ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

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第85 椿咲き、他が花散る

 突然現れた束に場は騒然となっていた。世界に大きな変革をもたらしたIS。現在行方不明と言われているその開発者が突如目の前に現れれば、普通の生徒は冷静さを失って当然であろう。太郎の様な例外はいるものの、大半の生徒達が混乱状態だった。しかし、その混乱の中心である束だけでなく、状況を把握しているであろう千冬も、態々彼女達に細かい状況説明をするつもりはない。粛々と用件を済ませるだけだ。

 

 

「おい、篠ノ之。こっちに来い」

 

 

 千冬に呼ばれて箒が生徒達の中から歩み出た。その箒に束が抱きつこうとする。

 

 

「ほーきちゃーん、久しぶりっ!色々成長してるね。お姉ちゃんが確かめてあげっ、ゲボっ!?」

 

「ふざけないで下さい。殴りますよ」

 

「もう殴ってるよっ、しかもグーで!!!」

 

 

 抱きつこうとした束の顔面へ箒の拳がカウンター気味に入っていた。かなり強烈なパンチで普通の人なら立っていられない様なものだったが、束にとってはちょっと叩かれた程度にしか効いていなかった。箒への抗議も本気で怒ってはいないようで、その表情はすぐに笑顔へ変わっていた。

 

 そんな姉妹のじゃれ合いを見ながら千冬は溜息を吐いた。

 

 

「お前等、遊んでないでさっさとしろ。予定が詰まっているんだぞ」

 

「ほいほーい。じゃあ、早速お披露目しようか。これが束さんの新作。箒ちゃんの専用機【紅椿】だよ!」

 

 

 束が空を指差し高らかに叫ぶと、先程束が登場した時の様に空から巨大なニンジンが降って来た。

 

 ズガアアアアアアンンンンン!!!!

 

 凄まじい衝撃、立ち上る砂煙。束へ静かに忍び寄る影。

 

 ボコッ!

 

 鈍い音が響く。この場のほとんどの者が2度目のニンジン登場に驚いている中、千冬の拳骨が束の頭へ振り下ろされたのだ。

 

 

「この阿呆が、試験用の砂浜に大穴空けるなと言ったばかりだろうが!!!」

 

「え、演出だよ。演出。折角の箒ちゃん専用機登場シーンなんだよ!」

 

 

 千冬と束が言い争っている間に、砂浜へ突き刺さった巨大なニンジンが2つに割れて、中に入っていたISがその姿を見せた。鮮やかな紅。紅椿の名の通り、血の様な紅色のISである。

 

 

「さあーて。箒ちゃん、もっとこっちにおいで。お姉ちゃんが初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)を手伝ってあげちゃうよ」

 

 

 束に手招きされて箒が紅椿の前まで来ると束はリモコンを取り出してスイッチを押した。すると紅椿はその装甲を2つに開き、膝を折り曲げて箒を受け入れる態勢をとった。

 

 

「箒ちゃん、早く装着してごらん。束さんの超絶技巧を発揮すれば初期化や最適化なんて、あっという間だから♪」

 

 

 束に促されて箒が紅椿へと乗り込む。束はそれを確認すると空中投影型のキーボードとディスプレイを呼び出して、目にも留まらぬ指使いで膨大なデータを処理していく。そんな様子に大半の生徒が圧倒されていたが、一部の生徒は不満そうな視線を箒と紅椿へと向けていた。

 

 

 

「えっ、博士の妹だからって専用機が貰えるの?」

 

「嘘でしょ、不公平じゃない。真面目にやっている私達が馬鹿みたいじゃない」

 

「なんでいきなり?詳しい説明もないの?」

 

 

 不満そうな様子の生徒達の中から、そんな声が漏れ聞こえる。箒にもそれが聞こえたのか気まずい様子である。なおも不平を漏らし続ける彼女達へ束がニコニコと笑顔を向けた。

 

 

「うーん、何か思い違いをしている子がいるねえ。この世界が平等だなんて夢でも見ているのかな?」

 

 

 不平を漏らしていた生徒達は、束の言葉を聞いて顔を俯けた。束という歴史的な偉人と言っても過言ではない人間相手に、直接文句を言えるほどの度胸が彼女達には無かった。

 

