ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

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第43話 夢

 ラウラは夢を見ていた。

 

 ラウラは見知らぬ風景の中を走っていた。夜の町を縦横無尽に走っている。漢字で書かれた看板なども見える事からここは日本の何処かだろう。

 

 ラウラはどうやら何者かに追われている様だった。赤色灯が眩しいセダン型の車が数台、背後から迫って来ていた。しかし、車の入れない細い路地へと逃げ込み追いつかせない。その後も逃げ続けていた。壁をよじ登り、トラックの荷台に飛び乗り、住宅街に入れば屋根から屋根へと飛び移ったりもした。

 

 夢の中の自分はどうやら男の様だった。自分では到底不可能な速度で走り、逞しい腕で壁を易々とよじ登っている。不思議な感覚だった。まるで他人の経験をその人の視点で追体験をしているようだ。

 

 この夢の中の人物は驚異的な身体能力を持っていた。ラウラは遺伝子を強化されて生まれ、そのうえ過酷な訓練を物心が付く前から課されてきた。その為に身体能力に関しても人間の平均レベルを大きく逸脱していたのだが、この人物はそれをさらに超えていた。

 

 だが、ラウラが一番気になったのは驚異的なその身体能力ではなかった。その人物はかなりの数の追跡者に追われていた。それも相手は高度に組織化されている様だった。これだけ驚異的な身体能力を持ってしても振り切れず、行く先々に先回りして来る優秀な追っ手だった。周囲が全て敵になったかのようだった。何処に逃げても追っ手がいるという事の繰り返しだった。この人物がいくら驚異的な身体能力を持っていたとしても、いつかは力尽きる。これは絶望的な逃走劇だった。

 

 

 

 しかし、その人物は笑っていた。

 

 

 彼は全裸で顔には何かを被っていた。首には何かが巻きついている。

 

 

 

 

 全裸という事は恐らくシャワーを浴びている時にでも奇襲をされたのだろう。首に巻きついている何かは、この追ってくる者達が彼の事を絞殺しようと使った物と推測できた。

 

 絶望的な状況だ。それなのに男は笑っていた。このような状況で何故笑える。何故諦めない。不屈の魂をラウラはこの男に見た。

 

 

 

 この男は【強い】

 

 

 

 ラウラは何か熱い物が自身から沸き上がるのを感じていた。この男の姿を見た者の多くは笑うだろう。多くの者は裸で追い回され、逃げ切れる見込みも無いのに必死に逃げ回る男の姿を滑稽だと馬鹿にするだろう。だが、ラウラにはこの男は【強い】と感じた。折れない心、不屈の魂こそがこの男の強さなのだろう。

 

それは少し前までのラウラが追い求めた兵器としての強さとは違った強さだった。強さを前ほど求めなくなった途端、全く別種の強さに出会ってしまうとは皮肉なものだ。

 

 

(こういう強さもあるのか・・・・・世界は広いな。私などに価値を見出してくれる人もいる。兵器としてではなく私自身を認めてくれた人がいる。少し前までの自分では考えられない事だが、これから私は私として生きてあの人に求められるのだ。私はラウラ・ボーデヴィッヒ自身としての価値を諦めて別の誰かの価値に縋ったりはもうしないと誓おう)

 

 

 ラウラがそんな決意をしていると視界が明るくなっていくのを感じた。夢が覚めるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 ラウラが目を覚ますとそこは保健室のベッドの上だった。ベッドの横にはイスに千冬が座っていた。

 

 

「ん・・・教官?」

 

「起きたか」

 

 

 ラウラは全身に痛みを感じながらも強引に上体を起こした。苦痛に顔を歪めたラウラを見て千冬が心配する。

 

 

「もう少し休んでいろ。全身に負担がかかった為に打撲や筋肉痛で辛いだろう」

 

「痛みはありますが、この程度なら問題ありません。それよりも先程、私のISに何が起こったのですか?」

 

 

 ラウラは上体を起こして話しているだけで全身に痛みを感じていた。しかし、生まれた時から過酷な訓練を乗り越えてきたラウラにとってみれば耐えられない痛みではなかった。それよりも太郎との戦闘中にシュヴァルツェア・レーゲンがその姿を変え、あまつさえラウラの制御を受け付けずに勝手に戦闘を繰り広げた事の方が重要な問題だった。

 

 千冬としてはあまりラウラに教えたくない内容だったがラウラの真っ直ぐな視線を受けて、隠す事を諦めた。

 

 

「・・・・・今から話す事は機密事項だ。聞いた後に忘れろ」

 

 

 ラウラが頷くと千冬は説明を始めた。

 

 

「お前のISを変形させ、機体の制御を奪い勝手に闘ったのはVTシステムの機能だ。正式にはヴァルキリー・トレース・システムと呼ばれる物で、過去のモンド・グロッソにおける部門受賞者(ヴァルキリー)達の動きを再現するシステムだ。様々な問題があって、あらゆる企業・国家での研究・開発・使用の全てが禁止されている代物だ」

 

「VTシステムがシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていた・・・・・・」

 

 

 自分のISに禁止されているシステムが搭載されていた事にラウラは少し驚いていたが、同時にその位の事はやっていて当然だろうとも思った。そもそも、ラウラ自身の出生の経緯やその後の軍の扱いなどからして倫理など無視したものだった。今更使用ISに禁止システムの1つや2つが積まれていてもおかしくはない。

 

 

「シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたVTシステムは機体へのダメージの蓄積、操縦者の精神状態、操縦者の意思や願望などが条件を満たす事で発動する様になっていた」

 

「つまり・・・・・私が教官の様になりたいと願ったから、ああなったんですね」

 

 

 VTシステムがシュヴァルツェア・レーゲンを千冬の姿へと変化させたのもそれが原因だろう。ラウラは今も千冬に憧れを持っていたが、再度同じ状況になっても今度はVTシステムは発動しないだろうと思った。

 

 ラウラは兵器として生まれ、兵器としての有用性・強さを求められてきた。自分の価値はそこにしか無く、それを失えば無価値な存在になるとラウラは思っていた。しかし───────

 

 

「なあ、ラウラ。お前は未だ私の様になりたいか?」

 

 

 千冬の問いにラウラは首を横に振った。

 

 

「私はもう自分以外の誰かになろうとは思いません。私は自分自身を求められる喜びを知りました。誰かの模造品としての価値などもう欲しいとは思いません」

 

 

 ラウラはそう言うとベッドから降りた。

 

 

「おい、もう少し休んでいろ」

 

「いえ、やる事があるので休んではいられません」

 

 

 ラウラは1度千冬に会釈をした後、保健室を出て行ってしまった。少し前までは千冬を盲信していたラウラの激的な変化に千冬は呆然とラウラの後姿を見つめていた。

 

 

 

 




太郎の取り巻きが強い(確信

ラウラもかなりのハイスペックなので先が楽しみです。

そう言えばAICって背後から隠れて発動すればあとは痴漢し放題じゃないですか。


ラウラはこの逃亡者が裸なのは「シャワーを浴びている時にでも奇襲されたんじゃないか」と推測していますが、もちろん彼は自らこの格好をしています。むしろ、この格好だから追われています。



 読んでいただきありがとうございます。

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