ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

88 / 136
第88話 天災たる所以 2

 紅椿ならパッケージ(換装装備)が無くても、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を追える。束の言葉に、聞いていた者達は一瞬息を呑んでしまった。そんな皆の反応を、束は楽しそうに見ながら説明を続ける。

 

 

「紅椿の展開装甲をちょっと弄ってあげれば……ほーら、この通りっ!」

 

 

 空中投影型のキーボードを束が操作すると、大型のディスプレイに紅椿と銀の福音のスペック比較表が表示された。紅椿の展開装甲を弄った状態のスペックであれば、確かに銀の福音を追うのに十分なスピードが出るようだ。

 

 しかし、束が当たり前のように使っている単語、【展開装甲】という物が何なのか分からない為、一夏は首を捻っていた。

 

 

「どうしたの、いっくん?」

 

「展開装甲っての何なのか分からないんだけど」

 

 

 一夏の疑問に対して束は、「良くぞ聞いてくれました」とばかりにキーボードを操作する。そうすると大型ディスプレイの画面が切り替わり、展開装甲の詳細が表示された。そこに記載されたデータは膨大かつ、専門用語満載で一夏だけでなく、この場にいる大半の者が読み解けずに困惑していた。それを察したのか、束が簡単な説明を始めた。

 

 

「展開装甲は可変型の装甲が状況に応じて即時最適な形態・機能で展開される、第四世代型のIS装備なんだよ~。例えば今回の場合、スラスター側に装甲の一部を移動させてスピード重視にしてやれば良いって事だよ」

 

「「だ……第四世代」」

 

 

 束が何気なく語っている事は、聞いている者からすると驚異的な内容であった。現在、大国達が競って研究しているのは第三世代型のISである。それもやっと試作機がお披露目され始めたところである。この場ではセシリア、ラウラ、鈴の専用機がそれにあたる。

 

 太郎のヴェスパは、本来搭載される予定であった第三世代型の兵装が未完成である。その兵装の出力を下げ、シールド・ピアースと組み合わせる事で完成した兵装【毒針】を搭載しているだけで、純粋には第三世代と呼べない代物であった。シャルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡにいたっては完全に第二世代型である。

 

 束はそんな中、紅椿は第四世代型だと言うのだ。しかも、可変型の装甲が状況に応じて即時最適な形態・機能で展開されると言う事は、一機で装備の換装などをしなくても、あらゆる状況に対応出来るという事だ。理想のマルチロール機である。

 

 つまり紅椿の存在は、大国達が必死に研究開発している第三世代型を無用の長物へと変えかねないのだ。それは紅椿に使用されている技術が公開されたなら、という話である。最悪なのは、もし紅椿とその技術を独占、もしくは一部の国にだけ譲渡された場合である。そうなれば世界のバランスは一気に崩壊するだろう。そんな恐ろしい話なのだ。

 

 太郎と千冬は事態の深刻さを正確に理解しているのか、眉間にしわを寄せて束を睨んでいた。他の者達はただ、ただ呆然としている。

 

 

「……まあ、紅椿もまだ完全とは言えなし、現時点でスペックをフルに引き出せる訳でも無いんだけどね。それでも今回の作戦には十分だと思うよー」

 

 

 束の気休めにもならない様な言葉を聞いて、千冬は大きく溜息を吐いた。

 

 

「こんな物をいきなり世に出して……どうなるか分かっているのか?」

 

「んーどうなるんだろうね。ISを最初に発表した時は大した反応はなかったけど……」

 

 

 束は途中でわざとセリフを切って千冬の顔を覗き込み、にやりと嗤った。

 

 

「むしろ、これは白騎士事件の時の方が近いかな。あの時は凄い反響だったねー。世界がひっくり返った、なーんて言ってるニュースキャスターもいたね」

 

 

 

 

 

 白騎士事件───────────

 

 それは世界を震撼させたテロと、それを単機のISで処理し、世界にISの優位性を知らしめた一連の事件である。

 

