ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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学級裁判編1

 

 エレベーターに乗り込む十三人。これに乗っちまったが最後、これから命を懸けて互いに疑い合い、話し合い、アニーを殺した誰かを突き止めなきゃならねえ。嫌な緊張感、そして恐怖がエレベーターに充満する。そして、前回と同じように、地下深くまで潜ってエレベーターは止まった。がしゃん、という音で扉が開くが、俺にはむしろ錠をかける音に聞こえた。檻から解放された俺たちは、誰に言われるまでもなく、エレベーターから降りた。

 

 「・・・」

 「待ってたよ。さ!席について、よーいドン!」

 「競争なのかよ!?」

 「アニーさん・・・あ、有栖川さん・・・」

 

 最初にここに来た時は、十六席の一つだけ、飯出の席に、奴の遺影が置かれてたはずだ。けど今は、その裁判で処刑された有栖川の席と、今回の事件で殺されたアニーの席にも、同じような遺影が置かれてた。相変わらずふざけてやがる。

 モノクマは俺らが席に着いたことを確認すると、満面の笑みで座り直し、いかにも興奮を抑えてますって声色で言った。

 

 「そんじゃま、念のためもう一回説明しとこっか!学級裁判のルール!」

 「・・・」

 

 誰も何も言わない。こんなところで無駄に話し合うことなんかない。モノクマの気が済むまで喋らせとけばいい。

 

 「では、学級裁判の簡単な説明からしていきましょう。学級裁判の結果は、オマエラの投票により、決定されます。正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおき。ただし、もし間違った人物をクロとしてしまった場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけに、希望ヶ峰学園に帰る権利が与えられます!」

 「あのさ・・・クロってなんだっけ?」

 「お前バカすぎだろ!!犯人だよ犯人!!」

 「そんじゃまずは・・・事件発生時刻とかから、いってみよーか!」

 

 モノクマが笑いながら言って、全員の顔が引き締まった。この裁判は全部命懸け、失敗は許されない。必ず突き止めなきゃならねえんだ・・・この中に潜んでる、アニーを殺した犯人を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル2)

場所:なし

説明:被害者はアンジェリーナ・フォールデンス。死亡推定時刻は午前一時頃。死体発見現場は資料館一階の閲覧用個室六番。椅子に寝そべってヘッドフォンと毛布をかけられた状態で発見された。目立った外傷はないが、首元に紐状のもので強く絞められた痕があり、呼吸困難による窒息死とみられる。また、後ろ襟に濡れた跡がある。

 

【望月の証言(夜))

場所:なし

説明:事件前日の夜九時頃、望月が資料館を訪れた際に六番の個室は使用中だった。それ以外の個室は全てドアが開いていたため、使われていたのは六番のみだった。

 

【望月の証言(朝))

場所:なし

説明:望月が資料館から持ち出した毛布を返却しに行った際、六番の個室は使用中だった。夜中からぶっ通しで使われていたと思われる。

 

【分厚い小説本)

場所:資料館一階、本棚

説明:複雑な家庭事情を持つ子供の異世界冒険譚。とんでもないページ数にもかかわらず栞が付いていなかった。

 

【糸)

場所:個室(六番)

説明:個室のテーブルの隅で発見された半透明の糸。何かから刃物で切り取られたようだ。

 

【ゴミ箱)

場所:個室(六番)

説明:閲覧用個室の中にある小さなゴミ箱。大量の使用済みティッシュが入っている。

 

【DVD)

場所:個室(六番)

説明:アニーの見つかった閲覧室にあった。「THE・101」「デイビフォアイエスタデイ」「一週間だけフレンズ」の三本

 

【毛布(六番))

場所:六番個室

説明:閲覧用個室にもともとあったもの。遺体が寝ているかのようにかけられていた。

 

【テレビ)

場所:個室

説明:映像資料を見るためのもの。外の放送は受信できない。

 

【ペン立て)

場所:個室

説明:文房具や工具など様々な物が用意されてる。

 

【扉の鍵)

場所:個室

説明:閲覧室のドアを閉める鍵。レバーを回して金具を通すタイプで、自然に施錠も解錠もしないほど重い。

 

【番号シール)

場所:個室

説明:個室の扉や備品に貼られた数字の書かれたシール。閲覧室と同じ番号が振られている。

 

【使用された毛布)

場所:五番個室

説明:五番個室の毛布に使用された痕跡があった。望月が天体観測の際に使用したらしい。

 

【バリスタのこだわり)

場所:なし

説明:“超高校級のバリスタ”であったアニーは、普段からコーヒーに関して細部にまでこだわっていた。そのこだわりこそが彼女の淹れるコーヒーの美味しさの秘訣なのかもしれない。

 

【超高校級の写真コレクション)

場所:なし

説明:石川が集めていた生徒達のサイン入り写真のコレクション。明尾、アニー、有栖川、飯出、笹戸、晴柳院、滝山、鳥木のものがある。

 

【粘着ペーパー)

場所:資料館一階

説明:資料館内の椅子の裏に貼り付けられていた掃除用の紙。ほこりや紙くずが付着してる。

 

【ティッシュ箱)

場所:六番個室

説明:六番個室の引き出しにあった普通のボックスティッシュ。全てのティッシュが使用され、同個室のゴミ箱に捨てられていた。

 

【鉄片)

場所:六番個室

説明:ティッシュ箱の中に入っていた鉄片。歪に変形し原型が分からない。

 

【糸くず)

場所:六番個室

説明:六番個室の入口付近に落ちていた短い糸くず。両端は切断されたような痕がある。

 

【消えたカッターナイフ)

場所:六番個室

説明:全ての個室のペン立てに備えてあるもの。六番個室のカッターのみ、事件後にペン立てからなくなっていた。犯人が持ち去ったと思われる。

 

【壊れかけのヘッドフォン)

場所:六番個室

説明:アニーがかけていたヘッドフォンは調子が悪いようで、まともに使える状態ではなかった。他の個室のものは何も問題なく使用できる。

 

【アニーの指輪)

