ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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非日常編

 

 実に不可解だ。手元の時計は狂いなく動いている。望遠鏡のレンズには目立った傷も汚れもない。ということは、あれは疑いようのない事実なのだろう。

 

 「・・・」

 

 事実だからこそ、理解不能だ。一体何が起きている?この合宿場にはまだ何か秘密があるに違いない。もしかしたら、私たちは・・・。

 

 「あれ?・・・望月ちゃん」

 「ん、石川彼方か」

 

 不意に声をかけられて思考が途絶えた。思考と言ってもこれはまだ未完成な、仮説にすら至らない程度の疑念だ。直ちに明確な答えを要するものではない。

 次に、なぜ石川彼方がいるのか疑問に思った。しかし気付けば既に時刻は6時半過ぎ。朝食係ならば起きて食堂に向かう時刻だ。東側に山があるため日の出が遅く、早朝はまだ暗い。しかしもう空は明るくなっている。

 

 「おはよ。本当に天体観測してたんだ」

 「おはよう、石川彼方。いきなりだが、この望遠鏡を片付ける手伝いを求める」

 「え?いいけど・・・あ、じゃあ、後で朝ご飯の準備手伝ってくれる?」

 「交換条件か。了承した」

 「そんな大したもんじゃないわよ。じゃ、その毛布預かろっか?」

 「効率性を重視すれば、二人で器材を私の部屋に運搬した後、私が資料館に返しに行くという手順が望ましい」

 「んおっ、もちづきー!いしかわー!なにしてんだー?」

 「ちょうどいいところに男手が来たわ」

 

 石川彼方の力を借りて片付けをしようとしたところに、滝山大王が目を覚ましてきた。より効率的に片付けを済ませるため、滝山大王には少々精密機器の取り扱いに信頼性がないため折り畳み椅子やブルーシート類を、一方物品の扱いには信頼の置ける石川彼方には器材を任せ、私は毛布を資料館に返しに行った。

 時刻は夜時間の内だったが資料館はやはり開放されていて、自動ドアが自然に開く。

 

 「?」

 

 ふと違和感を感じた。早朝だというのに、資料館は、私が足を踏み入れる前から照明が点いていた。誰かが来ているのだろうか。しかしこんな早朝から何を目的に?

 

 「む」

 

 毛布のタグに記された数字に従い、五番の個室に毛布を返却した。石川彼方の朝食準備を手伝うため戻ろうとした時、隣の六番の個室のドアが閉まっていることに気が付いた。確か毛布を拝借しに来た時も閉まっていたはずだ。ここに誰かいるのだろうか。

 

 「おい。誰かは確認不可能だが、間もなく朝食になる。聞こえているか?」

 

 何度かドアを叩いて呼びかけた。しかし返事がない。眠っているのか、或いは映像資料でも観ているのだろうか。中にいるのが誰か確認できないため、私はその場を去った。いずれにせよ朝食には来るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の朝ご飯は何にしようかしら。トーストと目玉焼きにちょっとしたサラダで洋風にしようかしら。それともご飯を炊いて味噌汁と納豆と卵で和風にってのもいいわね。食材がたくさんあって色々できるだけに毎回悩むわ。ま、取りあえずご飯洗うの面倒臭いし、トーストでいいわよね。

 

 「いしかわー。おれなんかくいたいー」

 「うるさいわね。みんな揃ってからでしょ。あんたも手伝いなさい」

 「うぅ・・・はらへったしねみいからうごけねーよ」

 「あんたはいつも通りねまったく・・・。何も悩みなさそうで羨ましいわ」

 「ふわあ・・・おはようございますぅ」

 「あ、晴柳院ちゃん。おはよ」

 「おはようございます。本日も良い朝ですね。何かお手伝いできることはありませんか?」

 「あ、とりきー。なんかくいもん出してくれよー」

 

 まだ7時前だけど、みんながどんどん起きてくる。希望ヶ峰学園にいれば自然と生活リズムが正されるはずなのに、いつも遅刻してくる奴らは今までどうやって学園で生きてきたのかしら?神経を疑うわ。

 そんなことを考えながら、食パンを切り出してバターを塗って馴染ませてからトースターに入れてタイマーをいれる。熱しておいたフライパンにベーコンを敷くと香ばしい匂いがキッチンに溢れだした。全員分作るのにコンロ二つを使ってフライパン一枚に四つ卵を落として、水を入れて蒸らしたら、後は焼き上がりを待つだけ。その間にレタスを千切って洗ってからお皿に並べて、プチトマトと輪切りのキュウリを添えてドレッシングで簡単に味付けすれば・・・うん、まあこれで文句はないでしょ。サラダができところで、チーンとトースターが音を出した。フライパンの卵も良い具合の半熟加減ね。

 

 「石川、何か手伝おうか」

 「あ、六浜ちゃんおはよう。じゃあ、牛乳とジャムと・・・それからその辺りのもの出しといてくれる?」

 「分かった」

 「遅れたな石川彼方。今戻った。私も何か手伝おう」

 「あ!望月ちゃん。え〜っと、それじゃあ・・・」

 「では私はプレートとグラスを用意しておこう」

 「そう?それじゃ望月ちゃん。牛乳とジャム出しといて」

 「牛乳とジャム。承知した」

 

 望月ちゃんが戻ってきて、六浜ちゃんがキッチンを出て行った。自分より体の小さい望月ちゃんの方が、あたしと一緒にキッチンに入るのに向いてると思ったのかな。体とか色んな所が大きいのってうらやましがられるけど、結構しんどいのよね。肩凝るし。

 でもやっぱりみんな手伝ってくれるから、10人以上のご飯を用意するのも意外と苦じゃない。食堂に行くと、もうほとんどみんな集まってた。でも何人か足りないわね。

 

 「あれ?誰が来てないのかしら」

 「私が最後に来て・・・それからは誰も来ていない」

 「清水クンと古部来クンはいつも通りだけど・・・アニーサンと明尾サンが来てないね。珍しいや」

 「男子はどうせ寝坊でしょ。明尾ちゃんもあんまり早起きする子じゃないけど・・・アニーが来てないのは珍しいわね」

 

 数えてみたら、食堂にいたのは十人。やっぱり少ない。望月ちゃんが最後に来てってことは、後の人はみんな遅刻?古部来と清水はいつものことだけど。

 

 「ふわあ〜〜〜・・・うむ、おはよう諸君!」

 「ん、明尾さん。おはよう」

 「いや〜、昨日はつい夜遅くまで化石磨きに没頭してしまってな。特にアンモナイトの美しい紋様は特に気を遣う!だが、それがいい!!」

 「朝からうるさい方ですね。私の前ではその五月蠅いお口を閉じていていただけますか?」

 「あ、清水クン」

 「遅いぞ二人とも!10分の遅刻だ!」

 「うるせえな・・・」

 

