ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

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第111話 ヤマダ春のパンツ祭り 終

 森の中、太郎は獲物を追って枝を掻き分けながら進む。足跡を頼りに獲物を追う。

 

 

「これはなかなか(たかぶ)りますね」

 

『下着狩りがそんなに楽しいのですか?』

 

「抵抗するうら若き女軍人達から下着を剥ぎ取るのは、とても興奮するものですよ」

 

 

 美星の質問に対して太郎は抵抗するヴェンデルから下着を奪った時のことを思い出し、血に飢えた猛獣のような笑みを浮かべた。

 

 

「それに、楽しいのは奪う時だけではないんです。こうやって逃げる相手を追い回すのも非常に興奮します。昔、お巡りさんが私をしつこく追って来た理由が分かりましたよ。彼らも今の私のような気持ちだったのでしょう」

 

 

 かつての宿敵、お巡りさん達を太郎は思い出す。太郎は納得顔で語っているが、彼らからするととんでもない濡れ衣を着せられ迷惑このうえないことだろう。

 

 

「ん? ここで足跡が消えていますね」

 

 

 ここまで追って来た足跡が急に消えている。太郎が屈んで地面を確認すると、落ち葉が撒かれて足跡が見えづらくなっていただけだった。追跡の速度は少し遅くなるが、痕跡が完全に消えているわけでもないので獲物を追うのに困ることはない。しかし、そこから数十メートル進んだ所で痕跡が完全に途切れてしまっていた。足跡どころか、落ち葉や土をかけてそれらを消した形跡すらない。

 太郎はほんの数秒動きを止め、途切れた足跡を睨みながら静かに考えを巡らせた。そして何か思い当たったのか、顔を上げた。

 

 

「これは止め足です」

『トメアシ? ネットの検索では……ふむ、獣が追跡者を撹乱する為の手段ですか。自分の足跡の上を逆戻りして、途中で横に逸れるという仕掛けなんですね』

 

 

 太郎が口にした【止め足】という言葉に聞き覚えの無かった美星は、ネットで調べて納得した。

 

 

「この足跡を残した人が知っていて使ったのかは分かりませんが、なかなか楽しませてくれますね」

 

 

 太郎は今まで以上に注意深く周囲を観察しながら、足跡に沿って今来た方向へ戻っていく。そうしていると、足跡の列から少し横に逸れた場所に太郎の視線が止まった。最初、太郎自身何故そこが気になったのか分からなかった。しかし、良く見ると未だ青い葉が地面に何枚も落ちている。枯れたわけでもない葉がそこだけ多く落ちているのは、不自然としか言い様がない。

 太郎はそこに近付くとハッキリとした足跡こそ見つけられなかったものの、うっすらと何かが地面を踏みしめたような跡と少女の残り香を発見した。

 何かが地面を踏みしめた跡に関しては、それ単体では人の足跡と断定出来るほどハッキリとしたものではなかったが、太郎の鼻が捉えた少女の香りと合わせれば獲物がこちらに向かったことが分かる。そして、どんどんと先へ進んでいくと太郎の目の前に大きな湿地帯が広がる。

 ここで足跡らしきものはさらに見えづらくなってきた。だが、人間離れした太郎の鼻は獲物の匂いを逃さない。

 

 

「若い女の匂いがしますね。かなり汗をかいているようだ。私程度の鼻でもなんとか追える」

 

 

 匂いは沼を避けるように先へと続いている。太郎は獲物に姿を見られないように身を屈め、音にも気を付けて進む。

 太郎から見て100メートル程先の茂みが揺れた。今、森には風は吹いていない。獲物発見の予感に太郎の胸は高鳴った。するすると木々の間を静かに駆け抜ける。

 

 

(見えたっ!!!)

 

 

 ついに太郎は獲物の後ろ姿を視界に捉える。引き締まった尻が、肩口で短く切り揃えられた金髪が誘うように揺れて見える。獲物、少女は走っているが太郎に比べれば遅い。

 太郎はそれまでよりも音を出さないよう慎重に、それでいて駆ける速度はどんどん上げていく。獲物との距離はあっという間に縮まる。あと15メートルというところで、太郎は完全に獲物が自らの射程に入ったと確信する。

 

 ガバッ、太郎は屈めていた身を起こして最も早く走れるフォームで獲物に向かう。太郎が地を蹴る音で少女が後ろを一瞬振り返り、その姿を見て慌てて逃げる─────────が、その反応は遅過ぎた。