場所:六番個室

説明:アニーの人差し指に嵌められていた銀色の指輪。サイズが合っていないのか、自然に抜け落ちてしまうほど大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まずは整理からだ。被害者はアンジェリーナ・フォールデンス。モノクマファイルによると、死亡時刻は深夜一時だ」

 「その時間帯に資料館に出入りする人物を見た奴はいるか?」

 「いるよ!」

 

 まず六浜がモノクマファイルで事件の概要を説明した。目撃情報を整理しようとしたら、石川が食らいつくように言った。やたらと積極的なのは別にいいんだが議論を掻き回さないようにしろよ、馬鹿なんだからよ。

 

 「あの日、夜中に寄宿舎の出入り口を監視してた人がいる・・・そうでしょ!望月ちゃん!」

 「私か?」

 「望月さんが?一晩中お一人で監視をなさっていたのですか?」

 「監視ではない。医務室のある平原で天体観測をしていた」

 「ってことは、寄宿舎の出入り口を監視することもできたわけだな」

 「夜時間は消灯されて灯りがない状態になる。裸眼で寄宿舎の入口を監視など不可能だ。見えないものを見ようとしても意味がないだろう」

 「望遠鏡覗き込めばいいんじゃない?」

 「光源がなければ同じだ」

 

 石川の一言で急に望月が話題にあがった。当の望月はいつも通り冷静で受け答えしてた。天体観測してたのは確かだが、そりゃあんな外で真夜中に監視なんかできるわけがねえ。そもそも望月が犯人を見てたらあいつも殺されてんだろ。それに望月は何も見聞きしてねえって言ってた。

 

 「で、でも一晩中あそこにいたなら、何か見たりしてたんじゃないの!?」

 「ふむ・・・観測中に不自然な人影などは見られなかった。しかし、気になることはあるな」

 「なんでもいいぞ、言ってみろ」

 

 望月は俺に言ったのと同じようなことを他の奴らにもきっぱりと言ったが、少し違った。気になることがあると言って、六浜に促されるままに喋り続けた。

 

 「天体観測をするにあたって、昨日の夜の九時頃に資料館に毛布を取りに行った。その際、六番個室が使用中であった」

 「九時か。犯行推定時刻よりもかなり早い時間だな」

 「そして今朝、確か六時半頃だっただろうか。資料館に毛布を返しに行ったのだが、その時にも六番個室は使用中だった」

 「なに?それは確かか」

 「ちげえだろ。個室のドアが閉まってんのを見たってだけだろ?」

 「厳密に言えばな」

 「なんだ、清水はもう知ってたのかよ」

 「望月に聞いたんだ」

 「へ〜」

 

 にやにやしながら見てくんじゃねえクソ眼鏡。けど、望月の証言は既に俺が聞いたことだった。夜と朝に見た六番個室のドア。それは他の奴らにとって相当な情報になったはずだ。

 

 「だけど、ドアが閉まっているのを見たんなら、それだけで十分だよ」

 「え?そ、それは・・・どういうことですかぁ・・・?」

 「望月が毛布を資料館に返しに行った時、犯人は個室の中にいたということになる。これならかなり犯人を絞り込めるはずだ」

 「はっ!?ちょ、ちょっと待てよむつ浜!なんでそれだけで犯人を絞り込めるんだよ!?」

 「屋良井、私は六浜だ。なんだそのむつ浜というのは」

 「あ・・・いや、それは・・・」

 

 望月の証言を聞いて、曽根崎と六浜が勝手に頭の中で推理を組み立て始めた。しかも、六浜の中では既に犯人が何人かに絞られてるらしい。そこに飛んできた屋良井の発言に六浜が食いつくと、屋良井は明らかに動揺して言いよどんだ。そこに曽根崎が笑いながら助け船を出した。

 

 「ボクが付けた、六浜サンの仇名だよ!」

 「私に仇名だと?」

 「うん!むっつりスケベの六浜サン、だから縮めてむつ浜サン!」

 「だっ!誰がむっつりスケベだ!!私はそんな卑猥なことなど考えてはいない!!失礼な!!」

 「めちゃくちゃどうでもいい」

 「撤回しろ曽根崎!!私の名前は六浜だ!!断じてそんないかがわしい仇名は認めんぞ!!」

 「まあとにかく、むつ浜サンとボクは同じ事を考えてるらしい。あ、エッチなことじゃなくてね。犯人が絞られる根拠だよ」

 「根拠ですか・・・一体なんですか、それは?」

 「望月の証言とあの資料館の個室の特徴を考えれば、自ずとその根拠も明らかになる!!それに!!」

 「それに?」

 「私の名前は六浜だあああああああああああああっ!!!」

 

 六浜の絶叫が裁判場に響いた。心底どうでもいい。っていうかあの馬鹿眼鏡は何へんちくりんな仇名広めてんだ。テメエのせいでうるせえのがまた増えただろうが。

 そんなことより、六浜と曽根崎が考えてる犯人が絞られる根拠って一体なんなんだ?まずはそこを明らかにすることだな。そうすりゃ、案外この事件はあっさり終わるかもしれねえ。

 

 「六浜さんと曽根崎君のおっしゃる、犯人を絞り込む根拠とはなんですか?」

 「望月サンの証言を振り返れば、きっと気付くはずだよ」

 「そういうことだ。望月、悪いがもう一度証言を頼む」

 「承知した。まず、昨夜九時頃、私は資料館へ毛布を借りに行った。その時、“六番個室が使用中”であった。そして明朝六時半頃、私は“借りた毛布”を資料館へ返しに行った。その時にも、六番個室は使用中であった」

 「使用中って思ったのは、扉が閉まってるのを見たってことだろ?」

 「相違ない」

 「ま、待ってください!そそ、それだけでなんで犯人が絞れるんですかぁ・・・?」

 「早朝に個室の扉が閉まっていたということは、そこに“朝まで犯人がいた”証拠となる」

 「ですけど・・・“扉を閉めて出て行った”ってこともあるんちゃいますかぁ?」

 「それは違うぞ!」

 

 望月にもう一回同じ証言をさせて議論を繰り返す。より掘り下げて話していくと、晴柳院の発言に六浜が噛みついた。驚いた晴柳院がびくっと身を強ばらせて、六浜は軽く咳払いをして声高に説明しだした。

