エレベーターは降りていく。金属がぶつかり擦れる音が地下の硬い壁に反響して不気味に響く。地上を出発してから到着まで、このまま地の底まで降りるんじゃないかって思うぐらい長く感じた。
「うっ」
思わず声が漏れるような衝撃と共にエレベーターは停止した。がらがらと鉄格子の門が開くと、そこは今まで見たことのない部屋だった。
やけに派手な模様の壁紙とカーペットで覆われて見るだけで目がちかちかする。だだっ広い部屋の真ん中には妙なデザインの円形のテーブルが置かれて、全部で16の仕切りで分けられてた。真っ正面にはそのテーブルよりずっと大きな椅子・・・まるで玉座だ、それが置かれていた。
「・・・なんだここは」
「やっと来たねオマエラ!うぷぷぷぷ!それじゃ、それぞれの名前が書いてあるところに立ってね!早く早く!」
「モ、モノクマ・・・!」
「大丈夫だ。言う通りにしよう」
玉座の陰から、いつものようにふざけた笑みを浮かべたモノクマが顔を出した。六浜はそれにも臆さず、先陣を切ってモノクマに従う。俺たちもそれに続いた。
俺の名前が書かれた場所に立つと、なぜかその光景に既視感を覚えた。円形に並んだ15人、そして俺のすぐ右の席に立てられた妙な写真。これは・・・。
「飯出・・・」
「な、な、なんのつもり・・・!?こんなの・・・!」
「ひどいなあ、オマエラに気を遣ってやってるのに。死んだからって飯出くんだけハブるつもり?こわいなあ現代っ子って!飯出くんはオマエラのことを仲間だと思ってたよ、だからこうして連れてきてあげたのに!」
「遺影か。良い趣味をしてるな」
「マジで言ってんのかこぶらい・・・」
「ひ、皮肉に決まってんだろ!決まってるよな?」
「当たり前だ」
飾られてたのは飯出の遺影だった。けど血のような赤色でその写真にバツマークがしてある。何が仲間を連れてきただ、モノクマは完全に飯出の死を馬鹿にしてる。こんなことになんで俺が付き合わされなきゃならない。
「全員揃ったね。オホン、それじゃあ始めていこうか」
「は、は、は、は、はじめるて・・・・・・なにを・・・?」
「うぷぷぷぷぷぷ!が、が、が、が、学級裁判に・・・・・・決まってるじゃないか!」
「・・・学級・・・裁判・・・・・・?」
ビビりまくる晴柳院のマネをしてモノクマが嘲った。そこで気付いた。まるでこの部屋、裁判場みてえだ。ニュースで見るような地味で厳しい感じのする場所じゃねえけど、このテーブルも雰囲気も、なんとなく裁判場を彷彿とさせる。でも、裁判場って罪人を裁くところだろ?ここは一体何をするところなんだ?
「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう!学級裁判の結果はオマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘出来れば、クロだけがおしおき。だけど・・・もし間違った人物をクロとした場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけが、希望ヶ峰学園に帰ることができまーす!」
「ク、クロ?おしおき?一体何を言ってるのモノクマは?」
「クロとは・・・犯人のことだな?私たちにここで犯人捜しをさせるつもりか」
「せいかーい!自由に議論し合い、追及し合い、騙し合い、疑い合い、クロを決定してください!」
六浜が確認した。裁判ってのは例の犯人捜しのことか。ここで話し合いで犯人を見つけ出せってのか?なんでこんなゲームみたいなマネしなきゃならねえんだ。それに、もう一つ分からない言葉がある。
「おしおきとはなんだ?」
「うぷぷぷぷ♫そんなの分かるでしょ?人殺しであることがバレちゃったらどうなるか・・・」
「・・・処刑か?」
「そのとーーーーーーーーーーーーり!うぷぷぷぷ♫ちょーーーーーーーーーーうエキサイティーーーーーーーンなことうけあい!ワクワクとドキドキが止まらないスーパースペシャルな処刑で、オマエラのことをぶっ殺しちゃうことなのです!」
「しょ、しょしょしょしょしょしょしょけいてええええええっ!!?」
「飯出クン殺しの犯人を指摘できればその犯人だけが、それができなければ犯人以外のみんなが処刑される。こう言いたいの?」
「何度も言うよ。オマエラは確かにボクを愛してる。じゃなかった、その通りだよ」
「い、いのちがけってことですか・・・!」
「な、な、なんだよそれ!!裁判とか処刑とか・・・聞いてないんだけど!!」
「言ってないもん。心の中が読めるエスパーなら、知ってたかも知れないけどね!」
モノクマが俺たちに要求したのは、この場で飯出殺しの犯人を見つけろ、それができなきゃ死ぬ、ということだ。理解はできるが納得できない。いや、ここに来てからこいつの言うことに納得したことなんてない。理解できるだけまだマシなんだろう。モノクマは楽しそうに玉座に腰を下ろして一息吐いた。
「さ、くだらないおしゃべりももう飽きたんで、さっさと始めちゃってくださいな」
「勝手だなお前ぇ!!」
こんな条件で犯人捜しなんかしたくねえ。けどこうなった以上はやるしかないんだろう。こんなこと誰一人として本意なわけがない。命懸けの犯人当てゲームなんて。
命懸けの議論、命懸けの弁明、命懸けの追及、命懸けの推理、命懸けの投票・・・頭がおかしくなりそうだ。それでも逃げるなんてできねえ。ここで、人殺しの正体を暴くまでは・・・!!
