議論は止まった。その声の主は、眼鏡の奥で真面目な眼をしてた。普段の底が浅くて軽々しい笑顔はない。

 

 「犯人は、アニーサンから指輪を奪ったんだよ。あの指輪に付いてた宝石か、それともあの指輪自体が目的か。いずれにせよ、犯人は指輪を入れ替えたんじゃない。奪った指輪の代わりを嵌めただけなんだ」

 「代わりの指輪・・・ですか?」

 「ドラマとかでよくあるでしょ?泥棒が盗む物そっくりの偽物を用意して、本物と入れ替えておくっていうやつ。今回の犯人は、それを実践したってことだよ。まあ、その偽物も宝石も付いてなきゃサイズも違うお粗末な出来損ないだったけどね」

 「ど、どうした曽根崎?やけに確信を持った言い方をするな」

 「だって、指輪が入れ替わってたってことは、犯人に繋がる重要な手掛かりになるでしょ?」

 「ん?」

 

 いつになく真面目な雰囲気の曽根崎は、手帳とペンを持ってペンをくるくる回しながら言った。なんでいきなりそんな態度になったと思ったら、指輪が犯人を特定する手掛かりだとか言いやがった。なんで指輪が入れ替わってただけでそんなことになるんだ?

 

 「指輪を入れ替えたってことは、犯人はもともとその指輪を持ってたってことでしょ?銀色の指輪をさ」

 「あっ・・・そ、そっか。元からないと指輪と入れ替えられないよね!」

 「つまり、アニーが嵌めていたあの指輪の持ち主が犯人だと言いたいわけだな。確かにそうだが、あの指輪が誰の物か分かるのか?」

 「指輪をしてる方なんて、アニーさん以外にいましたか?」

 「・・・」

 

 なるほどな、指輪なんてその辺に落ちてるもんじゃねえから、入れ替わった指輪の持ち主が犯人になるってわけだ。アニー以外に指輪を着けてた奴が犯人なんだな。

 指輪を着けるような奴なんかそんなにいねえだろ。男で着ける奴っつったら屋良井くらい、鳥木と曽根崎がもしかしたらか。女は大概着けてそうな気もするが、望月と明尾はそんなガラじゃねえ。一番怪しいのは穂谷か?

 けど、考えてみてもどいつも指輪を着けてたような覚えはない。こいつらをいちいちそんなところまで覚えてるわけもねえが、俺以外の誰も何も言わない。たぶん、全員心当たりがねえんだろう。なんだこれは。

 

 「ふん、当然だな」

 「何が当然なのだ、古部来」

 「指輪を入れ替えたとして、自身に直結する証拠を残すわけがなかろう。元々着けていた指輪を被害者の指に嵌めるなど、自らが犯人と名乗るに等しい」

 「でも、だとしたらあの指輪はどこから持ってきたの?」

 「なぜあれが指輪だと考えている」

 「へ?」

 

 また始まった。古部来の、俺は気付いてるけどお前ら分かってねえんだろ的主張。普通に意見の一つも言えねえのかよ。勿体ぶってねえでさっさと言えダサネックレス野郎。

 

 「鳥木。あの指輪は自然は外れるほど採寸があってなかったのだな?」

 「はい。見た目ではさほど大きすぎるということはありませんでしたが、動かしてみると簡単に抜けてしまいました」

 「すなわち、あれは指輪ではなく、輪の形をした別の物と考えられる」

 「・・・へえ。じゃあ古部来クン。その話、詳しく聞かせてもらおうか」

 

 いつものように偉そうな態度で話す古部来に、曽根崎が食ってかかる。前の裁判と違って、やたらと古部来や六浜の主張に反論が出てくる。こいつらが犯人じゃねえって確証があるわけじゃねえが、なんか妙な感じだ。

 なんか、それぞれが誰かの意見に乗っかるのを避けてるような気がする。

 

 「アニーサンの指に嵌められてた指輪・・・その持ち主がこの事件の犯人なんだよ!」

 「それって確か、“銀色の指輪”だったわね。自然に抜けるサイズってことは、犯人はアニーより指が太い人になるわ」

 「じゃ、“おとこ”か!」

 「馬鹿が。被害者の指に嵌められていたものが指輪であるとなぜ断言できる。“指輪の形状をした別の物”という可能性がある」

 「そんなもの、どこから持ってくるのですか?それに指輪でないにせよ、それの“持ち主が犯人”であることは同じではありませんこと?」

 「資料館の二階には楽器置き場がある。あれだけの楽器があれば、“指輪に似たものくらい”持って来れるだろう」

 「聞き捨てなりません!」

 

 流れるように自分の考えを話す古部来の意見が、凛とした声ではたき落とされた。裁判場の空気が一瞬にして張り詰めて、厳格な雰囲気に変わった。

 

 「指輪に似たものくらい、と申しましたか?古部来君」

 「ああそうだ。お前の方が詳しいだろう、穂谷。喇叭でも琴でも、輪状の何かを使った楽器はあるんじゃないか?」

 「浅薄な方ですね。確かにあります。ですが、銀製で装飾付き、そして人の指より少し太いとなると話は別です。何より、私がこの目で確かめました。事件後の楽器置き場で不審な点といえば、ヴァイオリンの弦が切り取られていたことだけです」

 「それを俺たちに無条件に信じろというのか。ではその指輪が一体何なのかは説明できるのだろうな?」

 「・・・もちろんです」

 

 たった一言で裁判場の空気を引き締めて、話を一気に詰める力強さは、それが穂谷の“才能”だからなんだろう。不思議と、間に割って入れねえって気にさせられた。鋭い目つきで睨む古部来と、いよいよ感情のないただの笑顔になった穂谷が意見をぶつけ合う。

 

 「被害者の指に指輪が嵌められていたなどと言うが、それが見つかれば指輪の持ち主が犯人と推測されるのは至極当然!そして何より、指輪を着けていたのは被害者のアニー以外にいない!この事実から、あれは指輪に似た何か別の物と言える!」

 「仮に指輪ではなかったとして、犯人は資料館内のどこからそれを持ってきたのですか?個室にはもちろんそのような物はありませんし、二階の楽器にも、金具が取り外されたり丸々なくなっていたものはありませんでした」

 「貴様一人の主張で通るものか。あれだけの楽器があればそこから似た物を持ち出すこともできる。では反対に、あれが指輪だったとしたら、それこそどこから出てきたのか教えてもらおうか」

 「いいえ。犯人はあの指輪を持ってきたのではありません。ないものを持ってくることはできませんから」

 「貴様・・・俺をおちょくっているのか?どこからも持ってきていないのならば、あれは一体なんだというのだ。“犯人があらかじめ用意していたもの”とでも言うのか?」

 「愚かな人・・・!」

 

 徐々に古部来の方が息を荒げていった。こいつがこんなに興奮するなんて珍しいが、無理もない。穂谷の言ってることはわけがわからねえ。

 アニーが嵌めてたのは指輪だが、犯人が持ってた物でもどっかから持ってきた物でもない?けど、アニーが元々嵌めてた指輪はなくなって、別の指輪が嵌められてたんだ。代わりの指輪がなきゃ成立しねえだろ。

 

 「今回は衝動的殺人、それは先ほどあなたが仰ったことですよ、古部来君。予め用意したというのは、あなたの意見と矛盾してはいなくて?」

 「・・・」

 「穂谷。なぜ核心を突かない。結局、お前はあの指輪は何だと言いたいんだ」

 「そうですね。では無知な皆さんに私が直々にお教え差し上げます」

 

 にっこりと、さっきより少し笑顔に感情を乗せて、穂谷が押し黙った古部来に言った。なんだこいつ、古部来で遊んでんのか?とんでもねえ女だな。

 それにしても反論はともかく自分の考えをなかなか言わねえ穂谷に痺れを切らしたのか、古部来に代わって六浜が穂谷に言った。そこでようやく、穂谷はまたいらねえ言葉を付け加えてから喋り出す。

 

 「あの指輪は、犯人がその場で作った物です。ペン立てにあった工具を使って」

 「は?つ、つくった?ゆびわを?」

 「はっはーーん!お前さんの言いたいことは全て分かったぞ穂谷よ!つまり、その場で指輪を作るほど器用な者!言うなれば“超高校級の指輪職人”なる者が犯人ということじゃな!!」

 「全く違います。お黙りなさい」

 「あべしっ!!!」

 「んな“才能”の奴いねえだろうがよ・・・」

 「ね、ねえ穂谷ちゃん。指輪を作ったってどういうこと?」

 

 突拍子もない穂谷の言葉に、俺たちは一瞬言葉をなくした。指輪をその場で作るってなんだよ?そんなことできる奴なんかいんのか?