 

 「個室の扉が閉まっているということは、即ち個室の中に誰かがいた証拠となる」

 「・・・どういうこと?」

 「個室の扉は全て、鍵をかけていないと自然に開く造りになっている。故に、誰かが中で押さえているか内側から鍵をかけていないと、扉が閉まってる状態にはならない」

 「ほ、ほんまですか・・・」

 「このことから、望月が資料館に行った時点で犯人は個室の中にいたと言える」

 「なるほど。つまり犯人は、私が出るまで資料館を出ることはできなかったわけだな」

 

 確かに、あの個室の扉は放っとくと勝手に開く造りだった。殺された後のアニーに扉を固定するなんてできねえし、犯人以外の奴がアニーの死体と一緒に一晩個室の中でいるなんて考えられねえ。ってことは、望月が朝に資料館に行くまで犯人はそこにいたんだろうな。

 

 「じゃ・・・じゃあさ、望月さんは朝に資料館に行ってから、次どこに行ったの?」

 「私は、石川彼方の手伝いのために食堂に向かった。途中では誰にも会わなかったし、寄り道もしていない」

 「・・・ってことは、望月ちゃんより先に食堂にいた人は犯人じゃない・・・逆に、望月ちゃんより後に食堂に来た人が犯人!?」

 「そういうことになる」

 

 なるほどな。犯人が資料館にいたなら、望月より後にしか食堂には行けねえ。これなら何の手掛かりもないよりずっと犯人に近付ける。

 

 「望月ちゃんより後に来た人って確か・・・」

 「しっかり記憶している。明尾奈美、清水翔、古部来竜馬の三人だった」

 「つまり、アニーを殺した犯人はその三人の誰かだ!!」

 「はあ?」

 「ふむふむ、なるほど・・・ってなにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!?わ、わしも容疑者なのかああああああああああああああああああっ!!?」

 「うるせえなあ!!」

 

 相変わらず古部来は黙ってた。犯人だって指摘されてるにもかかわらず、俺や明尾みたいに動揺してるような雰囲気は全くなかった。と言っても明尾はテンパり過ぎだと思うが。マジでうるせえよこいつ。

 

 「で、それを踏まえた上でボクも証言を提出するんだけど、その中で取りあえず清水クンは潔白ってことでいいんじゃないかな」

 「な、なに!?なぜじゃ曽根崎!!なぜわしらは疑われたままで清水だけは容疑が晴れるんじゃ!!」

 「あの、明尾さん・・・もうちょっと声おさえてくれないかな・・・?」

 「だって昨日の晩、ボクと清水クンは望月サンと一緒にいたからね」

 

 そう言って、俺に話を促すように曽根崎はこっちを見た。その目はうぜえが、くだらねえ容疑を晴らすためだったら別にいい。

 

 「昨日の夜中に、俺と曽根崎で望月が天体観測するために必要な望遠鏡を、あいつの部屋から持ってくのを手伝った。望月が資料館に毛布を取りに行ってる間にな」

 「へ?そーなのか?」

 「そうだった。毛布を借りに行った際には既に個室の扉は閉鎖状態だった。つまり、その時点で私の部屋から器具を運び出していた清水翔は、犯人であり得ないと言えよう」

 「そういうこと」

 「なるほど。ならば清水は犯人ではないな。残る候補は古部来と明尾だ」

 

 てっきりもっと深く疑われるかと思ってたが、案外あっさりと俺の容疑は晴れた。どうせ俺がやったわけじゃねえからいずれは晴れるんだろうけど、こうも簡単だとなんだか拍子抜けだ。つかそんなことは今はどうでもよくて、これで容疑者は二人に絞れたわけだ。今回は早く終わるかもな。

 

 「ま、待て!わしは殺したりなどしておらんぞ!わしは昨日ずっと自室で化石を磨いていた!」

 「でもよぉ、部屋にいたんじゃアリバイを証明する奴なんかいねえだろ?そんなもんいくらでも言い訳できるじゃねえか」

 「う、うぬぅ・・・せ、繊細な作業じゃから集中してやるために一人でやるものなんじゃ!!知ったような口を利くな若造めが!!」

 「タメだろうが!!」

 「耳障りですね。建設的な議論ができないのであれば口を慎んでいてください」

 「焦るな明尾。なにも容疑者はお前だけではない」

 

 焦って勝手に喋る明尾と屋良井が衝突する。どっちも無駄に声がでけえせいで、しかも裁判場は音がよく響くから無茶苦茶うるせえ。穂谷の言葉をまんま俺も言ってやりたかった。そして青い顔をする明尾を宥めて、六浜が体ごと古部来の方を向いた。

 

 「前回の裁判の時と同じだな。何か言ってみろ、古部来」

 「・・・前回と同じなのは貴様らだ。同じ事を二度も言わせるな」

 「あんた・・・またそうやって意味深なことばっか言う気・・・!?ちゃんと話そうとしなよ!あんたがそんな態度とってたら・・・いつまで経っても犯人なんか分かんないままだろ!!」

 「馬鹿には何を言っても無駄か。まったく、愚盲も甚だしい」

 「このっ・・・!!もっと真面目にやれよ!!人が死んでるんだぞ!!」

 

 こいつもいつもと態度が変わらねえ。六浜に指摘されても、石川に怒鳴られても、望月とはまた違ったごちゃごちゃした言い回しをして俺らを馬鹿にしてる。明尾のパニクり方も怪しいが、古部来は見透かせなさすぎて怪しい。っつうか意味が分からねえ。

 

 「真面目どうこう以前に、貴様らは前回の裁判から何も学んでいない。初めから犯人を言い当てられれば苦労はせん」

 「だ、だけどキミと明尾さんの二人にまで絞れたじゃないか!」

 「それが愚盲だと言っている。個室の扉が閉まっていただけでは犯人が朝まで資料館に居続けた根拠として弱い。現行犯となる危険を冒してまで死体と一夜を明かすなど、愚かしいことこの上ない」

