第89話 取引、それは互いに利があればこそ 1
突然、箒へ渡された専用機・紅椿。時を同じくして暴走した軍用IS。しかも、暴走した軍用ISは臨海学校を行っているエリアを掠めるような進路をとっている。そして、その軍用ISを迎撃する作戦に、都合の良いスペックを紅椿が持っているという事実。
あまりにも全てが噛み合いすぎている。白騎士事件の事もあり、太郎は束が裏で糸を引いているのではないかと疑いを強めていた。太郎は手っ取り早く確認する為、束本人と直接話をしようと近付いた。
「篠ノ之さん、少し2人で話せませんか」
「……君なんかと話す事なんてないね」
他の者に聞こえない様に小声で話しかけた太郎だったが、にべもなく拒否された。しかし、その程度で引く太郎ではない。
(美星さん、アレをお願いします)
『了解しました』
美星は太郎の指示を聞き、束の目前に小さな投影型のディスプレイを出現させた。そこに映し出されたのは、臨海学校の更衣室に忍び込んだ束が生徒(箒)の下着を物色している姿だった。
「なっ、こ、これ……」
「話をしましょう。私達以外、誰もいない所で」
「……この映像、盗撮だよね。バレると君だってタダでは済まないんじゃないかな?」
その映像を見せられた時には動揺した束だったが、流石と言うべきか、直ぐに機転を利かせて逆に脅す。それに対して太郎は首を横に振る。
「この学園には私の友が至る所にいます。その映像は、臨海学校の警備の為に随伴した職員が仕掛けた防犯カメラに映っていた。そして、私がその映像を持っていたのは、ここに映っている犯人を見つけたら通報するように、と職員から渡された。そういう事に出来るんですよ。ここでは」
太郎は1年1組のクラス代表としての活動を通し、多くの仲間を手に入れていた。しかも、裏では
「ぐっ……わ、分かったよ」
「では続きは場所を変えましょう」
束が自身の形勢不利を悟り、太郎の提案を受け入れる。太郎は周囲をチラリ、と誰も自分達のやり取りに気付いていないか確認をして、束と共に部屋から退出した。
=========================================
場所を旅館の庭に変え、太郎と束は対峙した。闘った後、和解したわけでもなく、むしろ太郎が脅迫する形で今の状況になっているのだ。当然、場の空気はピリピリと緊迫している。
先に口火を切ったのは太郎の方だった。
「さて、時間が無いので単刀直入に聞きます。今回の件、全て貴方が仕組んだものでしょう?」
「んー……そうだったら、君はどうするのかな?」
意外な事に、束は認めはしないものの、太郎の問いを否定する事も無かった。それは自分が
「紅椿の性能をアピールする為に、こんな事を?」
「私の質問に答えないなら、私も答えなーいよ」
先に質問へ質問で返したのは束の方なのだが、太郎は気を悪くした様子もなく答える。
「貴方が私との取引に応じるなら、特に邪魔をする気はありませんよ」
「取引?」
太郎の言葉に束は怪訝な表情を浮かべた。太郎はそれに構わず取引内容を話し始めた。
「先ず、被害は最小限にしてください。どうせヤラセなんですから、一夏達の安全にも配慮してください。それと
「後の面倒って何かな?」
「1度暴走した軍用ISを、米軍がそのまま運用すると思いますか。開発計画の凍結、もしくは解体されてしまうかもしれません。それではあまりにも不憫です。あんなに綺麗な機体なのに……もったいない」
特にそうだと束が肯定した訳ではないが、太郎と束の間では既に、「
太郎の提案は、束の計画自体を否定しているのではなく、計画が大雑把になって多方面に無用の被害が出る事を回避して欲しいというものだった。
太郎の提案へ束が何かの反応するより先に、不満を漏らす者がいた。それは美星であった。
『へえー、綺麗な機体ですか……そうですね。あちらの方が最新の機体ですし、モチーフが天使ですからね。こちらは蜂ですから比べたらやはり負けますよね』
美星が太郎に不満を漏らす事は非常に珍しい。美星自身、
(いえ、決してヴェスパの外観が銀の福音に劣るという訳では)
『いいんです。いいんです。分かっていますから』
弁解する太郎だったが、美星は取り合わない。太郎達がそんな痴話喧嘩の様なやり取りをプライベート・チャネルで行っていると、2人にしか聞こえていないはずなのに束がニヤニヤとその様子を眺めていた。
「ん~、確かに銀の福音のデザインは結構良いよね。まあ、紅椿には劣るけど」
『私達の会話が聞こえているんですか!?』
「これでもISの開発者だからね。プライベート・チャネルの会話を盗み聞きする位、簡単だよ」
「「!?」」
束が事も無げに言った内容に、太郎と美星は驚きを隠せなかった。天災の面目躍如と言ったところか。
「さて、君が私にどうして欲しいのかは分かったけれど……取引と言うからには何か交換条件があるんでしょう。まさか、さっき見せた映像だけで私に言う事を聞かせたいなんて言わないよね?」
まさか、そんな舐めた事を言わないよね、という威圧感が滲み出る束に対して、太郎も負けてはいない。
「当然ですよ。これを見てください」
太郎が束に新たな映像を見せつける。そこに映し出されたのは、IS学園共同浴場の洗い場であった。洗い場では、あられもない姿の箒が発育の良いその肢体を洗っている。乳○と股×の部分には、編集によって不自然かつ、卑劣な白い光の線が入っている。
「おまええええええ!!!!!」
この映像を見た束は激怒した。太郎の襟を両手で掴み、詰め寄った。妹の入浴を盗撮されたのだ。その怒りも当然である。こんな物を見せ、怒らせておいて何の取引だと言うのか。脅迫でもするのか、と常人なら首を捻るだろう。
しかし、太郎には確信があった。束は単純に身内を盗撮された事へ怒っているわけではない。束は箒に対して邪な欲求を持っているからこそ、羨ましくて怒っているのだと看破していたのだ。
「落ち着いてください。欲しくありませんか。この映像の無修正版」
「なっ、この変態がっ!」
太郎の襟を掴んだ手の力が弱まる。太郎の予想が間違っていれば、ここで束が力を弱める理由などない。つまり、そういう事である。威勢が弱まった束に、太郎が追い討ちをかける。
「それでどうするんです?」
「と、撮ろうと思えば……こんな映像、私だって簡単に撮れるんだよ!」
「しかし、この映像の○月×日の箒さんは、もう追加で撮影する事は出来ないでしょう」
束が駆け引きを仕掛けたが、太郎にそう返されるとぐうの音も出ない。束は数秒間、目を瞑って何か手は無いかと考えたが、良い考えは何も浮かばない。束はゆっくりと太郎の襟から手を離した。
それを確認した太郎は、束に向かって右手を差し出す。束は黙ってその手を取り、固い握手が交わされた。
「とりあえず取引成立ですね」
太郎の声だけが庭に響いた。変態と天災の思惑が交錯する中、銀の福音迎撃作戦の時間が刻一刻と迫っていた。
おまけ
太郎「この白い光の線が無い映像が見たいですか?」
束 「見たい、見たいよ!」
太郎「では円盤を買ってください」
円盤購入
束 「線が消えても乳○なんてほとんど映ってないし、具も描かれてないじゃん」
太郎「いつから、白い光の線の下に○首が描かれていると錯覚した?」
束 「汚いなさすが大人きたない」
太郎「お嬢ちゃん、お金の価値に綺麗も汚いも無いんだよ」
お読みいただきありがとうございます。
次の更新は来週の水曜日になります。