ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

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二人の修羅

 時は深夜、IS学園の寮では既にほとんどの生徒が眠っている。しかし、例外もいる。

 太郎の使用済みISスーツをルームメイトに洗濯されてしまったセシリア。一時は廃人のごとく、意味をなさない言語を垂れ流すだけの物体に成り果てていたのだが、数時間の時が彼女の知性を少しだけ取り戻させていた。

 

「どうすれば良いんですの……」

 

 寮の自室でセシリアは綺麗になってしまったISスーツを手に嘆いた。

 いくら見詰めてもISスーツに太郎の匂いが戻ることはない。では太郎に代わりのISスーツを貰えば良いのか。それともこのISスーツをもう一度着て貰えば良いのか。

 

「ダメ、折角の使用済みISスーツを台無しにしてしまったなんて言えませんわ」

 

 コレクションを管理できないコレクターなど二流三流だ。しかも、そのコレクションを提供してくれた相手に「ダメにしてしまったので代わりの物が欲しいです」などと言う恥知らずな真似が出来るわけがない。

 

「栄えある英国貴族として失格ですわ。それもこれも……」

 

 セシリアはベッドで眠るルームメイトを見る。このISスーツを洗濯してしまった少女アリシア。自分の凶行を省みる事も無く、気持ち良さそうにスヤスヤ眠っている。

 一瞬、セシリアの心を怒りが染め上げた。が、すぐに思い直す。

 本当に大事な物だと言うなら、きちんと自分で管理するのが当たり前である。家宝にするつもりの逸品をベッドに放り出して外出してしまった自分が愚かだったのだ。そう思い直すと次は自分が情けなくなってしまう。

 

「ああ、わたくしとしたことが」

 

 深い溜息と共に魂まで吐き出してしまいそうだ。

 悲嘆に暮れるセシリアは、ただただ手に持ったISスーツを眺めていた。

 どれ位の時間そうしていただろう。どれだけ嘆いても時間が解決してくれる問題ではない。

 いつまでもこうしてはいられない。気を取り直して顔を上げると自分の机に置いてある小物が何故か目に留まった。それは何の変哲もない写真立てで、そこには亡くなった家族と自分が写った写真が入っている。写真立てには小さなユニオンジャック(英国旗)のデザインがある。セシリアは写真の両親とユニオンジャックに叱咤激励されているように感じた。

 

『どうした。英国貴族たる者がいつまで無様を晒しているんだ』

「しかし、失った物は帰ってきませんわ」

『弱音か。そんなことでは女王陛下もお嘆きになられる』

 

 それは心の内なる声。ボロボロの精神、それでも残ったアイデンティティーが聞かせる幻聴だろう。そんなものと会話をしている時点でかなり末期である。しかし、その会話の中でセシリアは天啓を得る。

 

「女王陛下……」

 

 英国で女王陛下と言えばエリザベス女王陛下である。特にエリザベス1世については歴史で詳しく勉強する。彼女こそが英国黄金時代の代名詞とも言える。そして、彼女の施策のうち有名なものの一つに私掠船がある。私掠船、いわゆる海賊船である。

 

『欲しい物は奪えばよい。陛下も私掠行為をお認めになっている』

 

 また幻聴が聞こえてくる。あの時代の私掠船については、様々な時代背景があってなされたものであって、今のセシリアに当てはまるものではない。それに太郎から代わりの物を貰うのはNGで、奪うのは良いというのは全くもって論理が破たんしている。だが、今のセシリアに正邪の判断も論理的な思考も存在しない。

 

「そうですわ。太郎さんには使い古したISスーツなんて似合いません。服や下着もです。わたくしが回収してさしあげましょう。後でわたくし直々に選んだ代わりの物を差し上げればよいのです。そして、それもそのうち……オーホッホッホ」

 

 セシリアは今世紀始まって以来の最高のアイデアだと確信しているのだろう。ひと昔前の漫画やアニメのお嬢様キャラみたいな高笑いを残して部屋から出て行った。

 寮の廊下を進むセシリアの姿は幽鬼のごとく不気味に揺らめいている。

 セシリアの逝く道は法と倫理が許さぬ修羅の道。踏み出す一歩は頼りなく、されど戻れぬ修羅の道。

 

 

 

◇◇◇

 

 セシリアが修羅道を歩み始めた頃、太郎は小さめのトランクを手にして寮の共同浴場を訪れていた。大切な日課の為である。

 男は普段この共同浴場の使用が認められていない。使えるのは週二日、決められた時間だけである。その決められた時間は当然こんな深夜ではない。それどころか今日は男が使える日ですらない。つまり今、太郎の前にあるのは女子しか入っていない風呂である。

 太郎はトランクを開き、試験管を取り出して浴槽の残り湯を掬う。まず色を確認し次は匂い、最後は口に含んでテイスティングする。

 

「過去最高だった先週月曜日の物を上回る出来です」

 

 太郎は寸評を手帳に書いた後、トランクに入れて来た水筒を取り出して残り湯を採集した。水筒に日付を書いたラベルを張り付けている。太郎は日課として毎日共同浴場の残り湯を採取、分析を行っている。集められた残り湯たちは古今東西に存在する太郎と懇意の紳士淑女へと販売される。

 太郎が日課を終え荷物を片付け始めたところ、慌てた様子の美星が話し掛けて来た。

 

『マスターッ! 寮の自室に侵入者です』

「部屋ではシャルが寝ているはずですが?」

『熟睡した彼女は滅多なことでは起きないです。先程から呼び出していますが返事がありません』

 

 太郎は状況確認をしつつ手早く荷物をまとめる。水筒などをトランクに詰めると、すぐに駆け出す。急がなくては侵入者によってルームメイトのシャルが凌辱されてしまうかもしれない。シャルも専用機持ちとはいえ寝ているところを襲われたのでは不覚をとるかもしれない。それに部屋には表に出せない物品も多数ある。しかし、それよりもやはりシャルの身の安全が気になるところ。

 太郎は部屋へと走りながら最悪の事態を思い浮かべていた。

 

「急がなければ今頃シャルが【んほぉぉぉぉ●きゅぅうぅがとろけちゃぅぅうぅ!!!】とか言わされているかも」

『あの……IS学園に男性はマスターと織斑一夏しか存在しません。そして織斑一夏がそのような犯行に及ぶ兆候はありませんよ』

「侵入者がクレイジーサイコレズである可能性は?」

 

 美星の反論にも太郎の不安は薄れない。鍛え抜かれた強靭な足で自室への道をひた走る。IS学園の各種セキュリティシステムに引っかからないように。

 

「それにただのクレイジーサイコレズではなく色々こじらせている危険性もあります。そう、例えば男装させたシャルの後ろの※を犯そうとする、男を犯したいのか女を犯したいのかよく分からないキチ〇イかもしれないじゃないですか!?」

 

 凌辱されるシャルを想像し、太郎は怒りで股間のテントがはち切れんばかりである。仲間の危機に太郎は奮い立つ。しかし、気持ちとは裏腹にテントが邪魔でスピードが出ない。棒が引っかかってスムーズなランニングフォームを崩してしまっている。太郎は仕方なく、別に脱ぎたいわけではないがパンツを脱いだ。下半身が原始の姿となった太郎の走りは、まさにけもののような速さだ。

 

「シャルっ、私が帰るまで持ちこたえてくださいよ!!!」

 

 太郎の頭の中では既にシャルは、ツユダク状態になっていた。




○○ー〇「あなた、下半身を丸出しにして走るのがとくいなフレンズなんだね」


読んでいただきありがとうございます。

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