ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

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第106話 少女は闇に包まれる

 勝負などと仰々しく言ったが特別な場を設けたりはせず、二人はこの場で闘う事になった。先程まで走っていたランニングコース上で太郎とルッツは睨み合う形となる。そして、二人をシュヴァルツェ・ハーゼの面々が少し離れて囲んでいた。

 

 ルッツはボクシングのオーソドックスな構え、ただし若干前に出している左手を低めに置くスタイル。対する太郎は両手とも拳を握らず、脱力した状態で肩くらいの高さで構えている。

 

 ルッツは太郎の構えを見て嘲笑う。

 

 

「そんな構えで良いのかい? 顔面を打ち放題だぜ」

 

「おかしいですね。私達の勝負の方法は口喧嘩でしたか。それとも先ずは舌戦を行うのがドイツ式なんですか」

 

 

 挑発を更なる挑発で返されたルッツの反応は早かった。いきなり鋭く間合いを詰めジャブを放つ。しかし、太郎は予期していたのか、瞬時に左斜め後ろへステップをしてジャブの間合いから逃れた。

 

 ルッツは舌打ちをしながら太郎を追い、スピード重視の軽いパンチを連続で打つ。それを太郎はフットワークと上半身の動きを使って捌く。何発かは当たっているが、直撃ではないので軽いパンチでは大したダメージにはならない。

 

 攻め続けながらも決定打を打てないルッツは一旦足を止め、呼吸を整えつつ機を窺う。

 

 立ち止まったルッツに対し、太郎は滑らかかつ無意味に両手を(うごめ)かす。さらに中国拳法の演舞の様なゆったりとした流れるような足運びを見せる。こちらも両手の動きと同様に何の意味も無い動きだ。つまり単なるパフォーマンスである。

 

 ここまでは空回り状態のルッツだが、軍でも有数の格闘技術の持ち主である。今の太郎が行っている動きが実践的なものかどうか位、すぐに分かる。だから太郎の動きが無意味であり、単なるパフォーマンスである事も分かった。分かってしまった。怒りで頭に血が上る。

 

 

「くっ、調子に乗りやがってっ!」

 

「貴方の力はもう見切りました」

 

 

 怒声を上げるルッツに太郎は冷静に告げる。それはルッツの怒りの炎に油を注ぐ行為だった。ルッツの全身に漲るのはもう闘志ではなく、殺意のみである。

 

 このままでは殺し合いになるのではないかという様子に、周囲も流石にざわめき出す。

 

 クラリッサもこのままでは危険と判断し、ラウラへ勝負を止めるように進言した。しかし、ラウラは考える素振りも無く、その進言を退けた。そして、不服そうなクラリッサに質問する。

 

 

「大尉、私が隊を離れていた間にルッツ曹長は強くなったか?」

 

「はい、間違いなく」

 

「では隊を離れる前の私と比べてどうだ?」

 

 

 クラリッサは少し考えた後、首を横へ振った。

 

 

「いいえ、そこまでではないです」

 

「それなら問題ない。あの人は私より強い。それに教官と戦っているところも見たが、単純な筋力と耐久力では教官以上かもしれん」

 

 

 ラウラの言葉にクラリッサだけでなく、聞いていた全ての隊員がその身を震わせた。しかし、幸か不幸かルッツには聞こえていなかった。

 

 ラウラがただ【教官】と呼ぶ人間といえば織斑千冬である。それはシュヴァルツェ・ハーゼ隊員間での共通認識である

 

 そう、世界最強・織斑千冬だ。

 

 かつてシュヴァルツェ・ハーゼの教官を務めた千冬を知らない隊員はいない。そして、同時に千冬へ恐怖を覚えない隊員はラウラ以外いない。

 

 ラウラは千冬へ信仰と言っても過言ではない位に好意を抱いているが、他の隊員は違う。嫌っている訳ではない。間違いなく尊敬はしている。しかし、それはどちらかと言えば畏怖と呼ぶものである。

 

 千冬はシュヴァルツェ・ハーゼの隊員達を徹底的にしごいた。正確無比に隊員達の限界を見極め、常に壊れる寸前まで追い込んだ。千冬に悪気があったわけではない。人を教育するという経験が未だ少なく、時間も限られていた為、やれるだけの事をやったに過ぎない。だが、そんな理由は隊員達にとっては何の慰めにもならない。

 

 一年間、来る日も来る日も限界寸前まで隊員達はしごかれた。もちろん隊員達はその間どんどん成長した。先月は死にかけた訓練も次の月には楽にこなせる様になった。しかし、千冬は成長した分を正確に把握し、限界ギリギリの新しい訓練を隊員達へ課した。

 

 日に日に過酷さを増す訓練。反抗する気すら起きない圧倒的な力。ラウラ以外の隊員の心には、千冬の存在が漏れなくトラウマとなって刻み込まれた。

 