 そして馬鹿デカい声で明尾が斜め上の推理をして一刀両断され、石川がまた深く突っ込む。指輪を作るなんてどうやってやるんだよ。

 

 「スプーンリング、というものは御存知ですか?」

 「ス、スプーンリング・・・?スプーン?」

 「金属製のスプーンの柄を切り取り、指輪状に曲げたものです。子供が遊びで作るような安いものですが、それなりの方が着ければそれなりに見えるものです」

 「ああっ!スプーンリング!そう言えば私も聞いたことがあります!安価で見栄えが良くなるので人気だと!」

 「まあ、部屋にこもって木の板と向き合ってばかりで装飾具についてまともな知識もない方には、縁遠いお話ですが」

 「まだ言うの!?」

 

 頭とケツに嫌味たつぷりの言葉をつけて、穂谷は古部来を見た。まだ穂谷に睨みをきかせてるが、減らず口の一つもない。グウの音も出ないって感じか。まさか古部来のこんな姿見ることになるとは思わなかった。

 つまるところ、穂谷はあれはスプーンリングっつうやつだって言いてえわけだ。だが、それだけじゃまだ納得できねえ。

 

 「おい穂谷。あれはホントにスプーンリングなのか?」

 「はい?古部来君だけでなく、あなたも自らの無知を晒すおつもりですか、清水君」

 「資料館は飲食禁止だ。んなところにスプーンなんか用意してあるわけねえだろ。工具があっても、肝心のスプーンがねえんじゃ、スプーンリングなんか作りようがねえだろ」

 「あ、あのぅ・・・」

 

 資料館には食器なんて置いてねえ。飲食禁止の場所に食器があるなんて意味分かんねえだろ。もし犯人がスプーンで指輪を作ろうと思ったとしても、そう簡単にそれができたとは思えねえ。むしろ、かなり難しい。

 

 「犯人がスプーンを使って指輪にしたってんなら、一旦資料館を出て食堂に行かなきゃならねえはずだ」

 「では食堂に行ったのではないですか?」

 「馬鹿か。昨日の晩はずっと望月が外にいたんだよ。食堂まで行けたとしても、明かりつけたらいくらあいつでも分かんだろ」

 「そうだな。照明もなしに食堂に侵入、スプーンを持ち出した場合はその限りではないが、食堂の照明が点けられれば見過ごすということはない」

 「衝動的犯行である以上、スプーンリングに必要なスプーンを調達するのは犯行後になるな。その場合、食堂以外からは考えられないが、望月の目を掻い潜る必要があったと」

 「あ、あのお!」

 

 犯人がマジでスプーンリングなんてもんを知ってたかは知らねえが、作るにしても材料は取って来なきゃならねえ。だがいくら望月でも真夜中に食堂の電気が点きゃ気付くはずだ。そこまで抜けてはいねえだろ。

 長々と時間かけた挙句に的外れなこと言いやがって、と穂谷に嫌味の一つでも言おうと思ったら、細くて弱っちい声に邪魔された。あのチビが、必死に声を張って会話に割り込んできた。

 

 「あ?なんだチビ」

 「晴柳院サンが何か意見出すなんて珍しいね。どうしたの?」

 「あ、え、えっとぉ・・・あ、あった思うんです・・・スプーン」

 「はあ?」

 「スプーンがあった?詳しい説明を頼む」

 「そのぉ・・・スプーンは食堂から持ってきたんやなくて、アニーさんが持ってたんを使うたんやと思います・・・」

 「被害者がスプーンを持っていた?」

 

 しどろもどろと怯えながら、晴柳院は説明する。使われたスプーンは食堂のもんじゃなくて、アニーが元々持ってたもんだと。

 

 「ア、アニーさんはいつも・・・自分のスプーン使うてコーヒー淹れてはりましたから・・・。たぶんそれを指輪にしたんちゃいますか?」

 「専用のコーヒースプーンというわけか。確かに、豆の煎り方や砂糖の混ぜ方にまでこだわっとったアニーなら、持っててもおかしいこたぁないのう」

 「そう言えば、うるさくて余計なお世話くらいでしたね。こだわりと面倒さは別なのですが」

 「だ、だから・・・食堂に行かんでも、その場にスプーンはあったかと・・・」

 

 知らねえよんなこと。あいつの面倒くせえくらいのこだわりなんか。いつでもコーヒースプーン持ち歩くとか、あいつもなかなか頭おかしかったんだな。けど、スプーンがあったってことは、穂谷の主張がもっと説得力を持つようになる。

 

 「みなさん。これでご理解なさいましたか?犯人はアニーさんから指輪を奪い、彼女が持っていたコーヒースプーンでスプーンリングを作って代わりに嵌めたのです。もしかしたら現場に、掬う部分の金属片でも落ちていたのでは?」

 「金属片・・・ああ!確かにありました!使い切ったティッシュ箱の中に、歪な形に変形した金属片が!」

 「へえ、なるほど。ってことはやっぱり、犯人の目的はアニーさんが着けてた指輪だったってことだね!」

 「けどよお、あの指輪ってなんなんだ?デケェ宝石が付いてたのは覚えてっけど、そんなもん盗ったってここじゃ意味ねえだろ」

 

 ああ、鳥木が見つけたあの金属片は、スプーンの掬うとこだったのか。ぼこぼこになつてたのはたぶん、スプーンだと分からせないためだな。ペン立てにゃ金槌もペンチもあったし、それくらい簡単か。

 だが屋良井の言う通り、宝石の付いた指輪なんか奪って何になるんだ。強盗なんて、逃げられる所でやらねえと意味ねえだろ。現に今、誰かは分からんがこの場に居させられてんだから。

 

 「衝動的殺人であれば、後先を考えず犯行に及んでもおかしくない。指輪を欲しがるような奴といえば、一人二人しか心当たらんが?」

 「な、なによ!あたしを疑うの!?ふざけないでよ!」

 「ふん、確定的な証拠もなしに決めつけはせん」

 「あ!も、もしかしたら、指輪を奪ったのは強盗に見せかけるためかも知れないわ!本当の目的は他にあって、指輪盗んだのはフェイクとか!」

 「現時点でそれを推理するに十分な情報は収集できていない。前回の裁判において、犯行の決定的な動機となった要因は、推理によっては明確にし得ないものだった。今回も同様という仮説の元で進めていくべきではないか?何より、憶測に基づく推理は詭弁だ」

 「つ、つまり、頭の片隅に置いとく程度にしとけってことでいいのよね?」

 

 さっき面目丸つぶれになった古部来が、性懲りもなくまた偉ぶり始めた。横目でぎろりと睨まれた石川は、別の事件性を持ち出して反論したが、望月にばっさりいかれた。こいつも面倒くせえ言い方しかできねえのはうざってえな。

 

 「指輪が盗まれたのは分かったが、まだ犯人を決定する証拠とはなり得んな」

 「う〜ん・・・結構色んな証拠も出してきたんだけど、やっぱりまだ誰にでもできることばっかりだ」

 「スプーンリングなんてもん普通知らねえだろ。それで絞り込めねえか?」

 「あら、私を疑うおつもりですか?生憎ですが私が犯人なら、彼とあれこれ議論をすることはなかったはずですが」

 「それが逆に、とかあり得ないかな?あ、で、でも穂谷さんが犯人だって言ってるわけじゃないよ!そんな怖い顔しないでよ・・・」

 

 犯人が泣いてた証拠、衝動的な殺人だって証拠、指輪を盗んだ証拠。色んなことが分かったが、どれも犯人に直結するもんじゃねえ。結局、そんなことは誰にでもできることだったんだ。今回はあっさり犯人が見つかるって楽観してただけに、ここまで長引くと精神的にキツい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「つうかさ、単純にこの事件って、犯人が自分の秘密を知られたくなかったから起きたんじゃねえの?」

 「ええっ!?今更そこ!?」

 「衝動的犯行とか、強盗のカムフラージュとか色々言ってっけどさ、アニーの紙に書いてある秘密が動機じゃねえのか?」

 「・・・しかし、犯人はどうやってそれを知ったのだ?」

 「うっかり本人が漏らした、或いは犯人が強引に見たか。そのどちらかだろう」

 「そうでもねえかも知れねえぜ?」

 「ぬ?」

 

