魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

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第七話

 第七話

 

 

『アリシアそっくりの少女……』

 

「ええ。心当たりは……ないですよね」

 

 先ほどの神社での戦闘の後、なのは達と分かれてすぐにプレシアに連絡を取るエンダー。

 

「てっきりテスタロッサさんがアリシアの妹をと思って……すいません、何でもないです」

 

 冗談で言ったのだが、凄い顔で睨まれたので慌てて取り消す。あまり品のない発言だった。

 

『その子たちもジュエルシードを狙っているのね?』

 

「ええ。最低でも二人」

 

『心当たりは?』

 

「全く」

 

 もしかしたら彼女たちが自分が探していた人物なのかもしれない。エンダーもそう考えたが、残念なことに記憶を刺激するものは何もなかった。

 

 相手もこちらの事を見覚えがあるようには振舞わなかったし……そういえば自分は戦闘中バリアジャケットで顔を隠していたな。それで分からなかっただけという可能性もあるのか……?

 

『動機も不明と』

 

「問答無用、話す余地なしって感じです。それに関しては、なのはがやる気を見せているんですが」

 

 明日から今まで以上に本格的な訓練を開始するのだと言う。

 

『……それなんだけど、本当に大丈夫なの? 聞いた限りでは、結構な使い手だったんでしょ。無理やりにでも止めさせるべきじゃない』

 

「…………」

 

 少し責めるような視線を向けるプレシア。エンダーとしても、彼女の言うことは尤もだと思う。就業年齢の低い管理世界であっても、あれ位の年の子を実動させることはまずない。この世界なら尚更である。

 

 それでもエンダーが認めたのは、なのはに敬意を払っていたからである。例え強い力を持っているだけの子供であったとしても、今まで共に戦ってきた仲間であるなのはに選択権を与えたかった。そして可能な限りそれを叶えてやりたかった。

 

「……いざという時の、責任は取ります」

 

『馬鹿言わないの。そんな責任なんて、誰にだって取れないわよ』

 

 それは取ったような気分になっているだけだ、とたしなめられる。思わず俯いてしまう。

 

『ふぅ……仕方ないわね。こうなった……私もそちらに向か……わ』

 

「え、でもどうやって……」

 

『方法はあ……わ。とにかくあなたは、……までなのはさ…………茶をさせ……いように……』

 

「もしもし? テスタロッサさん?」

 

『…………』

 

 徐々に通信状態が悪くなっていったと思ったら、遂に切れてしまった。何度もかけ直すが、一向に繋がらない。

 

 ジュエルシードが地球にばら撒かれたのと時を同じくして荒れ始めた次元空間。さらにジュエルシードを狙う存在が明らかになった途端に発生する通信障害。これは偶然か?

 

 そうは思えない。

 

 通信機を使いユーノに連絡を取る――これなら通じる。事情を説明し、警戒を強めるように言っておく。

 

 その後エンダーは、デバイスと貴重品だけを持って夜の町に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日。

 

 あれ以降彼女――たち――に気を使っていたが、幸か不幸か遭遇することはなかった。

 

「問題は現時点で相手がいくつのジュエルシードを確保してるかってことだ。さすがにゼロってことはないだろう」

 

 ある日の休憩中、簡易結界を張った公園での話し合い。

 

「こちらには現時点で八個ある。残りは十三個だ」

 

 もしかしたら、もう既に結構な数が取られているのかもしれない。先日の襲撃は、地道に町を探すよりも、競合相手から奪い取った方が効率がいいと判断してのことかもしれない。

 

 広げた地図に目を落とす。そこには既に調査済みのエリアにチェックが入れられていた。

 

 尤も、見落としの出る可能性はいつだってあるし、ジュエルシードも持ち主がいれば位置を変えるため、調査したからと言って必ずしも安心できるわけではないのだが。

 

 頭を悩ませるエンダーとユーノ。今までの方法を継続するか、こちらから相手を探し奪いに行くか、今後の方針を決めかねていた。

 

 そんな二人を横目に、なのはは魔法の訓練に勤しんでいた。

 

 自分の戦う目的が出来てからのなのはの上達っぷリは凄まじいものであった。それまでだって充分身に着けるのが早かったが、現在はそれ以上だ。

 