 そんな千冬より筋力と耐久力は上。ラウラの告げた事実に隊員達は震え上がった。

 

 おりしも、なかなか捉えられなかった太郎へルッツの拳がついに炸裂した。左ジャブ、右ストレートの綺麗なワンツーが太郎の顔を直撃した。

 

 何処からか「何をやっとるんだッァァァア!!!?」という男の声が聞こえたが、誰も気にしない。

 

 遺伝子操作を受けた人間が殺意を持って放った渾身の拳である。特に右ストレートは、まず間違いなく勝負を決める一撃だ。しかし、必殺の拳を受けつつも、小揺るぎ(こゆ)もしなかった太郎を見て、隊員達はラウラの言葉が嘘ではないと確信を持った。この時、ラウラとルッツ以外の隊員達の気持ちは一つになる。

 

 逃げろルッツ! 目の前にいるのは化け物だ!

 

 残念ながら彼女達の思いは届かない。

 

 

「どうだっ! これでも未だ舐めた真似が出来るか!!」

 

 

 渾身の攻撃が命中して気を良くしたルッツが吠える。しかし、太郎は平然とした様子で人差し指を立て、左右に振る。

 

 

「貴方の力は見切ったと言ったでしょう。喜んでいるところ申し訳ないんですが、避ける必要が無いから受けてあげただけですよ」

 

「なっ!?」

 

「では、そろそろ私も責めますよ」

 

 

 一歩前に踏み出そうとする太郎へルッツは慌てて、もう一発右ストレートを放つ。太郎は膝を曲げ、背を屈めてパンチを掻い潜る。

 

 先程まで追っていた側のルッツが逆に距離をとろうとバックステップをする。さらに距離を詰められまいとジャブを連続で打つ。

 

 太郎は体を左に傾け一発目のジャブを避け、次に体を逆である右に傾けて二発目も回避した。太郎の動きは止まらない。体を振り子の様に左右へ振りつつ間合いを詰めていく。

 

 焦ったルッツが大振りの右フックを空振った。そこで遂に太郎が手を出し始めた。

 

 斜め下45度からスマッシュの様な軌道で太郎の右手がルッツへ襲い掛かる。

 

 ぼよん、そんな音が聞こえそうな一撃だった。

 

 女性としては体格に恵まれた方であるルッツは、胸の方も恵まれていた。そこを狙われたのだ。そして、太郎の責めは止まらない。右手の次は左手。左手の次は右手。太郎は体を左右に振りながら責めを続ける。

 

 

「やっ、やめろおおお!!!」

 

 

 当然、ルッツは抵抗する。テクニックもクソもない。めちゃくちゃにパンチを繰り出す。何発かは太郎の体に当たっている。しかし、太郎の動きを止めるには至らない。

 

 太郎の動きが激しさを増す。太郎の上半身の動きが∞の軌道を描く

 

 ルッツの胸が跳ね上がる。跳ねる。跳ねる。跳ねる。跳ねる。跳ねる。

 

 もう何回ルッツの胸は撫で上げられたのか分からない。

 

 そして、ルッツの心はへし折れた。

 

 ルッツは胸を押さえ膝を地に付いた。

 

 しかし、まだルッツは降参と言ったわけでもなく、クラリッサやラウラが勝負の決着を告げた訳でも無い。だから太郎はトドメを刺すべく、自らのズボンのボタンを外し、チャックを下ろす。パンツのゴムを引っ張り、パンツと○○○の間に空間を作る。そこへルッツの頭を掴んで突っ込んだ。さらにルッツの頭を股で挟み逃れられなくする。

 

 もがくルッツを物ともせず、太郎はルッツのベルトの背中側を掴み吊り上げる。ルッツは太郎のパンツの中に頭を突っ込んだまま逆さ状態になる。そして、太郎はそのまま腰を落とし、ルッツは頭を地面に打ち付けられ失神した。

 

 

「男のパンツに顔を突っ込んで逝ってしまうなんて、ナントハシタナイコデショウ」

 

 

 太郎の完全に突っ込み待ちなセリフ。しかし、突っ込む者は誰もいなかった。代わりにラウラが質問を太郎へ投げかけた。

 

 

「初めて見る技だ……なんという技なんだ?」

 

「さあ? 私も詳しい事は分かりません。遠い昔にとあるプロレスラーが使っていたらしいですね。タマタマ、ネットで情報を見かけて、こんな事もあろうかと練習しておいたんです」

 

 

 この技の本質……使う相手の性別が完全に間違っていたが、長い時の中で使用者がいなくなり、廃れてしまった為にこの場でそれを指摘出来る者はいなかった。

 

 




太郎「ほぼ逝きかけました」



女に使ったら男色ドライバーにならないだろ、という……。

読んでいただきありがとうございます。

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