ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

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クラリッサは見た


第110話 ヤマダ春のパンツ祭り クラリッサ

クラリッサ視点

 

 

 

 太郎さんが告げた訓練は自分達の下着を一時間守りきれというものだった。聞いた直後は、正直馬鹿らしい内容だと思った。しかし、良く考えればとても厳しいものである。ヴェンデル少尉やルッツ曹長との戦闘を見るかぎり、太郎さんの実力が自分を上回っているのは確実である。それもラウラ隊長の証言を信じるなら、あのブリュンヒルデとも渡り合える程らしい。

 

 それに森での逃走は、それだけでも過酷なものである。あのブリュンヒルデと同等の実力者を相手にするなら尚更だ。下手な実戦よりキツイかもしれない。

 

 

「なんで私がこんな下らない事をしなきゃなんねえーだよ」

 

 

 私が今から行われる訓練に戦々恐々としていると、ヴェンデル少尉が懲りもせず、また太郎さんへ突っ掛かっている。普段ならば無理矢理止めるところだが、彼女は少し痛い目を見て学習すべきだとも思う。それなら丁度良いし囮になってもらおう。

 

 私は太郎さんやヴェンデル少尉から見えないように気を付けながら、他の隊員達へハンドサインを送る。

 

 

(合図とともに散開、逃走せよ)

 

 

 誰も返事やあからさまな頷く等のジェスチャーはしなかったが、雰囲気で私の意図が伝わってるのは分かった。そうしている間に太郎さんがヴェンデル少尉へと近づいていく。その歩みはあまりにも自然で、だからこそ警戒すべきものなのだが、ヴェンデル少尉に太郎さんを警戒している様子は無い。

 

 彼女は本当にバカなのか。つい先ほど痛い目を見たばかりなのに喧嘩をまた売るなんて、理解に苦しむ。そして、この流れで喧嘩を売れば普通、相手は臨戦態勢をとるはずだ。それなのに太郎さんは無造作に近づいている。この場に限って言えば【自然】に振る舞う太郎さんは、凄まじく【不自然】なのだ。太郎さんは何かを狙っているのではないか?

 

 

「やんのか? さっきみたいにはイカねえぞ。ボケがっ!!!」

 

 

 ヴェンデル少尉は私の危惧していることなど全く思いつかないようだ。太郎さんの胸倉を掴んで怒鳴っている。これでも彼女は部隊のナンバー3なのだから不思議なものだ。というか、正直こんな馬鹿が同じ部隊の隊員だと思うと恥かしくなってくる。そして、私の予想した通りの展開となる。

 

 

「ちょっ、テメー何す──────────」

 

 

 太郎さんがいきなり身を屈める。その時、ヴェンデル少尉がTシャツを掴んでいた為に脱皮をするように脱げてしまう。ヴェンデル少尉の手にはTシャツだけが残った。

 

 

(おおっ、あれはカワリミノジュツかっ!? まるでニンジャ!!!!!)

 

 

 漫画やアニメの中でしか見ないような動きに心が沸き立つ。

 

 太郎さんは一瞬の停滞もなく攻撃へと転じる。太郎さんがヴェンデル少尉の太ももと臀部の境目あたりを掴んで両足タックルを仕掛ける。無警戒だったヴェンデル少尉には対応する間は無い。太郎さんがヴェンデル少尉を捉え、彼女の体が一瞬浮く。通常ならそのまま押し倒すのだが、太郎さんはヴェンデル少尉を持ち上げる。そこから急転直下、太郎さんは片膝を地に着き、突き出した膝の上へヴェンデルを落とした。

 

 

「あがっ!? fwじょふぁうえtくぉwtqjf」

 

 

 理解不能な悲鳴を上げるヴェンデル少尉。太郎さんの両手が塞がっている今こそチャンスである。

 

 

(今だ! 散開、全員散開せよ!!!)

