ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

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第132話

 マーラ君について制裁を下された束とマーラ君の振動でグロッキー状態に陥った太郎達の回復には数十分の時間を要した。

 皆は砂浜にパラソルを立て、コテージから持ってきた冷たい飲み物を片手に一息つく。まったりとした時間、誰もが気を抜いているからこそ狡猾な肉食獣は、その心の隙を狙って牙を剥く。

 束はそろりそろりと千冬に近づく。先程拳の連撃によって宙を舞ったのに、この女まったく懲りていない。だが勝算が無いわけではない。

 

「私に気配を消して近づくな」

 

 勝算があるから束は接近がバレて千冬に睨まれても怯まなかった。束は千冬の背後を指差し「あっ」と声を上げる。

 あまりに幼稚な作戦なので千冬は引っかかるはずもなく束に拳を叩き込む為砂を蹴り上げ距離を詰めようとした。が、その時千冬は背後に何かが高速で近づく気配を感じ咄嗟に裏拳を繰り出す。

 

 ビチャッ!

 

 岩をも砕く千冬の裏拳は気配の元を見事に捉えた。しかし千冬はその感触に眉をひそめる。強い粘り気を拳に感じ、不快感を覚えてその原因を目で確かめて驚愕した。ゼリーとヨーグルトの間のような白濁物質が拳と体に付着していたのだ。動揺する千冬へさらに白濁物質が飛来し続ける。それはマーラ君の先端から放たれていた。まるで〇ーメン、いいえケフィ●です。千冬はザーメ◎っぽい物を拳で撃ち落とす事を嫌い、全て回避することにした。ケフィ●です

 本気で〇ーメンに当たりたくなさそうな千冬とは違い、束は〇ーメンの弾幕を気にせず千冬へ接近する。

 

「勝負ありだね!」

「こんな物、ハンデにもならん」

「あっ」

 

 またも束は千冬の背後を指差す。

 

「同じ手が何度も」

「同じじゃあ無いんですよ」

「なっ!?」

 

 今度は〇ーメンではなく〇ーメン臭い太郎が迫っていた。

 太郎に対応しようと振り返れば束に襲われ、束に対応しようとすれば背後から太郎の攻撃を受ける。天災と紳士の友情クロスボンバー、束の頭脳がこの互いの立ち位置ならば成功率は限りなく百パーセントに近いと計算する。

 最強の女ここに敗れる。トゥルールート完。束の腐った脳が幸せな未来を幻視する。

 

「さあ、幸せなキスをしてハッピーエンドを──────────」

 

 束の視界が突然反転する。世界が回る、違う、回っているのは束だった。

 千冬は束の力を受け流し方向を変えることで投げたのだ。

 だがまだ太郎がいる。太郎が千冬を背後から抱きしめ、ることは叶わない。太郎の両腕が捕らえたはずの千冬はまるで蜃気楼のように消えていた。そして逆に太郎の背後に回っており、太郎の太郎にサッカーボールキックをお見舞いした。南無三。見えない攻撃は身を固めたり衝撃を受け流す行動が間に合わない為非常に効く。鍛え抜かれた紳士といえど世界最強のサッカーボールキックを意識の外から喰らえばご褒美などと喜べない。

 太郎は立ったまま白目を剥き、束は頭から砂浜に墜落する。

 

 おかしい。束の脳裏をその言葉が埋めつくす。おかしいのだ。千冬の事を誰よりも理解している自分が彼女の戦力を見誤るとは。状況的に間違いなく千冬は詰んでいたはずなのに、何故こうも容易く切り抜けられたのか。

 状況を把握しきれず呆然とする束に向かって千冬は不敵な笑みを浮かべる。

 

「どうした。世界最高の頭脳が私の力を計り損ねたか?」

「こ、こんなはずは……現役から離れて鈍っていたはずなのに」

「フッ確かに私はIS学園で教師となり、真剣勝負の場から遠ざかっていた。今から思えば燻っていたのかもしれん。だがな」

 

 千冬が虚空に向けて拳を振るう、蹴りを放つ、貫手を突き出す、舞うように優雅で同時に無駄のない足運び。全てが洗練されていた。如何なるものをも切り捨てる為、研ぎ澄まされた刀のごとく千冬の備えは万全であった。

 

「貴様らは臨海学校の時、急に仲良くなっただろう?」

「分かったッ! ちーちゃんは束さんが取られちゃうと思って嫉妬の力で」

「違う。私は思ったのだ。こいつらは必ずろくでもない事を仕出かす。そしてその時に今の自分では止められないかもしれないと。だから私は秘かに、それでいて人生において最も危機感を持って自身を鍛え直した」

 

 千冬が下段突きを砂浜に打ち込むと、爆発音と勘違いしそうな音と共に大量の砂が飛び散る。もう人間を止めている。

 

「私の人生の中で今の私が一番強い。もう下らんことは諦めるんだな」

 

 完全に望みを絶たれた束だったが、その顔に悲壮感は無く、むしろ精気を漲らせていた。それに千冬が気付いていなかったのは、どちらにとっての幸いだったのだろう。

 

 

 

 

 

 同じ頃、女尊男卑の風潮を快く思わず、男性の復権を目指す団体の一つにある情報が入る。この団体は時に強引な手段も辞さないことで有名であった。それが原因で表向きの代表が逮捕されることもしばしばあり、何度も代表と団体名は変わって来たが、完全に潰れることもなく現在まで存続している。その大きな要因は表と裏関係なく支援する者がいなくならないことが挙げられる。それは現在の女尊男卑社会への反発の大きさを表している。

 今回この団体に入った情報とは、世界にたった二人しかいない男性IS操縦者が警備の厳しいIS学園から外出するというものだった。この情報はかねてから賄賂で取り込んでいた国際IS委員会関係者からもたらされたものである。しかし彼らは最後まで気付くことはなかった。この情報が意図的に流されたものだということを。

 彼らは男性IS操縦者がIS学園に管理(、、)されている現状に憤りを抱いていた。これまで女性にしか起動出来なかったISだが、二人の男性IS操縦者を研究することにより他の男性でも起動が可能になる。だが男性の復権を阻止したい者達が女性至上主義者の巣窟であるIS学園に閉じ込め、研究情報を独占もしくは隠滅しようとしている。この団体に所属している人間はそう固く信じていた。

 




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