 もういる分の人だけで先に朝食にしてると、明尾ちゃんと清水が起きてきた。明尾ちゃんの大あくびや清水の寝癖は、本当に寝坊したみたいね。っていうか早くしないとトーストと目玉焼きが冷めちゃうじゃない。あと来てないのは・・・。

 

 「あとは古部来とアニーか。古部来はいつもの通りだが、アニーがこの時間まで起きてこないのは珍しいな。いつも朝一でコーヒーを用意してくれているのだが」

 「そうだよね。純粋な牛乳なんて久し振りに飲んだよ。アニーさんのコーヒーも美味しいんだけどね」

 「そっか!だからきょうはなんかものたりねーかんじがしたんだ!アニーのおかしくいてーよ!」

 「・・・」

 「あ、古部来君。おはようございます」

 

 また食堂のドアが開いた。入って来たのは、いつも通りの仏頂面の古部来だった。今日もやっぱり朝食の時間には遅刻だけど、今日は少しだけ早い。相変わらず遅刻したことに悪びれもしない態度で、偉そうにふんぞり返って水を飲んだ。こいつは本当に集団に馴染むっていう概念がないのかしら。

 

 「これで、後はアニーだけ・・・」

 「・・・妙だな」

 

 なんとなく、食堂に不穏な空気が流れ始めた。だって、いつも一番乗りのアニーが、誰にも何の連絡もなしに遅刻するなんて。それにたぶんみんなの頭の中には、昨日のモノクマの言葉が過ぎってるはず。秘密をバラされたくなければ誰かを殺せって・・・。

 

 「な、なな、なんか・・・う、うち、アニーさんのお部屋に行ってきます!」

 「あっ!ちょっと晴柳院ちゃん!」

 「ボクも行くよ!」

 「ぐえぁっ!テメエコラ!!飯くらい食わせろ!!」

 

 この雰囲気を察したのか、晴柳院ちゃんが慌てた様子で食堂を飛び出して、その後を曽根崎が清水のパーカーを引きずって追いかけて行った。その辺りから、みんなの顔が暗くなっていったのが見てて分かった。あたしもちょっと不安になってきて、なんとなく誰かに寄り添いたくて、だけどいつも安心させてくれるアニーはいなくて。なんだか不安がどんどん大きくなってきて、自然と息が詰まってきた。

 三人が出て行って、すぐに戻ってきた。出て行った時と同じように焦りが分かる足音で、食堂のドアがまた開いた時に見えた晴柳院ちゃんの顔は、可哀想なくらい青ざめてて、曽根崎と清水の顔からもただ事じゃないって気迫みたいなのが伝わってきた。

 

 「・・・あ・・・あぁ・・・・・・!あに・・・!!」

 「ど、どうしたんじゃ晴柳院!しっかりせい!何があった!?」

 「アニーさんが部屋にいないんだ!」

 「!?」

 

 漠然とした不安が怖いからなのかな、心臓の鼓動がどんどん早くなってくのが分かった。それに喉が自分でコントロールできなくなってきたのか、小さな言葉が勝手に口からこぼれてく。指先が小さく震えてお皿同士がかたかた音を立てる。

 曽根崎の言葉でその場にいた全員が緊急事態だってことを察知して、アニーの身に何かあったんだって分かった。だけど部屋にも食堂にもいなくて、アニーがどこにいるかなんて、みんな分からなくて次の行動に移れない。

 そう思ったけれど、すぐにあの子が声をあげた。やっぱり誰もそんなこと予想してなくて、目を丸くして耳を傾けた。

 

 「そう言えば・・・」

 「!」

 「な、なんだ望月!何か心当たりがあるのか!」

 「先ほど資料館に借用した毛布を返却に行った際、六番の個室が使用中だ・・・おうっ」

 「アニー!!」

 「い、石川!待て!曽根崎、清水!石川を追いかけろ!」

 「う、うん!行くよ清水クン!」

 「はっ!?ちょ、ちょっとま・・・いだだっ!!」

 

 あたしは望月ちゃんが言い終わる前に食堂を飛び出した。焦ってたせいか、望月ちゃんを突き飛ばしちゃったみたいだったけれど、今のあたしはそれどころじゃない。後ろから六浜ちゃんの声と、曽根崎と清水が追いかけてくる音がしたけど、そんなの関係なしに一目散に資料館に向かっていった。

 資料館はやっぱりいつも通りで、あたしを焦らすように自動ドアはゆっくりと静かに開く。自分の体をねじ込みながら中に入ろうとしたけど、胸がつっかえて上手くいかない。いつもだったら気にならない時間なのに、今はすごくもどかしい。そうやってようやく中に入ったら、すぐ個室の並びを見た。

 

 「あれ・・・?」

 

 思わず声が出た。確か望月ちゃんは、六番が使用中だったって言ってたはず。だけど、見渡すと全部の個室のドアが開いてる。使用中の部屋なんてどこにもない。でも望月ちゃんは、六番の個室って言ってた。一番手前の、部屋。

 

 「・・・」

 

 中に入ろうとしたけど、そこで足が止まった。こわい・・・信じたくない・・・どうしたらいいか分からない・・・部屋の目の前に立ってるのに、中を覗くのが怖くて、そこで立ち止まったままになった。脚が震えて、その先に行くのを拒んでる。

 

 「テメエいつかマジでぶっ殺してやっからな曽根崎ィ!!」

 「お、怒ってる場合じゃないでしょ!!緊急事態なんだから!!石川サン!!大丈夫!!?」

 「あっ・・・!」

 

 急に静かな資料館の中に響いたのは、怒った清水の怒鳴り声と曽根崎の慌てた声だった。それが後ろから聞こえてきて、あたしは正気を取り戻した。ここで怖がっててもしょうがないって、自分に言い聞かせた。

 それでもやっぱり震えは止まらない。だけどあたしは覚悟を決めて、一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっ・・・!あっ・・・!」

 「い、石川サン!?石川サン・・・あっ!!」

 「・・・」

 

 望月の言葉で吹っ飛ばされたのかと間違うくらいの勢いで食堂を飛び出した石川は、その元気が嘘だったみたいに、その場でへたり込んで口元を押さえてた。その目は、六番の個室の中、外からは壁で見えない場所に向けられてて、強く見開かれてた。石川に駆け寄った曽根崎が同じ方向を見ると、やっぱり目を丸くした。

 それだけで、俺にはもうそこに何があるのか・・・いや、誰がいるのか予想がついた。だからなのか、個室の中を見た時、言葉も出なかった。

 

 「ア・・・ア・・・・・・アニー・・・・・・・・・!」

 