 「・・・それは、私の推理が根底から間違っているということか?」

 「話が早いな。無論だからと言って俺と明尾の疑いが晴れるわけではないが、他の奴らにも等しく容疑がかかる」

 「お待ち下さい!」

 

 これも前回と同じだ。古部来は六浜に指摘されてようやく話し始めて、しかもその内容はこれまで俺らが議論してきたことを丸ごとひっくり返すことだった。古部来と明尾の二人はともかく、なんで他の奴らにも容疑がかかるんだ?そんな俺らの疑問を代表するように、鳥木が声をあげた。そして不意に内ポケットに手を伸ばしたかと思うと、白いマスクを取り出して顔にかけた。

 

 「あ・・・そのマスクは・・・」

 「あ!あれは!鳥木クンがテレビや雑誌に露出する時に必ず着ける、『Mr.Tricky』のトレードマークになってる白マスク!」

 「なんでそんな説明口調!?」

 「説明しよう!マスクを着けると鳥木クンは『Mr.Tricky』のスイッチが入り、集中力や思考力が格段に上がるのだ!!」

 「やっぱ説明だった!!」

 

 白マスクを着ける鳥木にほとんどの奴が首を傾げてたら、曽根崎が妙な口調で解説しだした。なんでだ。けどそんな疑問を吹っ飛ばすように、鳥木がドデカい声で叫んで、急にテンションが上がった。

 

 「フフフ、古部来君!その意見は承服致しかねますね!先ほどまでの議論の中で、一体どこが根本から間違っているというのですか?是非ともご説明頂きたいものですね!」

 「ふん、六浜だけでなく貴様もか、鳥木よ。お前はもう少しできる奴だと思っていたが・・・俺の目も鈍ったものだ。よかろう、では俺が直々に教えてやる!」

 

 珍しく誰かに食ってかかる鳥木に、古部来もいつになく少しだけ興奮した様子で返した。俺はそんな珍しい光景と古部来のわけが分からねえ主張で顔をしかめてたが、明尾は古部来に期待するような顔で、他の奴らは訝しげな顔でそのやり取りを見てた。

 

 「ではまず、僭越ながら一から繰り返しご説明致します!望月さんの証言から、彼女が天体観測を初めてから明朝まで、寄宿舎を出入りした方はおりません!即ち、犯人とアニーさんは昨夜から今朝まで資料館内にいたということになります!」

 「ならば望月は個室内に犯人と被害者が一緒にいたのを確認したとでも言うのか?扉が閉まっているという事実があったところで、中に人がいたという証拠にはならない。それこそ思い込みにより、己の視野を狭めているに過ぎないとなぜ気付かん!」

 「気付いていないのは古部来君、あなたの方ですよ!資料館の個室の扉は、施錠していないと自然に開く造りになっているのです!つまり、扉が閉まっていたということはそこに誰かが潜んでいたということになるのです!」

 「施錠していないと、と言ったな。それこそがお前たちの思い込みだ!施錠していなくても、扉を内側から固定すれば見た目には同じこと。まるで施錠してあるかのように見せかけることも可能というわけだ」

 「なるほど。確かに古部来君の仰ることも理解はできます。しかし内側から扉を固定したとして、犯人はどのようにして部屋から出たというのですか!あの個室はとてもよじ登れるようなものではありませんし、他に出入り口もありません!それとも、“犯人が夜中の内に個室から立ち去った証拠”でもあるというのですか!」

 「隙ありだ!!」

 

 『Mr.Tricky』のスイッチが入った鳥木と古部来の言葉の応酬に、裁判場全体が注目してた。そして鳥木の発言に古部来が強く反論すると、裁判場は水を打ったように静まりかえって、古部来の言葉が鮮明に響いた。

 

 「ただでさえ朝まで犯人が現場に残り続けるという状況は考えにくい。その上、今回の事件の犯人はかなり焦っていたはずだ」

 「焦っていた・・・ですか。ではその根拠は提示していただけるのですね?」

 「当然だ。六浜」

 「ん、私か」

 「お前が見つけた証拠品を見せてやれ」

 

 犯人が焦ってた、と古部来は言い切った。なんでそんなことが言えるのかと思ったら、六浜を顎で使って証拠を出させた。資料館で六浜が見つけた、あの粘着ペーパーだ。

 

 「な、なにそれ?」

 「掃除用の粘着ペーパーだ。おそらく、現場を掃除したものと思われる」

 「それがなんで犯人が焦ってた証拠になるんだよ?」

 「これは、現場となった個室の近くの椅子の裏に貼り付けられていた。犯人が隠そうとしたのだろう」

 「それで?」

 「朝まで現場にいたのなら、この粘着紙の処理方法など他にいくらでも思い付くだろう。本の間に挟むなり、より見つかりづらくすることもできる。手近な椅子の裏に貼り付けるなどという雑な隠蔽方法しかできなかったのは、犯人がよほどの馬鹿か、一刻も早く現場から去りたいと考えていたからだ」

 「うん・・・確かに、びりびりにして他の個室のゴミ箱に捨てるだけでも見つかりづらくなるよね」

 

 そうか。確かに、この粘着ペーパーは六浜が簡単に見つけたもんだったはずだ。部屋を掃除したってことは、犯人が自分のいた証拠を消そうとしたってことだ。けどそれを現場の近くに残すなんて、よっぽど焦ってなきゃしねえ。

 

 「つまり古部来は、粘着ペーパーを隠滅する余裕もなかった犯人が、一晩中個室の中にいたとは考えられないというのだな?」

 「初めからそう言っている。それに、犯人が単純に望月より後に出て行ったのだとしたら、不可解な部分もある」

 「まだ何かあるの?古部来クンって結構真面目に事件解決しようとするよね!なんか一匹狼っぽく気取ってるけど、案外この状況にわくわくしてたりするの?」

 「言葉を選べ曽根崎。不謹慎だぞ」

 「どこの馬の骨とも分からん奴のせいで死ぬのは御免だからな。そして不可解な部分についてだが、現場の個室のペン立てからカッターナイフがなくなっていたということだ。そうだな鳥木」

