ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

33 / 136
第33話 幕間 ヒトカタ・完成へ向けて

 その日、太郎と美星は楯無に依頼された簪の等身大フィギュアを整備室で作っていた。大量の資料も有り、作り始めてからずっと制作進行は順調に進んでいた。しかし、ここに来て問題が発生していた。

 

 

『何かが、何かが足りません。ここまでは最高の出来だと思っていましたが、このフィギュアには何かが足りません。しかし、何が足りないのか私には・・・・分かりません。顔も体も全て資料の通り再現しているはずなのに。何故?』

 

 

 ここまで幾つものフィギュアを作ってきた美星の初めてのスランプだった。

 

 

『胸も乳〇も〇輪の大きさも色も間違いないはずです。腰のラインも足の肉付きも完璧です』

 

「そうですね。陰〇の作り込みも職人芸です。しかし・・・」

 

 

 資料の通りに完璧に作った筈なのに美星と太郎から見て、この等身大簪フィギュアは何かが足りないように思えた。

 

 

『やはり私の様な機械モドキが職人の真似事など無理だったのです。所詮はプログラム、人間の様には出来ないんです』

 

「落ち着いてください。凄腕の職人でも最初から良い物が作れた訳ではありません。諦めるのは未だ早いです。それに今まで作った物は良かったじゃないですか」

 

 

 珍しく感傷的な美星を太郎は優しく諭した。

 

 

「・・・少し、落ち着いて検証してみましょう。今までとの違いを挙げてください」

 

『今回は第三者からの依頼です』

 

 

 これまで作ってきたセシリアや箒や鈴の等身大フィギュアは完全に太郎と美星の趣味の産物であった。

 

 

「そうですね。しかし、依頼とは言え私達は2人共いつもと同じ様に楽しんで作っていました。やる気があまり無くて無意識のうちに手を抜いたという事は無いと思います」

 

 

 少なくとも太郎は作っている過程でやる気が無くなるなどという事は無かった。むしろ、友人の妹が対象ということでいつもとは少し違った興奮も加味されヤる気は十分以上だった。

 

 

『それと今回は制作に使っている資料が全て画像もしくは映像データです。これまでは触感や直接スキャンした身体データも制作の際に使っていました』

 

「そう言えばそうですね。そのデータがあれば良いと言うこ・・・!!そうでした。重要な事を見落としていました」

 

 

 美星の言葉に太郎は重要な事に気付いた。

 

 

『???』

 

「美星さん、私達は簪さんに未だ会った事が無いんですよ。画像や映像だけでその人間の全てが、本質が、魂が分かるわけ無いじゃないですか!!!!!」

 

『私達は大量の画像や映像データが有った為にそれだけで事足りると勘違いしてしまっていたんですね』

 

「その通りです。そうと分かれば簪さんに会いに行きましょう。出来れば会話もしたいので仲介役が欲しいですね」

 

 

 原因が分かれば対処は簡単である。すぐにでも簪に会う為に2人は誰から簪に話を通してもらうか相談し始める。

 

 

『姉である楯無さんに頼みましょうか?』

 

「それは無理でしょう。どうも2人は仲違いしている様なので。それより本音さんに頼んでみます。彼女は更識家に仕えていると言っていましたし、簪さんとは同学年でもあります。話は通し易いと思います」

 

 

 太郎が早速本音に頼むとあっさりと簪と会える事になった。簪は太郎が使用している2つ隣の整備室にいるという。

 

 

 

 

 

 

 

 太郎が簪のいるという整備室に入るとそこには未完成のISを懸命にいじっている少女がいた。髪の色が楯無と同じなので、この少女が簪なのだろう。

 

 

「お忙しいところすみません。少しよろしいですか?」

 

「・・・・・本音から話は聞いてます。少しだったら問題ないです」

 

 

 太郎から見た簪の印象は、姉である楯無とは違ってあまり社交的ではなさそうで気難しい感じだった。ここはなるべく無難な話題から始めた方が良さそうだと太郎は判断した。

 

 

「私は1年1組のクラス代表の山田 太郎です。クラスメイトの本音さんから貴方の話を聞いて一度会ってみたいと思ったので、本音さんに頼んだんです」

 

「私の話?」

 

 

 簪は少し嫌そうな顔をした。何か第三者に言われると嫌な話題を本音が持っているのだろう。太郎はそこを直ぐに探ろうとは思わなかった。

 

 

「未完成のISを企業から引き取って組み立てていると聞きました。私のISも未完成なので何か参考になるかと思いまして」

 

「山田さんのヴェスパは未完成、噂は聞いてます」

 