 必死に絞り出した石川の言葉が、その状況を一番的確に表した言葉だろう。俺と曽根崎はその場で、一歩も動くことができないような緊張感に縛られて、声さえ出なかったんだ。

 個室に用意されたリクライニングチェアが限界まで倒されて、その上に寝そべった状態で、アニーはそこにいた。全身に覆い被さる毛布と、頭にかけっ放しのヘッドフォン、そして完全に脱力した筋肉と閉じた瞼のせいで、まるでそこで眠ってるようだった。だが本当に眠ってるだけだったら、こんな放送は聞こえてこないはずだ。

 

 『ピンポンパンポ〜〜〜ン!!死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』

 「あぁ・・・ア、アニー・・・!」

 「マ、マジかよ・・・。マジで死んでんのかよ・・・!?」

 「・・・みんなも今の放送を聞いてるはずだ。直に捜査が始まる。石川サン、立てる?」

 

 こんな時でも、曽根崎は落ち着いてた。目の前に死体があるんだぞ?昨日まで当たり前みてえに生きてた奴が、目の前で冷たくなってんだぞ?しかもそれをやった奴が俺らの中にいるんだぞ?だが、そこまで思ってから気付いた。

 俺も案外、落ち着いてる。まだアニーの死体を直視できるほど冷静にはなってねえが、曽根崎の態度の違和感、石川が曽根崎に支えられて連れて行かれるのを見てよっぽどショックがでかかったんだな、って想像できるくらいには。飯出の時よりも見た目がグロくないからか?

 ぼーっとしてたら、椅子に石川を座らせた曽根崎が俺の背中を叩いた。目だけで、捜査を始めよう、って言おうとしてるのが分かった。そうだ。ここで終わりじゃねえ。死体が見つかったってことは、またあのふざけた裁判が始まるってことだ。

 

 「もうモノクマファイルが追加されてた。それは後で見ればいい。取りあえず現場はこの個室だね。・・・毛布、取るよ」

 「お、おう・・・」

 

 曽根崎が最初に手をかけたのは、アニーの体をきれいに覆った毛布だ。両端を摘まんでめくった。そこにナイフでも刺さってりゃ死因は一発で分かったんだが、そんなことはなくて、普通通りの恰好しかしてねえ。マジでまだ眠ってんじゃねえかって思う。

 

 「目立った外傷、衣服の乱れもない。テーブルの上も整ってるね」

 「・・・テメエ、なんでそんな冷静に捜査できてんだ」

 

 俺はぽろっと、本音がこぼれた。極端な動揺は俺もしてねえが、こんな淡々と死体やその周りをいじれるほどじゃない。そもそも気味悪くて本当なら近付きたくもねえ。こんなの、よっぽどの場数を踏んでねえとできねえだろ。

 

 「まさかテメエ・・・」

 「・・・今はそれどころじゃないよ。時間がない、早く始めよう」

 

 それだけ言って、曽根崎はまた捜査を始めた。なんだか軽くかわされた感じだ。だがそれどころじゃねえってのももっともだ。確かに今はモノクマの言う一定時間の間に、出来るだけ多くの証拠を集めなきゃならねえ。

 

 「石川!曽根崎!清水!今の放送はなんだ!!アニーはどうした!!」

 「ろ、六浜・・・ちゃん・・・!」

 「石川!大丈夫か!」

 

 放送を聞きつけた残りの奴らが、どたばたと資料館に入ってきた。そして青ざめながら震える石川を見て、あの放送が嘘じゃないって察したらしく、ほとんどの奴が個室を直接見に来ることもなく状況を理解した。石川は明尾と穂谷に連れられて、外のテラスに連れてかれた。捜査の邪魔になるからな。

 

 「やはり起きたか・・・愚か者共め。あれと同じことを繰り返すとは、まだ分かっていないようだな」

 「曽根崎君、何か証拠品は見つかりましたか?」

 「特に怪しいってものはないね。だから、この現場の状況を詳しく記録しておく必要がある。石川サンがカメラを持ってたはずだから、それを借りてきてもらえる?」

 「か、かしこまりました」

 

 テキパキと指示を与えて曽根崎は捜査を進める。他の奴らはどうすればいいか分からず、分かってても躊躇われて、ただ周りで立ち尽くしているばかりだった。けど、このまま何もせずに時間になって、この中の誰かに裏切られたまま死ぬなんてゴメンだ。俺は俺で、何かを探さなきゃならねえ。取りあえず曽根崎の捜査が終わるまで、資料館の他の場所を探索してみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取りあえずさっき曽根崎が言ってたモノクマファイルを確認することにした。これに載ってることをもう一回調べても意味ねえし時間の無駄だからだ。電子生徒手帳を開くと、お知らせページにモノクマファイルが届いたことが表示されてる。

 

 「絞殺か・・・」

 

 モノクマファイルの死因の欄には、はっきり絞殺と書かれてた。そしてアニーの首筋に残った細い絞め痕の写真も載せられてた。晴柳院が見たらまた悲鳴をあげるんだろう。

 それから、死亡推定時刻は夜中の1時過ぎ。ド深夜だ。飯食って望月の準備手伝わされたのが9時過ぎくらい、死体発見がついさっきだから、アニーが殺されてからかなりの時間がある。

 

 「?」

 

 そしてモノクマファイルの一つに、気になる部分があった。こんなもんわざわざ書く必要あんのか?書くってことは事件と関係してるんだろうが、意味が分からん。

 

 「襟に濡れた跡?」

 

 アニーの襟の後ろに、濡れた形跡があるらしい。どういうことだ?髪を乾かさなかったのか?それだったら一発で気付くし、そんな状態で資料館にいるのはどう考えてもおかしい。

 まあ、今すぐ結論を出そうとしても無理だろうな。所詮は凡人の脳みそしか持ってねえんだ。アニーを殺したのだって“超高校級”の誰かなんだ。俺一人で解決できるようだったらその前にどっかでボロが出てるはずだ。姿を見られたり・・・。

 

 「ん?」

 

 姿を見られたり?それが妙に引っかかった。自問自答してるみてえで気持ち悪いが、そこから何か分かりそうな気がする。犯行現場は資料館で、犯行時刻はド深夜。そんで朝までに犯人は誰にも気付かれないようこっそり部屋に戻って、何食わぬ顔で食堂に行ったんだよな。

 

 「あ」

 

 そうだ。夜中にアニーを殺した後に犯人が寄宿舎に戻ったんだったら、あいつが見たはずだ。俺は生徒手帳をしまってそいつを探した。案の定、ほとんどの奴が注目してる個室の方じゃなくて、全然違う場所を探してた。本棚の方にいるそいつの所に行って話をきいた。

 

