ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

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第94話 一夏堕ちる 1

 織斑機撃墜の一報が入る少し前に遡る。

 

 紅椿を(まと)った箒は、白式を装着した一夏を背に乗せて迎撃予定ポイントへと向かっていた。銀の福音の進路と速度から予測された迎撃予定ポイントは、海上である。その周辺エリアは立ち入りが制限され、もしもの場合に備えて海上保安庁所属の救難隊が待機している。

 

 紅椿は束が第四世代だと豪語しただけあって、既存ISと一線を画す速度で飛行している。例え操縦者の精神状態がボロボロであっても、機体のスペックがそれを補ってあまりある様に見える。紅椿は当初の予定を大きく上回る速度で予定ポイントへと向かう。

 

 一夏も直前までの箒の様子を心配していたが、自身も実戦経験が不足している為、人を気遣うのにも限界がある。刻一刻と銀の福音との接触は迫っている中、一夏も緊張で固くなっていた。

 

 

『目標地点接近』

 

 

 紅椿と白式がそれぞれの操縦者に、迎撃予定ポイントへの接近を告げる。予定していた時間より早く着いた。箒と一夏の緊張度が一気に高くなる。2人が機体のセンサー類をフル稼働し始めると、まもなくして紅椿が銀の福音の機影を捉えた。

 

 

「見つけた。一夏、高度を上げて上方からの強襲で決めるぞっ!」

 

「お、おう」

 

 

 心に余裕の無い箒は、銀の福音を発見した瞬間、即座に襲い掛かるべく紅椿をさらに加速させる。一夏も慌てて攻撃へ備えようとする。しかし、紅椿の加速は一夏の想像を大きく上回るもので、一夏が心の準備をする時間など無い。瞬時加速すら凌駕する様な加速で、紅椿は空を翔る。

 

 あっという間に目前へ迫る銀の福音。

 

 

「くっそおおおおおお!!!」

 

 

 一夏は半ばやけっぱちで雪片弐型を展開し、零落白夜を発動する。そして、銀の福音へと斬りかかる。

 

 いける、そう一夏は感じた。最初、心の準備も出来ないまま銀の福音へと接近した時には、内心ひやっとした。しかし、タイミング的には悪くない攻撃だと一夏は思った。

 

 だが、軍用ISの肩書きは伊達ではない。銀の福音は白式の刃が当たる寸前、速度を落とさないまま機体を捻るかのように反転しながら蹴りを放つ。白式の刃は空を切り、銀の福音の蹴りは白式へと直撃した。

 

 

「うがっァ!?」

 

 

 予想外のカウンターをモロに受けた一夏は、何が起こったのか分からないまま紅椿の背から弾き飛ばされる。

 

 

「このっ、調子に乗るなっ!」

 

 

 箒が刀型の武装を展開して銀の福音へと斬りかかる。その刀からはエネルギー刃が放たれるが、それすらも銀の福音は避けて、すぐに距離をとった。その間に一夏も体勢をなんとか立て直す。

 

 銀の福音が紅椿との接近戦を避けて距離をとっただけに見えた。しかし、銀の福音が距離をとったのは自身の主武装である銀の鐘(シルバー・ベル)によって、白式と紅椿を一気に排除する為の行動だった。

 

 

『敵性IS認識。排除開始』

 

 

 オープン・チャネルで銀の福音はそう告げると、自身の両翼を一夏達へと向ける。そこには36の砲門があり、その全てから光弾が雨霰(あめあられ)と一夏達へ降り注ぐ。

 

 

「ち、近付けねえ」

 

 

 一夏達は幾つかの光弾をシールドバリアーに受けつつ、逃げ回るしかない。業を煮やした箒が二振りの刀で、反撃を試みる。

 

 その刀の銘は雨月(あまづき)空裂(からわれ)。雨月は打突に合わせて光の弾丸を飛ばし、空裂は振るった際の斬撃をエネルギーの刃として放出する。それぞれ刀型にも関わらず、中距離戦にも対応出来る兵装である。

 

 箒が銀の福音の光弾を避けながら、二刀から光弾とエネルギー刃を放ち応戦する。箒は手数では劣りながらも、機動性の高さで銀の福音の攻撃をより多く避けている為、ダメージ量は拮抗している。

 

 

「す、すげえ。流石、束さんの作った第四世代機だな……」

 

「ッ!?」

 

 

 凄まじい攻防を前に、思わず一夏の口から漏れ出た言葉で箒の手が一瞬止まってしまう。一夏の言葉で箒の脳内に先程見た悪夢の映像が浮かんでしまったのだ。

 

 実の姉が、30歳に近い男と共に下着を顔へ被って踊っていた。その悪夢が再び箒の脳内に浮かんだのだ。一瞬手が止まるくらい仕方がないだろう。しかし、その一瞬が命取りとなる。

 

 拮抗していた攻防で、片方が突然動きを止めればどうなるかは自明の理。数え切れない程の光弾が箒を襲う。

 

 

「しまっ、ぐっ、ぐああ」

 

「まずい、箒イイイイイ!!!」

 

 

 光弾を受け続ける箒の前に、一夏が割り込み零落白夜で光弾を消し去る。しかし、光弾は多く、消し漏らしたものが白式のシールドエネルギーを瞬く間に削っていく。

 

 

「ちっくしょおおおっ!」

 

 

 一夏の手が光弾の多さから、完全に追い付かなくなる。光に包まれた一夏は、シールドバリアーで相殺しきれない衝撃で気を失い、海へと堕ちていく。

 

 

「い、一夏ああああああ」

 

 

 箒が叫びながら堕ちて行く一夏を追おうとする。そこにプライベート・チャネルが入る。

 

 

『落ち着け、篠ノ之っ! 一夏は付近に待機している救難隊が助ける。お前は時間を稼げっ!』

 

 

 千冬の怒鳴り声で箒は少しだけ冷静さを取り戻す。

 

 

『お前が時間を稼げば、それだけ一夏を安全に救助出来る。分かるなっ!』

 

「はいっ」

 

 

 箒は返事もそこそこに、銀の福音へ牽制を始める。隙を作らないよう強引に攻めたりせず、中距離から攻撃しながら意識の中心は回避に向けていた。

 

 もし、箒が完全に冷静であったなら、千冬が【一夏】と呼んでいる事に気付いただろう。公私をきちんと分ける千冬が【一夏】と呼んでしまっている。それだけ千冬も冷静ではなかった。

 

 




読んでいただきありがとうございます。

このお話で出番の少ない一夏と箒ですが、この辺りは一番の見せ場かもしれません。
ま、活躍と言って良いのかは、微妙だと思いますが。

そもそも、ぶっつけ本番で実戦に臨むってヤバいですね。ロボット物のアニメではお馴染みの展開ですが、実際そんな事態になるとグダグダになりそうです。そこを上手く切り抜けるからこそのヒーロー(主人公)なんでしょうが。

少なくとも自分には無理です。

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