「開発会社の担当さんが言うには当初搭載予定だった主兵装が実用化出来なかったそうです」

 

 

 簪は驚愕した。第3世代のISというのは発現もその内容も安定しない単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の代わりとなる特殊兵装を搭載する事を目標とした世代である。その特殊兵装が搭載されていないのであれば太郎のヴェスパは第3世代とは名ばかりの代物という事だ。

 

 簪は太郎がそのヴェスパで既に第3世代の専用機に勝利している事を知っていた。イギリスのブルー・ティアーズ、日本の白式を退け、中国の甲龍にも勝利寸前だった。そして、クラス対抗戦中に乱入したISも倒して見せた。はっきり言って1年の現時点では太郎が最強だという認識を簪は持っていた。その太郎のISが第2世代に近い物だと知って簪は衝撃を受けていた。

 

 

「まあ、その主兵装の代わりに搭載しているシールド・ピアースを改修した物も気に入っているので問題は無いんですがね。それより簪さんの方はどんな状況なんですか?」

 

 

 太郎の問いかけに簪は全て答えた。簪の専用機・打鉄弐式は倉持技研が開発を進めていた。しかし、倉持技研は突然現れた世界初の男性IS操縦者である一夏の白式を優先し、打鉄弐式の開発はほぼ凍結状態になっていた。簪は未完成の打鉄弐式を引き取り1人で開発を進める事にしたが現在完成の目途も立ってないという事まで話した。

 

 普段、内気で人見知りな簪にしては随分と踏み込んだ話までした。それは太郎が聞き上手なだった事もあるが、それ以上に太郎のISが未完成だという衝撃と親近感と今まで誰にも言えずに溜まっていた不満が決壊寸前だった事が原因だろう。現状への不満を言い出すと簪はもう止まらなかった。打鉄弐式を放置して白式を優先した倉持技研と白式の操縦者である一夏への怒りは相当な物だった。

 

 そして、一番の不満は自分の不甲斐なさに関してだった。涙ぐみながらに姉である楯無が1人で自分の専用機、ミステリアス・レイディを組み上げた事を引き合いに出した。姉には出来たのに自分は打鉄弐式を完成させる事は出来ないのかと嘆いていた。それを聞いていた太郎は疑問に思った。

 

 

「・・・簪さんは、楯無さんと同じことが出来ないと駄目なんですか?」

 

「姉さんが出来て、私が出来ないと・・・・色々言われるから。楯無さんの妹なのにそんな事も出来ないのって」

 

「誰がそんな事を言うんですか?」

 

「・・・・みんな」

 

「本音さんはそんな事を言わないと思いますが?」

 

 

 簪は頷き「本音だけは別」と言った。

 

 

「私も言いませんよ」

 

「でも、山田さんは、姉さんと仲が良いって聞いてる。本当は姉さんと比べてるでしょう?」

 

「私と楯無さんは盟友と言ってもいい間柄ですが、私は盟友の妹にそのコピー品になれなどと下らない事は言いませんよ」

 

 

 太郎は心外であると大袈裟にアピールした。

 

 

「貴方の言う【みんな】と言うのが誰かは知りませんが、そんな低レベルな人間とは付き合わない方が良いですよ」

 

 

 簪は黙って太郎の言葉を聞いていた。太郎は微笑みながら簪の頭を撫でた。

 

 

「子供扱い、しないで」

 

「ははっ、簪さんは魅力的な女性です。しかし、法的に見れば子供ですよ。私が簪さんに手を出すと条例に引っ掛かりますし」

 

 

 簪は不満げではあったが太郎の手を振り払ったりはしなかった。しばらくすると太郎は満足したのか撫でるのをやめて、未完成の打鉄弐式に近付いた。

 

 

「それはそうと打鉄弐式がどういう状態か、少し調べても良いですか?何か力になれるかもしれません」

 

 

 簪は少し悩んでいたが最終的に小さく頷いた。

 

 太郎はヴェスパを展開して、その腕部パーツを作業用マニピュレーターに付け替えて打鉄弐式を調べ始めた。

 

 

(美星さん、どんな感じですか?)