 呆れた感じで話し出した屋良井は、急に今までの話をひっくり返すっつうか元も子もねえことを言い出した。それが分かりゃ苦労しねえっつうの。馬鹿が。

 周りの奴らは何を今更みてえな顔で屋良井を見る。けど屋良井は平然と、むしろ少し顔の筋肉を緩ませた感じで言った。まだなんか新しい情報、それも、事件の核心に迫るようなもんを持ってるって風だった。

 

 「アニーなら自分からぽろっと漏らす可能性もなくはない、つうか全然あり得る話だ。けど、それよりもっと確実に、あいつの握ってる秘密が誰のかを知ることだってできたはずだぜ?」

 「な、何言ってんのあんた・・・?そんなのどうやんのよ?」

 「こいつらの目はやり過ごせても、“超高校級の千里眼”のオレの目は誤魔化されねえ!!お前は誰が何の秘密を持ってるか、それがどんな秘密かまで全部知れたはずだ!!そうだろ!!」

 「はっ?」

 「んなっ!?」

 「ええ・・・?」

 

 大袈裟な言い回しと振りで、屋良井はびしっとそいつを指差した。その指は真っ直ぐに、ぼけーっと気の抜けた顔をしてる間抜けヅラに向かってた。自分が指差されてても至って冷静に、望月は切り返した。

 

 「私か?何の話だ」

 「しらばっくれても無駄だ!オレは見たんだよ!お前とモノクマが、事件の前の日に六番個室でこそこそ話してるところをなあ!!」

 「えっ!?それホント!?」

 「モノクマと・・・?屋良井、それは本当か」

 「ありゃ間違いなく望月だった。穂谷だって見たろ!」

 「ええ、確かに。一体、何の話をしてらしたのでしょう?」

 「ド、ドキィ!あ、あれ見られてたの!?もう!やんなっちゃうなあ!思春期だからって、覗くのは更衣室だけにしてよね!」

 「テメエあの後でオレらに話しかけてきたろうが!白々しいんだよ!」

 「おい望月・・・テメエ、マジなのか?」

 

 信じられねえ。こんな奴がモノクマからアニーの持ってる秘密を聞き出したってのか?っつうか、その気になりゃ俺ら全員の秘密と誰がどれを持ってるかまで全部分かるってことかよ。

 

 「でもボクは、オマエラを差別したりなんかしないよ!責任ある立場であるボクは、オマエラをびょうどうに、丁寧に指導する義務があるからね!清く正しく健やかなコロシアイを!道を外した奴には厳しい罰を!モノクマとの約束だよ!」

 「ってことは、望月はそもそもオレら側じゃねえのかもな」

 「うん?側、とは?」

 「だから、そもそも望月はオレらと立場が違うっつうことだよ。分かりやすく言えば・・・黒幕?」

 「っ!?」

 「ふえええええええええっ!!?」

 「な、なにそれ!?ウソでしょ!?」

 

 モノクマの冗談なのかマジなのか分かんねえ弁論に、屋良井はまた新しい意見で反撃する。それは、その場にいる誰もが薄々考えてたことだった。こうしてはっきり言われると、改めて驚いちまう。

 望月が黒幕・・・?俺たちをここに拉致監禁して、このコロシアイを主導した犯人?けど、今までの冷静さや夜中に天体観測なんかする危機感のなさは、モノクマと似た狂いを感じる。けど、こいつとモノクマじゃ性格が違い過ぎる。こんな機械みてえな人間と、人間みてえなぬいぐるみじゃ、真逆じゃねえか。

 

 「オレぁ前々から怪しいと思ってたんだよ、望月。ここ連れて来られた時だってそうだ。空に逃げ道があるとかなんとか、わけわかんねえことばっか言ってよぉ。しかも夜中に一人で天体観測しようなんて思わねえだろ普通!こんなもん、テメエはぜってえ殺されねえ確信がねえとできるわけねえ!お前以外に、誰が黒幕だってんだ!あぁん!?」

 「・・・随分と懸命だが、私がお前たちをここに監禁し、自らもその一員として命の危険に身を投じる意味がない。それに資料館でモノクマと話していたのは、毛布を借りる許可を申請していたに過ぎない」

 「嘘くせえし答えになってねえんだよ!!テメエは黒幕なのか黒幕じゃねえのか!!今はそこだろうが!!」

 「いいや、違う。今はアンジェリーナ・フォールデンスを殺害した犯人を追及する方が先決だ」

 「だから黒幕ならアニーの持ってる秘密を知れたし、何よりお前なら夜中にいつでも殺しに行くチャンスがあっただろうが!!」

 「屋良井クン、それはさっき違うって分かったでしょ?望月サンは一人じゃ器材を運べないから・・・」

 「黒幕なら規則なんてあってねえようなもんだろ」

 

 なんで屋良井がこんなに望月に固執すんのか分からねえ。モノクマと話してるとこを見たっつうが、それは毛布を借りるためっつった。一度はないっつった望月犯人説をまた持ち出してきて、妙に説得力のある言い方で突き詰める。

 ここまで言われると流石にマジかと思い始めてくる。望月が黒幕で、アニーを殺したって?けど、そんなのあり得ねえ。望月だからじゃなくてだ。

 

 「屋良井、それおかしくねえか」

 「は?何がだよ!お前もいい加減目ェ覚ませ清水!お前は望月に利用されてんだよ!」

 「そんなことはどうでもいいんだよ。黒幕とアニーを殺した奴が同じだってのがおかしいっつってんだ」

 「あん?」

 

 屋良井の必死さがイヤに伝わってくる。そこまで望月を責める意味はもういい。ただ、望月が黒幕でこの事件の犯人でもあるってのはどうしても納得できねえ。

 

 「黒幕の目的なんか知ったこっちゃねえが、今更黒幕が自分からアニーを殺すなんてどう考えてもおかしいだろ」

 「なんでだよ!どうせこんなことする奴だから、ただオレたちをぶっ殺してえだけだろ!」

 「ええええええっ!!?そ、そ、そんなあ!!イヤやぁ!!」

 「だとしても、昨日俺たちに秘密を持たせて、24時間なんて時間制限までしといて、自分で誰かを殺して処刑される危険まで冒すなんて意味が分からなすぎんだろ。だいたい、ばら撒いた中に自分の秘密を混ぜるのも理解できねえ」

 「確かにそうだね。それにしても今日は雪かな?清水クンが論理的な推理をしてるよ!」

 「黙れ潰すぞ」

 「け、けど!それだけじゃ望月が黒幕じゃねーとは言い切れねえだろ!!」

 「だが、犯人でないとは言い切れる」

 「え・・・はあ?な、なんでだよ・・・?」

 「黒幕が今、俺たちの誰かに手を出す理由がない。望月が黒幕ならば、今回の犯人ではあり得ない。犯人と仮定すれば黒幕でなければ実行不可能、故に否定される」

 「つまり、望月さんは犯人じゃないってことでいいんだよね。二回目だけど」

 「犯人ではない(黒幕じゃないとは言ってない)って感じだね!」

 「裏の意味みたいなのが聞こえたような気がするわ・・・」

 

 そりゃそうだろ。黒幕はその気になりゃいつだって俺らを殺せるんだから、ここでコロシアイなんてさせるのには何か意味があるはずだ。今更自分から、こんな手の込んだマネして殺すなんて考えられるわけねえだろ。

 望月は犯人じゃない。一回出た結論をわざわざもう一回出すなんて、とんだ無駄な時間だった。屋良井の野郎ふざけやがって、目立つのと死ぬのとどっちが大事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もはや万策尽きたといったところか・・・一手を除いてな」

 「・・・古部来。テメエまだなんか隠してることがあんのか?」

 「俺が隠し事?心当たりがないな。必要なこと以外を貴様らにぺらぺら教えてやる必要がどこにある」

 「一手を除いてってなんだ。まだ話してねえ証拠があるんじゃねえかっつってんだよ」

 「どうやら貴様はただ馬鹿なだけでなく記憶力すら悲惨なほどないようだな。まだ未解決の問題が一つ残っているだろう」

 「・・・・・・お前の言っていた、密室トリックというやつか。古部来」

 

 六浜がそう言うと、古部来はふっと笑って頷いた。そうか。まだそれだけノータッチだったな。っていうかマジで密室トリックなんてもんが仕掛けられてるなんて確証もねえ。古部来が勝手に言ってるだけだ。