 ある日、各国の軍事施設及び兵器がハッキングされ、日本へ向けて2000発を超えるミサイルが発射されるというテロが発生した。前代未聞のテロに日本はまともな対応が出来なかった。しかし、2000発以上のミサイルは、ただの1発も日本国土に到達する事は無かった。突如として現れた1機のISが全てのミサイルを撃墜したのだ。

 

 ミサイルを撃墜したISは白い騎士の様な姿だった。操縦者は体のラインと、ISは女性にしか操縦できないという特性から女性という事はすぐ分かった。しかし、バイザー型のハイパーセンサーが邪魔で顔は判別できなかった。

 

 彼女は突如日本領空に現れると、日本へと向かうミサイルを剣と荷電粒子砲で撃墜してしまった。そう、その様子は既存の兵器など既に時代遅れであると言わんばかりであった。何せこの後、このISの正体を探ろうと各国が繰り出した軍隊の悉くが為す術なく敗北したのだ。ISの優位性を誰もが認めざるをえなかった。

 

 

「あの時ほど騒がれるかな?」

 

 

 どこか楽しそうに言う束を千冬は睨んでいる。千冬は何か文句を言おうとしたが、今は時間にそれほど余裕が無い。舌打ちした後、話を変える。

 

 

「チッ……それで紅椿なら追いつけると言うが、その後どうする?」

 

「紅椿でいっくんを運んで、零落白夜でバッサリといっちゃえば良いと思うよ」

 

 

 束の案を聞いて千冬は少し考え込んだ。チラりと太郎の顔を見る。

 

 

「山田は運べないのか?」

 

「紅椿は白式との共同運用を想定して作っているから、相性は白式の方が良いんだよ」

 

 

 にべも無く束は首を横に振った。それでも千冬からすると、実績で勝っている太郎を簡単に選択肢からは外せない。

 

 

「山田、高速移動用のパッケージはインストール済みか?」

 

「いえ、しかし今から始めて1時間はかからないと思います」

 

「束、紅椿ならどのくらい掛かる?」

 

「実は話しながら進めてたから、残り3分も掛からないね」

 

 

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は今も停止している訳ではない。作戦開始は早いに越したことは無い。時間というファクターを考慮して千冬は今回の攻撃役を決めた。

 

 

「第1次攻撃は織斑。篠ノ之が目標の所まで運べ。もし織斑が失敗した場合を想定して、山田は直ぐにパッケージをインストールし第2次攻撃に備えろ。他の者達はサポートに回れ」

 

 

 千冬の決定に皆は返事をし、動き始めた。

 

 太郎は高速移動用のパッケージをインストールしながら、ある事を考えていた。

 

 白騎士事件は篠ノ之束の自作自演であるという説がある。当時、ISは誰からも注目されず、実機が何処にも出回っていなかった。そうなるとミサイルを撃墜したISは、必然的に束が直接関与している可能性が高いと考えられる。

 

 それにミサイルを発射した犯人は一切の犯行声明を出さなかった。これだけの大規模なテロである。何か政治的、宗教的な目的があるのなら当然なんらかのアピールがあるはずである。それが無く、ISの性能を世界に知らしめただけで収束した。つまり最初からミサイルの発射そのものが目的では無かった。ミサイルを撃墜するところを見せたかったのではないのか。

 

 太郎はこの説が最も有力であると思っている。

 

 そして、今回の事件である。束は突然妹に専用機を用意して、それを渡しに来た。それと時を同じくしての軍用ISの暴走である。どちらもタイミングが良すぎる。束が裏で操っているのではないかと太郎は疑いを強めていた。

 

 千冬や箒にじゃれついている束を見ながら、太郎は彼女と少し2人で話をして置くべきかどうかと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今年の夏ももう終わりですね。ふと後ろを見ると薄い本達が随分積み重なっています。
来月のカードの請求額が怖い。ゼロが5こ付いてたらどうしよう……ふぅ。

読んでいただきありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。