 その成長スピードにエンダーとユーノは、驚くやら呆れるやらだったのだが、頼もしく思っていることも事実であった。

 

 彼女が自分で戦いたいと言うならば、相応の力を身に着けて欲しかった。目的を達成できるかはともかく、自分の身ぐらいは守れるように。

 

「……そう言えば、エンダーが手伝ってくれる理由って、何だったの?」

 

「ん、理由?」

 

「うん。エンダーは最初から当然のように助力を申し出てくれて、僕としては凄い助かっているんだけど、どうしてそこまでしてくれるのかなって」

 

 そう聞いてくるユーノ。それは懐疑心や不信感からではなく純粋な興味で聞いているようだった。

 

「そう言えば、詳しく話さなかったかな。……うーん」

 

「話しづらいこと?」

 

「そうでもないんだけど、どう説明していいのか悩んでる。自分も良く分かってないんだ」

 

 この一連の事件が自分にどう関わってくるのかが未だ不明なのだ。

 

 理由がある、というよりは理由があるかどうか確かめてる、という段階だろうか。今となってはそれも二の次にしているのだが。

 

「そっか。じゃあ無理して話してくれなくていいよ。落ち着いた時に聞かせて」

 

「そうする。それと、別に大した理由が無くても手伝いぐらいするぞ。ユーノ君やなのはだけに任せてサヨナラしようとは思わない」

 

「エンダーは優しいから」

 

「真っ当な良心を持っていれば、誰だってそうだ」

 

 造りモノの心でだってそう思うのだ。普通の人なら尚そうだろう。

 

「それと今後の方針なんだが、専守防衛にしようと思う。一応だが」

 

「分かった」

 

 ただでさえこちらには隙が多いのだ。あまり相手を刺激したくない。幸い以前から警戒していたお陰で、未だこちらの――なのはの――所在は知られていない。闇討ちの心配は低い。

 

 最悪管理局が到着するまで時間が稼げればいいのだが、探索中に相手が仕掛けてくる可能性は高い。

 

 近い内に敵とまみえることになるのは確実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ仕掛けるかな」

 

「はい」

 

「いよいよだね」

 

 あるビルの一室。ゴースト、フェイト、アルフが拠点として使っている場所である。

 

「現在我々のもとには十個のジュエルシードがある。探索期間から考えて、相手も相当数保有しているだろう」

 

 よって攻撃を仕掛け、奪い取る。

 

 当初は相手に監視をつけておき、ジュエルシードを発見した所で掻っ攫い漁夫の利を得ようとしたのだが、寝ずの番のお陰でご破算となった。

 

 追跡用ゴーレムを相手の子の周囲につけておこうと思ったのだが、片っ端に破壊されてしまったのだ。どうやら連日不眠不休で、少女の危険を排除している存在がいるらしい。

 

 こうなっては仕方ないと、直接対決を決定したゴーストだった。それに期限もある。あまり時間をかけてはいられなかった。

 

「黒装束を纏った魔導師か……」

 

 ゴーストは思うところがありそうに呟く。フェイトから先日の戦闘の記録を見せてもらっていた。

 

 相手は三人。

 

 一人は少女。後衛で強力な力を持つが未だ未熟。

 

 一人は使い魔。結界、補助担当。中々の力量。

 

 そしてもう一人。素顔を隠し、刀型アームドデバイスを振るう近接戦担当。その動きは凄まじく、戦闘訓練を受けているフェイトの視界をやすやす振り切るほど。

 

 バランスの取れた編成だが、それぞれが自らの役割に特化しているため、一度崩せれば立て直すのは難しいだろう。

 

 まぁこちらは三人ともが接近戦偏重なため、多少無茶でも押し切らねばならないのだが。

 

 だが現在ゴーストが気にしているのはそのことではなかった。敵の一人、黒衣の魔導師についてである。

 

 その動き。魔導師であるからには身体強化魔法を使用しているのだろうが、それにしても異常である。人間離れした動きをするこの魔導師に、ゴーストは一人の男の姿を重ねていた。

 

「ゴースト。その人だけど、リーダーじゃないと思う。確かに魔力があった」

 

「……そうなんだろうね」

 

 彼に魔力があったなら、フェイトや自分が送られてくることもなかっただろう。それは分かっているのだが、やはり引っかかる。

 