 

 「っつうか、密室トリックなんかマジであったのかよ?」

 「望月の目撃証言と実際の犯行時間、そして状況証拠から考えれば自然とそうなる。犯人が、扉が閉まった状態を維持させる仕掛けを作ったのは間違いない」

 「さっきあれだけ恥をかいて、まだそんな強気な態度に出られるのですね。感心します」

 「自らの誤りを証明されることを恥と思っている浅薄な者とは違うのでな」

 「止めろ。では、古部来の言う密室トリックがあるという前提の元で話を進めていこう。情報の整理からだ」

 

 穂谷と古部来はまた静かにケンカしてやがる。こいつら、マジで犯人見つける気あんのか?テメエらのくだらねえプライドなんかどうでもいいから、知ってることと考えてることだけ全部言ってろ。必要ねえことべらべら喋って邪魔すんだったらもう黙ってろ。

 

 「密室トリックがあった前提として、望月の証言をもう一度聞いておこう。夜中と朝の個室についてだ」

 「承知した。まず私は昨日の“夜の九時”に、天体観測をするための防寒具として、個室に毛布を取りに来た。しかしその時既に六番個室は使用中だったため、“五番個室から”毛布を借りて行った。その間、器材は清水翔と曽根崎弥一郎に一時的に預けた」

 「じゃあ、その時点で清水くんと曽根崎くんにも“犯行は不可能だった”んだね」

 「当たり前だ」

 「そして明朝六時半、毛布を返却しに行った時も件の個室は使用中だった。一応声をかけたが返事はなかった」

 「んじゃそんときはもう“犯人はいなかった”ってことだな。よばれたらへんじするもんな」

 「普通いてもいないふりすると思うけど?けど少なくともその時にアニーはもう・・・」

 「一晩中扉が閉まっていたということは、犯人は外から内側の“鍵をかける仕掛け”をしたと考えられるな」

 「見立てが甘いわよ!」

 

 何度目か分かんねえ望月の話を聞いて、取りあえず俺と曽根崎に犯行は不可能だったことを確認する。俺自身はアニーなんか殺してねえし、曽根崎は怪しいっちゃ怪しいが俺自身が証人じゃ疑いようがねえ。

 まずは密室トリックがどんなもんだったか、それを知ることだ。石川が、六浜の言葉に食ってかかる。

 

 「六浜ちゃん、違うわ。あの個室には・・・鍵なんてかかってなかったのよ」

 「そうなのか?」

 「今朝、あたしが資料館に行った時、個室の扉は開いてたの。だからあたしは・・・あそこにいるアニーに気付くことができた・・・」

 「扉が開いていた?望月の証言では、朝も扉は閉まっていたはずだが?」

 「やっぱ望月が嘘ついてんだって!」

 「いや、確かに閉まっていた。ノックまでしたぞ」

 「黙れ。ポイ捨て禁止のルールがある限り、望月が犯人ではあり得ない。無意味な発言をするな馬鹿が」

 

 テメエの最後の発言も無駄だろうが。んなことより、望月の証言と石川の証言は食い違ってる。望月が資料館で扉が閉まってんのを確認した後に犯人が出たってんなら筋が通るが、それは一番最初に古部来が否定してた。そもそもそうしたら密室トリックなんてなくなる。

 

 「じゃあやっぱり・・・古部来か明尾ちゃんのどっちかが犯人なんだ!」

 「い、いやまてまてまて!!扉が開いていたというのがお前さんの勘違いではないのか石川!!施錠されておらんならまだしも、完全に開いていたというのはおかしかろう!!」

 「おかしくないよ。だって扉が開いてなきゃ、石川サンがアニーサンを発見することはできなかったんだから。モノクマ」

 「うん?なあに曽根崎くん?トイレ?」

 「死体発見アナウンスが流されるのって、犯人以外の誰かが死体を目視したら、で間違いない?」

 「うーん、70点!ちょっと違うなあ!正確には、三人以上の人間が死体を発見したら、だよ!発見者が犯人かどうかについては、公平裁判のため、フレキシブルにと答えることにします!」

 「ふれき・・・?」

 「つまり、扉が閉まったままじゃボクらはアニーサンを目視できない、裁判にもならなかったわけ」

 「お三方のどなたかが、鍵を開けるか密室トリックの仕掛けを破られたのでは?」

 「やってないよ。石川サンだって気が動転してたし、やってたとしたら気付いてるはずでしょ。密室トリックに」

 

 確かあの時は、石川を追って俺と曽根崎で資料館に走ったっけ。石川がアニーを見つけた瞬間は見てねえが、時間差なんてほとんどなかった。その間に密室トリックを破って証拠までなくすなんてマネできるはずねえし、扉は自然に開いてたってことでいいだろ。

 

 「ということは・・・その密室トリックゆうんは、望月さんが資料館に行かはった時にはまだあって、その後勝手に解除されたんですかあ?ま、まさか!霊か式神でも使うたんかも・・・!!」

 「くだらん・・・。鍵がかけられていなかったのであれば、この密室トリックのタネなど単純だ。馬鹿に期待した俺が甘かった、些か期待外れだ」

 「な、なんだよ古部来・・・!お前もうその密室トリックってのが分かったってのかよッ!」

 「当然だ。お前たちとはあらゆる出来が違う。貴様らに教えてやろう、密室トリックのタネをな!」

 

 もう解けたのかよ!?こいつホントは最初っから全部分かってたんじゃねえのか?いちいちもったいぶった言い回しすんのも、俺らを馬鹿にするためだけに敢えてそうしてるだけで、本当はもう犯人も分かってたりするんじゃねえか?

 

 「六番個室には密室トリックが仕掛けられていた。少なくとも望月が資料館を訪れるまでは、しっかりと作用していたはずだ」

 「だ、だけどあたしが資料館に行った時には“扉が開いてた”わよ。誰かが開けたとしか・・・」

 「自然に解除されたのだ。望月が扉を叩いたことによってな」

 「はあ?全然意味が分かんねえんだが・・・もったいぶってねえで答えろよ!犯人はどうやって密室を作ったんだ!」

 「密室とは単なる言いようだ。要は扉を閉めた状態で固定すればいい、鍵をかけずにな」

 「ほう!!なるほど!!扉の後ろに“何かを置いて扉を固定した”のじゃな!!」

 「甘いッ!!」

 

 放っときゃ古部来の方から言うんだから黙って聞いてりゃいいんだよ。明尾も屋良井もいちいち古部来に突っかかってくことねえだろ。

 

 「内部に支えがしてあったとは考えられん。それでは望月が扉を叩いたところで自然に解除されはしない」

 「それでは・・・外側から固定していたのですか?」

 「それもないな。望月が気付かなかったのだ。扉を固定する仕掛けを見落とすような馬鹿ではあるまい」

 「私の記憶では特に異変は見当たらなかった」

 「で、でもそれだと、その密室トリックっていうのは何なの?扉の外側にも内側にもない仕掛けって・・・」

 「勿体付けないでさっさと言って頂けますか?無駄なストレスで増えた皺の数だけ鞭で叩かれたいのですか?」

 「なにそのプレイ!?」

 

 扉の外側からも内側からも固定されてないってどういうことだ?そりゃ朝に資料館に行った望月や第一発見者の石川がおかしなもんを見てねえってことは、そこには何も怪しげなもんはなかったんだろうが、だったらどうやって犯人は扉を固定したんだ?