コトダマ一覧
【盛り塩)
場所:宿舎の廊下
説明:晴柳院が、毎日部屋の前に供えていた盛り塩が一部消えていた。下に敷かれていた紙はくしゃくしゃになっていた。
【なくなったナイフ)
場所:キッチン
説明:事件前日の夕飯から当日の朝にかけて、キッチンの包丁が一本なくなっていた。なくなったのは一番小さな果物ナイフ。
【モノクマファイル1)
場所:なし
説明:被害者は飯出条治。死亡時刻は午前二時半頃。死体発見現場となったのは中央通りの展望台下辺り。大量出血による出血性ショック死であり、被害者の首から頭部にかけて複数の刺し傷がみられ、肩から先には切り傷もある。また、全身を打撲しており手首や胸を骨折している模様。
【水滴)
場所:渡り廊下
説明:多目的ホール側の地面に残っていた水滴の跡。
【運動靴14足)
場所:多目的ホール・玄関ホール
説明:モノクマが用意した16足の運動靴のうち、2足がなくなっていた。
【使用済みのバケツ)
場所:多目的ホール・掃除用具置き場
説明:バケツのうちの一つの底に砂や藻が付いていた。他のバケツに同様の付着物はないため、事件に関係していると考えられる。
【飯出の所持品)
制汗スプレー、ミント味の清涼菓子、ポケットティッシュ、避妊具など。いずれも使用した形跡はない。
【メモ)
飯出が持っていたメモ。「飯出くんへ。二人きりで大事なお話があります。夜中の二時に展望台に来てください」と書かれている。ぐしゃぐしゃに丸められた折り目と一部に血液が付着している。
【荒れた地面)
飯出の死体の周辺は、土や草や枝葉で散らかっていた。自然に散らかったのではないだろう。
【きれいな山道)
場所:山道・南
説明:宿舎と食堂の前の分かれ道から展望台までを繋ぐ山道。足跡以外に注目するところはない。
【展望台の血痕)
場所:展望台
説明:展望台の地面に残っていた血の痕。あちこちに散らばり、展望台の縁に近付くにつれて痕が多くなっていっていた。
【懐中電灯)
場所:展望台
説明:展望台に落ちていた、全員に支給された懐中電灯。血にまみれてガラス部分は割れている。
【ロープの血痕)
場所:展望台
説明:展望台の縁に張られたロープの一部に血が付着していた。地面に散った血と同じものと思われる。
【大きな穴)
場所:展望台
説明:展望台の縁にロープを張るために打たれた杭の根元にあった穴。杭より太く、元の穴から乱暴に拡張されたような痕跡がある。
【白い粒)
場所:展望台
説明:柱の根元に白い粒が落ちていた。錠剤のように、何かが固められたもの。
【学級裁判 開廷!!】
「では、自由に議論してくださーい!」
「いや自由にって言われても・・・どうやって何を話してけばいいの?」
「なんで飯出くんがこんなことに・・・どうして・・・」
「こ、こ、こんなの心を持ってる人間にできるわけありません・・・!きっと魔の者の仕業・・・全部妖怪のせいなんですううっ!!」
「ははっ・・・晴柳院サンらしいけど話し合いようがないよねそれ」
いきなり丸投げされても何すりゃいいのか分かんねえよ。だいたい捜査したとはいえ、殺人事件の犯人当てなんて素人の俺らにできんのか。いまさら不安になってきた。なんでこんな理不尽に命懸けなきゃいけねえんだ。冗談じゃねえ、ふざけんな。今すぐこんなところ出て行きたい。だがそれはできない。そのもどかしさが怒りになって俺は握り拳でテーブルを殴った。
「議論も何も、犯人なんてもう分かってんじゃねえか!」
「!」
いきなり膠着状態に入った裁判場で、俺の真正面にいる屋良井が急にデケえ声を出した。密閉された裁判場で、その声はそこら中の壁に反響した。一斉に注目が集まる。
「ほ、ほんまですか!?」
「ほんまだ。この裁判の結論はとっくに、始まる前から出てたんだ!」
「言ってみろ。飯出を殺した犯人とやらを」
「じゃあ教えてやんよ!この事件の犯人・・・それはお前だあ!!」
屋良井は全員の視線にも臆せず、デケえ声を出しながらビシッと指で指した。その先にいた奴は、突然の指摘に明らかに驚いてた。
「えっ!?ワ、ワタシ・・・!?」
「ああそうだ!お前が飯出を殺したんだろ!?アニーさんよぉ!」
「ア、アニーが飯出を殺したって・・・マジで?」
「ちょっと待ってちょうだい・・・テルヤ、どうしてワタシが犯人になるの?」
「いきなり人殺し呼ばわりするからには、それなりの根拠と証拠がおありなんですよね?」
「当然だ」
屋良井に指摘されたアニーは、いつもと違って簡単に動揺した。この状況でそんな風に言われたらそりゃそうなる。けどなんでそういう推理になったのかが大事だ。テキトーなもんに命なんか懸けられねえ。屋良井は笑って俺の左隣の席を見た。
「おい滝山、さっきの話してやれ」
「え?はなし?はなしってなんだ?」
「エレベーター乗る前のことだ。お前は確かに、アニーが犯人だっていう証拠を知ってるはずだぜ」
「んん?アニーが犯人なのか?なんでそうなるんだよ?」
「だからお前さっき言ってただろうが!!アニーの手から血の臭いがするってよォ!!」
「・・・・・・ああ!おもいだした!そうだったそうだった!」
大丈夫なのか。そんな重要なことを簡単に忘れる滝山は緊張感なさ過ぎだし、屋良井も屋良井で無駄にもったいぶったせいでまどろっこしいことになっちまった。
「あのな、さっきここ来るまえにあかいドアのまえでな、ヘンなニオイがしたんだ。それをかいでな、ニオイの元さがしたらな、アニーの手だったんだよ」
「わざわざ二度も話す必要のあることではありませんでしたね」
「っていうか、屋良井クン格好つけようとし過ぎだよ」
「う、うっせぇな!とにかく、手に血の臭いが付いてたことが何よりの証拠だ!飯出殺しの犯人は、アニーで決まりだ!」
「そ、そんな・・・ワタシはジョージを殺したりなんかしないわ!いい加減なこと言わないで!」
緊張してんのか、滝山は急に小学校の国語の授業みてえな喋り方でそのことを話した。確かに、エレベーターに乗る直前、こいつはアニーの手の臭いを嗅いでた。屋良井はそれが動かぬ証拠だっつってるけど、本当にたったそれだけで犯人が決まんのか?ただ手に臭いが付いてただけで?
「では滝山は、アニーの手から“血の臭い”がしたと言うのだな?」
「そうだ、いまもプンプンしてるぞ」
「そして屋良井は、それが飯出殺しの犯人の証拠になると言っているのだな?」
「ああ、そうだ。飯出は頭から大量に出血してただろ?“アニーの手だけ”に血の臭いが付いてるってことは、そいつが犯人だって証拠だッ!!」
「んなわけねえだろ」
六浜が確認のために、滝山と屋良井に同じ主張を言わせた。そこで俺は、その推理の綻びに気が付いた。そもそもこの事件がそんなあっさりした証拠で解決するとは思えねえ。モノクマがあんなにはしゃいでんだぞ。これで済むわけがねえんだ。
「あん?なんだよ清水」
「お前の推理が間違ってるっつってんだよ。手から血の臭いがしただけじゃ犯人なんて決められるわけねえだろ」
「なにぃ?アニーを庇うってのか!?」
庇うわけじゃねえ、最初のモノクマの説明を聞いてなかったのか?ここで犯人を間違えることは、俺たちの命が奪われるってことなんだぞ。もっと慎重に、じっくり話し合って推理すべきじゃねえのか。それにこの証拠は不十分だ。
「屋良井、テメエは“アニーの手だけ”血の臭いがうんたらかんたら・・・そう言ったな?」
「それの何がおかしい」
「手に血の臭いが付いてんのはアニーだけじゃねえはずだ。少なくとも俺はもう一人、手が臭う奴を知ってる」
「おおっ!清水クンがなんか探偵らしいことしてる!なんていうか、まるで推理小説かなにかの主人公みたいなこと」
「だまれ」
「はい」
「し、しつけられてる・・・!?」
アニーの手から血の臭いがするかどうかは俺には分かんねえ。だが血の臭いってのはなかなか落ちねえはずだ、だったらあいつの手からも血の臭いがしてなきゃおかしい。そしたら、俺が指摘するまでもなく、そいつは自分から名乗り出てきた。
「俺のことか?」
「むっ?どうした古部来?何がお前のことなんじゃ?」
「手から血の臭いがするはずの人物が、だ」
「ああ、飯出の死体をいじってたお前の手は血でベットリだったはずだ。血自体は落とせても、臭いはまだ付いてるんじゃねえのか?」
「いかにも。滝山でなくとも、嗅げば分かる程度には臭っている」
そう言って古部来は自分の両手の平を全員に見せた。血の赤い色は見えねえが、両隣の石川と屋良井はしげしげとそれを見てる。真反対にいる滝山は、鼻を両手で覆ってよく臭いを嗅ごうとしてる。
「捜査中に俺が手を洗う暇があったにもかかわらず、もしアニーが犯人だったとして、その臭いを消そうとしないわけがあるまい」
「バリスタなら手の清潔さには気を遣うだろうしね。コーヒーを使えば臭いの上書きもできるはずなのにそれをしないのも不自然だ」
「で、でもそれだけで犯人じゃねえとは言い切れねえだろ!こういうことになるのを見越して敢えて臭いを残したのかも知れねえぞ!」
「ちょっとテルヤ、いい加減にしてちょうだい。ワタシがジョージを殺すわけがないじゃない」
「一つの情報ではあるが、犯人を決定する証拠とは言えんようだな・・・」
確かに手に血の臭いが付いてたら怪しい。けどそんな露骨な証拠、大概の奴が人を殺すって時にまず気をつけるところだろ。そんなもん、死体を引きずって全員の前に出て行くのとほとんど変わらねえ。だがそこで、俺は何かが引っかかった。待て、なんかおかしいぞ。なんなんだこの違和感は?