 

 

 部隊の隊員達にハンドサインを送りながら、自らもその場を離れる。隊員達も蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げて行く。

 

 視界の端にうつ伏せ状態で、尻を押さえて悶え苦しむヴェンデル少尉が見える。尻を抑えながら「ぐぉぉぉぉぉぉぉ……」と呻いている姿は、年頃の少女が見せてよいものではないが、何故だか全く同情を感じない。仮に彼女へ何か言葉を贈るなら、それはただ一つである。

 

 

「少尉、あなたの犠牲は無駄にはしません……ざまぁ」

 

 

 おっと少し本音が漏れてしまいました。部下が酷い目にあっているのに、それを喜んでしまうとは良くないですね。でも、あの子は人の言う事を全然聞かないから自業自得とも言えます。

 

 自分に言い訳をしながら走っていると、背後からこちらを追ってくる複数の気配を感じた。その気配の中に太郎さんはいない。いれば他の者達はもっとなりふり構わない状態になるはずだ。少し走る速度を落とすと私を追ってきていた者達と並走する形になった。追って来たのは予想通り太郎さんではなく、3人の部下達だった。

 

 

「お姉様、私たちはお姉様に付いて行きます」

 

 

 慕ってくれるのは嬉しいが今回の場合、追っ手が1人なので分散した方が逃げられる可能性は高まると思う。しかし、邪険にするのも躊躇(ためら)われる。

 

 

「分かりました。それとここからは足跡などの痕跡には注意して行きましょう」

 

 

 部下の申し出を受け入れる。それと共に走るのを止め、足跡の上に落ち葉を撒く。ここまでは普通に走ってきたので、素人でも分かる位に足跡がクッキリと残っている。しかも、それが複数人のものならば太郎さんにターゲットとされる可能性が高い。

 

 部下達も私の指示に従い足跡を消す。しかし、全ての痕跡を消そうとすると時間が掛かり過ぎるし現実的ではない。そこで足跡を消すという手段だけでなく、他の手段も使う。少し進んでから足跡の上を後戻りする。それから進行方向とは違う方向にある木へと大きくジャンプする。枝を掴んで地面に足が着かないようにし、全身を振り子みたいに振って反動をつけてさらに飛ぶ。直地を綺麗に決める。部下達も私の後に続く。

 

 太郎さんが足跡を手がかりに追って来ても、これなら足跡が突然途切れてしまったように見えるはずだ。周囲を調べればタネは見破られるだろう。しかし、それだけ時間は稼げる。

 

 

「あの……ここまでする必要があるんですか?」

 

 

 私は足を止めず視線を今発言した部下へと向ける。彼女は怪訝な表情でこちらを見ている。彼女の疑問も分からないではない。今私達を追いかけて来ている相手は、特殊部隊でもなければ熟練の猟師でもない。私たちが多少痕跡を残していたとしても、それを手掛かりに追いついてくるとは考えづらい。

 

 普通であれば。

 

 

「あなたは見ていなかったのですか? 彼がヴェンデル少尉達を軽く一蹴してしまったところを。あなた達は聞いていなかったのですか? 隊長が太郎さんのことを織斑教官とまるで同等であるかのように語っていたのを!」

 

「「……」」

 

 

 私の言葉に答える者はいなかった。しかし、今私達が置かれている状況の深刻さは伝わったようだ。空気が一気に重くなった。

 

 それと彼女たちは知らないことだが、この訓練は私がきっかけを作ってしまったものである。【男性相手の意思の疎通が壊滅的である】というシュヴァルツェ・ハーゼの欠点を私が太郎さんに愚痴り、太郎さんはそれを聞いて指導を買って出たのだ。それは太郎さんがヴェンデル少尉を最初に倒した後に彼女達と勝負した目的を「心技体全てが未熟な貴方達を鍛え直す事」だと発言していることからも窺える。

 

 そう、太郎さんはシュヴァルツェ・ハーゼの隊員達に男への耐性を付ける為、この訓練も実行しているのだ。恐ろしいのは男への耐性を付ける為、【下着を奪おうとする男から下着を守る】という訓練をしようと考える発想である。かなり狂っている。

 

 もし、この訓練で私を含めたシュヴァルツェ・ハーゼの隊員達が無様を晒すような事があれば、訓練内容がさらにエスカレートする可能性もある。それだけは避けなければならない。

 

 気を引き締めて慎重に進んでいると、前方に(あし)が茂った沼地が現れた。あちらこちらに群生している葦を見て、私はここに隠れることに決めた。沼に体を沈めて、顔は葦に紛れさせてしまえば簡単には見つからないはずだ。

 

 

「ここに隠れましょう」

 

「……本当にそこまでする必要があるんですか?」

 

 

 怪訝な表情で私に問い返す部下へ、私は無言で頷いた。部下達は皆、ありえないという顔をしている。しかし、だからこそ有効なのだ。

 

 そこまでするのか?

