セシリア・オルコットは今まさに、人生の岐路に立っていた。場所は更衣室、手には太郎からプレゼントされたスリングショット。
これを着るべきか、否か。
難しい、非常に難しい問題である。太郎に敗北し、その強さに感銘を受ける前のセシリアならば迷う事もなく否と答えを出しただろう。この様な水着と呼ぶのもおこがましい物を着て、人前に出るなど有り得ない。しかし、今のセシリアは恋する乙女である。好きな相手からプレゼントされた水着を拒否する事もまた難しい選択であった。
セシリアはスリングショットを両手で持ち、真剣な表情でどうすべきか考え込んでいた。そして、更衣室にいた他の生徒達は、そんな思い悩むセシリアを奇異の目で見ていた。
「オルコットさん、なんか目が怖いんだけど」
「ホント、目いっちゃってるよ」
「えっ、もしかしてオルコットさんが持っているのって水着」
「うそっ、アレって水着なのっ!?」
「布少なすぎよ」
「痴女だよ、痴女っ!!!」
彼女達の声はセシリアにも届いていた。それらの言葉にセシリアの心は一瞬折れかけた。しかし、そんなセシリアの脳内に、幼馴染で自分のメイドでもあるチェルシーの声が響く。幻聴である。
「お嬢様、本当によろしいのですか。ここで引いてしまって」
セシリアの目がカっと見開かれる。セシリアは頭を振り、尻込みする弱さを自分の中から追い出した。ここで引いてしまっては、いつまで経っても自分は弱いままである。かつて太郎に敗北した時、その強さの理由を聞いた。
《それは求める心、そしてそれとどれだけ真摯に向き合えるか。これに尽きます》
太郎の答えはそんな単純明快なものであった。翻って、先ほどまでの自分はどうだ。うじうじと思い悩むだけでは何の解決にもならない。そう、セシリアは自分を断じた。求めるものなど最初から決まっている。
(わたくしは太郎さんからプレゼントされた水着を着て、太郎さんの前に立つ)
折角、本人から水着をプレゼントされるというアドバンテージを得ながら、周囲の目を気にしてそれを使わないなど愚の骨頂である。むしろ周囲のライバルに見せつけ、牽制する位のつもりでないと、厳しい戦場で勝利を掴む事など出来はしない。
「わたくしは引きません。皆さんにお見せしましょう。我が英国のジョンブル魂を、英国貴族の誇りをっ!!!」
セシリアはそう叫ぶと服を脱ぎ、躊躇うことなくスリングショットを身に着けた。それを見ていた一部の者が「頭がおかしい」や「変態」などという心無い言葉を吐いていた。しかし、セシリアは怯むどころか凛とした眼差しで背筋を伸ばし、秘密兵器をロッカーから取り出して堂々と砂浜へと歩いて行った。その姿は少女達には輝いて見えた。
「……モデルみたい」
「あのスタイルだと妙に似合うね」
「スゲエーよ、英国貴族の誇りってスゲエーな」
砂浜に到着したセシリアは、早速太郎の元へと向かった。太郎がセシリアに満面の笑顔で拍手を送り、それを見たセシリアは自分の選択が正解だったと確信した。セシリアは今こそ秘密兵器で駄目押しを、と考えていると背後にざわめきを感じた。
(良い所ですのに、何者ですの?)
セシリアが振り返るとそこにはミイラが立っていた。
「ホントに何者ですのっ!?」
セシリアは驚きのあまり悲鳴のような声を上げる羽目になった。
誇りってすごいね(白目
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