アニーの手から血の臭いがした
→だからアニーが犯人だと疑われた
→だが犯人ならそれに気付かないわけがない
→だからアニーが犯人だとは言い切れない
たったこれだけのことだ。特におかしい部分はないはずだ。アニーの疑いが晴れたわけじゃねえが、断定はできないってことだ。そこは別におかしくない。
「・・・ちょっと待て」
「うん?どうしたの清水クン?」
「いや、今の話なんだが、そもそもこの話おかしいだろ」
「は?アンタなに言ってんの?犯人決まんなかったのは残念だけど、別におかしいとこなんてなかったじゃん」
「話の内容にはな。だが、この話がもともとウソだったとしたらどうなる?」
「ウソだと?どういうことだ」
そうか。あっという間に話が終わったから流しそうになっちまってたが、こうやって自分とは違う奴に疑いを向けることが犯人の目的だったんじゃねえか。そう考えたら怪しい奴が変わってくる。
「おい滝山」
「ん?なんだ?」
「お前が嗅ぎ取った血の臭いって、マジでアニーの手からしてたのか?」
「んん?アニーの手はちゃんと血のニオイしたぞ?」
「清水翔、お前の発言の意図は何だ?」
「古部来はともかく、アニーの手から血の臭いがするってのは滝山にしか分からねえことだろ?それがウソで、アニーに濡れ衣を着せようとしたんじゃねえかってことだよ」
「・・・なるほど。そういう考え方もありますね」
「え?え?なになに?つまるところ、しみずはだれがあやしいとおもってんだ?」
「テメエだサル」
「えええええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?おれかあああああっ!!?」
なんでそのタイミングで驚いてんだ。自分が疑われてるってことすらまともに理解できねえのか、マジでサル並だな。だけど、その馬鹿さ加減がただの演技だって可能性もある。ここは徹底的に詰めるべきとこだ。
「手から血の臭いがするなんて言ったら、そいつが怪しまれるに決まってる。滝山、テメエは犬みてえに鼻がいいってことを利用して、テキトーなこと言ってアニーを犯人に仕立て上げようとしたんだろ!テメエが飯出を殺したことがバレねえようにな!」
「・・・・・・・・・な、なんでそんなこと言うんだよ!おれはそんなことしねえって!」
「ずいぶん間が空いたな。動揺してんのか?」
「理解するのに時間がかかっただけだと思うがの」
「だってマジでニオイはするんだからしょうがねーじゃねーか!ホントのこと言ったらダメなのかよ!」
「じゃあその臭いがするってことを証明してみろ。言っとくが俺は人並みの鼻しか持ってねえぞ」
「しょ、しょうめいって・・・どうすりゃいいんだよそんなの・・・」
本当にアニーの手から血の臭いがしてるかどうかなんて、滝山自身にしか分からねえことだ。アニー本人が自分の手を嗅いで首を傾げてんだ。証明できねえってことは、滝山がアニーを犯人にしようとしてたってことだろ。滝山はうんうん唸りながら頭を抱えてしゃがみ込んだ。ない知恵絞って考えるくらいなら、さっさと認めちまえ。そう思ってたら、横槍が入ってきた。
「清水、あまり滝山に捲し立てるな。もし本当に犯人だったとしても、これでは議論にならん」
「あ?うるせえな、何も分かってねえダメ予言者はすっこんでろ」
「分かってない、か。確かにな。滝山が犯人であるとしたら、私にはどうも解せない箇所がある。滝山が犯人だと主張するのなら、まずはそれを解消してもらってからにしてもらおう」
「・・・なんだよ」
人が人殺しサル野郎を追い詰めてんのに邪魔すんじゃねえ。何が分からねえっつうんだ。こんだけ悩んでる奴が犯人じゃねえなら、他に誰が犯人だってんだ。臭いなんて曖昧な証拠で俺たちを騙そうとした奴だぞ?なんでそんな奴の肩を持とうとしてんだ。
まあいい、どうせ滝山が犯人で決まりなんだ。分かんねえ部分を明らかにして納得させてやる。
「そもそもからで済まないが、血の臭いがする者が犯人と疑わしい、という前提から問わせてもらおう。なぜ血の臭いがすると疑わしいのだと思う?」
「テメエは飯出の死体見なかったのか?あんだけ血流してたんだぞ。それに他にケガとかしてる奴なんかいねえってのは見りゃ分かんだろ。血の臭いがするってことはそいつが血に触った証拠だからだ」
「しかしお前は、血の臭いが付いたアニーや古部来は犯人ではないと言っているのだな?」
「その耳は飾りか?アニーが犯人なら臭いを落とす時間はいくらでもあったのにそうしねえのは不自然だから犯人じゃねえ、それに古部来は捜査中に血に触ってたっつってたろうが」
「では滝山が犯人だという前提で、血の臭いに話を戻そう」
なんなんだよ、どこが分からねえ場所なんだ。さっきからの話聞いてりゃ全部分かるところだろうが。俺だけじゃなく他の奴らも、六浜が何を言いたいのか分からねえって顔をしてやがる。こんな無駄な話で時間を無駄に使わせんじゃねえぞ。
「飯出の死体には大量の出血があった。つまり犯人が飯出を殺害した際、返り血を浴びたとは考えられんか?」
「それがどうした」
「滝山が犯人だとしたら、奴はどうやって返り血を処理したのだろうな?」
「あ?んなもん、水で洗い落とせばいいだけだろ」
「果たして、それができるかな?より具体的に話をしていこうか」
マジで六浜は何が言いてえんだ?返り血なんか付いたら落とすに決まってんだろ。部屋のシャワー使えばそれくらい簡単にできる。こんなに長々と何をしたいんだ?