 ゴーストには、このジュエルシード探索の他にもう一つ考えなければならない問題があった。大まかにだが解決の方法も決めた。しかし肝心の部分が未だ手つかずのまま残されていた。

 

 彼が本人だとすれば、一つの希望が見えるのだが……いや、今は考えまい。まずはジュエルシードを集めなくてはな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日の暮れた海鳴市の中心街。ここでジュエルシードの気配が探知された。

 

 それを探知した段階で結界を展開――周囲と隔絶される。

 

「来たよ。三人だ」

 

 ユーノが来訪者の存在を告げる。結界を張った時点で地の利はこちらにあると言える。

 

「確か?」

 

「間違いない。結界の中にいるのはそれだけだ」

 

「分かった」

 

 バリアジャケットを展開するエンダーとなのは。三人なら想定内だった。これ以上一人でも増えれば、即座に退却する予定だった。

 

 そのまま歩を進める。

 

 ジュエルシードを反応が見つかった交差点付近に来ると、向かいから同じように歩いてくる三人の人影が認識できた。

 

 お互いに、同時に歩みを止める。ジュエルシードを中心にして距離二〇メートル。

 

 相手を観察する。一人は大盾を携えた先日のアリシア似の少女。もう一人は獣耳の女性――どちらかの使い魔か。そしてもう一人は初老の男。腰に刀型のデバイスを差している。

 

 しばし、無言で見つめあう。

 

 今回のこちらの目的はジュエルシードの確保だ。対して敵は、それに加えてジュエルシードの奪取を目的としているのだろう。

 

「――このジュエルシードは、スクライア一族によって発掘され、時空管理局に譲渡される予定だったものだ。単なる落し物じゃない。危険でもある」

 

「…………」

 

「どういう理由でこれを集めているのかは知らないが、今なら大した問題にはならない。回収を手伝った協力者という扱いにも出来る。……それを渡して、手を引いてくれないか」

 

 男が静かに首を振る。

 

「残念だが……」

 

「理由は?」

 

「言えんな」

 

「……そうか」

 

 お互いにデバイスを構え、睨みあう。ここに至って交渉の余地はなくなった。

 

『なのは、ユーノ君。俺はあの男を狙う。後の二人は任せる』

 

『了解』

 

『うん、任せて。エンダー君も気をつけて』

 

『ああ。二人も、しっかりな』

 

 一呼吸置く――目的の男はこちらを見つめている。狙いは同じか。

 

 それを確認した瞬間、走り出す。二〇メートルの距離を一瞬で詰める。向かう男は予想していたようで、瞬時にデバイスを取り応じる――激突。

 

 それが戦闘開始のゴングとなり、残りのメンバーが飛び立つ――町の上空へ。

 

 それを感じながら、相手と切り結ぶ。こちらの動きに反応できるだけでも相手がかなりの使い手であることが察せられる。だがパワーとスピードは此方の圧倒だ。

 

 狙うは短期決戦。先ほどのやりとりでこの男が向こうのリーダー格であることは察せられた。ここで潰しておきたい。尤もそれは相手も同じなのだろうが。

 

 とにかく力押しで切り崩す――堪らず後退する男。

 

 踏み込んで斬り伏せる――のを中断し横っ跳びに回避。直後背後より叩きつけられる巨腕。

 

 いつの間にかゴーレムが造り出されていた。今回は周囲にあるものの違いか、ボディの大半が金属などの人工物で構成されている。

 

 ゴーレムの使い手はこの男だったか。次々に生成されていく魔道人形。

 

 男の前に壁のように立ちはだかるゴーレムの前に、一端退却。物陰に入り相手の視界から隠れる。

 

 リニスとの模擬戦で思い知ったが、自分にはバインドに対抗する術がない。魔力の放出も満足に行えない身では、一度捕まってしまうと中々外せないのだ。

 

 そのため魔導師との戦闘では、常に接近してバインドを使用する隙を与えないか、視界から外れておく必要がある。

 

 エンダーの身体能力を持ってすれば、一対一ならそれでも充分勝ち筋が見える。しかし――

 

 現在敵の造り出したゴーレムの数は十。以前より小型だが、その分小回りが利きそうだ。

 

