ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

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第104話 不穏な音

 太郎の歓迎会がドイツ軍の基地で開かれた翌日、その主催者であるフォルカーは浮かない顔で基地の通路を歩いていた。フォルカーの表情は昨日の歓迎会が原因であった。歓迎会自体は滞りなく終わり、太郎も喜んでいた。太郎のご機嫌取りの為に開いた歓迎会は、その目的を達成したと言って良い。

 

 それならば何故フォルカーは暗い表情をしているのか。それは歓迎会の合間に太郎とクラリッサの奇行を()の当たりにしたからである。

 

 

(昨日のビール……絶対○○が入っていたのに彼は気付いていたよな)

 

 

 太郎とクラリッサは明言こそしていないが、二人のやり取りを聞く限り、そうとしか思えない。しかし、そうなると太郎は○○を嬉々として飲んだという事だ。歓迎会中にその場で小○をジョッキに汲む部下の頭も理解できないし、それを喜んで飲む太郎も理解に苦しむ。フォルカーは昨日の出来事を思い出すだけで気分が悪くなりそうだった。

 

 執務室へと向かうフォルカーの足取りは重い。そんなフォルカーの耳にざわめきが聞こえてきた。音の源へ視線を巡らせると窓の外に人だかりがあった。

 

 そこで行われていたのは珍しくも無い白兵戦の訓練のように見えた。しかし、次の瞬間フォルカーは我が目を疑った。

 

 特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの隊員の拳が太郎の顔面にめり込んでいたのだ。

 

 

「何をやっとるんだッァァァア!!!?」

 

 

 かつてこの基地を訪れたどんな賓客よりも丁重にもてなすべき相手の顔面へ、あろう事か拳を叩き込むなどあってはならない所業である。

 

 フォルカーは我を忘れて窓を開け放ち、人だかりに向けて叫ぶ。だが、その声が聞こえていないのか先程太郎を殴った隊員の猛攻は止まらない。フォルカーは直接止めようと窓から身を乗り出す。しかし、ここは二階である。フォルカーは下を見て一瞬躊躇った。その間も隊員の太郎への攻撃は続いている。

 

 

「えええいっ、くそが!!!!!」

 

 

 躊躇っている暇はない。意を決してフォルカーは二階の窓から飛び降りる。たかが二階、されど二階。もう良い年齢であるフォルカーの足腰には厳しかった。着地こそ上手くいったものの痛めた足でヒョコヒョコと人だかりへと向かう姿は中将としての威厳など欠片も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し(さかのぼ)る。

 

 太郎は歓迎会の翌日もドイツ軍の基地を訪れていた。クラリッサが特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの訓練を見学してはどうかと誘ったのだ。元々ラウラに付いてきただけの太郎は、特に用事も無かったので二つ返事で誘いを受け入れた。

 

 最初の訓練内容は太郎からすると意外だったが、走り込みである。見学という話だったが暇なので太郎も一緒に走る事にした。ちなみに今日の太郎の服装はドイツ軍支給のカーゴパンツとTシャツで、どちらも太郎の体に合ったサイズの物をクラリッサが手配した。

 

 

「意外ですね。IS配備の特殊部隊と聞いていたのでISを使った訓練ばかりやっているのかと思っていました」

 

「我々はIS配備と言っても隊長の専用機を含めて3機しかありません。そこで残りの隊員は予備の操縦者という役割だけでなく、歩兵としての役割を担います。ですから、最低限体も鍛える必要があります」

 

 

 太郎が走りながら言った疑問にクラリッサが答えた。そして、ラウラがそこに付け足す。

 

 

「それに体を鍛える事はISの操縦にも必須だと教官が言っていたのだ。弱者でもISに乗れば強くなれる。しかし、強者が乗ればより強くなれると」

 

 

 短絡的な考えだが機体性能と操縦技術が同じであるなら、身体能力が高い方が有利なのは確かである。ISには生体維持機能や急旋回による体への負担を減らす機能が存在する。しかし、完全に操縦者が消耗しないISなどないのだから、体を鍛えるのにこした事はない。

 

 

「パパが体を鍛え抜いているのも同じ理由なのでは?」

 

「いえ、私の場合はISに関わる前からあまり変わりませんよ」

 

「それなら何かスポーツでも?」

 

「ふふっ」

 

 

 太郎はラウラの問いに昔を懐かしむように笑っただけで、何も言わなかった。

 

 元々、太郎は紳士的な格好で夜の街を駆け抜けるという日課を持っていた。これにより強靭な足腰が出来上がった。それに時には地上15mの断崖絶壁に咲く花、もといマンションの5階や6階のベランダに干された下着を収穫することもあった。その際、太郎はその身一つでマンションの壁をよじ登ったりもした。

 

 そういった太郎の活動を妨害する者達も存在した。太郎を捕らえ、しきりに手錠をかけようとする彼等を力で引き剥がす事も日常のひとコマであった。太郎の体は、そんな生活の中で自然と鍛えられたのだ。

 

 

「IS学園の学年別トーナメントで山田さんが勝った事は私も知っています。ISの訓練を始めて1年未満の貴方が隊長に勝ったのですから、何か特殊な訓練をしていたのではないですか?」

 

 

 クラリッサもラウラ同様興味深そうに太郎へ疑問をぶつけた。

 

 ラウラが学年別トーナメントで太郎に敗北した事実は、当時クラリッサを含めたシュヴァルツェ・ハーゼ全体に衝撃を与えた。強化処置の不適合によって一度は落ちこぼれの烙印を押されたラウラであったが、それ以前は常にトップを走り続けていた。そして、千冬との出会いで挫折を乗り越えたラウラは、より強くなってシュヴァルツェ・ハーゼのトップに君臨した。

 

 そう、まさに君臨と呼ぶに相応しい状態だった。気が回り、他の隊員達からも信頼の厚い副隊長のクラリッサと違い、ラウラはその強さのみでシュヴァルツェ・ハーゼを掌握していた。

 

 そのラウラが負けた。

 

 シュヴァルツェ・ハーゼの隊員達には敗北後のVTシステムの暴走もショックであったが、それ以上にラウラの敗北は信じがたいものだった。

 

 しかし、ラウラの敗北を知った当時はともかく、現在の隊員達はクラリッサを含め多くの者が太郎への畏怖と敬意、それと大きな興味を持っていた。

 

 それはラウラの変化が理由だった。あのコミュ障で扱いづらく、常にピリピリしていたラウラが普通の少女のように恋の悩みをクラリッサへ相談してきたのだ。どんな相手か気になって当然である。

 

 ただ、隊員全員が同じ気持ちという訳ではない。

 

 太郎とラウラ達の会話の陰で小さな舌打ちがされていた。




読んでいただきありがとうございます。

フォルカーさんには胃薬とシップを出しておきますねー。

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