 「え、ええ・・・」

 「単純に部屋に隠れざるを得なかったのだとしたら、カッターナイフを持ち去る理由がない。それに犯人を決定づける証拠があるというのなら別だがな」

 「で、でもそのカッターを持ってったのが犯人とは決まってないでしょ!」

 「だとしたら今すぐ名乗り出てもらいたいものだな。もちろん、なぜ持ち去ったのかの理由も含めてだ」

 

 曽根崎の横槍なんかものともせずに、古部来は極めて冷静に意見を述べる。指紋鑑定も血液鑑定もできねえこの状況で、カッターに犯人を決定づける証拠があるなんて風には考えられねえ。しかも古部来の言葉に、裁判場はまた静まりかえった。それはつまり、カッターを持って行った奴が犯人だってことを意味してた。

 

 「なるほど。古部来君の言うことも一理あります」

 「も、もしそれがほんまやったら・・・明尾さんと古部来さんだけやなくて・・・う、うちら全員に犯人の可能性が・・・」

 「おおおっ!よ、ようやった古部来!助かったぞ!」

 「貴様のためにしたのではない」

 「ですが古部来君、あなたの意見の場合、犯人はアニーさんを殺害した後に個室の扉を閉じた状態で固定したまま、望月さんの目を盗み寄宿舎に戻ったことになります」

 「分かっている」

 「彼女の目を盗むことは可能だったとしても、どのようにして扉を固定したのですか?」

 「・・・それこそが、犯人が苦し紛れに作ったトリックだ。いわゆる、密室トリックというものだ」

 「み、密室トリックぅ!!?んな小説みてえなことマジであんのかよ!!?」

 「何言ってんの!これは小説だよ!」

 「メタ発言は価値を下げるよ!」

 

 結局推理が振り出しに戻ったっつうのに、明尾は自分以外の奴に容疑が分散したことに喜んでた。状況分かってねえだろ変態。曽根崎とモノクマもわけ分かんねえことではしゃぐし、とんでもなくめんどくせえことになってきた。おまけに密室トリックだと?そんなこと現実にできるわけねえだろ。

 

 「個室の扉を閉め、鍵がかかっているように見せかけアリバイを作る。まさに密室トリックと言っても過言ではないだろう」

 「と、ということは古部来君には、そのトリックが分かっていると言うのですか?」

 「これも前回の裁判で言ったはずだ。密室トリックの解明は犯人にとって致命的なものになるはずだ。だがいきなりそれを明らかにしようとしても難航するのは目に見えている。まずは基本的なことを明らかにしてからの方が、より確実な手段だと」

 

 言ってたかそんなこと。っつうかテメエごときの発言いちいち覚えてねえっつうの。にしても、その密室トリックなんてのがマジであるんだとしたら、確かにそれが犯人の手掛かりになることはかなり期待できる。だが、結局分かったことは何もない。望月の証言も何の役にも立たねえし、時間の無駄だったってことか。

 

 

 

 

 

 「あれ?清水クン、やけに静かだね」

 「・・・は?」

 

 一人で考えてたら、いきなり曽根崎が俺を名指ししてきやがった。別に俺の話があがってたわけでもねえから予想外で、反応が少し遅れた。なんで曽根崎の奴、急に俺に話振ったんだ。何もねえぞ。

 

 「なんだか前回の裁判を思い出してさ。前の裁判で同じような流れになった時、清水クンが滝山クンの証言を疑ったから、今回は同じように望月サンのことを疑うんじゃないかなって思ってたんだけど」

 「あ?望月?」

 「そ、それはどういう意味ですかぁ・・・?」

 「だからさ。昨日の晩と今朝に資料館に出入りしたのも、その個室の扉が閉まってることを確認したのも、望月サンでしょ?だから今までの議論って、望月サンの証言に嘘がないっていう前提の話だよねって」

 「!」

 

 曽根崎は、なんでもないように軽く笑って言う。だがそれは俺たちの間に緊張を走らせた。そういやそうだ。事件の前後に資料館に出入りしたのは被害者のアニー、それと現場を外から見た望月と、犯人だけだ。もし望月が犯人だとしたら、証言なんてし放題。それに、望月は昨日の晩、自分の部屋にいなくても怪しまれなかったはずだ。

 

 「そう言えば・・・望月ちゃん、昨日の夜中は天体観測をしてたって言ってたよね。それも、夜中に出歩く口実だったってこと?」

 「望月サンが犯人だったら、密室トリックなんて使わなくても、そう証言するだけでボクらの考えを鈍らせることができる」

 「お、おいおい。マジかよ?どうなんだよ望月!」

 「・・・曽根崎弥一郎は、あくまで私がアンジェリーナ・フォールデンスを殺害したと主張するのだな?」

 「ううん、だけど望月サンが今の容疑者の中では、一番自由に行動できたと思うから言っただけだよ」

 「理解した。では反論だ。お前は今、私が昨日の夜中に自由に行動できたはずと言ったが、生憎全く以て事実と異なる。寧ろ私はあの平原から動くことは不可能だった」

 「えぇ・・・?ど、どういうこと望月さん?」

 「その理由は、お前たち全員が既に知識として所有しているはずだ」

 

 いつも通り、望月は落ち着いてるもんだ。急に曽根崎が俺の名前挙げてから望月を糾弾してんのは意味が分かんねえが、確かに言ってることは間違ってねえ。だが望月は真っ向からそれに反論してきた。自由に行動するどころか、平原から動けなかったってどういうことだ?全員の視線を浴びながら、望月は冷静に俺たちに言い聞かせる。

 

 「昨夜、確かに私は天体観測のため、“一晩中屋外で過ごした”。その間、私以外の誰かとコミュニケーションをとることもなかった」

 「事件前後に資料館に出入りして個室の扉を確認したのは“望月サンだけ”だ。もし彼女が犯人だとしたらこの証言は破綻する。“密室トリック”なんてなくても十分に議論を混乱させられるってわけさ!」

 「しかし生憎だが、私は昨夜は夜通し天体観測をしていた。早朝には石川彼方と滝山大王とも顔を合わせている」

 「そりゃ朝には元の場所に戻ってないと怪しまれちゃうからね!夜に天体観測をしてから、“一度資料館に行って”アニーさんを殺害してから、また元の場所に戻る。それだけの簡単なお仕事さ!」