「飯出を殺害した時、犯人は出血した飯出から“返り血を浴びた”はずだ」
「だから、それがなんだってんだよ」
「殺害後に返り血を落とすのに、犯人はどういった手段を用いたのだろうな」
「シャワーってもんがあんのを知らねえのかよ。飯出を殺した後で“シャワーで血を落とせば”返り血なんて簡単に落とせんだろうが」
「それは違うよ!」
しつこく質問してくる六浜に嫌みを混ぜながら返してく。いくら慎重につってもこんなガキでも分かるようなことから確認しなくてもいいだろ。苛立ってきた俺がちょっと語気を強めて言うと、六浜じゃなくて曽根崎が口を挟んできた。
「清水クン、自分で言ってて気付かないの?」
「あ?なんだテメエ。横から口挟んでくんじゃねえ」
「いいや、挟ませてもらうよ。だって清水クン、キミは既に自分の主張の矛盾に気付けるはずなんだよ」
「矛盾・・・だと?」
「滝山が犯人である、という前提で、どうやって返り血を落としたのか、を考えろ。ここまで言えば分かるはずだ」
だからわざわざ確認するほどのことでもねえだろ。滝山が飯出をぶっ殺した後で、部屋に戻ってシャワーで血を洗い落としたんだ。サルほど馬鹿でも血を付けたまんまじゃ・・・あ。
「シャワー・・・」
「そう。滝山クンはシャワーの使い方が分からないんだ。だからシャワーで血を洗い落とすことはできないんだよ」
「なんじゃそりゃああああああっ!!?」
「不潔ですね」
「ちょっ!アンタそれマジなの!?最悪なんですけど!!アンタもっとあっち行け!こっち寄るな!」
そうだった。確かこいつはシャワーの使い方が分からねえし、ここに来てから体を一回も洗ってねえんだった。見るからに髪は木の枝と脂でボサボサだし体も薄汚れて、足なんか泥だらけだ。返り血どころか汚れすら落とせてねえ奴だ。
周りの奴ら、特に滝山を挟んだ向こうの有栖川は拒絶反応を示してる。当たり前だな。そこに鳥木が追い討ちをかけるように手を挙げた。
「そ、そう言えば。私は滝山君の部屋を捜査させていただいた時に、彼の部屋のタンスの中も調べたのですが、中には下着が何枚かあっただけで、他に上着やズボンの類は一切ありませんでした」
「つまり、滝山の服はいま着ているもの以外にない、ということだな」
「体はともかく服に付いた血はなかなか落ちないからねえ。一晩で完全に血を落として乾かしてまた着るなんて、洗濯機もなしには到底無理だね」
「なはは・・・な、なんかおれセーフっぽい?」
「不潔さで疑いが晴れるなんて・・・なんなのよこれ・・・」
「今回はまだ良しとしますが、今後その不潔な姿で私の前に現れることを禁じます。滝山君」
「え〜〜〜〜っ!そ、そんなあ!ありす!なんとかしてくれ!お前ふく上手なんだろ!?」
「なんでアタシが・・・別に一着くらいなら後で縫ってあげるけどさ」
何も反論できねえ。そりゃそうだ。滝山が返り血を浴びたならそれを落としたはずだが、それは滝山にはできねえし完全にとまでいくとこの中の誰にも無理だ。どんだけ動体視力と瞬発力があっても返り血を全部避けるなんてマネは・・・!
「い、いやまだだ!滝山がそもそも返り血を浴びてなかったら、落とす必要なんかねえだろ!」
「はあ?あんた何言いだすの。飯出の出血で返り血を浴びないなんて無理に決まってるじゃない」
「頭からシーツかなんかを被って殺せば、返り血を防げる!ベッドにシーツがあるだろ!」
「確かにそうですが、やはり彼の部屋から血の付いた物は発見できませんでした。その場合、どこにシーツを処分したのですか?」
「森の中だ!滝山なら・・・むしろ滝山にしか捨てられねえ場所だろ!」
「ブッブーーーーーー!そんなの無理に決まってんじゃーーーーん!」
そうだ。最初から返り血を浴びてなきゃ落とすなんてこともねえ!シーツを傘代わりにして血を防いで適当なとこに捨てればいい!
その主張は他の奴らじゃなくて、今まで黙って傍観してたモノクマに否定された。俺が睨んでもモノクマは平然と馬鹿にするような笑い方で続けた。
「合宿の規則にもあるでしょ?ポイ捨ては禁止!たとえ殺害の決定的な証拠だったとしても、それを自然の中に捨てることはできません!残念だったね清水くん。また一から考え直してね!うぷぷぷぷ!」
「・・・」
黙れ、潰すぞクソが。どいつもこいつも寄って集って俺の話を否定しやがって。
そうか、“才能”もろくに持たねえ俺の話なんか聞くに値しねえってことかよ。やっぱりこいつらはクソだ。こんな時にも“才能”がどうだこうだ言って、ハナからただの高校生の俺の話になんか耳を貸さねえってか。答えを間違えりゃ死ぬっつうのに、それでも“才能”の方が大事なのかよ。
「えっと・・・じゃあ取りあえず、滝山くんは犯人じゃないってことでいいのかな?」
「そのようだな」
「こ、こんなに話し合ったのに、分かったんはたったそれだけですかあ・・・?」
「推理は根気だ。それに、可能性が一つなくなったのは大きい」
「では一段落ついたところで、私からみなさんに質問します」
こいつらに話を聞く気がねえなら、俺はもう喋らねえ。これ以上なにしたってこいつらには邪魔でしかねえからな。もしこいつらが勝手に出した結論が間違ってても、参加してない俺にはなんの責任もねえし、処刑される理由もなくなる。最初からこうしとけばよかった、クソ共の議論にわざわざ口を挟むべきじゃなかった。
「なあにマドカ?」
「六浜さんの質問の繰り返しになりますが、犯人は返り血を浴びたということでよろしいのですよね?」
「そうだな。あんだけ派手に出血してりゃ、どうしたって被るだろ」
「でも、モノクマファイルによると犯行時刻は真夜中です。そして全員が現場に集合した時刻は、確か朝の六時半頃でした」
「そうだったわね・・・」
なんだってこうも勿体振るんだ。さっさと質問ってのをすりゃ済む話じゃねえのか馬鹿野郎が。こうやって無駄に時間を使ってくのが狙いか?じゃあ犯人は穂谷だな。
「犯行時刻から発見時刻の間に、犯人はどうやって血を落としたのでしょう?」
「いやだから・・・まどっちさあ、話聞いてた?普通にシャワーで落としたんだって」
「いいえ、それはできないんです」
「は?なんで?」
「有栖川さんは文字が読めないのですか?これも規則にありますよ?」
いちいち嫌味を挟んでくる奴だな。つかなんだその質問、シャワーで血を落とせないってどういうことだ。時間となんの関係があんだよ。首をひねる有栖川に代わって、六浜が答えた。
「夜時間の間、シャワーは使用不可。これのことを言っているんだな?」
「ああよかった。ちゃんと文字を解される方がいらしたのですね」
「マドカの言葉はとってもスパイシーね・・・もっとマイルドにしてあげたいわ・・・」
「夜時間は夜の10時から朝の7時。死体発見時も夜時間だったなら、シャワーは使用できなかった」
「じゃがあの場で返り血を付けたままの奴などおらんかったぞ?」
「どど、どういうことなんでしょう・・・?」
シャワーが使えなかっただと?穂谷はそれがわかってたのか?だったらさっき滝山が返り血を落とせなかった理由なんて、何の意味もねえじゃねえか!滝山でなくてもシャワーが使えなかったんなら、条件は全員一緒だろ!
「先に注意しておこう。夜時間であった事実を踏まえた上でも、犯人が何らかの方法で返り血を落としたことは明白だ。よって一度も体を洗っていない滝山に再び容疑がかかることはない」
「・・・」
「犯人が血を落とした方法か・・・確かに、それは明確にしておいた方がいいな」
「みなさん、お粗末な頭を振り絞ってお考えくださいね」
このアマ共・・・。俺に反論の余地すら与えねえってのか。いよいよ俺はここには不要の存在らしいな。だったらもういい、テメエらだけで勝手に考えて勝手に間違えて勝手に死ね。
「犯人は夜時間の間に、どうやって返り血を落としたのでしょう?」
「ひとばんかけて、ぜんぶ“なめた”んじゃね?」
「乾かないうちになら、”タオルで拭き取れば”いいんじゃないかしら」
「やっぱり、“水を使った”んじゃないかな?」
「きっとそれだ!」
なんの議論なんだこれは。くだらねえ考えばっかり言いやがって。血を落とすんなら水を使わねえわけにいかねえだろ。改めて議論することじゃねえ。
「笹戸クンの言う通り、きっと水を使って洗い落としたんだよ」
「ほ、ほんとに?曽根崎くん?」
「でも夜時間はシャワーが使えないんだぜ?水なんてどこから・・・」
「水なら、いくらでも調達できるじゃないか。ちょっと汚いけどね」
「まさかアンタ、湖のこと言ってんの?」
「そのまさか。あそこなら時間に関係なく水を使えるでしょ?」
「待ちやがれ!」
犯人は確かに水を使ったはずだ。だが曽根崎はそれが水だとか言いやがる。さすがに俺は我慢できなくなった。間違った推理のまま進んでくのを聞かされるこっちの身にもなれクソメガネ!!