 「おい」

 「?」

 「お前、昨日の夜中に誰か見てねえか」

 「・・・質問の意図を理解しかねる」

 

 本棚の上の方を眺めて口をアホみたいに開けてた望月に話しかけたが、一回じゃ理解できねえとか言いやがった。やたら小難しいこと言ってるくせに人の話聞けねえのかこいつ。っていうか分かんだろ。

 

 「モノクマファイルだと、アニーが殺されたのは夜中だ。資料館で殺してから寄宿舎に犯人が戻るまでお前の近くを通らなきゃならねえだろ。誰か見たか」

 「・・・なるほど。理解した。結論から言うと、誰も見ていない。私は専ら望遠鏡を覗くか、手元の星図しか見ていない。暗がりで個人の顔の判別までも可能な状況とは言えなかった」

 「そうか。役立たずだな」

 「役立たずで思い出した。お前に器材の準備の報酬を支払っていなかった」

 「いらん」

 

 クソが。こいつが犯人の顔さえみてりゃ証拠集めも裁判も必要ねえっつうのに、肝心なところで役に立たねえ奴だな。っつうかこんなところで何してやがんだ。

 

 「なんで個室を調べねえ」

 「あそこは曽根崎弥一郎に主導させておくべきだ。狭い中に複数人が密集すれば却って作業効率は低下する」

 「じゃあ何か見つけたんだろうな」

 「・・・あの個室に関する情報なら有している」

 

 俺が問い詰めると、望月は少し考えた後に言った。あの個室に関する情報だ?モノクマファイルに書いてあることぐらいじゃねえのか。備品とか部屋の造りとかは、六つの個室全部同じだから、今更言うほどのことでもねえ。

 

 「昨日の晩に、お前と曽根崎弥一郎が器材の準備をしている間に、個室の毛布を持ち出しに来たのだ。時刻は夜の九時前後だった。その時に、六番の個室が使用中であることを確認した」

 「あの時か」

 「そして、今朝その毛布を返却しに来たのだが、その時にもあの個室が使用中であると確認した」

 「は?」

 「厳密に言えば、夜も昼も、扉が閉まった状態であることを目視した、に過ぎない。しかしあの扉の構造上、使用中であることと同義としても大きな相違はないとされる」

 「・・・ってことは、朝まであの個室に犯人がいたってことか?」

 「死亡したアンジェリーナ・フォールデンスに施錠、解錠をすることは不可能であることは明白だ」

 「ああ・・・」

 

 やっぱり回りくどくて小難しくてややこしい言い方をしてるが、言いたいことは分かる。昨日の夜中から今朝まで個室のドアは閉まってた。だが夜中に閉まってたってことはそこに犯人とアニーがいたってことなんじゃねえか?それで朝にも閉まってたってことは、犯人がその時間までいたってことか?

 

 「施錠の有無も確認できていればよかったのだが、殺人までは想定しなかった」

 「ったく、しょうがねえ奴だな」

 「ところで・・・」

 

 俺が考え込んでたら、望月がその思考を遮るように言った。俺の後ろを指さしてる。

 

 「笹戸優真はそこで何をしている?」

 「あ?」

 「んあっ・・・!ご、ごめん・・・なんか入りづらい雰囲気だったからさ・・・。いい?」

 「バカにしてんのかよ」

 「そ、そういうわけじゃないよ。気に障ったなら謝るからさ」

 「それで、何か用があるのか?」

 

 本棚の陰からこっそり俺と望月の方を見てた笹戸が、望月に指摘されてバツが悪そうに笑いながら話しかけてきた。昨日の晩からこいつらはマジで、俺と望月をどうしてえんだ。今はそれどころじゃねえから話だけは聞いてやるが。笹戸は腕にやたらとデケえ本を抱えてた。

 

 「うん、この本なんだけど・・・変だと思わない?」

 「何がだ」

 「この本、栞が付いてないんだ」

 

 笹戸が持ってきたのは分厚いファンタジー小説だった。確か映画化もされててあらすじは小耳に挟んだ程度だが、小学生のガキが異世界を冒険するような感じだったか。つうか内容はどうでもいい。笹戸が言う通り、その本には栞が付いてなかった。

 

 「栞のねえ本くらいあんだろ」

 「この本、前に読んだことあるんだ。それにこんなページ数があるのに栞がないなんておかしいよ」

 「それは確かに。もしかしたら何か関係があるかも知れないな。記憶しておこう」

 「それから・・・石川さんと晴柳院さんがすごく落ち込んでて・・・」

 「あ?」

 

 石川が落ち込んでるっつうのはなんとなく分かる。そういやアニーと仲良さげにしてたな。最初に死体を見つけたのもあいつだったし、曽根崎に支えられてやっと歩けるような状態だった。さすがに俺だって死体なんか慣れねえし、それが仲良い奴だったら尚更だ。それはともかく、晴柳院まで落ち込んでんのか。

 

 「有栖川さんの件からやっと立ち直ったところなのに、こんなことになって・・・。しかもアニーさんって、よくみんなの相談とか乗ってたから、余計にショックみたいなんだ」

 「それを聞かされてどうすりゃいいんだよ」

 「だ、だから・・・優しくしてあげてねって」

 「精神的に疲弊している状態の晴柳院命に対し、更なる刺激を与えないよう注意しろと」

 「うん」

 

 めんどくせえ、単純にそう思った。なんで捜査もしつつあんな豆腐メンタルのチビに気ぃ遣わなきゃならねえんだよ。つうかなんで笹戸が俺らに言うんだよ。ったく、テメエの都合で俺に余計なこと考えさせんじゃねえよ。

 

 「ところで清水翔。今回の件で一つ気になることがある。捜査に同行してくれるか」

 「・・・まあ」

 

 他に調べようと思うところもねえし、まあ手持ち無沙汰だから付き合ってやらねえこともねえ。それくらいのつもりで答えたんだが、後ろで笹戸が気まずそうな顔をしてた。勝手に妄想すんじゃねえ気色悪い。

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル2)

場所:なし

説明:被害者はアンジェリーナ・フォールデンス。死亡推定時刻は午前一時頃。死体発見現場は資料館一階の閲覧用個室六番。椅子に寝そべってヘッドフォンと毛布をかけられた状態で発見された。目立った外傷はないが、首元に紐状のもので強く絞められた痕があり、呼吸困難による窒息死とみられる。また、後ろ襟に濡れた跡がある。

 

【望月の証言(夜))

場所:なし

説明:事件前日の夜九時頃、望月が資料館を訪れた際に六番の個室は使用中だった。それ以外の個室は全てドアが開いていたため、使われていたのは六番のみだった。

 

【望月の証言(朝))

場所:なし

説明:望月が資料館から持ち出した毛布を返却しに行った際、六番の個室は使用中だった。夜中からぶっ通しで使われていたと思われる。

 

