ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

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トゥルールート
兆し


 太郎は気付くと女物の水着コーナーに一人立っていた。

 見渡す限り全てが水着コーナーであり、太郎以外誰もいない非現実的な空間だった。太郎自身、気付いたらそこにいた為状況が把握出来ずにいた。

 

「夢? いえその割に自由な思考が出来ている……どうなっているのでしょう」

 

 太郎は一度口に出した夢ではないかという予想をすぐに否定した。普通に考えれば夢の中しかありえないのだが、夢と断定するにはおかしな所があった。思考だけでなく、体も自由に動させ、周りにある水着も思うままに触れる。

 考えがまとまらない太郎の視界に小学生高学年くらいの少女が入る。チョコチョコと歩き回って色々な水着を物色している。

 太郎の視線に気付いた少女は右手を上げて、こっちこっちと太郎を呼ぶ。

 

「私に似合う水着はどれだと思う?」

 

 太郎にこのような少女の知り合いはいないが、少女はなんの遠慮もない様子で太郎へ話し掛けた。随分と馴れ馴れしい態度だったが、不思議と太郎は不躾な印象を受けなかった。

 さて、例え知り合いではなくてもレディにこういう質問をされたなら、答えてあげるのが紳士の義務。そう考えた太郎は先ずは少女の容姿を観察することにした。その人に似合う服装を選ぶには、その人を良く知らなければならない。

 

「ずっと見ている。もしかして私を好きになった?」

「可愛い子はみんな好きですよ」

 

 薄っすらと笑みを浮かべた少女の問いに、太郎はさらっと答えて観察を続けた。

 長いストレートな黒髪は腰辺りまである。不自然なまでに光の反射が無く、人工的な光は当然として、月や星の光すら無い真っ暗な夜のような闇。肌は髪とは対照的に作り物めいた艶があり、不健康に感じるほどの白。顔の造形は一級の美術品のように整い、琥珀色の瞳が妖しく揺らめいている。表情はあまり変わらず、それがいっそう彼女の美術品めいた雰囲気を強めている。身長は百五十センチメートルにやや満たないくらい、すらりと伸びた手足によって大人びて見える。服装はノースリーブとピンクのバーベナのデザインが入ったミニスカート。

 太郎は少女の観察を終えると、膨大な種類の水着の中からこれぞ、という一着を選び出す。

 

「あなたが着るべき水着はこれです」

 

 太郎が選んだ水着は紺一色のシンプルなワンピースだった。本当に何一つ特徴の無い水着である。露出が激しいわけでもなく、アクセントになるような意匠も無い物だ。

 

「意外、もっとすごいのを選ぶと思ったのに」

 

 少女の表情は変わらないが、太郎の選んだ水着に驚いているようだ。

 太郎は少女のここまでの様子を思い返し、少女が自分の事を詳しく知っていると分析した。しかも意外と言うからには太郎の選ぶであろう水着の傾向についても少女は予想していたのだろう。つまり予想は外れたが太郎の趣味趣向についての情報も持っていたということだ。

 

「貴方は私の事を良く知っているようですね」

「見ていたから」

「……では何故水着を?」

「海」

 

 少女は太郎を指差して一言だけ言った。それで太郎は察した。

 

「私達が海に行ったのも知っているんですね」

「水着を選んでいるところも見ていたよ。頭がこーんな人に紐みたいな水着を着させていたでしょ」

 

 少女は頭の横で指をクルクル回す。恐らくセシリアの髪を表現しているのだろう。

 

「多分セシリアの事だと思いますが、そのジェスチャーだと彼女の頭の中身が残念だという誤解を」

「誤解?」

「ええ、まあ勉強は優秀ですよ。しかしそんな事まで知っているとなると貴方は……」

 

 少女に向かって問いかけようとする太郎へ、少女は名残惜しそうに手を振る。

 

「時間切れみたい。でもまたすぐ会えるから、もう少しだけ待っていて」

 

 太郎はここまでの情報をもとに少女の正体に迫ろうとしたところで急に意識が遠のく。それは抗いようもなく全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 太郎は自室のベッドで目を覚ました。体を起こして拳を握ったり開いたりを繰り返し感覚を確かめる。問題が無いのを確認すると、部屋の中を見回しても異常は感じられない。いつも通りチン〇もガチガチである。

 

「美星さん、私が寝ている間に何か異常はありませんでしたか?」

『部屋への侵入者、私や部屋にある情報端末への電子的な介入、どちらもありません』

 

 太郎は全幅の信頼を置く自身のISコアの回答を聞き、一つ深呼吸をして落ち着く。やはり先程の不思議な空間での体験は夢だったのだろうか。しかし夢と断じるにはあまりにもハッキリとした感覚だった。

 

「ところで美星さんは海に行きたいと思いますか?」

『学園行事として行きましたよね。同じ内容であるなら特に行きたいとは思いません』

「いえ、次に行くとしたらプライベートなので、あの時には出来なかったような事も出来ます」

「興味深いです」

 

 太郎は一つの可能性を想定した。先程の夢のようなものは、美星の願望が意図せず太郎の脳に流れ込んでしまったのではないか。

 IS操縦者とISコアの間には情報的な繋がりがある。太郎と美星は普通に会話しているが、通常の操縦者とコアは普段意思の疎通など出来ない。しかしIS操縦者の中にはコアの声を聞いた、夢のような所で会話したなど体験をしたというケースがあると、IS学園の授業でもやっていた。

 

「美星さんはどんな水着が着たいですか?」

『ISに水着ですか? 意味がないのでは』

 

 普通の海の前に思考の海へ沈んでいく美星を確認した太郎は、先程の考えを一旦捨てることにした。美星に水着への執着は全く感じない。

 美星の様子を窺う為に切り出したプライベートで海に行くという話に今は太郎自身が魅力を感じていた。学園行事として行った海も楽しかったのは事実だが、千冬という監視者がいたので様々な制限があったのもまた事実だ。仲間だけで行けば、それはもう砂浜は痴情の楽……もとい地上の楽園と化すはずだ。それにISに水着は無意味かもしれないが、海仕様の装備やパッケージがあれば面白いことが出来そうだ。そんな物があればの話だが、なければ作れば良いだけだ。

 

『仮に私が人間の体だったとしても、穴が開いている物や紐なんかは着たいと思わないですね』

「なんかとは酷いですね。穴あき水着は却下されましたが、セシリアのスリングショットは良かったでしょう? それにスリングショットは紐ではないです」

『映像を撮る側としては良いですが、自分で着る気にはならないです。あとあれは紐です』

「スリングショット=紐というのは違うでしょう」

『スリングショットが全て紐というわけではありません。しかし英国貴族(笑)さんが着ていた物は紐です』

 

 太郎と美星の熱い議論は続く。そしてそれは海で行う楽しい遊びについての話へ移っていく。水中での盗撮や股間の棒を使ったビーチフラッグなど意欲的な計画が話合われた。その中でも男女が合体しながらの泳ぐ場合、どの泳法が一番効率的なのかという話題は、ここでは結論が出ず実地で確かめるしかないということになった。




お久しブリーフ(黄ばみ

読んでいただいてありがとうございます。

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