 ――こいつらに構っていると決定的な隙を晒すことになりかねない。前回の戦闘で分かったのが、このゴーレムは何度壊れても、周囲に材料がある限り自動で再生するのだ。注意を払わねば。

 

 だが良い条件もある。相手は飛行魔導師ではない。

 

 一度飛ばれると捉えられる自信がなかったので、先手必勝とばかりに攻め立てたが、その心配はなかったようだ。このビル街であれば、壁走りを駆使し、建物間を跳び回ることで限定的に対応出来ないでもなかったが、やはり空中で制動出来ないというのは大きなハンデになっただろう。

 

「…………」

 

 分析はできた。状況こそ差があるが、やることは変わらない。

 

 走り、跳び、斬る。それしか能がない。

 

 深紅のマフラーを靡かせ、エンダーは敵に向かって跳び込んでいった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトとアルフは攻めあぐねていた。

 

 戦闘開始から既に五分が経過していたが、お互いに有効打はない。

 

 相手は先日の白い少女に、肩に乗せた使い魔。二人が一か所に固まっているため、位置関係では二対一なのだが、その戦法が厄介だった。

 

 フェイトが散弾で牽制をかける――回避方向を呼んだアルフが先回りし、攻撃。少女にには反応できない、が

 

「プロテクション!」

 

 アルフの動きを見ていた使い魔が防御魔法を発動させ、防がれる。バリアブレイクで突破を試みるアルフだったが、その時には少女もその姿を捉えており、魔力弾で応戦する――退却するアルフ。

 

 基本的に少女がメインとなって戦闘をするのだが、それでは対応出来なくなった時、使い魔が的確にフォローを行う。回避や攻撃に意識を裂く必要のない使い魔は、常にこちらの動きをよく見ており、隙がない。

 

 余程力を入れて訓練したのだろう。大して時間が取れなかった筈なのに、守りに関して見れば充分実用に耐えるレベルのコンビネーションだった。

 

 そして、それ以上に目を見張るのが白い少女の動き。以前はまるっきり素人同然だったのに、この短期間で空戦に対応出来るほどの成長を遂げている。

 

 一端距離を取り、仕切り直そうとする。すると――

 

「ねぇ! 改めて自己紹介するよ。私、高町なのは。私立聖祥大付属小学校三年生」

 

 追う気配も見せずに、少女が話しかけてくる。

 

「あなたの名前を聞かせて欲しいの。私、あなたの名前も、戦う理由も知らずに、ただぶつかり合うのは嫌だ」

 

 ……この少女は何のためにそんなことを聞いてくるのだろう。こちらを油断させ、隙を作らせる作戦なのだろうか。

 

 しかし、こちらを強く見据えるその視線は、ただひたすらに純粋だった。フェイトが今まで見たこともないくらいに。私は本気なんだと――こちらに訴えかけていた。

 

 その視線に、フェイトの内心は揺れた。自分の胸の中に触れるものがあった。それが何なのかも分からないが、つい視線を落とし、会話に応じようとしてしまう。

 

「私……私は……」

 

「フェイト! 答えなくていい! ジュエルシードを集めるんだろ。それで帰るんだろ! フェイト!」

 

 その言葉とともに再び飛び出していくアルフを見て、気を取り戻す。デバイスを構え、魔力を集める。

 

 ――そうだ、私は帰るんだ。ジュエルシードを全部集めて、自分が役に立つってことを、廃棄されるようなモノじゃないってことを、証明するんだ!

 

 アルフが気を引いている隙に、高火力魔法の準備を完了する。

 

 "サンダーレイジ"

 

 大盾型デバイス――バスティオンの周囲に展開された魔法陣から、幾条ものイカヅチが召喚される。

 

 少女と使い魔は二重のバリアで防御するが、そこに、射線をかわして接近したアルフが一撃を入れ、地面に向かって殴り飛ばす。

 

 すぐさま追撃に入るが、落下の衝撃緩和を使い魔に任せ、自分は砲撃魔法の準備を終えた少女がそこにいた。

 

「シュート!」

 

 迫る奔流。バスティオンを構え、受け止める。自慢の大盾は、この威力の魔法相手でも全く問題にしなかった。

 

 アルフと二人で相手を挟んだ状態で着地する。防御に徹しようとする相手。

 

 こうなると先ほどまでの焼き直しだ。埒が明かない。

 