 「それは違えぞ!」

 

 望月と曽根崎の言い合いに、俺は自然と割り込んでた。望月が怪しいっていう曽根崎の主張の、決定的にあり得ねえ部分に気付いたからだ。俺が叫ぶと、曽根崎以外の奴らが意外そうに俺を見た。当の曽根崎だけは、何か期待するように俺を見てる。

 

 「曽根崎、テメエわざとやってんのか」

 「うん?何の事?」

 「望月が天体観測の途中に移動できなかったのは、俺とお前が一番よく分かってるはずだろ」

 「清水クン、やけにもったいぶった言い方するね。もしかしてかっこつけてる?かっこつけてるよね?かっこつけてるでしょ!」

 「なぜ今その三段活用を・・・」

 

 へらへらしながら言ってくるあたり、こいつは確信犯だ。なんでわざわざ議論を起こしてまでこんなことを言わせたのか分かんねえが、別に言っといて損はねえし今のうちに知らしめといた方がいい。

 

 「望月はあの天体観測の器具を一人じゃ持ち運びできなかった。だから昨日俺と曽根崎に手伝わせたんだ。そんでこれがそのまま、望月が資料館に行けなかった理由だ」

 「どういうことでしょう」

 「一人じゃ持ち運びできねえなら、その場に置いて行くしかない。だけど外に物を放置して行くのは、ポイ捨てになるからできなかったはずだ。そうだなモノクマ」

 「はい!その通りです!たとえ一時的にでも、そこに置いて行くのはポイ捨てになります!」

 「ま、またポイ捨ての話か!」

 

 なんで俺がこんなこと説明しなきゃならねえんだ。曽根崎は絶対にこのことを分かってたはずだし、敢えて望月を疑って俺に言わせたに決まってる。何考えてんだこいつ。

 

 「じゃあ、誰かに手伝ってもらったとかは?一旦そこに誰かを代わりにおいて、それから資料館に行ったとか」

 「それじゃあ僕か私、手伝ったよーって言う人手を挙げて!」

 「いるわけがあるまい・・・」

 

 古部来の言う通り、誰も手を挙げなかった。これはつまり、望月が完全に潔白になったってことだ。一晩中天体観測をしていて、あの場所から離れられなかった望月には、資料館の個室にいたアニーを殺すことなんてできなかったわけだ。

 

 「いやあ、なるほどね!そう言えばそうだったね!」

 「曽根崎・・・お前どういうつもりだ。なんでこんな議論させた」

 「へ?何が?」

 「とぼけんじゃねえ!昨日は俺とお前で望月の手伝いしたんだよ!テメエがこのことに気付かねえわけがねえだろ!」

 「・・・うん。そだね」

 「はあ?」

 

 俺が叫ぶと、曽根崎はあっさり認めた。拍子抜けして気の抜けた声を出しちまったが、曽根崎は相変わらず妙な笑顔で話す。

 

 「そうだよ。ボクは一秒も望月サンを疑ってはいないよ。だって無理なんだもん!それにそのことはボクもよく分かってたよ」

 「何言ってんだよお前!言い出しっぺお前だろうが!」

 「古部来クンの言う通りに、基本的な事柄を明らかにしておきたかっただけさ。望月サンは疑われて然るべき行動をしてたからね。先に言っておけば、後から混乱することもないでしょ?」

 「だったら初めからそのことだけ言えば・・・なぜわざわざこんな回りくどいことをなさったのですか?」

 「あはは!そりゃボクだけが言っても信じてもらえないからだよ!だって、今ここにいる人全員が容疑者なんだよ?一人だけの主張を誰が信じると思う?」

 「な、なんかそねざきこええよ・・・。なんでわらってんだ?こんなときに・・・」

 

 とうとう脳みそまでおかしくなったかこいつ。望月が犯人じゃないことを伝えるためにそんなことしたのか?俺の反論がなかったらどうするつもりだったんだ。っていうかそこまでしなくても他にやり方なんかいくらでもあるだろうが。まどろっこしい上に自分が怪しくなるようなやり方しやがって、何が目的だ。こいつ、何を考えてんだ。

 

 「じゃ、望月サンは犯人じゃない。この前提の上で、次は凶器の話でもしようか」

 「ええ・・・そ、曽根崎さんが進めはるんですかぁ・・・」

 「何か問題でも?」

 「あ、い、いえ・・・問題というか・・・」

 「なんでもいい。さっさと始めるぞ」

 

 今に始まったことじゃねえが、曽根崎のわけの分からなさはこういう時にすげえ困る。曽根崎が犯人なら別にいいが、違うんだったら無駄に目立つようなことすんじゃねえよ。話し合おうってのにちゃんと全員が見えなくなんだろ。

 内心俺は頭抱えてたが、古部来がどんどん先進めるからついて行かざるを得なくなる。凶器はなんだったっけか。

 

 

 

 

 

 「アニーさんは、個室に寝た状態で発見されたのでしたね」

 「目立った外傷や衣服の乱れはなかった。一目見ただけでは本当に眠っているようにされていた。おそらく犯人がそうしたのだろう」

 「んじゃ、なんか“どくのまされた”んだ!」

 「それは違うよ!」

 

 よく考えりゃ、モノクマファイルにちゃんと書いてあったな。わざわざ時間かけて言うことでもなかった。あと滝山はちゃんと生徒手帳使えるようになれ。

 

 「アニーの死因は絞殺だって、モノクマファイルに書いてあるでしょ・・・首筋に紐状の痕だってある!犯人がやったに決まってるよ!」

 「そう声を荒げることでもない。問題は、犯人が使用した紐状のものが何か、だ」

 「ロープかなんかじゃねえのか?」

 「そんなものあったかのう?」

 「・・・あっ」

 

 一つ、思い出した。アニーを殺した時に犯人が使った紐状の凶器。現場に落ちてたものだったら、まず間違いなくそうだろう。

 