 

 多くの者がそう思うからこそ、それが盲点となる。だから私は部下達の反応を見て、ここで隠れるという選択に自信を深めた。

 

 

「先程も言ったはずです。太郎さんのことは織斑教官と同等の相手だと考えるべきです。最大限の警戒を持ってあたる必要があります」

 

 

 部下のうち2人は不承不承(ふしょうぶしょう)首を縦に振った。しかし、残る1人は不満を口にする。

 

 

「凄い相手なのは分かりますが、軍事訓練を受けている訳ではないでしょう? 正確にこちらを追って来る技術があるとは思えませんし、素人がこんな道も無い場所で速く走れるとも思えません。とにかくスタート地点から離れるだけで良いのでは……」

 

「敵の弱さに期待するような作戦は採れません。それに議論している時間もありません。私に従うか、ここからは別行動をとるか、好きな方を選びなさい。」

 

 

 選択を迫られた部下は少しの間俯く、そして顔を上げると

 

 

「私は別行動でいきます」

 

「分かりました。気を付けて」

 

 

 一瞬引きとめようかと考えた。しかし自分でも口にしたことだが、議論している時間はない。彼女は私の言葉に軽く頷くと走り去った。私と彼女の選択、どちらも正解であれば良いのだが……。いつまでも思いふけっていても仕方がない。今は出来ることをしよう。

 

 2人の部下と共に沼の中に入っていく。体に絡みつく泥、周囲には虫も多く不愉快極まりない。サバイバル訓練は経験しているので、耐えられないわけではない。むしろ何時間でもこの状態を維持することは出来る。ただ、だからといって気持ちの良いものでも、楽しいものでもない。早く終わってほしいものだ。

 

 身じろぎ一つせず泥中(でいちゅう)で時が過ぎるのを待っていると、私達の走って来た方向から誰かが走って来る気配がする。

 

 木の枝を掻き分け現れたのは太郎さんだった。

 

 

(マジですか……)

 

 

 部下にも最大限の警戒をするように言ったし、追って来るだろうとも予想していた。しかし、実際にこの短時間で追って来られると驚きを超えて疑問しか浮かんでこない。身体能力が高いだけで、姿を見失った相手を追うことは出来ない。逃走者の痕跡を頼りに追いかけるには技術が必要なはずだ。それなのに軍人でもない太郎さんは正確に負って来た。

 

 どんな手を使ったのか?

 

 この疑問はすぐに解ける。太郎さんは両手を地に付けて這うように移動していた。そのうえ時には地面へ鼻を近づけてクンクンと警察犬のごとく匂いを嗅いでいる。匂いを手掛かりに追跡する、人間の嗅覚でそんな真似が出来るわけがないと思う。だが実際にここまで追って来ているのだから、もしかしたら彼には可能なのかもしれない。緊張感は否応なく高まる。

 

 

「若い女の匂いがしますね。かなり汗をかいているようだ。私程度の鼻でもなんとか追える」

 

 

 私程度? 冗談にしか聞こえない太郎さんの呟きにツッコミをいれたい衝動に駆られる。汗の匂いで追って来るなど人間の範疇を超えている。心臓がドクンドクンと煩い。ここまでかという諦めが頭をよぎる。

 

 しかし、幸か不幸か太郎さんは私達が隠れている沼の奥へは来なかった。その代わりここから別行動をとった部下の逃げた方向へと正確に走り去った。沼に体を沈めている私達の匂いまでは嗅ぎ取れなかったようだ。後は別行動をとった部下が逃げ切れることを祈るだけである。

 

 数分後。

 

 

「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

 少女の悲鳴が森に響き渡る。あれは別行動をとった部下の声だ。祈りも空しく部下は捕まってしまったのだろう。彼女の実力では歯が立つとは思えない。

 

 しばらくすると上機嫌な太郎さんが人差し指でパンツを回しながら戻って来た。そんな太郎さんの頭上に黒い影が落ちる───────────。

 




読んでいただきありがとうございます。
それと誤字報告感謝です。

あと2、3話でラウラ編は終了です。思ったより長くなりましたね。

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