「フェイトちゃん、って言うんだよね? お願い、声を聞かせて!」

 

 再びこちらに向かって語りかけてくる少女。――うるさいんだ。

 

 必要なのは火力。あの守りを突破し、一撃で戦闘不能に持っていける火力だ。

 

「…………」

 

 フェイトは大きく息を吐く。そして決意を持って敵を睨みつける。

 

「バスティオン!」

 

 "モードチェンジ・ランサ―モード"

 

 応答共にバスティオンが変形する。長方形の大盾が、中心を軸に上下で割れ、X字に展開する。更に中心のコア部分から、円錐状の巨大な魔力槍が形成される。

 

 "サンダー・チャージ"

 

「!? フェイトっ! 待って、それは――」

 

 止めに入るアルフ。無視して魔力を注ぎ込む。

 

 周囲に雷鳴と共に魔力嵐が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴーレムを蹴って軌道変換――その勢いのままに敵の懐に飛び込み、斬りかかる。

 

 デバイスに受け止められる――が、勢いまでは殺せずに体勢を崩す。

 

 そのまま力押しに防御を崩し、右手をデバイスから離してボディ――くの字に折れ曲がり、落ちてきた顔面に膝――跳ね上がり無防備な身体を、デバイスで斬る。

 

 ゴーレムが駆けつけてきたので、離脱。再び辺りを走り、跳び、蹴りまわる。

 

 エンダーは既にこの状況に対する戦闘のコツを掴んでいた。

 

 周囲に存在するゴーレムは、こちらからみればまだ鈍い。敵魔導師の視線を切る防壁として、移動の際の急な方向転換のための足場として活用できる。敵魔導師も、勢いに任せてしまえば押し切れることが判明した。

 

 そうやって周囲を跳び回り、隙を見つけては接近して攻撃、そして離脱、を繰り返していた。傍目に見れば相当こちらが有利に映るだろう。

 

 だがエンダーの内心は晴れなかった。むしろ不信感と疑念のみが蓄積されていった。

 

 敵の男を見る。こちらが離れている間に体勢を整えたようだ。表情にも、動きにもダメージの影響はない。

 

「…………」

 

 思わず眉を顰める。

 

 初めのうちは、エンダーも相応に手加減していた。殺すつもりなどなかったし、ダメージによって戦闘不能にまで追い込めればいいと考えていた。

 

 しかしその内に、相手がこちらの攻撃を全く意に介していないことに気付く。それに合わせてエンダーも籠める力を増していき、今では殆ど全力で――もはや命の保証は出来ないレベルで攻撃を加えている。

 

 そこまでやっても、状況には何の変化もなかった。何らかの方法でダメージを逃がしているのか、それとも高速で再生するスキルがあるのか。

 

 妙に薄く感じられる気配と合わさって、エンダーには目の前の男が幽霊のように思えてきた。

 

 それともう一つ、奇妙に感じるところがある。男のデバイスだ。

 

 それはエンダーのと同様に刀型のデバイスなのだが、男は一度もそれを鞘から抜こうとしない。こちらからの攻撃には全て納刀した状態で応じていた。

 

 手加減しているのか、それとも抜くと不味い“何か”があるのか。こうして相対していると不気味で仕方ない。

 

 この千日手をどうして覆すか。一瞬確認した限り、なのは達の方も攻めきれない――なのはに言わせると説得できない――ようだ。こちらを早く済ませ、援護に向かえばかなり有利になるだけに、急いで何とかしたいのだが……。

 

 そう思案していると、少し離れた場所から莫大な魔力が放出されるのを感じる。なのは達の方だ。

 

「フェイト……いかん」

 

 思わず、といったようにそちらを見る男に飛び蹴りを食らわし、ビルに叩き込む。

 

 その後追撃は考えず、なのは達のもとへ走る。

 

 

 

「あんた達っ!! 離れるんだよ!」

 

 そこでは何故か、敵対していた筈の使い魔の女性が、なのは達に退避を促していた。

 

『エンダー君、これ……』

 

『なのは、ユーノ君、ここから離れるんだ。急げ!』

 

 二人に退却をさせる。あの使い魔の意図が何であれ、何かマズイものが飛んでくるのは間違いなかった。

 