 「そういや、あの個室にはテグスが落ちてたはずだ。確か、テーブルの上に」

 「なに!それは本当か!」

 「ホントだよ!ボクが見つけたんだ!テーブルの隅の方で、目立たなーくしてあったんだ」

 「天蚕糸か。それなら首を絞めて殺すには十分だな」

 「しかしテグスなんて、どこから持ってくるのですか?普通は持ち歩くようなものではないと思いますが」

 「そんなの、いくらでも持ってる奴がいるでしょ・・・!」

 

 あのテグスは、アニーを殺すのに使われたはずだ。でなきゃあんな目立たねえところに隠したりしねえ。だがそれを誰がやったかはまだ分かんねえと思ってたが、石川は確信めいた言い振りで、そいつを指差した。

 

 「あんたのことだよ!笹戸!」

 「えっ・・・?」

 「テグスって釣り糸のことでしょ!“超高校級の釣り人”なら、好きな時にいくらでも調達できるじゃない!」

 「マ、マジで!?ささどがアニーをころしたのか!?」

 

 確かにテグスの使い道っつったら釣り糸ぐらいしか浮かばねえ。それに前に笹戸の部屋を捜査した時に、釣り道具が一式揃ってんのは確認した。テグスも何巻きもあったし、一つくらいなくなっても誰も気づかねえ。

 いきなり指摘されて動揺してんのか、笹戸は焦った様子で石川に反論する。それでも支離滅裂にならねえのは、釣りで鍛えた冷静さか。

 

 「い、いやいやいや!そんなテグス一本で僕が犯人になるって、飛躍し過ぎだよ!」

 「しかし・・・他にテグスなど持ち歩く奴がおるか?お前さんが誰かに渡したなら別じゃが」

 「っていうか!そもそも僕が使ってる糸は人を殺せるようなものじゃないんだよ!」

 「どういうことだ」

 「僕の『渦潮』は重くて硬いから、少し大きな魚がかかると糸が切れちゃうんだ。だから、もし切れても環境を汚さないように生分解性プラスチックの糸を使うようにしてるんだ。環境に優しい分、普通の糸より切れやすいから、人の首を絞めて殺すなんてできっこないんだって!」

 「初めて聞いたよそんなの!それを証明できんの!?」

 「い、石川さんだって見たでしょ!湖で僕の『渦潮』の糸が切れるところ!」

 

 追及する石川に、笹戸は必死に反論する。だがそんな糸の素材とかその強度とかなんて笹戸にしか分かんねえし、実践でもしねえと俺らが納得することなんてできねえ。だいたい、笹戸が犯人じゃねえならなんであんなところにテグスなんかが落ちてんだって話になる。

 

 「釣りをしていれば糸が切れることくらいあるだろう。それでは主張として弱い」

 「そ、そんな・・・。でも僕は違うよ!大事な釣り糸で人を殺すなんてあるわけないでしょ!」

 「おいおい、笹戸よぉ。そんな言い分じゃぁ誰も納得しねえぜ?他にテグスを持ってる奴がいねえんじゃ、お前以外に誰がいるってんだよ?」

 「だ、だったらそのテグスと僕の釣り糸を比べてみてよ!モノクマに頼めばそれくらい」

 「別に笹戸君に限らなくても、あの糸は用意できると思いますが。そもそも、あれはテグスではないと思います」

 「だから・・・・・・え?」

 「は?」

 「テグスではない・・・だと?説明しろ」

 

 確かに笹戸の主張は完全にあいつにしか分かんねえことばっかりで、筋は通るが納得はできねえ。それをあいつ自身分かってるからか笹戸の顔は青くなるばかりで、必死に反論してるがいまいち説得力もない。だが、そこに意外な奴が助け船を出した。そいつはやっぱり、不敵な笑顔を顔面に貼り付けてた。

 

 「ろくな教養も審美眼も持ち合わせていらっしゃらない皆さんでは、全く以て見当違いの見立てをしてしまうのも致し方ないことかと思いますが、ナイロン製の糸はテグス以外の製品にも用いられているのですよ」

 「テ、テグス以外というと・・・一体何じゃ?」

 「弦楽器、主にギターやヴァイオリンです」

 「楽器か・・・なるほどな。つまりそういうことか」

 「な、何がそういうことなの?」

 

 こいつの言葉から暴言を抜いたら何も残らねえってくらい、悪意に溢れた説明だ。いちいち人のこと不快にさせやがって、何が女王様だ。クソアマが。

 

 「馬鹿が。資料館の二階には楽器が用意されていた。そして個室のペン立てからはカッターがなくなっていた。この事実がありながら、それでもまだ分からんとは」

 「つまり・・・個室に落ちていた糸は釣り糸ではなく、資料館の二階の楽器から切り取ってきたものだということか」

 「ええ。G線が欠けたヴァイオリンも確認しました」

 

 そう言えば穂谷はそんなこと言ってたな。ゲーセンがどうとかこうとか。ってことは、曽根崎が見つけたあの糸は、犯人がわざわざバイオリンから切り取って来たものってことか。

 

 「え〜っと・・・つまりどういうことだ?アニーはだれにころされたんだ?」

 「お前は話分かってなさ過ぎだろ!!」

 「犯人は昨夜九時頃にはアニーと共に六番個室に籠もり、その後二階の楽器置き場から弦を切り取ってきて、それでアニーを絞め殺した。こういうことだな」

 「いいえ。そうも言えません」

 「なに?」

 

 六浜が今のところ分かってることをまとめて整理したと思ったら、また穂谷が口を挟んだ。今日はやけに突っかかってく。どうしたんだ?