 

『完成度は30%程度ですね。これでは通常飛行すら覚束無いです』

 

(完成の見込みはありますか)

 

『完成品のスペックを度外視して、動けば良いというスタンスで部品を組み立てるだけなら彼女1人でも半年から1年もあれば何とかなるでしょう。ただし、それでもここにある分だけでは部品が足りませんし、組み立てに際して必要な機材も不足している様に見えます』

 

 

 美星の見立てはシビアなものだった。そもそも部品が足りないと言う。そのうえに半年から1年かけて完成するのが動けば良いというだけのISでは簪も報われないだろう。

 

 

「簪さん、部品や機材は今ここにある物以外にもありますか?」

 

 

 簪は首を横に振った。

 

 

「簪さん、厳しい事を言いますが部品や機材が不足しています。それと信じてもらえるかは分かりませんが、部品や機材が揃っても貴方1人では完成まで半年以上かかると思います」

 

 

 太郎の言っている事は簪も薄々分かっていた事だった。このままでは打鉄弐式はまともな形で完成する事は無いと。しかし、簪は誰にも相談出来なかった。気付かない振りをして進むしかなかった。改めて厳しい現実を突きつけられて簪は絶望的な気分になった。やはり、自分は欠陥品だったのだと情けない気持ちで頭がおかしくなりそうだった。

 

 

「厳しい状況ですが、私が手伝えば何とかなるでしょう」

 

「えっ・・・・なんで?私なんかの為に・・・・。」

 

 

 事も無げに協力を提案する太郎に簪は困惑した。

 

 

「私は紳士ですから困っている魅力的な女性を助けずにはいられないんですよ」

 

 

 気障な言葉を平然と言い放つ太郎に簪は顔を赤くしていたが譲れない部分があった。

 

 

「で、でも1人で完成させないと。・・・・・姉さんに勝てない」

 

「貴方は楯無さんと1対1のIS開発競争でもしたいんですか?前提から間違っています。楯無さんはそもそも1人ではありません。多くの部下がいますし、ロシアからの支援もあるでしょう。簪さんは自分からハンデを負ってるだけではないですか」

 

「でも、私・・・・・」

 

「それで簪さんはどうしたいんですか。この打鉄弐式を完成させたいのか、それとも新しい機体が欲しいのか。聞かせてください」

 

 

 太郎は簪に有無も言わせず強引に話を進めた。簪は強引な太郎に戸惑っていたが「新しい機体が欲しいのか」という言葉に強い反発を覚えた。倉持技研に見捨てられた打鉄弐式。IS学園に入ってからずっと一緒だった打鉄弐式を自分まで捨てるなど考えられなかった。

 

 

「新しい機体なんて、いらない。この子を完成させる」

 

「分かりました。ヴェスパの開発会社のMSK重工に協力を依頼しておきます」

 

「えっ・・・。多分そんな事、倉持技研が許してくれない。機密とかあると思うから」

 

 

 簪の意見はもっともな話だった。しかし、太郎には通じない。

 

 

「政府とMSK重工に圧力をかけてもらいますよ。元々日本の代表候補生の専用機開発を途中で放棄した倉持技研に非がありますからどうとでもなります」

 

(それに首を縦に振らなければ脅すまでです。白式のコアは001、おそらく白騎士に搭載されていたものでしょう。その辺りを突けば面白いネタが見つかるでしょう。くくっ)

 

『倉持技研に恨みでもあるんですか?』

 

 

 太郎の暗い笑みに美星は何かあるのかと疑問に思った。しかし、理由はもっと単純だった。

 

 

(まさか、そんな事は無いですよ。ただ簪さんと比べると私にとっては何の価値も無い会社ですね)

 

 

 簪は太郎の企みなど気付かず、突然現れた救いの手を掴んでしまっても良いのか戸惑っていた。絶望的だと思っていた自分の状況をいとも容易く解決に導いていく太郎は簪にとってはヒーローのようだった。

 

 

「あり、がとう。でも私、こんなに良くしてもらっても山田さんに何も返せない」

 

「大丈夫ですよ(私達にも得るものがあります)」

 

 

 太郎はヴェスパを座った状態にして装着を解除して床に降りた。

 

 

「簪さん、貴方の情報を取ってMSK重工に送っておきたいので、ちょっとヴェスパを装着して貰えませんか?」

 

「でも、専用機を装着出来るの?」

 

「データを取るだけなので問題ありません。初期化などはしないようにしておきましたから。」

 

 

 簪は太郎の言葉に何の疑いも持たずヴェスパを装着した。

 

 

『やはり装着状態が一番データを取り易いですね』

 

(簪さん、お返しは貰いましたよ。それにこの情報の一部は貴方に言った通りMSK重工へ送り専用機開発の参考にしますよ)

 

 

 

 

 簪との接触は大成功だった。悩みを聞き彼女の心に触れる事が出来た。それだけではなく彼女の悩みを解決に導いて信頼と彼女の新たなデータまで手に入った。これで等身大・簪フィギュアの完成に必要な最後のピースが揃ったのだ。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。