 二人が飛び去るのを確認し、敵の少女に向かって近くにあった車を投げつけた。車は相手の周囲に展開された力場に容易く弾かれる。が、注意を引きつけることは出来たようだ。視線がこちらを捉える。

 

 二人が安全圏まで逃れられるかは分からない。これだけ行使に時間を要するのだ。逃げる敵を追えるだけの射程距離があるのだろう。自分が囮にならなくては。

 

 少し離れ、100メートル辺りをキープする。

 

 少女を観察する。X字に展開された盾から伸びる槍――その切っ先は今やこちらを捉えている。

 

 その形状から察するにこれは――

 

 と、一瞬、集められた魔力が一際大きく膨れ上がる――爆発の前兆――

 

 それを感じた瞬間、思考をすっ飛ばして大きく横に飛び退く。

 

 その一瞬後、槍を構えた少女が猛スピードで突っ込んできた。

 

 恐ろしい速さ――エンダーの身体能力を持ってすら、この距離では見てからの回避は困難を極めただろう。予兆を正しく捉えられたお陰だった。

 

 先ほどまで自分のいた場所を駆け抜けていく少女。

 

 とにかく危機は去った。後は攻撃後の隙を狙ってやれば――

 

「?」

 

 刹那、エンダーは自分の目に映っているものを正しく理解できなかった。

 

 目の前を通り過ぎていくだけの突撃槍――その切っ先が、未だにこちらを捉えている――

 

「……!!」

 

 次の一瞬で察する。この槍は、慣性の法則を無視したかのように、その軌道を“直角に”変更したのだということを。

 

 咄嗟に大きく両腕を伸ばし、体を捻り、歯を食いしばり、そして――

 

 衝突

 

 途轍もない衝撃とともに、身体が吹き飛ばされる――いや、槍に刺さったまま押し運ばれる。

 

 両手を突っ張り、足で踏ん張り止めようとするが効果は薄く、暫くの間されるがままとなった。

 

 ただ、耐える。

 

 そして、いくつものビルをぶち抜いた後、ようやく、止まった。

 

 

 

 肉の焼ける臭いがする――自分のだ。少女の纏った電撃により、全身が黒焦げだった。視界がチラつき、身体の感覚が無い

 

 だが一番ひどいのは腹だ。槍が突き刺さった脇腹が大きく抉られていた。バリアジャケットと、ナノスキンと、強化筋肉の層をことごとく抜かれている。体を捻っていたおかげでこの程度で済んだが、直撃していたら上半身と下半身がお別れしていただろう。

 

 膝をつく。逃げなければとは思うが、体が動かない。全身のナノマシンがフル稼働で損傷を治しているが、とりあえず動けるようになるまででも数分はかかりそうだ。

 

 これには流石に死を覚悟するエンダーだったが、予想に反して追撃が来ない。

 

 顔を上げると、そこには依然少女の姿があったが、身動き一つしない。こちらを見るその表情は驚愕に染まっている。

 

 何に驚いているのか、とぼんやり考える。そこまで驚異的な容姿ではない筈だが……いや、今の自分の姿はある意味驚異的か。

 

「ぁっ……えっ……ぁ……?」

 

 口をパクパクさせ、首を振り始める少女。驚愕からじわじわと変化していったその表情には、もう悲痛としか言いようのないものが浮かんでおり、アリシア似の彼女がそんな顔をしていると、わけもなく自分も悲しくなる。

 

「り、り……、リー、ダ―……」

 

「……何?」

 

 突然の言葉。疑問の余地なく、それはこの自分に向けられたものだ。確かに少女は、エンダーの事を“リーダー”と呼んだ。

 

 そして気付く。現在の自分は私服だ。彼女の一撃によってバリアジャケットを剥がされてしまっていた。あの忍者装束のジャケットを着けていると顔が隠れてしまうため、今初めてエンダーは少女に素顔を晒していた。

 

「君、俺の事を知っているの?」

 

「っ……!!」

 

 怯えられる。混乱している。知り合いを攻撃してしまったことに? ……いや、何かもっと酷い――

 

 そんなことを考えていると、少女は耐えきれなくなったように背を向け、逃げるように飛び去って行ってしまった。

 

 引き止めることも出来ず、見送る。

 

 大きく息を吐く。命拾いしたと喜んでもいい所な気もするが、実際には気は重かった。

 

