ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

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第90話 取引、それは互いに利があればこそ 2

 一応、取引が成立した太郎と束。しかし、束はどこか不機嫌であった。それも当然であろう。格闘戦で不覚をとり、先程の取引も終始主導権を握られていたのだ。自分と千冬以外の人間を格下だと認識している束にとって、それはプライドを傷つけるには十分な出来事であった。

 

 束の様子を見ていた太郎は、このまま遺恨を残したままにしておくと、後々厄介な事に成りかねないと判断した。束にこれからも快く取引相手であり続けて貰う為に、もう少し話をしておこうと決めた。

 

 

「そんなに不満そうな顔をしないで下さい。今の取引も、お互いにとってプラスだったでしょう?」

 

「別に不満そうな顔なんてしてないし」

 

 

 束は太郎の言葉を否定したが、そっぽを向いて言っていては何の説得力も無い。太郎はやれやれといった感じで肩を竦めた。

 

 

「これからも良い取引をしていきたいですから、お互い気持ち良くいきましょうよ」

 

「これからもって、君が私へ提供出来る物なんてそんなにあるのかな?」

 

 

 馬鹿にしたような態度で笑う束だったが、太郎は怒るどころか、好都合な話の流れだとほくそ笑んだ。

 

 

「随分と甘く見られたものです。……それなら良い物を見せてあげましょう。【お人形】は好きですか?」

 

 

 太郎は空中投影型のディスプレイを出し、そこに秘蔵の【お人形】を映した。それはかつて、太郎が美星と共に作り上げた、箒の等身大フィギュア(乳首と股間を貝殻で隠した状態)であった。

 

 

「ほ、箒ちゃん……な、なんでこんな格好を……ジュルッ」

 

 

 束は涎を垂らしそうになりながら、その画像を食い入るように見ていた。フィギュアの造形の精巧さは、束ですら一目ではフィギィアと分からない程だった。しかし、そこは流石の天災である。しばらく見ていると違和感を感じたのか、眉をひそめて画像を凝視し始める。

 

 

「いや、でもコレは……まさか箒ちゃんじゃない?」

 

「こんな小さな画像で気付くとは、流石ですね」

 

「どういうことっ!?」

 

 

 太郎の意味深な言葉に、束は声を荒げる。その反応に太郎はニヤリとする。太郎はフィギュアの画像を拡大し、他の角度から撮ったものなども束に見せた。

 

 

「さっき、お人形って言ったよね。まさか、これが人形なの!?」

 

 

 驚きの声を上げる束、それに対して太郎は静かに頷く。束の反応に、実は太郎も内心ご満悦であった。このフィギュアは、【ヒトカタ】と名づけられた、太郎と美星の会心の逸品である。それを見て、あの束がここまで反応してくれれば、太郎としても満更ではない。

 

 

「どうです。なかなかの出来でしょう?」

 

「……わ、私だって作ろうと思えば、この位」

 

「そうですね。しかし、重要なのは作者が私と美星さんである事です」

 

 

 束の苦し紛れの反論を太郎はあっさりと認めつつ、重要なのはそこではないと断言した。

 

 

「今から話す事は、一概にそうだと言い切れるものではありません。ただ貴方の場合、これに関してだけは私と同じような感覚だと確信を持って言えます」

 

「下らない前置きはいいから、早く本題を言いなよ」

 

「分かりました。私はこの等身大フィギュアを作ろうと考え、美星さんと協力して作成し、鑑賞し、使ってみました。さて、私はどの段階が楽しかったと思いますか?」

 

 

 束は太郎の問いにしばらく黙考した後、使ってみた時と答えた。それに対して太郎は、黙って首を横へ振った。

 

 

「一番気持ち良かったのは使った時ですが、不正解です。自分に置き換えて想像してください。作りたいものを想像し、作ってみる。そして、出来上がったものを使ってみる。さて、貴方はどの段階が一番楽しいですか?」

 

「……新しい機能や完成した姿を想像しながら設計して、完成させるまでか、な」

 

 

 束に取って見れば発明品の完成後は、あまり楽しいものではない。自分の作った物に対する周囲の反応などは楽しいが、それは余禄の様なものだった。完成状態を想像しながら試行錯誤している時の方が断然楽しかった。それに自分で使って楽しいなどと感じる事はほとんど無い。

 

 何故なら、束は天才だからである。

 

 大抵の場合、束は発明品が完成した時には、既にその性能を過不足無く理解してしまっている。そして、明晰な頭脳によって実際に使用するまでも無く、使い勝手も何もかも想像出来てしまうのだ。

 

 束が【こういう物が作りたい】と思い設計し、設計段階で束が問題を感じなければ、想定通りの物が寸分たがわず完成する。これは束にとっては当然の事である。その為、自身の発明品を使う事によって得られるものは、あくまで既知の喜びでしかないのだ。

 

 太郎は束の答えに笑顔で頷いていた。

 

 

「そうでしょう。貴方なら私達が作ったフィギュアより優れたものを作れるかもしれません。しかし、自分で作ってしまうと、使う時にどうしても作っている時の楽しさと比較してしまいます。ですから、作品を心置きなく楽しみたいのであれば、あくまで消費者の立場でいた方が良いと思いますよ。もしくは、自分で作る喜びを楽しみつつ、他人の作ったものを消費するというのも手だと思います」

 

 

 束は太郎の言葉へ共感してしまう自分にイラつきながら、人生初と言っても良い、趣味趣向の合う人間との出会いに戸惑っていた。束が唯一の親友と公言する千冬は、残念ながら趣味趣向に関して相容れない部分が多かった。

 

 それと、太郎は束なら自分達より優れたフィギュアを作れるかもしれない、と控えめに言った。しかし、束からすればそれは間違いだと言える。自分にも作れるなどと苦し紛れに言ったが、実際はそう簡単な話ではない。

 

 例え箒本人から型を取って作っても、彼等のフィギュアには敵わないだろう。良く観察すれば分かる。彼等の作ったフィギュアの再現度は100パーセントなのではない。120パーセントの箒である。本物より、箒らしい箒としてデザインされ、作られているのだ。

 

 悔しいが、それは既に【箒の偽物】ではなく、ひとつの芸術であると束は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

束をして芸術と感じさせる逸品。
美星と太郎のこれまでの研鑽は何一つ無駄なものは無かったのです。

変態は惹かれあうもの。

そう、1匹変態を見つければ、20匹はいるもの。だから貴方の周りも多分大体変態。



本当はもう少し進める予定でしたが、思いのほか書くのに時間が掛かったので1回切りました。次回は土曜日に更新します。

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