「血を落とすのに湖の水を使っただと?んなわけねえだろ!」
「安心した!清水クンが反論してきたよ!てっきり自分の主張が却下されてヘソ曲げて、もう喋んないとか言い出すかと思ってたよ!で、どうしてそんなわけないのさ?」
完全に馬鹿にしてんなこいつ。分かったよ、だったらテメエの大好きな論理でテメエのその鼻っ柱ブチ折ってやる!!
「湖で血を落とすのは無理なんだよ。滝山が言ってたの忘れたのか?湖で体を洗おうとしたらモノクマに止められたって!犯人が湖で血を落としたってんなら、滝山がウソ吐いてるってことになるよなあ!」
「いいや、たぶん滝山クンの話は本当だ。湖で体を洗うことは自然を汚すことになるからね。だけど、犯人は間違いなく水を湖から手に入れたはずだ」
「テメエふざけてんのかよ!自分で矛盾してるって気付かねえほど間抜けか!?湖の水で血を落とそうとしたら、“湖に入るしかない”ことぐらい分かんだろ!!」
「そこが盲点なんだよ!」
俺が全力で反論しても、曽根崎は平気な顔してまたそれに返す。なんで、なんでそんなに自信たっぷりに言える!何の確証があってそんな無茶苦茶なことが言える!そうやって俺が焦ってきたところを狙ったかのように、曽根崎は急に大声で言い放った。一瞬だけ、裁判場が静まり返った。
「清水クン、多目的ホールでボクが見つけたもの、覚えてる?」
「あ?」
「多目的ホール?なんでヤイチローとカケルはそんなところに・・・」
「誰もおらん場所に二人きり・・・アヤしいのう」
「かっこ意味深!?」
「いやそこじゃなくて、バケツだよバケツ」
「バケツだと?」
そう言えば、ホールで曽根崎が言ってたな。掃除用具のバケツの一つに使われた痕跡があるって。確かに藻やら砂やらが底に付いてた。
「多目的ホールの掃除用具のバケツに、湖の藻が付いてたんだ。これって、犯人がバケツで湖から水を汲んできた証拠じゃないかな」
「水を汲んだって、どこに?」
「もちろん部屋にだよ。わざわざ人目につく場所で血の処理はしないでしょ。その証拠もある」
「証拠の証拠・・・だと・・・!?」
「ああ・・・あの水滴の跡ですね」
「そ。穂谷サンが見つけたんだけど、宿舎の前に水滴の跡があったんだ。あれは、水を運ぶ時にバケツから溢れたものだったんじゃないかな」
得意げな顔して曽根崎が推理を言う。外で体を洗えねえのに、汲んできたってだけでなんでセーフになるんだ。んなわけねえだろ。湖の水を使うのは無理なんだよ。
「水を汲んで使った場合は規則違反にならないのか?」
「そうですね。湖を直接汚してるわけじゃないので、ギリギリセーフですね!」
モノクマの確認もとれて、全員がそれで落ち着いたような空気を出してる。つい反論なんかしちまったが、やっぱりこうなるんだな。無駄な体力使っちまった。やっぱり黙ってるに限る。
「つまり犯人は、飯出を殺した後に多目的ホールのバケツで水を汲み、部屋で血を落として再びバケツを戻したのか」
「で?それだけ分かっても、それをやったのが誰か分かんなきゃ意味なくない?」
「そ、それはそうだけど・・・」
「それに、体に付いた血は水を使って落としたのだとして、服に染み付いた血はどう処理したんだ?」
「うーん・・・そこはみんなで考えよっか」
結局、偉そうに推理なんかしても大事なことが分かってねえじゃねえか。犯人を見つけられなきゃ血の落とし方が分かっても全然意味ねえ。今までの話は全部無駄だったってことだ。
困り顔で笑う曽根崎に助け舟を出すつもりか、あるいは呆れ果てたのか、深いため息を吐いて、今まで黙って議論を聞くだけだった奴が顔を上げた。
「どいつもこいつも・・・まるで乗り手を亡くした愚馬だな。これでは千日手だ」
「え?」
「なんだ古部来。久し振りに口を開いたと思ったら、ずいぶんな言い草だな」
「お前たちの馬鹿さ加減に呆れ果てていたんだ。やれあいつが犯人だやれこいつが犯人だ・・・それは議論ではない、ただの喧騒だ」
「な、なんだとお!?」
「無闇に玉を討たんと勇んでも足袋に伏すのみ。将を射んと欲すればまず馬から射よ、という言葉を知らんのか」
「しょ・・・なに?」
ろくに議論にも参加しなかった役立たずのくせに言うに事欠いて議論になってねえだと?馬鹿にすんのもいい加減にしろよこの石頭野郎。
「いきなり犯人を言い当てることができたら苦労はせん。犯人を明らかにしかつ論理的にそれを証明するには、犯行を順序立てて理解していくべきだ」
「えーっと・・・つまりどういうこと?」
「馬鹿が・・・。凶器や殺害方法、殺害現場などの詳細を明らかにしていけば、自ずと犯人が絞られるはずだと言っている」
「な、なるほど!確かにそれはそうじゃな!」
凶器や現場だと?それこそ飯出の死体を触ってた古部来なら議論の必要もなく分かることだろ。なんでそんな当たり前のことをわざわざ話合わなきゃならねえんだ。ったくくだらねえ。
俺がいくら思ったところで口にしなけりゃ意味ねえし、したって意味ねえのは一緒だ。こいつらにとって俺の意見なんか寝言ぐらいにしか聞こえてねえんだろう。俺の言うことなすこといちいちケチつけて、最終的には完全否定しやがる。今度こそ、俺は何も言わねえぞ。
「では古部来よ。まず何の話から始める?」
「そうだな。最も理解しやすい凶器の話からがいいだろう。馬鹿にも分かるようにな」
「いちいち一言多い方ですね」
「ええ・・・穂谷さんがそれ言うの・・・?」
凶器なんか分かり切ってる。確か曽根崎とアニーが言ってたはずだ。そんなこと、わざわざ取り立てて議論することなんか何もねえだろ。馬鹿はテメエだ。六浜もそんな奴の肩持ってどういうつもりだ。古部来と入れ替わりになるが、俺は何も喋らねえ。
「まず、凶器が何なのかをはっきりさせるぞ」
「モノクマファイルによると、飯出の死因は大量出血によるショック死だったな」
「確か現場にゃ木の枝が散らばってたのう。おそらく飯出はあれで“頭を殴られて”死んだんじゃ!」
「詰めが甘いッ!」
現場の状況を思い出して閃いたようにデケえ声を出した明尾に、古部来が鋭い目線を送って言った。ってかこんなこと、明尾以外の全員が分かってたことなんじゃねえのか。むしろ明尾はなんでモノクマファイルを読んでねえんだ。最初から読んどきゃこんな無駄なことせずに済んだんじゃねえのか。
「ち、ちがうのか?」
「これもモノクマファイルに書いてあることだ。俺も確認したが、飯出の体には切り傷と刺し傷があった。つまり凶器は刃物ということになる」
「傷の深さや形から考えて、小型のナイフが妥当だな」
「ナイフ・・・ああ!そうだわ!」