 

「そもそも私が作った、私の物なんだよ。その扱いに口出しするなんて、いつからISは君達の物になったのかな?」

 

 

 束は笑顔のままで彼女達に辛らつな言葉を投げかけた。それは彼女達以外の生徒にとっても冷や水を浴びせられた様なものだった。

 

 IS学園の生徒達には大なり小なり、「自分達はISに乗れる特別な人間・IS業界の代表的な存在」であるという一種のエリート意識がある。そんな生徒達を束はハッキリと断じたのだ。

 

 

「ISに関して君達には何の権利もないし、ISは君達の物ではない」

 

 

 束の傲慢な態度。しかし、その言葉があながち間違っていないと理解出来るから生徒達はショックを受けていた。

 

 箒への専用機の授与。それを担任である千冬は全く問題視していない。何の話も通さず、いきなり専用機を一生徒へ譲渡するなどという事がまかり通るわけが無い。つまり、事前に話は付いているという事だ。そう、学園がこの事を認めているという事実を示している。ただ自分の妹だからという理由で専用機を与える。そして、それが公式に認められるという強権。

 

 世界は平等ではない。束のその言葉を生徒達は痛感する。

 

 

「さーて、初期化(フィッティング)はこれで終わりっ!」

 

 

 束は喋っている間も手は動き続けており、束がそう言ってEnterキーを押すと紅椿はその姿を少しだけ変えた。初期化にともなう形状変化が少ないのは、束が秘かに箒のパーソナルデータを収集し、事前に紅椿へそれを反映していた影響である。束がどうやって箒のパーソナルデータを収集したのかは、箒が知れば怒るので秘密である。

 

 

最適化(パーソナライズ)も残りは自動処理ですぐ終わるから、もうする事ないね。……ん?」

 

 

 束は大半の生徒が項垂れる中、強い視線が自分に向けられている事に気付いた。そちらを見ると筋肉質な男が両腕を組んで仁王立ちしていた。睨み付ける様な目をした太郎である。

 

 

「何か言いたい事でもあるのかな?」

 

「ええ」

 

 

 束が大した興味も無い様子で太郎へ声を掛けると、太郎は力強く頷き束に近付く。

 

 

「ISは物ではありません」

 

「んん?」

 

「それに貴方のものでもありません。彼女達は彼女達自身の意志によって生きています」

 

 

 太郎の口調は丁寧であったが、断固としたものだった。太郎はISを自分達人類と同等の生命体として認識している。ISを物扱いする束に太郎は黙っていられなかったのだ。

 

 束は太郎の意見に小首をかしげた後、首を横へ振る。

 

 

「私が作った物をどうしようと私の自由でしょー」

 

「貴方が一番、彼女達の事を知っているはずなのに、何故そんな結論になるのか分かりませんね」

 

 

 束の無邪気な傲慢さと太郎のISへの熱い想いは、ここでは相容れなかった。徐々に場の空気が不穏なものへと変わってきている。一歩も引くつもりの無い太郎。束も不機嫌さを隠そうともしない。

 

 

「生意気だなー。そう言えば君のISはこの前、私の指示を拒否してたね。いっそISごと君を解体して実験材料にしちゃおっかな♪」

 

「……誰を解体すると言った」

 

 

 軽いノリで、ただし全く目が笑っていない表情で放たれた束の言葉。それを聞いた太郎の口から、聞く者の背筋を凍らせる様な声が漏れ出た。

 

 自らの愛機を解体すると聞いて、一気に太郎の怒りは抑えようの無い所まで来ていた。それに慌てたのは束ではなく、千冬や周囲にいた生徒達でもなかった。

 

 

『マスター、落ち着いて下さい。冷静さを失った状態で勝てる相手ではありませんよっ!』

 

 

 太郎の専用機のISコアである美星が必死で太郎を宥める。自らの創造主である束と自らのマスターである太郎。双方の実力を知っているからこそ美星は必死であった。

 

 太郎の強さ。それを最も信じているは美星である。しかし、束の凄さも美星は良く知っている。束はISを開発した天才科学者であるが、それはあくまで束の一面でしかない。束は全てにおいて【天才】であり【天災】なのである。それは戦闘も例外ではない。