「リーダー……」

 

 最近、自分は記憶の事を重視しなかった。ジュエルシードを集めることと、なのはの安全を可能な限り確保することに心血を注いでいた。全く、何のためにこの世界まで来たのか分からないな、と自嘲する。

 

 ――それにしても、リーダーか……。

 

 まず間違いなく、彼女たちは俺の――と言うよりは、“俺が”彼女たちの仲間なのだろう。ジュエルシードなんて危険物を横取りしようとする集団と。

 

 やれやれと地面に寝っ転がる。

 

 この事実をどう整理していいのか分からなかった。持て余していた。

 

 何より、この期に及んで自分の記憶が戻る気配もないことにエンダーは呆れていた。未だに引っかかるものすらないのだから。

 

『――、――』

 

 ――そこに、一つの念話が入って来た。

 

 

 

 

 

「エンダー君っ!」

 

「エンダー!」

 

 少し経って、なのはとユーノの二人が駆けつけてくる。上体を起こし、立ち上がる。体を払って埃やら煤やらを取り除く。飛び散った血液は分解されたらしく、見当たらない。

 

「エンダー君、大丈夫!? さっきの、フェイトちゃんの魔法で凄い怪我をしたんじゃ……」

 

「僕が治癒魔法を使えるから、今すぐ……」

 

 血相変えてエンダーを心配し、詰め寄ってくる二人。

 

「落ち着け、二人とも。俺がどこか怪我してるように見えるか?」

 

 両手を広げて無事をアピールする。私服は無傷だし、幸い体の傷の方も、外見上は何もないように見せかけられるぐらいに再生した。若い少年少女にトラウマ植え付けるような見た目になってなくて良かった、と内心安堵する。 

 

「よかったぁ……何ともなかったんだ」

 

 ――まぁ、ちょっと軽くなったかもしれないけど

 

 聞こえないように呟く。

 

「それより、なのはとユーノ君の方こそ大丈夫だったのか? 厳しい戦いだった筈だけど」

 

「うん! 全然平気だよ」

 

「なのはの戦い方が凄く上手くなってるからね。僕も、最低限のフォローで充分なくらい」

 

「特訓の成果ありだな。頑張った。……彼らは?」

 

「あの魔法の後、全員退却したよ。ジュエルシードは、取られちゃったみたいだけど……」

 

 いつからか反応が消えていた、と。一転して落ち込む二人。

 

「そう、決めつけるのは早いな」

 

「え?」

 

 不思議そうにする彼女たちの前で、デバイスに格納しておいた物体を取り出す。

 

「ジュエルシード……!」

 

「戦闘中のどさくさに紛れて、回収しておいた。ほら、これで九個目だ」

 

 相手は元々こちらのものを奪い取るつもりだったので、落ちている方には比較的関心が薄かった。それが幸いした。

 

 なのはによって再度封印をかけられ、レイジングハートに格納される。

 

 結界が解かれ、周囲に人気やざわめきが戻ってくる。そこに違和感なく紛れこむ三人。

 

「よし。今日の戦果としては充分だろう。帰ろう。なのはも疲れただろう」

 

「う、うん。ちょっとね」

 

 照れくさそうに笑うなのはを背負って、帰途につくこととする。

 

 なのはは最近これが密かに気に入っていた。その際、エンダーの動きが少し鈍いことには、気付かなかった。

 

「エンダー君。私、もっと頑張るからね。フェイトちゃんと、お話出来るように……」

 

「ああ。なのはなら、出来るよ」

 

 反射的に、そう答える。

 

 先ほどの出来事があったためか、それともひたむきななのはに影響されたのか、いつの間にかエンダーも本気でそれを望んでいた。

 

「うん……絶対、フェイトちゃんと、友達に……」

 

 返事をしながら、なのはは背中で眠ってしまう。その姿にアリシアを思い出す。よく遊び疲れて眠ったアリシアをこうやって城まで背負っていったものだ。

 

 そして、自分に問いかける。本気なのか、と。

 

 あの少女は危険だ。あんな魔法を使ってくる相手に、まだなのはを向かわせる気なのか。次、またあれを使ってきたらどうするのか、と。

 

 その時は、また自分が盾になればいいだけだ。

 

 

 




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