「へ?どしたのアニー?」
「いま思い出したわ。キッチンからナイフが一つなくなってたの。昨日のディナーの時にはそろってたはずなのに」
「それって思いっきり凶器の出所じゃないの!?」
「今の今まで忘れてたわ・・・」
今になってようやくアニーが例の包丁の話をした。キッチンから一本だけなくなってた果物ナイフは、捜査の時にもキッチンには戻ってなかった。これが凶器で決まりだろ。
「おい、なくなったナイフというのはどんなものだ」
「一番小さいフルーツナイフだったわ。昨日、デザートのタルトを作る時にフルーツを切るのに使って、そのままにしておいたの」
「果物ナイフか。なくなっているということはそれが凶器だろうな」
「晩ご飯の時に揃ってたいうことは・・・犯人が持ち出したんはそれより後ですか・・・?」
「なくなったのに気付いたのは・・・ディナーの後片付けをしている時よ」
「え・・・それってさ・・・」
アニーの証言によると、ナイフが揃ってるのを最後に確認したのは晩飯の直前で、晩飯の後にはもうなくなってた。つまり、犯人がナイフを持ち出せたタイミングっつったら、もう一つしかねえ。
「昨日の晩ご飯の途中で、犯人はもうナイフを持ってってたってことじゃね?」
「まあ・・・そうなるよなあ」
「あ、あの時に!?そんな・・・それじゃ、あの時犯人はもう飯出くんを殺すつもりだったってこと!?」
「・・・」
そうか、そうだったのか。昨日のあの晩飯の時、既に犯人は飯出を殺す気まんまんで、凶器の包丁をこっそり持ちだしてたのか。いつ飯出に殺意を抱いたのかは分からねえが、よく平気な顔で俺らと飯を食えたもんだ。表面上はへらへらしながら、腹の中じゃ飯出を殺して俺ら全員を騙す算段をしてたわけだ。
今更分かったところで事件がなかったことになるわけじゃねえ。だが、あの時のことを思い出すと背筋がぞっとなったのは確かだ。実際に行動を起こすくらいの殺意がどんなものかなんて知らねえが、犯人はきっと狂ってやがる。そんなこと、普通じゃ考えられねえ。
「しかし、犯人はその時キッチンに出入りした者、ということにはならんか?俺と六浜は夕飯の直前まで部屋で将棋を指していた。清水と望月は滝山に呼ばれるまでどこかにいた。こう考えればある程度犯人が絞られる」
「ちょ、ちょっと待てお前ェ!自分らだけ容疑者から外れるつもりか!ズリいぞ!」
「狡いも何も、誤った選択肢が減るのは全員にとって好都合なはずだ。飯出を殺した奴以外ならな」
「な、なんだよ?それオレを疑ってるってことか!」
「さあな」
屋良井の動揺も分かるが、古部来の言い分もまあ分かる。俺はもちろん飯出を殺したりなんかしてねえし、ナイフを持ち出せなきゃ殺せるわけがねえ。ってことは、昨日キッチンに出入りしてた奴が犯人ってことになる。
「いや、そう簡単にはいかんぞ古部来」
「だよね・・・。キッチンに出入りした人って結構いるし」
「最後にナイフを確認してからキッチンに出入りしたのは、料理をしてたワタシたちと手伝いに来てくれたみんなね。だから、持ち出すチャンスは誰にでもあったと思うわ」
「そういうことだ」
「なるほどな。まあ、後から来た者でも食事中にこっそり持ち出すことは可能だろうな」
「なんだそりゃ!けっきょく犯人わかんねーままじゃねーかよ!」
「黙れ山猿。凶器から割り出されるような間抜けが犯人ならとっくに分かっている」
なんだよそれ。滝山の言う通りだ。結局、凶器を明らかにしたところで何も分かねえままじゃねえか。マジで無駄だな、何の意味があったんだ。
「問題は、そのナイフが今も戻っていない、ということだ」
「へ?」
「犯人が飯出を殺害してから発見まで時間があったことは確認済みだ。その間にキッチンにナイフを戻さなかったということが、何を意味しているか、分かるか?」
「えっと・・・飯出くんの血が付いたから戻さなかったのかな?水だけじゃどうしようもなくて・・・戻しに行くのも見つかるリスクがあるから・・・」
「そうじゃない。なぜ戻さなかったか、ではなく、戻っていないことが意味することだ」
はあ?マジで古部来は何を言ってんだ?なんで犯人がナイフを戻さなかったかは分からねえが、戻ってねえことがなんでそんなに重要なんだ?戻ってねえってことは、外にも捨てられねえとなると、一つしかねえだろ。
「は、は、犯人がまだ・・・包丁を隠し持ってるいうことですかあ!?」
「そうだ。ここに持ってきている可能性は低いが、少なくとも部屋に隠している可能性は十分に考えられる」
「じゃ、じゃが六浜の言う通りに捜査をしたが、どこからも果物ナイフなど出て来んかったんじゃぞ?」
「現状はな。しかし俺たちの捜査が完全にその部屋の全てを調べきったという保証などできまい。あくまで素人の手によるものなのだからな」
「ってかさっきっからまどろっこしいこと言ってさ、アンタ結局何が言いたいの?」
やっと俺がムカついてたことを有栖川が代わりに言った。古部来はこんなに俺らに無駄な議論をさせて、何をはっきりさせてえんだ?凶器は果物ナイフって決まったじゃねえか。だらだらぐだぐだと無駄話をしてる暇はねえんだぞ。
「凶器はキッチンにあった果物ナイフ。犯人がそれを持ち出したのは昨日の夕飯直前からその間にかけて。そして現在もどこかに隠し持っている」
「普通の捜査では見つからないような場所に隠したということか・・・。狡猾な犯人だ」
「コーカツってなんだ?うまそうだな」
「とうもろこしのフライだよ」
「へえ、日本には色んな料理があるのね」
「アニーまで引っかかってる!いい加減なこと言わないでよ屋良井!」
だからそれが分かっても今から捜査し直せねえんだったら意味ねえだろ。犯人に繋がる手がかり以外はいらねえ、どうでもいいことばっかり分かったってそんなもん犯人にとっちゃ都合のいい時間稼ぎにしかならねえだろ。
「凶器の線から犯人は見えてきそうにありませんね・・・。申し訳ありません、私がもっとよく気を配っていればこんなことには・・・!」
「どうして鳥木君が責任を感じているのですか?自意識過剰な上に加害妄想癖があるんですか?」
「穂谷サンはそれ励ましてるの?貶してるの?」
「2:8くらいです」
「どっちが!?」
「あ、あのう・・・次の議題に話を移しませんかあ・・・?はよう犯人を見つけんと・・・い、飯出さんの霊魂がうちらを祟るかも分かりません・・・」
「祟りはともかく、賛成だ」
晴柳院がおそるおそる言って、ようやく全体が動き出した。もっと重要な手がかりとかそういうのが大事だろ。ったくいちいちどうでもいいことばっかり話しやがって。もうここにいる全員が犯人に見えてきた。そうやって時間を稼いで議論をうやむやにしようとしてるとしか思えねえ。マジでこんなんで犯人の正体にたどり着けるのか不安になる。