 

 「六浜さんはお耳に垢でも詰まっているのですか?G線はヴァイオリンから切り取られていたのです。エンドピンからペグの間の、一部だけが」

 「それがなんだというのだ」

 「いくら絞殺とはいえ、一度アニーさんの首に巻いてから絞めるのであれば、それなりの長さが必要です。しかし、ヴァイオリンの弦の一部がその長さを満たしているとは思えません」

 「・・・そ、それって・・・どういうことですかぁ・・・?その糸は・・・凶器やないと?」

 「ええそうです。何より、崇高な楽器の弦を殺人に使うなどという下劣な発想は、私には到底受け容れられません」

 「貴様の感情論に振り回されるつもりはないが、確かに絞殺するためには短いな」

 

 穂谷の声色はほとんどいつもと変わらなかったが、少しだけ怒りを含んでるような気がした。捜査中に資料館の二階で聞いたあの声と似てる。こんな奴でも、自分の好きなものに泥を塗るようなことをされたら怒るのか。ほとんど感情論みてえなもんだったが、古部来がそれに同意した。

 

 「そもそも凶器をそのまま現場に放置するとは考えられん。いくら焦っていたとはいえ、部屋の掃除をするくらいの冷静さはあったようだからな」

 「じゃあ、凶器は既に犯人が持ち去っとるっちゅうんか?」

 「いいや。むしろ今回の事件においては、最も巧妙に隠してあると言っても過言ではないだろう。凶器はあの個室の中にあった」

 「み、見つけてんのかよ!?」

 「分かるはずだ。あの部屋を見れば、犯人が何を使ってあの女を殺したのかが・・・」

 

 なんで古部来はこんなもったいぶった言い方をすんだ。っつうかあの糸が凶器じゃなかったとしたら、どうやってアニーを絞め殺したんだ。隠してあるって、引き出しの中にも特に凶器になりそうなものなんてなかったはずだ。

 

 「個室にあった・・・隠してある・・・絞め殺せるもの・・・?」

 

 俺は古部来の言った言葉を復唱して、集中して考える。あの個室の状況をもう一度頭の中に思い浮かべ、細かい部分まで再現していく。あそこにある何かが、アニーを殺した凶器なはずだ。

 六番個室は資料館の入口を入って仕切りを挟んだすぐ左側だった。照明を浴びて黒光りする重い造りの扉に金メッキのドアノブ、それを開いて正面には填め込みテーブルと引き出しがあるはずだ。中にはボックスティッシュがしまってあった。リクライニングの椅子には、血の気が消えたアニーが毛布にくるまって寝ていて、その頭には確かヘッドフォンがかけられてた。

 

 「・・・あっ」

 「ん?どしたしみず?」

 

 見つけた。アニーを殺した凶器を。古部来の言う隠してあるって言葉の意味もそれで通るはずだ。

 

 「ヘッドフォン・・・アニーがかけてたあのヘッドフォンを使ったんじゃねえか?」

 「ヘ、ヘッドフォン・・・?そんなものでどうやって絞め殺すんだよ?」

 「テレビに繋ぐコードなら、人の首を絞めるのに十分な長さと強度があるだろ。しかもあれは元々個室に用意されてたもんだ。現場に残ってたって別に怪しく見えねえだろ?」

 「・・・どうやら気付いたようだな」

 「な、なるほど!だからあのヘッドフォンは壊れていたのですね!」

 「壊れていた、というと?」

 

 まるでアニーが使っていたかのように残されてたヘッドフォン。けどあれは、犯人がアニーを殺すのに使ったもののはずだ。俺が説明した通り、あそこにあったって誰も不思議がらねえし、既に用意してあったものなら犯人にとっても使いやすかったはずだ。

 俺が説明すると合点がいったように、鳥木がまた大声をあげた。こいつの証言も、ヘッドフォンが凶器だって説をさらに強めるはずだ。

 

 「捜査中、少し気になってあのヘッドフォンを使用してみたのですが、音が掠れたり飛んだり、ずいぶんと調子が悪いようでした。他の部屋のヘッドフォンはそのようなことはなかったので、事件と関係しているとみていました」

 「モノクマがメンテナンスしなかっただけじゃねえのか?」

 「コラ!失敬なことを言うのは誰だ!ボクはこの合宿場の責任者として、オマエラの生活から備品の一つ一つまで全て管理してるんだぞ!サボったりなんかしないよ!大変なんだからな!」

 「はいはい、悪かった悪かった」

 

 六番個室のヘッドフォンの調子が悪かったのは、あのヘッドフォンが凶器だからだ。アニーの首を絞めた時にコードの中が切れたり捻れたりとかしたんだろう。

 

 「っていうことはさ、テーブルの上に置いてあったDVDとか、ヘッドフォンがアニーサンの頭にかけてあったのは、犯人の偽装工作って考えられない?」

 「えっと・・・ど、どういうことですか?」

 「アニーサンはヘッドフォンで首を絞められて殺されたんだ。だけど現場には切り取られたヴァイオリンの弦、そして発見時には毛布とヘッドフォンをかけて、DVDまで置かれてた。まるで、一人でDVDを見ていたアニーサンがテグスで首を絞められて殺された、という事件があったような状況じゃない?」

 「そして犯人は現場を離れる際に密室トリックを残し、アリバイ工作をも行った」

 「なんちゅうややこしいことを・・・。ここまで頭の働く奴となると、自然と犯人は絞られるのではないか?」

 「そんな不確かな指標で俺の『詰め』を鈍らせることは許さん。確実な証拠と論理的思考に基づく推理でなければ、俺は絶対に納得などしない」

 

 当たり前だ。んなもんテキトーに犯人決めるのと一緒だ。もう三人も人が死んでんだ。今更いい加減な投票で命を懸けるなんてあり得ねえだろ。

 ここまで分かったのは、犯行が望月以外の誰にでも可能だったってこと。そして凶器は個室にあったヘッドフォンのコードってこと。たったそれだけだ。時間をかけたからって真相が簡単に分かるわけじゃねえってのは、前回の裁判で分かったことだったはずだ。なのに、たったそれだけのことしか分かってない今が不安に思えてしょうがねえ。

 

 「ん〜・・・なあ、わかんねーことがあるんだけどよ」

 

 行き詰まった議論の中では、こんな奴の言葉にすら耳を傾けちまう。絶対に犯人は見つかる、と思ってた裁判前の気概なんか消え去って、どうしようもない漠然とした不安と恐怖がじんわり心の中に広がっていってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り13人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




学級裁判編です。むしろ、学級裁判変です。なんか二章は個人的に好きな出来になったんですが、うまいこと書けてません。自分の中の理想が高いのかなあ

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