【分厚い小説本)

場所:資料館一階、本棚

説明:複雑な家庭事情を持つ子供の異世界冒険譚。とんでもないページ数にもかかわらず栞が付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 望月の気になるところに行く前に、少し個室の様子を覗いてくことにした。そろそろ何か分かっただろ。と思って見てみたら、曽根崎が個室から追い出されて古部来と鳥木が中を捜査してた。何してんだあいつ。

 

 「おい、何か分かったか」

 「あ、清水クンと望月サン!」

 「個室の捜査は曽根崎弥一郎が担当していたのではなかったか?」

 「あはは・・・そうだったんだけど、ボク一人じゃ信用できないって古部来クンが言ってさ。そんで古部来クンと六浜サンで捜査しようってなったら、六浜サンが狭い個室で男女が密着するなど言語道断とか言い出してめんどくさいなーってなって、だったら鳥木クンならいいんじゃない?ってことになってじゃあそれでって」

 「なげえ」

 「なるほど」

 「で」

 「でっていう?」

 「質問に答えろっつってんだよカエル野郎」

 

 いらねえことばっかべらべら喋りやがって。六浜のくだりはマジでいらねえ。テメエは聞かれたことだけ答えてりゃいいんだよ。分かったことあるかって聞いてんだろうが。

 

 「カエルって!それ緑色ってだけでしょ!ボク全然目ぎょろっとしてないでしょ!」

 「いいから答えろ」

 「う〜ん、部屋の中はそれほど荒れてなかったし、争った形跡はないね。一番気になったのは、テーブルの上にこれが落ちてたことかな」

 「それは・・・天蚕糸か?」

 「プラスチックの糸だね。テーブルの隅っこにあったんだ」

 「確かアンジェリーナ・フォールデンスは絞殺されたのだったな」

 「ってことは、それが凶器か」

 「さあね。あとは、ゴミ箱に大量のティッシュがあったことが気になったかな。ボクの知る限り、あの個室だけ頻繁に使われたことはないのに、他の個室よりティッシュの消費量が異常なくらい多かった」

 「なるほど、それは興味深いな」

 

 テグスとティッシュか。望月の言う通り、テグスはたぶんアニーを殺すのに使ったんだろう。ティッシュがねえってのは、何かを拭いたのか。飲み物こぼしたとかそんくらいか?そのティッシュはもうちょっと調べとく方がいいな。古部来と鳥木の捜査が終わったら調べてみるか。

 

 「では、それ以外に何かなかったか?」

 「ざっくりとしたところだと、テーブルの上にDVDが三枚あって、一枚は再生が終わった状態でレコーダーから見つかったよ」

 「DVDというと、デジタルバーサティルディスクのことか」

 「そう、デジタルバーサティルディスクのこと」

 

 なんでもいい。部屋の造りで他の部屋と違うところなんかねえし、六番個室が現場になった理由っつったら、単純に入口に近くて使いやすかったからだろ。なんとなく個室の方を見たら、曽根崎の言うとおり古部来と鳥木が個室の中を捜査してた。

 それはまあいいんだが、その隣の五番の個室の中をうろうろしてる奴がいた。遠くから見ても分かるロン毛にごてごてちゃらちゃらした服装は、間違いなく屋良井だ。

 

 「おい、屋良井」

 「ん?うおっ!?な、な、なんだよ・・・」

 「何してんだ。こんなとこで」

 「そ、捜査に決まってんだろうがよ。現場が個室だったから、こっちにもなんかねえかなって」

 「現場は隣の個室だが?」

 「だから隣の個室と比べりゃおかしいところが分かんだろって。それに、ここの毛布は使った形跡があったぜ」

 「それは昨日私が使用したためだ」

 

 アニーの死んでる部屋の隣の部屋を調べて何になるってんだ。調べてるって感じだけ演出してんのか。見つけたら見つけたで分かりきったもんしか出て来ねえし。

 

 「あっそ・・・ま、こっちはこっちで調べとくわ」

 「そうか、では清水翔。行くぞ」

 「あ?お、おう・・・」

 

 一応捜査のスタンスはとってるが、屋良井からは大した情報は出なさそうだ。それを察した望月も屋良井を見限って、さっさと個室を出た。屋良井が苦々しい顔をして俺のことを見てたが、もう気にすることもねえ。曽根崎はてっきり俺と望月についてくるかと思ったが、まだアニーの死体を見たショックから立ち直ってない石川と付き添いの明尾と晴柳院の方で話を聞いたりしてた。俺に絡んでこねえなら別になんでもいい。

 望月はそれに全く興味を持たず、テラスじゃなくて二階に上がってった。なんで二階だ?資料館の中とはいえ、二階にも証拠があるとは思えねえ。

 

 「ここには多くの楽器がある。殺害の際やトリックを仕掛ける際に、非常に様々な器具が用意されているというのは犯人にとって都合が良く、利用した可能性も高い」

 「・・・けど絞殺だろ?ロープ的なもので殺したんだったら、楽器なんか使うわけねえだろ」

 「清水君の頭の中には、弦楽器という概念がないようですね」

 「あ?」

 「穂谷円加か」

 

 二階に上がったら、望月がまず楽器置き場を指さして言った。確かに楽器も使いようによっちゃあ人殺せるかも知れねえが、どうやって楽器で絞め殺すんだ。そう思ってたら、大型の楽器置き場から嫌みっぽい笑みを浮かべた穂谷が出て来た。手にはバイオリンと弓を持ってて、捜査っていうより今から舞台に上がっていきそうな勢いだ。

 

 「アニーさんは絞殺、つまり紐状の物で首を絞められたそうですね。ギターやバイオリンはもちろん、ヴィオラ、琴、三味線、ウクレレ、ハープ・・・糸を使った楽器は多くあります。更に言えば、そこのグランドピアノの内部にも金属の糸を使用しています。学のないあなたはご存知ないようですが」

 「そうかい。学のねえ奴にそうやってひけらかしていい気になってるどこぞの女王様も、よっぽどみっともねえがな」

 「うふふ・・・あなたに嫌みを言える知能があるとは、驚きです」

 「しかしそれらの糸を使用した形跡がなければ、凶器がそれとは言い切れないぞ」

 「ヴァイオリンの弦はE線、A線、D線、G線の四本の弦で構成されています。しかし、このヴァイオリンにはG線が張られていません。これでは、バッハの『管弦楽組曲第三番』、第二楽章『アリア』のウィルヘルミ編曲『G線上のアリア』が弾けません」

 「ほう、流石は“超高校級の歌姫”だな。そのゲーセンがないのはよほどのことなのか?」

 「決してあり得ません」

 

