太郎へ襲い掛かった比場だったが、あえなく一蹴されてしまった。太郎の方はつい先程の戦闘などどうでも良いといった感じであり、それよりもこれから行う事の方が楽しみで仕方が無い様子である。
「さて、決着も付いた事ですし、負けた比場さんには私の実験へ協力してもらいますよ」
「わ、私に何をする気!?」
敗北して動きを封じられた比場が太郎の不穏な言葉に顔を引きつらせた。
「なーに心配はいらないですよ。ISの事をもっと良く知る為にちょっとした実験を今からするだけです」
楽しそうな太郎であったが、この後に何が行われるのか不安になった鈴香達が止めに入る。
「や、山田さん、あまり酷い事は・・・・」
「う、うん、それは流石にマズい」
「ハルちゃんを壊したら許さないよー」
「あ、あの幾らなんでも人体実験はダメですよ」
鈴香達の制止に太郎は「心外ですねー」と言って首を横へ振る。
「心配しなくてもそれ程危険な実験ではありませんよ。ちょっと比場さんが素直になるだけです」
「素直になる?」
鈴香がどういう事か分からず太郎へ聞き返した。分かっていないのは鈴香だけではなく女性陣全員が分かっていないらしく怪訝な表情をしていた。そんな女性陣に太郎が自信を持って宣言する。
「ええ、素直になる筈です。比場さんの男性に対する過剰なまでの攻撃性や嫌悪感を和らげてあげるのです」
「そんな事が出来るのー?」
江沼が間の抜けた調子で太郎へ疑問を投げかけた。それに対して太郎は胸を張って答える。
「はい、理論上は可能です。ISには操縦者の生命維持機能があり、操縦者の身体機能への干渉が可能である事が分かっています。それに操縦者の意識を電脳空間へと仮想可視化して侵入させる機能についても存在を確認してあります。つまり操縦者の意識を正確に抽出して電脳空間で活動出来る様にする仕組みがあるなら、後は専用のプログラムさえ構築すれば、抽出した意識へ干渉する事も出来る筈です」
太郎は簡単に「抽出した意識へ干渉する」と言っているが、それが本当に簡単で安全なのかは鈴香達には分からなかった。ただ女性陣の頭の中では共通した1つの感想が浮かんでいた。
【それって洗脳って言うんじゃないの?】
そんな疑念を持たれているなどとは露知らず太郎は早速実験を始めようとしていた。
(それでは美星さん、美夜さん、実験を開始しましょう)
『了解しました』
『何時でもOKだよ』
太郎の呼び掛けに美星と美夜が応えて実験が開始される。太郎には美夜も美星と同じ様に会話しているように聞えているが、美夜は未だ上手く日本語が話せないので美星が翻訳して人工的に音声を生成していた。
今回の実験では美夜が比場の意識を抽出し、美星が書き換えという役割分担である。
「えっ・・・な、なに、なんなの・・・うっ・・・・・・・・・」
比場は為す術も無く意識を奪われてしまった。その気になった太郎と美星達を止められる者などこの場にはいなかった。
『んんん?これ・・・・どうなってるのかな。ねっ、ねえ、太郎さん。この子の意識、普通じゃないんだけどどうしよう?』
しかし、誰かが止めるまでもなく美夜が自ら作業を途中で止めてしまう。想定外の何かがあったらしく太郎に判断を仰ぐが、太郎からすれば具体的にどう普通では無いのか説明して貰えないと判断のしようがない。
(どういう事ですか?)
『うーん、なんかさあ・・・・この子って女の子じゃないかも』
(そうですか・・・・ん?えっ、今なんと言いましたか。比場さんが女性でない!?)
美夜の突然の発言に太郎は驚きを隠せない。太郎はシャルの男装も簡単に見破っている。自分の目に自信を持っている太郎だけに、全く女性として違和感の無い比場が、女の子ではないかもしれないと言われて狼狽してしまった。
(ちょっと待って下さい。それでは比場さんは男性なんですか!?)