「凶器は取りあえず分かったから、次は現場については?」
「現場の状況もだが、飯出があの場に倒れていたことに関して話し合ってみましょう」
「せいぜい実のある議論をしてもらいたいものだ」
現場か。まあ凶器よりはマシだな。確か飯出は中央通りに血まみれで倒れてるところを発見されたんだったな。飯出があそこに倒れてた理由、それを明らかにしようってことだな。
「飯出が発見されたのは中央通りだ」
「“血まみれのまま”あそこに放置されていたんでしたね・・・」
「現場の散らかり具合からして、飯出は“中央通りで死んだ”と考えられるのう」
「犯人はキッチンから果物ナイフを持ち去った後、“中央通りで飯出を刺した”ということか」
「引っかかったな!」
議論の中で、六浜が呟いた言葉を待ってましたとばかりに屋良井が食いついた。嬉しそうに六浜を指さして大見得切りながらその間違いを指摘する。そこまで大したことしてねえぞお前。
「飯出が刺されたのは中央通りじゃねえんだな!実は!」
「はあ?アンタなに言ってんの?飯出の死体は中央通りにあったんだから、現場もあそこしかないっしょ?」
「そーだそーだ!」
「ちげえったらちげえんだよ!いいか?じゃあもしあそこで飯出が刺されて殺されたってんなら、なんで中央通りの地面には血が散ってなかったんだ?」
「ほう、貴様がそれに気付いていたとは。意外だ」
「そこはかとなく馬鹿にされてる気がする」
確かに、飯出の死体の周りは土がほじくられたり枝が散ってたりと荒れてたが、血はあまり散ってなかった。少なくとも出血の量に対してはきれいなもんだった。だがその代わり、俺はもっと血が落ちてた場所を知ってる。曽根崎もそれに気付いてんのか、にやにやしながらこっちを見てくる。テメエのペンで両目潰すぞ。
「言われてみればそうだな。私としたことが、飯出の死体を目の当たりにして動揺していたようだ」
「それで、中央通りでないのなら、飯出君は一体どこで殺害されたと?」
「へへっ、知りてえか?それはなあ・・・!」
「展望台だ」
「てんぼオオオオオオオオオオオオオオオオイッ!!!先言うなよオオオッ!!!」
「突然絶叫するとは唯事ではないな、具合でも悪いのか?屋良井照矢」
「テメエのせいだあ!!」
屋良井がもったいぶって言わねえことを望月がズバリと言った。こういう空気を読まねえことはいつものことだ。別に肯定するわけじゃねえが、長引くよりはよっぽどいい。
「展望台にはたくさん血が散らばってたわ・・・それこそ、あそこが現場だって証拠としては十分なくらいにね。写真も撮ったわ」
「あれェ!?石川お前までれおの台詞取りやがったな!」
「う、うちあんまりその写真見たないですぅ・・・」
「中央通りよりも展望台の方が、地面に残った血痕は圧倒的に多い。犯行のほとんどが展望台で行われたことはもはや疑いの余地はない」
「ツッコミ入れてる間に全部言われた!!」
あんだけ血がありゃここに異論はねえな。これにケチ付けてくる奴もいるかと思ったが、石川が撮った写真が決め手になったのか誰も口を挟むことなかった。と思ったら、笹戸が納得いかなそうな顔をして言った。こいつらはいちいちケチ付けなきゃ死ぬ病気なのか?
「っていうことは、つまり飯出くんは展望台で犯人に襲われたってことだよね?う〜ん・・・でもホントにそうなのかな?」
「なにそれ、写真もあるのに何が納得いかないのよ」
「だって、それだと飯出くんは展望台で殺された後に中央通りまで運ばれたことになるんだよ。犯人にとってそれって何の意味があるのかな、って思ってさ」
「んなもん、ころしのあったばしょを下だとおもわせるためだろ」
「あら、滝山君はそのちっぽけな脳の使い方を覚えられたのですね。おめでとうございます」
「へへっ!どんなもんだい!」
「褒められてねえからなお前!」
屋良井はケチ付ける以前にいちいちツッコミ入れなきゃ死ぬ病気らしい。後で医務室でありったけの薬飲ませてやる。んなことより、笹戸の言いてえことはこういうことだ。殺害現場と死体発見現場が違うことは、犯人にとって何の意味があんのか。そりゃ確かに考えといた方がいいかもな。
「展望台にあれほど大量の血痕が落ちていたのだ。消そうとした痕跡もないのに、犯行現場を誤認させようとした、と説明するのは無理がある」
「じゃあ・・・他に目的が?」
「案外、飯出が自力で展望台から降りてきたのかもよ」
「そ、そんなゾンビみたいなことできっこないわ・・・。いくらジョージでもそんなタフネスは・・・」
「そもそも、刺された後の飯出クンが普通に移動したとは考えられないよ。ね?清水クン」
あれやこれやと意見が出るが、ここで曽根崎がまた口を挟んできた。最後に俺の方を見てきたのにイラッときたが、あいつの言いたいことは分かる。あんな血まみれの奴が展望台から中央通りまで降りてきたとは思えん。
「普通に移動しなかった、とはどういうことだ?なぜそう思う?」
「ボクよりも、清水クンに説明してもらおうよ。あんまり喋ってないと、また拗ねて面倒臭くなるよ?」
「清水、言え」
「・・・ちっ。展望台から中央通りまでの山道に、血の跡は一滴もなかった」
「つまり、展望台で粗方の血を払える犯人はともかく、重傷を負った飯出クンが自力にせよ他力にせよ、山道を通った痕跡がないんだよ!」
「なん・・・だと・・・!?」
「えええええっ!?ま、まさか神通力で浮遊しはったいうことですかあ!?飯出さんにそんなことが!?」
「いやそれはないっしょみこっちゃん!」
結局曽根崎は自分で言うのか。なんなんだこいつマジで。とにかく、行きに飯出が山道を通ったか知らんが、帰りに通ってねえことは明らかだ。血が落ちてねえってことは、犯人は展望台で完全に血を払ってから降りたか、飯出を下まで移動させた方法で自分も降りたかだ。あんだけ血が散らばってりゃ、前者の可能性の方が高えけどな。
「ん?ちょっと待って曽根崎。アンタ、犯人は血を払ったって言ったわよね?」
「うん、そうだね。完全に落とすことはできないにしても、滴らない程度には短い時間でできるはずだよ」
「それがどうしたのカナタ?」
「あのね、犯人がそうやって血の跡を残さないようにできたなら、飯出も同じだったんじゃないかなって思ったの」
「飯出も・・・とはどういうことだ?」
初めて古部来から純粋な質問が飛んだ。確かに石川の言うことは意味が分からん。飯出が血の跡を残さなかったってことか?