 きっぱりと穂谷は言い切った。その態度はいつもの不敵でクソみてえに嫌みな感じだったが、望月に対しては強気で、どこかキレてるような雰囲気もあった。やっぱ歌姫っていう“才能”なだけあって、楽器で人を殺したってことが許せねえんだろうか。ま、こんな奴がそこまで思ってるか分からねえけど。

 バイオリンの弦は外されたっつうよりも、何かで切られたみてえにすっぱりいかれてた。弦の材質は分からんが、ハサミかカッターかありゃ切れるもんなんだろう。

 

 「楽器で他におかしなところは見当たりませんでした。手っ取り早く凶器を用意した、というところでしょうか。あなた方のように芸術に理解のない残念な方ですね」

 「あなた方のように?私や清水翔が犯人でないと断定しているのか?」

 「いいえ。むしろあなた方こそ疑わしいです」

 

 そう言って穂谷は、バイオリンと弓を置いてにっこり笑った。裁判前から牽制されたのか知らんが、よくそんなこと面と向かって言えるな。望月は念のためと自分で楽器をいじって何かないか調べてたが、穂谷の言うとおりやっぱり何もなかったみてえだ。わざわざ俺らが来て調べる必要なかったな。

 

 

コトダマ一覧

【糸)

場所:個室(六番)

説明:個室のテーブルの隅で発見された半透明の糸。何かから刃物で切り取られたようだ。

 

【ゴミ箱)

場所:個室(六番)

説明:閲覧用個室の中にある小さなゴミ箱。大量の使用済みティッシュが入っている。

 

【DVD)

場所:個室(六番)

説明:アニーの見つかった閲覧室にあった。「THE・101」「デイビフォアイエスタデイ」「一週間だけフレンズ」の三本

 

【毛布(六番))

場所:六番個室

説明:閲覧用個室にもともとあったもの。遺体が寝ているかのようにかけられていた。

 

【テレビ)

場所:個室

説明:映像資料を見るためのもの。外の放送は受信できない。

 

【ペン立て)

場所:個室

説明:文房具や工具など様々な物が用意されてる。

 

【扉の鍵)

場所:個室

説明:閲覧室のドアを閉める鍵。レバーを回して金具を通すタイプで、自然に施錠も解錠もしないほど重い。

 

【番号シール)

場所:個室

説明:個室の扉や備品に貼られた数字の書かれたシール。閲覧室と同じ番号が振られている。

 

【使用された毛布)

場所:五番個室

説明:五番個室の毛布に使用された痕跡があった。望月が天体観測の際に使用したらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二階は調べ終わったが、まだ個室の捜査が終わってねえみてえだ。他に調べるところも大してねえし、どうしようかと思ってたら、階段を降りたところでテラスにいる石川たちが目に入った。別にそっちに行くつもりもなかったが、望月が袖を引っ張って行くから俺も行かざるを得なくなる。なんでめそめそ泣いてる女のとこに行かなきゃなんねえんだよかったりい。

 

 「事件が発生した当時、この場の全員それぞれが何かしらの活動をしていたはずだ。そこに証拠や情報がないとは言い切れない」

 「・・・ったく」

 「安心しろ。同性同士の方が話しやすいだろう、石川や晴柳院には私から聞く。お前は滝山らに話を聞いてくれ」

 「はあ・・・めんどくせえ」

 「そう言うな。死ぬよりマシだろう」

 

 なんでさらっとそういうことが言えんだよ。そりゃ確かにこの状況で情報一つ見落とすことが自分の死に直結しないこともないってのは分かってる。だからずっと緊張感持ってて落ち着かねえし、改めてそんなことも考えたくなかった。なのにこの無神経バカが言うから、またヤな感じになっちまったじゃねえか。

 テラスの一番手前のテーブルに、石川と明尾と晴柳院が座ってて、石川はテーブルに突っ伏して深呼吸して落ち着こうとしてる。晴柳院は明尾に背中をさすられてて、その隣のテーブルで滝山が何か食ってた。なんでだ。

 

 「おい、滝山。なんだそれ」

 「んあ・・・しみずか。あさめしだけじゃハラいっぱいになんなくてさ・・・」

 「よく飯なんか食えんな。あそこでアニー死んでんだぞ?」

 「う、うぅ・・・そうなんだよ。いっつもあさめしのまえはアニーからおかしもらってて、その分くってねえから・・・」 

 「そうじゃねえよ」

 

 こいつはどうやら、人が死んだ殺したよりも自分の胃袋の方が大事らしい。やっぱりまともな常識をこいつに求めても意味がなさそうだ。どうせ何の情報も持ってねえんだろ。コロネ置け猿。

 

 「念のためきいとくが、昨日の夜中とかなんかあったか?殺しに関係ありそうなこと」

 「ん〜・・・なんもわかんねえ・・・」

 「そうか、役立たずだな」

 「だってさあ、犯人のニオイでもありゃまだいいのに・・・なんもしなかったんだよなあ」

 「当たり前だろ」

 

 そりゃ少なくともアニーは一晩中あそこにいたんだ。犯人の臭い辿るなんて本物の犬みてえなことできんだったら手っ取り早かったが、それもできねえくらいに臭いが消えるに決まってる。つうかこの資料館、やたらと本の扱いに慎重なのか消臭剤とか埃取りとかすげえ用意してある。アホかってくらい。

 

 「あ、でもおれアニーのこといっこしってるぞ」

 「教えろ」

 「あのな、あいつすっげえんだぞ。こだわりっていうの?そういうのが」

 「こだわり?」

 「コーヒーってにげえから、さとういっぱい入れようとしたら、この分だけしかダメ!とかまずはニオイかいでからのめ!とか」

 「・・・」

 「あと、テキトーにコップとってきたら、このコーヒーにはこっちのコップがいい、とか」

 「すげえどうでもいいな」

 

 アニーのコーヒーに対するこだわりなんか今更だ。あいつは“超高校級のバリスタ”って言われてたほどだからな。俺も前にコーヒーを飲んだ時にあれこれ言われたもんだ。それはうざかったが、まあコーヒーは美味かったから別に気にしちゃいなかった。

 

 「ちっ、大事な時に役に立たねえ野郎だな」

 「んん〜〜〜・・・」

 

 妙な呻き声だけあげて、滝山はコロネを咥えたままテーブルに突っ伏した。これじゃしょうがねえから、俺も石川たちの方の話を聞くことにした。滝山よりはマシだろ。まともな会話ができる状態かなんて知らん。それどころじゃねえんだよこちとら。

 

 「むっ、なんじゃ清水。お前さんも話を聞きに来たんか」

 「別に。あの猿からはろくな話が聞けねえと思ったからこっち来たまでだ。同じならそれでいい」

 「石川彼方も晴柳院命も正常な捜査が行える状態ではない。明尾奈美はそれに付き添っているため、捜査の任務を免除されている状態だ。誰かが付いていなければ精神面で危うい状態にあるからな」