 少女が前に向き直って走り出して数歩。無常にもそこで少女の命運は尽きた。少女が太郎に気付いた時には勝負は決まっていたのだ。既に最高速度に近い太郎と慌てて加速しようとする少女では結果は目に見えている。

 太郎はその勢いのまま少女へ飛び掛かる。少女は自分より大柄な太郎に不意打ちに近い状態で飛ぶ付かれ、体勢を崩す。

 

 

「きゃあああああああああっっっっ!!!!!!」

「抵抗しなければ乱暴はしません。ただ、暴れてくれた方が楽しいのでぜひ暴れてください」

 

 

 悲鳴を上げる少女、少女を引きずり倒すかたちとなった太郎は低い声で囁く。すると少女は抵抗をぴたりと止めた。

 抗う少女から下着を奪うことを楽しみにしていた太郎は、少しがっかりして少女を掴んだ手を放す。しかし、少女からは何の反応も無い。訝しんだ太郎が少女の顔を覗き込むと、彼女は気を失っていた。

 

 

「これは……これでは軍人は務まらないですよ」

 

 

 これには太郎も苦笑するしかない。普通の少女ならばまだしも、軍人である彼女が男に引きずり倒されたくらいで気絶していたのでは、彼女の今後が不安である。だからといって今、彼女を起こしてメンタルトレーニングをしている時間は太郎には無い。太郎はとりあえず下着を奪うことにした。

 太郎が少女のベルトを外してズボンを引き抜くと、そこには何の飾り気もない白いパンツが現れた。

 

 

「シュヴァルツェ・ハーゼの子達はみんな地味な下着ですね」

『ドイツ軍では下着も指定の物を使っているのでしょうか?』

「どうせなら色々なバリエーションを楽しみたいです」

 

 

 太郎の漏らした感想に美星は疑問で返した。

 ここまでで太郎が下着を奪った3人、ヴェンデル、ルッツ、そしてこの少女の全員が無地の白い下着を着用していた。参考対象がたった3人なので、ただの偶然かどうかという判断も難しい。それも残りの少女達を捕まえれば、よりハッキリするだろう。

 

 

「さて獲る物も獲りましたし、時間も無いのでそろそろ次に行きますか」

『そうですね。私の方も撮るものは既に全て撮ってあるので大丈夫です』

 

 

 太郎は一度周囲を探索してみたが、気絶している少女以外の獲物の痕跡は見つからない。そこで太郎は一度来た道を戻り、先程の沼地周辺を探索することにした。確たる根拠は無いが、あの辺りで若干の違和感を太郎は覚えていたのだ。

 幸先の良い滑り出しに上機嫌な太郎は、戦利品のパンツを指で回しながら沼の手前まで戻って来た。

 

 その時、太郎は視界が一瞬暗くなったように感じた。それと同時に背中と首に強い衝撃を受ける。

 

 

「油断したなっ!!!」

 

 

 太郎を襲ったモノ、それは木の上から奇襲をかけたラウラだった。

 死角となる真上からの奇襲。ラウラは太郎の背中へ飛び乗り、太郎の胴を両足でロックしながらスリーパーホールドを狙う。ラウラは最初からこの辺りに潜んでいたわけではない。ヴェンデルが太郎に二度目の敗北を喫している時、一度はその場を離れたが太郎へ挑戦しようと、ここまで追って来たのだ。

 

 太郎は自身の首へと絡みついてくるラウラの腕を掴み、頸動脈への圧迫を軽減しようとする。その際に先程手に入れたばかりのパンツを落としてしまう。チラっとそちらに目をやるが、今はパンツより重要なことがあった。

 

 

「私に奇襲をかけるとは流石ですね」

 

 

 圧倒的に不利な状況にも関わらず、太郎はどこか嬉しそうにラウラを褒める。いや、嬉しそうなのではなく、実際に太郎は喜んでいた。

 

 

「訓練開始時に私から逃げろと言いましたが、別に攻撃を禁止したりはしていません。そこに気付いて実行へ移すとは、良い傾向です」

 

 

 追跡者は太郎一人なのだから、なんとかして排除出来ればそこで事実上の訓練終了となる。普段、どちらかと言えば思考の柔軟な方ではないラウラが、こうやって自身できちんと考えて行動したことに太郎はラウラの成長を感じた。

 ただ、太郎の話はそれだけでは終わらない。

 

 

「しかし、何故一人で仕掛けたのですか?」

 

 