『身体データは女の子だよ。でも意識を抽出している時に性別がどうも曖昧なんだよねー。これって何て言うんだろう?』
(性同一性障害というものですか?)
美夜の説明に太郎が性同一性障害という単語を挙げたが、太郎自身そういった方面には詳しくないので自信無さそうな様子だ。
『そんなの分からないよー。私は専門家でもなければ、人間ですら無いんだから』
美夜も前立○マッサージは知っていても、この件に関しては知識が無いらしくお手上げ状態だった。
『私は一度中断する事を提言します』
美星は戸惑っている太郎と美夜を見て、実験の一時中断を提案した。比場には自力で打鉄の装着を解除する術が無い。まさにまな板の鯉である。今すぐ何とかしなくても比場が逃げる事は無いのだから焦る必要は無い。冷静な美星の提案に太郎もいつもの落ち着きを取り戻していく。
(そうですね。無理にやる必要は無いです。それにもしかしたら、これが比場さんの極端な思想の原因かもしれません)
太郎は比場の女性至上主義や男性に対する攻撃性が、この事を起因としたコンプレックスから来ているのではないかと推測していた。もしも、この推測が当たっているのなら態々比場の意識を弄くらなくても良いかもしれない。
(美夜さん、比場さんを起こしてください。本人に確認してみます)
『分かったー。ほいっ』
「・・・・んん・・なに・・・私、どうなったの」
太郎の指示に美夜が従い、比場が意識を取り戻した。目を覚ました比場は自分の今の状況をイマイチ理解出来ていなかった。しかし、そんな事はお構い無しに太郎が真剣な表情で話しかける。
「比場さん・・・・・落ち着いて聞いて下さい。実は・・貴方・・・女性では無いかもしれません」
「はあ?」
突然太郎から告げられた予想外の内容に、比場は憎い筈の相手に一瞬素で反応してしまう。そして、横で太郎の衝撃的な発言を聞いていた他の女性陣がヒソヒソと囁き合っていた。
「えええ先輩って男なの?」
「女装かな」
「正直引きます」
「ハルちゃんが男の子でも私は問題無いよ」
それを聞いていた比場が顔を真っ赤にして怒る。
「ちょっと待ちなさい!晶子っ、あんた着替えの時とか一緒なんだから私が女って分かっているでしょ!!!」
「そう言えばそうだね」
江沼晶子は比場の言葉で納得したが、当の比場は怒りが収まらない様でその矛先が太郎へと向く。
「変な言い掛かりを言ってどういうつもりよ!!!」
「言い掛かりではありませんよ。貴方の体は女性ですが、精神の方はどうも違うみたいですよ。貴方の意識を抽出しようとしたら性別の認識が曖昧だったのです。貴方自身何か心当たりがあるんじゃないですか?」
「うっ・・・・・・」
太郎の冷静な切り返しに、比場自身何か心当たりがあるのか口篭ってしまう。そんな時に比場にとって厄介な人間が手を挙げた。
「はーい、せんせえー」
「はい江沼さん、どうしました?」
「ハルちゃんは女の子と付き合っていまーす」
比場にとっては痛恨の発言が友人である晶子から飛び出る。
「ちょ、ちょ、ちょっと晶子何言ってるのよ!」
「しかも複数でーす」
晶子がこれ以上余計な事を言わない様に比場が止めようとするが、それは叶わなかった。更なる燃料投下によりその場にいた後輩達はドン引き状態だった。
「クソ○ズ」
「淫獣」
「あ、あの、まさか相手はうちの姉さんじゃないですよね?」
鈴香と貴子が吐き捨てる様に罵った。ちょっと前までの彼女達なら「男が相手なんて有り得ない」と思っていたので問題無かったかもしれないが、今の彼女達の感覚は完全にストレートだった為にこの拒絶反応だった。福瀬美穂の場合は縋る様な目で比場を見ていた。かなり偏った考え方を持っていたとはいえ、優秀で尊敬もしていた姉がもしかしたら同性愛者なのかもしれないと不安になっていた。