 「分かってんだよ、んなことは。チビはともかく、石川、お前は第一発見者だろ。なんか見たりしてんじゃねえか?」

 「ストレート過ぎじゃ!!もうちょっとコブラツイストに・・・ん?ビブラートか?ええい、なんでもいい!とにかくこう、まるっとせんかい!」

 「抽象的過ぎてまったく意図が伝達されていないな」

 

 一応落ち着いてる明尾だが、こいつは元から馬鹿で変態だから当てにはしてねえ。それよりも、手が付けられてない現場を見てアニーと仲が良かった石川なら、何か有力な情報を持ってるかも知れねえ。

 俺が質問すると、石川はゆっくり頭を上げて俺を見た。目元はまだ湿ってて、赤くなってた。ここまであからさまに泣いてましたって面は久々に見た。若干俺を睨んでる気がするが、俺は睨まれる筋合いなんてねえだろ。いいから何か教えろ。

 

 「・・・・・・なんにも覚えてないわよ・・・。だって・・・どうしてアニーが殺されなきゃいけないのよ・・・!アニーがあんたたちに何をしたのよ・・・!あんなに優しくて良い子が、どうして!!」

 「お、落ち着け石川!!ほら見ろ!!せっかく落ち着いたのにまたこの調子じゃ!!」

 「いつもみんなのために美味しいコーヒーを淹れてくれてたのに・・・みんなを心配して辛い時に相談に乗ってくれてたのに・・・あたしは犯人を許さない!!あの子を殺した奴を殺してやる!!あの子の写真だってあるんだ!!犯人が何をしたか思い知らせてやるんだ・・・!!」

 「い、石川!分かった!一度水を飲め。落ち着け、冷静にならなければいかんぞ。・・・考えたくはないが、わしらはいつまでも自由に捜査ができるわけではないんじゃ」

 「・・・」

 「アンジェリーナ・フォールデンスは石川彼方にとって相当に重要な人物であったのだな」

 「石川さんだけやありません・・・」

 

 俺はただ質問しただけなのに、石川はそれに答えるどころか見当違いのことを怒鳴り散らした。後ろのテーブルで滝山が驚いて椅子ごとひっくり返った音がした。そんなこと俺に言われても知ったこっちゃねえんだがな。明尾が慌てて石川を座らせて水を渡すと、今度は晴柳院が顔を上げた。もう俺この話に興味ねんだよな。

 

 「アニーさんはうちにも優しかったですし・・・昨日うちらがばらばらになった時にも、六浜さんのためにホールに残ってはりました・・・。あの人はいつも、うちらのために尽くしてくれてはりました・・・」

 「それは確かにのう。毎朝コーヒーを用意したり、わしも料理を手伝ってもらったもんじゃ。まったく・・・惜しい奴を亡くした」

 「感傷に浸っててえならそうしてろ。ちっ、何の情報もねえじゃねえか」

 「そうか?私は有益と思われる情報を入手したが」

 

 結局この三人から得られた情報は大したものじゃなかった。テラスにいる奴らはどいつもこいつも役に立たねえから資料館から追い出された奴らだったらしい。これなら屋良井みてえに他の個室を調べた方がまだ有意義だったかも知れねえ。時間を無駄にした、冗談じゃねえな。

 だが俺とは違い、望月は何か情報を得たらしい。一応滝山との会話も聞かれたが、それを聞いて望月はなんだか分かんねえが頷いてた。あの中の何が引っかかったんだ。

 

 

コトダマ一覧

【バリスタのこだわり)

場所:なし

説明:“超高校級のバリスタ”であったアニーは、普段からコーヒーに関して細部にまでこだわっていた。そのこだわりこそが彼女の淹れるコーヒーの美味しさの秘訣なのかもしれない。

 

【超高校級の写真コレクション)

場所:なし

説明:石川が集めていた生徒達のサイン入り写真のコレクション。明尾、アニー、有栖川、飯出、笹戸、晴柳院、滝山、鳥木のものがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてと、本棚の辺りも二階もテラスも捜査はしたし、そろそろ個室の捜査も終わっただろ。相変わらず曽根崎は手持ち無沙汰そうに本棚の辺りをうろうろして、古部来と鳥木が個室の前辺りで話し込んでる。古部来が話してるって状況がなんとなく気持ち悪い。普段は誰かとあんなに話すなんてあり得ねえが、流石にそうも言ってられねえと分かったんだろう。

 

 「む、清水と望月か。お前たち随分と捜査に積極的だな。いや、頼もしい限りだ」

 「六浜童琉。お前は石川彼方たちについていなくていいのか?」

 「・・・どういう意味だ?」

 

 テーブルに紙と電子生徒手帳を置いて既に推理を始めてるのか、六浜は席に着いて考え事をしてた。俺と望月に気付いたらしく声をかけてきたら、望月がすかさず返した。なんでそんなこと聞くのかも、どういう意味なのかも分かんなかった。

 

 「お前は私たちのリーダーを買って出ていたと記憶していたがな。構成員が衰弱している際に鼓舞し、奮起させるのが役割だと推定される」

 「なんでいきなり嫌み言ってんだよ・・・」

 「嫌み、になるのか?」

 「いいんだ清水、望月に悪意はない。それに、この事件は私の失態によるものだ・・・」

 「は?」

 

 何を言い出すかと思ったら、六浜は急に真面目な口調で語り出した。聞いてねえっつうの。

 

 「みんなが私をリーダーと言うのなら、私はそうなろう。それに私自身、飯出の背を追った自覚はある。だから私には、お前たちの身の安全について責任がある。私がお前たちを守り、まとめ、協力させなければならなかった。にもかかわらず、昨日の私は何もできずにいた。それが私の失態だ」

 「気に病むことではない。十四人の人間を一度に統率するのは非常に困難だ。しかも社会的地位に明確な差がなければ、より一層それは難しくなる」

 「ふふ、望月は私よりよっぽど素直で分かりやすい奴だな。それに正直だ」

 「そうだろうか」

 

 望月が分かりやすいだと?こんな機械みてえでわけ分かんねえことばっか言うような奴のどこが分かりやすいんだ。こいつ、あんまりプレッシャーが重すぎて、その上殺しまで起きておかしくなったんじゃねえか。そう思ってたら、六浜はビニール袋を取り出した。よく警察とかが証拠品を入れるやつだ。なんで持ってんだよ。

 