 

 「なぜ分からん。扉に直接細工をしたのだ。扉が閉まる時に、枠と扉の間に何かを挟ませておくだけだ。簡単だろう?」

 「何かを挟ませる?」

 「あの扉はそれなりの重さだ。たとえば、雑巾なんかを挟ませただけでも、十分に扉を固定できる。外力が加わらなければな」

 「外力とは・・・望月のノックのことを言っているのか」

 「そうだ。おそらく、仕掛けの噛みが甘かったのだろう。望月が扉を叩いたことで僅かにずれ、時間をかけて開いたのだ」

 「なるほど・・・・・・と言いたいところだけど、じゃあ犯人は何を噛ませたっていうの?密室トリックである以上、犯人はそれを部屋の外からやってるんだよね?だけど外から何かを噛ませたのなら、望月サンが資料館に行った時に見逃すはずがないよね?その辺どう考えてるの?」

 「当然、犯人は部屋の外から内側に仕掛けをしたのだ」

 「は、はあ・・・?こぶらい、おまえとうとうおかしくなったか?」

 「滝山にだけは言われとうない台詞じゃな」

 

 隙間に何かを噛ませて、摩擦で扉を固定したってのか?あの扉は閉まれば枠との隙間はほとんどねえし、噛ませることさえできれば固定できねえことはねえだろうが、どうやってそんなもんを目立たねえように噛ませたっつうんだ。扉の重さや隙間を考えたら、よっぽどの力がねえとそんなの無理だ。

 

 「たとえばだ。扉に挟ませる物を外側から紐などで引っ張りある程度固定できたところで外から紐を切る。そうすれば、部屋の外にいながら内側からしか見えない仕掛けを作ることができる。ペン立てからカッターナイフが消えていたことの説明もつく」

 「ああ・・・そう言えばカッターが消えたなどと言っていたな。ということは、犯人がカッターを持ち去ったのは、密室トリックを作るために必要だったからということか」

 「はっ!!」

 「なんですか?大きな声を出さないでくださいと言ったことをもう忘れてしまったのですか?」

 「び、びっくりしましたぁ・・・ど、どうしはったんですか鳥木さん・・・」

 「失礼いたしました!ですが、捜査中に見つけた証拠を思い出したのです!あの個室の前に、これくらいの糸くずが落ちていたのです!」

 「部屋の前に糸くず・・・単なるゴミとは違うのか?」

 「切断された痕跡も確認しました。お、おそらく・・・古部来君の言う通りで間違いないかと・・・」

 「マジかよ!すげーなこぶらい!」

 

 古部来が自信ありげに話す推理に、後からそれを補強するような発言が次々出てくる。見えない仕掛けも、なくなったカッターも、部屋の前の糸くずも、古部来の推理なら全て説明がつく。だけど、そんな糸くずなんかどこから持ってきたんだ?

 

 「けど、あの個室に紐なんてなかっただろ。どこから持ってきたんだよ」

 「犯人が事前に用意していたとか?」

 「それはないと言っている。凶器や指輪と同様に、これもその場で用意したものだろう」

 

 衝動的犯行ってことは、犯人がこのトリックに使った紐を用意したのは、アニーを殺した後だ。ってことは、この紐も資料館のどこかから持ってきたに違いない。あの資料館のどこにそんな紐なんてあったんだ?

 

 「犯人は被害者を“殺害した後”、その場で密室トリックに必要なものを用意したのだろう」

 「個室の扉と枠の間を通るような紐など、“資料館のどこ”にあったんじゃ?」

 「部屋に落ちてたテグスみてえに、“楽器置き場から”持ってきたんじゃねえか?」

 「屋良井君は、私の意見を完全に無視してまで生産的なことが言えないのであれば、二度とお口を開かないでくださいますか?」

 「アニーのくびしめたのとおなじやつじゃねーか?“ヘッドフォンのコード”だっけ?」

 「本と紐と言えば、小説とかの“栞”じゃないかな?」

 「そうかもしれない・・・!」

 

 曽根崎が何の気なしにこぼした言葉に、笹戸が控えめに賛同した。曽根崎自身もあんまり期待せずに言ってたせいか、まさか肯定されるとは思わなかったらしくきょとんとしてた。

 

 「え?笹戸クンどうしたの?」

 「実は、捜査中に見つけて、清水くんと望月さんにはもう話したんだけど、栞のない本があったんだ」

 「生憎だが笹戸よ、全ての本に栞が付いているわけではないぞ」

 「私も笹戸優真が言及している書籍を見たが、数百頁はある長編小説だった。栞がなければ不自然であることは直感的に明白だ。清水翔も証人だ」

 「あ?ああ・・・そうだな」

 

 まあ、笹戸が分厚い小説本を持ってきたのは覚えてる。小説なんか読まねえから知らねえが、やっぱああいうくらいの本になると栞が付いてなきゃおかしい。はずだ。

 

 「つまり、部屋の前に落ちてたあの糸くずは、笹戸君が見つけたその小説本から切り取られた栞だということですね!」

 「そ、そうか・・・大きい本の栞なら十分長いし、扉の隙間も通るよね」

 「こ、古部来の推理通りじゃ・・・となると、やはり犯人は何かを扉に挟ませたのか?」

 「挟ませたってっつっても、何をだよ?扉に挟んで固定できるようなもんなんてあったか?」

 「紐もそうだが、これも簡単には考えつかんな」

 

 密室トリックの仕掛けに紐を使ったのはほぼ確定か。で、紐で何かを引っ張って扉に噛ませて固定した。じゃあその何かってなんだ?扉に噛ませて固定できるようなものっつったら、よっぽど強度がねえとダメだ。あの扉の重さじゃ木の板なんか挟んでもすぐ折れちまう。そもそもあんなところにストッパーなんてなかったはずだ。

 

 「では次に、犯人が扉に何を挟ませたかだな」

 「何かの“板”とかじゃねえか?」

 「少なくとも資料館内にあるものだ。“金属の本棚”なんか取り外せば使えそうだが」

 「硬いものは逆に割れたり折れたりしてしまう!もっと柔らかいものに違いない!部屋には“毛布”があったじゃろう!それを使ったんじゃ!」

 「アニーさんにかけてあったやないですか・・・。もっと目立たんような・・・“薄い本”とかやないですか?」

 「せせせ、晴柳院までそんないかがわしいことを言い出すのか!!いい加減にしろ!!」

 「ふええっ!?」

 「たぶん絵本とかそういう意味だと思うけど。っていうかやっぱりむつ浜サンはむつ浜サンだね!」

 「むつ浜ではない!!六浜だあああああああああああああああああっ!!!」

 

 板か?棚のプレートか?毛布か?本か?色んなもんが挙がるが、どれもイマイチ納得できねえ。木や金属の板は簡単に折れちまうし、毛布や本じゃ分厚すぎる。もっと薄くて、折れないような何かが必要だ。

 

 「挟めるくらいの丁度いい厚さ・・・糸を引いて耐えられる強度・・・一晩耐えられたのは単純に強かったからか?それとも・・・」

 「清水翔?」

 「望月サン、清水クンは集中して考えてるから声かけちゃダメなんだよ?捨てた“才能”とはいえ、“超高校級の努力家”の集中力は健在みたいだねえ。ま、でも」

 「うるせえな黙ってろクソ眼鏡」

 「あちゃあっ!」

 

 厚み、強度、耐久度、それらをクリアした上で、その場で使えるもんじゃなきゃいけねえ。それに糸を通して引いたってことは・・・鉄とか木みてえな硬い素材じゃねえってことだ。

 

 「たとえば・・・糸を通せる柔らかいもんで薄いもんっつったら・・・」

 「うん?」

 「もしかして・・・靴の中敷きか?」

 「は?」

 「ん?何がだ清水」

 「犯人が扉に挟んだもんだよ。糸を通せる柔らかさで、適度に厚みもある、それにゴム素材なら折れてもストッパーとして機能すんだろ?」

 「ふっ・・・馬鹿でも考えればそれなりにできるものだな」

 

 俺が言うと、古部来はふっと笑った。なんでまだ偉そうなこと言ってんだよ。俺がどんだけ考えて言っても、こいつは同じような態度で返すんだろう。ムカつく野郎だ。いらねえこと言わねえでちゃんと聞かれたことに答えろ。

 

 「褒美だ、一度だけ名前で呼んでやる。清水の言う通り、犯人は靴の中敷きに糸を通し、扉の外から糸を引くことで扉に中敷きを噛ませたのだろう。そして固定できたら糸を切ってその場を去れば、見た目には分からない密室トリックの完成というわけだ」

 「その程度で調子乗ってんじゃねえぞコラ、それだけじゃねえだろうが。中敷きだったら簡単に証拠隠滅できるし、だいたいあの場にあったもんで扉に挟めて、自然に外れるようなものっつったら布とかゴムとかになるだろ」

 「あの〜、ケンカしながら推理進めないでくれるかな?」

 「中敷きか。確かに、ゴム素材であれば強い負荷がかかっても柔軟に形状を変えるだけだな」

 

 どうやらこれで当たってるらしい。古部来は相変わらずクソ生意気な口を叩いて推理を進める。他の奴らも黙ってそれを聞いてる。

 