 太郎の質問にラウラは身をびくりと竦ませた。ラウラは一瞬戸惑いを見せたが、すぐにスリーパーホールドを極めようと力を再度入れる。だが、どれだけラウラが力を込めても、ラウラの腕を掴んだ太郎の手はそれを許さない。単純な腕力だけで比較するなら、どうしても太郎に軍配が上がる。

 

 

「貴方が一対一で私に勝てる確率は低いでしょう……少なくとも今はまだ」

 

「ぐぅぅぅ、私は……」

 

「もし、貴方がこの奇襲を部下と共に実行していれば、今頃貴方達が勝利していたことでしょう」

 

 

 太郎の言葉をラウラは否定出来ない。スリーパーホールドこそ極まらないが、確実に太郎の動きは制限出来ている。この状態でさらに味方がいれば、太郎を完全に制圧出来る可能性は相当高くなるはずだ。

 

 

 

 もし、ここに部下達がいれば

 

 もし、隊長として部下を統率していれば

 

 

 ラウラの胸に後悔がよぎる。ここで一人、太郎と戦っているのは自身の間違いだったとラウラは痛感した。

 当初バラバラに逃げたとはいえ、ラウラの能力ならどの部下でもすぐに追いつけた。追いついて、この作戦に協力させていれば良かったのだ。だが、あの時のラウラの頭にそんな発想は全く浮かばなかった。

 それに普段から隊長としての責務を果たしていれば、自分から命令を出さなくてもこちらに数人位は付いてきて指示を仰いだのではないか。自分と似たような方向へ逃げた部下もいたのだ。

 

 

「貴方はシュヴァルツェ・ハーゼの隊長としての自覚に欠けているっ!!!」

 

 

 太郎の指摘はラウラが今まさに悔やんでいた部分を的確に貫く。

 太郎はシュヴァルツェ・ハーゼ全体を鍛え直すつもりだ。そこにはもちろんラウラも含まれる。むしろ最近会ったばかりの他の隊員達よりも、ラウラこそを一番に成長させたいと願っている。その分、指摘も的確で厳しいものとなる。

 

 太郎の指摘に動揺するラウラ。そこへ太郎は即座につけ込む。太郎は自分の背中へ覆い被さっているラウラにダメージを与えようと、近くに生えている太い木へ向けて走り出し、ぶつかる寸前に体を捻ってラウラを木へぶつける。

 

 

「がぁっっっっ!!?」

 

 

 木に背を叩き付けられたラウラが苦鳴を漏らす。しかし、太郎の攻撃は続く。ラウラは何度も木へ叩きつけられ、その度に太郎へ絡みつけた手足が緩んでしまう。このままでは何時太郎に拘束を振り解かれてもおかしくない。

 

 

 

 

 

 

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 クラリッサと二人の部下は泥にまみれながら群生する葦の陰からラウラの奇襲を見ていた。シュヴァルツェ・ハーゼの全員(バカは除く)が恐れ、必死で逃げた相手にたった一人で襲いかかったラウラ。クラリッサ達はラウラを尊敬の眼差しで見つめていた。そこへ太郎の声が聞こえてくる。

 

 

「しかし、何故一人で仕掛けたのですか?」

 

 

 太郎の問いにラウラが小さな動揺を見せる。そして、ラウラ以上にクラリッサ達はショックを受けていた。

 一人で太郎へ立ち向かっているラウラ、彼女とは逆に隠れ潜んでいる自分達。太郎の言葉はまるで自分達の不甲斐なさを責めているかのように、彼女達には感じられた。

 

 そんな彼女達の心中など知らよしもない太郎は、ラウラへの言葉を続ける。

 

 

「貴方が一対一で私に勝てる確率は低いでしょう……少なくとも今はまだ」

 

「ぐぅぅぅ、私は……」

 

「もし、貴方がこの奇襲を部下と共に実行していれば、今頃貴方達が勝利していたことでしょう」

 

 

 太郎の言っていることが真実なのかは分からない。ただクラリッサ達から見ても太郎がそう思っているのは確かなようだ。ここでクラリッサ達に迷いが生じる。

 

 本当に勝てるのならば、自分達もすぐにラウラへ加勢すべきではないのか。いや、相手はあの織斑千冬と並べて語られるほどの人物である。もしかしたら自分達が隠れていることに気付き、誘き出す為にあんなことを言っているのかもしれない。

 

 クラリッサ達が悩んでいる間に状況が変わる。

 

 

「貴方はシュヴァルツェ・ハーゼの隊長としての自覚に欠けているっ!!!」

 

「がぁっっっっ!!?」

 

 

