「さて、今見せたフィギュアに取引材料として価値はありませんか?」
「……」
太郎の問いに束は沈黙したままだった。そこで太郎はもう一度聞く。
「要らないですか?」
「……欲しい。欲しいよ!」
太郎の再度の問いかけで、とうとう束は堰を切ったように本音を叫んだ。そう、束は元来欲望に素直な人間である。欲しいと思ったものを我慢するような性格ではない。
太郎はとりあえず束が不機嫌な状態から脱した事を確認して、内心ほっとしていた。
そんな事とは露知らず、束はフィギュアを得る為に何を太郎へ与えようかと考え込んでいた。
手元にある発明品の中からそれなりの物を与えようか。
いや、このフィギュアに見合う程の発明品が今は手元に無い。
後払いにして……駄目。それは駄目。
代わりになるような物を持ってないのかと侮られるのは、プライドが許さない。
それに相手が箒ちゃんグッズなら、こちらも箒ちゃん関連で攻めたい。
そう、箒ちゃんグッズで負けるなどあってはならない。
束が深く考えた末に選んだもの。それは何か。束は携帯端末を操作し、ヴェスパへと大量の画像データを送った。
「それがフィギュアの代金だよ。多分、本人ですらこの量の画像は持ってないんだからねっ!」
束が自信満々に出した画像である。余程の物だろうと太郎が投影型のディスプレイを直ぐに確認すると、そこに映し出されたのは箒であった。それも一糸まとわぬ産まれたまま姿である。
「こ、これは……!?」
太郎を持ってしても平静さを失ってしまう、それ程までの代物である。投影型のディスプレイには、まだへその緒が付いている赤ん坊が映し出されていた。
「どう?貴重な箒ちゃん誕生の瞬間から、現在に至るまでの成長記録だよっ!」
束の言葉通りである。他の画像を確認していくと、箒の誕生から中学卒業までの様々な場面を写した画像集だった。ちなみに7割位が盗撮っぽいな、と太郎は分析している。
流石の太郎も赤ん坊にまでは欲情しないが、成長の過程が分かる貴重な画像集である。これには太郎も驚きを隠せない。
「これは凄い……」
「ふふーん、箒ちゃんの事は私が一番良く知っているんだからっ」
太郎の反応に束は気を良くした。コレクターというものは、自身のコレクションに他のコレクターが驚く所を見るのが好きな生き物である。
そして、コレクターという者は他のコレクターがコレクションを自慢してくると、対抗したくなる生き物でもある。
本当は太郎が束のコレクションに感心し、フィギュアと交換して取引をここで一旦終了させても、円満に事を終えられたのだ。しかし、太郎としてもこれ程のコレクションを出されては、さらなる逸品を披露したいという欲求を抑えられない。
「素晴らしいとしか言いようが無いですね。これ程のものを出されたのでは、私も珠玉の逸品を出さざるを得ないですね」
「まだ上があるって言うの!?」
「くっくっく」
太郎の言葉に束は目を見開く。含んだ様な笑みを浮かべた太郎を、束は驚愕の表情で凝視する。
太郎は自らの懐に手を入れる。そこには大事な実戦を前に、英気を養う為の逸品を入れていたのだ。懐から引っ張り出したのは透明でビニール袋、ジップロッ○であった。中には黒い布が入っているのが、束からも確認できた。
「さて、これが何か分かりますか?」
「それだけで何かなんて分かる訳……」
束が眉をひそめていると、太郎がジッパーをゆっくりと開いていく。すると束の常人では考えられない程、鋭敏な嗅覚が嗅ぎ慣れた匂いを感じた。
「くん、くん……この香り、どこかで」
「もっと近くで確認しても良いですよ」
吸い寄せられる様に束は太郎へ近付いた。それは近付く程に束の脳を掻き乱す。間近で見るとそれはレースの装飾が多く使われていた。
「ま、まさか……ち、ちーちゃんの下着?」
「しかも使用済み、未洗濯です」
太郎の告げた内容に束は驚き顔を上げ、見開いた目で太郎に問いかけた。それは本当なのかと。お互いの顔が触れそうな状態で、太郎は「もちろんです」とチェシャ猫の様な笑みを浮かべて答えた。
束は衝撃を受けていたが、同時に脳内では目まぐるしく、ある事を考えていた。この逸品と交換出来る物など、この世に存在するのだろうか。しかし、何としてもコレは手に入れなければならない。どうすれば良いのか。
太郎はそんな束の葛藤を察したのか、アドバイスする。
「この逸品と並ぶ物を貴方は出す覚悟がありますか?」
コレクションの優位性を誇り、束を煽っているだけのセリフに聞こえるが、束には太郎の真意が分かった。
太郎は【貴方はこの逸品と並ぶ物を持っていないから、どうせ出せないでしょう】と言っているのではない。むしろ【この逸品と並ぶ物を貴方は持っている。それを出す覚悟があるのか】と聞いているのだ。
そう、太郎は束が同等の物を既に持っていると、言外に示しているのだ。そして、束は気付いた。世界最強・織斑千冬と並び立つ者、それは自分である。
つまり、世界最強・織斑千冬の下着に並び立つもの、それは天災と呼ばれた自身の下着である。
気付いてしまえば束に迷いなど無い。束は勢い良く自身のパンツをずり下ろし、足から抜いて太郎へと突き出した。太郎もまた迷い無く、ジップロッ○を差し出した。
束は太郎からジップ○ックを受け取ると、そっと中身を取り出した。壊れ物を取り扱うかの様にゆっくりと広げ、顔へと近づける。そして、被った。
「フーッ、フーッ!!!」
束は鼻息を荒くし、血走った目で太郎を見た。太郎もまた受け取った束の下着を被っていた。
脱ぎたての下着は暖かく、匂いもダイレクトに太郎の鼻腔へ襲い掛かる。太郎は白目を剥きかけながら、ギリギリの所で正気を保っていた。
太郎と束はしばらくの間、無言で見詰め合っていたが、ついに手と手を取り合って興奮のあまり小躍りを始めた。
ここに新たな友誼が結ばれたのだ。それは小さな宴であったが、世界にとっては計り知れない程、大きな流れを生む事になる。
太郎「脱ぎたて下着に包まれて、あったかいナリー」
一瞬、千冬の下着を懐から出すのではなく、太郎が装着状態であった方がインパクトがあるかな、とも思いました。しかし、私のこだわり的にそれは無しでした。
軽く触れる位ならともかく、装着し続けたのでは千冬の匂いが消えてしまいます。インパクトはあるでしょうが、それでは本末転倒です。折角、思いついたアイデアでしたが、泣く泣くボツとなりました。
読んでいただきありがとうございます。
次回、かなり短い幕間を明日の深夜か、明後日の早朝に投稿します。