 「中敷きなんかなくなってても誰も気付きゃしねえから、こういう時にはうってつけだろ」

 「そうだよね。でもそうなると、犯人はだいぶ絞られるんじゃない?」

 「犯人が中敷きで扉を固定したんだとしたら、普段からスニーカーとか中敷きがある靴を履いてる奴が犯人ってことになる!」

 「そこから先はまだ早いわ!!」

 

 俺はスニーカーだが、革靴の曽根崎や草履の晴柳院とかは必然的に犯人候補から外れる。ここにいる奴らはほとんどが変な恰好してるから、スニーカーを履いてる奴なんて数えるほどしかいねえ。これならぐっと犯人に近付けるはずだ。そう思ったが、それを止める石川の声が横から飛んできた。

 

 「清水、あんた勝手に推理進めてるけど、そんなのにあたしはついてかないよ!」

 「はあ?なんなんだテメエいきなり。馬鹿女は黙ってついて来とけよ」

 「だって当たり前でしょ!命がかかってんだからもっとよく考えなさいよ!」

 

 急に割って入ってきて何言ってんだこの女。何が命懸けだ、最初っからそうだろうが。っつうかなんで今更この推理にいちゃもんつけてきてんだよ。他に考えようがねえんだからこれ以外にねえだろ。

 

 「中敷きを使ったなんて証拠がどこにあるのよ?あの扉に中敷きを噛ませて固定できるかどうかなんて、実際にやってみないと分からないじゃない!そもそも、中敷きじゃないゴム製の何かを使えば、スニーカーを履いてない人にだってそのトリックは可能だったわけでしょ!そんな安易に犯人を見過ごすようなマネしないでよ!」

 「テメエは馬鹿か、いや馬鹿か。やってみなきゃ分かんねえとか、身も蓋もねえこと言い出したら終わらねえぞこの裁判。鉄板じゃ糸を通す穴を開けられねえし、毛布や雑誌じゃ扉に挟むには厚すぎる。中敷きなら厚みも強度も丁度良いからそう言ってんだろ。ゴム製の他の何かってだいたいなんなんだよ。個室にも楽器置き場にもどこにもそんなもんなかっただろうが」

 「だから、それが何かを考えましょうって言ってるんでしょ!それに、あたしが個室に行った時にはその扉が開いてたのよ!そしたらそこに中敷きが落ちてなきゃおかしいじゃない!そんなのどこにもなかったわ!あんたと曽根崎だって、“部屋に何も落ちてない”のを見たでしょ!」

 「ふざけてんじゃねえぞ!!」

 

 これだから女はうぜえんだ。理屈っぽいことがたがた言って、そのくせ中身がねえ。人の意見に文句言うばかりでテメエが何も生産的なことは言わねえ。無責任に好き勝手言うんだったら、テメエの発言に気をつけやがれ。

 

 「おい石川、テメエ馬鹿にしてんのか?俺と曽根崎があの個室に行った時、テメエがアニーの死体見て腰抜かしてたんだろうが。その場に何が落ちてるかなんて見えるわけねえだろ」

 「うっ・・・!?」

 「一人じゃ歩けねえくらいになよなよしてやがったくせに、何も落ちてなかっただあ?テメエが見落としてただけじゃねえのかよ」

 「んぐっ・・・うぅ・・・!」

 「まあ清水、落ち着け。石川もこれで分かっただろう。犯人は中敷きを使って扉を固定した」

 「ですが、石川さんの言うことももっともだと思います」

 「ぬ?」

 

 あんな状態になっときながら、テメエの証言にまともな信憑性なんかねえんだよ。目の前で人が死んでるのを見て、そんくらい気が動転してりゃ見落としくらいあってもおかしくねえ。否定する十分な材料見つけてきてから出直して来い馬鹿女。

 これでやっと犯人を絞り込めると思ったが、今度は穂谷が待ったをかけた。なんなんだここの女共は。まともな奴は一人もいねえのか。

 

 「中敷きであれなんであれ、扉に何かを挟んだのであれば、扉が開いている時に何かが落ちていなければおかしいです。ですが、現場に落ちていたのは糸くず一つ。これは犯人が切り取って残したものだとして、当の中敷きはどこに消えてしまったのですか?」

 「直感的に考えて、犯人が捜査に紛れて回収したのだろう」

 「俺と鳥木、その前に曽根崎が調べたはずだ」

 「ってことは!最も疑わしいのは曽根崎ということになるのぅ!どうなんじゃ曽根崎!!」

 「ボク?まさか!ボクはジャーナリストとして、現場の保存には尽力したよ!それに捜査中に回収したところで、ボクが中敷きなんか持ってたら不自然でしょ?ボクは革靴なんだよ、ホラ」

 「脱がなくても分かる」

 

 こいつも長えな。まあ言いてえことは分かる。中敷きが落ちてたら、たとえカーペットと似てる色だったとしても捜査で見落とすなんてあり得ねえ。糸くずだって見つかるほど調べたんだ。だがそんなもんはどこにもなかったらしい。やっぱ犯人が回収したんだろう。

 疑われた曽根崎は、だがまったく焦った素振りは見せずに片方の靴を脱いで見せた。そこまでしなくたって足下は柵越しに見えてんだよ。

 

 「では、中敷きは一体どこに消えてしまったんじゃ?」

 「消えた、という程のことでもないと思いますね!一つの可能性ですが、マジックと同じ手法で簡単に回収することが可能です!」

 「いちいち声がデケえんだよ鳥木」

 「失礼!ですが、中敷きのような目立たない物である場合、密かに回収して消えたように見せることは案外簡単なのです!マジックでは常套手段なのですが、消したい物よりも目立つ物に注目させている間に隠せばいいのです!」

 「陽動、と言えば早い」

 「なるほど、戦争であれば陽動とも言えるかも知れませんね!この場合消したい物とは中敷きのことを指します!」

 「ほんなら、目立つ物ってなんですか?」

 「・・・え〜っと」

 「あの場で最も注目を集めるものといえば、アンジェリーナ・フォールデンスの死体だろう」

 「っ!!?ひあああああああああああああっ!!!そそそ、そ、そんなあ!!!」

 

 なんで晴柳院がそこまでビビる必要があんだよ。まあ望月の言い方もかなり引くが、けど確かにあそこで何にまず注目するかっつったら、やっぱアニーだろ。ってことは、あそこでアニーの死体に眼がいってる間に、犯人はこっそり中敷きを回収したってことか。だが、っつうことは・・・。

 

 「けどそれって、あの現場の初見の人に対してしか意味がないよね。捜査が始まったら絶対見つかっちゃうんだから」

 「・・・もしかして、犯人はあの時にはもうそれをやってたんじゃねえか?」

 

 あの部屋の捜査は、俺たちがアニーの死体を見つけたすぐ後に始まった。だから、もし犯人が鳥木の言うようなやり方で中敷きを回収したんだとしたら・・・犯人は一人しかいねえ。

 鳥木の意見を聞いた瞬間に、俺の頭の中で不明確だった犯人像が一気に鮮明になった。中敷きを使って、この手法で回収できた奴は、この裁判場にいる奴らの中で、たった一人にしかできねえ。そう分かった瞬間、また体が強張って鼓動が早くなった。前の裁判の時と同じ、究極に詰まった緊張感が全身を縛り付ける。やっと動く首で、なんとか顔を向ける。まさか・・・だけど、それ以外に犯人が浮かばねえ。こいつがアニーを殺したのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なぁ、石川」

 「・・・・・・えっ?」

 「誰よりも先に現場に入ったお前になら、中敷きを回収できたはずだよな?」

 「あっ・・・いや、な、なによそれ?」

 

 俺が名前を呼ぶと、石川はきょとんとしたような、動揺した風な感じで答えた。眼を見開いて冷や汗をかいてる。だが、こんなのはこの裁判場にいる奴らのほとんどがそうだ。こんなまともじゃねえ場所で、まともなままでいられる奴の方が少ねえ。

 

 「中敷きが落ちてて、それを誰にも見つからない内に回収できたのなんて、お前以外にいねえだろ?」

 「い、いや・・・そんなの曽根崎だって一緒じゃない」

 「だからボクは違うって言ってるじゃん。ホラ」

 「脱がなくていい」

 「最初に現場に入って、アニーを見て腰を抜かしたフリをしてその場にへたり込む。そうすりゃ、後から俺と曽根崎が来ても中敷きは見つからねえし、こっそり回収するのにも都合がいいはずだ」

 「や、やめてよ!」

 