 太郎がラウラへ厳しい言葉を放った後、激しい攻撃に出る。ラウラを振り解こうと木に叩きつけ始めた。ラウラが苦悶の表情を浮かべている。このままではラウラが振り解かれるのも時間の問題だ。

 

 クラリッサに部下の一人が声を掛ける。

 

 

「このまま見ているだけで良いのですか?」

 

「……良いわけないでしょう」

 

 

 クラリッサは一瞬間を空けた後、ハッキリとした口調で答える。このまま眺めているだけで、状況が好転するなどという展開を予想出来る要素は一切無い。何よりラウラをこのまま見捨てることをクラリッサは良しとしない。

 

 

「確かに隊長は隊の指揮をとる者としての自覚に乏しいし、隊長としての責務を果たしているとは言い難いです。しかし今の私達もまた、シュヴァルツェ・ハーゼの隊員としての責務を果たせていると言えますか」

 

 

 クラリッサは二人の部下を見詰める。ラウラは良い隊長とは言えない。しかし、今の自分達も良い部下とは言えないし、これまでも良い部下であったか疑わしい。

 

 

「このまま隊長一人に闘わせて何もしないなら……私達は何の為に存在しているというのですか」

 

 

 シュヴァルツェ・ハーゼの隊員は全員遺伝子強化試験体である。闘う為に生み出され、それだけの為に育て上げられた軍人だ。ここで立ち向かわなければ存在意義に関わる。何より隊長自ら危険を顧みずに闘っているのに、部下である自分達が傍観しているだけなどありえない。

 

 クラリッサは沼から抜け出し、ラウラに加勢すべく駆け出した。部下の二人も黙ってクラリッサに続く。クラリッサ達は泥まみれなので、ぐちゃぐちゃと音を立ててしまうが三人とも気になどしない。

 

 すぐに太郎もクラリッサ達に気付く。いくら太郎と言えども今の状態でさらに三人の敵を相手取るのは厳しい。そこで太郎はラウラを全力を持って引き剥がしにかかる。しかし、加勢に気付いたラウラは力を振り絞って抵抗する。太郎がラウラを引き剥がすのに手間取っているうちにクラリッサの接近を許してしまう。

 

 クラリッサは太郎へタックルを仕掛ける。だが太郎の強靭な足腰がそれを受け止めた。クラリッサはすぐに次の手に移る。クラリッサは太郎の腰辺りに抱き着き、太郎が逃れられないようにする。

 

 

「今のうちに手をっ!!!」

 

 

 クラリッサの指示を受けて二人の部下が太郎の腕に飛びついた。いくら太郎が筋力に優れていると言っても、遺伝子強化体である隊員達を腕一本につき一人相手にするのは厳しい。

 

 

「うぉぉぉおぉぉぉおおおおおお!!!!!」

 

 

 絶体絶命な太郎の雄叫(おたけ)びが森に木霊(こだま)する。しかし、太郎の表情は追い詰められた者のそれではない。むしろ恍惚(こうこつ)としている。それもそのはず、年頃の少女たちが自分の両腕を抱きかかえたり、背後から覆い被さったり、そのうえ腰にも抱き着いたりしているのだ。汗まみれ、泥まみれで、だ。

 

 楽しいに決まっている。

 

 ラウラのスリーパーホールドによる頸動脈の圧迫と彼女達との泥レスリング。太郎は今、二重の意味で逝きかけている。始終胸などが当たったりしているが惜しむらくは、自分から触る余裕が無いのが悔やまれる。それでも何とか少女の肢体を楽しもうと、太郎は体を揺すったり、腕を少女の体に押し付けたりする。少女達は生まれながらの軍人だが、その体は思いのほか柔らかい。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

 

 ピッピッピッピッピ、太郎の耳元で電子音が鳴り響く。それは訓練終了を告げるアラームだった。あらかじめISに設定しておいたタイマーがサービスタイムの終焉を太郎に知らせた。

 

 

「はあー……訓練終了ですね。残念」

 

 

 太郎が本当に残念そうな表情で訓練の終わりを告げる。するとクラリッサと二人の部下は歓声を上げて抱き合ったりした。その輪に加わっていないラウラの手をクラリッサが引っ張り、少し強引に仲間へ引き込む。恐る恐る、戸惑いながらもクラリッサ達と言葉を交わすラウラを見て、太郎は一応の進歩を感じて微笑んだ。




努力・友情・勝利
いやー青春って良いですね。但し敵役は主人公。

次話はr18へ投稿します。今月中に投稿したいです。


読んでいただきありがとうございます。

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