 「励ましてくれた礼というわけではないが、先ほどこんなものを見つけたぞ」

 「なんだこれは。紙か?」

 「掃除する粘着テープのやつか」

 「ああ。この埃や毛は資料館のものだ。向こうの椅子の裏に貼り付けて隠してあった。どこを掃除したものかは・・・言わずもがなだろう」

 「でも髪とか付いてねえぞ」

 「それほど犯人は神経質になっていたということだ」

 

 いわゆる、コロコロってやつだな。けど貼り付いてるのはただの埃くらいなもんだ。大した証拠にはならなさそうだ。だいたい殺人なんかしたら自分の証拠を消そうとするのは自然なことだ、その上この状況じゃ徹底的にやるはずだ。神経質にもなんだろ。

 やっぱ本命は古部来と鳥木の捜査結果か。部屋には色々とあるはずだろ。俺は六浜はもうどうでもいいから、さっさと二人が話してるところに行った。

 

 「おい」

 「はい。なんですか清水君?」

 「捜査は終わったのかよ」

 「当然だ。今情報の整理をしている。馬鹿は去れ」

 「あ?テメエらが共犯って可能性もあるんだよ。情報があんなら公表しろ。それとも死にてえのかよ」

 「ま、まあまあ。いずれ皆さんにも公にすることですし、彼に教えても問題ありませんよね。古部来君」

 「・・・勝手にしろ」

 

 ったくめんどうくせえ奴だな。いちいち喧嘩腰にならねえとまともな会話もできねえのか。時間の無駄なんだよ、そんなことしたって。結局古部来は俺とは話したくないらしく、鳥木に丸投げして自分は黙った。ああめんどくせえ。

 

 「おおまかなことは曽根崎君が調べたと思うので、細かな部分だけ説明いたします」

 「それでいい」

 「まず、引き出しの中にティッシュ箱があったのですが、中のティッシュが全て使用されていて空でした。ゴミ箱に大量に捨ててあったので、何かに使用したと考えられます」

 「全部か」

 「ええ。ですが、代わりにこんなものが入っていました」

 

 そう言って鳥木は、取り出したティッシュ箱に手を突っ込んで、中から妙なものを取り出した。なんだか分かんねえがどうやら金属片みてえだ。ぐにゃぐにゃになってるが、何かで叩き潰したような形をしてる。一枚の板みてえになってて元々どんな形してたのか分かんねえ。だが、これで殴り殺したとか斬り殺したとかは無理だろ。投げつけりゃ痛そうだが。

 

 「犯行に使用した何らかの証拠と思われます。それから、個室の入口付近に糸くずが落ちていました。カーペットで見えづらかったのですが、隠したという風ではありませんでした。こちらです」

 「なんだろうな」

 「アニーさんは絞殺とありましたが、流石にこれは短すぎます」

 「だろうな。他は」

 「そうですね・・・テーブルに備え付けてあるペン立てには様々な文房具や工具がありましたが、隣の個室の備品と比べてみたところ、カッターナイフがなくなっていました。周辺も捜索したのですが、どこにもありませんでした。犯人が持ち去ったと思われます」

 「カッター・・・でもアニーは絞殺だろ?」

 「ええ。しかし敢えて犯人が持ち去ったというのは、何か重要な証拠であると考えられます」

 

 ティッシュ箱の鉄くずに糸くず、それから消えたカッターナイフか。全然分かんねえなクソ。っていうか曽根崎の捜査はどんだけザルだったんだよ。こんなにばかすか色んな証拠品出てくんじゃねえか。もっとちゃんと調べやがれアホ眼鏡。割るぞ。

 

 「それから・・・これは私の気のせいかも知れないので、あまり確信を持ってお教えできるものではないのですが・・・」

 「なんだよ」

 「アニーさんがかけていたヘッドフォンなのですが、少しそれで音を聴いてみました。しかし、ところどころで音が飛んだり雑音が混じったり、ふっと聞こえなくなったりと・・・ずいぶんと具合が悪いようでした。とても映像資料の視聴に使える状態とは思えません」

 「モノクマの管理が雑だったんだろ」

 「そうでしょうか・・・。それと、もう一つございます」

 「まだあんのか」

 「アニーさんのご遺体を一度動かしたのですが、その際に彼女が付けていた指輪がずり落ちてしまったのです」

 「それがなんだよ」

 「通常、指輪は指のサイズに合わせて作ります。指輪を作った時から極端に痩せた場合は別ですが。なので自然に落ちるなどあり得ないのです」

 「・・・あるんじゃねえの?そんくらい」

 

 指輪の勝手なんか知らねえが、他の連中にもきいてみりゃいいだろ。つうかアニーの奴、指輪なんかしてたか?そんなとこまで注目することなんてなかったから、あいつが指輪をしてるってこと自体が俺にとっては一つの情報だった。

 やっぱり個室には色々と証拠や情報があった。これからあの場所で推理をする時に参考になることは間違いないはずだ。そしてまた、モノクマの放送が資料館に響いた。

 遂にこの時が来ちまった、そんな雰囲気に包まれながら、俺たちは一人、また一人と寄宿舎の赤い扉に向かっていった。石川は相変わらずふらふらしてて、明尾に付き添われて歩いていった。ほとんどの奴は相変わらず、むしろ最初にここに来た時よりも不安そうに、赤い扉の前に集合した。扉の開くぎりぎりという音が、モノクマの悪意に満ちた笑い声に聞こえたのは、たぶん俺だけじゃないはずだ。

 

 

コトダマ一覧

【粘着ペーパー)

場所:資料館一階

説明:資料館内の椅子の裏に貼り付けられていた掃除用の紙。ほこりや紙くずが付着してる。

 

【ティッシュ箱)

場所:六番個室

説明:六番個室の引き出しにあった普通のボックスティッシュ。全てのティッシュが使用され、同個室のゴミ箱に捨てられていた。

 

【鉄片)

場所:六番個室

説明:ティッシュ箱の中に入っていた鉄片。歪に変形し原型が分からない。

 

【糸くず)

場所:六番個室

説明:六番個室の入口付近に落ちていた短い糸くず。両端は切断されたような痕がある。

 

【消えたカッターナイフ)

場所:六番個室

説明:全ての個室のペン立てに備えてあるもの。六番個室のカッターのみ、事件後にペン立てからなくなっていた。犯人が持ち去ったと思われる。

 

【壊れかけのヘッドフォン)

場所:六番個室

説明:アニーがかけていたヘッドフォンは調子が悪いようで、まともに使える状態ではなかった。他の個室のものは何も問題なく使用できる。

 

【アニーの指輪)

場所:六番個室

説明:アニーの人差し指に嵌められていた銀色の指輪。サイズが合っていないのか、自然に抜け落ちてしまうほど大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り13人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




事件です。事件が起きました。犯人は一体誰なのでしょうね。ところで今日は屋良井の誕生日です。今年に入って既に六人目です

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