 鳥木の言うやり方で中敷きを回収できたのは、捜査前に現場に入った石川か曽根崎。被害者のアニーはハイヒールを履いてたから、革靴の曽根崎にその場でスニーカーを用意することなんてできねえ。一方の石川はスニーカーだ。十分に条件を満たしてる。

 けど俺が問い詰めようとした矢先、石川は大声でそれを制した。その目には、うっすら涙が溜まってる。

 

 「なんで・・・なんでそんなこと言うの!?あ、あたしがアニーをだなんて・・・!そんなこと・・・そんなひどいこと・・・!!」

 「い、石川?なにも泣くことはなかろう・・・」

 「だって・・・!あたしはアニーのことが好きで・・・いつだって優しくしてくれるアニーが大好きで・・・本当に大事な友達だったのに・・・!本当はこんな裁判だって・・・・・・ちっともやりたくないのに・・・挙げ句犯人だなんて言われるなんてひどすぎるよッ!!」

 

 悲痛に、苦痛に、石川が叫ぶ。すすり泣く声が裁判場に響いて、晴柳院がもらい泣きしてる。そんなに俺に指摘されたのがショックか?この裁判に参加してる以上、そうなる可能性だってあっただろ。それに、今一番怪しいのはお前なんだぞ。

 そう俺が言う前に、古部来がまた追い討ちをかける。すぐ隣で泣いてる奴によくそこまで言えるもんだ。

 

 「お前とアニーは確かに懇意なようだったな。しかしだからこそ疑わしい。犯人はアニーと直前まで個室の中にいた。単純に考えて異性とあのような密室にいるとは考えにくい」

 「いっ!!?い、い、いいいいいいいいいいいいせいと密室だとおおおおおおおおおおっ!!?な、な、何を貴様そんないきなり言い」

 「その上、二十四時間以内に殺人を起こせとモノクマに脅迫されている状態。よほどの者でなければ、密室で二人きりになどならん。となれば、まず浮上するのが貴様だ。指輪を奪ったという事実も、貴様が犯人ならば実に納得できる。そうは思わんか?“超高校級のコレクター”」

 「いい加減にして!!あたしがどうしてアニーにあんなひどいことをしなきゃいけないの!?あたしはあの娘を心配して・・・アニーのためにがんばって推理とかしようとしてるだけなのに・・・“才能”だってたまたま持ってるだけなのに・・・どうしてそこまで言われなきゃいけないのよ!!そんなことだけで犯人扱いするなんて納得できるわけないでしょ!!」

 

 さっきより激しく石川が喚き散らす。古部来の冷徹な言葉がまるで刀のように石川に斬りかかり、それを石川は必死に耐える。普通に考えてアニーと二人きりになれる石川は怪しい。そして今はこれだけの証拠もある。

 だが、またこいつは口を挟んできた。

 

 「でも古部来クン、それだけじゃ石川サンが犯人だって決定付ける、確固たる証拠にはならないんじゃない?」

 「・・・!」

 「あ?なんだ曽根崎・・・石川を庇うのか」

 「庇うわけじゃないよ。でも彼女を犯人とするなら、はっきりさせなきゃダメじゃん?」

 「そ、そうよ!ただ怪しいってだけであたしのこと犯人にするなんて、そんなのダメよ!証拠って言ったってそんなのあんたたちの解釈でしょ!」

 「では、曽根崎は他に疑わしい者でもいると?」

 「石川サンよりも、こっちの方がもっと濃厚なんじゃないかな?」

 

 そう言うと、曽根崎はへらへらした顔を止めて急に真剣な顔になった。だがその表情の中にも、胡散臭え笑顔が見え隠れしてる。ここまで聞いて石川よりも怪しい奴なんているか?もう俺には石川以外に見えてねえんだが。

 

 「この事件は、アニーサンの指輪を狙って衝動的に行われた強盗殺人。つまり、犯人はあの指輪に相当な価値を感じてたはずだ。もちろん今も持ってるだろうし、あの指輪の正体にも気付いてたはずだ」

 「指輪の・・・正体、だと?」

 「アニーサンがあの指輪を着けてた意味、そしてあの指輪自体が持つ力のことさ」

 「はあ?お、お前なに言ってんだよ?」

 「ま、まさかアニーさんのあの指輪は霊具やったと!?」

 

 指輪の正体だと?あれに意味だのなんだのがあんのか?ただの飾りで着けてるもんじゃねえのか?っつうか、なんで曽根崎がそんなこと知ってんだよ。

 曽根崎は薄ら笑いを浮かべて、メモ帳を開いてわざとらしく、大袈裟に言う。

 

 「あの指輪は、アニーサンが大切な人からもらった物・・・あれは彼女が母国に残した旦那さんからもらった物なんだよ!」

 「・・・は?」

 「ぬ、ぬゎにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!?だだだ、だ、だん、だん、だ、だだだだ!!!」

 「だ、旦那さんって・・・それってつまりアニーさんって・・・!?」

 「けっこんしてんのかーーー!?オトナだなーーー!!」

 「馬鹿なああああああああああああああああああああああっ!!?」

 

 六浜が絶叫し、笹戸が改めて言おうとして、滝山が核心を突いた。もう一回六浜の叫びが響いて、裁判場はしんと静まり返った。

 

 「な、なんですかそれぇ!?ア、ア、アニーさんに・・・夫がいてはるなんてぇ・・・!!」

 「そ、そんなの初耳だぞ・・・!っつうか高校生で結婚とかあんのかよ!?」

 「法律上は可能だ。むしろ婚姻年齢は外国の方が低いため、日本よりも可能性は高い」

 「他人の婚姻に驚くほどのこともあるまい」

 「ちょ、ちょっと待ってよ曽根崎!あんたそれ何の根拠があって言ってんのよ!?」

 「アニーサンが言ってたんだ。本当は秘密だけど、ボクには教えてあげるって」

 「嘘だ!!」

 

 俺も驚いた。まさかアニーが結婚してるなんて思わなかった。だが案の定、望月と古部来は落ち着いたもんだ。六浜とは真反対だな。

 けど、そんなの曽根崎はどこから知ったんだと思ってたら、本人から聞いたとくる。なんでアニーが曽根崎みてえな胡散臭え奴に、そんなこと教えるんだ。だが、それは石川の強い口調で否定された。

 

 「そんなの嘘だ!!だって・・・アニーがあんたなんかに指輪のことを喋るわけがない!!あの指輪は結婚指輪なんかじゃない!!もっと大切なものなんだ!!」

 「ん?そうなの?でもボクはアニーサンに」

 「ウソだウソだウソだ!!アニーがあたしにウソを吐くはずない!!アニーの秘密はそんな軽いことじゃない!!あれはあの娘が恩人からもらった、大事な指輪なんだ!!」

 

 曽根崎の言葉を遮って、他の誰にも喋らせない勢いで、石川は捲し立てた。息を切らしながら唾を飛ばして、鬼気迫る表情で叫ぶ。その音すら、裁判場の静けさは吸収しちまった。

 残された石川の荒い息遣いに、曽根崎は簡単に、今まで聞いたことないような冷たい声で言った。

 

 「石川サン・・・どうしてキミが指輪のことを知ってるの?」

 「・・・へ・・・・・・・・・っ!!」

 「い、いしかわ・・・さん・・・?」

 「はっきりと言ったな。あの指輪の送り主と、アニーの秘密を知っている旨とを」

 「え・・・い、いや・・・・・・ち、ちがうわよ!あたしが言いたいのは・・・!」

 

 そこから先は、声にならない息しか出てこなかった。もう弁明も限界だ。アニーの指輪に込められた意味とかあいつの秘密なんて、指輪を奪った犯人にしか分かるはずがねえ。

 口を無意味にぱくぱくさせる石川に、曽根崎はあくまで無感情に言った。

 

 「びっくりだなあ。まさかこんな簡単に引っかかってくれるなんて」

 「ひ、引っかかった?どういうことだ曽根崎?」

 「密室トリックの仕掛けが分かった時点で、石川サンが犯人なのはほぼ確定だった。けど確定的な証拠がないと主張として弱かった。だから、石川サン自身に提出してもらおうと思ってね」

 「ブラフ・・・だったのですね。狡猾な人」

 「ひどいなあ。ボクはウソなんか吐かないよ。ま、確証のない噂や遠回しな表現は言ったりするかもだけどね」

 「同じだ」

 

 こいつ、ウソは言わねえはずじゃなかったのか?ブラフってことは・・・結婚指輪とかの件は全部でたらめだったのか?