 

 だが、美星の制止でも太郎を止める事は出来ない。太郎は少し腰を落とし、何時でも襲い掛かれる構えをとった。それを見た束は馬鹿にして笑う。

 

 

「君程度で私とやり合えると思っているの?」

 

 

 かつて太郎が千冬並の身体能力を持った執念深い変態だと美星から聞いた時には、束は太郎を脅威として認識していた。しかし、情報収集をして幾つかのIS戦、対人戦を見た結果、束は太郎が脅威とならないと分析したのだ。

 

 

「身体能力はそこそこみたいだけれど、それだけだね。ちーちゃん相手に力負けしなかった事で何か勘違いしちゃったかな。もし、ちーちゃんが最初から君を壊すつもりで戦っていたら勝負にならなかったはずだよ。……こんな風にねっ!!!」

 

 

 束が一瞬で間合いを詰めて太郎へ殴りかかった。太郎がそれに合わせて頭を低くしながらカウンターのタックルを試みる。しかし、事前に情報収集をしていた束は、そのタックルを読んでいた。太郎の対人戦のスタイルはグラップリングが基本である。最初からタックルが来ると分かっていれば、束ならば簡単に膝を合わせる事が出来る。

 

 

「がっ!?」

 

 

 綺麗にカウンターの膝を合わせられて太郎の動きが一瞬鈍り、頭が下がる。それを束は見逃さない。束の腕が太郎の首へと絡みつく、フロントチョークである。

 

 

「君がちーちゃんとショッピングモールで闘っている所を見たけれど、打撃に対応し切れずに最後は馬力で誤魔化してたよね。あれさ……もし、ちーちゃんが初撃から急所を狙っていたら一瞬で勝負が決まっていたよ」

 

 

 束は話しながらも一切手を緩めることは無い。

 

 

「私やちーちゃんとは根本的にレベルが違うんだよ」

 

 

 束の辛辣な言葉。そして、圧倒的に不利な状況。

 

 太郎の戦意はもう萎えてしまったか。

 

 

 

 

 

 

 いや、いきり立っていた。

 

 束の豊満なる乳袋が自分の体に触れている感触で、太郎はいきり立っていた。

 

 しかし、いくらいきり立っても戦況は圧倒的不利である。束のフロントチョークは完璧だ。これを力任せに外せる程、太郎の力は束のそれを上回っていない。だが、太郎に悲壮感や敗北の予感などは微塵もなかった。

 

 人間は意識していないタイミングの攻撃や意識していない部分への攻撃にとても弱い。そして、それは天災と言えども例外ではない。

 

 太郎は右の中指に渾身の力を込め、束を貫いた。そして、穴を拡げるように根元近くまで刺さった中指が蠢く。

 

 

「ぎゃあっ!!!!!?」

 

 

 突然の感触に束は汚い悲鳴を上げてフロントチョークを外し、強引に太郎から距離をとった。束は困惑しながら攻撃を受けた部分を手で押さえる。

 

 

「どういうつもりっ!!!!!」

 

「レベルの違いと言うものを見せてもらおうと思ったのですが、そちらは経験が浅い様ですね」

 

 

 ニヤニヤと嗤う太郎に束の殺気が飛ぶ。束が抑えているのは尻であった。

 

 太郎は右の中指を口に含み、ジュッポジュッポと音を立てながら味わう。

 

 

「う~ん、これは生活習慣が乱れていますね」

 

 

 そして、この太郎の診断である。

 

 

 

 

 

 束は自身の全身に鳥肌が立つのを感じた。

 

 恐怖、これは恐怖なのだろうか。

 

 生まれて初めて感じる感覚に束は動揺を隠せない。

 

 

 

 

 




今回は結構苦労しました。

紅椿を渡す所までで1回切ろうかと思いましたが、それだけだと味気なかったので頑張ってみました。

サブタイトルの「椿咲き、他が花散る」は「つばきさき、たがはなちる」と読みます。本文と違ってタイトルにはルビ付けられないんですよね。いや、もしかしたら私が方法を知らないだけかもしれませんが。


読んでいただきありがとうございます。ジュッポジュッポ!

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