「えっと、飯出がそうしたってわけじゃないの。犯人が展望台で飯出を殺した後、血が乾くのを待ってから下まで運んだんじゃないかなってこと」
「なるほど・・・それなら山道に血の跡がないことの説明がつくな」
「いいや、それは違うぞ石川よ!」
「へ?」
「飯出が死んだのは展望台ではない。中央通りなんじゃ」
「な、なんでよ?だって展望台に血痕があったじゃない。あれだけ血を流してたら、飯出があそこで殺されたのは明らかなはずよ!」
「殺されたのは展望台じゃ。じゃが、飯出が死んだのは中央通りだったはずじゃ」
「な、なにいってんだあけお?ころされたのとしんだの所がちがうって・・・どういうことだ?」
「ちょっと変なこと言わないでよ!飯出が死んだのは展望台以外にあり得ないでしょ!」
明尾の反論で、石川だけじゃなくその場のほとんどの奴が混乱していた。飯出が死んだ場所と殺された場所は違う、それは俺と明尾、後は二人か三人くらいしか分からねえことだ。普通に考えてわけの分からんことに石川は興奮して反論してきた。ちゃんと言わねえからこうなるんだ馬鹿が。
「展望台には大量の血が散らばってて、ちゃんと血痕も残ってたの!さっき写真で見せたでしょ!他に血を出してる人がいないならあれが飯出の血だってことは間違いないよ!だから飯出はあそこで殺されたんだ!」
「殺されたのはあの展望台じゃ、他にあれ以上の血痕が残ってる場所もないからの。しかし飯出は中央通りに移動してから少しの間は確実に生きていたはずじゃ。すなわち殺されたのは展望台じゃが、死んだんは中央通りってことになる」
「はあ!?明尾ちゃん、自分で何言ってるか分かってんの!?殺された場所と死んだ場所が違うって意味が分かんないよ!だいたい、そこまで言える根拠って何!?“飯出が中央通りで生きてた証拠”でもあるの!?」
「モロいぞ!」
激しく反論してくる石川に、明尾は珍しく落ち着いて更に反論していった。そして石川が言った一言に、明尾は待ってましたとばかりに強く言い放った。こんなに勿体付ける奴だったか?そんなことより、飯出が死んだ場所が中央通りってことになると、話が変わってくる。ちゃんと伝えてもらわねえと困るぞ。
「飯出が中央通りで死んだ証拠ならある。古部来、お前も気付いておるんじゃろう?」
「おおよその見当はつく」
「ちょっと!二人だけで話さないでその証拠ってのを教えてよ!」
「よかろう!実はな、飯出の死体の周りの地面が非常に荒らされておったんじゃ!それこそ土は抉られ枝葉は散り、まるで誰かが暴れ回ったようにじゃ!」
「ワンころでも来たか?」
「来るわけねえだろ!」
「おそらく飯出が死の直前、苦しみもがいた痕跡だろう」
「よ、よくそんな落ち着いて言えるわね・・・クールなのはいいけどちょっとあなたも怖いわよリョーマ」
そうだ、明尾が気付いて言ってた。飯出の死体の周りはひどい荒れ方だった。自然になったとは考えられないほどに。古部来の言う通り、死ぬ前に飯出が暴れ回ったんだろう。だからあいつの近辺しか荒れてなかった。それと同時に、暴れた跡があるってことは飯出が中央通りで死んだってことだ。
「これで納得したか石川?」
「ま、まあ・・・それならそうと早く言ってくれればいいのに」
「ですがまだ解決していませんよ?飯出君が中央通りで亡くなったことが分かっても、展望台から移動した手段が不明確なままです」
「だけど・・・暴れ回る体力が残ってたんなら、飯出くんが自分で移動したってことにならない?」
「そうだが・・・だからこそその手段が分からんのだ。どうやって飯出は下まで移動したのか」
「もう一度話し合う必要がありそうだな」
飯出は展望台で襲われた後、何らかの方法で中央通りまで移動して死んだ。下で暴れ回る余裕があるなら助けを呼びに行くなり犯人の手がかりを残すなりできたはずだ。あっさり死にやがって、一番大事な時に役に立たねえ奴だな。
「“山道を通らずに”下に降りる方法などあるのか?」
「そう言えばガラス張りの建物の方にも山道が続いてたな」
「あの建物はしっかりと“施錠されていた”はずです。倉庫付近からも山道が続いていましたが、あちらから入ることもできませんでした」
「や、やっぱり“浮遊して”降りはったんじゃ・・・」
「だからそんなわけないってば・・・マジで出来たら殺される前に逃げるっしょ」
「そもそもケガを負った飯出クンが自力で下に行けるわけがないよ。しかもみんながいる宿舎じゃなくて中央通りに行くなんて不自然だ」
「じゃあ飯出くんは襲われた後、“犯人に下まで運ばれた”ってこと?」
「いや、違う!」
笹戸の言った一言が俺の中で引っかかった。思わず叫んじまったが、それに反論する材料はある。それが反論として成立するかは、俺が決めることじゃねえ。癪だが、もう一回きくしかねえか。
「犯人が飯出をあそこに放置できたはずがねえ。たぶん・・・そのはずだ」
「は?だって飯出はあそこで見つかったんしょ?どゆこと?」
「俺にもよく分からねえ、おいモノクマ」
「ぐーすか・・・ぐー・・・」
「モノクマ!!」
「んはっ!な、なに?あんまりオマエラがのんびり議論してるから、退屈して寝ちゃってたよ」
重要な話なんだ。寝てんじゃねえゴミクズが。
「合宿規則にあるポイ捨て禁止ってのは、死体も含まれんのか?」
「え〜?死体?モチのロンだよ!どんな理由があってもポイ捨てはダメ!絶対!死体遺棄も立派なポイ捨てなのです!」
「じゃあ、犯人が殺した後に被害者が勝手に動いた場合はポイ捨てになんのか?」
「う〜ん・・・なかなか突っ込んだ質問するなあ清水くんったら。どうしたの?急に名探偵の霊でも取り憑かれちゃったの?」
「えええええええっ!?た、大変ですぅ!はよ除霊せんと・・・あ、でで、でも今は憑きっぱなしの方がええんやろか・・・」
「質問にだけ答えろ」
余計なこと言うからチビが反応しただろうが。テメエはただ聞かれたことだけ答えてりゃいいんだよクソぐるみ。黙って答えろ。
「そうですね。屋外に限った話だけど、殺した後に遺体を捨てるのはポイ捨てになります。が、加害者が現場を離れた時に被害者が死亡していない場合、また被害者自身かそれ以外によって被害者が移動した場合はポイ捨てにはなりません」
「それ以外・・・とはなんだ?」
「それはオマエラで考えな!うぷぷぷ!」
飯出は確かに展望台で襲われたはずだ。だが飯出の死体は中央通りにあった。普通なら山道を通ったって考えになるが、あんだけの出血だったにもかかわらず山道にも中央通りの他の場所にも血の跡はなかった。つまり、飯出は直接あそこに行ったんだ。それも、犯人の力を借りずに。
「で、それがなんなの?」
「飯出は展望台で襲われた後に中央通りまで移動した。だが犯人が飯出を移動させたんなら、それはポイ捨てになるってことだ」
「なるほど!さすが清水クン!やればできるんだね!やらなきゃ何にもできゃしないけど!」
「それだけではない。飯出条治は、飯出条治自身の力かそれ以外の要因で移動したということが明らかになった」
「それ以外の要因?」
「犯人でも被害者でもない、第三者。もしくはそれでもない力か・・・」
「だあああああああああああっ!!わけ分かんねえよ!!もっと簡単に言えよ!!結局飯出はどうやって中央通りまで移動したんだよ!!?」
その結論のところはまだ俺にも分からねえ。けどポイ捨てになってない以上、犯人が飯出を移動させたわけがねえんだ。そして飯出自身も山道に血痕を残さず移動するなんてことができるわけがない。つまり、飯出は犯人でも自分でもない誰かに移動させられたってことになる。
でも、誰がそんなことを?犯人が展望台で飯出を刺した後、わざわざ飯出を中央通りに移動させた意味はなんだ?それも、山道にも中央通りの他の場所にも血の跡を全く残さずになんてどうやったんだ?飯出に何が起きたんだ?
飯出の死体が中央通りで見つかった、ただそれだけのことなのに、こんなに次から次へと疑問が浮かんでくる。何が真実で何が間違いなんだ。漠然とした真っ暗な空間で見えない壁に押し潰されるみてえだ。どうすればいいかも、どうなってるのかも分からねえ。このまま正体不明の謎に捕まったまま逃げられないような気さえしてきた。
けどそれは、俺が死ぬことを意味してる。そう気付いた瞬間、背筋が痛いほどに凍った。真実に向かって進む道標がいきなり狂いだしたことが、とんでもなく危険で不気味な状況なんだって分かった。
『コロシアイ合宿生活』
生き残り人数:残り15人
清水翔 六浜童琉 晴柳院命 明尾奈美
望月藍 石川彼方 曽根崎弥一郎 笹戸優真
有栖川薔薇 穂谷円加 【飯出条治】 古部来竜馬
屋良井照矢 鳥木平助 滝山大王 アンジェリーナ
とにかく文字数が多いですね。流れ追うの大変だと思うので、話題が変わった辺りを間隔空けました。場面転換ではなく、ただ見やすくしただけです