 

 「じゃ、じゃあアニーさんが結婚してるっていうのは?」

 「勘違いだったみたいだね、ごめん!よく考えたら結婚指輪嵌めるのは右手の人差し指じゃなくて左手の薬指だし!」

 「なんじゃそりゃあ!!?わしらを騙したのか!!」

 「お陰で犯人が分かったのですから、今回は目を瞑って差し上げます。が、次はありませんよ」

 「もちろんだよ、ふりとはいえウソを吐くことのなんて気分の悪さ!もう二度としないよ」

 

 その言葉が嘘になる気しかしねえが、曽根崎は満足げに言った。一方の石川はまだ口を開けたまま、白い顔に冷や汗を垂らしてる。

 

 「ま、まって・・・あたしは・・・!」

 「往生際が悪いぞ馬鹿女。テメエのしたことは全部分かった。それを証明して・・・このくだらねえ裁判を終わらせる!」

 

 こんな、追い詰められた、今にも卒倒して死にそうな人間の面なんか見たくねえ。早く終わらせて、こんなウザってえことだらけのクソ裁判から解放されてえ。この事件の犯人は、こいつなんだ!

 

 

 

 

 

《クライマックス推理》

Act.1

 今回の事件は、犯人自身すら殺害の直前まで起きるとは思ってなかった、衝動的犯行だったんだ。だから、全てのことが資料館の中だけで行われた。

 被害者のアンジェリーナ・フォールデンスは、望月が資料館を訪れる夜九時より前に、ある人物と一緒に、映像資料閲覧用の六番個室に入った。その人物こそが、この事件の犯人だった。おそらく犯人とアニーは、お互いの秘密について話し合ったはずだ。二人きりで、部屋のティッシュを使い切るような内容っつったら、それくらいしか思い浮かばねえしな。

 

Act.2

 アニーと犯人、二人の密会は深夜にまで及び、やがてその時が来た。犯人は、どういう経緯か分からねえが、いきなりアニーに殺意を抱き、そして行動に移した。壁にかけてあったヘッドフォンコードでアニーの首を絞めて、その場で殺したんだ。

 犯人の目的は、アニーの嵌めてた赤い宝石の指輪を奪うことだった。死んだアニーから指輪を奪うと、その事実を隠すため犯人は、代わりの指輪を用意した。アニーが携帯してたコーヒースプーンを使った、サイズの合わねえスプーンリングを。

 

Act.3

 次に犯人は、自分がその場にいた証拠を消し、かつ捜査を撹乱するための偽装工作を始めた。アニーの体を椅子に寝かせ、毛布と凶器に使ったヘッドフォンをアニーにかける。DVDと二階の楽器置き場からバイオリンの弦を切り取って現場に残し、部屋の床を掃除して証拠隠滅をした。

 そしてアリバイ工作として、犯人はその個室を密室にする仕掛けも作った。小説本から切り取った栞を自分の靴の中敷きに通して部屋に残し、扉の反対側から栞を引いて中敷きを扉に噛ませる。そして部屋から持ち出したカッターで栞を切れば、密室の完成だ。

 

Act.4

 だがこの仕掛けは人の力で簡単に外れちまうもんだった。だから、朝に望月がノックした衝撃で少しズレ、俺たちが向かった頃には完全に開いてた。犯人は、そこで密室トリックがバレるのを防ぐため誰よりも早く現場に突入し、死んでるアニーに注目が集まってるうちに中敷きを回収したんだ。

 被害者のアニーと元から仲の良かった奴なら、真っ先に現場に入るのも、そこで腰を抜かすのもなんも不自然じゃねえからな。

 

 

 

 

 

 「アニーと二人きりの状況を作り出せるのも、靴の中敷きをトリックに使えたのも、何より一番に個室に入ったのも、全部お前が犯人だっていう証拠だ!!これでもまだなんか言うことがあるか!!石川彼方ッ!!」

 「・・・・・・・・・ッ!!!」

 

 確かに、手応えを感じた。俺の言葉がまるで弾丸・・・いや、砲弾みてえに、石川の中の固く守られてたものをぶっ壊した感覚。驚愕して、怯えて、呆然としてる石川の顔に浮かぶ、敗北の色。力強くて、欠片も崩れることのない推理にうなづく周りに漂う支配力。

 確か前にこれを感じたのは・・・ちょうど今と似たような時だった。何重にも張られた罠を突破して、強固に閉ざされた真相を光の下に引きずり出す。この勝利感と達成感。痛えほどの緊張があって、だけどどこか爽快で、いい気分だ。

 

 「・・・ソ・・・ウソよ・・・!こんなの・・・おかしいわ・・・!」

 「石川・・・はっきりしてくれ。本当にお前なのか・・・?違うなら違うと、もし本当なら・・・素直に認めてくれ」

 「・・・うぶっ!?げあっ・・・!はぁ・・・はぁ・・・!」

 

 六浜が、辛そうに頭を下げる。此の期に及んで、今更違うなんて言葉に説得力はない。

 白くなってた石川が、少しだけ生気を取り戻したようになった。呼吸も忘れて絶望してたのか、肩で息をしながら両手をテーブルに突いた。

 

 「ぐっ・・・!清水ゥ・・・!あんたの推理は・・・・・・ぜんっぜん強くない!」

 「あ?」

 「あんたが言ってんのは状況証拠だけの推理・・・あたしがアニーと仲が良かったことと最初に現場に入ったことしか事実じゃない憶測の塊!!だいたい密室トリックとか凶器のヘッドフォンとか小説の栞とかッ!!全部あたしがやった証拠なんてどこにもないじゃないのよォ!!!」

 「い、石川さん・・・!」

 

 悪あがきだ。どんだけ石川が喚いたところで、この推理は覆らない。決定的な証拠は、石川自身が持ってるはずだ。

 

 「あたしがあの時間に資料館にいた事実でもあんの!!?写真があんの!!?指紋が出たの!!?目撃者がいるの!!?出してみなさいよッ!!」

 「む、むう・・・そ、それは確かに強力な証拠じゃが・・・わしは持っとらん」

 「私も同様だ」

 「いや・・・つうか、あったら最初に言ってるっつうの・・・」

 「あっははははははははははははは!!ほら!!あたしがいた証明なんてできるわけないわよねぇ!!!当然でしょ“超高校級の努力家”さん!!?だってあたしは資料館になんて行ってないんだから!!!アニーを殺したのはあたしじゃない!!!“あたしが犯人だって証拠”なんか、どこにもあるわけないのよおおおおおおおっ!!!」

 「もういい・・・黙れッ!!」

 

 白い顔のまま苦しそうに反論してきたかと思ったら、みるみるうちにその額に青筋が走り始めて声に怒気が込められた。かと思ったら次には高らかに笑い声を上げて、挑発するように眼をひん剥いて俺を見てきた。だが、もうこいつが何をやっても哀れなだけだ。

 遠吠えですらない、負け犬の悲しげな鳴き声にしか聞こえねえ。

 

 「そこまで言うなら石川・・・テメエ、今すぐ靴を脱げ」

 「あはははははははははははは!!!・・・ははは・・・・・・は・・・・・・・・・・・・はい?」

 「中敷きを見りゃ、テメエが犯人かどうかは一発だ。もし違ってたら謝ってやるよ」

 「・・・あ・・・い、いや・・・・・・えっと・・・あは?あはははは・・・」

 「どうやら、見せられないようですね」

 「これで決まりか・・・」

 「ふぅ、やっと終わったみたいだね!長すぎるよオマエラ!かつてない長さだよ!前の1.5倍はかかってるよ!まあいいか。では、投票タイムに移りますよ!オマエラ!お手元のスイッチで、犯人と疑わしき人に投票してください!投票の結果、クロとなるのは誰か〜〜〜!!果たしてそれは正解か、不正解なのかぁ〜〜〜!!?」

 「あは・・・・・・・・・あはは・・・・・・あはははははははは・・・!」

 

 石川の渇いた笑い声を無視して、モノクマが叫ぶ。石川以外の全員が、顔を伏せて息苦しそうな顔をしながら手元のボタンを押した。かちっ、と無機質な音を立てたスイッチは、前よりも押しやすくなってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り13人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




脅威の三万字越え。できればこれも分割したかったんですが、前回の投稿から間隔空いてしまったので、これで一つお詫びとしようと思うです。あと分けて投稿するのめんどくさいです

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