去年までのIS学園なら同性のカップル位、別に珍しくも無く風当たりもここまで冷たくなかった。女子高特有の空気感があった。しかし、今年のIS学園は違う。男が2人も入学し、しかも彼らが大半の女子生徒から支持されているのだ。不躾な表現をすれば、その支持している女生徒達はアイドルの追っかけの様な者だった。去年までとは学園内の雰囲気も完全に変わっていた。
後輩達の予想以上に冷たい反応を受け、比場は必死で取り繕おうとする。
「ち、ちが」
しかし、それを遮る者がいた。太郎が比場の肩に手を置いて話し掛けて来た。
「まあまあ、落ち着いて下さい。良いではないですか。貴方が同性愛者でも性同一性障害でも恥じる事など無いです」
「な、なにを」
「貴方が誰と付き合おうが好きにしたら良いではありませんか。男になりたいなら、なったら良いではありませんか。女の体のまま女と付き合いたいなら、そうすれば良いではありませんか。変に恥ずかしがるから歪むんですよ。貴方の偏った思想はそんな気持ちを無理に抑え様とするコンプレックスから来ているんじゃないですか?」
「そ、そんなんじゃ・・・私・・・ちが・・・」
一気にまくし立てられて比場は戸惑っていた。急に色々言われて比場は混乱していた。比場は今まで自分を単なる同性愛者だと思っていた。しかし、精神や意識の面で性別そのものが曖昧だと言われてそれをどう自分の中で処理すれば良いのか全く分からないといった状態だった。
そんな比場に太郎が囁く。
「良いではないですか。貴方が男でも女でも、それ以外の何かでも・・・。そんな自分を変えるつもりもないのでしょう?」
比場はついそれに頷いてしまう。それを見た太郎はニヤリと嗤った。それは甘く、邪で悪魔的な笑みだった。それに比場は魅入ってしまう。
太郎が比場の打鉄の装着を解除する。動きを封じられ体勢を崩した状態だった比場は、急に打鉄の装着を解除されたせいで打鉄から吐き出される様に床へと転がった。そんな比場の前に太郎が立つ。
「私とその仲間達はそんな細かい事は気にしません。普通と違う?狂っている?そんなモノは愉しみを増やす燃料です。私達と一緒に世界を私達の色の炎で包んであげましょう」
太郎が手を比場に差し出す。その手を比場はじっと見詰めていた。
この山田 太郎という人間は訳が分からない。つい先程まで闘っていた相手を勧誘するなど理解できない。
しかし、もっと理解出来ないのはあれ程嫌っていた筈の男に誘われているのに、それを嫌だと思っていない自分自身の事である。
むしろ少し嬉しいとさえ思っていた。
自分の存在を認められたという気持ちと小さな子供が新しい遊びに誘われたかの様にワクワクする気持ちが確かに心の中で存在した。
この手を取れば想像も付かない様な世界へと行けるのではないかと感じ始めている。
比場 遥はいつの間にか太郎の手を握っていた。遥は自身ですら太郎の手を取った理由を明確に理解はしていなかった。しかし、その選択に遥自身は何の違和感も感じていなかった。
太郎が遥を勧誘したのは何となくその方が楽しそうだというその場のノリだったが、打算的な理由もあった。IS学園内の女性至上主義者のリーダー格を実験体として使うより、そのまま仲間に引き込めるなら学園内の掌握が一気に進む。太郎の仲間や間接的な支持者層から外れた女性至上主義者達を引き込んでしまえば、もう学園内に明確な敵はいなくなる。着々と太郎の色へと学園は染まりつつある。
読んでいただきありがとうございます。
本当はこの話を18禁分岐の話より先に書くつもりだったんですよね。その方が背徳感があって良かったかな。